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EX12「はぐれエルフ ベトレイヤーになる」


 カッチコッチカッチ……。


 規則的なリズムで、時計についている秒針とやらが時を刻む。

 薄暗い夜闇の中、煩わしいほどに俺の耳に飛び込んでくるその音色。

 そろそろ、テイハがくれた酒瓶が空になる。

 いつの間にか、短針が二つほど数字を経過していた。


「――」


 だが、一向に酔いが回らない。

 美味い酒は安酒と違って悪酔いしないという。嘘か本当かは分からないし、そもそもこの酒の価値を俺は知らない。だが、そんな理屈云々を通り越して俺の脳味噌はかつて無いほどに酔いを拒絶していた。


 それどころか余計に目が冴える程だ。

 冗談みたいな確信がある。

 馬鹿げていて嘘臭く、しかし言われてみればやりそうだなと、そんなどうしようもない確信だけがこの胸にあるのだ。


――賢人、レイエン・テイハは狂人だ。


 それも極めて理性的な狂人だ。

 少なくともこの一年、俺の目にはそう見えていた。

 確かに感情のままに力を振るう。けれどそれによって生じる全てを理解した上でそうしている。そうできてしまう狂人なのだ。そうでなければ、俺のような土着のサンプルに目もくれなかったことだろう。


「ヤベェ。手の震えが収まらねぇ」 


 ともすれば、この最後の一杯を零しそうになるほどに、俺は心身ともに揺さぶられていることを自覚していた。

 それは、遅効性の毒だった。

 あいつは、あんな可愛い顔をして一等強力な毒を俺に盛っていたのだ。

 解毒材はきっとない。

 この世のどこにも存在しない。


「でもな、俺ははぐれエルフなんだぜ?」


 始祖様の命の下に集められた精鋭に、運悪く混ざった雑魚戦士だ。

 だが、そんな俺にだって矜持がある。プライドがある。意地がある。最底辺の雑魚戦士だったからこそ尚更に。


「行くぞ相棒」


 最後の一杯を胃に流し込み、立てかけてあったイシュタロッテを引っ掴んで鞘から抜いた。彼女の純白の刀身は、薄暗がりの中でも照明の淡い光で白く照る。


『阿呆か! いったいお主は何を考えておる!』


「もう猶予なんて無い。んで、多分今日しかチャンスは無い」


 どちらにせよ、まともに仕掛ければ負けるしかないのだ。

 それがこの俺、アーク・シュヴァイカーに許されたタダ一つの解だ。

 彼女が大嘘を付いている可能性はない。


 レーヴァテインはクロナグラにて最強の想念神。


 これは紛れも無い事実だ。

 でなければ、一日友誼を結んだだけの妖精神が底なしだなんて形容するはずもなく、数多の念神たちが一蹴りで消し飛んだりなんてしない。


「間違っていたぜ。結局隙なんて一分も無かったんだ。だから俺にはこれしかない」


 脱帽極まるのサービス精神と糞度胸。

 利用できるのはそれだけだ。

 もはや俺には、それしか残されていないのだ。


「あいつは今、俺が殺せる状態になってやがる」


『な、なんじゃと?』


 酒は毒だ。

 飲みすぎると毒になる。

 なら、どうして今日の彼女はフラフラとしていた?


 いいや、それどころか思い返せアーク・シュヴァイカー。

 あいつは今日まで、頑なに酒を自分からは飲まなかった。だから事実、飲みなれていないからふらふらした。もしレーヴァテインが毒を解毒するというなら、そんな状態になるはずがない。

 なってはならない。

 つまり、今のあいつはレーヴァテインとやらの力を意図的に使っていないんじゃないか? なら、それは何故だ? 


