第14章 勇者 対 チャンピオン(決闘士)
--------------------
「かつて神々が奪い合っていた力は、今はルーンに象徴され、各種族の生き方を時に縛り、時に支えています。だからワタシタチは、その種族の特性を象徴するルーンの支配から逃れることは出来ません。また、その加護なくして繁栄することもありません。しかし、種族の命運をかける時、ルーンは、種族の代表者たる闘士・・・チャンピオンを選ぶのです。種族の決戦存在として。」
じゃあ・・・チャンピオンでない、普通の存在の俺達に戦う意味ってないのか!そう思っちまった俺に、セウルギンさんは、こう続けた。
「ルーンが選ぶチャンピオン・・・人族にとって、それはその種族の希望を背負った者。最も自分たちの代表にふさわしい、と人族の集合意識に選ばれた者です・・・名もなき人々が歯を食いしばって戦い、その中で選んで、支えるのですよ・・・きっと。」
きっと?ちょっと不安。でも、みんなが選び、支えるチャンピオンねえ?それ、強いの?
--------------------
第14章 勇者 対 チャンピオン
俺がザラウツェス城に戻ったのは出発してからおおよそ12時間後だった。夜の22時くらいに出発して、8時間ほどで、敵と接触。夜道であのペースだと城から約40kmくらいか?で、撤退し、そこから約2時間で、遅れて出立した勇者様たちと合流。・・・少し経って今は10時ほど。幸い、それほど長く意識を失っていられなかったようだ。
目覚めた俺は、すっかり見慣れた天井を見つめる・・・?視界が狭い。左目が、なんか開きにくい。眼帯?
「パシリ・・・。もう起きられる?」
いつもなら、ムリするなって言いそうなミュシファさんが、俺に起きられるか聞いている。やばい状況だ。
「もう大丈夫。それより状況教えて。ミュシファさん。」
おそらくポーションも飲まされたのだろう。魔力は回復している。だったらあの下っ端の一匹くらいは、まだやれそうだ。そう思ったけど・・・?
ちょっと待った!
「ミュシファさん!何やってるの!?」
そう言われたミュシファさんは改めて顔を赤くした。だって、俺と一緒の寝台にいて、けっこう体もくっついてるんだぜ。俺の右側に柔らかくて暖かい、いい香りのするミュシファさんがいる・・・やばいって!服は・・・お互い下着じゃね?ミュシファさんがいつも首に巻いている白いスカーフは、そのままだけど。
「・・・こ、これは、違うの。」
「何が!いや、何でもいいから離れて!お嫁にいけなくなっちゃうよ、ミュシファさん!」
俺は慌てて離れようとするけど、でもミュシファさんはなぜか離れなかった。
「・・・お嫁なんて・・・あたし、傷物だし。」
初めて会った時もこの子は、そんなことを言ってた。でも、俺はそんなこと言って自分を卑下するこの子を何とかしてやりたい。
「そんなこと言うな!」
だから、つい語気が強くなってしまった。怯えたのか、ミュシファさんがビクって震えたのがわかる・・・。ゴメン。
「ウウン。・・・でも・・・これは・・・治療なの。」
ミュシファさんがなんとか言ったその言葉を、俺は思いっきり疑いながら・・・こんなうれしい治療があるかい・・・暴れるのを止めた。暴れた方が密着されてやばかったからだ。
「あの・・・パシリ、すごくオドを消耗してるって、セウルギンさんとキーシルドさんが。だから、隊章を通してオドを補充しないといけないって・・・。」
・・・キーシルドさんが言うなら、本当だろう。もう一人は論外だが。俺はむりやり自分を落ち着けて、詳しく聞いた。
生命力の根源たるオド。これが世界に満ちるマナと結びつくことで、操作できる魔力となり、魔術が行使できる。しかし、今の俺は、あのオークの一団との交戦でかなりオドを消耗したらしい。そして、それは魔法でも治療不可能。それでオドの補充として、接触治療。でも
「なんでミュシファさんが・・・」
うれしいけど。
「・・・ひょっとして、セウルギンさんか、キーシルドさんのほうがよかった?」
それは絶対ない!その気はない!
