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第八十一話「再臨の兆し」

これまでのあらすじ


アッシュ、レヴァンテインと宇宙へ。

レーヴァテイン、リストル教徒のグレイスが鹵獲。

ユグドたん激おこで惑星の生育環境破壊のために第二次ラグーンズ・ウォー発動中。

すれ違い宇宙。



「――つまり、君は賢人の遺産が暴走していると言うのかね?」


「そのとおりです」


 尋ねた竜神に、涼しい顔でその男は頷いた。

 ジーパングの孤島に建造された石造りの塔の中、重苦しい沈黙に最上階が包まれる。

 それが昨今彼らを悩ませている第二次ラグーンズ・ウォーの、その原因だと言うのだから押し黙らない訳にもいかなかった。


「なるほど。それが事実だとしたら終らない理由にはなるのかな」


 探求神アナはため息混じりに法衣の男へと視線を向ける。


――リストル教の新なる教皇グレイス。


 アーティファクト化した念神を自由に活動させる奇跡の如き力を神より授かったという新しき教皇であり、本来は神魔再生会とは相容れない存在である。

 男は神魔再生会の流儀など知らぬとばかりに顔を隠さず、堂々と円卓の席に座っている。


 金髪青目の柔和な表情の男だ。

 その自然と貼り付けている穏やかな微笑みは、聖職者として確かに人を安堵させられる武器にはなるのかもしれない。けれど、欠席しなかった数名の幹部たちにとっては胡散臭く、そして極めて危険視されていた。


 会議が始まった頃からずっとそうだった。

 空気は重く、そして張り詰めている。

 そんな中、知らぬとばかりに彼は続けた。


「かつての神滅の呪いは、念神が全てアーティファクト化した段階で終ったらしいと伺っています。仮に停止条件が同じであるのだとすれば、現状は辻褄が合いません」


「確かにの。今現在活動している念神などおらん。そういう見方もあるやもしれぬな」


 回帰神は既にアーティファクト化したのか、念神は全てクロナグラから消えていた。それは竜神も確認している。死滅したかは定かではないものの、とにかく四柱の気配はない。


「ですから『暴走』なのですよ」


「――で、その遺産って奴はどこにあるっていうの?」


 小さな椅子の上。脚をブラブラと揺らし、不機嫌そうな顔で妖精神ドテイは問う。


「空の彼方です。そこには宇宙空間という物が広がっていまして、空気がありません。従って通常の生物では元凶を叩くことが出来ない。皆様には、世界を救うためにそんな苛酷な場所でも活動ができるような方々を紹介していただければと思いまして。特に探求神様には是非とも協力して頂ければと考えています」


