第三話{鉱山村潜入編~鬼さんどちら? 銃声の鳴る方へ~}
間幕世界観紹介『プリーストと神』
ラクシアには唯一神は存在せず、あらゆる神々は始まりの剣やそれに近しい魔剣の力によって、人から神に成り上がった存在である。
故に、ソードワールドにおける神官という職業は、そういった神格を得た存在の内一人を信仰する、謙遜な信者なのである。
また、プリーストと呼ばれる存在は神より奇跡の力を借りて行使する魔法……神聖魔法を操る事が出来る。回復や防御に優れたこの魔法は冒険の舞台でも多く活躍している(だが、このリプレイにおいてはノンプレイヤーキャラクターのみ使用する)
人族の信仰する神には、人族の始祖たるライフォス。知識の探求を推奨するキルヒア。ライフォスの友であるティダン等が代表的存在として知られる。
他にも、酒の神や騎士の神等の、様々な大小の神々が存在しており、神々の絶対数は多くないが、多種多様な神々が存在している。
中には蛮族が信仰する神も一定数存在し、蛮族の始祖ダルクレムや、不死者の神であるメティシエ等が代表的存在である。
時に人族にも蛮族にも信仰される自由の神ル=ロウド等の例もあるが、それは稀なケースだろう。
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冒険者達は生き残りのボガードを捕虜として連れ去り、身柄を保安官に渡した。
その後、マルダー農場で一夜を明かし、蛮族退治の翌日の朝。冒険者達が寝泊りしていた部屋の扉を叩く人物が一人。
「おはようございます。さっそく蛮族たちを倒してくださったと伺ってやってきました」
不意打ちによる歓迎をしてくれた、保安官助手のアンディだった。
「おはよう……今日は不意打ちはしないのか?」
ウサダは肩をすくめつつ、煙草を片手に挨拶を返す。
「保安官が見てないところではやりませんよ……多分」
アンディはやや曖昧な言葉を返す。平時でも警戒心を抜いてもらわないように注意勧告する、彼なりの気遣いだろう。
「耳が早いね。次の仕事でもあるの?」
カタリーナはそう質問するが、アンディは首を横に振り。
「いえいえ。約束を忘れたのですか? 依頼をこなしたら、冒険者の店で宿泊出来るようになるという事を」
「そういやそうだったな、俺としてはここの農場で寝泊りでも良いんだが」
農場での住まいがやや気に入っていたのか、少し名残惜しそうにヴェレッタが言う。
「畑仕事をしてくださるならヴィンセントさんも喜ぶでしょうが……平時の護衛はルーカスさんたちで充分ですので」
アンディは肩をすくめて言う。
「人参畑で死ぬのも悪くないが、鍬を持つのは苦手なんだ。冒険者の店に世話になる、よろしく頼む」
ウサダもタビット式のジョークを交えつつ、アンディに案内を紹介を頼む。
その日の朝、まだ誰も起きていない未明の頃。ウサダは一人起き上がり、自分の背負い鞄をあさる。
その中から、一つの道具を取り出す。それは肘まで覆う片腕だけの籠手のような形状だが、腕の部分には幾つかのカードホルダーが装着されており、手の甲の部分には何か機械とカードを投入するような細長い口がついている。
「……」
ウサダはそれを、少し感慨深げに見つめ、そして鞄に戻した。
冒険者達は、マルダー農場から感謝の言葉を受けつつ送り出される。
「また来るっすよ! 皆さんはおいらたちの恩人っす!」
セオは背伸びをしつつ、小さな腕を懸命に振りつつ言い。
「君達のおかげで助かったよ。馬が必要なときはいつでも来てくれ。君達には特別価格でレンタルしよう」
農場主のヴィンセントはそう約束してくれた。
「ああ、また何時でも来るからな! ルーカスとも、ベストコンディションで競ってみたいしな」
ヴェレッタは手を振り返しつつ言うが、当のルーカスはツンとした態度で。
「……二度とゴメンだよ」
と、返すのだった。
「なんだ、別に決闘とはいってねぇよ。まぁ、的当てでも良いんだがね。決闘じゃお前の勝ち目が無いし」
ヴェレッタはムッとしつつ、ルーカスを挑発する。
「同じことさ。どっちが長く生きられるかとかなら応じるぜ。その血の気の多さじゃ長く持ちそうにないからな」
ルーカスもルーカスで、挑発に皮肉気味な言葉を返す。
「へっ……面白い、その勝負に乗った。絶対に生き延びて勝ってやるさ」
ヴェレッタはそう言い放つ。彼らのやり取りを見つつ、やや呆れた様子でカタリーナはヴェレッタに注意する。
「勝ちたいんだったら、少しはクールダウンする事を覚えた方が良いよ」
「お、おう……」
流石に言い返せないヴェレッタは、少し小さくなりながら答える。
「自分で言った事だ。長生き勝負に負けるなよ」
ウサダは煙草に火を付けつつ、ルーカスに一言言い。
「……世話になった」
と、手短に挨拶を済ませる。ルーカスは無言で軽く手を振って、冒険者達を見送る。
「お世話になりました」
「皆様、ごきげんよう」
カタリーナとレイチェルも挨拶をして、農場を後にする。
……ルーカスは去り行く女性二人の背中を。否、尻を見えなくなるまで凝視し続け、見送った。
アンディに連れられてマルダー農場を後にした冒険者一行は、アンディから前もって約束されていた報酬800Gを受け取る。
「そういえば、レーゼルドーン寄り、ダーレスブルグ寄り、希望はありますか?」
アンディは進みつつ、質問をする。
「前に聞いた話じゃ、族と積極的にやり合いたいならレーゼルドーン。少しでも安全が欲しいなら、ダーレスブルグだっけ?」
ヴェレッタの言葉にアンディは肯く。
「特に希望は無い。皆の好きにすればいい」
「私はどちらでもいいわ」
ウサダとレイチェルは、他の二人に判断を任せる。
「俺は戦う機会の多いほうが良いな」
と、ヴェレッタ
「じゃ、レーゼルドーン寄りでいいかな?」
と、カタリーナが言う。
「そう言って下さると思ってましたよ。では、レーゼルドーン寄りの店[迷える小槌亭]に案内しましょう」
アンディはその答えが返ってくると予想をしていたようで、特に進行方向を変える事無く先導し続ける。
たどり着いた先、冒険者の店[迷える小槌亭]は木製の建物で、シックで落ち着いた佇まいだ。それなりの活気もあるようで、見たところ中々良い店に見える。
「……っと、そうだそうだ。店に入る時にちょっといいか?」
ヴェレッタは突然、店の前で立ち止まり一同に質問をする。
「『人は第一印象が大切』という言葉もあるし、ちょっとこれで演出していこうかと思ってね」
ヴェレッタが言いつつ取り出したのは、ハーモニカ。どうやらこれを演奏しつつ登場したいようだ。
「……いいけど、失敗しないでよ?」