「ミュシファさんにイヤイヤやらせてるんじゃないか、って思って。」
勇者様やコルンさん、護姫様だと・・・鼻血で死ぬ。戦姫様・・・別な意味で俺が血を見る。やはり死ねる。と、なると、まあうれしくも自然な流れだけど、でも・・・。
「・・・ううん。ムリヤリ、じゃ、じゃないよ。心配だから・・・。」
そう言われると、ホント申し訳ないって思える。
「・・・ゴメン。最近、心配ばかりかけてるな、俺・・・。」
「・・・ホントだよ。無茶ばっかり。普段言ってることとやってることが全然違うよ。」
俺はミュシファさんに、スカウトの心得として「危険は避けろ」って口酸っぱく言っている。これじゃ、説得力ないよなぁ。このまえの囮といい。だけどこの前とは違う。あきらめたりはしなかった。それだけは言えた。だから、あいつが来るまで持ちこたえた。そして、俺の代わりに・・・。でも、それでも。
黙りこくった俺を見て、ミュシファさんは心配そうな顔をしたけど、もう俺は大丈夫。そうじゃないと、あいつに申し訳がない。
「あのお馬さん・・・パシリを助けて・・・あたし・・・。」
ち。何を考えてたか、勘づかれたらしい。
「ああ・・・ミュシファさんの馬嫌いが直ったのは、あいつのおかげだったね。」
「うん・・・何度も乗せてもらって・・・馬って賢くて素直で、かわいいなって。ホントに助かってよかったね。」
そう言うミュシファさんの頭を軽く撫でて、そして、俺はようやく起き上がる。もっとも毛布をはがそうとしたら
「ダメ!はがさないで・・・こっち見ないで!」
「あ・・・ゴメン!」
って、なったけど。そういえば、この子は夏でも露出過少だし。冷え性?
俺とミュシファさんは、みんなが打ち合わせしている会議室に戻った。俺は話し合ってるみんなに、あらためて礼を言い、加えて直接戦った時の様子を詳しく伝える。
「だから、今、あいつらはおそらく10kmくらい先にいます。ここまであと2、3時間前後でしょうか?」
隊章で先に発信した内容と、今の説明で、かなり詳細なことを伝えることができた。
しかし、俺を見るミュシファさんは、まだ青白い顔をしたまま。一方アルは真っ赤な顔だ。他の面々は表情の選択に困っているようだ。戦姫様が何か言いかけたが護姫様が目で黙らせた。勇者様は無表情・・・怖い。コルンさんとセウルギンさん、キーシルドさんの大人三人・・・通称三師が比較的冷静に見える。
「敵は・・・オーク族のチャンピオンでしょう。」
セウルギンさんが静かに告げた。他のメンバーは俺の前に聞いていたらしい。だから怪訝な顔をしたのは俺だけだ。
「コルンさんから、アナタから送られた情報も聞きました。彼ら、いや、その中心にいたオークは、その種族特性であるルーンを保持するルーンホルダーであり、そのルーンに懸けて敵種族と戦うべく誕生したチャンピオン・・・種族の代闘士です。」
オーク族のルーンホルダーで、チャンピオン・・・?正直、唐突な話でピンとこない。
「よくもパルシウスくんは生きて帰った、とほめるべきですよ。ミナサン。少しでも諦めたら生還できるような敵ではなかったはずです。」
セウルギンさんが微笑んでそう言ってくれた。俺を褒めるべきかしかるべきか、困っていたみんなは、この言葉を聞いて叱ることを止めてくれたようだ。俺は、俺の命をつないでくれた勇者様との約束と、そして、ジェーンのおかげだと思った。
「セウルギンさん・・・せっかくルーンを刻んでくれたのに、俺、武器を捨てて生きのびました・・・すみません。」
そう。ソードブレイカーとメイルブレイカー。2つの武器も俺は失った。忙しい中ルーンを刻んでくれたセウルギンさんに申し訳がない。
「キミが気にすることではありません。いえ、むしろキミが生き延びるために役立ったのならそれが一番です・・・チャンピオンとその眷属が決戦を挑むとき、戦うに値しない敵は近くにいるだけで、著しくオドを消耗します。パルシウスくんは、チャンピオンの攻撃を防ぎましたが、ただそれだけでもかなり消耗したようです。」
セウルギンさんは説明を続ける・・・つまり、チャンピオンが本気で戦う・・・種族決闘っていうらしい・・・時、相手もチャンピオンクラスじゃないと、ろくに戦いにもならないらしい。その眷属・・・つまり、あのでっかいガーズ種相手でも、普通の兵じゃ戦えもしないってことらしい。うへえ・・・あれ?
