2章【deprived】
久々の木漏れ日。木々の葉をかき分けるように太陽はその光を地面までのばしている。
少し前にもこんな木々がそこら中にある森林にいた気がする。もちろん、人間による開発の行われていない完全な自然林だ。空気もどこか透明度があり、自然アロマ体験と言ったところ。
「もう少しで着いたりしないかしら………」
思わず漏れるため息は私の真横を駆け抜けていくリレイアの耳には届いていないらしい。
対して見た目は聖騎士感が溢れるギリアスは笑いながら『もう少しだ』と言うだけ。
この先に私たちを待ち受けているのはギリアスの弟、カインの国である『グリッツキングダム』。通称、グリッツ王国である。
雪山に囲まれた土地らしく、国全体が軍隊レベルの統制と規律、そして力によって支配されている。これはギリアスから聞いたことだけれど、武人の国ってところかしら。
ふむふむと考え事をしながら歩いていると、
「オリヒメ、あれは何かわかるか?」
「へ?」
頭を後ろに倒して空を見上げるギリアス。その言葉に私も空を見上げてみる。
「あれは………彗星?」
凄まじい光を帯びた物体が天高くを浮遊しているように見える。
だけど、何でしょうね。光がだんだん強くなっている気がするのは、私の気のせいかしら?
「オリヒメ、伏せろ!」
「え?」
その光は案の定、私たちの方向へ突き進んでいたらしく目の前に落ちてくる。
ギリアスは咄嗟に近くにいたリレイアを庇うが、私は突然の光景に両腕で目を隠し、その発光体の落下による衝撃に耐えようとした。
ーーゴゴゴォォォォォォオオオオ!!
激しい音と共に落ちてくるものの、
「………スピードが緩まったの?」
実際にそれを目の当たりにすると、地面に近づくにつれてその速度を徐々に落とし、最後には地につく数センチというところでその動きを止めた。
「これは………」
ギリアスが驚きながらもその光を見つめる。
やがてその光も収縮していき、最後には人の形へと変貌したのである。
「久しぶり、ギリアス」
「貴方は………西の魔女、バルバラ様」
「………………え、誰?」
突如として出現、というより落下してきたUFOはどうやらギリアスとは顔見知りらしい。
私はもちろん初見です。空飛ぶ知人なんていないもの。この世界にも、リアルにも。
「ギリアス、話はショコラティア様から聞いているわね?」
険しい顔をしているが、綺麗な顔立ちでなかなか魅力的な女性だ。
頭にはトンガリの先が折れた魔女ハット。全身を大きなローブで隠したそれはまさに『魔女』のイメージそのものだった。
ギリアスとバルバラと呼ばれた女性が話している間、私は気が気でなかった。
なぜなら私の横にいるリレイアが幼いながらに歯ぎしりをマスターしているのだから。
「なんなの、なんなのあの人………」
「まぁまぁ、落ち着いてリレイアちゃ……いや、リレイア皇女殿下」
「ギル君は私とヴァージンロードを歩くんだもん」
もはや結婚する男女の雑誌でも読んでいるのではないかと疑わせる大人幼女リレイア。その未来はきっと明るい。
ローブでは隠しきれない豊満なモノを揺らしながら、彼女はこちらに向かって歩いてきた。どうやらギリアスとの話もひと段落したらしい。
「リレイア様、お初にお目にかかります。私はバルバラ・フォン・ノースフィリア、『西の魔女』という名で通っています」
丁寧なお辞儀をしてくれるが、どうにも彼女は落ち着かない様子で、その言葉もどこか早口だ。
「西の、魔女?」
リレイアはよくわからないようだが、もちろん私もわからない。
知人に彗星の如く発光する人がいる、なんてまずないことだろう。
リレイアはとりあえず会釈するだけでバルバラもそれに満足したのか少し口角が上がった。
しかし、その視線が私の方に向いた時には、何か得体の知れないものでも見るかのような目付きに変わっていた。
