3.転生アドバンテージ
寿也と幸枝さんの息子になって早3年。
手のかからない良い子に育った俺は、夜泣きもせず、電車やバスでは大人しく、家の中でも走り回らず、公園ではめちゃくちゃはしゃぎまわるという、妙に空気の読めるやんちゃ坊主に育ちつつある。
良い子なんだけど良い子すぎて逆にコワい、とか言われているのをうっかり聞いてしまった時には愕然としたものだが、考えてみたら確かに奇妙なので記憶の片隅にポイっと投げ捨てることにした。
うん、直す気はさらさらない。
口が言葉を紡げるようになって、まず真っ先に悩んだのは両親の呼び方だった。向こうはパパママで呼ばれたいようで自称するのだが、何しろ中身は享年26の元大人である。むず痒くてしょうがない。
で、妥協したのがふたりのお互いを呼ぶあだ名だった。何しろ年季の入ったバカップルである。子どもができたからと急にお互いをパパママ呼びできなかったようで、未だにあだ名で呼び合っているのだから、俺が真似しても不自然さはないのだ。
「さっちゃんさっちゃん、としやまだねてるー」
「えー。もう、そろそろ起きないと遅刻しちゃうわ」
「じゃあぼくおこしてくるー」
自宅は賃貸マンションの3階なので、足元がバタバタしないようにできるだけそっと走る。といってもまだまだ幼い身体は言うことを聞いてくれないので、足音を消しきれないのだけど。
子どものいる家なので、妥協してもらえると嬉しいです。ごめんなさい、下の部屋の人。
「としやー! あさだよー!」
両親の部屋のダブルベッドに飛び上がって、掛け布団の上からどーんとのしかかってやる。身体年齢に合わせて精神も子ども返りしたようで、こうして親に戯れかかるのが楽しかったりするのだ。
元々肩を叩くとかプロレス技をしかけるとか、その程度のスキンシップができるくらいには近しい仲だったから、俺の意識に遠慮がないのもあるのだろうが。
そうして布団の上からバタバタと叩き起こしてやったところ、にゅっと布団から出てきた腕に捕まえられて布団の中に引きずり込まれた。
つーか、寿也のやつ、素っ裸なんだが。昨夜はお楽しみだったんだな、この野郎。相手は妊婦なんだから、自重しろ。
現在妊娠4ヶ月に入ったところのさっちゃんは、悪阻も軽く済んだようで今のところ元気に出勤しているわけだが、真っ先に妹の誕生に気づいたのが、俺だった。
初めて鑑定に成功したあの日から、身の回りのあらゆるものを鑑定してこの特殊能力を使いこなせるように人知れず訓練していたのだが、その過程で見慣れたはずのさっちゃんの鑑定結果に注意喚起が出ているのに気がついたんだ。
それが、状態欄に表示された妊娠中の隣に出た「流産5日前」の文字を指したものであるのは疑いの余地がなかった。
これをどう伝えたものか、悩む時間の余裕もなくてな。そのままストレートだよ。さっちゃんのお腹で妹が死んじゃう、って。
結論から言えば、大慌てで産婦人科を受診したおかげで注意喚起はあっさり消えた。
子どもが出来ていたのは事実だったから、幼い子ども特有の神秘能力ではないか、という結論を両親は導きだしたらしい。幼い子どもが自分が母親の胎内にいたときのことを覚えているとか、座敷童がみえるとか、そんな類だな。
さすがサブカルどっぷりのオタクカップルだ。俺としては大変助かった。
まぁ、 そんな細々とした事件も乗り越えつつ、俺は順調に成長している。
子煩悩な寿也と家事に育児に仕事にとスーパーウーマンっぷりを発揮するさっちゃんに溺愛されながら、だ。
前世じゃ完全放置プレイだったから、ものすごい落差に戸惑いもあるが、両親の青春時代を共に過ごしたアドバンテージはバカにならないらしく、こいつらはこういう育児なんだろうと素直に受け止められる余裕が嬉しい。
その子煩悩パパな寿也だが、さっぱり起きる気配がないのはどうしたもんか。
「としやー? ちこくするぞー?」
「……んー。あと5分……」
「なにマンガみたいなこといってんだ、バカ。おきねぇとさっちゃんがせっかくつくってくれてるあさめし、くうじかんなくなるぞ」
「……えー? くうー」
「いま7じ28ふん」
耳元で時計を読む。
瞬間、寿也が布団をはねのけて飛び起きた。
ついでに俺までふっ飛ばされて転がったんだが。危ねぇな。ダブルベッドじゃなかったら落ちてたぞ。
「ああー、ごめんはると! 無事か!?」
「ぶじー」
結果としては何ともないからな、他に答えようもなく。
転がったまま手を挙げた俺をひょいと抱き上げて、本人は素っ裸のまま寝室を出ていった。
キッチンで朝食と弁当の支度中だったさっちゃんに洗面所に向けて叩き出されたのは言うまでもない。
せめてパンツくらい履いとけ。
まことに勝手ながら、ストックがあるうちは毎週月曜9時更新とさせていただきます。遅筆ですみません。