第六話{侯爵来訪編~ロクデナシのロクでもない夜更け~}
間幕世界観紹介『蘇り』
ラクシアでは、死んだ生き物の魂は天に召される。
そして、天に召された魂の中、磨かれた逸材は神々の元に行き、その神の元で安息を得るとも、はたまた何時か来る戦いの為に神の僕になるとも言われている。
だが、多くの魂は神の元にとどまらず、輪廻転生の輪を巡って新たな命に宿るのである。
しかし、死んでしまった人の魂を呼び戻し、死ぬ前の肉体に戻す術が存在する。
高位の繰霊魔術師が扱う【リザレクション】という術は、死んだ人物を蘇らせる事が可能なのだ。
だが、通常は蘇りを行うものは存在しない。
第一に、蘇りを経験した魂は、その身に穢れを貯める事になる。この穢れは、特に死後から時間が経てば経つほどに、多く溜まるリスクを背負う。
人族にとって、穢れをその魂に帯びるのは忌避される事であり、それを受け入れてまで蘇りを望む存在は殆ど居ないのだ。
加えて、穢れを限界まで貯めきった魂が肉体に宿った場合、それは不浄なるアンデッドとして蘇ってしまう。穢れを貯めるということは、アンデッド化するリスクを高めるという事でもあるのだ。
だが、それでも尚、人の中には現世に執着し、蘇ろうとする魂が存在する。
それが蘇りの術を受けた場合、その術は成功し、その者は蘇り、現世を再開する事が出来るのだ。
だが、先述の通り、蘇りには様々なリスクが付きまとい、加えて、蘇りの術もそう簡単に習得出来る物ではない。
その為、蘇りの術を行使出来る繰霊魔術師は、ビジネスとして蘇りの術を行使する依頼を受ける事はあるが、その値段は相場で一万ガメル(百ガメルあれば、宿のスイートルームで一晩過ごせる。安宿なら30ガメルが相場。非常に慎ましく生きるなら、1年は暮らせる大金)が必要になる。
これは、ただ繰霊術師が客の足元を見てぼったくっている訳ではない。蘇りの術が容易に行使される事の無いように無茶な値段をつける、操霊術師なりのモラルなのである。
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鉱山村から脱出し、カシュカーンに到着してしばらくの間、様々な事があった。
保安官のジムに事情を説明したり、様々なコネのあるネイサンが先頭に立ちつつ、村の人々に新たな仕事を斡旋したり。
そんな忙しい日々を過ごす中、ウサダは一人、ガンショップ[トリガーハッピー]に向かっていた。
「やぁウサダかぁ、噂は聞いてるよ! 村を丸ごと一つ蛮族の手から守ったんだってね」
入店するや否や、何時もの通りハイテンションな店主、マッデンが一方的に話しかけてくる。
「君がガンマンで、うちの製品を使ってくれるなんて嬉しいな! 今日は何か入用かい? ガンの強化? それとも弾薬かな?」
まるでマシンガンのように話しかけてくるマッデンの言葉に、ウサダは何も言葉を返さず、ゆっくりとカウンターに歩み寄ってゆく。
そして、カウンターの前で煙草を咥えて火をつけると、ゆっくりと話し始める。
「……噂が独り歩きしているだけだ。村を守った? 違う。正確にはおめおめと逃げ出してきただけだ」
ウサダが話し始めると共に、マッデンは一瞬で静かになって、ウサダを見つめてくる。
ウサダはコートから自分の相棒を取り出し、カウンターに置く。
「相棒は、何も悪くない。こいつはどんなに酷使しても文句を一つも言わず、自分の仕事を完璧にこなしてきた、最高の相棒だ。間抜けにも足を引っ張っているのは、何時も俺だ」
ウサダは一旦言葉を区切り、店の外に向かって煙を吐く。それから、話しを続ける。
「蛮族に出し抜かれて敗北した時、こいつの声が聴こえた。俺の弱さが生んだ幻聴かもしれん。だが、俺に届いた。『俺はお前がいなければ、骨董品で無力な銃。お前は俺がいなければ、年寄で無力なウサギ。完璧な奴なんて一人もいない。お前の足りない分は俺が埋めよう。互いに支えあって生きていくのが人生ってゲームさ』……とな」
ここまで言った後、ウサダは煙草を携帯灰皿に押し付けて片付けると、帽子を取って頭を下げる。
「相棒を頼んだ。俺も相棒に負けないよう、最善を尽くそう。それが、人生というゲームだ」
それを見たマッデンは、何時になく真剣な表情になって、時価何万ガメルもするような骨董品を扱うかの様に丁寧にサーペンタインガンを手に取ると。
「OK。頼まれようじゃないか。優秀なガンマンには、優秀なガンが必要だ。僕も君の腕にも劣らぬ最高のガンにカスタマイズしよう」
マッデンは自信に満ちた態度でそう宣言した。
ウサダがマッデンに相棒を預けた日とは、また別の日。カタリーナはパトリックから伝言を受けて、トリガーハッピーに向かっていた。
「何でも、お前さんに是非とも使って欲しい逸品が入荷出来たそうだ」
そう聞かされたカタリーナは、それが何なのかを多少の期待と共に入店した。
「こんにちはー」
「やあいらっしゃい! 待っていたよ! 君の為だけに素晴らしい物を入荷したんだ!」
入店する度に聞く事になるハイテンションなマッデンの声に、少し耳を塞ぎつつ、カタリーナはカウンターの前に来る。
「素晴らしい物って何かしら?」
カタリーナが尋ねると、マッデンは人差し指を上に立てて、舌を鳴らしながら横に振る。
「チチチッ……ガンショップで扱っている素晴らしい逸品なら、答えは一つだろう? 待っていてくれ、直ぐに持って来るから!」
カタリーナの返答を聞かず、マッデンは店の奥に消える。そして、奥から金庫を抱えて戻ってきた。
「……それに保管するぐらい凄い品物なの?」
「イクザクトレィ! さぁ、早速中を見てみようか!」
カタリーナが驚きながら言い、マッデンは輪にかけてハイテンションに答えながら、金庫のレバーを回し、その扉を開ける。
その中にあったのは、一対の双銃。黒塗りで無骨なデザインで、銃身が非情に分厚く、がっしりと作られている。
「これは……」
「かのフェイダン地方から取り寄せた特注品。その名もブラジガンさ。手に取って見てごらんよ」
言われて、カタリーナはブラジガンを両手に取って握り締める。何時も使っているサーペンタインガンよりも一回り大きく、しっかりとした重みを感じる。
「そいつはフェイダン地方に伝わる流派秘伝”マルガ=ハーリ天地銃剣術”の為に作られたガンでね、その流派は近接戦闘の技術にガンを織り交ぜるスタイルを取る。そしてそのガンは、ただ弾丸を撃つだけじゃなくて、その銃身自体が凶悪極まりない武器になるのさ」
マッデンの説明に、カタリーナは目を見開いて驚く。
「銃身を武器にって……どうするのよ?!」
「ほら、構えた時に下に来る部分。鋭く尖っているだろう? 重みと勢いを込めてその部分を叩き付けるんだよ」
なんて事のないようにマッデンは答える。確かにマッデンの言った部分はソードの刃のように鋭利になっており、勢いを込めてぶつければ、並みの物なら叩き切れてしまいかねない。
「君はどうやら、他のガン使いと違って、射撃戦闘術だけじゃなくて近接戦闘術も嗜んでいるようだから、君にぴったりだと思ってね。ちなみにこの店にはその一対しかない稀少品さ。今ならマルガ=ハーリ天地銃剣術の教本もセットでつけてこのお値段! どうかな!」