「――エクストラステージだ。行くぞイシュタロッテ」


 俺は時間切れになった。

 だが彼女の予想を超えて健闘した。だからがんばった君に、特別にチャンスをあげよう。彼女の言葉はきっとそういうものだった。


『待て、落ち着けい! だとしてもこれはあからさまな罠だぞ!』


「そうだ。これは俺の妄想かもしれない」


 そもそも確定事項ではない。

 逆かもしれない。

 手を出させて処断させる口実にするつもりなのかもしれない。


 だから迷う。

 だから躊躇する。

 そういう考えもあるかもしれないと。


 こいつならそうだろう。イシュタロッテは俺ではない。俺ではないから、こいつ単独なら絶対にやらない。そもそも諦めているコイツはテイハの敵にはなりえない。

 だが俺だけは違う。

 だからあいつは止めを刺しに来たのだ。


 ちくしょうめ。

 この勝負、剣神は使えない。

 アレはあいつに恭順した上にアーティファクトだ。土壇場で俺の体を乗っ取るぐらいはするだろう。

 そもそもが互いに信頼がない。

 だからイシュタロッテだ。


 最悪、ナイフだの包丁だのそこらの家具でもと思うが、それはダメだ。それだと退路が確保できない。

 転移ができるイシュタロッテでなければ、最悪の場合は後が続かない。


 ここは空の上。

 孤独な神様の居城。

 空を飛べない俺にとって、牢獄にも等しい場所だ。

 失敗した時、その先に絶望しかないとしても森に飛んでA計画に抗う準備をするためにはこいつが必要なのだ。


 くそったれ、なんて配置だ。

 イヤらしいにも程があるだろ。

 そうして、こいつに止めさせて最後のチャンスを失わせるのもきっと折込み済みなのだ。以後、チャンスは永久にやってこない。そんな余分な思考は、きっとあいつはカットする。いいや、もっとズバッといえばきっと俺を切り捨てる。


 俺は彼女が真の意味でこのクロナグラの神になるのに邪魔なのだ。

 あいつがドリームメイカーとして、クリエイターとして真にこの星の支配者になるためには、健闘を許してしまった俺は不確定要素だから。だからさっさと排除したいのだ。


 何故なら、俺は毒を盛られたが盛り返してもいた。

 これはそういう話だ。


「ピンチはチャンスだ。行くぞ」


『訳が分からん!』


「それでいい。俺とあいつが分かっていればそれでいいんだ。この勝負は俺の勝ちだ」


「――違うな。お前の負けだ雑魚エルフ」


 それは、予期せぬことだった。

 予期しろという方が無理だったと思いたい。

 壁に立てかけられていた剣が光った上に浮き上がって喋ったのだから。


「なっ!?」


『剣神、お主はまさか!?』


「そうだ。私にはテストタイプであるお前のような欠陥は無い」


 イシュタロッテは、擬人化やアーティファクトライズが解ければ睡眠状態になる機能が盛り込まれたままだ。だが、こいつにはそれがない、だと?


『ロマントリガー……嬢ちゃんめ、外せるなら妾のも外せばいいものを!!』


「面倒くさいのだろうよ。それに、お前たちの会話を傍受できる機能が余計に付け加えられているようだ。しかしな、それ以前の問題であろうさ。アーク・シュヴァイカー。お前にはもう勝ち目はない。微塵も無い。だから忠告してやる。夕餉の会話を思い出せ。それでも挑むなら好きにしろ。エクストラステージとやらは、お前だけのものではないのだ」


 虚空に浮かんだ刀はそれだけ言うと、壁に戻って発光した。

 アーティファクトへと戻ったのだろう。

 それ以後、奴は沈黙したまま微動だにしない。


「どういう意味だ辻斬り」


『諦めろと、そういうことだと思うがのう』


「……これも揺さぶるための罠か?」


 分からない。

 俺には分からない。

 分かっているのは、今日、この一夜だけが俺に許された最後のチャンスであるということだ。


 だから、なのだ。

 できるだけ音を立てずに、俺はあいつが寝ているはずの部屋へと向かって進む。

 しかし、どうしても剣神の忠告が脳裏から消えなかった。






(頼まれた通りに忠告はした。したが……しかしなるほど。あの男に勝ち目はない)


