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第五話{鉱山村救出編~鬼さんそちら 向かう先へ~}

間幕世界観紹介『友好的な蛮族』


 人族と蛮族は、憎むべき仇敵同士である。

 これは種族レベルであれば真だが、個人レベルではそうとも限らない場合もある。



力が全てである弱肉強食の蛮族社会に適応できず、人族に力を貸すようになる蛮族は、意外と少なくはない。



 代表的例では、力が弱く、蛮族社会では奴隷種と知られるコボルドや、突然変異で生まれ、魂に持つ穢れと体に持つ力が弱いウィークリング等がその代表的例と言える。


 その他、トロールやケンタウロス等の戦士の一族と呼ばれる、ただ力のみを求めて己を鍛える種族の中には、力を得る為の修行の為に、時に蛮族にさえ武器を向け、戦う個体も存在し、果てには冒険者と共に仕事をする者さえ居ると言われている。


 その他、人族の生き血を定期的に吸わねば生きていけないラミア等も、人族と共に生きる事の多い種族の一つだ。

 ただ、個体によっては人族社会でパートナーと幸せな家庭を築く場合もあれば、蛮族社会に誘拐して家畜のように扱う場合もある。これについては個体によってまちまちである。




 だが、どのような事情があったとしても、彼らは蛮族であり、基本的に人族とは敵対している種族である。

 彼らが信用を得るには並み成らぬ努力を必要とし、努力虚しく敵だと判断されて殺される者も多い。

逆に、友好的な蛮族を偽り、人を陥れる蛮族の例も快挙に暇が無く、それが更に彼らの地位を危うい物としている。





 尚、蛮族が人族に味方をする例を挙げたが、これには逆の事も言える。

 すなわち、人の中にも蛮族に、味方をする者が居る。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 荒野を進む四台の馬車は、現在はウサダの先導で入り組んだ道を進んで行く。

 ウサダの見つけたその道は、壁のように大きくそそり立つ岩が入り組んだ道であり、その空間は自然が生み出した天然の迷路になっている。上手く進めば蛮族の追っ手を撒く事が可能だろう。

「……」

 長い耳をピクピクと動かし、微細な音に注意を払い、ウサダは進む方向を無言で指示する。現在ウサダが行っている事は、自らの馬が放つ蹄の音と、それが反響して帰ってくる音の時間差を図り、目に見えない岩場の迷路の先を読んでいるのだ。

 訓練によって鍛えられた卓越した感覚と、タビットの高い感知能力が成し得る超人的な技によって、入り組んだ岩場という、下手をすれば自らが迷いかねない場所を進む事が出来るのだった。

「……恐らく、この先に開けた場所がある」

 ウサダの呟きの通り、進んだ先では開けた場所に出る。そこには草花が生い茂り、木が生え、綺麗な泉がある。まるでオアシスのような場所があった。

「これは……驚いたな」

 馬を操縦するネイサンが呟きを零す。確かに、これまでの道は荒れた不毛の大地が広がっており、このように植物と水が豊かな場所は珍しい。隠れた場所にあるなら尚更だ。

 ウサダは馬車に止まるように言い、そして、こう伝えた

「……少し早いが、今晩は此処で野営をしよう。追手は撒いた。オアシスもある、ゆっくりくつろいで明日に備えてくれ」

 伝えるや否や、馬車から我先にと村人が出てきて、思い思いに体を休め始める。馬車に揺られているだけとはいえ、精神的に疲弊している所に、暑い中で閉鎖空間に長時間いるのは、それだけでかなりの体力を食う。