「でも、俺、取り巻きにはけっこう抵抗できましたよ。一匹仕留めたと思いますし。」
「そうです。それは、つまりオークチャンピオンの目標が、勇者エンノ、そういうことなのでしょう。だから、勇者の従者であるアナタは、オークチャンピオンの一撃を防ぎ得た。そして、ガーズを一体倒し、生還できた。」
「それって、エン姉も、そのチャンピオンっていうことかよ?」
「・・・人族の決戦存在として認められた、ということでしょう。」
勇者様はここでかわいくエッヘンポーズをとったけど、さすがにみんな反応しなかった。膨れる勇者様・・・あとで、クッキーあげますから。
「待って。」
コルンさんが珍しく慌て気味に聞く。
「勇者とチャンピオンは、同義じゃないわ。勇者は、人族の勇気を体現する存在ではあるけれど、種族の特性・・・種族ルーン?とは直接つながらない・・・。」
確かに。そもそもチャンピオンとか種族決闘とか、実際に戦った俺でも多少ついていけない展開だ。そこに、勇者様はチャンピオンって言われても、ねえ?
「アナタがそれを言いますか・・・失われた人族の種族ルーンを仮にも復活させたアナタが?」
はあ?もう、わけわかんねえ。失われたルーンが復活?俺たちが、コルンさんがやったのは・・・せいぜいホルゴス戦役で『勇気の旗』を掲げて・・って・・・あ!?
俺とコルンさんは同時に叫び、互いに顔を合わせる。
「勇気の旗って、もしかして!?」
「そうです・・・あれは、いつしか失われていた、勇気のルーンの借りの姿です。」
セウルギンさんの話がかなり錯綜し、アルや戦姫様、ミュシファさんはもう頭を抱えるだけになった。俺は彼女らにお茶を淹れながら、セウルギンさんに聞いてみる。
「あの・・・『旗』の力がすごいのはわかるんですけど、・・・じゃ、人族には『勇気』っていう4つ目の種族特性があったってことですか?」
「そうですね。最盛期の人族には4つ目のルーンがあった、そう主張する一派が、ルーン魔術師の中にはいるのです。仮にも他の種族、特にトロウル族のように4つものルーンを持つ種族を3つのルーンで従えるのはムリ、と主張する一派が。ワタシの師匠もそうですが。・・・ただ、そのルーンの特性がなにかは議論の余地があったのですが・・・。」
「わたしが勇気勇気いうのを、バカにしてたのは、それだからなのね?」
「・・・まあ、否定はしませんが。」
『勇気教の信者』ってヤツか。
「ですが、アナタが復活させたあの『勇者の戦い』、あれはたしかにかつての種族決闘の形から大きく逸脱しておりますが、人という種族の特性、その一面を改めて示してくれました。」
「ひょっとして、あのあたりから、疑ってた?」
「ええ。ワタシは、あれが勇気のルーンで、失われた種族ルーンが一時的に復活した現象ではないか、とずっと考えていました。そして、今、オーク族のルーンを背負ったチャンピオンが出現し、勇者エンノに向かっている。これは、チャンピオン同士が戦う種族決闘の流れそのものです・・・パルシウス君の情報や彼の消耗の様子から、まず間違いないでしょう。」
コルンさんは黙りこくってしまった、おそらく、今起こっている現象の意味や今後の展開を、その頭脳で考えているのだろう。しかし、俺は何よりも重要なことを聞きたい。
「・・・セウルギンさん・・・もしも勇気のルーンがあるとしても、今はまだ仮のルーンなんですよね?じゃあ、勇者様ってその仮のルーンの所有者?だとしたら・・・その、相手が完全なルーンホルダーでチャンピオンだったら・・・。」
「ええ。分が悪いでしょうね。」
そこ、即答!?マジか。それでなくても、勇者様は今、精霊の加護を失っているのに。そこは、頭を抱えていた年少組もわかったらしく、一斉に渋い顔をした。勇者様もブスッとなった。あのオークチャンピオンがやって来るまであと3時間ほど?さすがに3時間じゃ、ルーンの完全復活とか、精霊の加護を取り戻すとか、新必殺技を身につけるとか、そんな展開はムリ。勇者の仲間を増やすとかって、それもムリ。候補者もいないしそんな簡単なことでもない。