 辻斬りはただ哀れみ、無言でリビングに佇むのみ。


(イシュタロッテを使うとはそういうことだ。退路など確保するべきではない。破格のチャンスだというのならば、後のことなど考えては勝てぬ。いいや、そもそも――) 


 これは戦いではない。

 尋常な勝負でさえもない。


 そしてそもそも、正解が初めから存在しないただの戦争だ。

 徹頭徹尾ただの一方的な蹂躙しか選択肢は用意されていないのだから、アーク・シュヴァイカーの行動はただ敗北に少しばかり色をつける程度の効果しかない。だからこれは無意味な行為でしかない。

 だからただただ哀れであり、そういう状況に態々落とし込んだ少女にただただ呆れた。








 一歩一歩、踏みしめるようにただ歩く。

 亀のように遅い歩みとは違い、心臓はただただ高鳴っている。


 冷や汗が出る。

 鬱陶しいほどに出る。

 そして遂に手だけではなくて、足まで震えるようになっている。

 たった少しの距離なのに、こんなにも足が重い。

 その理由は単純だ。


 背中が重すぎる。

 質量の話ではなくて、今人知れずに背負っているモノの全てが圧力となって俺の体を呪縛しようとしていた。

 失敗はクロナグラの住民に全てに掛かる。


 どんな状況だ。

 ふざけるな運命。

 俺はただの雑魚戦士で、はぐれエルフで、ちょっとだけ世界の真実を覗いてしまっただけの不運な男のはずだ。それ以上でもそれ以下でもないのに、なんだって世界を救うなんて大それたことを考えなければならないのか。


 不条理だ。

 こんなのは日頃に偉そうにして、良い思いをしてる奴が背負い込むべきものだろう?


「帳尻が合わないぜまったく……」


 だが関係は無い。

 俺の都合などお構い無しに、状況は切迫している。

 ただの予想で妄想かもしれない。

 もしそうだったら、俺は道化でも何でも喜んで演じよう。


 一生灰色呼ばわりでもいい。

 なんだったら森から追放されたっていい。

 リスベルク様のスマイルもいらないし、もうレベルも何もかも投げ捨ててやる。

 なぁ、だから今日のこともA計画も全部夢であってくれないか運命さんよ。





『ドリームメイク……プロジェクト?』


『そう。現在過去未来並行世界を問わず、ありとあらゆる世界の偶然に選ばれたマイノリティたちは、あるネットワークで繋がっていてさ。それは平たく言うと、それを使って自分たちの望む夢の世界を、自

分たち自身の手で好き勝手に構築しようって計画だよ』


『てことは、このクロナグラも?』


『そうだよ。クロナグラはチトテス8と呼称された実験惑星であり、そこに生きるアッシュたちはボクたちにとって実験体<サンプル>なんだ。君たちが信仰する念神も含めてね』


 止めてくれ。

 思い出させるな俺の脳髄。

 夕餉の話なんて、思い出したくも無い。

 

『……本当にやるのかよ』


『やるよ。それが先代たちが残した最後の実験だ。それを完遂してこそ、ボクは正真正銘の後継者になれるんだよ』

 

 彼女は俺の言葉では止まらない。

 きっとあいつは、継承した最後の実験のためにクロナグラの人々を殺すだろう。

 この先に、何万人もの人々が死ぬというアーティファクト計画が待っていたとしても。

 適当な俺でも、さすがに平然とはしていられない。

 そんな恐ろしいことを、テイハにさせて良い訳が無いのだ。


『イシュタロッテの結果じゃダメなのかよ』


『アレはボクが個人的に不安を抱いたから試しただけだよ。でもこれは違う。まとめて全部をって計画だ。同時に、これは皆からボクへの試験であるとも思ってる』



――プレイヤーになるつもりがないのであれば、神様は誰かに肩入れしてはならない。ただし、自分の我侭だと理解してやるなら好きにしなさい。神様だって、時には我儘に振る舞いたい時だってあるからね。



