1章【second connect】
あなたは何を考えてるの?
私に言う周囲の人々は口々にそう言ってきた。
それを言うなら私にだってあなた達の言うことがさっぱりわからない。
なんで?私がおかしいの?
そんな私は、他人に興味を示さなくなった。
高校に入ってもそれは変わらず、他人の事を『くだらない雑種』としか思えなかった。
「なんで・・・画面の中の王子様はこんなにも私を分かってくれるのに……」
携帯ゲーム機を手に、黙々とプレイを続ける休み時間。
それなりの進学校である高校に一応来てはいるものの、やる気という面では他の追随を許さないほど欠落していた。
「はぁ、やっぱり興味深いわ」
昨日買ったばかりのゲームを完全に攻略した後の達成感に浸る頃には既に放課後になって、教室に人影はなかった……と思われた。
「やっぱり名作だったかぁ、俺も買えばよかったかなぁ」
「え?」
いつの間にか隣の席に座っていたごくごく普通の『雑種』にまるで気がつかなかった。どうやらゲームに没頭しすぎていたようね。
「何、かしら?」
恐る恐る質問をしてみるが、
「え?それ昨日出たばっかの『Reaper's Teardrop』だろ?」
ゲームの名前まで熟知する、ここでは稀な『雑種』だった。
「あなた、ゲームについて詳しいのかしら?」
「そりゃもちろん。最低限、この学校で俺の右に出るものはいないって思えるぐらいにな。俺は竹井カグヤだ、よろしく」
「あ、天乃……織姫……」
これが彼、竹井カグヤとの出会いだった。
彼とは自分でも驚くほどに打ち解けあい、アニメやライトノベル、漫画などなど、様々な日本の素晴らしい文化について語り合った。
そうして本の貸し借りなどもする内に、同じ趣味を持つ者として心の鎖が解けていくのにはそう長い時間は必要なかった。
「この前、天乃がやってたゲームの原作小説、ゲームが出る前からすっげぇ読み込んでたんだけどさ、ホントに感動ゲーだよな」
「ふふっ、そうね。死神が死ぬ者を救う……なかなか斬新で興味深かったわ」
「興味深いなんて感想、お前ぐらいしか言わねぇって」
談笑を交えるのはいつも放課後の図書室。
竹井君曰く、健全な高校生は放課後にわざわざ図書室なんて来ない。とのことだったけど、本当に来ないのね。ゲームやアニメでは定番のスポットであるはずなのに。
それを逆手にとったように竹井君は静かな図書室という最高の場所を与えてくれたのだ。
毎日のようにここに来ては普段するにできない話を沢山してくれる。ある意味では私にとっての『王子様』だったのかもしれない。
「それよりも天乃よ、俺はライトノベル史における伝説を見つけることに成功したぞ」
「いきなり大げさね、今度はどんな本なの?」
しかしこの時、この竹井君の一言がこの後、大変な危機へ向うものなんて知り得もしなかった。
その日の完全下校時刻のチャイムが鳴ったと同時に私は図書室を飛び出すように出ていった。
「竹井君に、肩を触られた……」
悶々とする頭の中。どうやら私には他人に対する抵抗力、というより免疫がなかったらしい。
しかも手とかじゃなく肩というレベルの低い接触でもこれだ。
どうにもさっきから心臓がドクドクと脈打っているのが伝わってくる。
そして先ほどの竹井君の話をまとめるとこう。
たまたま見つけた題名不明の携帯小説の管理者権限を『ギルフォード』という、おそらく作者だろう人物に委託された、こんなところかな。
そして『転移のための方法』とかいう長い呪文のような文章が記載されていた。
「それがもし冒険への旅立ちだとすれば、相当雑ね。このストーリーの作者は……」
呆れつつも私の頭は興奮を抑えられずにいた。
やりたい、呪文の詠唱とかやってみたい!