「しかし・・・。」
ってセウルギンさんが言いかけたところで
「ここはボクが!妹であるボクが新たな戦士になるよ!」
いや、お前、腹黒いけど戦闘力ねえし。
「俺が、新必殺技を!」
だから、そんな思い付きでできるもんじゃないでしょ。
「・・・どうしよ?パシリ?」
今、考えてんの!もう。少しは大人の俺たちを見習ってよ。
「ちなみにセウルギン師・・・もし種族決闘に敗北したら、その種族はどうなるのですか?」
ホラ、大人のキーシルドさんが聞いている。
「人族とオーク族が幾たびルーンをめぐって争ったかにもよるのですが・・・よくてもルーンの力をコピーされ、悪ければ、奪われてしまうでしょう。当然、敗けた側のチャンピオンは死にます。いえ、オーク族が相手ならば、存在を吸収されるかも。」
死。勇者様が死ぬ。それは絶対にあってはならない。残り少ない人類史がどうなるか、それはしかたないけど、勇者様が死ぬのは認められない。まして吸収?論外だ。
「戦わないって方法はないんですか?」
俺の弱気な質問は勇者様や戦姫様の機嫌を損ねたようだが、それでも聞いた。
「わかりませんが・・・犠牲は出そうですね。」
ここから逃げたら、ここが全滅。そういうことか。十人もいない相手に。そう言えば・・・
「アナタも気にしていたでしょう。オーク族の北街区軍の兵や、本陣付近の死体がどこに行ったのか?追撃していった草原の民や山岳民の兵がどうなったか。」
「・・・食われたってこと?」
「そんなところです。オークチャンピオンが誕生するにあたって、『雑食』が発動し、その存在力を吸収された、と考える方が自然でしょう。その特性によって、種族ごとにチャンピオンの出現条件や属性はかなり違うようですが、同族でも吸収するなら、異種族を吸収するのに躊躇はないはず。」
「そもそもなんで今、この時代に、こんなことが・・・」
思ったよりオーク族の中での、北方領をめぐる戦いに意味が大きいのだろうが・・・。それとも、俺たちがホルゴスの戦いで勇者戦・・・勇者を主軸とした戦闘・・・を復活させたことがなにか影響しているんだろうか?または、オーク族になにか種族的な危機が迫っているのだろうか。種族決闘を挑むというのはそれなり以上のリスクがあると思うのだが。
「確かに、おじいちゃん、『旗』のこと戦術でも陣法でもないっていってたけど・・・。まさか、仮にとは言え、種族特性そのものの復活だったなんて・・・。」
勇気がなくては人族の種族特性は生かせない。そう言っていたコルンさんも、まさか勇気が種族特性そのものだったことは知らなかったようだ。
しかし、ここまでの話は、全てセウルギンさんの知識に基づいている。彼はいったい何者で、どこまで知っているんだろう?
「・・・能あるドラゴンは羽を隠すのでしょう?」
今さら隠すなよ、全く。この謎のイケメン天才魔術師め。ひょっとして、ちょっと前まで本調子じゃなかったのは、このことを考えてたから?・・・ま、いいや、今さら。
とりあえず、ようやく概要がわかった俺たちは、戦いに備え始めた。どうせ逃げられないのだ。その気もない。種族の命運とやらは少々重いが、まずは、ここに住む人たちを守る。
それが勇者様のくだした決断で、俺たちも従うだけだ。
しばらく前から、地平線を赤いカーテンが覆っていた。それが近づいてくる。そして、奴らが来た。姿が見えた時には、空が一面の赤いカーテンで埋め尽くされていた。俺たちは城外で迎え撃つことにしていた。
本拠地で迎え撃つのに、空が赤いせいで無茶苦茶アウェー感が強かった。
コルンさんは、「久々のパーティーバトルね」って楽しそうに頭を抱えていた・・・どっちだ?