マッデンはにっこりと笑顔を向けて、ガンを売り込んでくる。値段は特別高いわけでもなく、ガンもカタリーナの戦闘スタイルにぴったりである。
「そうね……折角あたしの為に売ってくれるっていうなら、買いましょう」
カタリーナは少し考えた後に、カウンターに提示された額の硬貨を並べる。マッデンは四半秒でそれがぴったりの額で有る事を計算して、それから。
「まいどあり! そうだ! この際だからそのガン専用のホルスターもつけよう!」
と、言いながら、金庫の底をめくり、そこからまるでソードの鞘のような、硬質素材で出来たホルスターを取り出す。カタリーナがそれをベルトに取りつけ、ブラジガンを収めてみると、ちょうどそれが収まった。
「ありがとう。また贔屓にするね」
「こちらこそ! ありがとう!」
カタリーナがお礼を言って、マッデンはウィンクと共にお礼を返した。
ある夜、ヴェレッタは買い込んだ物が詰まった麻袋を抱え、冒険者の店の個室に帰宅する。
机の上に麻袋を置くと、自分の荷物の中から木片を取り出し、同じく机の上に置く。
「んじゃ、作業開始といきますかね」
麻袋の中身を取り出すと、そこには丈夫な革や糸、更には長い靴紐等々、様々な素材があった。
ヴェレッタはそれらを机に並べ、裁縫道具を取り出すと、早速作業に取り掛かる。
革に罫書きをして、パーツ事に切り離し、それを糸で縫い、繋げて形にして行く。
更には、自分の足の形を巻尺で計ると、木片を切って形を整え、パーツを作って行き、繋げてゆく。
長い長い作業の末、店の東向きの窓から日の光が差し込む頃。
「ふぅ……出来たっと。これからよろしくな」
机の上にあったのは、ブーツだった。
そして、その脇に散らされた端材の中には、切り取られた木片もあった。
そのブーツは、ヴェレッタの命を救った木片をリサイクルした、この世に二つと無い品物だった。
「そう言えば……今日もまたアンディから手伝いを頼まれているんだっけな。じゃ、行くか」
徹夜明けだったが、まったくそんな様子を見せずに、ヴェレッタは新たな姿となった壁に足を通し、部屋を出た。
冒険者達は各々、鉱山村の事件の後処理や、自身の装備の新調や必要な物の買い足し等、様々な事をしていた。
そういった、冒険者としての仕事もないが、非情に忙しい日々を過ごしていると、あっという間に二週間という時間が経った。
冒険者の店[迷える小槌亭]の食卓に、冒険者達は集まっていた。
「お前達な……事情が事情だからすぐには請求しないが、ワシの店は本来ツケは効かないんだぞ?」
パトリックがしかめっ面で、ウサダ、レイチェル、ヴェレッタに普段よりも質素な朝食を配膳している。
村を救出した事もあって、かなりのまとまった額の報酬は支払われたものの、冒険者の装備というのは、それ相応に高い。ガンのカスタムや新調に使った彼らは、宿代をツケなければ今日の宿さえ侭ならないほど、懐が寒くなってしまった。
「すまねぇな、恩にきるぜ」
「感謝する」
食べれて、寝床を貸してくれるだけありがたいので、男二人は文句を言わずに彩りの少ない朝食を齧る。
「ありがとう、店主さん」
レイチェルは宿代の代わりに精一杯の愛想笑いを支払い。それから食事にお行儀良く手をつける。
「あんた達ねぇ……、無駄遣いは戒めなさいよ」
他の三人よりも懐の厚いカタリーナは、おかずが一品多い朝食を食べながら仲間達に言う。
「あの世までは金は持って行けない。必要な事に使っただけだ」
朝食と煙草を味わいながら、ウサダは答える。
……彼が今吸っている煙草を何箱か取り上げれば、恐らく今日の宿代位は余裕で払えるのだろうが。
「ところで店主殿。俺達がいない間、何か変わった事はあったか?」
質素なサラダにフォークを突き刺しつつ、ウサダがパトリックと世間話をする。
「変わった事ね……。もちろんあるが。お前達は聞いてないのか?」
まるであって当たり前のようにパトリックは言ったので、ヴェレッタは何かあったのかを思い出そうとしながら食事を続ける。
「何かあったのなら教えて下さる?」
レイチェルはパトリックに対して上目遣いで尋ねた。
「お、おう……ゴホン」
パトリックは少し顔を赤くしつつ、咳払いをして話し始める。
「お前達の”凱旋”以降はあまり人の噂には上ってないが。実はカシュカーン内から、実力者が相次いでいなくなっていてね。ダーレスブルグの関所へ抜けた形跡もないんで、ちょっとした騒ぎになっている。お前達がここに来る少し前からの事だな」
「……実力者が逃げたり、消されるような事態、か」
ウサダはフォークに貫かれたレタスを口に運び、状況を思案する。
「それって、強力な蛮族が中に居るってことじゃあ?」
カタリーナは、先ず考えられる最悪の事態を口にした。
「実力者が減っている……か。そう言えば保安官も、腕利きを探しているらしい事を言っていたな」
ヴェレッタが、自分達が此処に来た日の事を思い出しつつ、話す。
「失踪者は何も言わずに消えたのか?」
ウサダが尋ねる。
「そうだな。パーティを組んでいたやつが、翌朝部屋から降りてこなかった、なんてのもあったな。一般人に被害は出ていないし、死んだという確証も出てない以上、おおっぴらにはしてないはずだが……。人の口に、戸は立てられん」
「つまり、私達には失踪者の調査をして欲しい、という事かしら?」
カタリーナが依頼の気配を感じて、パトリックに聞くが、彼は首を振り。
「確かにお前達は強くなったが、懸念されるような蛮族が相手の場合は、少々厳しいのではないかな?」
パトリックはそう言った。
「……懸念される、蛮族……強力なオーガ種も、ありえる……」
それを聞いたヴェレッタが、忌々しそうに呟く。その脳裏に鮮明に蘇るのは、炎に包まれる村に立つ、ロングストライドの姿。
「かもしれん、が。そうじゃないかもしれん。まだ情報が少ない。安易に確定させない方が良い」
ウサダはヴェレッタの想像を察して、言葉をかける。
「……すまん。また熱くなるところだった」
ヴェレッタはウサダの言葉で落ち着いたのか、軽く頭を下げて言う。
「まぁ、詳しい話はわしは分からん。どうしても首を突っ込みたいって言うのなら、アンディかジムに聞くといい。じゃ、ワシは昼食の仕込みがあるんでね」
そう言って、パトリックは店の厨房に引っ込んだ。
「そうか、ありがとよ、パトリックのおじさん」
ヴェレッタはその背中にお礼の言葉を投げかけ、それから仲間達の方に向き直って切り出す。
「よし、何はともあれ仕事を探そう、ツケを返すためにも働かなきゃな。そして今現在、目の前に仕事になりそうな事が起こっている、これに飛びつかなきゃ冒険者の名折れだぜ」
要するに、話に聞いた行方不明事件について、保安官事務所まで話を聞きに行こうという提案だ。
「異議無し」
ウサダは手短に返答した。
「そうね……でも、手に負えなそうなら直ぐに逃げる事。それが条件ね」
カタリーナも注意をしつつも、提案に乗っかった。
「ふふ、あなた方がそういうのならお供するわよ」
レイチェルも異論は無い様だった。