心配そうに言うのはカタリーナ。ウサダとレイチェルは我介せずといった様子だ。
「大丈夫だって。まぁ見てな」
ヴェレッタはそう言い、アンディが開けた店の扉を潜りながら、ハーモニカに口をつけ……。
ヴ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛~~~~~~~~~~~~~~~~
非情に不快な音が店内に響き渡った。
活気のあった店は突然の出来事に一瞬静まり返り、音源である店の入り口に注目する。
店のカウンターの向こうにいる、体毛がもっさりとした質感のドワーフは。
「おい、なんだこのひでぇ音は。新手の営業妨害か?」
露骨にしかめ面をしながら言ってくるのだった。
「いや、あのな、これは、えっと、違うんだ……」
とてもバツの悪そうな顔で、自分でも見当違いの音を出してしまった音を出した本人、ヴェレッタは言い訳にならない言い訳を始める。
「……温めていたポエムの披露は終わったのか?」
「そのハーモニカ、壊れているんじゃない?」
「ずいぶんと良い”第一印象”ですのね……」
上から順に、肩をすくめるウサダ。苦笑交じりのカタリーナ。皮肉気味にレイチェルからの酷評である。
ドワーフは”新手の営業妨害”御一行の中に保安官助手のアンディがいる事に気がつき、事情を問いただす。
「おいアンディ、何だこいつらは」
「……保安官が言っていた新しい冒険者達ですよ」
流石にアンディも、何とも言えない表情をしつつ、一応事情を説明するのだった。
「…すまんな。営業妨害ではない。大目に見てくれ」
帽子を被りなおしつつ。ウサダが仲間の失態を謝る。
「すまなかったな……。俺は冒険者のヴェレッタ、ハーモニカはあんなだが、ガンの扱いには自身がある」
ヴェレッタも謝りつつ、自己紹介をする。
「弟分がご迷惑おかけしました……。あたしは同じく、冒険者のカタリーナよ」
「レイチェルです。以後よろしくお願いしますわ」
冒険者達はとりあえず自己紹介を終える。
「ああ、なるほどなぁ。俺は店主のパトリックだ。こっち側に来る奴は誰だって歓迎するぜ……。例えハーモニカが吹けなくてもな」
パトリックと名乗るもっさりドワーフは、せめてもの恨みなのか、ヴェレッタへ嫌味を送りつつ自己紹介する。
「いやすまない、本当にすまない」
ヴェレッタは反論しようもないので、ただ平謝りをするしかなかった。
散々な初入店騒動が一段落して、冒険者達は店の部屋を二部屋貸してもらう事になり、二階に案内される。
部屋割りはヴェレッタとウサダ。カタリーナとレイチェルという、性別で分けられる事に決まった。
部屋は引き出しの付いた机と、椅子が二セット。簡素なベッドが二台。何かの神の聖書が、机に置いてある。豪華ではないが、清潔に保たれており、中々快適そうだ。
「ようこそ、むさ苦しい部屋へ」
ヴェレッタを歓迎するウサダの言葉は、やや自虐的でもあった。
「それ、自分で言ってて悲しくないか?」
ヴェレッタは言いつつ、椅子に腰掛ける。特にすることも無いので置いてあった聖書をパラパラと眺めてみる。
『力よりも、理屈よりも、先ず杯を』
『幸せは分かち合うもの。酒は飲み交わすもの』
『独占は争いを生む。過ぎたる酒の如く、身を滅ぼす』
「……酒幸神の聖書じゃねーか!」
ヴェレッタは思わずツッコミを入れつつ本を閉じて机に叩き付ける。
「聖書の使用用途は枕以外思いつかんな」
ウサダは窓際で一服しながら、聖書を叩き付けたヴェレッタを見つつそう言う。
タビットはそもそも、神の声を聞く事が出来ない種族の為、神頼みする習性というのが存在しないのもあるが。
「そうだな、それを読む暇があったら、道具の手入れでもしてるさ」
先ほど、予想だにしない音を鳴らしたハーモニカを取り出し、ヴェレッタは手入れをする。
「そうそう、大事なことを言い忘れたのですが、皆様が連れてきたボガードを今尋問しています。聞き出せた話次第ではまたお願いにあがるかもしれませんので、今日明日はどこへもいかないでくださいね」
「おお、アンディ。そうだったのか……って、ええ!?」
ヴェレッタが後ろを振り向くと、そこにはいつの間にサーペンタインガンを持つアンディが居た。
「では、僕は向こうの部屋にもこの事を使えたら、公務がありますので」
サーペンタインガンを腰のホルスターに収納しつつ、笑顔で彼は部屋を出て行く。
「……あいつの趣味は不意打ちなのか?」
「さぁな」
部屋に残ったヴェレッタとウサダは、去り行くアンディの背中を見ながらそんな疑惑を持つのだった。
「お前らの得物はガンだな。戦ったなら弾丸の補充がいるだろう。良いガンショップの場所を教えてやるから行ってこい」
パトリックにそう言われ、紹介されたガンショップに冒険者達は向かう。
「やぁようこそ、カシュカーンで唯一のガンショップへ! 私の名前はマッデン。以後よろしく頼むよ!」
店内に入ると、やけにフレンドリーでテンションの高い人間の男性、店主のマッデン歓迎してくれる。
「いやー、君達全員ガン使いか! いいね! この村にはガン使いが少ないから嬉しいよ! やっぱりガンは最高だよね!」
全員の装備を見るや否や、更に興奮した様子でほぼ一方的に話してくる。
「デリンジャー一丁と、後はガンベルト。それに弾丸3ダースを」
「デリンジャーだね。ルキスラ直輸入のいいものがあるよ! 弾丸もクズはない、全部きちんと検査してるからね!」
ヴェレッタの注文を聞いたマッデンは奥の棚から箱を一つ二つ取り出し、カウンターに出す。片方の箱には綺麗に磨かれたデリンジャーが一丁、もう片方には、専用のケースに詰められた弾丸が収納されている。更に、カウンターの下から革製のガンベルトを、ホルスター付きで出す。
「良いデリンジャーだ…。ベルトのサイズも俺にぴったりだ。ありがとう、ぜひこれからも贔屓にしていくな」
ヴェレッタは気に入ったようで、心からの感想を言う。
「……弾をこれだけ頼む」
ガメル硬貨を出しつつ、ウサダは手短に用件を伝える。マッデンは注文を受けて一瞬でガメルを受け取り、おつりと弾丸を渡す。この間、僅か1秒と四半秒程。計算ミスも無い。
「…これから世話になる」
ウサダはその速さに若干驚きつつ、挨拶をする。
「うんうん! ぜひこの村で名をあげてくれよ! いつでも協力するよ! ガンマンに悪い奴はいないぜ!」
それに対するマッデンの笑顔は、カシュカーンでも他に類を見ない程の明るさだった。
「バレットポーチと弾丸をお願い」
「私もポーチと弾丸を頼みますわ」
「はい、パレットポーチはここに70種類のデザインがあるから好きなのを選んでね。女の子向けのかわいいのもあるよ!」