「わ、私は天乃織姫といいます。今は彼の眷属としてリレイアの従者………で間違ってないわよね?」
不安になってギリアスの方を見ると、腕を組みながら頷いてくれた。
この世界の住人とまともに話したのはキールやケイネス以来のことであって、私の言葉一つがどのようにとられるのかわからない。
敵でないことをわかってもらえれば何も問題はないのだけれど。
「そう。オリヒメちゃん、アナタはカグヤ君の知り合いなのね」
「え!?どうしてそれを」
唐突に出てきた名前に咄嗟に反応してしまう。
「少しは心が読めるのよ。それと、その服の仕立て方はこの世界ではまず見ない」
なるほど、制服はやはり目立つって訳ね。あまり考えていなかったけれど、ブレザーなんてまずないでしょうし。
「うーん………ちょっと動かないで」
「はい?」
彼女はローブのどこからか出した木の棒、おそらく杖であろうものを私に向かって軽く一振りした。
すると、制服が光だして白く発光したままその形を変えていったのだ。
「騎士だと、こんな感じかしら?」
光が収まると原型は制服なのだろうが、ブレザーは燕尾服のように後ろが長く、スカートの周りにはいくつもの布が巻きついている。高校指定の学生服は、ドレッシーでありながらファンタジーな雰囲気に仕立て上げられていた。
濃紺色だったハズの元ブレザーとチェック柄だったスカートは黒く染め上げられ、ところどころに施された白の刺繍やラインがその味気なさを綺麗にまとめあげている。
「意外と動きやすいわ……」
「それは魔法ですもの。黒の王に付き従う者としては、分相応な格好をしないと」
腕を回したり脚を曲げてみても、引っかかりのない運動性に優れた衣服だとわかる。まあ、制服って丈夫で動きの妨げにならない作りになってるでしょうし、結果としては当然なのかしら。
「ありがとうございます。……えっと、バルバラ様?」
「バルバラでいいのよ、オリヒメちゃん。それより、ここはそろそろ危ないわ。アイツが来る」
そう言うバルバラは森の奥だろうか、木々の闇に包まれた、どこか遠くを見ている。
私はギリアスの方を見てみると、彼も彼女と同じ方を見ていた。
ーーゴォォォォォォオオオオオオッ!
何の前触れもなく突如として吹き荒れる突風に思わず目を眇める一同。
その風の来た方向は、まさしく先ほどまでバルバラが見据えていた場所。森の奥だ。
「アナタたちは早く移動した方がいいわ。ここは戦場になる」
彼女は杖を片手に闇へ向けてそれを構える。
そして、私たちに言い残すように口を開き、
「『黄の王』、エルキアは敵だ」
そう言い残して自らの足下に魔法陣を出現させる。
「これが……魔法………」
初めて見るその光景に思わず魅入ってしまうが、同時に周囲の空気が凍てつくように肌に刺さった。
「リレイア、オリヒメ、ここは危険だ。もう少しで森を抜ける、全力で走れ」
「何が来るっていうのよ!」
「俺様登場……ってか」
私の声に応えたのはギリアスではなく、森の闇だった。
程よく落ち着いた声質。しかしその中には無邪気な子供のように嬉々とした表情が見てとれた。
「出たわね、エルキア………ッ!?」
バルバラの声が妙な途切れ方をした。
闇から現れたその男、エルキアは道着を垂らした袴姿。さながら荒くれ者の武士のような出で立ちだ。
そして、その小脇に抱えていたものは、赤黒い髪をした子供だった。
「シュウキちゃんッ!」
子供を見てバルバラは声を荒らげる。
全身に包帯が巻かれた子供。それらのシミとなっている赤黒いものが一体何なのか、ある程度は予想がつく。
「ったくうるせぇなぁ。このちっこいのは死んじゃいねぇよ、ただ暴れっから気絶させただけだ」
気だるそうに耳を掻きながらエルキアはそのままの足取りで歩み続ける。
「何を………『咎人』風情がッ!」