中二チックな感情が溢れかえっている私からすればノドから手が二、三本出るレベルでやりたい。
「やっぱり、戻ろうかしら……」
そう口にした時、既に足は図書室に向かっていた。もちろん、ごくごく自然な流れで。
竹井君のことだから目の前のエサを前に我慢できずにいるのではないかしら。
そんな考えで図書室の扉を開いた、が……
「竹井君?」
彼の姿はどこにもなかった。
おかしい。この図書室はそこまで広くないから、よく見渡せば隠れようがない。それに図書室までの廊下は一本道で仮に出てきたとしたらすれ違うはず。
それにも関わらず彼、竹井カグヤは姿を消した。
「竹井君、かくれんぼなんて幼稚なマネして楽しいの?出てきてちょうだい」
しんとした静寂を保つ室内に自分以外の気配を感じることはできなかった。
机の下も、本棚の間にもその影はなく、自分の足音と外の運動部が笑っている声ぐらいしか耳に入らなかった。
「どうなってるの……そうだわ!」
私と竹井君の友人関係は公にされているものの、進学校であるこの高校で勉強のテキスト以外の(ライトノベルなど)をその辺で借りようとすると受験生一同にどんな目で見られるか分かったものじゃない。
だからこそこの図書室て受け渡しの方法を考えて、本棚に隠すやり方をとっていたのである。
「えっと、あったわ!」
毎日のように本を借りるものだからここはよく利用していた。
右から二番目の本棚、その中で一番左上にある本の後ろ。ここに彼の置いていったであろうライトノベルがひっそりと置かれていた。
「今日の分、借り忘れていただけなのだけれど」
それを手に取り、本棚から引き出した時だった。
ひらりとページ間から落ちたのは一枚の紙。
「小説の一ページ?いや、ノートの切れ端かしら?」
床に落ちた二つ折りの紙を拾い上げるとその中を確認する。
そしてそれは間違いなく、見紛うことなく竹井カグヤ本人の字だった。
そこには、すまない一人でやる、一応これ書いておく、と呪文の文章が綴られていた。
「えっと……やっぱり一人で呪文を詠唱したってことよね。でも、それって……」
この場における状況とこの置き手紙を見てその思い込みは確信へと変わった。
「転移の呪文は、成功した……?」
その後、私のしていたことは他の人からすれば『先生の手伝い』か『キチガイ』にしか見えなかっただろう。
どんなところに転移してしまうかもわからない。そこで何が待つかわからない以上、手ぶらで赴くのは得策ではない。
要するに、近くのコンビニで食料調達をし、用務員の人が雑草刈などに使う鎌を倉庫から持ち出し武器になりそうなものまで揃え、藍色のシュシュのついたバッグの中にに詰め込んだ。
そうして私は図書室へと戻ってきた。
「竹井君、無事なのかしら……」
妙な不安を振り払うように顔を振り、メモの通り呪文らしき文章を読み上げた。
「我、己が真価を顕現せんと欲す者。時の狭間を駆け、七つの色彩に選ばれし魂を導かん。我、今こそ誇り高き王の元へ馳せ参じる。彼の地、『リオアヒルム』へと誘いたまえ。転生の時は、来た……」
半信半疑ながらもメモ通りに一字一句間違えずに読み切った。
その後、一瞬の静寂が訪れ、全てが何かの気のせいだったのではないかと考え始めたその時だった。
ーーブォン
地面に浮き上がる魔法陣の光に私の考えは本当の意味で確信へと変わった。
「これが、転移の呪文……」
肩から下げたスクールバッグを握りしめその衝撃に備えようとした刹那、
ーーバチバチッ
一瞬にして青白かった光はその色を赤黒く変化させ、空間にイナズマの様な亀裂が走った。
「何……?どういうこと?」
呪文は正しく詠唱したはず、それなのに明らかに様子がおかしい。
しかし、そのまま暗い空間に飲み込まれ、私の意識はそこで途絶えた。
ドドドドドという地鳴りのような音。
耳だけでなく体全体に響いてくるそれは左からやってきた。
「うぅ…………」
仰向けに寝ていたらしく目を開くとそこには太陽をうっすらと隠す雲が見えた。
手を置く地面からは砂の感触。ザラザラして痛いわね。
上半身を起こしてみると、そこは間違いなく図書館ではなかった。もちろん公園の砂場でも家の庭でもない。
そもそも夕方だったはずの空にしてはまだ日は高いように思える。
「成功したのかしら?」
しかしその地鳴りのする方向に目を向けた時だった。
「「オォォォォォォォォォ!!」」
驚いたことに砂の大地をかけてくる馬と人の軍勢が迫ってきていた。
「何よこれ!」
横に落ちていたバッグを拾い上げるとすかさず逆方向へとスタートを切っていた。が……
「「オォォォォォォォォォ!!」」
反対側からは違った身なりの軍勢が迎え撃ってきた。
「な、な、何なのよこれッ!」
にっちもさっちもというか完全完璧死亡フラグの真っ只中に転移させられる驚愕の事態である。
そして私の足はいうことを聞かず、その場にストンと座り込んでしまった。
「竹井君、どこへ行ったのよぉ……」
迫り来る軍勢は私を中心とするようにじりじりとその幅を狭めていく。
やっぱりさっきの呪文は失敗だったのかしら。ということは、竹井君も…………嫌ぁぁぁぁぁ!