勇者様は、話し合いの後俺を手招きして、もう一度ポカって俺を殴った。これはもうご褒美だな。
ザラウツェス城の東城門でアルは俺たちを見送った。城外には衛兵隊が整列している。もしも俺たちが破れたら、彼らは民衆が逃げるまでの盾になるつもりだ。ガレデウスさんが、こわい顔に悲壮な表情を浮かべてるけど、もっと堂々としろってこっそり思った。
「シル姉様、エン姉様、ソディ姉様・・・ボクがもっと強ければ・・・」
アルは「ボクもついて行く」っていったけど、どう考えてもオドを消耗して倒れるだけなので、みんなで説得した。それにこいつには最後まで民衆を率いて生きのびる責任がある・・・。
「ああ・・・キミ。それはわかったよ・・・わかったつもりだけど・・・それでもひどいよ、キミは。」
やっと説得したのに、俺に対してはまだクドクドと言いたいらしい。ヤレヤレ。こいつも妹みたいなもんだしな。元姉妹たちの義理の妹で、俺の妹のそっくりさん。もう、ほぼ妹だろ。
もっとも俺はこの前返しそびれた首飾りを返そうとして、アルに殴られたが。
「キミはバカだ。せめてこの一件が終わってからにしろ!」
って。じゃ、ありがたく借りとくさ。
「ちゃんと生きて返しにいくさ。ちなみにこいつの使い方は?」
「あ?・・・言ってなかったっけ?」
おいおい・・・。今さら聞く俺も俺だが。この首飾りは、『碧晶の護り』というらしい。術名を唱えるだけで発動する『大回復』が付与されている。そりゃつくづくありがたい。
「んじゃ、後は任せろ。お前の姉さま方は俺の大切な主人たちだ。必ずお守りする。」
「・・・どうも、キミにはやはりわかってないようだ。バカ。」
「・・・ダレがわかってないって?・・・お前こそわかってるのかよ、」
「フン。ボクはわかってる。ちゃんとやってみせる。ボクは北の盟主だ。キミがそう呼んだ。」
納得いかねえが、ま、オッケーだ。頑張れ、新米領主様。俺は、つい癖でアルのオレンジ色の頭に手をやって撫でてしまう。しばらくして、気づいて、慌てて引っ込める前に
「ふふふ・・・なるほど。キミは髪の扱いだけはうまいな。後はからっきしだが。」
顔を赤くしたアルが、何やら勝ち誇って笑いやがった。何なんだ?
コルンさんは戦場の偵察を行い、陣形を練り上げ、戦術を考えた。陣法師の本領発揮だ。
敵の陣形はガーズ3体がチャンピオンの前で三角形に、ウォリアーがその両脇に2体ずつ配置。正面で守り両側から攻撃する作戦のようだ。
こちらは、護姫様、勇者様、戦姫様を前衛とした斜傾陣。コルンさんがこの陣形を発動すると、機動力が上がる。そして、正面から当たるように見せて、右斜めに移動し、敵の先端には護姫様がぶつかる。敵の初撃であるジャベリン攻撃を移動力でかく乱してかわしつつ、護姫様の防御力で止めるのが最初のカギ。右後衛のセウルギンさんが護姫様に移動力を更に上昇させるため『脚飛』をかけ、その後攻撃や支援の魔術を使う。もっとも敵の魔法抵抗力はかなり高そうだ。左後衛のキーシルドさんは、前衛への『防御』と、その後は各種『回復』役。彼はその防御力で後衛への直接攻撃を防ぐ役割もある。前衛が右にずれて移動する分、左からの敵ウォリアーの攻撃は彼が引き受けるのだ。ミュシファさんは後衛の脇備えで、実は遊撃。戦況によって動きが変わる。回復や支援のアイテムを多く持ってもらう。最後衛はコルンさん。全体の指示は彼女が出し、各種支援を行う。
で、俺。実は隊の中央だったりする。まず、無駄と思いながらの遠距離攻撃・・・つまり、弓。接敵後は勇者様の後ろについて、敵の両翼が前衛の側背にこないよう迎撃、或いは味方前衛が敵の中央を突破したら支援、後衛が危うくなれば防御・・・要は俺も遊撃だ。
こんなふうにコルンさんは、一応の流れの中で起こりうる状況の変化に対し、まず何パターンかを推測する。で、その対処を事前に俺たちに伝える。これで、各自の役割が確認できて、俺たちは自分も仲間も動きやすくなる。さらに突発的な変化には隊章で連絡する。手堅さと柔軟さを合わせた運用だ。不安はない。
一方、人族のパーティーと比べると、おそらく多様性に欠けるオーク種だが、肉体の強靭さは少々上。加えて、主従関係が明確で、チャンピオンからの指示・・・おそらく念話・・・には疑問も打算もなく従う。また、魔術の行使がないものの、直接戦う戦士が多い分、そのまま接近戦になると手ごわい。とくに両翼のウォリアーが、味方の後衛・・・術師たち・・・に直接接敵すると危険だ。