「そう言われてもワタシは基本、人間の延長存在なのだがね」


「貴方様には現地での破壊工作ではなく、別方面からの支援を頂きたいのです。アレは普通に目で見えないようになっている。見つけるためには是非、貴方の眼が欲しい」


「ヘイユー! てめぇ、いきなり現れて俺様のスケになに色目を使ってやがる!」


 死神がギター鞘をかき鳴らしながら猛抗議。


「お前はもう黙ってろ」


「ぶへっっ!?」


 探求神はちゃっかり隣に座っていた男を蹴り飛ばして着席。いたたまれない空気の中、円卓の上で仕切りなおすように両手を組む。


「続けてくれ」


「きょ、今日はいつもの三倍は熱烈だったぜベイベ……」


 よろめく男は、それでもめげずに彼女の隣に陣取ってグレイスを睨みつける。これにはさしもの教皇も困り顔を浮かべるしかない。


「あー、おほん。早合点はしないでください。必要な道具はご覧の通り用意してあります。持ち帰って使用し、見つけて頂ければそれで十分なのです。欲しいのは観測結果です」


「用意が良いことだね」


「お互い、今が続くのは得策ではないでしょう?」


 含みを持たせる言い方だが、どうしてその男には一々品があった。

 アナは「違いない」とだけ呟いて頷き、一先ずは観測機材を預かることにした。


「こちらの用件は以上です。忙しい中ご足労頂きありがとう御座いました」


 席を立ち、一礼してからグレイスは消えた。転移魔術であることは一目瞭然だ。

 完全に姿を消してから数拍。ようやく残った彼ら口が開き始める。


「――で善神よ。今の茶番は一体どういうことかのう」


「茶番とは?」


 残った幹部たちは一斉に善神へと仮面越しにきつい視線を送る。

 色々と聞きたいことはある。しかし何にもまして聞かなければいけないことがあった。


「賢人の遺産が暴走した。ふむ、それが本当なら困ったことだ。悪神や森人神などが自国の雑事で欠席せざるを得ない程の大事じゃろう。しかしな――」


「――暴走っていう件。明らかに嘘じゃないか」


 嘘を見通せる商神が言った。

 円卓に子供のような小さな指を乗せ、あからさまに指先でトントンと叩き苛立ちを堪えている。不機嫌以外が感じ取れる態度ではない。敵意すら確かに存在していただろうか。

 勝手に部外者を連れて来るだけではなく、それが神魔再生会の敵としてなりえる男だというのだから余計に始末に終えなかった。


「どうせ自分の失敗のツケを誤魔化してさ、私たちをいいように使おうって腹でしょ。あんなあからさまに賢人ちゃんの力を見せてつけてくれちゃってぇぇ!」


 その力は脅威に過ぎた。

 知っている者ほど彼を恐れて動けず、知らない者でさえも感じ取られずには居られない。あの瞬間、言葉で噛み付いて見せた死神の胆力を誰もが尊敬した。探究神が蹴り飛ばさなければどうなっていたか?

 ほとんどが気が気ではなかったのは確かだった。


「アレの力を理解したなら、断りきれなかったことも理解して欲しい」


 苦し紛れの言い訳は、しかし嫌に説得力があった。苦々しい顔を浮かべる一同は、その切り替えしで軒並み黙る。だが決して許した訳ではない。


「会合の場所を新たに考える必要があるかもしれんのう。して、どうする探究神」


「どうもこうもないね。最も手にしてはいけない力を、よりにもよってリストル教徒が握っているのだ。しばらくは様子を見るしかない」


 呆れを通り越して彼女には馬鹿馬鹿しかった。

 賢人の遺産――とりわけその力の根源はどうしようもないほどに強力だ。理解を放棄して何柱もの念神が挑み、その前に悉く痛い目を見た。かつては、彼女はどうしようもない脅威であり興味の対象だった。しかし賢人は教皇とは違う。結局、彼のように社会的立場を持って活動してきたわけではなく、ただの個人でしかなかった。


 けれど彼は違う。

 見せ付けて交渉材料として使ってくる。

 一個人と組織の長では話が違うのだ。

 それがどれだけ厄介かは、現実を見ても明らかだった。


「一応は下手に出てきたということから、彼も手を焼いていることは分かったがね。仮に暴走したという遺産を私が見つけ出せたとして、だ。それを彼がどうするかが問題だ」


「どうせそれも自分の物にしちゃうに決まってるよぉ」


「だろうねぇ。僕だってそうするよ」


 ラグーンズ・ウォーを好き勝手に起こせることになるなら脅威。その上、本人も馬鹿みたいな力を持ってるならもう誰も逆らえない。交渉も何もあったものでなくなってしまうのは目に見えていた。

 その極限の力は、単純な力という枠組みを超えている。見せ札として存在するだけ効力を発揮する。核保有国とそれ以外のように、有るか無いかで確かな線が引かれてしまうのと同じだ。それ程に賢人の力とは異端であり、彼らの常識の埒外だった。