カタリーナとレイチェルの注文にカタログを出すが。
「いえ、普通ので」
「右に同じ」
レイチェルとカタリーナは即答しつつカタログを返す。
「そうかー。やはり銃の世界は女子受けを狙ってもダメか…」
マッデンはしょんぼりしつつ、二人が今使っている物と同じデザインのバレットポーチを出す。
ヴェレッタは代金をマッデンに出しつつ、気になっていた事をウサダに聞く。
「そういや、おっさんは他の銃は使わんのか?」
「お前は自分の身体の一部をすぐ交換するのか?」
ウサダは、逆にヴェレッタに聞き返す。
「……良く解らんが、その銃はおっさんの身体って事か?」
ヴェレッタは、取りあえずウサダの言わんとしている所を察する。
「…そういう事だ、死ぬ時も生きる時もこいつだけで十分だ」
ウサダは深く帽子を被りなおしつつ言う。その話を聞いていたマッデンが口を挟む。
「分かるよ。本当のガンマンは銃と一蓮托生だからね。けれど、メンテナンスや、性能の向上ぐらいは、OKなんじゃないかな? この私はガンスミスでもあるからね。この手にかかれば、既製品の性能を向上させることもわけないさ」
「…そうか、一流のガンスミスか。何時か俺の体が世話になるかもしれん。…ただ、その時でもこのガンの傷は消さなくていい」
ウサダはマッデンの提案を聞き入れる。ウサダの持つサーペンタインガンは傷だらけで、古びた骨董品のようだが、よく手入れが行き届いている。
「俺はまだいいな『優秀なガンスミスのガンは、優秀なガンマンじゃなきゃ使っちゃいけない』……師匠の受け売りだがな。俺が相応しい実力になった時には頼むぜ」
ヴェレッタの言葉に、マッデンは笑顔で。
「楽しみにしてるよ」
と、期待と共に言った。
迷える小槌亭に戻った冒険者達は、パトリックからこれからの活躍を期待してのささやかな宴会が行われた。
翌日、アンディが朝早くヴェレッタとウサダの部屋に訪れると。
「……早いな、アンディ」
宴会の後だが無表情のウサダと。
「うげぇ……気持ち悪い……」
慣れない酒盛りで、完全に二日酔いをしていたヴェレッタが居た。
「……ったく、弱いのに、いつも飲みすぎるんだから」
「す、すまねぇ」
ヴェレッタはアンディに肩を借りて一階のテーブル席まで移動し、ウサダが差し出した水を飲んでいる。
そして、アンディに呼ばれて同じ席に集まった冒険者達は、アンディの話を聞く事になる。
「ボガードがようやく口を割りました。皆さんが倒した以外にもう一体、親玉がいるそうです。そいつはカシュカーンから数日のところにある鉱山の近くの村へ向かった、との事です」
「……親玉か」
アンディの話を聞きつつ、ウサダはヴェレッタの背中を肉球付きの手の平で擦る。
「レッサーオーガを従える親玉ね……。これは厄介だね。」
そう言ったカタリーナを含め、ここにいる全員はある一つの予想が出来ていた。
「ええ、人間に化ける能力があると言ってました。おそらくは……」
「劣等種のレッサーじゃない、オーガ。あるいは更にその上位種、か……うぷっ」
顔を曇らせ説明するアンディの言葉を引き継ぎつつ、ヴェレッタがその可能性の具体的な形を言う。
「……人に紛れられるとやっかいだな」
ウサダの呟きに、アンディは肯き。
「ええ。なので、できれば今すぐに向かっていただけたら。報酬は村を通じて用意いたします」
「……奴が向かった村はどんな場所だ?」
「鉱山なら人手がいるし、それなりに人は居るはずよね?」
ウサダとカタリーナは、村について質問する。
「そうですね。工夫とその家族達、という感じです」
ヴェレッタは話を聞きながら、待ったと言って提案をする。
「一刻も早く行かなきゃならない状況だって言うなら、こんな所で話してないで早馬でも借りてさっさと行こうぜ」
「……確かにヴェレッタの言う通りだ。俺とした事がお喋りをしすぎた」
ウサダは納得しつつ、旅荷物を部屋に取りにいく。が、カタリーナは心配そうにヴェレッタに言う。
「あたしも急ぐのには異存はないけど……あんたは大丈夫?」
「大丈夫だって……よっ」
ヴェレッタはカタリーナに心配されつつも、自身も準備をしようと立ち上がろうとして。
「……とっっと!?」
直ぐにふら付いて壁にもたれかかる。
「あ、あれ……上手く歩けない?」
「……やっぱり、まだ酔いが醒め切ってないじゃないの」
カタリーナが”大丈夫かどうか”聞いた事は、案の定大丈夫じゃなかったようだ。
「あらあら、まだまだ坊やなのねぇ」
レイチェルがヴェレッタの事をくすくすと笑い。
「う、うるせー……」
ヴェレッタは弱弱しい声を返した。
「あー……僕はパトリックさんを呼んできます。酒幸神神官のあの人なら、酔い覚ましの魔法が使える筈ですから」
アンディはその様子を見て、店主を呼びにいく。出かける準備は、まだちょっと時間がかかりそうだった。
思わぬアクシデントこそあったが、旅支度を整えた冒険者達は、アンディから受け取った地図を持ってマルダー農場に向かった。
急ぎで、尚且つ遠出をするのであれば、何か乗り物が必要である。その為の騎馬用の馬を、ここの農場から借りる事にした。
事情を聞いたヴィンセントは。
「わかった、そういう事なら直ぐに人数分の馬を用意しよう」
そう言って、四頭の馬を連れてきた。どの馬も良く育て、調教されているようで、従順且つ優秀そうな顔ぶれだった。
「よっと!」
ヴェレッタは掛け声と共に一頭に華麗に飛び乗る。カタリーナも慣れた様子で馬に跨る。
レイチェルはというと、やや困り顔で。
「私、実は乗馬は初めてだから……誰かレクチャーしてくださらないかしら?」
それを聞いたヴィンセントは。
「ああ、それならルーカスを呼んで来よう」
「いえ、レイチェルには私達が教えますので」
「……ルーカスはあの事件の後なので疲れているだろう、こちらに任せて欲しい」
「ほ、ほらレイチェル、先ずは馬具の着け方からだな」
上からカタリーナ、ウサダ、ヴェレッタが全力でルーカスが来るのを阻止した。
「ふむ、君達が言うのなら」
ヴィンセントも、とりあえずルーカスを呼ぶのは止めたようだった。
それを見て安心したウサダは、ようやく自分にあてがわれた馬に乗ろうとして、馬の横で数回ぴょんぴょんと飛ぶが。
「……」
背丈が足りず、体格の良い馬には上手く乗る事が出来ず、肩をすくめる。
「……ウサギでも乗れる馬は取り扱っているのか?」
「ああ、すまなかったね。今用意して来よう」
ヴィンセントは慌てて厩舎の奥に行き、ウサダの体格にあった馬を連れて来る。その馬は、何処からどう見ても子馬だった。
「……食うか?」
「……!」
