第一話
親父が死んだ。それは生きているなら誰にでも起こる話なのだが、この話の味噌はそんな“些細な結果”についてではない。俺と妹の紅が天涯孤独になってしまったということなのだ。
「ちょっと、どうするのよ。アタシは嫌よ。貴方のうちで引き取ってくれないの?」
「私のうちも無理ですわ。そもそも会ったことすらない遠縁の引き取りだなんて……」
「コウちゃんだけなら可愛いし、私は引き取ってもいいですよ」
聞きたくもない話が葬儀を終えた俺の耳朶に触れる。俺にそっと寄り添っていた紅が目を伏せるのを横目で確認した。
紅はまだ十四歳であり、中等部の子どもなのだ。そんな妹にこれ以上、嫌な話を聞かせたくはない。紅の手を引き、会場の出口へ歩き始める。たちまちバツが悪そうに、談笑の口を閉じる遠縁達。
「まぁ、待たないか」
俺と紅の歩みを止めたのは、そんな一人の声。しかしどうやら俺達に対し述べた言葉ではなく、先程まで談笑していた失礼な女共に対しての様だ。
「私が二人まとめて引き取ろうじゃないか、異論はあるか?」
声の主をしっかりと観察する。年は二十代くらいだろうか。切れ長のまつ毛に、シュッとした輪郭、薄い桜色の唇。
黒髪で長く、腰まで届くポニーテールは一つに纏めており、体つきは猫科の豹に似たしなやかな感じがする。葬式なのに黒のライダースーツを着込んでおり、何より印象的なのがその瞳で、紅と同じ様に濃いカメリア色。
誰がどう見ても美人と答えるであろう容姿をしていた。その時、何故か紅に背中を引っ掛かれた。
「いいけど……アンタ、常識ないの? なんで葬式なのに喪服着てないのよ」
「ほう。お前の言う常識というのは、遺族の前で押し付け合いをすることなのか」
言いながら此方に一瞥をくれるカメリアの瞳。言葉に詰まった相手を尻目に此方へ歩いてくると、目の前で止まり俺を見下ろしながら言った。
「なぁ。お前、うちに来ないか?」
改めて見ると本当に綺麗な人だな。俺は彼女を見ながらぼんやりと考える。
「ん?……おい!」
何時までも返事をしない俺に業を煮やしたのか、肩を両手で掴んで顔を覗き込んでくる。その時、また紅が腰辺りの肉をつねってきた。
「いッッ!? あ、はい……。えっと、なんです、か?」
そこで一歩距離を置き、腕を組みながら改めて述べる彼女。何時しか会場には俺達しか残っていなかった。
「私は龍堂峙皇と言う。まぁ、しがない作家なのだが、名前くらいは聞いたことがあるのではないか?」
龍堂峙皇。それはとある小説家の名だった。恋愛、サスペンス、ホラー、ファンタジー、様々な分野の作品で活躍している文豪。性別不詳、年齢不詳、公の場に出てきたことは一切なく、半ば都市伝説と化していた知るひとぞ知る偉人。
しかし何故? こんなことがあるのか? てか本当に居たのか? 女? 俺は本が好きだった為に彼女の著書は必ず拝見していたが、まさかその彼女が俺の遠縁? どんな確率だ、そりゃあ。と、その時、額に鈍い痛みが走った。
「って」
どうやらデコピンをされた様だ。見ると不機嫌そうに此方を睨んでいる。
「お前はまず人の話に答えるという力を身に付けなければいけないな」
「す、すみません……。はい、知っています。えっと、俺、いや僕の名前は」
言う前に手の平で言葉を制された。さっきからペースを乱されまくりだ。これが全部計算の様な錯覚に陥ってくる。
「当たり前だが、知っている。お前が二階堂蒼煒。そしてお前の後ろに居るのが、妹の二階堂紅だ。蒼煒は今年から高等部一年生で、紅はまだ中等部二年生だったか」
俺は唖然としてしまった。遠縁にしては知り過ぎなのではないだろうか。少しばかり恐怖を感じてしまう。
「……それで龍堂峙さんは、なぜ僕達を?」
僕達を引き取ると言うのですか。と、目で訴えかける。相手の人となりが分からない以上、少しでも真意を見極めようと必死だった。だが皇は意図してなのか、それには答えず代わりとばかりに俺と紅の手を掴むと言った。
「腹は空いていないか?」