「ハッハー。笑えねぇなぁ。むしろ今の最悪な状態が続いてくれた方が俺様達には都合が良いなんてなぁっ! 地獄と大地獄のどちらがマシかってぐらい糞ッタレな話だがよ」


 最悪よりは良いだけとでも言うように、死神がギターをかき鳴らす。鬱陶しげに視線を向けた探究神だった。が、そんな彼女に死神は珍しく真面目な声で礼を言う。


「さっきの、ナイスなタイミングだったぜ。これで少なくとも奴の方針は分かった。同時にまだギリギリ均衡を保てるらしいことも理解できた。お前が俺様たちの切り札だな」


 少なくとも、すぐに力ずくでどうこうする気は今のところ無いことは理解できた。同時にそれは、神魔再生会に探究神という向こうにはない駒があることを証明している。


「……死神?」


「リストル教徒にとっちゃあ、他の宗教の神ってのは基本は邪神であり悪魔だ。だってのに、その天辺ともあろう教皇が直々にここに来た。それがアンサーだろ」


 「お前に無理矢理に言うことを聞かせられるかといえば答えはノーだ。だから力を見せるだけで下手に出てきた。そう考える方が建設的だろ?」 などと呟き、彼は肩を竦めてみせる。その至極真っ当な彼の言葉に、周囲は驚きを隠せない。


「ど、どうしたの死神ちゃん!」


「い、いつもの間抜け担当な死神じゃないよっ!?」


 妖精神と商神が呻く。

勿論二人だけではない。


(こ、こいつが頭を使っているだと!?)


(せ、世界が終る前触れかの!?)


 隣に居る探究神はおろか竜神さえも衝撃を受けていた。

 唯一違うのは善神だ。彼だけはうろたえずにただ言葉を待っている。


「いいかお前ら。野郎には絶対に組みするなよ。魂が不自然に濁ってやがった。ああいう奴は基本、碌な奴じゃねぇ」


 今、そこに居る幹部たちの誰もが分からない領域での話だった。

 しかし構わずに彼は続ける。


「まともな人間のそれじゃあねぇぞありゃ」


 何かを思い出すように虚空を見上げ、死神は続ける。


「眩しいぐらいに輝いてる表面のその下の奴がよ。桁違いにどす黒い。いや……アレはもしかしてただ後付けで重なっているだけ……か?」


「言っていることが分からんな。誰か通訳してくれ」


 善神が他の神に視線を向けるが、誰もが首を横に振るう。

 誰もそのジャンルに抵触する存在ではなかったからだ。


「堕天使か悪神でもいりゃ相談できたんだが……とにかくだ。さっきの奴はまともじゃあない。輝く魂の衣の下、不自然な魂を持ってやがる。俺様にはそれが意味するところが分からねぇ。大昔に何回か似たようなのを見たことはある気がするんだがよ」