頭を抑えて今までに出したことのないくらいの絶叫が口から放たれた。私もこんな声出るのね、これは収穫だわ。いや、そんな場合じゃない!
「どうしよう、どうしよう……えぇい!」
心機一転、というよりやけくそだけど、私はその場に立ち上がり、両手を両方に向かって挙げ、
「双方ォォッ!剣を収めよォォォッ!」
これまた自分でも驚くレベルの声で呼びかけた。
そしてなぜか、その声が届いたのか、両軍は私から二十メートルほどのギリギリの距離で静止した。
「止まった……?」
どうやらざわついている様子だが、話しているのは流暢な日本語だった。
「えーっと……」
ここからどうしたものかしら、そんなことしか頭にない私の前に両軍から一人ずつ兵が歩いてきた。
どちらも現代日本ではまず見かけることのない西洋風の甲冑を身につけている。間違いなく戦士なのだろう。
「貴様、正装などして何のつもりだ」
ドスの効いた声で一方が話しかけてくる。
正装?あ、制服のことかしら。というかそれでも私一人がストップかけただけで両軍止まるってどれだけ親切なのよ。
「私は………いいえ、名乗るなら自分から名乗るのが礼儀でなくて?」
ここは強気でいこう、そうでないと気迫に押されて今度こそお終いだわ。
「ふむ、ただの女ではなさそうだが、まぁよい。私は……」
「待たれよ、キール殿。何をもって私より先に身分を明かそうとするか!」
今度は話途中でもう一方の若い方が割って入ってきた。
「何を言う、ケイネス、格上の我が軍が名乗るのは当然の義務であろう」
「何を言うかこの老害風情が!」
「何だとこの小童!抜け!」
「言われずとも……!」
あぁあこれは危ないやつだわ、またさっきの展開に逆戻りじゃないの。というかこのキールとケイネスって人、仲がいいのかしら?
「あなた達、ちょっと待ちなさい!何でそう喧嘩っ早いのよ。武力行使なんてこの時代に流行らないわよ?」
「「え……?」」
私の言葉に二人は変な声を出してこちらを向いた。
何だかよく分からないけど、うまくやれそうな気がしてきたわ。
「あなた達、怪我して痛いと思わないの?それにあなた達、たぶん両軍の大将でしょ?二人がいきなり死んでしまったら、ここにいる沢山の人達は今後どうすればいいのよ」
「それは……だな……」
「どうしても力で勝ちたいのなら、やり方を考えなさい。剣に自信があるのなら、竹刀でも木刀でも使って正々堂々、一対一の勝負にしなさい」
「ぼ、木刀で?」
「そうよ。最低限、私のいた国では勝負なんてそんなものよ」
二人は唖然としている。もしかしたら『そんなことは知らん!』とか言って八つ裂きにされるかもしれない。でももう引き下がれない。
それに二人は未だに剣の柄を掴んだままだし、論破するって案外難しいものね。
「ふむ、兵を無駄にはできんか」
「……え?」
「うむ、我らのいざこざに兵を犠牲にはできん」
「え?え?」
二人は同時に剣を収め、私の方を見てきた。
何よ、こんなのでいいのかしら?私の巧みな言葉が二人を動かしたっていうよりは、この二人の頭が悪いだけのようにも思える。
「「全軍、撤退ッ!」」
キールとケイネスはそれぞれ馬にまたがり、再びこちらを見てくる。本当に何なのよ。
「おい、女」
「……何かしら」
赤の他人もいいところの男に『女』呼ばわりされるっていい気分ではないわね。
そんなこととはつゆ知らず、キール(老人大将)は話しかけてくる。
「名を聞いてもよろしいか?」
「天乃織姫」
「アマノ?聞かぬ名だな、まぁよい。お主も我が国に来んか?見ず知らずではあるが、ケイネスとの決着を見届けてもらいたい」
どうやら二人のいざこざに巻き込まれる対象は彼らの手下兵士達でなく私一人にシフトしたらしい。不幸だわ。
「それは私からもお願いしたい。アマノ殿」
比較的若い敵のケイネスまでもがそれを勧めてきた。本当に仲がいいのねこの二人。
「分かったわ。それにいろいろ聞きたいことがあったから、ちょうどいいし」
もちろんこの後、どちらが私を引き取るかでひと悶着もふた悶着もあったわけだけど、とりあえずキールの方に保護されることとなった。
道中は人生で初めての乗馬による移動となった。とはいえ動物園にありそうな乗馬体験のようにリードを引っ張ってもらうスタイルだから未経験OKだった。