「よし! それじゃあ早速……」
ヴェレッタは立ち上がって言いかけつつ、冒険者達は全員が揃って同じ方向に各々の武器を向ける。
「うわわっ? ちょ、ちょっと? これは挨拶みたいなものですよー」
その方向には、不意打ちを仕掛けようと身構えていたアンディがいて、気が付かれるや否や両手を挙げて降参のポーズをとっていた。
「次からは、堂々と入ってきてね」
武器を下ろしながら、カタリーナが呆れたように言うが。
「僕は実家ではこうやって家に入るよう躾けられたんですが……」
それに苦笑をしながら、しかし悪びれる事もなくアンディは言ったのだった。
「お察しの通り、お仕事です。お手数ですが、保安官の詰め所までご同行願います」
不意打ち騒動の後、本題を切り出したアンディの言葉に全員が了承し、彼と共に詰め所まで向かっていく。
パトリックに言われた事を思い出し、改めて街を見渡せば、街の活気はどこかぎこちなく、道行く開拓民の表情もなんだか少しくすんでいるようにも思える。それでも、今日もダーレスブルグ経由で商隊がやってきたり、それなりに人通りは多く、喧騒もある。
……そんな中、フードを目元が隠れるほどに深く被った女性が一人、冒険者達を遠巻きに観察していた。
女性は、冒険者達と一定の距離を保ちつつ追跡してきており、その視線の先は、恐らくレイチェルだろうとも思われる。
「気づいたか?」
振り向かず、仲間にだけ聞こえる声でウサダが言う。
「ああ、フードのあいつだな」
「えぇ、見てるわね」
ヴェレッタとレイチェルは、ウサダと同じ声量で返答する。
カタリーナは伸びをする振りをして、一度あたりを見渡してから。
「あなたの知り合いかしら?」
そのフードの女性を見つけて、視線の先にいるレイチェルに尋ねた。
「さぁ? 私の事を追いかけようとする人間なんて、星の数だけど」
レイチェルは誤魔化すように言った。ただ、心当たりが多すぎて、自分でもわからないのは事実だったのだが。
「……例の失踪事件と関係あるかもしれんな。俺達もターゲットにされてもおかしくはない」
ウサダは帽子を深くかぶり直しながら言う。
ヴェレッタはそれを聞いて、少し考えた様子を見せた後に、こう言った。
「まだなんとも言えないな……。警戒しつつ泳がせるか」
その発言に、カタリーナは意外そうな表情で目線をヴェレッタに向けた。ウサダも表情には出さなかったが。
「……意外だな、お前なら今直ぐにでも追いかけると思ったが」
ヴェレッタの言動に対して、意外だと感想を述べた。
「……まぁ、それじゃあ何時まで経ってもあいつには届かないからな」
ヴェレッタは、感情を押し殺すような静かな声でそう答えた。
「……泳がせる事には、同感だ。各自、警戒を怠らない事」
ウサダはヴェレッタの様子に少し満足げになりながら、煙草に火をつけた。
カーテンを閉め切った、陰気な雰囲気の保安官詰め所に、冒険者達はまた訪れる。
陰気な雰囲気の詰め所に、何処までも陰気な雰囲気のジムが、デスクに膝を突き、指を組んだ上に自分のアゴを乗せた状態で待っていた。
「久しぶりだな、ジム」
ヴェレッタは最初の頃のように気押された様子を見せず、ジムに挨拶をする。他の三人も、各々会釈や愛想笑い等を送る。
「そうだな。早速だが、本題に入りたい」
ジムは最低限の言葉だけを返して、本題を切り出そうとする。
「ああ、頼む」
そうヴェレッタが言うと、アンディは詰め所のドアを閉め切る。薄暗さが室内を支配し、外の喧騒も遠ざかる。
「もうすぐ、この街にダーレスブルグからの視察団が来る」
ジムは本題を話し始める。
「視察団?」
カタリーナが疑問顔でジムに言う。
「最近の蛮族の動きを統計したり纏めたり分析したり等をして、騎士団を送り込むべきかなどを検討する……」
説明をするジムは、此処で一旦言葉を区切って、深い溜め息を吐きつつ。
「……という名目の、ただの金持ち達の道楽だ」
ジムは、とても鬱陶しそうな表情で言った。
「……平和で何より」
それに感想を漏らすウサダも、皮肉に満ちた言葉を吐く。
「頭の中は平穏そのものなのだろうが、俺としては迷惑だ。警備に駆り出され、街の治安が脅かされるからな」
声色から表情に至るまで、全身全霊で迷惑そうな様子でジムは言う。
「ダーレスブルグの”開放派”はお気楽だからな、信用出来るのは”姫将軍”サマ位だ」
ヴェレッタはそう話す。それを聞いたジムはヴェレッタに視線を向けて。
「ほう? ダーレスブルグの内情に詳しいようだな。だったら、フライブルグ侯爵の名を聞いた事はあるか?」
試すような口振りで、ヴェレッタに尋ねた。
ヴェレッタは少し考えている様子を見せて、それから答える。
「名前だけは、な。 実際どういう奴かまでは解らんよ。名指しで言う所を見るに、保安官殿はご存知のようだな?」
「……名前を知ってるだけで上出来だ。フライブルグは様々な制度の立案に携わっている。民には利益のないものばかりのな。侯爵は熱心でね。二年に一度は視察にやってくる」
ジムはヴェレッタの答えを聞いて、説明をする。
「……そのフライブルグ侯爵様が、今回のお気楽な道楽の原因で?」
肩をすくめて、ウサダが尋ねた。
「ええ……それでですね」
ジムではなく、アンディが説明を引き継ぎ、答え始める。
「その道楽侯爵様が、鉱山村での皆様の一件を聞きつけまして。『カシュカーンの英雄候補だ! 是非とも話がしたい! 私の警護には彼らを当ててくれ!』と、おっしゃるんですよ」
穏やかな口調のアンディも、言葉の節々に皮肉っぽいニュアンスを込めながら話をする。
「ほうほう、そりゃ嬉しくない名誉だこた」
「……はぁ、貴族の警護とは、また厄介な」
話を聞いたヴェレッタとカタリーナも、露骨に嫌そうな様子を見せた。
「ちなみに、俺達に選択の余地は?」
ウサダはジムに、まるで断れるなら断りたいとばかりに聞いて。
「残念ながら、無い。……ただの接待なら、元から断っているさ」
ジムはウサダの質問に答えた。
そして、様子を見てアンディが説明を再開する。
「……このフライブルグ侯爵、実は自国民のみならず、人族そのものに対しての不利益を働いている可能性があるのです」
「一気に臭う様になってきたな……」
ヴェレッタは眉間に少しシワを寄せて呟く。
「……」
ウサダは煙草に火つけ、紫煙を漂わせながら無言で次の言葉を待つ。
「視察団がカシュカーンへ訪れるのは、蛮族の活動が活発になった時期です……。因果関係を逆にしてみると、カシュカーンへ来る為に、蛮族が活動を活発にする……とも取れるわけでして」
そう、アンディが説明をする。
「でも、正当な名目は立っているわね……」
カタリーナが呟く。
「なるほど。つまりは護衛の依頼を表向き引き受けて、俺達にフライブルグが怪しい事をしてないか、監視と探りを入れさせたい……って所だな?」
察したヴェレッタがそう言うと、アンディはそれに頷いて肯定しつつ。
「残念ながら、私達はすっかり警戒されていますので……お願いします」
そういって、冒険者達に依頼を頼んだ。
「失踪事件の方はどうするの? これも厄介な事件だよね」
カタリーナは心配そうに聞いた。