 カタリーナやレイチェル、ヴェレッタも馬車から降りてオアシスの空間を眺める。

「水が綺麗……久々に水浴びもしたいね」

 泉の水に手を触れ、呟くカタリーナ。

「ねえウサダさん、この木の実は食べれるのかしら?」

 木に生っている実を指し、ウサダに見せるレイチェル。

「おっと、魔香草や救命草まで生えている……少し採取しとこうかなっと」

 目ざとく価値の有る薬草を見つけ、確保するヴェレッタ等、思い思いに警戒を緩めて好きに行動をしている。

「そうだ、水袋の水も今のうちに汲んでおこうか」

 ヴェレッタが泉に近づいて、水袋に水を汲み始める。

「今晩の料理も、水は潤沢に使えそうね。レイチェルが見つけた木の実も使えそうだし」

 カタリーナや村にいた調理師も、鍋に水を汲んで今晩の料理の準備を始める。

 すると、水汲みをしていたヴェレッタが異様な事に気がつく。

「……この泉、川でも無いのに何でか流れがあるな」

 泉に手をかざすと、手にわずかな水の流れを感じる。更に腕を深く入れてみれば、気を抜けば足を取られるかもしれない程度にはその流れが早い事もわかる。

 泉に感じる違和感は、それだけでは終わらなかった。

「何これ、ヌメヌメしてる」

 カタリーナが鍋に入れた水に、なにやらぬめりのある透明な半個体状の何かが浮かんでおり、カタリーナはそれを鍋からすくって取り除く。

 二人が泉に違和感を感じていると、後ろから声がかかる。

「ねぇねぇ見て、ウサダさんに教えてもらって、沢山食べれる野草や木の実が取れたの!」

 振り向けば、屈強な鉱山村の働き手達とレイチェルが、片や筋肉の盛り上がった逞しい腕に、片や華奢だが必要な肉のついたスリムな腕に沢山の食べれる木の実を抱えていた。

「あぁ……ありがと。ところで、レイチェル?」

「何かしら?」

 カタリーナは鍋を持って立ち上がり、レイチェルに気になった事を質問する。

「後ろにいるその男達は何?」

「うふ、一人じゃ持ちきれないから、ちょっと”お願い”したの」

 レイチェルは悪びれもせずにそう答える。

「おうよ! 俺達はレイチェルさんの為に汗と涙と血を流す覚悟ですぜ!」

「俺達、レイチェルさんの親衛隊を買って出たんすよ」

 男達も男達で、誇る様に宣言する。

「そ、そう……」

 それを見たカタリーナは引きつった笑いを送り。

「じゃ、じゃあ俺は……馬に餌と水をやってくるよ」

 ヴェレッタは露骨に目をそらし。

「……」

 ウサダは男達の影になって見えないが、肩をすくめた。



「いや、冒険者方にはお世話になりっぱなしですから……カタリーナさんは休んでてください」

 料理を申し出たカタリーナに、壮年の男がそう言って止める。男は村では食堂を経営していた人物で、自らも厨房でその腕を振るっていた。

「貴方達も疲れているでしょ。私も手伝うから」

 カタリーナはそう言ったが、男は譲らない。

「いや、自分達で出来る事まで頼ったら、もう面目立たないんです。ほら、水もありますし、私達は向こうで料理してますから、皆さんは水浴びでもして休んでてください」

 男が頑なに譲らないのを見て、カタリーナは折れる。

「そこまで言うなら、お言葉に甘えようかな。水浴びも、中々魅力的な提案だし……」

 水浴びしたいのは間違いないので、カタリーナは好意に甘えつつ、仲間達に水浴びの件を伝えに行った。

「あら、いいわね。砂と汗でベタベタだし」

 レイチェルはその提案に乗っかり。

「……レディファーストだ、村の者も誘って入ってやってくれ。俺とヴェレッタは辺りでも見回って待ってる」

 ウサダは当然のように女性陣に先を譲った。

「久しぶりの綺麗な水辺だが……しょうがない、俺は後で浴びるか」

 ヴェレッタは渋々といった様子でウサダと共に見張りをする。水と共に生きる種族であるエルフにとって、綺麗な水辺というのはとんでもなく魅力的な存在だ。

「じゃ、先に入ってくるね……。覗いたら、わかっているわね?」

 カタリーナはそう言い残して、レイチェルと共に村の女達を呼びに行く。

「……何かあったら呼んでくれ。ただ、タオルは持って行く事を勧める」

 ウサダはレディにそれだけ行って、泉に背を向けて手頃な石に腰掛けて、ガンの点検を始めた。

「水辺に行ったら姉ちゃんに殺される……水辺に行ったら姉ちゃんに殺される……水辺に行ったら姉ちゃんに殺される……」

 ヴェレッタは水への誘惑を振り切る為にか、自己暗示のように呟きながらウサダの隣に腰掛けた。




 村の女達や冒険者集団の女性二人は、久しぶりの水浴びでリフレッシュしていた。

 暑さで汗を掻き、舞い散る砂埃で汚れた体に当たる、程好い冷たさの水がとても心地良く感じれる。

 鉱山の村には、女性は少ない。鉱山での働き手の多くが男性の為、女性は男について来て移住した家族位で、男の中には家族を置いて単身で村に出稼ぎに出た人物や、独り身の男も少なくない事から、村全体でも十人とちょっといった位しかない。元が小さな村という事もあるが、そういった事もあって、村の女達は村にいる他の女性達の事は、大体は知っているし、カタリーナやレイチェルも、村の女達の顔位ならばこの短期間でも覚える事が出来た。

 ……そして、どういう訳なのか、何時の間にやら顔の知らない女性が一人、一緒に混ざって水浴びをしている事に、カタリーナが気がついた。

「あら、貴方、どなたかしら?」

 カタリーナが気がついて声をかけると、村人やレイチェルもその女性の方に振り返り見る。けれども、謎の女性は特に気にした様子も無く。

「そんなことどうでもいいじゃない、いっしょに水あびしよ?」

 無邪気に笑いながら、ぱしゃぱしゃと水をかけてくる。その女性の言葉遣いや顔立ちにはやや幼さが残るが、透き通るような金色の長い髪に、スリムかつ出るべきところは出ている女性の魅力の詰まった悩ましい肢体は、大人の女性だって並みの人物じゃ太刀打ち出来ない美しさだった。