ウサダはこれから世話になる馬に、ぶっきらぼうに人参を渡すと、ポニーは喜んでそれを齧り出す。そして、早速ウサダに懐いた様子で擦り寄ってくる。
「短い間だが、よろしく頼む」
「?」
ウサダは挨拶をすると、馬具を取り付けてポニーの背に乗る。その間にレイチェルの準備も終わった様で、出発の準備が整った。
「では、君達の無事を祈っているよ」
ヴィンセントはそう言いつつ、冒険者達を送り出す。
三頭と一匹の馬に乗った冒険者達は、黄昏の大陸の大地を風の如く駆け出した。
「さて、目的地は……こっちだな!」
ヴェレッタが器用に片手だけで手綱を握り馬を駆りつつ、もう片手に持った地図を見て、進行方向に向けて駆け出す。
ヴェレッタを先頭にして、他の三人も同じ方向に馬を駆り進み、登り行く太陽と共に世界を走りだす。
馬を走らせ、道中野営をしつつ、二日掛けて一行は鉱山の村にたどり着く。
村はそれほど大きくなく、鉱山があるから存在しているかのような場所だった。
「シンプルだな、でも、そういうのは嫌いじゃないぜ」
ヴェレッタが素直な感想を述べ、ウサダがああ、とそれを肯定しつつ。
「……ここにケチな蛮族が紛れてると思うと反吐が出る」
そう言って、決意を新たにする。
冒険者達はまず、村で唯一の宿屋兼業酒場に向かう。
「いらっしゃい」
宿では冴えない中年男の店主が、そう言って迎える。
「…世話になる」
ウサダは手短に挨拶をする。
「よろしくお願いしますね」
レイチェルは営業スマイルを振りまきながら挨拶。
「ヴェレッタだ、ここに決闘をお望みの悪いお……むぐぐ」
ヴェレッタが迂闊な事を言いかけたのを即座にカタリーナが口を塞ぐ。
「決闘? よくわかんないが、部屋は空いてるよ。昨日も客がきたし、全部埋まるなんて珍しい事だ」
店主は疑問顔だったが、あまり気にせず話す。
「…そうか、商売繁盛とは良い事だ。団体客でも来たのか?」
ウサダがそう質問する。
「そうだね、3人ほど。知り合いかい?」
店主が聞き返したが、あまり蛮族を追っている事を言いふらす訳にもいかず。
「友人がこの辺に来る予定があると言っていたから、聞いてみただけだ」
肩をすくめてウサダは適当に誤魔化した。
「そういえばこの町は平和そうだな。事件など何もないだろう」
ウサダはそのまま、世間話をするような気軽さで質問をする。
「事件? ないねぇ…」
店主はそう答えた。
「…実はしばらくここに滞在したいと思うのだが、ここ以外によそ者が泊まれそうな場所や、働けそうな場所はあるか?」
ウサダはさりげなく世間話から本題に移るような話し方で、店主から聞きだせる情報を聞きだしてゆく。
「泊まるのはここか…まぁ、その気になれば、近くの森ぐらいだなぁ。仕事するのはもう鉱山か食堂くらいしかないよ」
「そうか、あいにく女神が二人いるから森は無理だな。情報感謝する」
ウサダはそう言って、アンディから事前に受け取った金を店主に差し出し、部屋を借りる。
「……一旦、部屋で話し合いをしよう」
ウサダが部屋の鍵を受け取り、仲間達に提案する。
「ええそうね」
特に異論はなく、冒険者達は二階にある部屋に向かった。
「あぁ、それと、カタリーナ」
「何かしら?」
ウサダが、思い出したようにカタリーナに話しかける。
「……そろそろヴェレッタを離してやってくれ」
帽子を深く被りながら言う。カタリーナの腕には呼吸困難な状態でぐったりしているヴェレッタが居た。
「はぁ……窒息死するかと思ったぜ」
「あんたが迂闊な事を言おうとするからでしょ」
冒険者達は部屋に集まり、一応部屋の鍵を閉めてから作戦会議を始める。ヴェレッタは先ほどまで口を塞がれていた性で顔がやや青い。
「まず確認したいが、俺達が鬼を追ってきているというのは基本的に隠した方がいいだろう」
「なんでだよ、手短にスマートにストレートに済ましたほうが良いじゃないか」
ウサダが最前提事項を話し、それをヴェレッタが疑問顔で言い返す。
「はぁ……どうやって、手短にスマートにストレートに済ませるのよ?」
カタリーナは考えなしな弟分の様子を見て、軽くため息を付く。ウサダ部屋の窓際で煙草に火を付け、話し出す。
「一つ、奴はすでに村の人間に化けて潜んでる可能性がある」
「そうね。それに無用に混乱を招く事にも、相手にこちらの存在を大々的に知らせることにもなりかねないわ」
ウサダの説明に、レイチェルが続ける。ウサダはその言葉に頷きつつ。
「二つ目はレイチェルの言った通り、無用の混乱を避ける為だ」
ヴェレッタはウサダの話を聞き、申しわけなさそうな顔をする。
「……すまねぇ。俺が軽率だったな」
ウサダはヴェレッタが納得したのを見て、改めて方針について話し合おうとする。
「俺達は正体を悟られないよう、ここを調査して奴が潜んでないか調べる必要がある」
「……難しい注文だね。聞き込みをやっている時点で、バレる可能性が高いよ」
カタリーナはそれが難しい事を指摘する。が、そこでヴェレッタが提案する。
「じゃあ、サーカスにしようぜ、サーカス」
「サーカスって……旅芸人って事?」
カタリーナが聞き、ヴェレッタは頷く。
「……流れの旅芸人か」
ウサダは何故か感慨深そうに呟き、ちらりと女性陣を見る。
「料理とハンティングは得意だけどね」
と、カタリーナ。
「ふふっ」
と、含み笑いと共にダンスのステップを踏むレイチェル。
「…射撃で的当ても立派な芸だ。レイチェルは言うまでもなく満点だな」
ウサダは指でOKサインを作り言う。
「軽業も出来るのよ?」
と、レイチェルはステップ踏みこんで宙返りをしてみせる。ウサダはぽむぽむと拍手を送る。
「俺は演奏が出来るぜ、ハーモニカの手入れもばっちりだ」
「じゃ、ここで披露してみて」
迷える小槌亭での一軒もあった為か、念の為カタリーナが確認する。ヴェレッタはハーモニカに口を付け、ゆっくり演奏を始める。
最初はゆっくりと、そして少しづつアップテンポで軽快に、見事な演奏を披露してみせる。
「折角だから、ちょっと合わせてみましょう」
レイチェルは楽しそうに軽快なハーモニカの音色に合わせてステップを踏み始める。二人の即興ながらに見事なパフォーマンスを見て、ウサダとカタリーナは満足気に見える。
やがて演奏が終わり、レイチェルはドレスの裾を持ち上げて一礼する。
「……どうだ?」
ヴェレッタは感想を求めた。
「…二人とも本業が腰を抜かす出来だ。おひねりを投げたいくらいだ」
拍手するウサダは、少しおだてているのもあるだろうが、それでも中々良い感想が返って来る。
「その腕なら、問題なさそうね」
カタリーナも安心したようで、二人に拍手を送りつつ言う。
