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番外編{昔話~ウサギとガンと正義の傭兵~}

パーソナルデータ紹介『ウサダ編』

性別:男 

年齢:33歳 

毛の色:白 

瞳の色:黒

その他特徴:黒い帽子とコート。首に巻いた赤いバンダナ。体中の古傷。寡黙。


主なる技能

魔動機師マギテック

射手シューター


その他技能

学者セージ

錬体士エンハンサー

錬金術師アルケミスト


一般技能

用心棒バウンサー

芸人パフォーマー


 タビット族の特徴たる高い知力、そして丁寧なプレイングによりパーティを導く頭脳ブレイン

 プレイヤーキャラクターの中でも特に高いマギテック技能と魔力による魔法のサポートも得意とする。

 タビットの特徴たる不器用さや、一丁銃ワンハンド故の決定力不足という弱点があるが、生存性、攻撃力、汎用性全てにおいてバランス良く纏まった勇者タイプなスペック。

 村に上がった火を鎮火し終えて。俺はそれから、泥の様に宿屋のベットで眠りに付いた。

 あんな出来事があった後だが、必要な時に寝れて、必要な時に起きれるのは、昔の経験の賜物だろう。



 ……昔と言えば、今日は嫌に既視感の有る出来事ばかりだった。

 辺境の村。旅芸人のショー。蛮族を追っての秘密任務。













 ……そして、俺が私である事さえを捨てた、あの日。あの時に起こった惨劇。














 そんな事を考え、眠りに付いた俺は。夢を見た。
















 そこは、帝都ルキスラと北に有るその属国バーレスを繋ぐ街道に有る、中継地点として作られた村だった。

 だが、より便利な新街道が整備され、その中継点に村が出来てからは、人の来る事の少ない、やや寂しい村になってしまったが。それでも、この村は私の暮らす場所であり、この村が有る限りは、私は此処に骨を埋める心算だった。

 今日も仕事を終えて、夕暮れを背に我が家に帰る。何て事のない、何時もの日常。

「ただいま。ラビ、トット」

 玄関の戸を開けて私がこう言えば、毎日聞こえる二つの返事が今日も聞こえてくる。

「お帰りなさい、あなた」

 エプロン姿のこの女性は、妻のラビ。茶色い毛並みの、笑うと出来るえくぼが可愛らしい、私にはもったいない位の良い女性だ。

「パパ、お帰りなさい!」

 ふわふわの白い毛に、茶色のぶち模様のこの子はトット。私とラビの、この世に二つとない宝物。

「今日の晩御飯は何だい?」

 俺がこう聞くと。

「今晩は猟師のロビンさんから熊のお肉を頂いたので、久しぶりにご馳走ですよ」

 ラビは微笑みながら、こう返してくれる。

「パパ、今日も寝る前にお話きかせて?」

 トットがこう話せば。

「ああ、今日は旅芸人に扮して旅をして、悪い蛮族をやっつける正義の傭兵団[長耳紅蓮隊]のお話をしてあげよう」

 私がこう言って約束をする。

 色んな事で笑いあい、特別裕福でもないが、穏やかで幸せな日々。

 当たり前の幸せを謳歌出来る、満ち足りた日々。






 ……それが、いとも容易く壊れてしまう事を、あの日の俺は知らなかった。

 いや、知っていても認めなかっただろう。







 今日も仕事を終えて、夕暮れを背に我が家に帰る。何て事のない、何時もの日常。

「ただいま。ラビ、トット」

 玄関の戸を開けて俺がこう言えば、毎日聞こえる二つの返事が、今日は聞こえてこなかった。

「……ラビ、トット?」

 出かけているのだろうか? それとも風邪でも引いて声が出せないのだろうか?

 そんな事を考えながら、私は食卓に向かい。



……そこに居た変わり果てた姿になった家族の姿と、その側に立つ数匹の蛮族達の姿を見た。



「……あ……あ?」

 目の前にある光景が信じられなかった。何故? 如何して? 何が有った?

