未知:4
リバーナのカウントからどれだけの時間が経っただろう。視界は一向に暗い。それもそのはず、ずっと目を閉じているのだから。
音も無い。暗い空間に一人置いてけぼりな感覚。
「無」
この言葉が正に適当であろう。あえてこの場にあるとする物を挙げるなら、俺の「煩悩」。
今自分の置かれている状況を考えれば考えるほど、自分が今何処にいるのか分からない。この先何が待ち受けるかも。本当なら朝ご飯を食べに下に降りてきたと言うのに。朝食を食べ忘れていた事を思い出すと、急にお腹が空いてくる。
クソ、リバーナの野郎いつまで待たせるんだ。
腹も減り、待ちくたびれてだいぶ気が立ち始めている。何か他のことを考えよう。
そういえば昨夜、急に頬が痛み出した。アレはなんだったんだ。それに、今朝、下に降りて親から昨夜の大声でなぜ起きなかったのかを問いただそうとしていたのに、親は一向に心配しに見にこないし、結局会えず終いだ。
ことの発端は何だ?右頬が痛み出した時?鏡に映る自分を見た時?
そもそも、ユーカに殴られなければこんな事にならなかったんじゃないか?殴られた事を思い出すと、何だかまた、右頬が痛くなってきた気がする。
それどころか、幻聴のようなものまで聞こえてきた。
「ーーザワザワ、、の子ーー立っーー」
何だ、雑音混じりに人の声が聞こえる。それに目を閉じているからか、視覚以外の五感が研ぎ澄まさて、微かな風が肌を吹き抜ける。
「大丈夫?あなた、私の声聞こえる?」
目の前からハッキリと声がする、女性だ。歳は若くない。しかし、どこか優しさが感じられ俺を心配しているようだ。
もう、目を開けてもいいのか。ここで開けて浦島太郎と同じ道を辿らないだろうか。考え出すと止まらない。
気になる。目を開けたい。けど浦島太郎ルートは避けたい。
目の前の女性の声を無視しながら、想いを巡らせていると、急に俺の手を引っ張り上げる小さな手。
冷たく、細い、でも柔らかさを持ったその手は一度握ったら離さないと言わんばかりに強く握ってくる。
俺は突然のことで何がなんだか分からない。されるがまま、小さな手が引っ張る方へと付いて行くしかない。
目を閉じているため足を前へ出すのを躊躇してしまう。しかし、小さな手の持ち主は、俺の置かれてる状況など知らない様子で、バタバタと足音を立てて走る。
周りからは、「危ない」 「気をつけろ」「どこ見て走ってんだ」ごもっともな罵声が辺り構わず飛んでくる。今走っている道は人通りの多い所なのか、人の肩に何度もぶつかる感触がある。
本当に今どこを走ってるんだ。この調子でいくと、車にでも轢かれるんじゃないか。そんな事をふと考えていると、足への意識を反らしたせいか、はたまた俺自身の運が悪かったのか、何かの突起に足を取られ、受け身もとれぬまま顔から地面に突っ伏す様に転げ落ちた。
「イッテェ、テェー」「クソ、何だよ」「昨日から顔ばっか怪我する。何に躓いた?」
俺は自分が何に躓いたんだのか確認する為、反射的に目を開けてしまった。
するとどうだろう、普段なら絶対転ばない何の変哲もない石がそこにはあった。勢いよく転げたのだろうか、野次馬ができている。急に恥ずかしくなってきた。
野次馬の目は俺を哀れんでいる様にも見える 。中には「大丈夫かい?」「痛そうに」「血が出てるよ」「前見ねぇからだ」なんて声が聞こえる。
ただ、その周りの目を見ていると、リバーナとの約束を思い出す。
ヤバい。目を開けてしまった。もう一回閉じればセーフ?てか、ここはどこだ?
よく街並みを見ると家が建ち並んでいるのが分かる。それに、俺が倒れてる道路もしっかりと舗装されている。ただ、おかしな点がある。
どの壁も道路もまるでレンガを積み上げて作った、中世ヨーロッパの様な街並みなのだ。
それに、辺りにいる野次馬の服も見慣れないボロボロの布でいかにも、手作りしましたと言わんばかりの服を着ている。かく言う俺も朝の支度途中だったのでパジャマなのだが。
そんな事を考えていると、俺がコケたのを見にきた野次馬を避けながら、目の前に小柄な女の子が現れた。
この子は、服装がしっかりしている。いつ如何なる時でも、学校の制服を愛用している、残念な俺でも一目見ただけで分かる。
フワっとした生地で全体を包み込むかのようなオレンジ色のスカート。いや、よく見るとスカートと上半身の服が繋がっている。雑誌やテレビでよく見るワンピースというやつか。露出している肌はやけに白く、オレンジ色のワンピースと合間って陶器の様な質感すら感じる。
急に現れた女の子にそんな感想を抱きながらも、まだ俺は混乱を続けている。
ここはどこだ?途中で目を開けたから?
そうこうしていると、ワンピースの女の子は
「ずっと目閉じてたんだ、偉いじゃん。」
聞き覚えのある声で話しかけてくる。
「お前、もしかしてリバーナさん?」
おそるおそる、でも核心に迫る様にワンピースの女の子に確認を取る。顔の傷など今では微塵も感じない。
「そうだ、俺がリバーナだ。」
服装と話し方が合っていない。暗闇の中で話した時から、主語は「俺」だった。けど、まさか、女だったなんて。それに女と言っても、パッと見て14歳やそこらの女の子だ。
自己紹介はとっくに済んでるんだから早く行くぞ、とあの小さな手が呆気に取られている俺の手を握る。
「イヤイヤイヤ、ちょっとたんま。」「どう言うことだよ、俺を元居た場所に戻してくれる約束は?」 「それにここはどこだよ」
走りながらこれまでの不満を吐く様に目の前の少女リバーナにぶつける。
「うるせーな、面倒だからとりあえず家着くまで喋んな」また転ぶぞと付け加え、俺の質問には一切答えず、黙々と走る。
ここがどこであるのか分からない以上、俺がこいつから逃げたところで、どうなるのか目に見えている。どうせ、コミュ力の無い俺は、人を頼ることも出来ず途方に暮れることだろう。
だから今は、目の前に現れたワンピースの少女に頼ることに決めた。
そうだ、パンドラの箱は開けたらこの世の絶望が出てきたものの、最後には希望が詰まっていた。なら俺が目を開いて始まるこの物語もきっと明るいものになるはずだ。
そう信じて俺は目の前の女の子の手を強く握る。