「ふふっ。ありがとうございました」
レイチェルは微笑みとお礼を返す。
ウサダはよし、と言いながら全員を見て言う。
「俺達は旅芸人だ。ここで芸をして稼げないか期待して来た一団。村人の個人情報について聞く時は、新メンバーを探すという名目」
「了解だ!」
「ええ」
「わかった」
他の三人はそれに答える。そして、ウサダは話を続ける。
「さて、怪しい二つのグループがこの村に来ているようだ。一つ目は証人と護衛。二つ目は旅の神父。鬼がよそ者として来たならよそ者に化けてる可能性が高い。このよそ者から調べるのが良いと思うがどうだろう?」
「異論はないわ。ただ、どちらから調べるおつもり?」
レイチェルが同意し、そして質問をする。
「親玉が単独なら、神父の可能性が高い。先に神父を洗おう」
ウサダは質問にそう答える。
「そうね、行商人は鉱山に行っているそうだしね」
「まずは村にいるであろう神父だな」
カタリーナとヴェレッタも肯きつつ同意する。
「今日は俺達旅芸人が来た初日。先ず、村を下見をしに行こう。ただし、武器は極力見せないよう。敵も村人も刺激する恐れがある」
ウサダはそういい、カタリーナが提案する。
「それなら、村長に話を通しましょう。何か芸を披露するって宣伝もすれば、人を集めるのも楽になりそうだし」
「ナイスアイデアだな、姉ちゃん」
ヴェレッタと、そして他の二人もそれに肯き、当面の活動の方針が決まった。
「…よし、出発の準備は出来たか?」
ウサダはコートにサーペンタインガンを隠し、若干着崩してラフな格好にしつつ、仲間に確認を取る。
「ああ、OKさ」
「あたしはオーケー」
「ええ、大丈夫よ」
ヴェレッタ、カタリーナ、レイチェルもそれぞれ手持ちの武器を隠したりして、隠せない長物だけは背負った状態で答える。
「では旅芸人の俺らは村長にでも挨拶に行くか」
ウサダはそう言って、先頭に立って部屋を出る。それに他の仲間達も続いた。
村長の家に言って話をした所、特に問題なく二つ返事で許可を出される。更には、今晩にでも宿屋の一階酒場のステージで披露してほしいとも頼まれた。
そして、宣伝に村を回った所、よほど娯楽が少ない環境の為か、何処に行っても誰も彼もが興味津々といった様子だった。
村の男衆はレイチェルを見ながら何かをひそひそと囁きあい、偶に見える女性達はウサダを見て黄色い声を上げたり手をわきわきさせたりしていた。
そして夜、酒場のステージに立ち、旅芸人の演目がスタートする。
最初はヴェレッタがハーモニカを演奏し、演奏と共にステージに躍り出たレイチェルが、演奏にあわせた華麗なダンスを披露する。
「ひゅぃーひゅぃー!」
「ええでーええでー!」
村人からの歓声が上がり、酒の注文が飛び交う。
中には異性との接触にも飢えていたのか、妙に前屈みな姿勢になっていたり、ステージの前で異様に低姿勢でレイチェルを下から眺めていたりする男が数人いたりもした。
「……」
ウサダはカウンター席から観客達の様子を遠巻きに眺め、怪しい者が来ていないかを確認する。
候補の一つであった商人とその護衛はすっかりショーを楽しんでいるようで、酒で顔を真っ赤にしながら盛り上がっている。
神父らしき男は、つまらなそうにカウンター席の端で飲んでいる。その他には、若干青い顔をした若い男が、こちらも一人で座って見ている。
「…お客様、私達の芸はお気に召しませんでしたか?」
ウサダは木のジョッキに入った水を手に持ち、顔の青い男に近づき、話しかけつつ隣に座る。ウサダはテーブルに置いたジョッキをスッと青い男に差し出す。
「え? ああ、いや…ちょっと考え事をしてて」
まごつきながら、挙動不審な様子で男は答える。
「ほう、あの素晴らしい踊りでも、あなたの考え事の前では無意味でしたか」
やや残念そうに、ウサダは言う。
男はそう言われると、レイチェルを見て少し見惚れた顔をするが、それも一瞬だった。
「いや、ほんと、ちょっとね…」
もにょもにょと口の中だけで聞こえない呟きをしつつ。男はうつむくばかり。
「…お客様、もしや悩み事がおありで? あいにく私はただのウサギですが、話を聞くぐらいならできます。そしてウサギは決して秘密は洩らしません」
ウサダは親身になって、彼の話を”聞き出そう”とする。
「……いや、多分疲れて見間違えただけなんだ。それに、タダのウサギならなおさら…」
男はまだもにょもにょとした様子で、どうにもこのままじゃ話にならない様子だった。
ウサダが男と話している内にヴェレッタの演奏は終わり、レイチェルはステージの中央で、ヴェレッタはステージの端で椅子に座りながらお辞儀をする。酒場からは拍手喝采が鳴り響く。
そしてヴェレッタは立ち上がり、自分の座っていた椅子を引いてステージの下座に置くと、レイチェルはその椅子に腰をかける。ステージの上座側からはナイフとリンゴを持ったカタリーナが現れ、リンゴをヴェレッタに向けて投げる。ヴェレッタはそのリンゴを受け取ると、それを椅子に行儀良く座るレイチェルの頭上に置いた。
「…あれも私達一座の名シューター、カタリーナです。狙ったリンゴは決して外しません」
ウサダは男にステージに出た人物の解説をする。そして、壇上のヴェレッタは声を張り上げて話し出す。
「皆様、私の演奏と、一座のダンサーレイチェルのダンスをご覧くださりありがとうございます! さて、楽しいお時間も、次の演目で最後にいたしましょう。こちらに見えます一座のシューターカタリーナが投げるダガーが、このレイチェルの頭の上に置かれたリンゴ目掛けて飛んで行きます。無論、狙いを外せば彼女はただでは済みません」
ヴェレッタの言葉に酒場がざわつき始める。
「では……お願いします!」
ヴェレッタが言うと、カタリーナはやや緊張した面持ちで一回深呼吸をした後に、ダガーを持った手を振り上げる。
酒場が独特の緊張感に包まれ、ショーの行く末を観客全員が見守る中、カタリーナは手を振り下ろし、勢いをつけてダガーを投げなった。
トスッ! と軽い音が鳴り、ダガーは寸分違わぬ狙いでリンゴに当たり、レイチェルの頭からリンゴが落ちる。
酒場からは安堵の息が零れ、そして拍手喝采が鳴り響く。
「…ね?」
肩をすくめてウサダは男に言った。
「彼女に何か話があるなら、私が仲介できますが」
ウサダは今一度、相談に乗る事を言って、男はようやく決心した様子で言う。
「…じゃあ、舞台が終わったら、頼むよ」
「…かしこまりました」
恭しく、ウサダはお辞儀した。
「さあさあ! 盛大な拍手をお願いします!」
ヴェレッタは大喝采のステージ上で進行を取り仕切る。