 パニックに陥る私の事などお構い無しに、一体の大柄な蛮族がラビの胸から”何か”を引きずりだして、またとくんと動く”それ”を、大きな口を開け、俺の目の前で丸呑みにした。”それ”が、”何か”が、何なのか理解したくなかった。理解が及んでしまったら、一瞬で気が触れそうだった。

「……よ……」

 喉から勝手に声が出た。体の奥底から、何かが沸いて出て来る様だった。

「よくもおぉおおおおおおおお!!」

 私は叫びながら拳を振り上げ突進し、ラビを食ったそいつ目掛けて殴りかかった。

 だが、それはひょいと避けられ、私は向かい側の壁に自分のつけた勢いでぶつかり悶絶する。

「ぐああぁ……ぁああああああああ!!」

 鼻や額から血を流しつつも、私は振り返って、そいつを見る。ニタニタと私を嘲笑うそいつに目掛けて、私は今度こそ拳を振り下ろそうとした。

 その瞬間、奴の姿が少しづつ小さくなって行き……それは、愛する妻と同じ姿になった。

「お願い、止めて!」

 私の拳が、止まる。冷静に考えれば、それは奴の擬態能力でしかなく、奴は妻ではない。だが、それでも私は、そいつを殴る事が出来なかった。

「……バァーッカ」

 私の目の前で、妻の顔は見た事の無い醜悪で下品な笑い顔になりながら、私のアゴをぶん殴る。

「がごっ……」

 その一撃で私は床に仰向けに倒れ伏す。私の視界には、腹を抱えて大笑いする妻の姿をした悪魔と、同じ様に笑うその仲間達の姿が見えた。



(……私は、此処で死ぬのだろうか?)

 此処で、あの悪魔のような奴らに食われて、殺されるのだろうか?

(……ああ、ラビ、トット。私もお前達の所に行くんだな)

 何故か、死ぬのは恐ろしくなかった。だが、どうしても我慢ならない事が、一つだけあった。

(私の大事な者が死んで、それを殺したあいつらが……のうのうとラクシアの空気を吸って生きているなんて……そんな酷い事が有っていいのか!?)

 心の底から、憎しみが沸き出て来た。だが、私の力ではどう足掻いたってあいつらを殺すなんて事は不可能だった。今まで一度だって神に祈った事も無いのに、今この瞬間だけは、心の底から神に祈った。

(神でも、悪魔でも、何だって良い……。私の身がどうなろうと構わない。あいつらを殺してくれ!!)




 祈りが届いたのかどうかは解らない。だが、仰向けに倒れる私の視界から、蛮族の内一匹が頭から血を噴射して横に動き、視界の外に消えて無くなるのが見えた。

 倒れたのとは逆の方向に目をやれば、そこには一匹のタビットが居た。

 黒い革帽子、黒いコート。右手には骨董品のようなガンを持つ。白いバンダナを首に巻いてたなびかせ、それが真っ黒な毛並みと服装の中で良く映えていた。

「ダレダキサマ!」

「通りすがりの、ただのウサギだ」

 蛮族の質問に、気取った答えを返すタビット。そのタビット目掛けて、蛮族達が魔法の火や武器を放つが、それをローリングで回避しつつ、もう一発撃ち放って二匹目を沈黙させる。