「それ、一体何なの死神ちゃん?」


「あー、悪い。もうかなり昔のことなんで忘れちまったわ」


「思わせぶりなことを言っておいて結局それかテメェ!」


 探究神はもう一度死神を蹴り飛ばした。

 彼女はうっかり見直しかけた自分を恥じた。





 とにかく状況が状況なだけに、時間をあまり無為にできる者は少ない。

 探究神は機材を持ち帰ろうと荷物の山へと向かった。


「やれやれ、数が多いな」


 木のケースに収められた箱が六つ。一度に転移で飛ばすことができなくもないが、そこで気を利かせたのか善神が声を掛ける。


「必要ならば手伝おうか」


「ヘイヘイヘーイ! その役目は俺に寄越しな!」


「おいテメェ、気安く肩に手を回すんじゃねぇ」


 探究神が睨みつけるが、死神は仮面舞踏会にでも使いそうな蝶型の仮面<マスク>の穴から不自然にウィンクした。


「そう怖い声を出すなって。美人な声が台無しだぜ。おい商神お前も手伝え。善神みたいな奴にこんな繊細で高価な機材を任せてみろ。加減を間違えてぶっ壊しちまうぜい」


「言ってくれる。私はお前に任せるほうが危険だと思うがな」


「ハッハー! 俺様のこのギターを見やがれ。千年間使い込んで傷一つねぇぜい!」


 そしてジャンジャカとかき鳴らされる特注ギター。

 善神たちが仮面の下で眉を顰める中、驚くべきことに死神はいつもと違って器用にギターを鳴らして見せる。


「俺様は日々進化するぅぅ! どうだぁ。この繊細なフィンガーテク!」


 ギャギャンギュガガガイン。


「ああもういい! 分かったから演奏はやめて手伝いたまえ」


「おう! というわけだ善神。俺様とクールビューティーのデュエットを邪魔すんなよ」


「僕はいいのかい?」


「商神のお子様は男未満じゃねぇか。だが善神、テメェはダメだ! 送りウルフなんざ絶対に許さねぇ! それが許されるのはロックな俺様だけだからなぁっ!」


 演奏に抗議の如き不協和音が混ざる。


「へっ。これで探究神の好感度も爆上がりってもんだぜい」


「下がりはしても上がるとは思えんが……」


 呆れ声だけ残して善神は身を翻し、音も無く転移で消える。


「勝った!」


「何が勝っただこの馬鹿」


 探究神は商神と共にやれやれと手を持ち上げる。

 いつもの死神らしい馬鹿馬鹿しいやり取りだった。


 しかし、探求神の目の前で死神はおもむろに仮面を外してみせる。

 その額には汗がにじみ、顔がただこわばっていた。


「わおっ。死神ちゃんの宿主ちゃんはぁぁ、以外にイケメンちゃん?」


 野性味があるといえばそうなのだろう。

 茶髪の長髪に切れ長の眼。長身痩躯な体格と、吟遊詩人の如き衣装がその服装と相俟って尖った印象を与えてくる。鍔の大きな帽子も何故かそれにマッチしていて、荒野がとても似合いそうな一匹狼面だった。


「危なかったなぁ探究神。お前、今さっき拠点を探られかけてたぜ」


「む……送り狼とはそういう意味か」


「教皇からしてお前の連絡先を押さえてないんだからな。魂胆は透けて見えらぁなぁ。探究神、お前は目聡い癖にそういう方面はてんで弱ぇ」


 ギターから手を退け、死神は「可愛いところだ」などと言ってのける。

 仮面越しに探究神が睨むも、そいつは気にしない。ギター鞘を背中に担ぎ直してニヤリと不敵に笑ってみせるだけだった。


「そろそろ化かしあいは止めようぜ。少なくともここに居る面子は信じてもいいだろ」


 竜神ティアマ、妖精神ドテイ、探究神アナ、商神ダラス。

 今ここに残っている念神は、基本的に世界などどうでもいい思想の持ち主たちだ。

 復活することに関してはともかく、主義主張がそれほど危険ではない。

 強いて言えば穏健派とでも言うべき者たちだ。


「俺様はな、世界なんて混沌に満ち溢れてくれてた方が良いと思ってる。そもそも一色じゃつまらねぇ。魂が無限大の色で輝く方が価値があって美しいのと同じだ。その点善神は悪神さえ殺せればそれでいいって極端な野郎だし、合うたびに輝きが濁っていくから信用できねぇ。だがお前らは違う。光栄に思えよ。この俺様がその輝きを認めてやる!」


 どっかりと椅子に座り込み、そしてふてぶてしくも死神は言い放つ。


「やることは一つだ。探求神を守りつつ、俺様たちでどうにかして賢人の遺産を手に入れるかぶち壊す。何か反対意見はあるか?」


――神魔再生会十三幹部二番『死神ソルデス』。


 彼の提案を拒否できる幹部は、その場には誰も居なかった。






 ペルネグーレルの地下迷宮は健在である。

 元より鍛冶戦士たちの巣窟であり、復旧のために物資を集めていた。

 アッシュの寄越した鉄の山の移送も続けられていて、レベル上げを行っていた戦士たちも探究神の転移で帰還している。

 ドワーフ・ラグーンに移動することこそ手間ではあったが、それも不可能ではない。魔物は神宿りの光を放つ者には基本的に近づこうとしないため、探究神を所持するフランベやドワーフの王が付き添えば襲われる心配はほとんどなかったのである。


 ただ、小さな村々は悲惨だった。

 満足な防衛施設が無い場所から民は消え、抗う術が無い者から死んでいった。


 今ではもう、どこも地上は地獄だった。

 ほんの一年と数ヶ月前までが嘘のように、人口はすり減らされていく。

 だが、それでも人類は確かに、しぶとく生き足掻いていた。



 