「あ?そいつは聞き捨てならねぇってもんだ。俺が一体何をしたってぇんだよ。『魔女の家を襲え』って言われて……」
「黙れ!」
その刹那、爆発にも似た轟音が森中に響き渡った。魔法の砲台から放たれる無数の光は残らずエルキアへと向かって飛んでいき、砂煙が巻き起こった。
「魔法って、なんてチート……」
「オリヒメ、しっかりしろ!まだ終わっていない。リレイアを守ることを最優先に、俺の後ろにつけ!」
初めて聞くギリアスの声色だった。どうやら事態はそのレベルでまずいらしい。
すかさず私はリレイアを抱えて近くの木の陰に隠れた。
「リレイアはここから動かないで」
「オリヒメは!?」
「私は……」
左手を見つめて強く念じると、応えるようにドライアーツが顕現する。
既に覚悟はできているのだ。ギリアスの眷属になった時から、全てを誓ったはずだ。
「戦う。……でも無理はしないよ?コレは接近戦には不向きだもの、遠くからの支援に徹するから安心して」
「で、でも……」
「大丈夫、私が貴方を守ります。リレイア皇女殿下」
私はリレイアの制止を振り切って木の陰から別の木へと走り抜けた。
「なんだか死亡フラグみたいなこと言っちゃったわね、私」
余計なことを考えていると、急に不安が押し寄せてきた。
そんなこととは露知らず、魔女、バルバラの猛攻は続き、辺りの木々は葉を残さぬほどの衝撃と暴風によってさながら枯れ木だ。
私が今、背を預けている木でさえどこからともなくミシミシという嫌な音が聞こえてくる。
「ここからなら………狙える?」
木の陰から顔をのぞかせ、戦闘区域を見やる。
バルバラによる別次元の攻撃が止み、一時的な静寂が蘇った現場。
しかし、砂煙が止む前にその影はしっかりと佇んでいた。
「聞く耳を持たねぇってのはこういうことを言うんだろうな」
その影が腕を振ると辺りの砂煙は一撃で吹き飛び、エルキアがゆっくりと歩を進めてきた。
「よくも……よくもッ!」
「待てよ西の魔女。俺が腕に抱えてるものが見えてねぇのかって言ってんだよ」
彼の腕の中には『シュウキ』と呼ばれた子供がそのままの状態で収まっている。
「人質ってことかしら、全くもって外道なのねアナタは」
「だァから俺は何もしちゃいねぇって言ってんだろ」
「何を今さら………死になさいッ!」
バルバラが手をかざし、再び無数の魔法陣が空中に描かれ、力を増大させていく。
対するエルキアは小さく溜め息を吐き、シュウキをゆっくりと地面に寝かせた。
「ったく、仕方ねぇ」
エルキアはそのままの低い姿勢で消えた。
消えたという表現はおかしいが、私の目で捉えられない速度で移動した。魔法陣の中心にいるバルバラの真後ろへ。
「なっ……!」
「すこーし頭冷やせ、魔女さんよ」
エルキアが彼女の首筋に触れた途端、周囲の魔法陣は光と粒子となって消え去り、彼女自体も倒れてしまった。
「バルバラさん!」
「安心しな、お嬢ちゃん。ちょいと毒を仕込んだだけだ。すぐに目ェ覚めて高熱にうなされるだけだ」
木陰から走り出そうとした私に向かって放たれた彼の言葉はどこか不本意そう。
何が何だかさっぱりで、誰が敵で誰が味方かもわからないときた。
ぐちゃぐちゃな頭の中を整理していると、バルバラの近くにいたギリアスが口を開いた。
「エルキア、話はショコラティアと彼女に聞いた。ゴディバルトに雇われたのだろう?今のお前は俺たちの明確な敵ということになるが」
「待て待て待て、俺はゴディバルトに戻るだけだ。ヤツらから指示があったからな」
「指示?」
「そう、元々の命令は『魔女の家を襲え』ってモンだったからな。俺としては家をぶっ壊せばそれで目的達成ってわけよ。にも関わらず、東西揃って魔女がいるときたもんだ」
ふむ、と考え出すギリアス。何か思うところがあるのだろうか。
そういえば彼は昔、ゴディバルトの傭兵として雇われていたと聞いたことがある。少しもその辺の事情には詳しいのかもしれない。
