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ゴッド・ストラテジー

 事の起こりはこうだ。

 僕は、うちのダメ神様エービーを連れて、アサリの宿屋に手伝いに来た。

 アサリの両親は、シラオさんとカガミさんと言い、とても親切な人たちだ。

 アサリの妹のシジミは、僕に懐いていて、最近はアサリとあまり仲がよろしくない。


「ウニさんいらっしゃい! 今日はどこを掃除するの?」


「おーいシジミ! ウニくんには夕方の団体に出す飯の仕込みをだな……」


「そんなのお父さんとお母さんでやればいいじゃーん」


「こら、シジミ! あんた、ベッドメイクの途中でしょ!」


「うっさいなーお姉はー」


 とても賑やかだ。


「ほう!! 貝柱の宴亭は今は空いとるな? ふふふ、わしが賄い飯を食べに来てやったのだ。感謝するがよいぞ! 感謝ついでにわしの信者になるのじゃ」


「ウニくんとこの神様も相変わらずだなあ」


「はあ、すみません、いつもこんなんで」


 いつもの賑やかな仕事始め。

 僕は料理の仕込みを手伝うことにした。

 僕が住む土地である、シェルシティは海に面した町だ。

 大きな漁場を抱えていて、魚介類を仕入れに、いつも商人たちがやって来ている。

 今日、貝柱の宴亭に泊まるのは、その中でもとびきりの大物だった。

 豪商ヒョーモン。

 食材を手広く扱う商人で、大金持ち。

 町にとってはお得意様だ。

 だけど、大変な女好きで、奥さんがいるにも関わらず、気に入った女の人がいると、手段を選ばず妾にしてしまうという悪い噂がある人だった。

 悪い予感はしていたのだが、それが見事に的中してしまった。


「きゃあっ!」


 配膳の途中で、アサリが悲鳴をあげた。

 手にしていたジョッキは落とさなかったあたり、さすがのプロ根性だ。


「何するんですか!」


「どうしたの?」


 僕が見に行くと、アサリに向かってヒョーモンがニヤニヤと笑っているところだった。

 彼は、一見すると目の細い優男。もっと脂ぎったおじさんを想像していたのだけれど、意外や意外、シュッとしたお洒落な男だったのだ。

 豹柄の奇抜な上着がとても目立つ。


「いい尻をしているな? ワガハイが見るに、これは十年に一人のお尻だ」


 ヒョーモンは悪びれもせずにそう言った。

 お尻だって……!? アサリは胸ばかりじゃなく、お尻まで育っていたのか。


「それに……あっ、お前は可愛いなあ。よし、ワガハイの妾にしてやろう」


 ヒョーモンが発したこの言葉で、宿の食堂の空気が凍りついた。

 アサリは絶句したし、シジミはガッツポーズを取って、シラオさんとカガミさんは真っ青になる。

 僕だってびっくりだ。

 思わず彼等の間に割り込む。


「ちょっと待ってよ!! いきなりそんなこと言って! 許されると思ってるのか!?」


「なんだお前は? ワガハイが妾にしたいと思ったから、妾にするのだ。金は出してやるぞ。その金で新しい女中を雇うがいい」


「いやよ! あたしがなんで、あんたの妾になんないといけないのさ!!」


「おお? ワガハイ、強要はしない。しないが……ワガハイ顔が広いからなあ。この宿の悪い噂が広まらないといいがなあ……」


「くうっ……」


 アサリが唇を噛み締めて絶句した。

 彼女の目に、涙が浮かぶ。


「理不尽だよ! アサリがそんなところに行くことない……!」


 僕は言ったけど、対策があるわけじゃない。

 断ったらきっと、ヒョーモンは宿にいやがらせをしてくるつもりだろう。

 そんなこと、アサリが許せるわけがない。

 彼女は僕を振り返って、弱々しく笑った。


「いいんだよ、ウニ。あたしは、大丈夫だから……」


「良くないよ……!」


 だが、僕はこの状況をどうにかできる力があるわけじゃない。

 無力だ。

 その時。

 僕の近くの席に腰掛けて、ずっと賄い飯を食べていたエービーが、ニヤリと笑った。


「チャーンス……!! おい、そこの商人! お前じゃお前!!」