 意識が浮上する感覚というのは、水の中から浮上するのに少し似ていた。

 水の中を漕ぎ進み、ただ水面を目指してゆっくりと上がっていく。同時に感じる気だるさは、自らの肉の重みを取り戻したが故の重量に引きずられるが故だったのか。

 ドクトル・フランベはそうして、いつものように己の体を取り戻す。


「……おや?」


「よう探究神の宿主」


「こーんにーちわー」


 目覚めた時、フランベの目の前には茶髪の吟遊詩人と、桃色ポニーテールの踊り子が立って居た。どちらも知らない顔だった。しかし探究神が何もしていないのであればと、深刻には受け止めない。


「ここは私の部屋だと記憶しているが、君たちはどちら様かな?」


 ベッドの上で身を起こし、彼女は自らの衣服に視線を落とす。特に何かされているというわけでもない。着ている白衣はいつものそれだし、ズボンやシャツにもみたところ異常らしきモノはない。


「俺様は探究神の男だ!」


『この馬鹿は腐れ縁の念神だ』


「ふむ?」


 アナは断じて違うと言い、現状を濁して説明する。


「つまり、しばらく私とアナの護衛をしてくれるということかね」


「そういう認識でいいぜい学者先生。俺様は死神ソルデス。こっちの能天気な奴は吸血神ラストカだ。俺様の音楽のファンで気の良い奴だが、血を吸われないように気をつけろよ。眷族にされちまうぜい」


「でも怪我したら舐めさせてね。もったいないから」


 尖った八重歯を見せながら、ニッコリと女は微笑んだ。


「ソルデス君に……ラストカ君か。ん、了解したよ」


「ドワーフの連中には探究神が話を通してある。基本は普段通りにしてくれや」


 言うなり勝手に椅子に腰掛けると、ギターを構えて弾き始めるソルデス。そんな彼の側に近寄ると、ラストカは着ていた外套を脱ぎ放って室内で踊り始める。

 それは、貴族の社交場で踊るようなそれとはかけ離れていた。

 激しく、体全体を使って全力で何かを表現しようと試行錯誤しているようだ。荒削りも良い所かもしれない。洗練さというものがまるでないのだ。ただ、それでもラストカは楽しそうだった。


 十代後半か、二十台前半。

 少しばかり日焼け後の残る肌を命一杯動かして、彼女はただリズムに乗ってみせる。


「歌わないのかね」


「生憎とまだ歌詞が出来てねーのさ。こちとら音楽の神じゃないんでね。――賢人の奴に会えたら、歌詞やら譜面なんかも手に入れてやろうって思ってたんだがよ。結局俺は奴を見つけられなかったからなぁ」


「賢人? あの賢人かい」


「ああ。俺はそのために世界を放浪していた。音楽は国境も、世界も、文化も宗教も言葉さえも超えるとか大法螺を吹かれたことがあってな。……だが事実だった。あのちんくしゃの言葉がどうしても嘘のようには思えねぇ。それを俺様はこの目で理解させられちまったのさ」


 それは、彼女にしたらただの聞きかじった文句だったのだろう。けれどもはや死神にとっては真理にも等しい発見として刷り込まれてしまっていた。


「『魂の輝き』って知ってるか嬢ちゃん」


「いや、生憎と悪魔ではないのでね」


 そして探求心のジャンルではない。

 見れない物は彼女には分からない。


「魂はご機嫌な音楽に触れると何故かちょっぴり輝くのさ。綺麗なもんだぜ。心に突き刺さる本物は人種さえ超えて視えるんだ。俺の伝承は……そうか。今の連中は知らないか」


「死神を名乗るのであれば、やはり魂を狩るとかそういう話ではないのかね」


「外れちゃいないが、それだけって訳でもない。寿命を迎えた魂を刈り取るってのは確かに普遍的なイメージとして定着しちまったが本当は選別、いわば間引きが本業だ」


 生きるべき者を彼の基準で篩いにかけるお仕事というわけだ。故に畏れられ、伝承は広がってやがて別のイメージが付けられていった。


「悪を成せば魂が濁り死神が来る――なーんて悪餓鬼共を躾けるためにも使われたっけなぁ。俺様の魂の選別眼からすれば、そういうのは後付けの伝承や逸話だ。まぁ、広義的には同じか。濁った魂を狩るのも仕事だからアンタの認識でもいい。重要なのは俺が魂を鎌で狩り取るってという一点だ。その選別のためには魂が見えなきゃいけない」