「チッ……ダガ、一人デ何処マデ耐エレルカナァ?」

 妻に化けた悪魔は、元の姿に戻りながらタビットの方向を向き、ニヤニヤ笑いながら言う。

「悪いがウサギは寂しがり屋でね……友達を呼ばせてもらった」

 タビットが左手の指を鳴らすと、一斉に玄関や窓や裏口から、何人もの人族が入り込んでくる。

 左腕に籠手のような道具を取り付けた男が、籠手から霧状の物を蛮族に浴びせ、動きを封じながらつかみかかり、投げ飛ばし、蹴りを入れる。

 両手にガンを持った少女が、ガンをぶっ放して同時に二匹の胸に赤い花を咲かせる。

 ローブを纏った青年が、魔法の火で反撃してきた蛮族の魔法ごと、放った雷の槍で吹っ飛ばす。

 彼らが戦う内に、気がつけば蛮族は妻を食った奴一人だけになっていた。

「バ、バカナ……」

「お前も直ぐに、同じ場所に送ってやろう『【クイックローダー】【ターゲットサイト】【バーストショット】』」

 タビットは唖然とするそいつに目掛けて、弾丸を連射する。先程までの絶望的な恐ろしさは嘘であったかのように、そいつはあっさりと脳天を撃ち抜かれ、死亡する。

 嘘の様な光景だった。もしかしたら俺の魂を運ぶ前に、天使が俺に幸せな幻を見せてくれただけなのかもしれない。

 そんな事を思いながら、私の意識は少しづつ遠のいてゆき、眠りについた。



 だけど、此処で起こった出来事は、全て本当の事だった。妻と子供が死んだ事も、二人を殺した蛮族を謎の集団が退治した事も。その中で、私が生き残った事も。全部、本当の事だ。

 



「隊長、子供と女性は既に息はありません……ですが、このタビットの男は生きています」

「……そうか。生憎、俺達に神官は居ない。救命草の残りは?」

「2ダースはあります。この間補充したばかりですので」

「よし、ロバートに頼んで応急処置を施しておけ。蛮族の死体は誰かの目に付く前に掃除。二人の遺体は、手厚く葬ってくれ」

「了解!」




 夜。私が自宅のベットで目を覚ました頃には、全てが終わっていた。

 蛮族の姿は何処にも無かったし、死んだ家族の姿も無い。

 だが、蛮族を殺した集団のリーダーらしきタビットが部屋に居て、目覚めた私に話しかけてくる。

「おはよう。意識ははっきりしているか?」

「……ええ。貴方達は一体何者なんですか?」

 私が質問をすると、タビットは煙草に火をつけて、説明を始める。

「俺の名前はウサダ。[長耳紅蓮隊]の隊長。一緒にいた奴等は優秀な隊員達。……此処まで言えば、俺達の目的もわかるな?」


 ―傭兵部隊、長耳紅蓮隊。

 西に悪魔のような蛮族が出ると聞けば西に跳び、東に鬼のような蛮族が出ると聞けば東に跳ぶ。


 貧しき者や弱き者、子供達の味方。


 普段は世間の目を欺くために旅芸人一座を装っている、泣く子も笑う傭兵部隊。


 そして、それらを束ねる隊長は不器用で有名なタビットであり、どんな相手にもガン一丁で立ち向かう、鋼鉄の男。


 手には古ぼけたサーペンタインガン、首に巻いた真っ白のバンダナがトレードマーク。


 知らない訳が無い。私も子供のおねむのお話に、何度この名を使ってきただろうか? 私が子供の頃に、何度この話を聞かされただろうか?

 その御伽噺のヒーローが、私の目の前にいて、私を救ったと言うのだ。


「実在……していたんですか?!」

 私のその言葉に、ウサダは肩をすくめて言う。

「そうだ……。と、言いたいが。お前の前では俺達は正義の傭兵団だなんて言えないだろうがな」

「どうしてです?」

 ウサダは窓際に移動して煙を吐き、そして、私を手招きする。

 私がベットから立ち上がり、彼の横に立つと、彼は窓の外の一点を指で指す。そこは家の裏庭で、小さな家庭菜園で人参を育てていた場所。その直ぐ近くに、簡素な墓があった。

「……子供を笑わせるヒーローが、子供や母親を救えないんじゃ、お話にならないからな」

 ウサダはそう言って、その墓が誰の為の墓であるかを理解した。それと同時に、あの悪夢の様な夕暮れの出来事が本当の事であった事も。

「いえ、貴方達は紛れも無く長耳紅蓮隊です……。妻と子供の為にせめて一糸でも報いようとした私の代わりに、あの悪魔達を殺してくれた」

 私がそう言ったのは、紛れも無い本心だった。……けれども、もし時間が巻き戻るなら、家族が死ななければ良かったとも考えていたのも、また本心だが。

 ウサダは煙草を携帯灰皿に押し付けて片付けると、帽子を取って無言で私に頭を下げる。それから一言。

「邪魔をした。二度と会わない事を祈っている」

 そう言って、立ち去ろうとした彼に、私は言う。

「ウサダさん! ……いえ、ウサダ隊長!」

「……止めとけ」

 呼び方だけで察したのか、ウサダはそう言う。だが、私は諦めなかった。

「私を隊員にして、共に戦わせてください!! 強くなりたい……。あなたのように強くなりたいんだ!! 私にも戦う力をください!! 蛮族共をぶち抜ける強さを私にください!!」