「カシュカーンの安全を守るのは、保安官の仕事だ。お前達が侯爵を相手してもらえるなら、俺達が当たれる」
カタリーナの言葉に、ジムが答える。
「……そういう事なら、侯爵の相手になりましょう」
カタリーナはその言葉に納得して、引き受ける意思を伝えた。
「そうだな。適材適所、そっちは任せたぜ」
「異議無し」
「ええ、私も異論は無いわ……。ふふっ、貴族のお相手なんて、何時振りかしら」
ヴェレッタが頷き。ウサダが手短に言い。そして、レイチェルが意味深に呟いて、全員の意見も一致した。
「助かります。もちろん護衛の代金はそのままお渡ししますのでご安心ください」
アンディはホッと息を吐いて安堵した様子を見せて、報酬の話をする。言いつつ提示した額は、前金5000G 成功報酬が、一人に付き5000G。非常に稼ぎの良い仕事でもある。
「……案外、無関係な二つの線はどこかで交わるかもしれんがな」
煙を吐いて、ウサダが呟く。
「念の為に聞いておくが、もしも侯爵殿が人に化けた蛮族、あるいは邪教徒の類だった場合、討伐も依頼の内か?」
ウサダはそう尋ねたが、ジムは首を横に振り。
「……勝てない相手とのケンカはしなくてもいい。それに、正体がなんであれども、カシュカーンで侯爵が落命すれば、街の存続問題になりかねない。これは土壌を固める為の仕事だ」
そうジム答える。
「……一つ、追加報酬を要求してもいいか?」
ウサダはもう一つ、話をする。
「なんでしょう?」
アンディが首を傾げる。
「これから先、ロングストライド絡みの依頼があったら、優先して回してくれ。敵が自分より才能がある、強い、よくある話だ。だが……借りは返さないと済まない主義だ」
「おっさん……」
ウサダがそう頼み。それを見てヴェレッタがウサダを見て呟く。
「約束しよう」
ジムは頷き、了承する。
「侯爵は明日の夕刻、この町へいらっしゃいます。準備等もあると思いますので、前金を今お渡しします」
そう言ったアンディは、合計5000Gが入った袋を渡した。
現在、保安官詰め所を後にした冒険者達は、来るべき時に備える為に、マルダー農場から借りた馬を駆り、グリュック大橋を南下している。
レーセルドーン大陸とテラスティア大陸を繋ぐこの橋を、北のレーゼルドーン側から南下すれば、ダーレスブルグ公国に辿り着く。早馬を使った事もあって、朝に出発して昼頃には辿り着いていた。
「貴族の相手なら、ある程度はキッチリした物を着込まないと、怪しまれるだろうな」
ウサダがそう言って、四人は庶民には少し入りにくいような服屋で礼服とドレスを買う。
「んー……」
カタリーナがサイズを図る為に、店員とカーテンの奥に消え、レイチェルがアレコレ難しい注文を出して店員を困らせている時、ヴェレッタは何故か水着のコーナーに居て唸っていた。
それも、見ているのは男性用の物ではなく、女性用の物。
「……よし、これで」
そして、ヴェレッタは意を決した様子で女性用の水着を一つ手に取ると、腕に抱えた本来買う予定の礼服で隠し、会計のカウンターに素早く駆け出す。
「これ……とこれ……を」
「はい、こちらが100ガメル。こちらが150ガメル。合わせて250ガメルとなります」
店員はやや挙動不審なヴェレッタの様子には意も介さず対応する。ヴェレッタは即座に要求された額を出しながら。
「中身の見えない袋に詰めてくれ、頼む」
かなり早口でそう言う。
「かしこまりました」
店員は深く追求せず、要求に応じて、袋に包まれた礼服と水着を渡す。
「……ふぅ、ありがとう」
ヴェレッタは会計を済ませると、安心したように一息を付いた。
「あら、二つも何を買ったの?」
「おっひょう!?」
そこに、寸法を取り終えたカタリーナが、自分のサイズに合ったドレスを抱えた状態でヴェレッタに話しかける。ヴェレッタは驚いて変な声を上げながら飛び上がって振り返る。
「ちょ、そんなに驚かなくてもいいじゃない」
あまりの驚く物なので、逆に驚かされつつカタリーナは挙動不審な弟分に言う。
「いや、これは……礼服と、後はその……折角だから良い店で水着でも買っておこうかなって。俺エルフだし、出番があるかもしれないからなぁ」
ヴェレッタは目を泳がせながら答えるので、カタリーナは疑惑の目を向ける。
「ふーん……ちょっと見せてみなさい」
「い、いや! 見せるようなものでもないって!」
カタリーナの要求をヴェレッタが拒否したので、ますますカタリーナは疑ってかかり。
「いいから見せるっ!」
ヴェレッタの手から袋を取ろうと、抱えたドレスを会計のカウンターに置き、素早く手を出す。
「やめっ、てくれっ!」
ヴェレッタは何とかその手を避けて、店の外に逃走する。
「あっ、こら待ちなさい!」
カタリーナは追いかけようと駆け出そうとしたが、その襟首を誰かにつかまれる。
「……お客様。お会計がまだですが?」
振り返れば、そこには液体窒素のような冷たい目で見てくる、店員が居た。
「……はい」
カタリーナはヴェレッタの事を一旦諦め、懐から財布を取り出した。
「待て、ヴェレッタ」
店の外に駆け出したヴェレッタは、既に買い物を済ませて、表で煙草をふかしているウサダに呼び止められる。
「何だよ、おっさん」
ヴェレッタは足踏みをしながら首だけで振り返る。
「……本当にそれを自分で着るつもりなら、止めた方が良い」
ウサダは帽子を深くかぶり直しながら言う。ヴェレッタは頬に冷や汗を流し。
「……何時から見ていた?」
恐る恐る、ウサダに尋ねる。
「……唸りながら水着コーナーに居た時から」
肩をすくめて、ウサダは答える。
「……」
全てが終わった、と。今のヴェレッタの表情は、そう言っているようだ。
「……さっきのは冗談だ。大方お前の事だ、あの泉のお嬢さんへの贈り物だろう?」
それが余りにも哀れに思ったのか、ウサダは煙を吐きながら切り出す。
「……分かっているなら、何で……」
答えを言われて、救われたのか、それとも逆に追い詰められたのか、ヴェレッタはうつむきながら言う。
「……一つ、年配者からの助言だ。後ろ暗い事がないなら、正直に話した方が良い……。俺は今日の宿でも探してくる」
ウサダは煙草を灰皿に片付けると、その場から離れ、道行く人の中に消える。
「……後で姉ちゃんには正直に話しますかね」
ヴェレッタはウサダの背中を見送り、独り言を呟いて、別の目的の為に街を歩きだした。
レイチェルは注文を細かくつけて、小一時間は厳選して選んだドレスを購入すると、店を出て表通りをしばらく歩く。
王城にも続いている繁華街の道から、レイチェルは迷いなく路地裏に進行方向を変えて、裏通りを行く。
すぐ近くには活気のある通りがあるというのに、別世界のような静けさを湛えた空間に、その店はあった。
両隣には廃屋のように手入れのされていない建物が並び、道を行く人は少ない。その少ない数人も、自分の人相がわからないように、表情を帽子やフードに隠したり、体のシルエットがわからないようにマントやローブを纏っている者ばかりだ。
その店は、表からでは他の店と外観はさほど変わらない。だが、”あえてそう見えるようにされた”看板には、その店の名が書かれている。