次第に近づくオークたち。それに合わせるように、世界が赤くなっていく。空も、地平線も赤く染まっていく。すると、なんか見えないものが俺たちを、『外』から閉じ込めたのを感じたんだ。さっきまで見えていた、アルや、衛兵隊、ザラウツェス城が見えなくなった。
その魁偉な姿は正直相手にしたくない。見てると足がすくみそうだ。だが、ここで止めないと、おそらく北の平原は大変なことになる。いや、ひょっとしたら人族にとって致命的なことになる。万を超える敵味方を吸収した敵である。なにがあってもおかしくはない。
そして、俺たちは対峙した。が、戦いに前に、護姫様が敵将に問いかけた。これは勇者様が託していたことだ。
「我はシルディアだ。勇者エンノに代わって、戦う前に貴様らに問う。」
そう・・・勇者様はどんな相手であっても、戦わない、という選択肢を常に掲げている。それが誰にも理解されず侮蔑されるとしても決して和解の可能性を絶やすまいとして。
「この戦い、避けられぬのか?種族の命運をかける決闘など、容易く行うものではないぞ。考え直すことは出来ぬのか?」
もちろん、思いっきり笑われた。怖気づいたと思われたのだろうし、覚悟の上だ。それでも和解を望む姿勢は勇者様の本心だ。コルンさんの悲願でもある。例え今は笑われても、いつかその心が相手に届けばいい。でも・・・今はそうじゃない、残念だが、それだけだ。
オークチャンピオンは、気のせいか、さっき偵察中に見た時より大きくなったような気がする。周りを威圧する力も強い。そいつは対話の申し出を嘲笑した挙句、勝ち誇って
「人族の決闘士とその眷属たちよ。これは、我らオーク族が大陸の覇権を握るための戦い。かつて我らを不当に搾取した人族に、その報いを与える戦い。そして我が将兵2万の無念を晴らすための戦いだ。決して避けることはできぬ。覚悟せよ!」
と叫ぶ。その怒号と共に放たれた風圧は、俺を一瞬ひるませる。が、
「・・・ふ。我らが恐ろしいのなら、大人しく食われるがよい。まともにルーンを帯びることもできぬ半端な身なのであれば、少しは味わって・・・」
などたわごとを言い出した途端、俺の萎縮は吹っ飛んだ。俺は赤心で語る者に返す侮蔑に対して聞く耳を持たない。まして勇者様に向けての暴言は決して許さない!
早々に矢をつがえる。それでなくてもわざわざ言葉を交わす都合上、先制の射程に大幅に敵を迎え入れているのだ。本来ならもっと遠距離で仕掛けられたのに・・・・でも勇者様とコルンさんの願いを知ってる俺は、不利とわかっても止められなかったし、だから、余計に腹ただしい。前衛が動くタイミングに合わせ、俺はまず敵のもっとも先頭にいるガーズに矢を放つ。
ガスッ!ガスッ!ガスッ!
速射で放った三本は全て盾で遮られたが・・・へん、ざまあみろ。大楯とは言え、このでかい大竹矢が三本も貫通した状態じゃ、扱いにくいだろう。アルからもらった、もともとは山岳民の贈り物であるこの剛直竹の長弓と大矢は、なかなか威力がある。一般的な長弓は最大射程は250m、有効射程100mほどといわれる。伝説じゃ、800mとか1000mでも当てた名人がいるらしいが。親父もきっとそれくらいはできただろう。ちなみに俺は長弓はあまり使ったことがない。実戦じゃ今日が初めてだ。
俺は引き続き、さっきとは違うガーズに向かって連射する。そいつの大楯にも大竹矢が三本。そいつも盾が使いにくそうだ。この数秒で前衛同士が接敵し、俺は弓矢を捨て、勇者様たちの支援に向かう。
敵の飛び道具のジャベリンは、護姫様に二本命中したが、こっちは盾で弾いている。後は移動した標的に当たらなかった。
俺の右後方でセウルギンさんが30本もの魔術矢を一度に打ち出したが、敵のオークどもはかなり魔法抵抗が強く、牽制くらいにしかならなかったようだ。
「暖簾が口惜しい・・・。」
なんてわかりにくい迷言を吐く暇があったら、もっと別な手を打ってよ、まったく。
前衛が接敵する。護姫様が敵の先頭に対して思いっきり盾破壊にでている。俺の矢があるので、壊しやすいとみてのことだろう。すこしずつ大楯が壊されていく。
やや遅れて、その右に位置する勇者様も、やはり盾破壊。こちらは一撃で粉砕した。さすがというべきか、おそろしいというべきか。武器の違いかもしれない。
さらに右側、戦姫様は、最初はやや先行気味だったのが、敵を惑わすために途中からわざと遅れ、しかも、魔力をためている。そしてその大剣に紅くまとった炎を放つ。
「紅炎剣!」
戦姫様の必殺技だ。敵の左翼にあたるウォリアー2体が直撃を受ける。バックラーではさすがに防ぎきれなかったようだが、あれをくらって生きているのか!?そして2体ともそのまま戦姫様に迫る。ここは淹が足とめか?
