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kajin三十一人の合体

作者: MOJA

 俺の声は不安定だった。だからいつもボリュームを抑えて話した。伸びすぎた枝が折れるのを恐れた。


 三十一人のkajinが集まれば敵を倒せるというので皆選ばれようと必死である。芸術は旗取り競争じゃないとは誰かの弁だが敵がいるのだから仕方ない。

 俺はメモ代わりに便利だからtankaを使っている。行くあてのない思考を三十一文字に収めると作品として散逸しにくくなるのだ。だから向上心とかはない。三十一人に選ばれるのは無理だろうと思う。既に選ばれている人が名誉のためか倫理観のためかなんのために参加しているのかは知らない。

 寝る前に一首つくっていると自分が三十一人に選ばれるための天啓が降りた。向上心はないと言ってもkadanの話題には無縁でいられない。俺の脳みそはしっかり情報収集をして俺に都合のいい直感を律儀に捻り出したわけだ。

 俺は直感に従って公園にアウトドア用のスコップを持っていった。夜の公園は寂しかった。ブランコの周りを囲んでいる鉄柵の青い肌に火傷の痕がついていた。俺はTシャツから飛び出た自分の腕をさすりながら水道に近づいて水を出した。腕に伝わる水は暗くて見えなかった。むっとした暑さのなかを空気に溶け込みながら落ちていく音がする。

 ふと顔をあげると別のkajinがいて俺の様子を見ていた。俺を三十一人の一人として認めるというわけだ。せっかくスコップを持ってきたのに役に立たなかった。持ってきたスコップを使わなくていいなんてまるでメタフィクションみたいだ。その男は頬がこけていて気味の悪い真っ黒な服を着ていた。いや、別に気味は悪くはなかった。口が滑った。ただ夜その服を着られるととても見にくい。交通事故に会いやすいのではないかと心配した。男とはその場で別れた。

 実際三十一人に選ばれてみると俺は怖かった。死ぬかもしれないからだ。普段よく遭遇する万引きや痴漢とは別種の怖さがあった。それらはたまに致死性の伝染病を運んでくる虫に過ぎない。敵は運命だった。俺の抵抗する力を試されている。部屋の窓が暗かったり明るかったりした。

 携帯のアラームがぷるぷる鳴った。俺はでんぐり返ししながらアラームを止めに行った。部屋のなかに動きがあったことで気分が少しよくなった。立ち上がると外出できそうな気分だった。この先眠くなるといけないので目薬をさした。俺は目薬のさし方を知っているので目をぱちぱちさせずにつむって待った。

戦場に三十一人が集まった。めいめいが着替えや洗面道具を持っている。皆一様に朗らかな顔をしていた。緊張感が足りないと憤りを覚えた。白いカーディガンを羽織っているkajinがいておしゃれだった。会話のきっかけになりそうだったが自分が人見知りなのを思い出して時間まで黙って過ごした。

 隊長の号令でkajinは合体をはじめた。kajinひとりが一文字となった。ディストピアでも全体主義でも無いことはここに明記しておく。気の早いグループが初句を作り出すと残ったkajinは行儀よく連なった。他人と連なるのは別に不快では無かったが、連結する部分に甘い香りがするのは気になった。勢いがよすぎて指の骨を折る人間もいるようだった。俺は四句目の後ろの方に落ち着いた。

 俺のまたがった男はやせていて、浮き出た肩甲骨が太ももに痛かった。「ごめんよ。学生のときの騎馬戦でも文句を言われたんだ」。悪くない、と俺は答えた。偉ぶっているように聞こえるのが悲しかった。それ以上会話は続かなかったので、相手がどう思ったかはわからない。

 攻撃開始の合図とともにkajinたちがめいめい自分のtankaを呟きだした。俺は俺のつくった歌を朗読したが声が小さくて聞こえないと下の人に言われた。仕方がないので攻撃するのはやめた。代わりに合体した体を揺らして敵の攻撃を避けることにした。百足みたいな体がぐらぐら揺れた。

 腹をたてた敵が108本の腕で殴りかかってきた。kajinは歌をつくってそれに対抗した。しかし敵は手首の力が強かったので、kajinの歌は次々に壊れた。拳は歌人自身にも届いて、次々と割り箸の破片のように砕けた。

 公園で会った頬のこけた男にも拳が当たった。俺はもう彼は駄目なんじゃないかと思った。俺は登山をしたことが無いけれど、映像で見るから山頂からの眺めを知っている。ただ、その場での気温を感じられないから残念だ……。俺が物思いから目をあげると、頬のこけた男は鼻血をながしつつ健在だった――なんだ、大丈夫じゃないか――頬のこけた男ははりきって敵に反撃を加えていた。おおかた鎖かたびらでも着ていたのだろう。

 戦いながら、これって何かのメタファーになるのかな、と思った。ならないでほしいと願った。足が痛い。もっと分厚い靴下を履いてくればよかった。何にしろ準備した人が有利なのはわかっているけれど、俺にとって準備することは命を絞りきるぐらいに気力が要る。