 ウサダは、真っ黒な瞳で私の事を見ていた。俺は続ける。

「もう、何もないんだ。妻も…、娘も…、何も。……私にも、やらせてください……」

「一つ、訂正する」

 ウサダが、口を挟む。

「お前には、まだお前自身が残っている……。お前が望むなら、その命は、自由は、何にだって使える。無理に戦いに身を置く必要は、何処にも無い」

「嫌です……ッ! 私はもう、私の妻と子供以外にも…あんな風に…死んでほしくない」

 それでも、私は必至に懇願した。膝を付き、頭をめいいっぱい下げて頼み込んだ。

「……お前には才能が無い、経験が無い。己の正義に全てを捧げる人生に平穏は無い。すべてを忘れて、見て見ぬふりをし、一人静かな場所で暮らすという選択肢もある」

 ウサダは片膝を付いて私に目線を合わせて、そう言う。

「いっぱしの隊員になる為の訓練は過酷だ。何時死んでもおかしくない余生を過ごす事になる。それでも構わないのか?」

 ウサダの双眸が、私の目を見つめてくる。まるで、全てを見通す魔法の目のようにも思える。

「…………構いません」

 私も、目を逸らさずに見つめ返しながら、言う。

 ウサダは立ち上がり、振り返り、家の入り口に向かいながら、私にこう言った。

「……地獄の果てまで、付いて来い。ただし、一度来たら二度と戻れない……いいな?」

「……はい!」

 私は立ち上がり、彼の向かって行く方向に進む。











 長耳紅蓮隊に入隊した私は、暫くの間は地獄の様な訓練の日々に明け暮れる事になった。

 しかし、私にはその地獄が心地よかった。訓練に明け暮れていれば、失ったものを思い出す事は少なかったからだ。

「ガンを道具として考えるな。自分の体の一部、相棒だと思え。銃の息吹を感じろ、呼吸を合わせろ。そうすれば銃はお前に応えてくれる」

 トラドールというガンと、マギスフィアを渡したウサダ隊長は、私にそう言った。

 私は愚直にそれを守り。訓練の間はひたすらにこれを使っての射撃練習。食事中には共に食卓に付き、同じ寝床に入ってトラドールの為に子守唄を唄った。

「弾丸を避ける事は不可能だ。俺たちは弾丸より速く動けない。敵の攻撃動作、殺気を読め。射線をずらせ、動きを止めるな、目に見えるもの全てを利用しろ」

 ウサダ隊長はそう言い、訓練とは言えども私に向かって容赦無く攻撃を向けてくる。私は反射、判断、体術。回避の為の動きをひたすら行った。

「苦しくなってからが訓練だ。苦しくない訓練は、訓練ではない。その苦しみを忘れるな、それがお前を戦士にする」

 ウサダ隊長はそう言い、ずぶの素人である私にも一切手を抜かなかった。

 毎日、足に肉刺まめが出来る程に走りこんだ。山、川、砂漠、何処でも走った。

 雨が降ろうとも、雪が降ろうとも、雷が落ちようとも、訓練を一日たりとも休む日は無かった。

 ウサダ隊長だけじゃなく、他の隊員とも良く手合わせをして、ボロ負けしまくった。

「敵が自分より才能がある、強い、数が多い、よくある話だ。だが、結果を恐れるな。お前が正しいと思う方向に舵を取れ。真に恐るべきは、己の弱さに負ける事だ」

 隊長も、隊員も、誰も負ける私を慰めはしなかったし、労わりもしなかった。それがありがたかった。そんな事をされたら、とっくに私は安らぎに逃げていただろうから。

 だが、助言は良く受けた。ウサダ隊長からだけじゃなく、手合わせをした隊員とも、良く話をした。

「こう見えて、俺は結構ひ弱でね……拳闘士なんて無理だって、昔は良く言われたよ」

 そういったのは、あの左腕に籠手のような道具アルケミーキットを取り付けた男だった。あの夕暮れの時は蛮族をちぎって投げ飛ばした彼が、訓練でも良く私を地に叩きつけた彼が、まさかそんな事を言い出した時には、とても信じられなかった。