 だが、カタリーナは突然泉に現れた人物に警戒心を高め、泉のすぐ側に着替えとタオルと共に置いてある武器を取りに行こうかと考えたその時。

「そうそう、せっかく気持ちよく水浴びしてるんだから……楽しみましょう?」

 突然、危機感があるのか無いのか、レイチェルがカタリーナの後ろから耳元で囁き、指先をその体に這わせる。

「ちょ、ちょっと、どこ触っているのよ……!」

「ふふっ……普段は無骨な鎧を着てるのに……脱ぐと結構スゴイのね」

 レイチェルは、同性のカタリーナさえ背筋にゾクリと来るような艶かしいタッチと囁きで襲い掛かる。

「ひゃう……もう、お返しよ!」

 カタリーナもやられっぱなしではなく、隙を見て後ろに回り込み、レイチェルの胸を鷲掴みにする。

「あら、積極的なのね……」

 後ろを取られて攻守逆転しても尚、レイチェルは余裕そうな様子を見せる。カタリーナはそれが少し面白くなかった。

 鷲掴みにしてレイチェルの動きを封じつつ、カタリーナが謎の女性の様子を見てみると。

「なかよしさんだねー」

 にこにこと無邪気な笑顔を向けてくるだけで、何か危険な行動を取ろうとする様子はない。

「……ねぇ、一緒にご飯でも食べない?」

 謎の女性の正体を探ろうと、カタリーナが思い切って食事に誘ってみる。

 すると、謎の女性は悩んだ様子を見せながら。

「うーん…うれしいけれど、びっくりされると思うから……」

 困った表情でこう返すのだった。

 その様子を見たレイチェルは、カタリーナの腕からするりと抜け出して、謎の女性に近づき。

「ふふ、私達、今更ちょっとした事じゃ驚かないわよ?」

 微笑みつつ、そう言う。

「そ、そう? でも……」

 謎の女性はそれでも躊躇いつつ、少し後ずさる。

 しかし、レイチェルは下半身が水に浸かっている状態なのに、素早く謎の女性に接近して、その手を取ろうとして……水中でぬめりのある”何か”に触れ、足がもつれかけたので途中で止まる。

