きらいなんだ
「……」
カタカタと、律動的な音が鳴り響く。一定のリズムに乗って流れるものに、静かな苛立ちが含まれているんだということを周りの反応からも感じる。
「……」
ここで話すことでもないと思うけど、私は自分の名前を嫌っている。椿姫、と名前に姫が大げさに入ったその名前のせいで、周りからは『ツバキヒメ』やら『ヒメ』なんて愛称を陰で言われていることは知っている。確かに、私の高慢な態度は名前に姫がついてもおかしくないほどのものだろうなとは思う。
「……」
触らぬ神に祟りなし、それが私に対する接し方の一つ。だれが言い出したのかは知らないけど、『氷結姫』なんて呼び方してる連中までいるし。なんでも、椿が冬の花だからだそうで……上手い事言いよってからに。
「……くっそ」
ついに漏れ出した悪態は、想定以上に周囲に緊張感を走らせた。『びくっ!』なんて擬音を張るのなら、まさに今ここだ。
「……あー」
ふいにジャケットの内ポケットにあるタバコに手が伸びそうになる。残念ながら、私のいる職場は禁煙だ。喫煙所までは……少々歩く。どうしようか、そう少々悩んだが、時間にすればものの数秒にしかならなかったと思う。気がつくと、喫煙所でいつもの銘柄のメンソールをふかしていた。
「……はぁ」
安堵感からでたものではない。締め切りまで時間がないのに、なんとか今書いている記事を仕上げなくてはいけないからだ。自分自身が納得のしてない記事を書かなくてはいけない……苦行だ。
「……はぁ」
「相変わらず哀愁たっぷりですね、先輩」
無言で驚く。この子、ヌッと出てきたぞ、ヌッと。
「……やだなぁ、木山さん。声かけてくれればいいのに」
「かけましたよー。先輩がやけに辛辣な顔して慣れないケータイ弄ってるもんだから、気付かなかったんじゃないんですかー」
間延びした口調で随分なことを言ってくれるもんだな、こいつ。
「また引きつってますよー」
そっと表情を治す。今簡単に紹介したこの子だけは、有象無象の男どもとはまた違うベクトルで苦手なんです。ヒメなんて陰口を叩いて離れていく奴らとは逆で、気が付くと私の内側にヌッ……スッと入ってくる。物理的に、の話である。よく少女漫画でありがちな心の内側なんて感傷的になれるものでは決してない。