「!? な、なんだ? ワガハイを呼ぶとは、なんたる不遜なお子様か!」


「ハッ! わし、神じゃもの! 不遜で当たり前じゃ! でじゃな。お前の信じてる神は何じゃ? あーあー、答えずとも良い、勝手にこちらで呼ぶ」


「一体、何を……」


 ヒョーモンが訝しげな顔をした時だ。

 僕とヒョーモンの二人は、一瞬にしておかしな空間に投げ出されていた。

 僕の横ではエービーが立っていて、ヒョーモンの隣には神々しい雰囲気の男性が立っている。


「は? マ、マーダイ様!?」


 ヒョーモンは、隣に立つ男性を見てとてもびっくりしたようだ。

 マーダイって言うと、僕も聞いたことがある名前だ。

 人の名前じゃない。もっととんでもない存在の……。


「おう、出てきおったな、流れと幸運の神マーダイよ。わしじゃ、わし」


 とても馴れ馴れしく、エービーが男性に話しかけた。

 そうだ!

 マーダイとは、神様の名前だ。商人たちが信じる神マーダイ。信じるものに幸運をもたらすと言われていて、広く一般にも信仰されている。

 そんなマーダイが、エービーを怪訝そうに見つめて、その表情をみるみるうちに強張らせていく。


「そなたは……げ、げげえっ、あなたは古代神エービー!? はるか昔に我々が叩きのめしたはずの姉上が一体なぜ今ここにーっ!!」


「ぐふふふふ!! やはりこの男、お前の神官の一人じゃったか! わしがこうしてお前を呼びつけ、神官同士を同席させる。何をするか分かっておるな?」


「懲りないお方だ……。ゴッド・ストラテジー。数千年前に我ら神々連合軍に袋叩きになったというのに、まだ我らに勝負を挑みますか」


「勝負を挑んでおるのはお前一人じゃ、マーダイ。それとも何か? 怖いか? 姉が怖いか?」


「挑発には乗りませんぞ。……しかし、なるほど。復活したとは言え、あなたはたった一人しか信者がいない様子。確かに、あなたに奉仕する魔の種族たちは我々が全滅させましたからね。いいでしょう。ここで本格的にあなたの信者をゼロにし、石版を誰も掘り起こさぬ我が神殿の地下奥深くに埋めて、コンクリートを流し込んで固めた上に魔法で厳重に封印してやるとしましょう……!」


「えっ、そ、そこまでしなくてもいいんじゃが」


 エービーが弱気になった。


「お受けしましょう、ゴッド・ストラテジー! 我が神官ヒョーモンよ。あなたは今すぐ戦力を整え、かの古代神エービーの勢力を討ち果たすのです!」


「はっ、はいっ!」


「まあ、確実に勝てるでしょうが、勝利の暁にはより一層の商売繁盛を約束し、私の神官の中での地位も引き上げましょう」


「えっ、本当ですか! むう、ワガハイやる気に満ちてきたぞ!! 覚悟せよ小僧!!」


 ヒョーモンはびしっと僕を指差した。


「じゃあ、僕たちが勝ったら……アサリは僕がもらう!」


「構わんぞ! 無理だろうがな!! ヌハハハハ!!」


 これで、条件は決したようだった。

 エービーとマーダイは不敵な笑みを交わし合う。

 そしてすぐにこの不思議な空間が消えた。

 僕とエービー、そしてヒョーモンが宿の食堂に戻ってくる。

 すると、大騒ぎになった。

 僕たちはここから、いなくなっていたらしい。


「ウニ……! 良かった……!」


 アサリが僕の腕を掴んで、うつむく。

 手が震えている。


「アサリ、安心して。僕はアサリのために戦うことにしたよ。その……どうやって戦えばいいか分からないけど」


「ふん、まさか伝説のゴッド・ストラテジーを、ワガハイがやることになるとはな」


 ヒョーモンは笑いながら、僕に指を突きつけた。


「いいか小僧。明日の朝から勝負は始まる。一瞬で片をつけてやるぞ! 覚悟していろ!」


「簡単にはやられないぞ。僕はアサリを守るんだからな……!!」


 僕はヒョーモンと睨み合った。

 その視界の端で、何か文字が点滅している。

 そこには、『転向魔法』と書かれていた。

 これこそが、僕が古代神エービーから授かった唯一の武器なのだった。

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