「あら、貴女……なるほど、”それ”を気にしてるのね」

 ただ、それによってレイチェルは女性が中々踏み切りが付かない様子である理由を知り、ぬめりを纏った”それ”……タコの足の様な物の先をつま先で軽く踏む。

「あっ……」

 それに触れると、謎の女性は焦った様子を見せて、それと同時に”それ”が直ぐに引っ込む。

「……」

 ”それ”がバレたせいか、謎の女性はうつむいて黙り込んでしまう。

 そこに、状況を聞いていたのか、遠くからウサダの助け舟が来る。

「あぁ、そろそろ美味しいシチューが出来上がる頃だな。たくさんあるから、食べきれるか心配だ。あぁ心配だ」

 わざとらしく言うウサダの声が届くと、謎の女性は少し考えた後に。

「じゃ、じゃあ、わたしはここにいるから、それでもよかったら一緒に……」

 謎の女性はそう踏み切った。それを聞くや否や、レイチェルはパンパンを手を打って。

「はい、親衛隊の皆さん、こちらを見ずに、料理をこぼさずに、この方にスープを運んであげてくださーい!」

 そう号令をかけると、直ぐ様男達の屈強な背中が泉に接近してくる。

「イエスマァム!」

 そして、調理場から泉付近まで、背中を向けて整列した男達は、一糸乱れぬ動きでスープの盛られた器を後ろの男に渡して行き、謎の女性までスープをリレーで渡して行く。

 ……その際、欲望に抗えず泉を見た数人の男を、カタリーナがバスタードソードの鞘で殴ってノックダウンさせた。

「お嬢様方、ご注文は以上で?」

 リレーの最後尾で、ウサダは背中を向けながら気取りつつ、レイチェルにスープの器を渡す。

「ありがとう、助かったわ。後でいいことしてあげましょうか?」

 レイチェルの誘うような言葉をウサダに投げかけたが。

「……じゃあ、後で手のマッサージでも頼もうか」

 背中を向けたウサダは、肩をすくめてそう返した。





 この日の夕食は、オアシスで取れた食材と、手持ちの保存食をつかったスープが作られた。

 カタリーナやレイチェルや村の女達は体を拭いて服を着て、冒険者を含む男達は食事の時間の都合で、食事の後に水浴びをする事になった。

「どうぞ、好きなだけ食べてください」

 村の女達や、食堂を経営していた壮年の男達が作ったそのスープを配膳しながら、村人達が冒険者達に労いの言葉をかけてくる。

「……ありがたく頂く」

 ウサダは帽子をかぶり直しながらスープをすすり。何故か冒険者達の中に数えられているネイサンは、静かに黙祷を捧げてから食事を作業的に食べている。

 ヴェレッタ達も同様で、各々村人に礼を言いつつ食事をする。

 謎の女性は泉のほとりで、上半身だけを出しながら配られた食事を頂いている。

「ほかほかのごはんなんてすっごい久しぶりー」

 そう言いながらスープを口に頬張る姿は、誰がどう見ても美味しそうに食べている。

「そう言えば、泉のお嬢さんはここに住んでいるのかしら?」

 レイチェルが謎の女性に尋ねる。

「うん。いつもはひとりだから、こんなにたくさんの人とあうのは初めて」

 謎の女性は、楽しそうな様子で答える。

「……突然、お嬢さんの家に邪魔して悪かった」

 ウサダは謎の女性に謝ったが。

「ううんー。お母さんがいなくなってからさびしかったから。ありがとうね。ゆっくり休んでいってね」

 謎の女性は、笑顔でこう言った。ウサダはそれを見て帽子をかぶり直すと共に頭を少し下げつつ。

「休息の許可、感謝する」

 謎の女性に、感謝の言葉を告げた。




 安全なオアシスでの食事と水浴びの時間が過ぎると、日は落ちて当たりは暗くなり始める。

 月が顔を出し始めるや否や、村人達は皆寝息を立てながら眠り始める。

 泉の女性も、水の中に寝床があるのか。

「おやすみなさい」

 と、言って水に潜ったきり、顔を出さない。

 こんな時間に起きているのは、精々夜行性の動物と蛮族か、一応立てられた見張り。あるいは夜目の利く種族……。

「……ここをこうして、これをこうして……ん、ここはこうしたほうが良いか……?」

 今、夜更かしして何かを作っているヴェレッタ位なものだろう。




 日が昇り、今日も無事に朝を迎える事が出来た。

 村人と冒険者達は、昨晩と同じく泉の女性と共に食事を取った後、出発の準備を整え始める。

「今日中にカシュカーンを目指す。ここからは一直線だ」

 ウサダは村人達に予定の進路を伝え、打ち合わせをしているが、ヴェレッタは先程から何かを作っている。

「何を作っているの?」

 カタリーナが作業を覗き込みつつ、尋ねる。

「ちょっと一宿一飯の恩義にな……よし、出来た!」

 ヴェレッタが作っていた物は、首飾りだった。

 なめし革の首輪に、刺繍によって繊細な模様が描かれ、要所に天然石がアクセントとして付けられている。流石に店で売られているアクセサリー等には及ばないが、一夜で手作りしたにしては、素朴ながらも綺麗に仕上がっている。

「ほう、これは中々」

 何時の間にか、それを見ていたネイサンが感想を言う。

「……器用な特技だな。俺には無理だ。それは泉のお嬢さんへのプレゼントか?」

 様子を見にきたウサダが、感想と共にヴェレッタに尋ねる。

「まぁ、な……」

 ヴェレッタは何故か少し照れつつ、答える。

「照れる事は無い。自慢出来る特技だ。お嬢さんも喜ぶだろう」

 ウサダは心からの言葉を告げる

「そう……だな。よし、これを置いて来るから、俺が戻ってきたら出発とするか」

 ヴェレッタはそう言って、泉から手が届く位置に作った首飾りを置く。そして、馬車に乗って、ハーモニカを取り出す。

「別れの挨拶は、まぁこれでやるかな……よし、出発していいぜ!」

 ヴェレッタが言うと、既に出発準備が整っていた馬車は進みだす。オアシスを去る際に、ヴェレッタは一曲演奏しようとハーモニカに口を付けて。








 ヴ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛~~~~~~~~~~~~~~~~








 非情に奇妙奇天烈奇怪な音が、オアシスに鳴り響いた。

「やばっ、昨日水浴びした時に水が入ったか!?」

 ヴェレッタは慌ててハーモニカの調子を確認し、水を抜いたり湿気を取ったり手入れを始める。

「……装飾品の職人としては才能あるが、演奏家は向いていないな」

 到着前と同じく、馬に乗るネイサンの後ろに相乗りするウサダは、ネイサンに掴まりながら肩をすくめる。

「かっこつけは、10年早いね」

 カタリーナは向かい側の馬車から笑いながらヴェレッタに言い。

「う、うるさいやい!」

 ヴェレッタは顔を赤くしながら、茶化す姉貴分に怒鳴り返した。

「……そう言えばウサダさん。彼女が何者なのか、知っているかしら?」

 レイチェルは、結局具体的に何者だったのかを聞けなかった、泉にいた謎の女性の事をこの中で最も蛮族の知識に詳しい者に聞いた。

「……水辺に住み、尚且つタコのような足を持つ女性ならば、スキュラ以外にはいない……最も、人に対して友好的な個体を見たのは初めてだ」

 ウサダはそう話す。

「一般に知られるスキュラという蛮族は、その美貌で人を惑わし、陥れ、家畜のように扱う。私もあれとは別のスキュラに手こずらされた」

 ネイサンがウサダの説明に補足をする。

「……蛮族ってさ、案外個体によってはあんまり悪くないとかもあるのか?」

 その話に、ハーモニカの手入れをするヴェレッタが口を挟む。

「……種族で善悪が決まっていたら、今頃ウサギは皆御伽噺のヒーローだ。だが、現実にはウサギにも外道は居る」

 ウサダはヴェレッタの言葉にそう言った。

「まぁね……そうじゃなかったら、ダークナイトなんて居ないよ」

 カタリーナもそう言う。ナイトメアは人族社会で忌避されるがあまりに、蛮族に手を貸す者も存在する……そうして蛮族の味方となって人族に仇を成すナイトメアは、ダークナイトと呼ばれる。

 無論、カタリーナのように、その力を人族の為に振るうナイトメアも多く存在する。ダークナイトとなるナイトメアは、極めて稀な存在だ。

「……そうか」

 ヴェレッタは、岩壁の迷路で既に見えなくなったオアシスの方向に振り返り、呟いた。








「…何か来る」

 出発してしばらく経ち、日が空の真上に向かおうかとしている頃合。ウサダが呟く。

 ヴェレッタ、カタリーナ、レイチェルもそれぞれ辺りを見渡した所、馬車の遥か後方から砂煙を巻き上げながらこちらに接近してくる何かが見えた。

「御者! この馬車何かにつけられてる! スピード上げてくれ!」

「全力で走って! 一気にカシュカーンに行くわよ!!」

 ヴェレッタとカタリーナが全員に聞こえるように声を張り上げて叫ぶ。

「は、はい!」

 御者達は言われたとおり速度を上げるが、数十人程度の小さな村だったとはいえ、村人全員を乗せて走る馬車では、思うように速度が上がらない。加えて、複数の馬車で陣形を組んでの移動では尚更だ。