「初めてやったけど、うまくいったわ」
カタリーナは一人、歓声で誰にも聞こえない声量で呟き、それから観客に愛想を振りまく。
レイチェルは如何にもあらかじめ練習済みといった、落ち着き払った様子で一礼をする。
素晴らしいショーを見た観客達は、ステージに向かってガメル硬貨や、それが詰まった袋を投げたり、おひねりの嵐が壇上に襲い来る。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 今一度! 一座のスター達に、盛大な拍手を!」
ヴェレッタは感謝の言葉を述べつつ、ステージの最後を締めくくった。
「…そろそろショーも終わります。こちらへどうぞ」
ウサダは男の事を自分達の部屋に案内する。
部屋には既にカタリーナとレイチェルが待機しており、ウサダは男に自己紹介をする。
「一座の団長を勤めるウサダだ。こちらがシューターのカタリーナ。こちらがレイチェル」
「ええ、貴方の名前は?」
紹介されたカタリーナは、男の事を聞く。
「俺はロングって言います……。なあ、あんたたち、腕は立つのか?」
ロングと名乗った男は、いきなりそう聞いてくる。
「ふふ、レディに声かけるにしては気が利いていない言葉ね」
と、くすくす笑いながら返すのはレイチェル。
「あちこち旅するには、腕っぷしも必要なのですよ。期待していいですよ」
と、ウサダが答える。
「まぁ、それなりにね。もしかして、依頼?」
カタリーナはそう答えつつ、質問を返す。
一方、ヴェレッタは部屋の扉の前で、外から会話を聞きつつ部屋の前で何かを待っている。
ロングは少し悩んだ顔をしてから、やっと本題を話し始める。
「…俺達男はみんな鉱山で働いている。大抵はバディシステムで、二人一組で働くんだ。何か会っても大丈夫なようにな」
「……」
ウサダは黙って話を聞く姿勢に入る。
「昨日、俺はバディのケントと別れて、昼飯を食いに家に戻ってきた。あいつはいつも、鉱山脇で弁当食ってるんだ。俺が戻ったら、ケントはいなかった。おかしいなと思って見に行ったら、血の跡があって……慌てて報告しにいったら、そこにケントがいるんだよ。血の跡の話をしたら知らないっていうんだけれど……最初は、何かの見間違いだと思ったんだ」
「……だが、それ以降のケントに違和感を感じてしまった、と?」
ウサダはそこでこう言い。ロングはそれに肯きながら続きを話す。
「それ以降はなんか仕事が身に入らないというか、やり方を忘れちまったみたいでさ。それで心配して、今朝起こしがてら家まで行ったら、一瞬だけすごいでかい蛮族の姿を見たような気がして……」
最後の方は身震いをしながらロングは言葉を紡ぐ。
「それは恐らく、オーガと呼ばれる蛮族がケントを食べて入れ替わったのでしょうね。オーガは心臓を食った人間の姿に変身する力があるの……ただし、一日24時間中に18時間だけ」
カタリーナはオーガの事を説明し、ロングは顔を青白くしながら。
「…やっぱり…」
と、呟き、更に震えだす。
「……この話は他に誰かにされましたか?」
ウサダはロングにそう質問する。
「いや…見間違いだったらと思うと…俺のバディだし。でも、見間違いじゃないんだな……」
彼は今にも気絶しそうな程顔色が悪い。ウサダが直ぐに彼の側に行き、肩を貸す。
「ケントに、家族はいるの?」
カタリーナが、確認を取る。
「いや、妻子をダーレスブルグに置いて来ている」
ケントの答えに、カタリーナは少しだけ安堵する。
「それが、せめてもの救いか……」
もしもケントに家族がいれば、ケントが知らず蛮族に入れ替わっていたという事実を家族に突きつけねばならなくなる。最悪の場合、一家がオーガに食われるのも時間の問題だろう。だが、それは今回は心配しなくても大丈夫そうだ。
「……18時間」
ウサダが、意味深に呟く
「オーガが一日に変身できる時間の合計だ。朝から変身してるなら、朝までに正体を見れるだろう」
そう言って、彼はケントに向き直りつつ、頼む。
「ケントがどこにいるか、教えてくれ。悪夢を終わらせなくてはいけない」
「今なら家にいると思うよ…案内する」
ロングはゆっくり肯き、ウサダ達を案内する。
「……少し待ってくれ、準備をする」
ウサダはそう断りを入れて、自分の荷物の入った背負い鞄を開き、その中から”籠手”を取り出す。
「……もしかしたら、お前の力を借りるかもしれないな」
そう、その道具に向けて呟いたウサダは、コートのポケットから緑色のカードを取り出し、何枚かを籠手のホルダーに詰め込んで、それを自分の左腕に装着する。
「準備が出来た。行こうか」
「……ヴェレッタはどうした?」
廊下を歩いている時、ふと、ウサダは仲間の一人がいつの間にか居ない事に気が付く。
「さぁ、途中で抜け出して行きましたわ」
レイチェルは何時からいないのかまで把握していたが、しれっと何一つ心配していない様子で答える。
「あの子、また一人で先走って・・・・!」
カタリーナは慌ててヴェレッタの足取りを追い始める。
「保護者は大変ねぇ」
他人事だという感じで、レイチェルはそれを見送る。
「…同感だな」
煙草に火を点けるウサダも、さしたる心配をしていないようだ。
(オーガは蛮族……。ならば旅の神父は見過ごす理由が無い。うまく話せれば協力を仰げるかもしれない)
会話の途中。ケントが鬼であると考えたヴェレッタは、怪しいと思われた神父の部屋に独断で向かっていた。
信仰する神の教義にもよるが、人族の信仰する多くの神は蛮族の存在を許すべきではないと教える。戦いを生業とする人族ならば蛮族と敵対するのは必然だが、とりわけ神を強く信仰し、その加護を受けるプリーストは特にその傾向が強い。実際に騎士や冒険者にもプリーストは多く存在し、蛮族という仇敵を狩るべくその力を振るっている。
ヴェレッタは部屋の前にたどり着くと、ドアをノックして声をかける。
「ここに旅の神父が居ると聞いたんだが?」
「…なんだ」
と、めんどくさそうな顔で神父が出てくる。人間の男性で、あまり信心深そうな印象はない。
「さっきの旅芸人か。チップはもう払ったぞ」
うっとおしそうに話す神父に、ヴェレッタは話し始める。
「いや、俺はちょっと神に興味があってね、話を聞きたい」
「…ほう。君はどの神を信仰するのだね?」
表情を改めて、神父が言う。それにヴェレッタが答える前に、カタリーナがヴェレッタの後ろから現れ、首根っこを掴んで、ずるずると引きずって行く。
「ストップ!話はそこまで!」
「げぇっ、姉ちゃん何時の間に! 待ってくれ、これには深い訳があるんだ!」
「言い訳はあとで聞く!」
