宿屋での出会い2
「とまあ、冗談はさておき」
そう言いながらセシアさんは掴んでいる私の手を引っ張り、そして私を背後から抱きしめるような形で、頭にある耳を触ってきた。
「にゃあっ!?ちょっ、なにを!?」
「いやー、獣の耳とか尻尾とか付けて変装とか面白いことしてるなーと思ってさ。この耳なんてまるで本物・・・いや、本当に本物か?」
「や、やめ・・・んうっ!」
セシアさんは容赦なく耳をこねくり回してくる。ミリアさんも「いいなー」と羨ましそうに手をわきわきさせている。助けようという気はなさそうだ。
そして息を切らして床に這いつくばる私と、満足した顔の姉妹の図が出来上がった。うん。もうお嫁にいけないかも・・・
「なんでそんな格好をしてるかは・・・まあ、大方外の連中関係だろう」
外の連中ってのは、竜人様を見に来た人たちのことだろう。
「え、ええ大体そんな感じです。それにしてもよく私だってわかりましたね?」
「ああ、気づいたのはミシアの方なんだが」
「パッと見はわからなかったんですが、顔が眼の色以外変わってなかったので、なんとかリフィアさんだってわかったんですよ」
「私たちは商売柄、人の顔を覚えるのはそれなりに得意だからな。他の連中は、髪の色とかだけに目が行ってあんたの顔をよく見れてないだろけど」
「はあ、そうなんですか。ちなみにどうやってこの格好になったかは・・・」
「言いたくないんだろう?確かに気になるが、客の私情にまでは口は出さないのも大事だからな。それよりもそろそろ夕飯の時間だから準備してくるよ」
そしてセシアさんは部屋を出て行った。
「・・・いい人ですね。セシアさんは」
「はい。私の自慢のお姉ちゃんですから。それと私はリフィアさんもいい人だと思ってますよ」
「うん。期待に応えられるように頑張りますね」
「それでは、私も仕事に戻りますので、リフィアさんは部屋に戻ってゆっくりと休んでてくださいね。夕飯ができたら呼びに行きますから」
そうして私は部屋に戻ってきた。今日一日で色々あったけど、いい人たちと出会えて良かったと思う。
さて、夕飯の時間まではそれなりにありそうだから、いろいろやっておこう。
一番気になってるのは、”駆け出し冒険者セット”だ。セットって名前だから複数だろうけど、想像がつかない。役に立つものだろうから、とりあえず受け取りますか。
そう思うと、ぽすっと目の前に袋が落ちてきた。どっから落ちてきたんだこれ?上を見上げても何もない。きっとこういうのは気にしちゃダメなヤツだろうね。
謎はひとまず置いといて、この袋だ。革製のリンゴが入るぐらいの大きさで、持ってみても軽い。軽く振ってみたけど、中に何か入ってるような気配はない。袋の口を開けてみても何も入っていないように見える。
これだけ?セットって何さ。しかも特に役に立ちそうにない小さな袋だし。お金を入れるぐらいしか役に立ちそうもない。とりあえず今持ってるお金でも入れてみるかな。
そして私は適当にお金を入れていったんだけど、・・・おかしい。お金を入れてるのに重さが変わらないし、お金同士がぶつかる音もしない。しかも中を覗いてみてもやっぱり何も入ってないように見える。なんかいくらでも入りそう。
でも取り出すのはどうしようか。ここに手を突っ込むのはさすがに怖い。大銀貨入れちゃったんだよね。出てこないかなぁ、と思っていると出て来た。それもちゃんと大銀貨だけ。
ふむ、出て来いって念じると出てくる感じかな。だったら全部出て来いと念じれば?
すると大量に出てきた。危なかった・・・刃物のようなものまで出てきたから、下手したら当たってたかも。
さて、中から出てきたのは、冒険者入門と書かれた本が一冊と小型のナイフ。中に液体が入った瓶が五個だ。このナイフは武器としては使えなさそうだし、液体は何なのかさっぱりだ。
私としては本とこの袋がメインだと思う。袋はどれだけ入るかわからないけど、持ち運びが楽になりそうだし、本は冒険者から派生する職業と初心者にオススメの依頼が書かれている。これだけでも十分な代物だ。
そうして私は夕飯まで本を読んで過ごし、食べて寝た。今日することが何もなかったからしかたないね。まあ、ゆっくり体を休ませてもらった感じかな。
・・・朝だ。時計が無いからわかんないけど、結構早い時間帯だろう。とはいっても私は少し前から起きている。起きているんだけど身動きが取れないでいる。どうしてかって?それは・・・
「おーいミシアーここか?そろそろ店番のじか・・・」
私の部屋に入ってきたセシアさんは、入り口で固まってしまった。私は当然「せめて一言言ってから入ってください!」と言ったはずだ。
けどその声は届かなかったらしい。それも当然だろう。そこでセシアさんが目にした光景は、ベットで寝ている私と私に抱き着いて寝息を立てているミシアさん。これでも十分異常だが、問題はそれ以上だ。
「なんで犬が・・・」
そう、ミシアさんに抱き着かれているのは、犬になった私だった。