 結果、隊列を乱した状態で、追跡者に追いつかれるのを許してしまう。

「ダメです! 振り切れません!」

 御者の叫びを聞き、冒険者達は武器を手に取る。

「振り切れないなら、ぶち抜くだけだ」

 右手にサーペンタインガンを構え、後方に迫り来る者に向けながらウサダは言い。

「気は乗らないけど、お相手してあげるわ」

 レイチェルはジェザイルに手をかけ、狙いを付ける。

 迫り来る存在は、馬車だった。いや、馬車という表現は正確ではない。何故ならば、その車を引く家畜は、馬ではなく猪だからだ。

 その動物はボーアと呼ばれ、気性が荒い為に人族社会では育てられていない。この動物を扱っているのは、もっぱら蛮族達だ。

 そして、ボーアの引く車に乗るそいつらも無論、蛮族である。

「ヒャッハー! 人間の集団だぁぁぁ!」

「獲物だ! 獲物だぁぁぁ!」

 汎用蛮族語で叫ぶ彼らは、着飾ったリーダーが一匹に、数匹のガンを持った手下達からなる。

「……ゴブリンのロード種に、ボガードのエリートと呼ばれるトルーパー種……突っ込まれたら厄介だ」

 ウサダは冷静に敵の習性や種族を見抜き、それを伝える。

「”将をぶち抜きたいなら、まず馬から”だな……『【ソリッド・バレット】リピート!』」

 ヴェレッタは突っ込んできた彼らではなく、その車を引くボーアに両手のデリンジャーを向けて撃ちこむ。

「あ、てめぇ! ずるいぞ! 俺らのボーアちゃんになにしやがる!」

「せいせいどうどーやりやがれゴラァ!」

 汎用蛮族語で蛮族達がヤジを飛ばしたが、その言語を知らないヴェレッタには伝わらない。

「おっさん、あいつらは何を騒いでいるんだ?」

「もっとボーアを狙ってくれと喜んでいるようだ」

 聞くヴェレッタに、肩をすくめて答えるウサダ。

「じゃ、お望み通りに『【ソリッド・バレット】リピート』」

 カタリーナはヴェレッタの射撃で傷ついたボーアに、追撃を食らわせる。だが、四発の弾丸を受けながらも、ボーアは走り続ける。

 それを見て、ウサダは煙草を吸う時のように、煙ではなく長く息を吐きつつ。

「焼き加減はいかがなさいますか? 『【グレネード】』」

 コマンドワードを唱えると、腰につけた中型のマギスフィアから球体がひとつ発射される。その球体は蛮族達の車の前に転がり落ちると、外殻を弾き散らしながら破裂し、爆発する。爆炎は瞬く間に蛮族を、ボーアを、そして猪車を飲み込み、高熱による破壊と苦痛をもたらす。

「ウェルダンみたいね……それじゃ、仕上げといきましょう」

 その様子を見ながら、レイチェルが静かにゴブリンロードに射撃を行う。が、これは何とか蛮族は避ける。

「よくもやりやがって!」

「思い知りやがれぇ!」

 蛮族達は各々咆哮を上げ、ガンをこちらに向けて乱射してくる。

 その弾丸の一つはウサダに向かってまっすぐ飛んで行き、貫通し、そして、何処にも傷をつけなかった。

「なっ……!」

「……【シャドウボディ】……残像だ」

 それは、ウサダのマギスフィアが生み出した虚像だった。接近されてお互いの射程内に入るまでの時間で、ウサダは必要な下準備を整えていたのだ。

 だが、射撃は一発や二発では終わらない。

「くっ……」

「うおっと!」

 カタリーナは弾丸を一発避けそこない、服に血を滲ませる。

 ヴェレッタは何とか馬車に立てかけられていた防壁に身を隠してやり過ごしたが、壁を貫通して頭の横に弾丸が飛び、勢いを失って馬車の内部に転がるのを見て肝を冷やす。

「ひゃっはー! ボーアちゃんの恨みを思い知ったか!」

 そのヴェレッタとカタリーナの様子を見て、勝ち誇ったように蛮族達は叫ぶ。

『……【グレネード】』

 ウサダは蛮族達のその言葉に何も言葉を返さず、その代わりに先程も放った爆弾をもう一個プレゼントして黙らせる。

『『【ソリッド・バレット】リピート』』

 そして、ゴブリンロードに目掛けてヴェレッタとカタリーナがガンを撃ち込み、焼き焦げた王様に止めを刺す。

 焼け跡に残ったのは、蛮族と、その家畜の死骸。そして、既に使えないほどにボロボロになった馬車だった。

「まったく……何だったんだこいつら?」

 ヴェレッタはガンに装弾しつつ、ウサダに聞く。

「……ロングストライドの手の物ではない。普段からこの辺りを猟場にしている馬車強盗だろう」

 同じくガンに装弾をしつつ、ウサダが答える。

「ウサダ。しばらく一人で乗っていてくれ。私は彼女の手当てをしてくる」

 ネイサンはカタリーナを顎で指しつつ言い、ウサダは無言で頷き了承する。ネイサンはカタリーナの乗る馬車に乗って、自分の荷物から救命草を取り出した。

「ありがと、頼むね」

 カタリーナは革鎧を外し、服を捲くって被弾箇所を見せる。

「傷はそれ程深くはないようだ……直ぐに治る」

 ネイサンは慣れた手付きで素早く応急処置を施すと、直ぐに手当ては終わった。

「こんな所だろうな。よし、陣形を整えつつ、また出発しようか」

 ネイサンはそれを何て事の無い様に振る舞い、自分は所定の位置に戻る。だが、治療を受けていたカタリーナはその背中を見て。

「……あんなに薬草の扱いが上手い人。故郷にも居ないわよ……」

 そう呟いたカタリーナは、彼の能力の高さと、引いてゆく痛みに呆気に取られていた。






 それ以降、追っ手や蛮族と出会う事も無く、馬車は夕焼けで世界が茜色に染まる中、終に遥か彼方にカシュカーンの街の影が見える位置まで進む事が出来た。

「よし、街が見えてきた、この調子なら無事に……」

「……伏せろ!」

 ヴェレッタが言いかけた所に、ウサダの声が響き渡る。

 その直後、先頭の馬車の車輪がひとつ、爆発と共にはじけ飛び、馬車は傾き、車体を引きずってガタガタ揺らしつつ減速し、止まる。更には後ろを走る馬車もそれに伴い急停止した。