「俺は体格や筋力じゃ他の戦士に劣る。でも、頭は冴えていた。だから錬金術を、魔動機術を学んだ。厳しい修行を積んで、数々の錬妓を身に着けた。無論、拳闘士としての体と技を鍛えるのも怠らなかった。そして、今に至る訳だ。いいか、自分の持ち味を殺すな。手札は持てるだけ持っている方がいい。そして、惜しむ事無く自分の切り札を使っていけ。型破りと言われようが邪道だと罵られようが、そんな物には構うな」

 それから、彼は私にこう提案した。

「なんだったら、俺の持っている技術もいくつかお前に教えてやろうか?」

 私はそれから、毎日の訓練だけでなく、彼から錬金術の勉強を受けた。当然、訓練のメニューは減る事は無く、授業中に疲れて眠りかけて、何度も拳骨を食らった。

 そして、季節が変わり、私の身体は戦士のそれへと近づいていった。

 ある日、日々の訓練で何度も血反吐を吐き、いくつも骨を砕き、肉を裂き、満身創痍で動けない私に隊長は言った。

「新兵の訓練は終わりだ、戦友よ。明日からサーカスの技も教えてやろう。ようこそ、長耳紅蓮隊へ」

 ウサダ隊長は私に手を差し伸べてくれた。毛深く、やわらかい手だったが、握りしめると力強く暖かかった。





 入隊してからは、様々な事があった。

 いくつもの貧しい村や町を渡り歩いた。普段は旅芸人の道化を演じ、戦友達と正体を隠した。

「お前には、これをやろう」

 隊長から渡されたのは、ピエロの仮面。

「……お前は笑うのが苦手なようだからな。笑っている顔をつけておいた方が良いだろう。後で玉乗りやお手玉も教えておこう」

 肩をすくめて、隊長は私にピエロ役を任せた。

 私たちは夜の闇と道化の姿に紛れ、蛮族を狩り続けた。

 報酬は要求せず、常に弱いものや子供の味方。

噂は本当だった。正義の看板を掲げて戦えることに私は誇りを持った。

「だから我らはウサダ隊長についていった。よって、部隊の食事が貧しくても致し方なし」

 ある隊員がこう言って、硬いパンとわずかな野菜を齧る。必然的に収入は旅芸人としての活動でしか稼げず、戦いを生業とするものとしては余りにも質素な食事が多かった。

 生憎、私は食事の味はよく分からない状態だったから問題なかったが。

 何故かこの隊は食事は質素でも、酒と煙草には事欠かなかった。

 ……私は今まで煙草を吸った事も無いし、吸う気も無かったが。

 サーカスの仕事も、想像よりも充実していた。

「あははーピエロだー。あは、あははーボールの上にのって進むなんて、すごいなぁ。あははー」

 あははと笑う路上生活者の子供に、元気そうな少年に、娘のような年の子供に、様々な子供たちに喜んでもらえた。

 ピエロの仮面の下の私の顔も、自然と仮面のピエロの様に笑みを浮かべていた。

 ……この隊に入れて、本当に良かった。

 気の良い戦友が居て、子供たちの笑顔を沢山見れて、そして、倒すべき敵を倒してきた。

 私はおとぎ話のサーカスで、いくつもの夜を超えて、いくつもの人を救った。

 苦しい事もあり、悲しい事もあり、それでも、充実した第二の人生だった。






 ……ラクシアに、神なんて居ない。居たとしても、ウサギに対してそいつは微笑まない。祝福なんてしない。

 俺は、それを知る事になった。あの夜の出来事で。

 今でもその日の事はよく覚えている。月がやけによく見える、そんな夜だった。










 いつものように蛮族が出たという情報をかぎつけ、小さな村にやってきた。

 サーカスの仕事でやってきた私たちに、村長は愛想笑顔を振りまき歓迎してくれた。

 いつもの仕事、いつもの光景。

(……いや、何かが変だ)

 何故かは分からないが、心臓がバクバク言っていた。

 戦友達は笑顔で村の様子について談笑している。

 村長の笑顔は、死人のように生気のない笑顔だ。

(村長はこんな、死んだ目をしているものなのか?)

