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4.自動翻訳最高レベル

 悪阻は軽かったさっちゃんだが、お腹の子どもにエネルギーを吸い取られるかの如く疲れやすくなったようで、リビングのソファで休むさっちゃんの代わりに寿也がキッチンに立つようになった。いつもなら残業している仕事を、朝早めに出勤したり昼食時間に片付けたりしてやり繰りしているそうだ。

 子どもを産み育てるって、大変だなぁ。

 俺もできる限り手伝うが、何しろ未だに3歳児ではできることも限られる。俺ができる一番の協力は、さっちゃんが寝ている時は静かにしていることだろう。


 そんなわけで、とある週末。家で寝ているさっちゃんに留守番を任せて、俺は寿也と電車に乗って動物園に遊びに行くことになった。

 与えられた絵本を鑑定していた俺を見ていた寿也が、じっくりと絵本を見つめる俺に何を思ったのか、そういえば動物園に連れて行ったことがないな、と思い出したらしい。絵本が動物がたくさん出てくるものだったせいなんだろう。

 産前産後は病原菌の多い動物園に行けないから、さっちゃんが出歩けない今のうちに、とのことだ。


 その動物園は市営で規模の小さなものながら入園無料のところで、細かい種類は多くなくとも一通りの種類は網羅されている、子連れの人気スポットだ。

 俺も前世の学生時代に何度か来た覚えがあった。その時も寿也と一緒だったな。俺が学校外で遊ぶとなったら一緒なのは寿也を中心としたグループだけだから、当たり前っちゃ当たり前だ。


 動物園の入園門をくぐると、まず正面にあるのがこの動物園の人気者であるレッサーパンダの檻だ。人だかりができるほど入園者がいないようだが、他の檻に比べれば明らかに人が多い。

 檻を取り囲むヒトの列の隙間に入って寿也に抱っこしてもらったら、ちょうどよく目の前で木の枝に引っかかってお昼寝中のレッサーパンダを見ることができた。

 病気なのかストレスなのか、尻尾の毛が禿げてしまっているのが痛々しいが。


「おー。かわいい」


「レッサーパンダだぞ」


「れっさー!」


 思わず復誦してしまった。うん、外見に引きずられて子ども返り中の3歳児だ。珍しくない。うん。


 と、寿也が俺の反応にプッと吹き出した。


「やべぇ。その反応懐かしい」


 笑いながら、どこか寂しそうになる寿也に、俺は気づかないフリをする。

 懐かしい、は多分俺だ。さっきもほぼ反射で昔と同じ反応をしてしまった自覚がある。

 昔からレッサーパンダ好きなんだよ。思わず子どもに返るくらい。放っといてくれ。


 驚くべき現象が起きたのは、目の前で昼寝から目覚めないレッサーパンダの動かなさに若干飽きてきた頃だった。

 確かこの檻にレッサーパンダが3頭飼われていたはずだから、他の個体が起きてないかな、と視線を巡らせた。

 で、巡らせた先の隣の木の後ろに隠れてこちらを見ていた別のレッサーパンダと目が合った。その瞬間だった。


『あ、見つかった』


『だから近づきすぎだって言ったじゃないの。おバカねぇ』


 別の場所からのそのそと近づいてくるさらにもう1頭の美人さんがいる。

 うん、というか、何だ、今の。


『あらあら、可愛らしいヒトの仔ね』


『すげぇなぁ。キラキラしてる』


 近寄ってきた美人さんが隠れていた個体に絡まっていくのは、仲のいいレッサーパンダの戯れ合いとしてよくみる光景だから違和感もないけれど、耳に聞こえてくる2種類の声が普通ではない。


 あ、そうか。鑑定してみよう。何か分かるかもしれない。



【鑑定結果】

個体名 ベッキー

種別 地球産哺乳類 レッサーパンダ

年齢 8

性別 女性体

状態 興味津々


【鑑定結果】

個体名 ポン太

種別 地球産哺乳類 レッサーパンダ

年齢 4

性別 男性体

状態 興味津々


【鑑定結果】

個体名 カン太

種別 地球産哺乳類 レッサーパンダ

年齢 4

性別 男性体

状態 睡眠



 結果不発。分かったのは名前くらいだ。


「はると。帰りにまたここ通るから、次見に行こう」


「うん」


『あら、行っちゃうの?』


『また来てねー』


 寿也に抱っこされたまま檻を離れると、後ろから声が見送ってくれた。

 ってことは、やっぱりあれは興味津々だった2頭のレッサーパンダの声なのかな。


 他の檻でも、夜行性で寝ている個体以外は大体興味津々で近寄ってきて、話しかけてきたり隣の檻と会話したり、群れを作る種類なら喉を鳴らしたり腹を見せたり、親愛行動の連続だった。

 一緒に回っている寿也が超ビックリしていた。普通は檻の中を覗き込んで探さないと観察出来ない動物たちが自分からよって来てくれるのだから、驚いて当たり前か。


 極めつけは、狭い檻に閉じ込められたストレスのせいか、外の見物客に向けてオシッコを飛ばすと注意看板を立てられたオス虎が、腹をこちらに向けて転がって猫のように喉を鳴らしたことだろう。

 それ、服従のポーズじゃないだろうか。


 虎の檻にワクワクした顔をしているらしい俺に、ここで待っているようにと言いつけて寿也が便所に向かってしまうと、俺はそこにひとりになった。

 目の前には大きな虎。身体の大きさに見合った鋭く大きな目と目が合う。


『あぁ、こんな檻に閉じ込められていなければ、貴方様のお側に馳せ参じて御身お護り致しますものを』


「ここはやせいがとおいからきけんはないよ?」


『いいえ、それでも、でございます。何処の世界にも万が一の事態というものは極身近に潜んでおるものでございます故に』


 あらぁ、会話が成立しちゃったよ。

 周りに人がいないから、試しに聞こえた声に反応してみただけなのに。


 つまり、俺はここにいる動物たちの言葉が理解できて、俺の言葉を動物たちに伝えることができる、という特殊能力を知らぬ間に持っていたという結論で良さそうだ。

 って、ちょっと待て。


「もしかして、じどうほんやくってそういうこと?」


 外国語だけじゃなく、動物の言葉も、もしかしたら宇宙人の言葉も、全部が対象ってことか。

 いや、考えてみたらそりゃそうか。あの神様は人間だけの神様ではなく、この広大な全宇宙という守備範囲の広さなんだから。


 独り言を言う俺に不思議そうに首を傾げた虎の行動は、意思疎通ができるようになっただけでそこまで変わるのか不思議になるくらい、人間くさかった。


 便所から戻ってきた寿也に連れられて向かった、動物園の奥にあるふれあい動物園では、ウサギにリスに羊にと、すっかり童心に返って思う存分遊びまくった。みんなが撫でて撫でてと寄って来て、動物だらけのもみくちゃ状態で。

 翻訳能力のおかげで動物たちの要求に応えられるからというのもあるのだろうが、それでも動物たちに異様なくらい好かれ過ぎではないかとも思うのだけど、どうだろうか。


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