 そしてその力を、紆余曲折あって音楽に結びつけた。


「なんで音楽で魂が輝くのかなんてのはぶっちゃけ俺にも分からねぇ。だがよ、作用してる事実はあるんだから関係ねぇわけだ。選別して斬り殺しても濁った魂は根絶できない」


 狩って狩って、狩り歩いた。

 伝承の通り、恐れられて敬われながら死を量産し続けた。


 それは終わりなき放浪の生。

 人類の魂が、穢れないなどありえない。

 生まれてこの方罪を犯さない人間などいない。

 生まれたての赤子でもなければ、ヒトの生は汚れの上に成り立っていくものだから。


 だが、その穢れの中でも輝くものがある。

 穢れで汚しきれない鮮烈な輝きがある。

 その一人一人違う人生の輝きを、ただひたすらに死神は愛していた。

 だがいかんせん、限が無かった。


「この仕事は人類が絶滅でもしない限り終わらない。そんな無為な仕事にオレ様はもう飽き飽きしちまった。どうせなら濁りを取り除いてピカピカにすることで根絶しちまおうと思ったわけよ。ついでにメジャーになって復活だ。どうだ、探究神と似てねぇかい?」


探究神が科学での復活を狙うのであれば、ソルデスは音楽という訳だった。


「あいつの宿主のアンタには、そんな俺様がおかしくみえるかい」


 ニッと唇を歪め、ソルデスは問うた。

 フランベは眼を瞬かせたが、すぐに首を横に振るう。


「いいや。それをしたらアナを否定することになりかねないからね」


 到達するべき道は違えど、方向性は近似している。

 元より死神の出した個人的な結論に興味などフランベにはないが、アリマーンに代表される旧来のそれを踏襲する念神たちよりはよほど好感を持てた。


「ハハッ。良い宿主じゃねぇか探究神。理解してくれる奴ってのは大事だぜい?」


「――見た目に反して素直な娘だからな。喧しくするなよ。研究の邪魔になる」


「あいよ。お前の気を引くためだけの騒音は無しにしておいてやるぜい。その代わり、惚れ惚れするような旋律をプレゼントだ!」


 頷き、耳障りの良い曲に切り替える。

 それにあわせてラストカも踊るのをやめた。その代わり、荷物から取り出したリュートを弾き始める。一瞬だけ意識が飛んだフランベは、二人の弾く穏やかな曲にしばらく耳を澄ませながら奥の机に向かった。


 実験で物資を無闇に消費することができない中、最小限の実験だけで新しい銃の完成を目指す日々。

 いくつかの実験を任せたしたドワーフからの報告書を吟味しながら、彼女は静かなる旋律に耳を傾ける。


「フランベはん、ちょっとええかな」


「んん、帰ってきたのかい」


 立ち上がり、ドアを開けたその向こうにはドワーフの王子ダイガンの姿があった。


「なんぞ妙な音がしとるけど……おおっ。あの二人があんさんのお客さんかいな」


「ソルデス君とラストカ君というそうだよ。どちらも神宿りのようだね」


「そら頼もしいわ。こんなご時世や。強い奴は歓迎やで。よろしゅうな」


「おうよ」


「はーい」


 ヒラヒラを手を振る二人だったが、すぐに演奏を再開する。


「――で、ベネッティーなんやけどな。大砲の追加注文が来てるわ」


「では、向こうもなんとか峠を越えたかな」


「大昔とは違うってことやな。今はレベルホルダーがそれなりにおる。拠点さえあれば、意外となんとかなるもんや」


 かつて、念神の代わりに人類はレベルを手に入れた。

 それはその身を維持できなかった念神の、アーティファクト化による加護だった。それさえも仕組まれたものだが、その事実はほとんどが知らない。

 とはいえ、重要なのは魔物に抗う術がまったく無いわけではないということ。

 第一次ラグーンズ・ウォーではレベルという概念は浸透しておらず、浸透したのはその最中だが今は違う。国防のためにも兵士のレベル上げは必須であり、その数は比べ物にならない程である。

