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序章 深月千景

耳を塞ぎたくなる暴言も、骨の髄まで砕かれる嫌な音も、終わりを知らぬかのように耳へ雪崩れ込み続ける。


最初は激しい鈍痛を発していた身体も、意識の薄れと共に感覚を失っていた。


時刻は夜、場所は河川敷、街灯が並んでいないため人通りは皆無だ。


つまり、この理不尽な暴力…集団リンチから逃れる希望は皆無なのである。


…死ぬ時って、こんな感覚なのかしら


金属バットや棍棒で殴られ続けている女は、薄れていく意識の中でこう考えていた。








女の名前は深月千景という。歳は今年で21になる。


普通に大学へ通い、普通に学び、普通に遊び、普通に毎日を過ごす、群青の長い髪が特徴の、ごく普通の女子大生だ。


敢えて特別な一面を挙げるならば、学内でもトップクラスの成績を収める優等生という点だけであろう。


だが、言葉遊びが少し不得手だからか、それとも性格に少し陰があるからだろうか、所謂『陰湿』と名高いグループに目をつけられてしまった。


ある時はすれ違い様に、ある時は道路を挟んで大声で、ある時は口パクで、毎日のように罵られ続けた。


…アホらしい。幼稚な方法でしか自分の尊厳を保てない奴らに、わざわざ構う必要なんて無いわね。


別に命の危機が訪れる訳ではないのだから、気に留めなくても良い。


深月は然程この状況に危機感は持っていなかった。







つい1週間前、そんな彼女に転機が訪れた。


海外の著名な学会で最優秀賞を獲得し、学内で大々的に取り上げられたのだ。


教授からの勧誘で行なっていた研究があったのだが、それが評価された結果である。


ごく普通の生徒から、一躍脚光を浴びる時の人となった深月、さながらおとぎ話のプリンセスである。


しかしこの頃、件の陰湿グループが影を潜めた。


「あの女、痛い目あわせてやんねぇ?」







そして冒頭に至る。


要は『見下していた女がスターになった。腹いせに痛めつけてやる』という事である。


「こんだけボコボコにすりゃ、もう誰だか分かんねーだろ。アレ持ってこい!」


グループの1人が鉄の棒を振る手を止めると、他のメンバーも手を止めて深月から距離を取る。


深月は既に虫の息であり、辛うじて意識を保っている状態だ。


「は〜い、人間キャンプファイアの材料、お届けに参りました〜」


グループの女が、何かをドサっと地面に置いた。


狭い視界から顔を覗かせると、見えたのは赤いポリタンクとジッポライターだ。


事の顛末を悟った瞬間、火炙りと死の恐怖が彼女の中に沸き上がったが、手足を拘束されているので逃げる事は叶わない。


しにたくない、しにたくない


頭からガソリンをかけられ、辺りに独特の、鼻に付く臭いが充満する。


しにたくない…しにたくない、しにたくない、しにたくない


下品な笑い声と共に、グループのリーダーがライターを持って近寄ってくる。


ここで死ぬのは、嫌!


恐怖とは違う、得体の知れない感覚が唐突に体を巡り始める。


ライターの蓋を開け、見せびらかすかの様に深月の頭上でチラつかせる。


形容し難い"何か"が一気に膨れ上がり、その途端、朦朧としていた意識が戻る。


そして



「死ね」の言葉と共に投げられたライターに合わせて、その"何か"か一気に爆発して。


同時に目の前が暗転し、今度こそ意識を保てなくなってしまった。











目を開くと、眼前に広がる一面の白。


…??


窓から差し込む光に照らされながら、深月はゆっくりと身体を起こし、辺りを見回す。


白い壁、白い服、ベッドの上、窓から見える青い空、定期的に無機質な音を発する機械。


覚醒しきっていない頭でも理解できる、ここは病院の一室だ。


…私、なんで病院にいるの?


まだぼうっとする頭で、その理由を手繰り寄せる。


徐々に覚醒してゆくにつれ、深月はとある違和感を感じ始めた。


…おかしい。あれだけ殴られた筈なのに、体に傷一つ残ってない。


そう、長時間のリンチを受けたにも関わらず、身体に一切のダメージを受けていなかったのだ。


何日も眠り続けていたからか、傷が完治してしまったのかもしれない。


しかしその考えも見事に打ち砕かれる。


…11月20日、一晩しか経ってない!!


全身を幾度も殴打され、意識を保つのもやっとの程の大怪我だ。


死んでいてもおかしくない、仮に助かったとしても身体に障害が残るレベルである。


あれだけの傷を負わされて、一晩で元通りの身体に戻れるなどあり得ない。


…死ねって言われた後、次に目が覚めたらここだった。それにその前、身体から妙な感じがしたのだけれど、何か関係があるのかしら?


次々と溢れ出る疑問に頭を悩ませていた時、不意にガラガラと何かが開く音がした。


音の鳴った方へ首を向けると部屋のドアが開いており、一人のスーツ姿の女性が中へ入ってきていた。


深月が警戒する中、女性はベッドの側の椅子に腰掛ける。


「さっき見たときは眠ってたから…今起きたところなのカナ?」


「…どちら様ですか?」


「あっ、先に自己紹介しなきゃダメだったネ。怖がらせてごめんネ?」


女性はスーツの胸ポケットから名刺を取り出し、そっと深月に差し出す。




『G.O.N首都圏支部 メンタリティ部署 白雪きさら』




「名刺の通り、わたしの名前は白雪きさら。簡単に言うと、日本政府直属の組織の職員ナノ」


「…はぁ。その政府の職員さんが私に何のご用件で?わざわざ病室まで足を運ぶなんて」


政府の組織構成は一通り覚えているものの、G.O.Nなど目にも耳にも入れた覚えはない。


多少は緩和したものの、白雪に対して未だ警戒を解かない深月。


「うーん、その件で貴女に聞いてもらわなきゃいけないお話があってネ。今日はその為に来たんだヨ」


白雪はニコニコしながら、深月の瞳を見つめて話し始めた。


「まず一つ目。貴女は昨晩、超常の力を得ました。目覚めた、と言う方が正しいカモ?」





「そして。」


途端に白雪の顔から、先程までの朗らかな笑みが消える。


「そして二つ目。貴女はその力で、人を殺めています」








紅眼と月のパラドクス

序章 深月千景 〜完〜

皆さん初めまして!


この度、人生初の執筆に挑戦することになりましたéclairエクレールと申します。


éclairとは日本語でエクレア、つまりお菓子を意味します。


ですが作者名とは裏腹に、物語はかなりシリアスな面が多くなる予定です。


拙い文章ではございますが、どうぞ宜しくお願い致します!

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