 結局、物量に負けて敵は砕けた。


 俺たちはkajinじゃなくなった。敵は死んだけど親戚がたくさんいた。特に子どもの数が多かった。彼らは敵の遺志を継いでkajinたちに攻撃をくわえた。とてもいやらしい攻撃だったので、kajinたちは次々にtankaを放棄した。俺はあまり倫理観がないので、彼らの攻撃は苦にならなかった。だけどひとりでtankaを続ける意味もあまりなかったので、食堂で受け取った食事をテーブルまで運ぶようにtankaを捨てた。だけど俺は不器用だから必ず汁物をこぼしてしまうのだった。

 俺たちはkajinだったけれどkajinがなんなのかわかってなかったのかもしれない。あるものにとっては降雪だけどあるものにとってはホームセンターの白い椅子だったのかもしれない。俺たちはkajinがなんなのかわかってなかったのかもしれないと思った。

「おめー、旧かなを使ってるな?右翼だろう」と街角にいるおじさんに言われながらずんずん歩くとゲームセンターに着いた。俺はここ何十年とゲームセンターに行っていないので今のゲームセンターがどんなところかわからなかった。わからなければ書けないので架空のゲームセンターに行くことにした。そんなことを考えているあいだにゲームセンターに着いた。架空のゲームセンターには空気がなかった。肌がピリピリして苦しい。皆両替機に並んでがちやがちや音をさせている。クレーンゲームで空気が取れるのでそれに必要な硬貨を用意しているのだろう。作業の勢いが強すぎて指の骨を折っているやつもいた。

 俺は空気がないことに気づいた時点でパイプイスに座り足の間に頭を入れて我慢した。ところがこの方法は視界が暗くなることによっていろいろな嫌な思い出を俺に思い出させた。俺はこの苦しい気持ちをぶつぶつつぶやいた。しかし日本語ののっぺりとした発音がさらに気持ちを悪化させたので、苦しくならないように指折り数えながら日本語を分断してゆくのだった。


ぶつぶつ……(葡萄)。


ぶつぶつ……(茱萸)。


 俺が俺の歌を口ずさんで歩くのが見えた。

 道は夜になったり昼になったりした。電柱があれば迷うことはなかった。俺はすでに死んだ飼い犬の散歩をしていたり、無人の道で知らないおじさんを探したりしていた。俺を見ている俺の唇かわからないが俺の唇が開いた。


ここで

それ、tankaじゃない?

それ、tankaじゃない?

と言うのはセンチメンタルすぎる。


いや

そうだ

聞いてよ

話がしたい

時間が止まる

どこにいるんだ

会わなくてもいい

目を見る自信がない

今日はひきこもりかい

先伸ばしで全部解決する

おまえの記憶力は大丈夫か

 道の真ん中に百足がいた。俺の目には百足の顔だけが飛び込んできた。俺は意思の力で顔を別の方向に動かした。百足の顔を網膜に残したまま俺は歩みを進めた。ガソリンエンジンの音が聞こえた。

 頬のこけた男が車で通りかかった。車のダッシュボードには頬のこけた男の免許証が入っている。免許証の写真は人相が悪く他人に見られればからかわれることは間違いないだろう。やれやれ、ありがちな話だ。俺は頬のこけた男の車に乗った。

 車中には尋常じゃない量の砕けた割り箸が散らばっている。何故なのか聞くと「さあ、何でだろうね」と男は答えた。今日は分厚い靴下を履いていたので足元は平気だった。メタファーは嫌だ……。メタファーは嫌だ……。「ラーメンを食べに行かないか」と突然言われてびっくりした。このとき実際に食べに行ったのか覚えていません。

 俺たちは最初に出会った公園に着いた。頬がこけた男は泣いていた。なんの犯人かはわからないけど、やつが犯人だった。解決編だ。早速裁判が開かれた。裁判官も検事もいなかったので、生き残りのkajinが集まった。これじゃ裁判じゃなくてkakaiだ。仕方がないので皆があらかじめ提出した歌を読み上げた。皆それぞれのやり方でtankaを取り戻したらしい。読み上げ役は俺になった。俺は大きい声も出ないし、激情するということがなかったので、この時もぼそぼそと読んだ。文句を言うやつはいなかった。

 全員の歌を読み終わって皆静かになった。何か結果が出るまでは身じろぎしないことを本能に仕込まれた結果だった。部屋のなかには白いピースリリーが飾られていた。「個人と集団は常に争ってきた。幸福を巡る争いである」と俺は言ってみた。皆ぽかんとしていた。頬のこけた男は苦笑していた。俺は本気だった。本気だから通販で筋トレグッズを買って今まで鍛えてきた。人を絞め殺すのなんてわけないぜ。kajinの首はメンマみたいなしわをよせて折れていった。殺される皆がそれぞれ自分の部屋の風景や昼食べた食事の内容を思い出した。俺は俺の部屋にいて腹筋ローラーを使っている。新しく出来た体勢が達成感を与えてくれる。俺は汗を拭いて机に座った。行くあてのない思考を三十一文字にまとめ始めた。

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