ファースト・コンバージョン
そろりそろりと、音を立てないように地面を這う。
少し向こうでは、棍棒をぶら下げて油断なく辺りを伺う大男。
頼むから、ちょっとは油断してくれえ。
例え、彼が武器を持っていなくても、僕は素手だし、取っ組み合ったら確実に負ける。
頼みの綱は、転向魔法だけなのだ。
「ええと、偉大なる古代神、エービー……ぷっ、おかしくて言えないやこの文句は」
練習代わりに口の中で呟いてみたら、あまりにも僕が考えてもない無いようなので、吹き出してしまった。
「むっ!! 誰かいるな! そこか!!」
そうしたら、大男に気づかれてしまった!
僕のすぐ横に、棍棒が振り下ろされる。
うわあっ!
あとちょっとずれていたら、僕の頭はパッカーンと割れていたことだろう。
棍棒が引き上げられ、相手は探るように、地面のあちこちを叩き始める。
「低いところから人の声が聞こえたからな」
なんて慎重なやつだろう。
体が大きいのに、それに奢った部分が少しもない。
僕は自分の不運さを呪う。
もっと隙がある相手だったら、楽だっただろうに……。いや、待てよ。
こんな隙がない相手だからこそ、味方につけたら心強いのだ。
僕は周囲を探る。
手に触れたのは、木の枝、つる草、石……。
「よしっ」
僕は石を握って、その縁を触ってみる。
ちょっとギザギザしていた。
これならいけるかもしれない。
つる草を石のギザギザで擦り、どうにか切り取る。
これで木の枝の上の方を縛って……。
「いたな!!」
見つかった!
作業をする時のガサガサ音は、不自然だったか!
僕はどうにか、木の枝の上の方をつる草で結んだところだった。
「お前には恨みは無いが、俺もマーダイの戦士として雇われたんでな!」
そう言う大男の胸には、マーダイの紋章である、小さな鼓と魚がぼんやり光る線で描かれている。
「僕だって、エービーの加護を受けてるんだぞ! 多分」
僕は立ち上がって、大男と距離を取る。
なるほど、僕の胸元にも、ぼんやり光が浮かんでいる。
これは……エビ?
「その意気やよし! 俺はお前を敵と認め、叩き潰してやる! 行くぞ!!」
棍棒が振り回された。
僕は必死に後ろに下がる。
手にした木の枝を振り回しながら、抵抗はするが、こんなものは棍棒に当たったらすぐに壊れてしまうだろう。
狙いは別だ。
大男の攻撃を、避ける度に下がる。
そうすると、いつかは背中が何かにぶつかるわけで。
「追い詰めたぞ!」
「追い詰められた……!」
僕の背中に、大きな木が当たっている。
大男は、僕を逃さないぞという危害で、棍棒を振りかぶった。
真横に振り切るつもりだ。下がることはもうできないし、横に振られたら右にも左にも行けない。
ここは……。
「とりゃあ!!」
「下だっ!」
僕は必死にしゃがみ込んだ。
木の枝だけを、頭上に掲げておく。
すると、棍棒は背後の大木を掠めながら振られ、途中に僕が掲げた木の枝が引っかかった。
「うひゃ!」
僕の体が泳ぐ。
「ぬおっ!?」
大男も、棍棒が急に重くなって慌てたようだ。
そこに、僕が先端を結んで輪っかにした枝が引っかかっている。
まだ、葉っぱも小枝もついた枝だ。
上手く絡まって抜けそうにない。
僕は枝を握りしめながら、大男目掛けて手をかざす。
「なんでもいいから……エービーの信者になれ! エービーの信者になれ! エービーの信者になれええええ!!」
「ぬわーっ!? 頭の中に何かが入って……やめ、やめろおーっ!」
大男は棍棒を振り回して暴れようとする。
だが、僕か全身で棍棒にしがみついているから、思うように動かせないみたいだ。
次に彼は、僕に手を伸ばして、無理やり引き剥がそうとした。
目が血走っている。
胸に光る、マーダイの紋章が点滅していた。……おや? 紋章に、別の形の光が入り込み始めている。
「よっしゃー!! いいぞウニ! そのまま転向させるのじゃー!!」
突然、後ろからエービーが飛び出してきた。
「わしも加勢するぞ! ほりゃー!」
「ほぎゃああああ!?」
そして、僕を引き剥がそうとしていた大男のお尻に、棒を突っ込む。
大男が凄い悲鳴をあげた。
もう、僕に手を伸ばすどころじゃないみたいだ。
そして、大男の意識が僕からも、転向魔法からも、エービーからも逸れた瞬間、あっという間に胸の紋章が入れ替わった。
擬人化されたエビの紋章になる。
「やったか!?」
「エービー、その物言いはなんか不安になるからやめて!」
うちの神様をたしなめつつ、僕は慎重に大男の様子を伺った。
おや?
視界の端にあった、転向魔法という表記。
その下に、信者数という数字ができている。
『古代神エービー信者数:2』
これは、信者が二人になったということ?
目の前で、大男が顔を上げる。
憑き物が落ちたような表情だった。
「おお、なんだか頭がスッキリしたぞ。俺はどうして、今まで金や名誉にこれほど縛られていたのだろう。……古代神様、俺の尻から棒を抜いてくれませんかね」
「うむ、良いぞわが信者よ! よっと!」
「あふん」
大男が呻いた。
彼は尻を撫でながら、おーいてて、とか呟いたのち、僕とエービーの前で跪いた。
「俺の名は戦士シュモック。古代神エービーに仕える戦士です。どうぞよろしく」
これが転向ってことか!
新しい仲間が増えたぞ……!