「そうよ。敵右翼はキーシルド師が防御に向かう。セウルギンさんはその支援。あなたは敵左翼の攻撃に。」
コルンさんの指示は事前の話し合いの範囲だ。味方の想定内で動いている・・・まあ、不利じゃない流れってことだ。
俺は高速で疾走し、戦姫様の右側面・・・敵の最左翼・・・のオークウォリアーに向かう。無音、無気配で視界の外から。そして・・・その背後から首筋にイアードダガーの振り下ろす。
戦いの前に、コルンさんから預かったイアードダガー。
「他に武器がないから、しかたないけど・・・分かってる?」
「はい・・・。大丈夫です。俺の技はアサシンですが、心は勇者様の従者です。かならず、みんなを守るために使います。」
ふん。不本意だが、アサシンの加護は健在。イアードダガーは急所を一撃で貫き、その息の根を止めた。ふん。卑怯極まりないが、これが俺の戦い方だ。
赤い光が鈍くそいつを包み、消える。
「てめえ。俺を囮にしやがったな。だからアサシンなんて、嫌いなんだ!」
「すみません!戦姫様!」
正面からだと時間かかって。でも、これで味方右翼は戦姫様と敵左翼ウォリアーの1対1。彼女の攻撃力なら突破も時間の問題だ。俺は一度さがって、それから味方左翼の救援に向かう。
この間に、護姫様は正面のガーズの大楯を破壊し、軽傷を負わせていた。が、その左から別なガーズが来て1対2。守りに入った。もっとも防御に入った護姫様は固い。もともとフルプレートにナイツシールド。加えて防御系のスキルに魔術。まさに鉄壁だ。ガーズ種2体程度の攻撃は余裕でさばいている。
しかし、更にその左から2体のウォリアーが迫る。これも予定通りキーシルドさんが防御に入っている。キーシルドさんは護姫様に次いで防御力が高い。そこにセウルギンさんが「魔攻槍」を使い支援攻撃。変形の2対2だが、やや不利。で、さっきの判断で俺は敵左翼を突破するより味方左翼の守りを選んだわけだ。これで変形だけど3対2。足が速い俺が陣法で更に強化され、縦横無尽だね。以前は隊の中の俺の立ち位置は「ロデム」だと思ってたけど最近じゃ飛べない「002」みたいって何のことやら?忘れてくれ。
勇者様はついに正面のガーズを切り伏せて、敵前衛に穴をあける。その死体もまた、赤い光に包まれ・・・光がチャンピオンに向かったような・・・?
勇者様は振り向きもせず、迷いもせずに、敵将チャンピオンに向かう。
味方は直接戦闘に参加しないメンバーが多い分、陣形や機動力、支援魔法で何とか優位に立ち、8対5・・・。なんだけど、その後、しばらく均衡が続いた。
右翼 戦姫様 対 ウォリアー。 優勢。
中央 勇者様 対 チャンピオン。互角?とりあえず均衡。
左翼 護姫様 対 ガーズ2体。 均衡。
左翼後方 キーシルドさん、セウルギンさん、俺 対 ウォリアー2体。均衡。
最後衛 コルンさん、ミュシファさん 待機
こんな感じ・・・ミュシファさん、遊撃支援に入れないかな・・・目くらましくらいでいいんだけど。
「そうね・・・ミュシファ、できる?」
「・・・は、はい。やります。」
ゴメン、怖い思いさせて。でもここで頑張らないと、いつもの努力が無駄になる。
『大丈夫。いつも通りでいいから。ムリしなくていいから。』
『うん。』
『パシ公・・・最近のおめえ、ミの字にも過保護じゃねえか?』
『そうですかね・・・って、余裕ですね戦姫様。』
『ああ、こっちはケリついた。』
戦姫様はウォリアーの喉元を大剣で貫き、その後、勇者様の支援に向かった。よし!