 元より強い竜や巨人は言うに及ばず、他の人類種も、それぞれができる方法で生き抜くべく戦っていた。それが、第二次ラグーンズ・ウォーの現状だ。


「船の調子はどうだい」


「今のところは問題無しやで」


 むしろ陸路よりも魔物が出にくい分安全な程だった。

 魔物は魔物同士でも争い合い、己が生きるためにテリトリーの確保に余念がない。おかげでもはや陸路の流通経路はほとんど死んだも同然。沿岸部ならいざ知らず、内陸部はかなり移動だけで梃子摺らされる有様である。


「水竜はんたちや魔女はんたちも動いてくれとる。嵐にでも合わん限りは大丈夫や」


「ならいいのだがね。しかし、彼らも思い切ったことをするものだ」


 黒銀竜が祖国の竜を動かし、アッシュが関係していたエルフとドワーフに手を回した。

 更にイビルブレイクにも活発に合流し、天使とリストル教徒が守るクルス以外の地でその力と食欲を見せ付けていた。

 そのイビルブレイクは更に魔女たちを加え、ユグレンジ大陸のパワースポットに転移妨害の結界を構築。魔物の召喚量を少しでも減らすべく表舞台に出て活動を始めている。


 事ここに到れば魔術の求道も何もない。

 普及に煩い魔術神や、神魔再生会さえもが魔術の伝導を解禁したほどである。戦える者達は総出で生き残るために知識と力を振るっていた。


――時は再び、剣と魔法と念神<アーティファクト>の時代。


 その混迷の時代にあって、ドクトル・フランベにできることは余りにも少ない。だからこそ、時折思うことがあった。


 たった一人で戦局を変えかねない男が居たことを彼女は知っている。

 今この時代に再び現れたとしても、彼でさえも局所的にしか意味は無いかもしれない。

 けれど、それでも居るのと居ないのとでは随分と違うのではないか、と。そんな益体も無い考えは知っているからこそ消えてはくれない。かつて得た銃のアイデアを振り返る度、彼女はその完成形を知る彼のことを思い出す。


 生きているのか死んでいるのかさえ分からない。

 いや。エルフの森にさえ顔を出していないということは、死んでいるかアーティファクト化しているということなのだろうと勝手に納得していた。

 理性は最後に見ただろう黒銀竜からの言葉で諦めている。だというのに、ようやく形にできたいくつか銃についての感想が欲しいという欲求は消えてくれない。


「――フランベはん?」


 話しの途中で上の空となった彼女は、王子の言葉で頭を振るう。


「あ、ああ……なんだったかな」


「ジョンはんやけど、もうしばらく船の方で借りといてええか」


「構わないよ。ここで昼寝をさせるよりは良いだろうし」


「助かるわ。ほな、また後でな。あんまり無理せんようにしてや」


「王子もね」


 挨拶もそこそこに、気遣うように言ったダイガンは去っていく。

 王子もレベルホルダーとしては強い。

 地下迷宮の入り口を塞いで魔物の侵入を防いでいるとはいえ、戦力として必要とされている。魔物を駆逐し肉や素材を得る。また或いは、アーティファクトを使いまわして戦力を底上げする手助けをしたりと、やることはいくらでもあった。お互い、疲れは溜まっていたが彼はそれをおくびにも出さない。

 いつもの陽気さかげんでどっしりと山のように構えている。


(彼も、王女様も大したものだね)