 身の毛がよだった。五感とは違う、別の感覚が私に危険を叫んでいた。 隊長に伝えよう、そう思った時だった。


「伏せろっ!!」


 隊長の声が聞こえた時には、遅かった。建物の陰から村人と蛮族が一斉に現れ、私達に弾丸と矢の雨を浴びせた。

 私とウサダ隊長はローリングで回避、だが不意を突かれた隊員の何人かが傷を負った。

「違う……。まだだ」

 危険信号が私の頭で響き続けている。この程度の訳がない。本命はなんだ?

 その時、村長から場違いな間抜けなメロディーが聞こえた。



 隊長から聞いたことがあった。

 ……魔動機術には爆弾を製作する魔法があり。その魔法を時限式に出来る高位魔法があると。



 隊長から聞いたことがあった。”爆弾魔”と呼ばれる、恐るべき賞金首の蛮族がいる事を。

 村長は……いや、村長の振りをした奴の身体から閃光が瞬き、私達を飲み込んだ。




 閃光の最中、不意に誰かが私を突き飛ばすのを感じた。

 その手は毛深く、柔らかく、そして、あたたかい手だった。








 どれ位の時間が経っただろうか?

 私が目を開けると、草むらの中だった。それほど遠くない場所から声が聞こえた。

「約束と違う! 金と安全は保障してくれる話だっただろう!」

「約束が違う? それはこっちのセリフだ。まだウサダとかいう調子こいてるウサギが見つかってねぇんだ。豚のように醜い悲鳴を上げろ! 奴を呼べ! くひひひひ!!」

「う、うわぁああああ!!」

「死ね死ね死ねぇ! 仲間がいないと出てこれないんでちゅか~!? 早く出て来て俺に殺されろよぉウサダァッ!!」

 助けを求める人間の声と、無情にそれを潰す蛮族の声。

 私は、少しだけ体を起こして草むらの隙間から、その光景を見る。

 地獄だった。そこにあるのは、この世の地獄だった。

 心臓をえぐられる老人。指を一本ずつ折られていく男。ガンでいつ死ぬか試されながら撃たれている女。

 蛮族達の血の宴に、私は吐き気がした。

「……起きたか」

 不意に、ウサダ隊長のくぐもった声が、後方から聞こえてきた。

 声のする方向を振り返れば、私と同じ隊員数名と、ウサダ隊長が…血だまりの中にいた。暗闇で姿がよく見えない。

「爆発の後、とっさに【スモーク・ボム】と【ワイヤーアンカー】で隠れたが、助けられたのは、せいぜい数人だった。……年は取りたくないものだ、そういえば最近白髪が増えた」

 肩をすくめたようなポーズをしつつ言ったウサダ隊長には、肩より先に腕が無かった。足も無い。一応止血はされていたが、何時事切れてもおかしくない状態に見えた。



 眩暈が、した。

 嘘だ。

 嘘だ。嘘だ。

 嘘だ。嘘だ。嘘だ。

 あの隊長が死ぬわけが、無い。これも何かの作戦なのでしょう? そうだと言ってください隊長




「時間が無い。簡潔に状況を話す」

 隊長は私の心の内など構っている余裕は無いといった様子で、話を始める。

「奴らはどうやら、最初から俺達を待ち伏せしていたらしい。村人を使っての自爆攻撃だ。こちらの戦力は、お前を含めて三人。爆発で殆どの武器は吹っ飛んだ。残りは俺のサーペンタインガンと数丁のガンのみ。残弾数はわずか」

 血まみれになった隊長のサーペンタインガンと、心もとない数の弾丸が込められたガンベルトが、地面に無造作に置かれていた。

「敵の戦力は、爆弾魔以外は大した事はない。ボガードとゴブリンだけだ。そして爆弾魔は、ガンマンとしては三流だ。そこを突けば勝機はある。何か質問は?」

「………わ、私は…」

 声を出した私の喉はカラカラだった。心臓は壊れたように何度も早鐘を打っている。

「た、助けて!」

「ウサダさん、助けてください!」

 村人の悲痛な叫びが聞こえてくる。……彼らは自分達の身の安全の為に、私達を騙した。だが、その声を聞こえる度に耳が痛んだ。

「本当は騙す気なんてなかったんです……だから助けて!!」

 草むらの陰から、戦友たちの亡骸が見えた。アレル、トール、ジェフ、ロバート、みんな良い奴だった。

そして、目の前にいるぼろぼろの隊長。

 目がチカチカする。鼻の奥が痛い。隊長も……死ぬのか? あの無敵のタフガイだった隊長が……死ぬのか?