しかし、この絶妙なタイミングで!それは起こった。
「きゃああ~・・・ヘビィ~!」
・・・どっと脱力した。危うくオークの長剣が俺の首をはねるほど・・・。ここで、今この場面で、それ、やんなきゃダメ!?ミュシファ先輩!もう思考停止。俺、終わった?
が、かろうじてキーシルドさんが俺を盾で押しのけてくれた。マジ死ぬとこだった。
「キーシルドさん・・・ありがとうございました。」
「修行が足りませんな。パルシウス殿。」
いや、面目ない。大した面目じゃないけど。で、俺とキーシルドさんが並んで敵を迎える・・・ところに
『魔光砲!』
って念と巨大な白銀の光が飛び、敵の1体を包む・・・まだ生きてる。あれくらって!?ホント魔法耐性高いな。でも動きが鈍ったそいつを、後ろからこっそりミュシファさんが・・・サクサク・・・って・・・まだ?
『もう一撃!』
あ、じれたセウルギンさんがまた『魔光砲』撃って、さすがに死んだ。また、オークの死体は赤く輝く。そして確かにその光はオークチャンピオンに向かい、吸い込まれた・・・。この現象は何なんだ?
おっとセウルギンさんが膝をついている。
『これでワタシは打ち止めです。』
もう念もくたくたって感じ。あれを2発はきついよなあセウルギンさんでも。
思ったより味方のケガが少ない。だが・・・
『ミュシファはそのまま左のウォリアーの後ろに回り込んで。後ろにいるだけでいい。セウルギンさん、後退。キーシルド師とパシリくん、そのウォリアーをお願い。前衛は・・・』
『我は余裕だ。敵の体力を削りながらの防御。まだまだ、だ。』
『・・・こっちは攻めあぐんでる。ダメージを与えてるハズなのに、治っていく。』
再生か?スキルか能力か、アイテムか?
『マジ、キリがねえ・・・』
戦姫様?妙に疲れて・・・あ!?オドが消耗してるんじゃ?
『戦姫様、一度お下がりください。』
コルンさんも同じことに思い当ったらしい。戦姫様は強力な戦士で、勇者エンノの片腕だが、勇者ではない・・・つまりチャンピオンに接敵するだけで消耗する。いや、接敵できただけすごいんだ。でも。
『今はエン姉と二人がかり・・・これでやれない訳ねえだろ!』
『ソディア様!』
俺たちは、目の前のウォリアーに攻めかかった。急いで援護に行かないと戦姫様が危険だ。っていうか、勇者様だって、チャンピオンそのものじゃない。オドを大量に消耗していてもおかしくない。敵将には、全員で一斉に攻撃し、短時間でやっつけなきゃ、味方がドンドン戦闘不能になる・・・。だから、
『下がってください、ソディア様!』
ホントは勇者様にも一度さがってほしかった。今、目に前のこいつをやっつけて、護姫様の前の2体もやっつけて、一気に総がかりで敵将を倒すまで、オドの消耗を避けてほしい・・・。
『ウルせえよ、パシ公。こっちはもう一息なんだよ。』
ダメだ。だったらこっちが早く片付けて応援に行かなくちゃ!
『キーシルドさん。囮、お願いします。』
『任せてください。』
近距離だが、敵に聞かれないよう念話で話す。
『ミュシファさん・・・敵の死角に入って、よく見てて。』
『え・・・うん。』
ホントは人に見せるもんじゃない。でも。
俺は右手にイアードダガーを構えて、無音無気配のゴーストウォークで敵の死角に入る。その間、キーシルドさんがあの巨大なメイスで敵に攻めかかり、引き付けてくれた。とは言え、キーシルドさんの攻撃力は守備力ほどではない。ウォリアーは長剣とバックラーでしのいだ。
ミュシファさんは敵の右後方に回り込んでいた。そこに
『ミュシファさん。足元にヘビが!』
「きゃああ~!」
突然死角から大きな声を出され、一瞬ウォリアーの注意がそちらに向いた。
すまないな。汚い手で。
更に逆方向から近寄っていた俺は、その一瞬でウォリアーの背後から首を貫いた。
「うまく味方を利用したというべきでしょうか・・・感心はいたしかねますが。」
「・・・なかなかアサシンらしいというべきかしら?」
「あれ?・・・ヘビ・・・どこ?」
ホント、すいません。でも味方の援護が優先・・・。だけど。
「ぐわああっ!・・・畜生・・・」
遅かったか!ソディ!