「わからん」
おぉう?あれれ?わからないご様子。
いや待ちなさい織姫。彼は身も心も筋肉でできているようなものよ。頭が回らないのはある程度仕方がないというものでしょう。
「一応言わせてもらうがな、エルキア」
「あ?なんだよ、改まって」
「ゴディバルトの言う『魔女の家を襲え』という命令は、魔女を殺せ、というものだと思うが?」
「ん?………は?なんだそれ、わっけわかんねぇんだけど?」
元傭兵と現役傭兵の底辺の頭脳バトルがここに開戦した。
しかしながら、見てられない。
いや、私としてはどんな結論が出るのかなって思わなくもないけど、倒れているバルバラさんのことも考えてあげてほしい。
その為、やむなく私が間に入り、猿でもわかるゴディバルト帝国概論を始めたのである。
「おぉ、なるほどな。やぁっとわかったぜ」
ここまでの所要時間、ざっと二十分。さすがに頭が悪いとかそういう問題じゃない。
改めて教育機関というものの必要性を感じさせられたわ。あれね、学校って思考力を鍛えるって場でもあるからね、本当に大事だと思うわ。
「じゃあ、俺は魔女どもを皆殺しにしなきゃいけなかったってわけか」
「やる気はあるのか?」
「冗談、俺がなんで関係ねぇ人間を殺さなきゃなんねぇんだ」
話を理解してもらえた上に、割と常識人のようだ。殺すとか少しはばかられる言葉は出てきたけれども。
「にしてもお嬢ちゃん、なかなか頭が切れるじゃねぇか!どうだ、俺の眷属にならねぇか?」
「あいにく間に合っているわ」
私がギリアスの方にササッと移動するとエルキアは本当に残念そうに頭を抱えた。
「マジかよギリアス!?テメェ、眷属は作らない主義じゃなかったのかい?」
「そんな話はしたことがない」
和気あいあいとするのはいいのだが地面に転がっている魔女二人をなんとかして欲しい。おそらくエルキアが抱えてきたシュウキという子供が東の魔女といったところでしょうし。東西の魔女がどうこうって言ってたものね。
「…………」
何か囁きのようなものが聞こえた。
何気なく耳に入ってきた風の音と間違えそうになるほどの小さな何か。
「あぁ、少し待っとけ!」
急にエルキアがシュウキの方に向かって大声を出した。
「何!?」
「あ?アイツが腹減ったってよ。なんか食いもん持ってるか?」
「アイツって………」
その方向には間違いなくシュウキ一人しかいない。ということは………
「今の、あの子の声!?」
「あんだよ、うるせぇな。決まってんだろうが」
「ちっさいわよ声!虫の鳴き声かと思ったわ!」
「俺に言うんじゃねぇよ!知るかそんな事情!」
なぜか彼に八つ当たりしてしまったわ。大人げない。
どうも彼にはあの極小ボイスが聞こえているようだ。稀にアニメキャラでああいうのいるわ、需要はどうなのかわからないけど。
エルキアはシュウキのもとへ歩み寄り、その体を持ち上げ、またも小脇に抱える。
「近くに村かなんかあんだろ?そこまでこいつらは運んでやる」
さらに彼はもう片方の腕でバルバラをかつぎあげて肩に乗せた。
バルバラさんのたわわボディーが凄いのだけれど、今は気にしないようにしましょう。
「じゃあ、ひとまず行きましょうか。グリッツまであと一息なんでしょ?」
私がギリアスに尋ねると、彼は首を縦に振って応じる。
「それじゃあ、リレイアちゃんも一緒に……って、リレイアちゃん?」
思えばリレイアが見当たらない。
先ほどまでいたはずの木陰にも、周囲の木々の隙間にも。
「ギリアス!リレイアがいないわ!」
「なっ!?」
どこを見回しても彼女の小柄な体は見当たらない。
声を大にしてその名を呼んでみるが返事はどこからもなかった。
「どういうこと……」
「こういうことかしらぁ?」
突然空から声が降ってくる。
その方向には赤黒いマントの装束に身を包んだ女性。その両腕に抱かれる少女の姿があった。