[スカーデット]。ただそれだけが書かれている。何を取り扱っている店なのかも、誰が経営しているのかも書かれていない。
堅気の人間なら一生関わる事の無いであろう雰囲気を醸し出すその店に、レイチェルは迷い無い足取りで入り、小さく一言呟く。
「ただいま」
店内は、外観からは想像がつかないような空間が広がっていた。
一見すれば、洒落たバーのようであり、二度見れば此処がバーだけではない事もわかる。
右を見れば美人が数人、左に振り返れば同じ数と質の美人。それも、彼女達は外見も内面も、そんじょそこらの美人ではない。
その中から、入店してきた人物に気がついた一人が、店の入り口にぱたぱたと駆け寄ってくる。栗色の髪に、そばかすのある顔立ちが印象的な、この店ではやや珍しく素朴な印象を与えるその女性が、レイチェルに話しかけてくる。
「いらっしゃいませ……って、レイチェルじゃない。冒険者になるって聞いたけど、戻ってきたの?」
「残念ながら、”お仕事”はするかもしれないけど、”戻って”来た訳じゃないの。少し話がしたいから、何所か席に着きましょうか」
一般人であれば、雰囲気だけで気圧されそうな空間で、レイチェルは友人と世間話をするかの様な気軽さで答える。
「そうっすね、ちょうどカウンター席が空いているから、そこでいい?」
「ええ、構わないわ」
栗色の髪の女性とレイチェルは、迷い無くカウンター席まで移動し、隣合った椅子に腰を下ろす。
「バーテン! こっちのお嬢さんにスクリュードライバーを!」
栗色の髪の女性が、冗談めいた調子で言い。
「あら、それじゃあこちらの方にウォッカを……」
レイチェルもレイチェルで、流れる様な冗談のクロスカウンターで返す。
「ちょっと待って、私がお酒強くないの知っているよね! それ酒飲みでも呑まない様な強い奴だったよね!?」
「ふふっ……冗談よ。呑みに来た訳じゃないから、適当にソフトドリンク二つで」
慌てた女性の様子を見て、レイチェルは果汁で作ったジュースを二つ頼む。
それから、バーテンから差し出されたグラスを手に取りながら、話を切り出す。
「……さてと、私が今日此処に来た理由はね、ある貴族様の情報を調べておこうと思ったからなの」
「貴族様っすか……珍しいね、”お仕事”で関わる相手の事とか、あまり気にするタイプじゃないかと思ったのに。それで、誰の事?」
意外そうな顔をしつつ女性は続きを聞いてくる。
「フライブルグ侯爵と言う、今度カシュカーンに視察団を出す人らしいのだけど、何か変わった話とかは聞かないかしら?」
レイチェルが尋ねると、それを聞くなり女性の表情がみるみる曇ってゆく。
「……フライブルグって、あのトニ・フォン・フライブルグ四十三歳独身の事っすか?」
確認を取る様に、詳しい個人情報を添えつつ話すその様子は、まるでその人物の話がしたくない様子にも見えた。
「そうね……恐らく、その彼で間違いないと思うわ」
突然、深刻な表情になる彼女に、少し怪訝な表情になりつつ、レイチェルはそう言う。
栗色の髪の女性は、ストローでジュースをすすり、唇を湿らせてから、ゆっくり話し始める。
「……うちらの仕事は、お金持ちの皆様に至上の一時を提供する事。そして、そのコネを生かして、様々な箇所で暗躍する事……フライブルグ侯爵といえば、数年前までなら、うちらとは特に関わらない、娼婦なんて買わない様な人”だった”」
「態々過去形で有る事を強調して言うという事は、つまりは”今はそうじゃない”のね。どんな娘がお好きなのかしら?」
レイチェルも真剣な面持ちで、話を聞く。
「種族とかは特に気にしている様子は無いようっすね。娼婦遊びに手を出す前は、田舎の村娘を愛人にするような人物だって聞いたけど、別に素朴な娘が好きって訳でもないみたいだし」
「ふぅん……お呼ばれされた娘とかは此処にはいるの?」
レイチェルが自分の髪を手持ち無沙汰に弄りながら尋ねる。
「いるにはいるし、その娘から話も聞いた事もあるけど……やたら自分の知識や知性を見せびらかしたがっていて、しかも話を合わせても”分かって無いくせに”なんて言ったりして、感じ悪かったらしいっす。おまけに警戒心が強くて、こっちの素性を根掘り葉掘り聞き出そうとしたり、隣室に私兵を待機させたり、抱かれた娘達からの意見は満場一致で”居心地が悪かった”だそうっす」
女性はあまり話していて心地が良く無さそうな調子で言う。
「あらあら、それは嫌な感じねぇ。そういうの聞く男って信用ならないわね、まったく」
レイチェルは嫌そうな表情の理由を察して、グラスの中身を口の中に流す。
「……で、”お客様”として来て、情報を聞いたからには、それなりにもらうんだけど……?」
急に、にやりと含み笑いをしつつ、女性がレイチェルにそう言って来る。素朴な外見であっても、その内面はレイチェルと同等位には強かだ。
「あら、相変わらず抜け目が無いのね。このジュースのおごりじゃ足りないかしら?」
「……ま、それは半分位は冗談。情報料は代わりの情報で良いよ。少し知りたい事があって」
女性は怪しい笑みを解くと、レイチェルに話を切り出す。
「あら、なぁに?」
「……マーガレットの話とか、そっちじゃ聞かないっすか?」
何故か、声を潜めて、レイチェルにだけ聞こえる声量で尋ねてくる。
「マーガレット? いえ、聞いてないけど……。あの娘がどうかしたの?」
レイチェルはまた怪訝な表情になり、聞き返す。
「……あの娘、何時もレイチェルにべったりだったじゃない? レイチェルが出て行ってから、ちょっと上の空で……」
そう言われつつ、レイチェルはマーガレットの事を思い出す。
記憶にあるのは、長い黒髪と黒い瞳が印象的な、やや童顔の少女。片耳には母の形見だというピアスをつけていて、自分の事をお姉さまと呼んで慕っていた、可愛い後輩。
「……それからさ、変なお客さんにあたったのか、ある時仕事に出て行ったきり帰って来なかったの。レイチェルが好きだから、追いかけたんじゃないかって噂もあったんだけれど……知らないか」
残念そうに、栗色の髪の女性は話す。
「そう……見かけたら声かけてみるわね、ありがとう」
レイチェルは礼を言う。
「どういたしまして。聞きたい事はそれだけだから、もう帰っていいっすよ」
女性もそう言ったので、レイチェルは仲間達の元に戻るべく、席を立つ。それから二人分のドリンク代をカウンターに置いて、店を後にした。
「……お代は情報で良いって言ったのに、きっちりしているっすね」
二人分のドリンク代を払ったら、半分以上はお釣りになる額の硬貨を眺め、栗色の女性は独り言を呟いた。
ダーレスブルグの宿屋の一室。冒険者達は集まって、それぞれが集めた情報を提示する。
「……これが、私の伝え聞いた彼の性格ね。警戒心が強い人のようだから、注意が必要そうよ」
レイチェルは情報の出所を伏せつつ、自分がスカーデットで知った、フライブルグの性格について話した。
「俺の方は貴族の活動の記録とかが無いかどうか当たってみたが……まったく見つからなかった。民間の目に付く場所に何も情報はおいてはいやしねぇ」