「助けてください! 助けて……」

 村人の助けを懇願する声が聞こえ続けている。

 彼らは……弱者は、自分達の命の為なら、見ず知らずの他人の命を犠牲にしていいのか?

「……私は、私は助けるべきか……分かりません」

 体が上手く動かない。でも、口と喉を無理やり動かして、隊長に聞く。

「隊長……命令してください。彼らを救えと」

「駄目だ」

 隊長は、命令しなかった。

 その間にも、悲鳴が聞こえる。蛮族の笑い声も聞こえる。謝罪と、後悔の叫びが聞こえる。

一つ、また一つ、弱者の命が狩り取られてゆく。

「俺が命令すれば、お前はやるだろう。……だが、それでは意味が無い。ここから先は、お前だけの道だ。俺は一緒に行けない。お前の命をどう使うか、それはお前が決めるんだ」

 隊長は、そう言った。何時事切れるかも分からない状態なのに、聞いた事も無いほど弱い声なのに、その声は良く通った。

 敵は一流の賞金首。勝てるかどうか分からない。負けたら私達は全員、惨めに死ぬだけだ。

 他の隊員達の視線が私に注がれた。どんな命令にも従うと、そういう決意の顔だった。

 彼らの命運は、私にゆだねられた。

私の大切な人達を見殺した者を、助ける価値はあるのだろうか?

 それが私の目指した正義だったのだろうか?

