迷子の迷子のオオカミちゃん
「相変わらず、ガサツな癖に器用よねー。」
あたしがジャガイモを剥くのを見ながら、ハルが感心したように言う。
「ガサツで悪かったな。」
剥き終わったジャガイモをハルにパスし、次のジャガイモを手にしながらあたしは言った。
あたしが剥く役、ハルが切る役。
林間学校一日目の夕飯はカレー作りと飯盒炊爨だ。
「でもさぁ、今年になってちょっとだけ女らしくなってない? あたしって言うようになったしさ。何かあったの?」
「べっつにー。」
「そういえば小学校のとき、なにげ調理クラブとか入ってたよねー。」
「まぁ、食い物につられてだけどなー。」
自分で作るとはいえ、月二回ほどのペースで学校内でおやつが食べられるというのが子供心に魅力的だったのだ。
「じゃ、これであとはしばらく煮込むと。飯盒の方はどうなってるかなぁ。」
ジャガイモを鍋に放り込んで、あたしはご飯係の方を見遣った。
そのとき。
左手が振動した。
今ぁ?
正直困りつつ、あたしはハルに軽く言う。
「あっちの様子見て、それからついでにトイレも行ってきていい?」
「うん、いいよー。じゃあ私お鍋見てるねー。」
「よろしくー。」
さて、言った手前チラリと飯盒やってる連中に声をかけつつ通りすぎ、あたしは炊事場から離れて宿舎の裏手まで移動した。
振動しているのは、左手にはまった通信機能のあるブレスレット。
普段は不可視モードにしてあるそれをタップし、通信を許可する。
発信者と共に、既に他の二人は画面に現れていた。
「何?」
小声で尋ねる。
「うむ、緊急というほどではないが、ちょっとした事件でな。」
言ったのは、発信者である白髪のじーさん。
あたしたちの潜在能力を勝手に開花し、世界を守れとか言った張本人である。
「緊急じゃないってなんやねん。」
そう言ったのは色黒つり目の若林勇。
「まぁ、本人にとっては緊急だとは思うが、犯罪というわけではなくてだな... 」
「いいんだよ、そういうことはどうでも。用件を早く言えよ。」
色白で少し女の子のような神山翔が、眉根を寄せて言う。
「ああ、すまん。端的に言うと、迷子じゃ。」
「迷子?」
あたしは聞き返す。そうは言っても、普通の迷子ではないのだろうが...
「S県の山中に、人狼の世界とのゲートが繋がってしまった。そこからうっかり人狼の子どもがそちらに紛れ込んでしまったらしい。しかし、人狼族が大っぴらに捜索に来るとまた問題なのでうちに捜索依頼が来た。探してやって欲しい。」
「S県の山中... ? なんて山?」
あたしは変な予感がして訊いた。
「I山じゃ。」
「ここじゃねーか... 」
どんな偶然だ...
「え、なんでお前そんな山におるん?」
「今日から林間学校なんだよ。」
勇に答えて。
「あ! その人狼はさ、人間食べたりしちゃう感じ?」
明日は宿舎から出発しての班別山登りなのだ。誰かが襲われたりしたらと思うとゾッとする。が。
「その世界の人狼は平和的かつ知的な種族じゃ。うちに協力依頼してくるぐらいだしの。しかもまだ幼い子どもじゃから、そもそも力も子犬と変わらんらしい。」
「そっか... 」
安堵と同時に、迷子の子犬、もとい子狼が、薄暗くなった山のなかで心細くさ迷っているかと思うと、可哀想だ。
「というわけで、諸君には迷い人狼の捜索と、ゲートの簡易封鎖をお願いしたい。」
なるほど。
「了解。今から?」
あたしが訊くと。
「そういうことやったら、葵は今回ええわ。」
勇が言った。
「そうだな、せっかく林間学校なんだし、俺ら二人で探すよ。」
「え、そんなの悪いよ、あたしも探すよーー」
そう言ったとき。
本当になんとなく、視線を上げると。
少し離れた山肌の、木々の間を、小学生くらいの女の子が通っていくのが見えた。
もう夕暮れで薄暗いのに、結構距離あるのに、何故か浮かび上がって見える存在感。
「... その人狼の子は、女の子?」
異世界人なら、何か普通と違う存在感あるかも、と、一僂の望みをかけてみるが、
「いや、男の子じゃ。リューくん、七歳。子どもの頃は狼の姿でいることの方が多い種族だそうなので、子犬を探すつもりでやってくれ。」
「あ... そう... 」
じゃああの女の子ってさー... いや、でも...
その結論を出すのが嫌で、そこで思考停止していると。
不意に、女の子は消えた。
へたん、と、あたしは腰が抜けた。
むかーし、宿舎の近くで神隠しに遭った女の子がーー
毎年肝試しで本物がーー
ごくり、と喉が鳴った。
幽霊が出る山で、これから迷子探し。... 無理。無理無理。
「... お言葉に甘えて、いいですか?」
ころりと言うこと変わったあたしに怪訝な顔をしながらも、勇と翔は快諾してくれた。