そう言ったのは、ヴェレッタだった。彼は買い物の後、独自に動いて情報を集めようとしていたようだ。
「……レイチェルにしか掴めない様な場所にしか、情報が無い。保安官殿の言っていた、民衆には印象の薄い立ち位置にいる問いう話は、本当の様だ」
ウサダはそういって、話を纏める。
「何にせよ、気を引き締めていくしかないか……。貴族と接待する為に、冒険者になったんじゃないんだけど」
カタリーナは肩をすくめる。
「……人族に仇を成す存在を見つけて止めるのも、立派な冒険者の仕事だ」
ウサダはカタリーナにそう言い、腰掛けていたベットから立ち上がる。
「俺は自分の部屋に戻る、明日の夕刻までに、カシュカーンに戻ってお出迎えの準備だ」
「了解!」
「ええ!」
「ふふっ、そうね」
ウサダの言葉に、ヴェレッタ、カタリーナ、レイチェルが返事をすると、各々が各々の部屋に戻り、明日に備えて休息を取った。
前日の準備が終わった冒険者達は、早朝に馬を駆り、カシュカーンに戻る。
そして、礼服やドレスに着替え、真新しいアクセサリー等で着飾り、保安官達と共にグリュック大橋の北端でフライブルグ侯爵を待つ。
やがて、周囲に兵士がついている豪華な馬車が一台、歩く兵士達の速度に合わせたペースでゆっくりと、こちらに向かって進んでくる。
一列に並ぶ冒険者と保安官達の前に馬車が止まると、中から小太りの男が一人出てきて、冒険者達を一瞥する。
……その時、一瞬だけ侯爵がカタリーナに見惚れた事を、レイチェルは見逃さなかった。
「これはこれは! 君達がカシュカーンの新しい英雄達か。私の為にすまないね」
小太りの男が、そう話しかけてくる。どうやら、彼が件のフライブルグ侯爵で間違いないようだ。
「お待ちしておりましたわ」
ニッコリと笑顔で一礼をするレイチェル。
「どうも初めまして、私どもをご指名頂きありがとうございます」
胸に手を当てて、腰を折るように深々と礼をするヴェレッタ。
「お呼び頂き光栄です」
帽子を外して、一礼をするウサダ。
「……」
そして、無言で一礼だけをするカタリーナ。冒険者達は、それぞれ彼に礼をした。
「カシュカーンを支援する身として、君達のような英雄が現れる事はとても嬉しい。護衛を頼んではいるが、食事の席では色々聞かせてくれたまえ」
鷹揚に笑いかけるフライブルグ侯爵は、冒険者達に明るい声で話しかけている。
「えぇ、対したお話は出来ませんけど、ぜひご一緒させてくださいな」
レイチェルはそれに対して、恭しく返事を返す。
「私達の武勇伝を聞かせて差し上げましょう」
満面の作り笑いで、ヴェレッタは答えた。
「それは楽しみだ。直ぐにでも食事会を開きたいが、生憎そうも行かないのでね……。保安官、公館の準備は出来ているのか?」
冒険者にはとても明るい表情で話す彼だが、保安官二人には、事務的な話をする。
「ええ、ただいまご案内いたしますので、どうぞ馬車でおくつろぎください」
アンディが笑顔で侯爵にそう伝え。
「ああ、そうするよ」
フライブルグはぶっきらぼうに返して、最後に冒険者達に笑いかけてから、馬車に戻る。
「……先ず、俺達と役人とであいつと協議がある。お前達は、屋敷に着いたら外で警備……という体制の待機になる」
ジムはフライブルグの姿が馬車に隠れると、今後の動きを冒険者に説明する。
「了解……じゃ、案内についていきましょうかね」
ヴェレッタはそう言いながら、下げていた頭を元に戻す。
侯爵が協議や仕事、そしてカシュカーンで寝泊りするのは、この町で最も高級な公館だった。
彼と保安官が館の中に入ると、しばらくは冒険者達は待機になる。
ウサダは夜空を見ながら煙草に火を点けると、レイチェルに話しかける。
「貴族様は落とせそうか?」
「あらあら、他の男を落とせなんてつれないのね……」
よよよ、とあらかさまに泣き崩れる演技をしながら、レイチェルは答える。
「……俺は何時でも落としに来てくれて構わないが」
肩をすくめて、ウサダは返した。
「そう言えば……彼、あなたの事も気になってたみたいよ?」
レイチェルは話題を変える様に、カタリーナに向かって言う。
「タイプじゃないわ。典型的な貴族のボンボンという感じだし、相手していたら思いっきり気疲れしそう。相手するのは、貴方に頼むわ」
カタリーナは本人が居ない事を良い事に、言いたい放題で返した。
「……」
ヴェレッタは手持ち無沙汰なのか、ハーモニカの手入れをしながら、静かに時を待った。
そうして時を待っていれば、やがて辟易した顔でジムとアンディが館から出てくる。
「……ずいぶんお楽しみの様子で?」
皮肉でしかないウサダの言葉に、二人は肩をすくめる。
「…あとは頼んだ」
うんざりした顔で、ジムは手を振ってその場を去る。アンディはそこまでぶっきらぼうではないにしても。
「すみません……。ロクでもない一晩だと思いますが、なんとかがんばってください」
頭を下げて、そんな事を言うのだから、相当な事である。
「この様子だと、ロクな事にならないわね……」
嫌な予感を更に強くして、カタリーナ達は開いた屋敷の入り口を潜った。
招待された食堂には、ダイニングテーブルにカシュカーンでは中々お目にかかれない高級食材を使った料理が並び、対面には侯爵と、役人が数人座っている。部屋の隅には吟遊詩人らしき女性が待機しており、メモを取る準備をしている。
「まぁ、素晴らしい食事ですわ。流石は侯爵様ですわね」
リップサービスなのか本心なのか、レイチェルはその光景を眺めて侯爵を褒めちぎる。
「ありがとう。これは私から英雄である君達への、ささやかなお祝いだよ」
侯爵は調子を良くしているのか、満面の笑みでレイチェルに言葉を返す。
「絢爛豪華な食事、感謝します」
ウサダは帽子を取ってお辞儀をして、席に着く。他の三人も同様に、各々が可能な限り礼儀良く席に着く。
「では、約束の通り、君達の武勇伝を詳しく話してくれるかな?」
目を輝かせてフライブルグが言うや否や、ヴェレッタが立ち上がらんばかりの勢いで。
「良くぞ聞いてくれました! この輝かしい栄光の影には、聞くも涙、語るも涙な波乱万丈の冒険があったのですよ……」
そう前置きをして、これまでの冒険についての話を、大仰に、長ったらしく、しかし退屈させないように話に山と谷を作り、饒舌に語り始める。
フライブルグ侯爵は時折相槌をうったり、大仰に驚いたり等をしてリアクションをとり、話を聞いている。その話を記録しているのか、部屋の隅の吟遊詩人はせわしなく手を動かしていて、大変忙しそうだったが。
「……」
ウサダはヴェレッタの話に気を取られている隙を狙い、侯爵の様子を窺っている。
見たとおり、とても楽しそうに話を聞いており、今の所は悪巧みの一つも二つも無い様子ではあった。
「すみません、少し雉を撃ちに」
「ん、ああお手洗いか。行って来るといい」
ウサダが中座を申し出ると、フライブルグは鷹揚に送り出す。
食事会も続き、給仕達が忙しなく食堂を駆け回り、空になったグラスに飲み物を注ぎ、料理が食べ終わった皿を下げて、追加の料理の皿をテーブルに並べる。
「……?」