「何だ!?」

「何が起こったんだ!?」

「ウヒャ! 引っかかったナァ……」

 村人達、そして冒険者達が驚き途惑う中、夕焼けを背に長い影をこちらに伸ばしながら、蛮族の集団がこちらに接近してくる。

「その気持ちの悪い笑い方……あいつらの一味か?」

 馬車から飛び降りたヴェレッタが、蛮族の集団に尋ねる。

「ウヒッ! そうサァ……お前達が何処に逃げたかわからなかったからなぁ……此処で待っていたンだぁゼ」

 集団の中でも、最も大柄な男……オーガが気持ちの悪い笑い声と共に答える。

「そうね、見失った相手の行先が分かってるのなら先回りが妥当だわ」

 馬車からひらりと飛び降りたレイチェルが、髪をかき上げつつ相手の作戦だけは褒める。

「大方、ロングストライドのお使いだろうが、死にたくなければ退くんだな」

 ネイサンと共に愛馬ポニーに乗るウサダは、ガンを抜いて見せながら威圧する。

「ウヒャヒャ! ソリャ出来ない相談だナァ……此処でお前達はオワルのさァ!」

 だが、蛮族の集団は一歩も退かず、それぞれの得物を手に取り、戦う姿勢を取る。

「倒して、突破するしか無いわね……」

 馬車から降りたカタリーナが言い、自分の得物を握り締める。他の全員も同じ様子で、馬車を背に、心配そうに見守る村人達を守る様に立ちふさがる。

「そこのてめぇ! 俺と決闘デュエルで決着をつけろ!!」

 ヴェレッタが敵のリーダーを指を刺しつつ、言い放つ。

「アヒャ! いいぜぇ! 俺のところまで来れたらナァ!」

 それを笑いながらそいつは応じて、手始めに手下を差し向けてくる。

 向かってくる手下は、下半身が巨大なサソリで、そこから人型の上半身が生えているという奇妙な姿の蛮族、アンドロスコーピオン二匹に、ゴブリンの中でも魔法に優れた個体であるゴブリンシャーマンが二匹だった。

「……そうか。露払いはする、死ぬなよ『【シャドウボディ】』」

 言いつつ、ウサダはマギスフィアより虚像を生み出し、敵の動きを待ち構える。

 差し向けられた手下達の中、アンドロスコーピオンはその安定した体勢から、接近しつつ、方やヴェレッタに、方やウサダに目掛けて射撃する。

「悪いな、また挑戦してみてくれ」

 だが、ウサダを狙った弾丸は、ウサダの生み出した虚像を貫いただけだった。

「チッ……射程が負けると、どうにも後手にしか出れねぇ」

 舌打ちしつつ、ヴェレッタは馬車から取り出した防護壁の裏に隠れてやり過ごす。

「アヒャ! 壁の後ろからまず出てきたらどうだァ?」

 挑発するようにオーガは笑い、ゆっくりこちらに歩いてくる。

 その視界の中で、射撃後に姿勢を直そうとしていたアンドロスコーピオンの内一匹が、胸に大穴を開けて絶命する。

「ウヒョお?」

「ふふ、まずはおひとり様昇天しちゃったみたいね」

 オーガが間抜けな声を上げる。アンドロスコーピオンを瞬殺させた張本人は、レイチェル。

「さて……しばらく、手出し無用としてもらおう。『【スモーク・ボム】』」

 ウサダがコマンドワードを入力し、マギスフィアから球体が飛び出る。ただし、それは爆炎は放たず、代わりに黒煙で蛮族の手下達を包み込み、向かい側のオーガからの視界を遮る。

「ワル足掻きするなぁ! 目暗ましかよ!」

 オーガはつまらなさそうに言ったが。

「ウサギは照れ屋なんだ。貴様とお見合いするのは御免だ」

 それを放ったウサダは肩をすくめて見せた……。もっとも、オーガには見えなかったが。

 煙に包まれた敵の手下達は、まっすぐにこちらに向かって走り、煙を抜けて接近してくる。ゴブリンシャーマンは姿勢が崩れて他の行動を直ぐに取れない様子だが、アンドロスコーピオンは上半身が構えたガンをウサダにむけて引き金を引き、同時に前に出ていたカタリーナ目掛けて下半身の蠍の尾を突き刺してくる。その攻撃を避けきれず、二人は体に小さな穴を開ける。

