異世界転生チート勇者を倒す、たったひとつの方法
魔王城、玉座にて――
「魔王様。報告事項がございます」
「四天王クアドラか。申してみよ」
「1年後、魔王様は倒されます」
「何だと!」
「予言の鏡が映し出しました。間違いございません」
クアドラの持つマジックアイテム『予言の鏡』は1年以内のすべての時空の未来を映し出す。
その的中率は脅威の100%。何も手を打たなければ確実に現実になってしまうのだ。
「一体、誰にわしは倒されるのだ」
「異世界の勇者でございます」
「異世界だと?」
「文字通り異なる世界のものでございます。その世界で死した後、こちらの世界に転生するようでございます」
「まだこの世界に現れていないのか」
「これより7日後にこの世界に転生を果たすようでございます」
「なるほど……。しかし、すべての魔術を極め、時空すら支配するこのわしが一体どのように倒されるというのだ」
「粉々になりました」
「え? もう一度」
「勇者に触れられた瞬間、粉々になりました」
「なにそれこわい」
「勇者が持つ固有の能力でございます。触れたものすべてを粉々にする能力」
「恐ろしい能力だな。しかし近づかれる前に魔法で薙ぎ払えば良かろう」
「ダメです。魔王様の魔法ですら、触れただけで霧消してしまいます」
「ぬう。もはや、わしの前に立ちはだかる前に息の根を止めるしかあるまい。」
「さすが魔王様。理にかなっておりまする」
「魔王城にたどり着く前は、勇者めはどこにおるのだ」
「では1月ほど遡ってみます。……運命の塔の最上階で、黒騎士ジークと戦っていたようです」
「ジークか。あれは四天王最強の男。あやつの不意打ちなら、勇者めが反応する前に一撃で仕留められるはずだが」
「だめです。背後から攻撃したようですが、勇者の背中に剣が当たった瞬間、剣が粉々に」
「意識していなくても発動するのか」
「そのようでございます」
「それでは服はどうなのだ。素っ裸なのか」
「いえ、そんなことはございません。どうやら当人の無意識下でオンオフが切り替えられるようです」
「何てご都合主義な能力だ」
「仰るとおりでございます。しかも、勇者めはその能力を使い、行く先々で人間の女どもを救い、モテモテになるようでございます」
「うらやま……けしからん! ええい、魔王城で待ってなどいられるか。黒騎士ジークと共に、わしも勇者を迎え撃つ。これで未来は変わるであろう」
「予言の鏡の映像が変わりました。……残念ながら、未来に変わりはありません。黒騎士ジークが粉々になった後、魔王様も粉々になりました。お亡くなりになるのが1月早まっただけでございます」
「四天王最強と魔王が組んでもダメなのか……。もはや手段は選んでおられん。勇者めが雑兵どもを倒して経験を積み、力をつける前に殺す。この世界に降り立ったとき、勇者はどこにいるのだ」
「大陸の最南端にあるサウスエンドという村のようでございます」
「ではこれよりサウスエンドに向かう。勇者が転生してすぐ、右も左も分からないときに、我が最大魔力で村ごと焼きつくしてくれるわ」
「さすが魔王様。完璧な作戦でございます。予言の鏡にも変化が見られました。……む」
「どうした」
「魔王様、言いにくいのでございますが、粉々でございます」
「何だと!」
「魔王様がお亡くなりになるのが、1年後から1週間後になっただけでございます……」
「転生した瞬間ですら……。そもそも、その能力は一体何なのだ。いつから備わっている」
「どうやら、異世界に転生したとき、女神から与えられた固有能力のようです」
「女神め……わしですら500年の修行の果てに魔術を極めたというのに、何たる理不尽なことか」
「ごもっともでございます」
「この世界に来る前はどうだ。どうやってこの世界に来たのか。予言の鏡なら時空を超えて対象の未来を映し出せるであろう」
「トラックに轢かれて死亡、その後、この世界へ転生……という流れでございます」
「何だそのトラックというのは」
「鉄でできた巨大な牛車を想像いただければよいかと。それが矢の如き速さで突っ込んできます」
「それは……粉々だな」
「粉々でございます」
「では、最後の手段だ。そのトラックとやらで転生する前に、わしが異世界にて、勇者めを殺す」
「まさか! 時空間移動をなされるおつもりで!?」
「時空すら操るわしには造作もないことだ」
「しかし、異世界間の移動には世界の抑止力が働きます。魔王様といえど、魔力のない世界では魔術も固有能力も使えなくなってしまうでしょう」
「ふん。何の能力もない人間の小僧一人殺すのに、そのような小細工などいらんわ。この手ひとつで絞め殺してくれる」
「さすがは魔王様。予言の鏡にも変化が……。いえ、変化はありません。死にました。魔王様が」
「なぜだ!」
「結局死ぬことには変わりないので、勇者は異世界に転生してしまうようです。その後、帰還された魔王様は哀れ、勇者めの餌食に……」
「もう、これは……。一体どうすればいいのだ、どうすればわしは生き残れる……」
「恐れながら私めも、もはや案すら思い浮かばない状況でございます……」
「……これだ。これしかない」
「魔王様?」
「これで未来も変わるであろう。これこそが、たったひとつの勇者を倒す方法!」
◇◆◇
高校生くらいの少年が道を歩いていると、
突如、トラックが少年に向けて突っ込んできた。
少年が轢かれそうになったそのとき――
「危ない!」
何者かが颯爽と現れ、少年を抱きかかえてトラックの前から離脱した。
少年が、思わずつむっていた目を開けると、全身黒ずくめの初老の男の顔があった。
「おじさんは、一体……」
少年の問いかけに、男は言った。
「ただの通りすがりさ。それにしても危なかったね。」
男は、感慨深げな目で少年を見つめながら続ける。
「君くらいの年齢の子が、こんなところで死んではダメだ。よぼよぼのおじいさんになるまで、ずっと長生きすることを、心の底から祈っているよ」
そう言って男は笑うのだった。