ふと、レイチェルが自分のグラスを取り、中身を飲もうとしたところ、そのグラスの底に折りたたまれた羊皮紙が敷かれている事に気がつく。普通に考えれば、このような食事の場で羊皮紙を敷き物にして料理や飲み物は出さないし、そもそも下からグラスの下には何かが敷かれている訳でもなかった。
レイチェルはその事を誰にも言わず、顔にも出さず、素早く自然な動きで、その羊皮紙を手元に持って行く。右手でグラスを傾け、中身を口に運びつつ、左手を使いテーブルの影で他者から死角になる位置で羊皮紙を広げると、そこには文字が書かれている。
だが、それは交易共通語でも、汎用蛮族語でも、はたまた種族に伝わる言語でも、地方に根付いた言語でも、旧文明の主要言語でもない。
それは、スカーデットの女達が秘密裏に使っている暗号。それの意味する所は”二人で会いたい”
その意味を理解したレイチェルは、まだ中身が残っているグラスから手を離し、床に落す。それはカシャンと乾いた音を食卓に響かせ、無数の破片となって床に飛び散り、中身は絨毯を濡らした。
「まぁ、私とした事が……少し飲みすぎてしまったかしら?」
その音で注目が集まる中、申し訳なさそうにレイチェルは言った。
「いやいや、気にする事はないよ。私も酔っ払ってきた……おい給仕よ、直ぐに片付けてくれ」
フライブルグ侯爵はレイチェルに気にする事の無い様に伝えた後、直ぐに給仕を呼びつけて、始末をさせる。
そして、すぐさまレイチェルの側に、グラスを並べたり、中身を注いだりといった仕事をしていた給仕がやってきて、片付け始める。
「……今夜0時、屋敷の裏に」
レイチェルはその給仕の女性にのみ聞こえる声量でそう囁くと、給仕の女性は片付ける手を止めずに、静かに頷いた。
「失礼、ただいま戻りました」
そのタイミングで、食卓にウサダが戻ってくる。
フライブルグは壁に掛けられた時計を一瞥すると。
「さて、君達に聞きたい事があるんだ」
と、前置きをして話を切り出してくる。
「脅威から人々を救った君達から見て……今現在、カシュカーンは危機にあるかね?」
「……ははっ、面白い冗談をいいなさる」
侯爵の質問を、ヴェレッタは笑い飛ばしつつ言った。
「危機がないなら、冒険者は食ってはいけませんよ。冒険者ある限り、危機は常にあります。危機ある限り、冒険者は常にその場所に居ると言うもの……即ち、カシュカーンは何度も危機に襲われている。故に、私達が居るのですよ」
ヴェレッタはそう答え、侯爵は頷き。
「なるほど。確かにその通りだ」
そう感想を言った。
「侯爵殿は……もしも」
食事中、ずっと無口だったウサダが口を開く。
「もしも、カシュカーンが危機に陥ったら、どうなさります?」
ウサダは質問に答えなかった。逆に、試すような質問をした侯爵を試すように、質問を返す。
「そうだね……。少なくとも、カシュカーンが最前線でなくなる位の人員を導入したいと考えているよ。尤も、私に軍の指揮権は無いから、訴えかける事しか出来ないがね」
侯爵は、淀みない声でそう言った。
……それを見つめる、カタリーナとウサダの双眸は、静かに細くなったが。
「さて、すまないが今日は長旅もあって、疲れてしまった。話の続きは朝にしてもらってもいいかな?」
侯爵はそう言って、席を立つ。
「いえ、不躾なウサギの質問に答えてくださり、ありがとうございました」
ウサダは一礼をして言う。
「ええ、構いません。本日は、お招きいただきありがとうございます」
カタリーナも、一応体面だけでは礼儀正しく、一礼して言う。
「ええ、解りました……おねむの歌はいかがでしょう?」
ヴェレッタはハーモニカを見せながらそう言った。……彼の自慢の歌は、鎮魂歌で有る事は既に話している。
「ははは、鎮魂歌か。せっかくだが遠慮しておくよ。室内の警備は私の兵士がする。君達には外の警備を頼むよ」
ブラックジョークじみたヴェレッタの言葉に笑い、侯爵はお付きの兵士と共に食卓を離れる。
「了解しました。安心して、お休みください。私達は外の警備がありますので、失礼します」
ウサダは最後にそう言って、仲間達と共に退出した。
冒険者達は控え室で装備を取って身に着けると、館の表に出て夜風に当たる。
外に出たウサダは、煙草に火をつけて、煙を漂わせる。
「あの貴族の相手、よく頑張った。ずいぶん助かった」
「ふふ、お疲れ様 なかなか楽しい語りだったわよ」
フライブルグの注目を釘付けにしていたヴェレッタに、ウサダとレイチェルが労いの声をかける。
「ふー……口と喉が疲れたぜ……で、俺が注意を逸らした分、何かわかったか?」
ヴェレッタは伸びをしてリラックスをしながら、ウサダとレイチェルを見て聞き返す。
「……中座をして食卓から離れた際に、【マナサーチ】を使った。当たり前だが、俺達以外にも反応が複数あった。二階の宿泊室だ」
ウサダは自分が知った情報を伝える。
「そちらが本命みたいね」
カタリーナはそう呟く。
「……ねえ、私、二人きりで会いたいって、言伝を聞いて……今夜の0時、約束の場所にいかなきゃいけないの」
レイチェルは伝えようか伝えまいか、少しだけ考えて、切り出した。
「ん、まあ、あんたのスカウトの腕なら大事にゃならんだろ、行って来ると良いさ」
ヴェレッタは少し考えて、レイチェルを信じて送り出す。
「ふーむ……罠の可能性もあるけど?」
カタリーナは心配そうにそう言うが、止めるまでには至らない。
「ありがとう……。昔の仲間からの手紙だと思うの。きっと、私が行かないとダメなんだと思う」
レイチェルがそう言って、一礼をする。ウサダは空に向かって煙を吐き、それから、レイチェルに向き直ると。
「レイチェル。……本当に、一人で行くのか?」
そう、聞いた。
「えぇ。……大丈夫、私の腕前は良く知ってるでしょう?」
レイチェルはウサダを安心させるように、目線を合わせて微笑んだ。
「ああ」
それを聞いて、ウサダは手短に答えて手を挙げた。”行って来い”のサインだろう。
「もしも、ウサギの手を借りたい時は大きな音か、光を出してくれ。ポニーに乗って飛んでいく」
館の裏に向かって駆け出したレイチェルの背中に、ウサダはそう言った。
「……頼りにさせてもらうわ」
レイチェルは振り返らずに答えて、仲間達の前から姿を消した。
レイチェルが館の裏に行き、待ち合わせの時間を待つ。すると、窓の一つがゆっくりと開く。まるで、レイチェルを誘い込むかのように。
臆する事無くレイチェルは窓枠に手をかけて、ひらりと体を上げて、その中に身を潜らせる。
室内は薄暗く、ベットの脇に魔動機製のランプが薄く灯っているのみ。その中で浮かび上がる人物のシルエットは、昨日の朝、保安官事務所に向かっている道のりでこちらを見つめていた、ローブの女性。
「さて、あなたが私に用があるのかしら?」
レイチェルは、その女性に声をかける。
薄暗がりの中、女性はわずかにフードを上げて、その表情を見せる。片目が前髪に隠れているが、その顔立ちをレイチェルが見紛う事などありえない。
「マーガレット……貴女、どうしたの?」
レイチェルは、その人物の名を呼ぶ。彼女は、かつてレイチェルを慕った後輩で、今は失踪していたと伝え聞いていた、マーガレットだった。
