8.天才子猫サン
姿は子どもながら中身は享年26歳プラス5歳と知られてからは、明るいうちならひとりで遊びに行くのも簡単に許可が出るようになった。
遊びに行くのは大抵川岸の広場だ。両親共働きのため平日は夕方まで保育園にいるので、休日がメインになる。つまり、野良猫会議がいつも通り開催されている日程だ。
今日も今日とて、野良猫会議の会場であるみっつ岩広場にはいつもの猫メンバープラス俺がいて、世間話に花を咲かせていた。
その輪の中にいながら珍しく静かなボス猫のシザーには、少し気になるのだけど。
メス猫たちがオス猫たちを駆逐する勢いでオシャレ談義に突入したのでそっとそこから逃げ出して、ボンヤリしているシザーの隣に座ってみる。
しばらくのんびり周りを眺めながら風に涼みつつ、シザーの反応を待つ。
その俺にシザーが気づいたのは、ゆうに10分以上が経過した頃だった。
『にゃ。いつからそこにいた』
「10分は前かなぁ」
『……む。そうか……』
うん、やっぱり珍しい。言葉にいつもの覇気がない。
「どした? おれがきいてもいいこと?」
『聞いてもらっても解決できるとは思えんが。まぁ、隠す意味もないことだ』
「なにかもんだいなんだ?」
『うむ。俺のメスが仔を産む』
「そうなんだ。おめでとう?」
『新しい生命は目出度いことだが、知っての通り俺は飼い猫だし、俺のメスは野良猫だ。育ててやれない』
「なるほど、それはむずかしいもんだいだ。とこやのかいぬしさんはシザーのこどもだってしらないんだね?」
『知っていても飼えなかろうな』
「かいねこなのにきょせいされてなかったんだからかいぬしのせきにんだとおもうけどなぁ」
『難しい言葉や道理を良く知っている仔だな、お前は』
ほめられちゃった。えへへ。
じゃなくて。
聞けばなるほど。父親の自覚があるから困ってたのだな、と分かる。
そして、飼い猫という彼の立場では解決が難しいことも分かった。
父親になる仕組みが理解できているなら避妊すれば良かった、というのは理性の強い人間の発想なんだろうな。
猫には発情期があるから、獣の本能には抗うのが難しそうだし。
「かいぬしさがし、しようか」
『お前にやっても良いんだがな?』
「マンションだからねぇ。ひきとれても1っぴきかなぁ」
寿也とさっちゃんにも相談しなきゃだしね。
相談の結果、産まれた仔猫4匹は母猫クッキーともども我が家で引き取った。
そう、シザーの「俺のメス」ってクッキーだったんだよ。ビックリだよね。全然そんな感じに見えなかったのに。
猫たちを引き取るのにはさっちゃんが一番乗り気で、せっかくペット可のマンションなのだし、子どもを増やす予定は無いからせめて猫増やそうって、話を持ってきた俺よりも積極的主張だった。
そっか。妹は愛希だけか。
身重のクッキーを引き取ってからは、出産に仔育てにと家族全員がバタバタだった。
見かけによらず愛妻家で子煩悩なシザーも、雨の日以外毎日夕方に俺と散歩するクッキーに会いにくるし。産まれた仔猫4匹はバスケットに入れて散歩に連れて行くのだけれど、これがまたコロコロしてて可愛くて。シザーと一緒に仔猫たちをつんつん突付いて構ってやるのが超楽しい。
『こうして仔の成長を見守れる俺は幸せなオスだな』
シザーさんの感想だった。
ところで。
猫は成長が早いらしい。目が開いていないうちは身体も弱々しくて、手で握ったら潰れそうで愛希もおっかなびっくり触っていたものだが。
クッキーのおっぱいをたっぷり吸ってすくすくと大きくなった茶色い毛玉たちは、あっという間に部屋中を駆け回るくらいになった。
そして、駆け回るようになったらみんなしゃべるようになっていて。
『こっこまっでおいでにゃー!』
『まてまてー!』
『はるー!あそぼー!』
『ままぁ。だっこー』
一例取るとこんな感じ。猫同士で追いかけっこしたり、母猫に甘えたり。
そのうちの1匹が、何故だか俺にべったり懐いた。シザーによく似たトラ猫で、足元と尻尾の先が白くなっているのがアクセントのようだ。
名前はサン。ちなみに、産まれた順に、イチ、ニイ、サン、シーという。クッキーには分かりやすいと喜ばれ、シザーは苦笑いだった。
そのサンなのだが。これがまた、仔猫と思えないレベルで賢い。
兄弟の中で最初に喋りだしたのもサンだし、俺のやることに興味を示した結果、工作遊びの補助に手を貸したり、俺の誕生日にもらった図鑑をひとりでめくって眺めていたり。
文字の練習やお絵描き用にと与えられていたボードを手でなぞってメモを残された時は本気で驚いた。
ちなみに、「カリカリかって」だった。おやつの在庫が無くなったらしい。
そんなサンの最近の定位置は俺の頭か肩の上だ。まだ小さいから良いんだけど、大きくなったら移動して欲しい場所だね。
そして、賢くても甘えん坊な仔猫であることにかわりはないらしい。
『甘えん坊にゃんて言い掛かりにゃ。ボクのモノにボクの匂い付けするのにゃ。当たり前なのにゃ』
「いや、おれはモノじゃないからね?」
猫語だからなのか、母猫がクッキーだからなのか、4兄弟はみんな語尾に「にゃ」が付く。中でも話し始めが早かったせいでおしゃべりなサンは、にゃーにゃーとよくしゃべるのだ。
正直なところ、猫がお約束口調でしゃべっても可愛いだけなんだけどな。
『にゃー。はるが何か失礼にゃこと考えてるにゃ』
「サンがかわいいってだけですが?」
『にゃっ!?』
俺の肩で飛び上がって驚いた弾みで落っこちて、サンはそのまま猫母子の巣として用意したサークルに逃げ込んでいった。
うん、照れて逃げ出すのも可愛い。
そうそう、ちなみになんだけど重要な話を追記しておこう。
クッキーと仔猫たちは、身体が落ち着いたところで揃って動物病院に連れていき、身体検査と去勢手術を済ませた。
これで、次の発情期にシザーとクッキーがラブラブしても、子どもができることはない。
猫5匹も飼えば、うちも限界だからね。本猫たちにもちゃんと説明して了解を得ているし、一応円満解決ってことで。