「リレイアちゃん!」
少女の銀髪と二つに結われたおさげのツインテールは間違いなくガルロッテの皇女、リレイアのものだった。
「大丈夫よぉ、気を失ってるだけだしねぇ」
女性は不敵に笑う。正しくRPGの敵役のように、その最終ボスのように。
フワフワと宙を舞っていた身体を下ろし、地面にゆっくりと着地する。
「あなたは、前に会った………」
「やっぱり会えたわぁ、お久しぶりぃ、仔猫ちゃん」
その独特な口調に背筋が凍った。
忘れるはずもない、マントの中に見え隠れしている深紅の銃。『アトミックアサルト』と呼ばれる、リザードマンを吹き飛ばした代物だ。
その騒ぎを聞きつけ、ギリアスとエルキアがやって来る。
「おいおいおい、『七色の王』の三人が集まっちまってるじゃんよ。ついでにディアナ、テメェを含めて魔女も三人だぜ。すげぇメンツだなおい」
軽口を叩き続けるエルキアに比べてギリアスはディアナの腕に抱かれる少女を見て微動だにしなくなった。
「あらぁ?ギリアスにエルキアじゃないのぉ、いつぶりかしらねぇ?」
「ディアナ、貴様が今、腕に抱えている少女………彼女に何をした」
「何もしてないわよぉ、失礼ねぇ。ただ、私を見た途端に逃げちゃうんだものぉ、きっと鬼ごっこがしたかったのねぇ。本気で殺しちゃうところだったわ」
微かに瞼や口が動いているところを見ると、大きな危害を加えたわけではないらしい。
しかし、それは彼にとって程度の問題では済まされない。
「我が名の元に顕現せよ……悪しき黒鉄を纏いてさらなる悪を打ち払わん……」
ギリアスが黒い光に呑み込まれ、漆黒の鎧と共に舞い降りた。
「あららぁ?ギリアス、私とヤッてくれるのぉ?嬉しい……嬉しいわぁ!」
嬉々とした笑い声と同時に身を捩らせて悶える赤の魔女。
その壊れた感性に私は怯むが、彼は一歩たりとも退きはしなかった。
「その子を返してもらうぞ、ディアナ」
頭の後に手を回し、さらに闇の光が放たれる。
そこからギリアスの等身と同じほどの丈をもつ大剣が現れた。
「残念だけどぉ、私は楽しみは最後まで取っておくタイプなのよぉ。この子は私が預かっておくからぁ、あなたたちはグリッツまで来なさいなぁ。そこで相手してあげるわぁ」
「逃がすかッ!」
瞬時にギリアスの大剣が空を裂き、ディアナにのみ直撃した……ように見えた。
「危ないわねぇ……約束するわぁ。あなたたちがグリッツに来るまでこの子に手は出さなぁい。ただし、期限は三日後よぉ。頑張ってねぇ、『黒の鬼神』さぁん」
ディアナが深紅のマントを翻した時、その姿は見る影もなくなった。
残されたのは魔女二人に私、ギリアスとエルキアの五人。そこに彼の守るべきものはいなかった。
彼を見るとフルプレートの鎧がカタカタと音を立てて震えていた。
掴んでおかなければいけなかった手を握りしめ、ただそこに立ち尽くしていた。
「ギリアス、行きましょう。グリッツ王国へ」
「オリヒメ……」
「お姫様を待たせるような騎士は騎士失格よ。それに、私たちの目的は青の王に会いに行くこと、結局行くならやることは変わらない」
正直言ってディアナの強さは本物だ。天性の戦闘狂、そんなイメージ。
いくらギリアスが強いとはいえ、確実に勝てる見込みなど毛頭ない。
しかし、考えてみればこちらの戦力は十二分に揃っている。あとは……
「エルキア、あなたはどうするの?」
「あ?俺、か………やることもねぇし、ゴディバルトにもう用はねぇ。うし、お前らの戦いとやらの見物にでも行くか」
「じゃあ、その魔女二人の運び役は任せるわね」
エルキアは嫌な顔をしながらも、仕方ねぇとだけ吐いて二人を担ぎ直す。どうやら味方と思ってよさそうだ。
あとは彼の判断次第。鎧を纏ったまま、表情を決して見せない黒の王、ギリアス・ブラッドフィールドの。
「………わかった。行こう、グリッツキングダムへ」