ヴェレッタの反論の余地も許さず、ヴェレッタはウサダとレイチェルの元までずりずりと引きずられてゆく。
「…待たせたな。ロング」
引きずられてきたヴェレッタを見て、ウサダがロングに言う。
「いえいえ。大丈夫なんですか? なんなら、明日どうせ待ち合わせしてるから、そのタイミングでも…」
「一刻を争う。今日頼む」
ロングは心配そうに言うが、ウサダはその言葉を蹴る。
「くぅ……。俺はただあの正義の神父に応援を要請したいだけなのに」
「深夜に素性の知れない人間の所にいくんじゃない! そもそも……」
後ろではカタリーナがヴェレッタに説教がライブで開かれている状況では、ロングの心配も肯けるが、ウサダはそれを静止させる。
「説教は後だ……今からケントの家に向かう。いいな?」
「ええ、私は何時でも」
レイチェルは余裕綽々といった様子で答える。少しカタリーナとヴェレッタにさり気無い嫌味も込めているだろう。
「まぁ、そうね。この続きは後でじっくりね」
カタリーナはまだ言い足りなそうだが、了解する。
「へーい……」
元気が少し無くなったヴェレッタも答えた。
村が寝静まった中、一同はロングの手引きで夜の村をひそやかに歩いて、ケント宅へと向かう。
ウサダとカタリーナはロングと共にケント宅に向かい、ヴェレッタとレイチェルは夜闇に紛れて息を潜める。
「……襲撃の前に、一つ聞かせてくれ。ケントとの、二人だけの思い出やエピソードがあれば、それを一つだけ」
ウサダはロングに重要な事を聞いておく。本当にケントがオーガかどうかを確認するには、それが必要だ。
「新人の頃からのバディだから、色々教えてもらったよ。仕事のこととか、道具の持ち方とか……さ」
ロングは、懐かしそうにそれを教えてくれる。ウサダはそれをしっかり記憶して。
「…ありがたい、情報感謝する」
一言、そう言うとコートからガンを抜いて構える。
先導するロングは、一つの小屋の前で立ち止まる。
「此処がケントの家だ……。後は頼む」
そう言ってロングはウサダとカタリーナを家の前に残し、その場を去る。
ウサダは玄関のドアノブに手をかけ、カタリーナを見る。カタリーナは無言で頷き、ウサダは扉の方向に向き直り、ドアノブを静かに捻る。
カタリーナが中に入ろうとするが、それを片手を出してウサダは静止すると、中から玄関に鉈が振り下ろされるのが見える。ウサダが止めていなければ、今頃カタリーナの頭に振り下ろされていた事だろう。
「…その手に持っているなまくらはなんだ? 野菜でも切るつもりか?」
ウサダは威圧感の有る声で、鉈を振り下ろした人物……ケントに言う。
「…あ、あんたらこそ、人の家になんのようだ? それに、誰だって剣と鎧きた奴らが入ってきたら怖いだろう!」
怯えた様子でケントは答える。確証は無いが、それは余りにも人に成りすましている蛮族の態度には程遠い。
「そ、そうだ! お前らもあいつらの仲間なんだろ!?」
ケントは膝をがくがくを震わせ、へっぴり腰になりながらも鉈を構えて、こちらを睨んでくる。
……その様子は成りすました蛮族よりも、”成りすました蛮族に怯える人族”の様子そのものだった。
「……そういう事か」
ウサダの奥歯が悔しさと過ちをかみ締め、ぎりっと音を鳴らす。隣に言るカタリーナも、それに気がついた様子だった。
「夜分遅くに失礼した!」
ウサダは珍しく切羽詰った様子を露にしつつ、きびすを返して駆け出す。
「失礼しました」
カタリーナもすぐさまウサダを追いかける。向かった先は、ロングが離れて去っていった方向。
闇に紛れ隠れるレイチェルの下に、真っ直ぐ、真っ直ぐ、迷いの無い歩みでロングが接近してくる。
一歩、また一歩地を踏みしめる度に、月明かりに照らされる彼の体は、少し、また少し、人ならざる姿に変わってゆく。
ロングは服の中に手を突っ込み、一丁のガンを取り出すと、それをゆっくりとレイチェルの方向へ向ける。
「待ちやがれ!」
そこに、ヴェレッタが闇の中から躍り出て、ロング……否。オーガの前に立ち塞がる。
「あんたが鬼さんだったってわけか……。お前、覚悟は出来てんだろうな?」
「アヒャヒャ! 何言ってんだ小僧! 力の差も分からないみたいだなぁ!」
オーガはヴェレッタの事を嘲り笑う。
「力の差なら、これから決闘で思い知らせるだけだ!」
ヴェレッタは即座に武器を抜くが、オーガは怪しく笑いながら、ヴェレッタに話す。
「ナァ、人族なら知っているよナ……”戦いは準備から始まっている”っテ言葉を。サスガ、昔の人は言う事が違うゼ」
「何が言いたい?」
ヴェレッタが言うと、オーガは何故か手に持ったガンの狙いを、ヴェレッタではなく真上につける。彼はガンを空に放つと、村の二箇所で爆発が起きて、火の手があがる。
「なぁっ!?」
「俺様ほどの存在がただ潜むためにいるわけないだろウ…?」
驚くヴェレッタを嘲るように、含み笑いをしつつオーガは言う、そこに、ウサダとカタリーナが到着する。
「……ッ!?」
突然、ウサダの全身の毛が逆立つ。ウサダの神経が危険信号を全身に送り。頭が”早く逃げろ”と連呼する。
[第六感]……。タビットは人族でありつつ、神の声が聞こえず、また、どの神に由来する種族かも不明とされている。しかし、タビットは頭が切れ、高い記憶力を持ち、更には他の人族には無い高い危機感知能力を持っている。
ウサダの知識が、オーガの姿を見て告げた。”これはただのオーガなんてちゃちな存在じゃない”
ウサダの感覚が、彼奴の姿を見て発した。”自分達の力では、奴には敵わない”
「……こいつはただのオーガではない。急いで撤退するぞ!」
ウサダは仲間達に叫ぶ。カタリーナは柄にも無く慌てた様子のウサダを見て、何も言わずに察した。どこかで身を潜めているレイチェルも同様だろう。
だが、ヴェレッタはそれに気がつかない。
「どうしたおっさん! とち狂ったか!?」
今にも得物を敵に向けて撃ち放ちそうな様子で、彼は未知なる強敵を睨みつける。
ウサダは隣にいるカタリーナに、小声で話す。
「合図をする、全員で逃げる。恐らくヴェレッタは逃げる気はないだろう。首根っこを掴まえても逃げるぞ」
「……了解。確かにやばそうな相手だね」
カタリーナは言われるや否や、ヴェレッタの側に立ち、構える。少しでも敵を牽制し、そして、合図と共にヴェレッタを引っ張って逃げる為。
「逃げる気か? ソレが正しい選択だぜ…といっても、ただじゃ返さないけれどな」
話を聞いてもいないのに、何を考えているのか読んだように敵は言う。
すると、彼の後ろから一匹、そして冒険者達の後方からもう一匹、レッサーオーガが現れる。