「おねえさま! 会いたかったです…」
小さな声で、しかし、感情を強くこめてマーガレットはそう言う。
「私が居なくなってから姿が見えなくなったって、みんな心配してたわよ?」
レイチェルはマーガレットに歩み寄りながら、優しく声をかける。
「私……悪い客にぶつかっちゃって。霧の街に連れてこられたんです……。奴隷にされていたんですけど、助けられて、何とか逃げ出して来たんです……。でも、ダーレスブルグには戻り辛くて……」
マーガレットはか細い声で、レイチェルがいなくなってからの壮絶な日々を語る。
「そう……辛かったわね」
レイチェルはマーガレットの肩に手を回し、軽く抱きしめる。すると、怯えるようにマーガレットはその身をびくりと震わせる。
「……戻りにくかったっていうのは、この体が原因かしら?」
先程よりも力こめて抱きしめ、”それ”を手で優しくさする。
”それ”は、片腕から伸びる、人の物ならざる異形。それは、植物の魔物の触手であり、人の腕についている物とは違う。
「……二回ぐらいは死んだはずなのに、気付いたら、生きてるんです。その度に、体がどんどん変わってて」
マーガレットのその話に、レイチェルは心当たりがあった。まだヴェレッタとカタリーナと組む前。ウサダと共にいた頃、聞いた事があった。
魔改造……人の死体と、魔物の体を掛け合わせて蘇りの術を行使する事で、魔物の肉体を持って蘇る人の体を改造する禁忌の術。それが、蛮族達の間に伝わっているという。
レイチェルはマーガレットをなだめる様に、優しく抱擁をする。
「……ありがとうございます」
マーガレットはしばらくされるがままになった後、落ち着いてから身を離した。
「そういえば、おねえさま。あの服は、あわよくば、侯爵と二人きりになろうとしてましたよね?」
マーガレットが、何処からそれを見ていたのか、侯爵と共にいたレイチェルの動きと身なりを見て、聞いた。
「えぇ、そうね。”仕事”のつもりで行こうと思ったけど……どうにも気乗りしなくて」
少しだけ肩をすくめて、レイチェルは答える
「……それは、どっちのお仕事ですか? ”今”の? ”今まで”の?」
「両方、かしら」
マーガレットの問いに、レイチェルは少し冗談めかして答えた。
「……そうですか」
何故か、マーガレットは寂しそうな顔になり。
「おねえさまが私と同じ目的だったらよかったのにな……」
そう、マーガレットが呟く。
「え……? それってどういう……?」
レイチェルがその言葉の真意を問いただそうとした所……。
カシュカーンの街中から、爆発音が聞こえ、響き渡った。
「……おっさん、何の音だ?」
先程まであくびを噛み殺していたヴェレッタが、突然目が冴えたようになり、ウサダに聞く。
「街の方で、奇妙な音がした。恐らく戦闘音だ」
ウサダは吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付け、ヴェレッタの問いに答える。
「なんだって!? 様子を見てくる!!」
「あ、ちょっとヴェレッタ! 持ち場を勝手に離れたら……!」
聞くや否や、カタリーナの静止も聞かずにヴェレッタは音源の方角に向かって全力疾走を始める。
だが、一大事で有る事には変わりなく、カタリーナはそれを伝えるべく、公館の扉を叩きながら。
「町が襲撃を受けたわ! 緊急事態よ!」
声を張り上げて伝える、だが、その音に気がついて出てくる者も、カタリーナに指示を出すものも、居ない。
「……様子が変だ」
ウサダは館の扉に手をかけ、開け放つ。扉の脇には革鎧と穂先の無い槍で武装した兵士が二人、死んだように静かに眠っていた。
「これは一体……?」
カタリーナが怪訝な顔で番兵の脈を取り、生きている事を確認する。
「……レイチェルが危ない」
ウサダはただ一言それだけを呟き、耳をぴくぴくと動かす。話し声の聞こえる部屋をその動きだけで探し当てると、その部屋までまっすぐ駆け出した。
「私もいく!」
カタリーナもそのウサダの様子を見て、その後ろを駆ける。
部屋の中、レイチェルはその音を確かめるべく、窓のから外を見るべく窓際に歩み寄ろうとした。
だが、そのレイチェルの腰に、しゅるりと植物の蔦が巻きつき、その歩く足を止める。
「マーガレット、どういうことなのかしら?」
レイチェルは振り返り、穏やかにその蔦の持ち主に声をかける。
「侯爵と英雄を同時に倒せるタイミングを、私達は待ってたんですよ。でも……英雄におねえさまが含まれてるなんて知らなかったから」
悲しそうに、寂しそうに、そして、その感情をあえて押し殺そうとした声で、マーガレットは言葉を紡ぐ。
「なるほど、ね……。つまり、私達と貴女は、敵同士と思っていいのかしら?」
レイチェルは静かに、ドレスの裾を上げる。股に巻いたベルトに、ホルスターに収まったサーペンタインガンが一丁、収まっている。
「戦わなくたっていいんです……協力をしてくれなくても。ただ、全部終わるまで、何もしないでくれれば」
マーガレットは被っていたフードを取って、静かに言う。前髪に隠れていた片目が……人の物ではない”それ”が、ちらりと覗く。
「悪いけど、そういうわけにはいかないわ、私は冒険者なんですもの」
レイチェルは微笑みながら言葉を返し。そして、サーペンタインガンのグリップを握り、ホルスターから抜き放った。
「それが、おねえさまの新しい流儀なんですね……。分かりました」
マーガレットは悲しい目でその銃口を見つめ、ローブを脱ぎ捨てる。
薄暗闇の中、あらわになった彼女の姿……それは、ベースの部分は、確かに人間の女性のそれだった。だが、その腕はとぐろを巻いた植物の蔦で、胸にはジャイアントバルーンシードと呼ばれる植物の魔物の花が一輪、咲き乱れる。前髪をかき上げ、顔全体があらわになると、右目の部分だけで顔の四分の一は占めるような巨大な瞳があり、真っ黒なまぶたを閉じていた。
「私、おねえさまの、そういうところも好きですよ」
そういって、マーガレットは構えを取った。
保安官助手は言った、「ロクでもない一晩」だと。
異形となった、かつての同胞。
街に響く、爆発の音。
底知れぬ思いを内に抱く、侯爵。
確かに今夜は、ロクでもない一晩になりそうだった。
第六話を読んでくれて、ありがとう。
今回も、数回に分けてセッションが行われたシナリオだったので、何話かに分けての投稿になります。
GM曰く、「これからはキャラクターの設定にも絡めてのシナリオを出してゆく」と言ってのお話で、見ての通り、レイチェルをターゲットに絞った話になっている。
もしかしたら、鉱山村編のように、何所かでキャラクターの過去にまつわるエピソードも挟んでゆくかもしれない。
対峙したレイチェルとマーガレットの行く末は。ウサダとカタリーナは間に合うのか。ヴェレッタが向かった先にあるのは一体?
そういった謎も、次回のお楽しみといたしましょう。
追記:現在、TRPGオンライン側で閲覧した場合、最後が見切れる不具合があります。
http://ncode.syosetu.com/n3809ch/8/
急遽、なろう側のURLを用意したので、それをご覧ください