「っ……毒針、ね」

「……少し風通しが良くなった、ちょうど良い」

 カタリーナは服に血の染みを増やし、ウサダは軽く脇腹をさすりながら、気取った様子を見せる。

「はいはい、強がらないの『【ヒーリング・バレット】』」

 被弾したウサダに向かって、即座にレイチェルは治癒の弾丸を飛ばし、その傷を塞ぐ。

「感謝する」

「いいえ、さぁ、もうひと踏ん張りよ」

 ウサダは背を向けながら感謝の言葉を伝え、レイチェルはウサダに応援する。

「さてと、スモークの煙さまさまだね……俺の射程内に入ったが命運の尽きだな! 『【ソリッド・バレット】リピート』」

 ヴェレッタは集中し、呼吸を整えて錬技エンハンスによって動体視力を活性化させつつ、両の手の得物から弾丸を撃ち放つ。狙い違わず二つの弾丸はもう一匹のアンドロスコーピオンの両の胸を貫き、息絶えさせる。

 だが、一見して冒険者優勢に見えた戦いだったが、壁の後ろで構えるヴェレッタとレイチェルに、忍び寄る影が一つ。

「後ろ! 居るわ!」

「!?」

 その気配をすかさずレイチェルは察知し、それを伝える。振り向けば、アンドロスコーピオンが一匹、武器を構えようとしていた所だった。

「神父殿、後退だ。遊撃の出番が来た」

「よしきた!」

 ウサダはネイサンに言い、素早くアンドロスコーピオンの下へ向かおうとするが、その進路にゴブリンシャーマンが立ち塞がる。

「させない! 『【ソリッド・バレット】リピート』」

「邪魔するな! 『【ソリッド・バレット】リピート』」

 だが、二匹のゴブリンシャーマンはカタリーナとヴェレッタの放つ弾丸を浴びて横に吹っ飛び倒れ、進路が開いた。

「俺のおごりだ。好きなだけ暖まっていけ『【グレネード】』」

 レイチェルとアンドロスコーピオンの前にウサダ達は立ち塞がり、そのままアンドロスコーピオンに爆弾を放ち、その全身を爆炎で包み込む。

 だが、その一撃だけでは命にまでは届かず、アンドロスコーピオンはウサダに接近して蠍の尾でウサダを狙い、ガンでウサダの後ろ……ヴェレッタに向けて引き金を引く。

「まずいっ……」

 前方からの攻撃であれば、壁に隠れる事である程度避ける事が出来た。だが、壁の後ろから狙われては、そこに身を隠す事も出来ない。万事休すかと思われた……が。

「ッ……!?」

 突然、アンドロスコーピオンが姿勢を崩し、尾は空振り、ガンもあらぬ方向に火を噴いて、レーゼルドーンの大地に小さなくぼみを作る。

 アンドロスコーピオンの足下にあった物……それは、銃撃で欠けて飛んで行った、壁の欠片だった。

「!……『【ソリッド・バレット】』」

 姿勢を崩したアンドロスコーピオンの急所に、すかさずウサダが弾丸を放ち、止めを刺す。

「……何か、助けられた見たいだな」

 ヴェレッタは何故か感慨深げに呟き、そして、煙幕が晴れゆく場所に振り返り、見据える。

「ウヒャ! なんだぁ、みぃんなやられちまったのか! 情けねぇなァ!」

 オーガは相変わらず気味の悪い笑いをたたえつつ言う。

「勇敢に戦った手下への手向けの言葉がそれか……反吐が出るような下種だぜ」

 言いつつ、ヴェレッタはゆっくりオーガに歩み寄り、相手の10m手前で止まる。

「ウヒャ……本当に俺とサシでやろうってのか? いい度胸だなァ。いいゼ、こいよ!」

「同意と見て良いな? この決闘、このウサダが立会人として見届けよう」

 構えを取る両者の間に、ウサダが立つ。

「待った!」

 そこに、カタリーナの声が響いた。

「姉ちゃん!?」

「ヴェレッタ、ここは私が出るよ」

 ヴェレッタは驚き振り返り、カタリーナはヴェレッタの隣まで歩いてくる。

「クックック、どっちからでもいいぜェ……一人ずつ血祭りにあげてやるよォ」

 オーガは余裕だと言わんばかりに怪しく笑い。決定権をゆだねてくる。

「偶には私も、良い格好をつけたいしね。それに、弟分ばかりに危険な目には遭わせられないよ」

 不安そうに見てくるヴェレッタに、カタリーナは自信に満ちた言葉で安心させようとする。

 ヴェレッタはしばらく姉の目を見て、まぶたを閉じて、考えた後に、目を開けて。

「……そうか、よし! 派手にやっちまいな!」

 後ろに下がり、カタリーナの背中を押して送り届ける。

 その様子を見て、ウサダは自分の指から指輪を一つ抜き、それをカタリーナに投げ渡す。

「婚約指輪……ではなく、お守りだ。好きに使ってくれて構わない」

 それは、巧みの指輪と呼ばれるマジックアイテムで、一時的に装着者の技術を高める加護があるとされて、冒険者にも重宝されている。

「……サンキュー。遠慮なく、使わせて貰うよ」

 カタリーナは、手のひらに置いたそれをしばらく眺め、そして、指にはめる。

 さらに、ヴェレッタが自分のホルスターから自分の得物を抜いて、バレルをつかみ、グリップを差し出しながらカタリーナに渡す。

「俺の愛銃だ、使ってくれ!」

 カタリーナはそれを受け取ると、感触を確かめるように一度だけ強く握り、そして、人差し指を銃身に添えるように伸ばした状態で、それを手に持つ。

「ふふっ……皆して格好つけちゃって。あげられる物はないけど、頑張って」

 レイチェルは軽くおどけつつ、カタリーナに投げキッスを放つ。カタリーナはそれを見て、少しだけ緊張をほぐす。