改めて思ったけど、大軍といえ何万といるわけでなく、せいぜい数百人といったところかしら。あの時は焦りすぎて相手方の勢いに錯覚してしまったらしいわね。
「アマノ……でよいか?」
「えぇ、構わないわ」
隣を馬で歩くキールが話しかけてきた。無論、彼は乗馬体験的なことはしていない。
「ではアマノ、お主はあんな平地のど真ん中で、しかも一人で何をしていたのだ?」
「うーん……簡単にいえば人を探していたのよ。私と似た格好をした男なんだけど、心当たりはないかしら?」
「男?はて、お主のような身なりでこのような場所を歩くものなどまずいなかろう」
やっぱりそうなのね。
おそらくだけど、あの呪文は正しく機能していたわけではないようね。まぁ、あんなあからさまなエフェクト入れられたらさすがにわかるわ。
「そんなことより、私、この世界のことあんまり知らないんだけど、少し教えてくれないかしら?」
「は?このリオアヒルムを知らぬと申すか?」
リオアヒルム、確か呪文にそんな文言があったわね。
おそらくキールの言葉から察するにこの世界の名前、といったところ。世界に名前があるって何だかおかしな話だけど、あまり追求する必要もないでしょう。
「少し前に大国、ガルロッテ公国に対し、大陸第二位の領土を持つゴディバルト帝国が大規模な侵略作戦を遂行した。不可侵の法を犯し、奇襲をかけたゴディバルトは歴史的圧勝、ガルロッテ公国は陥落した」
「つまり、戦争が起こったってことね」
「左様。ゴディバルト側の真意はわからんが、おそらくは征服戦争といったところだろう」
「それで、今もその緊迫状態にある……」
「そういうことだ。多くの国は自国の軍拡を図り、いざという時のために、ゴディバルト帝国に対抗する手立てを模索しておる」
そんな中でこの人達はちっさい戦争をしていたわけね。世界情勢ひっくり返ってるのに何してるのかしら?
「大陸地図とかないかしら?」
「街に戻ればあるだろう」
「じゃあ、その時にでも少し見せてもらえないかしら。確認したいことしかないの」
「その程度、お安い御用だが」
キールは意外と話のわかる人物なのかもしれない。
というより、この異世界の他の人間にまだ会っていないだけね。
馬のゆったりと進んで行く足は遠くに見えてきた街に向かって着実に進んでいた。
しかしながら、この世界は私の思っていた以上に甘くはなかった。
「敵襲ーッ!敵襲ーッ!」
周囲を歩いていたキールの手下達が各所から点呼でもとるように叫び始めた。
「何……?」
「おい、アマノ、伏せておれ。おそらくはこの周辺に出没する盗賊かなにかじゃろう」
「盗賊って……」
本当に私からしたら時代錯誤ってやつだわ。
よく見ると距離はあるが遠くに人影が見える。そこから飛んでくるのは、無数の弓の矢だった。
「何ィィィィィィィイ!」
キールのあまりの声に思わずそちらを見やると、数本の矢を見事なまでに身体に受け止めたキールがいた。
「え?」
身体に対して垂直に刺さった矢が見える。そこからは脈打ちに合わせるように内から赤黒い液体が溢れ出ていた。
そして歯を食いしばる彼はゆっくりと重心を倒し、自らの馬から転げ落ちた。
「キールさん!?」
落ちた彼の元に駆け寄ろうとして馬から降りたが、その直後、馬の上に再び矢が突き刺さり、嘶きながらその場で暴れだし、遠くへと駆けていった。
「キールさん!……何よこれ……」
体に触れた途端に手ひらにはねっとりとしていて温かい血がべっとりついていた。
兵は混乱、隊列などもう既に存在しない。
そんな状況で自軍の戦力が着実に失われていくのは予想するまでもなかった。
そして、私の方に向かってその矢が飛んでくることも、必然だったのでしょう。
「……ッ!」
本編である『銀紙ビターな異世界黙示録』外伝、ということで、改めて始まりました。
作者としましては本編よりも気合入っているのでこちらも注目していただけたらと思います。
外伝、アナザーストーリーということでこの話の主人公は本編一話でも登場した天乃織姫ちゃんです。
黒髪清楚系たまに毒舌美少女というこれでもかという程に素の状態でマルチスペックな彼女が今後、『リオアヒルム』でどのような冒険をしていくのか、そして、プロローグの言葉の意味とは一体なんだったのか。幅広く楽しめる物語となっておりますので楽しんでいただけたら幸いです。
本編ともどもお楽しみください。