 時間が無い。決めるんだ。今。私は、私は、私は。





「私は……」





 その答えを出した瞬間。

 準備を整え、草むらから出た瞬間。

 ”私”は自分の中の”私”さえ、失った。







 月がやけによく見える、そんな夜だった。

 月だけじゃなく、村に上がった火の手が明かりになって、夜だというのにずいぶんと村は明るかった。

 だが、村のあちこちから悲鳴と断末魔のコーラスが聞こえ、村に纏わり付く空気は陰鬱で、その光景はまさに地獄と呼ぶのに相応しい。

 もしも、ここに神がいるとしたら、さぞや嘆いただろう。


 だが、ここに神はいない。


 だから、”ウサダ”がやる。

 私は、私の仲間を見殺しにした者を救えるほど、お人好しでも正義の味方でもない。

 だから、私はじぶんを止める。ウサダになってみせる。

 神なんていない。本物の正義の味方は、死んだ。だから、俺がやる。

 手に持ったサーペンタインガンの感触を確かめる。

『そのガンは、俺が子供の頃から使っている相棒だ。読み書きを覚えて、真っ先に自分の名前を書いた』

 正義の味方の言葉を、頭の中で反芻する。

サーペンタインガンは、初めて手にしたガンなのに、驚くほど手に馴染んだ。

『消さないでくれよ?弾がよく当たるおまじないなんだ。あと、落とした時に必ず戻ってくるおまじないでもある』

 隊長が肩をすくめる姿が脳裏をよぎった。分かっています、ウサダ隊長。

 首に巻いた赤い赤いバンダナが風にたなびいた。血で染まったバンダナなのに、ひどく心が安らいだ。

『その白いバンダナは昔、仲間だった女からもらった俺のトレードマークだ。……今は俺のせいで赤くなってしまったがな』

 ウサダ隊長の黒い体毛に、白いバンダナはよく映えていた。だが、その姿はもう見れない。

『相棒も、バンダナも、隊も、名前も、全てお前にやろう。せいぜい上手く使え』

 煙草を口にくわえ、火を点ける。苦かった。あまりの苦さで顔をしかめた。

 一歩、一歩と地獄へと迷いなく足を進める。

 俺は正義の味方。正義の味方は、助ける人間を選ぶのか? 否。俺の答は、決まっている。


「そこまでだ」


 俺の言葉に、子供を食い物にしようとしていたゴブリンが振り向いた。畜生の頭にサーペンタインガンを向け、引き金を引く。命中、即死。

 蛮族共が怒りの咆哮を上げると、こちらに一斉射。ウサギは弾丸より速く動けない。弾丸を避けるのは不可能だ。

 だから攻撃動作を読み、殺気を読み、数コンマ先の未来を読む。五感に頼るな、第六感を信じろ。攻撃ポイントを予測し動いた俺に、弾丸は当たらなかった。回避成功。

 隊員達が俺に続いて蛮族どもに攻撃を開始。慈悲無き殺し合いが始まった。派手にやろうぜ、ベイビー。

 ゴブリンの頭をぶち抜く、ボガードのどてっぱらをぶち抜く。敵の攻撃も激しい。少し、俺の身体の風通しがよくなった。

 痛みを無視し、相棒サーペンタインガンと共に蛮族を撃ち殺していく。風通しが良くなった箇所から、血が止めどなく流れる。問題無い。血の気の多い性質だったから、ちょうど良い。

 肩で息をしながら、雑魚どもを片付けると、爆弾魔が大笑いをしながらゆっくり現れた。

「おいぃ、血まみれの白いウサギ野郎、ずいぶんボロボロだなぁっ!?」

 俺の怪我を見て、舌なめずりをしている。

「……俺の名はウサダ」

 俺の言葉に、爆弾魔が爆笑する。

「ギャハハハハハ!! 白いウサギがドノ面下げて”ウサダ”だぁ!? 早く本物を出しやがれ!!」

「そうだ、俺はウサダじゃない……」

 俺は言葉にする。そう、俺は偽者。紛い物。本物が来るまでの、代用品。

 でも、今はそれで良い。俺は、それで良い。

「……だが、今はウサダだ。貴様みたいなクズをぶち抜くために、地獄だろうと世界の果てだろうと駆けつける、タビットの戦士だ」

「何を訳の分からない事をごちゃごちゃと……先ずキサマから殺してやる!」

 爆弾魔が襲い掛かってくる。傷口が開いて、体内の血がとめどなく流れ落ちるのを感じる。

 ……こんな時、隊長ならなんと言う? 決まっている。


「来いよ、ガンを抜け、腰抜けが。俺を殺して、お友達に自慢したいんだろう?」








 目が、覚めた。

 三時間程しか寝ていない筈なのに、やけに長い夢だった。

 ……あの戦いで俺は勝ち。そして、村の平和を、守った。

 それから、残った僅かな隊員と共に、戦い続けた。俺はウサダとして戦い続けた。


 勝つ時もあれば、負ける時もあった。だが、俺はしぶとく生き残り続けた。しかし、戦友は何人も戦えなくなり、一人、また一人隊を抜けて、今は俺一人しかいない。

 ……本物は、まだ来ない。だから今も、俺は代用品を続けている。


 俺は煙草に火をつけると、宿の外に出た。

 番外編となったが、一先ず読んでくれてありがとう。



 実の事を言うと、これは『セッションログを元に再現した読み物』という意味の”リプレイ”ではない。

 何故なら、これはTRPGのセッションを元にしていない。元となったのは、セッションで登場したプレイヤーキャラクター『ウサダ』のキャラクターシート、そしてそのプレイヤーさんの手がけた、ウサダの過去を書いた小話を元に作られているからだ。




 正直、規約違反と受け取られてもおかしくない話なので、この話は投稿後に消されてもおかしくないとさえ考えながら書き、そして投稿に至った。

 それを理解して尚、投稿したのは、このウサダの過去という話が、実際のセッション、そしてリプレイにおいて必要不可欠な要素の一つだと判断した故である。

 無論、規約違反は覚悟しているので、消されたらその時はその時で取り下げる予定です。




 最後になったが、非常に魅力的なキャラクターであるウサダを演じ、そしてその過去編を書き、それを元にした話の投稿を許可してくれて、更にはキャラクターアイコンを小説のイメージ画像として提供してくれたウサダのプレイヤーさんに感謝の言葉を。

 何時もありがとうございます、これからもよろしくお願いします。

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