「皆の想い、しっかり受け止めたよ……。さぁて、やろうかい?」

 カタリーナは仲間達の想いを一身に纏い、オーガに向き直り言い放つ。

「ああ、うぜぇうぜぇなァ! チンタラ話しこみやがってなァ!」

 その様子を苛立ちながら眺めていたオーガは、ようやく支度の整ったカタリーナを睨みながら決闘の構えを取る。

 カタリーナも、それを見て同じく構えを取ると、ウサダは両者の準備が整ったのを確認し、ポケットからコインを取り出す。

「合図はこのコインを使う。コインが落ちたと同時に相手にぶち込んだ方が勝ちだ。ガンと覚悟の準備は良いか?」

「オーケーだよ。」

「あァ」

 両者が了解の意を示したのを見て、ウサダはコインを指で弾き、天高く上げる。

 回転しながらコインは上へ、上へ飛び上がり、下へ、下へ落ちて行き、今。








 地面についた。








「ぐあぁァァァ!?」

 横っ腹を押えながら、オーガが悶絶する。だが、奴はまだ膝を付かない。

 一回目はカタリーナがより速く撃ち込んだようだが、一瞬でも気を抜けば、彼のように悶絶したのはカタリーナの方だっただろう。

「て、てめぇぇぇ! よくもこのオレにィィ!」

 オーガは怒りで身を振るわせつつ、武器を構えなおす。

「……第二ラウンド、だな。両者、準備は良いか?」

 その様子を見て、ウサダは足元のコインを拾い上げ、構えなおす。

「早くシロォ! ウサギ野郎ゥ!」

 オーガは怒鳴りつけるようにウサダに唾と言葉を吐き散らし。カタリーナは静かに頷いて了解の意を示す。

 ウサダは今一度、天に向かってコインを弾き飛ばし、上へ、上へと飛んで行き、下へ、下へと堕ちて行く。










 銃声が、鳴った。

 一つ。

 いや、重なって二つ、同時に。








「バ、バカ…な…ァ」

 オーガは身震いすると、今度こそ膝を付いて倒れこむ。

 腹に開いた銃創からとめどなく血を流しつつ、何度か手で地をかき、立ち上がろうとしたが、やがてその動きも止まる。

「……弾丸をぶち込まれて、戦闘続行不可能。勝者、カタリーナ」

 ウサダはジャッジを下し、カタリーナはガンから立ち上がる硝煙をフッと吹き消し、くるくると回してホルスターに収める。

「やった! 姉ちゃんが勝ったぜ!!」

 ヴェレッタは勝利を確認すると、まるで自分の事のように喜び舞い上がりつつ、カタリーナとハイタッチする。

「ありがとう……ヴェレッタ、ウサダ、レイチェル、貴方達のおかげよ」

 カタリーナはヴェレッタのハイタッチに応じ、それから預かっていたガンを渡し、ウサダと握手を交わして、その肉球のついた掌に指輪を置く。

「そういえば、レイチェルは何処かしら?」

 いつの間にか視界から消えていたレイチェルに気が付き、カタリーナが辺りを見渡す。

「へぇ、なかなかやるじゃない」

 すると、突然カタリーナの後ろに現れたレイチェルが、カタリーナの耳元で囁く。

「ひゃう! 耳に、息が……」

 それを見たヴェレッタとウサダは、静かに背を向けた。

「……二人はそっとしておこう」

「そうだな」








 決闘に勝利したカタリーナを、固唾を飲んで見守っていた村人達の歓声が包み込む。

 敵をすべて排除した一同は、無事三日間の旅を終え、カシュカーンへと村人達を無事に送り届けた。

 様子を見た保安官が街からやってきて、「一体どういう事だ、説明しろ」と、事情を聞いて来る。

 夕日が照らす黄昏の時。仕事は終わったが、休むには、まだ少し早いようだった。

















 ウサダや村長が事情を保安官に説明し、村人達の今後について話し合っている時、ヴェレッタは一人で、何かを探していた。 彼は探していたそれを見つけ、地に落ちて砂埃を被ったそれを拾い上げて、砂埃を払い落す。


「……ありがとうな」


 ヴェレッタがそれにお礼を言う。

 大きな弁当箱位の大きさのそれは、欠けた壁の欠片だった。

 それを荷物に入れて、ヴェレッタは街へ歩いて行く。

 さて、第五話を見てくれてありがとう。





 今回のお話は、長かった鉱山村編の最終回となっている。

 この話だけでも、全二回の戦闘シーンに、オアシスでの休憩シーンの為、前後編で分けていなかったら通常の二倍程の分量になっていた事だろう。



 さて、作中で二回もヴェレッタが下手な歌を演奏しながら、何故か普通に演奏出来ているシーンも存在する。

 それは何故か? その答えはこれがゲームだからである。



 ゲームでは、成功するか、しないかに乱数を用いる。ソードワールド2.0はアナログゲームの為、その乱数にサイコロを用いる。

 何かが成功するかどうかの乱数は、基本的に6面のサイコロを二個用いるが、この時、両方とも出た目が1だった場合、どれ程成功率が高くても失敗してしまう。




 ……お気づきの方も居るかもしれないが、ヴェレッタは冒険者の店への入店時、そしてオアシスでの去り際。どちらともの演奏の判定で、1を二つ出してしまったのである。これが、二回に渡る『ヴぇぇぇぇ』の正体だったのだ。







 さて、今回の後書き及び裏話はこの位にして、また次回お会いしよう。

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