「ソイツらを倒して追いつけたら、このロングストライド様が相手してやってもいいゼ!」
そう言い放ち、ロングストライドと名乗る蛮族は何かのコマンドワードを呟く。すると彼の腰の中型のマギスフィアが変形し、それから大量の空気が強い勢いで地に向かって放たれ、彼はその勢いに乗って上空に飛び上がる。マギスフィアは中空に浮かびグライダーに変形し、彼はそれを片手でつかんでぶら下がりながら、空を飛んで去ってゆく。
「逃げるなぁ! 俺と勝負しろおおおおおおおおおお!!」
ヴェレッタは空に向かって叫ぶが、ロングストライドは何処吹く風と言った様子で飛び去ってしまう。
そのヴェレッタの意思に介さず、彼の配下であろうレッサーオーガ達はじりじりと距離を詰めて、冒険者達に襲い掛からんとする。
「ちっ……。お前らだけでも仕留めてやる!『【ソリッド・バレッド】、リピート!!』」
八つ当たりをするように叫び、ヴェレッタは両手に握り締めたガンに魔力込め、撃ち放つ。だが、怒りに任せた弾丸は狙いがぶれて、レッサーオーガに致命傷を与えるには至らない。
「……友よ、力を借りる」
ウサダは左腕の籠手型の道具を操作する。すると、ホルダーから飛び出たカードが手の甲の機械の投入口に吸い込まれ、手のひらの部分から帯電した霧状の物が発生する。
「霧よ、奴を包め……【パラライズミスト】」
発生した霧は片方のレッサーオーガに向かい、その周囲を漂いだす。
ウサダの使用したのは、錬金術、その中でも賦術(賦術)と呼ばれる業であり。腕の道具はアルケミーキットと呼ばれるアイテムで、カードはマテリアルカードと呼ばれる物だ。
錬金術は物質から第一元素と呼ばれる、物質を構成する最小単位の元素を操り、物質の性質や形状を思いのままに操る術を目指して、魔動機文明時代に魔動機術とは別に研究された技術。その技術は全てを意のままに操るまでに至らなかったが、物質を第一元素に分解、それを粗製する事で制作されるマテリアルカードを用いて魔法的な作用を生み出す技術が体系立てられた……即ち、それが賦術で有る。
自然の元素によって生み出された霧はレッサーオーガの体に纏わりつき、その動きを一時的だが鈍くする。
『コマンドワード【ソリッド・バレッド】』
動きが鈍くなったその瞬間を逃さず、ウサダはコマンドワードを詠唱し、弾丸をレッサーオーガにぶっ放す。
「ギィ……アルケミストか、厄介な」
レッサーオーガは避けきれず、横っ腹から血を流す。
「追撃行くよ! 『【ソリッド・バレッド】リピート!』」
カタリーナは両の手に持ったガンでよろめくレッサーオーガに追撃をする。その弾丸は当たるが、レッサーオーガの命までは届かない。
「くっ……俺が外してさえいなければ」
ヴェレッタは自らのミスを悔いるが、それはもう遅い。二匹のレッサーオーガはそれぞれウサダとヴェレッタに狙いを付け、手に持ったガンを撃つ。
「がっ……」
ヴェレッタは弾丸を受けて悶えるが、どうにか体をずらして急所に当たるのだけは避けた。
ウサダは攻撃を避けれない事を悟ると、頭の前に左腕――アルケミーキット――を置く。弾丸は狙い違わずウサダの頭に向かったが、弾丸がアルケミーキットに当たり、軌道がずれてウサダの頭の横を飛んで行く。
「ナニ!?」
「俺のアルケミーキットは特別製でね……【パラライズミスト】『【ソリッド・バレット】』」
驚くレッサーオーガに向けて、容赦なく右手で構えたガンで狙いをつけて撃ち放ち、絶命させる。
「……すぅー……はぁー……」
ヴェレッタは深呼吸をしつつ、自らの体内のマナを強く意識する。それを”目”に集めるように意識して、呼吸をする。
それは、単なる精神集中の為の深呼吸ではなく、錬技と呼ばれる技術。呼吸法により空気中のマナを吸い込み、体内でマナを活性化させる事により、肉体や感覚の強化を行い、時にその姿形さえ変化させる技術。
ヴェレッタはそれにより動体視力を強化し、もう一匹のレッサーオーガの動きを捉え、狙いを付ける。
「『……【ソリッド・バレッド】、リピート』……てぇー!」
いくらか冷静さを取り戻したのもあったのか、錬技の効果による賜物か、二つの弾丸はレッサーオーガを射抜き、悶絶させる。
『コマンドワード入力【ソリッド・バレッド】リピート!』
カタリーナは悶絶するレッサーオーガに連射する。だが、レッサーオーガはそれを横に後ろにステップを踏んで回避する、が。
「今よレイチェル!」
カタリーナがそう叫んだ瞬間、レッサーオーガの胸に穴が開き、大量の血が吹き出る
「ど……何処から……」
予想だにしない方向からの攻撃に困惑の表情を浮かべ、レッサーオーガは地に倒れ伏す。
戦闘が終わったが、村に上がった火の手と戦闘音で村人は目を覚まし、慌てた様子で消火活動をしているのが見える。
「…見込みが甘かったロングストライドは想像以上に恐ろしく、用意周到だ」
ウサダは呟きつつ、ガンに弾丸を込めてホルスターに戻すと、火の手の上がった建物に向かって走り出す。
「……く……しょう……畜生……ちくしょう……ちくしょーーーーーーーーーーー!!」
ヴェレッタは、知った。自分が完全に敗北した事を。そして、敵の情けで生かされた事を。
ヴェレッタは、敗北の悔しさに空に向かって叫び、己の無力さをかみ締める。
「……っ」
その様子を見ていられないのか、カタリーナは背を向けて走り、ウサダとは別の出火元に駆け出す。
「こっちに避難して! 慌てないで、落ち着いて!」
レイチェルは既に村人の誘導や避難の先導を始めており、ただ、今の自分に出来る精一杯の献身を尽くす。
「ちくしょう……畜生……」
ヴェレッタは項垂れ、地に膝を突き、手で土を握りしめ、悔し涙を流し、ただただ、泣く事しか出来ない。
蛮族は、去った。だが、それは気まぐれによるもの。
冒険者達は確かに敗北した。結果、村は火の手に包まれた。
各々は自分達に出来る仕事を手伝い、村で救助活動に当たる。
……やがて夜闇は消えて日は昇るが、冒険者達の夜は、まだ終わらない。
第三話を読んでくれてありがとう。
今回の話は、ある意味では序盤のターニングポイントと言える”プレイヤーキャラクター達の敗北”の回であり、上手くロングストライドの狡猾さや、ヴェレッタを初めとする主人公達の迂闊さを表現したいと思っていた。
また、全体としては、ウサダの個別の描写が多かったと思う。中にはどのような事からウサダがその表情を見せたのかがわからない部分も多かっただろうが、それに関しては次回にお話しよう。
そして、その次回だが……実は4話よりも先に、少しだけ番外編を挟もうと思っている。
どのような番外編になるのかは、次回を待っていてほしい。