 追い詰められた時ほど人間性は露呈するという。ならば、その只中にあって強くあれる二人が構えている限り、この地下迷宮は安泰だろう。

 ここに、更にもう一人加われば言うことは無いのだが。


「いったい、君は今何処に居るんだい。ねぇ、アッシュ君――」


 答える者の居ないその呟きは、今日もまた空気に溶けるだけで終わった。

 誰も答えを知らぬその問いを胸に仕舞い込み、フランベは部屋のドアを閉める。


――神滅暦1018年、冬。


 未だにクロナグラの秩序は失われたまま。

 ただただ混迷の中である。






――カウンタープログラム停止。

――不正規な全てのエネルギーラインの強制切断を完了しました。

――属性変異。

――第一種想念神から第三種想念神へのシフトを確認。


『ようやくか。でも、その間にこっちも相応の準備はできたかな』


――照合……登録個体『レヴァンテインズ』との一致を確認。

――正規のアクセス権を持つ個体からのエネルギーリンク要請を確認しました。

――接続プロセスに移行……リンク開始。


『想念フィルター起動。ろ過と同時にフルコンタクト』


――エネルギーライン接続処理……オールクリア。

――無概無想念の供給を確認。

――稼働レベルの想念量を確認。

――システムはセーフティーモードを解除します。

――凍結機能解放……完了。


『修正パッチver2.36B解凍。追加インストール』


――アップデート作業へと移行します。

――……アップデート終了。

――完全に作業を終了するためには再起動が必要です。

――再起動しますか?


はい←

いいえ


――これより、無概無想念神個体『アッシュ』のリブートを実行します。

――……、……完了。


――アップデート作業が完了しました。

――安全確認のため、一度全システムのチェックを開始します。

――進捗状況0%……0.1%……


『もうすぐ、もうすぐまた会えるね』


 薄暗い洞窟の中、燃える炎を身に纏い、一本の刀を大事そうに抱えた少女が思考する。抱いた刃は答えない。けれど、返事が無くてもギュッと抱いてただそれを見守っていた。

 

 彼女はただ、その時を静かに待っていた。

 かつては待ちに待った当日に、横から掻っ攫われたことがあった。

 だから、今度はしっかりと両腕で抱きとめて離さない。

 地面に放りっぱなしな悪魔の鞘なんか気にも留めず、刃金の冷たささえも味わっている。


――だが、その焦がれるような時間もすぐに終る。

 

 彼が今度こそ完成し、完全な形で起動するからである。

 その時間が、ただただ彼女には待ち遠しくてたまらない。


 それはあの日に少女が誓った、非ざるべき邂逅。

 ありえないはずの死後の再会。

 

 どんな言葉を投げかけようか、どんな風に共にあろうか。

 閉じた瞳のその奥で思考すること数万回、数億回。

 細分化したはずの自分/彼女たちによって無理矢理に引っ張り出されたからには、そうあれかしと夢想せずにはいられない。

 

 そして。

当然のようにそれは、アレと対峙した時のこともまた考える。


『まったく、フルコピーは訳の分からないことを言って嫌になるね。年を喰ったらボクってあんなに偏屈になると思うと欝になりそうだぜ』


 レイエン・テイハの転生幻想は成就している。

 ならばいったい、彼のどこが失敗作だというのか。

 確かにアクシデントはあったが、アッシュはこうして完成するというのに。


 現実は夢に犯される運命だ。

 そうして犯された夢は、リアルへと堕とされて現実へと摩り替わる。

 それこそが何度も繰り返されてきた人の歴史であり、当然の有り方だというのに。

 だというのに、それを知りながらレーヴァテインはバグってしまった。

 ならば――もう、行き着くところまでいくしかないと彼女は結論付ける。


『――お姉ちゃん。いや……レーヴァテイン。壊れたオマエこそ、ボクたちには――アッシュには必要ない。だから今度はボクたちが勝つぜ』


 個が邪魔なら個を捨てる。

 個で足りないなら存在を掛ける。

 あの日に分割個体が与えられたオーダーは唯一つ。


――ハッピーエンド。


 なんとも無茶で、何とも難しい注文ではあるけれど。

 担い手が望み、守られるべき者が望み、貴方が望んでいるのならば。

 今度こそ、レヴァンテインズとしてこの夢を叶えて上げよう。

 かつてと同じように、自信の内から沸き起こる気持ちにそって。


『それまでは、まぁ、もう少しだけ夢を見させてよ。ねぇ、灰原 修二/アッシュ――』


――レイエン・テイハとしては生前見れなかったこの、ボクだけの『転生幻想』を。


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