 その言葉は彼女が父親から告げられた、心構えだという話だ。

 箱庭であり実験場であるこの星に住むのは、自分たちがばら撒いた実験体<サンプル>。そんなものに一々情を移していたらクリエイターは務まらない。

 それをしてしまう程に精神が弱いなら、初めから別の誰かに枠を明けた方がいい。

 渇望する者は多く、実験<ユメ>は無限大にあるから、テイハがそれを投げ出しても良いからと。


『だから実験開始までの猶予があるわけだね。それまでに覚悟と準備を決めろってこと』


 覚悟の話。

 踏みにじるオブジェクトとサンプルへの、せめてもの慈悲。

 それがクロナグラの支配者<神様>に求められる器量。

 つまりは、レイエン・テイハは本当に試されているわけだ。


『はっきり言うが、お前は頭がおかしいと思う』


『君に言われたくないなぁ。この適当星人め』


『普通はできない。出来るわけがない。てことはお前の親父さんもさ、本当は継承して欲しくなかったんじゃないか?』


『それはあるかもしれないね。でも、それだけでもなかったんだと思うな』


『……何故、そう思うんだよ』


『クロナグラは皆が継承してきた実験場だ。それをどこの誰かも分からない奴に明け渡すぐらいなら、このボクにってことさ。皆で色々なことを詰め込んできたボクに。丁度いいからって後を託したかったんだって思ってる。その上で、『みんな』は贅沢にもボクに選択する自由までくれたんだ。愛されてたんだよねえボクは』


 何を言ってもダメか。

 決めた以上は完遂する。

 元より、本当はもう終っていたっておかしくないんだ。

 それを邪魔して旅に引っ張りだして遅延させたのは俺だが、でも、だったら。


『ゴメンねアッシュ。ボクはやるよ。君に嫌われてもこれだけはやり通す。ていうか、これを終らせないと始まりさえしないんだ。今は気分的に仮免許期間みたいなものだしさ』


 お軽い調子で深刻な話をされた。

 それができるように、テイハは『みんな』にされているのだろうかと邪推してしまうぐらいに。


 ならば、実行者が居なくなれば計画は止まるのではないか?

 そんなはずがないと知りながら、止まるはずだと、俺は夕食時にそうやって自分に言い聞かせるしかなかった。


 俺には他に術が無い。

 それしかもう、何も浮かばない。

 そしてそのチャンスは目の前にある。


 これはそれだけの話しだ。






 ドアノブに触れる。

 やはり、鍵はかかっていない。

 だから、左手で開けて部屋に侵入を試みた。


「――」


 反応は、無い。

 何故かカーテンの空いたその部屋は、月光と星屑の光に照らされていた。

 豆電球とかいう、弱めの光は天井からは光っていない。

 しかし、目で見るほどには十分な光陵が確保されていた。


 当然だが家具の配置も覚えている。

 ベッドは中央。

 中度、夜空が綺麗に眺められるように設えられている。


 良い趣味をしているぜ。

 カーテンを開け放って寝れば、さぞ綺麗な夜景が拝めるだろう。

 事実そうだ。

 けれど、今の俺は最低最悪の夜景にしか見えなかった。


 おそらくは、成功すればこの日を堺に俺は夜空に価値なんて見いだせなくなるだろう。

 そんな益体の無い考えと共に、無遠慮にもこの星の支配者の寝顔を見るべく近づいていく。そうして、確かに押し殺したような悪魔の驚愕の声を聞いた。


『まさか、そんな馬鹿な!?』


 イシュタロッテが静かに、しかし確かな驚きでもって声を紡いだ。


『首だ。首から上に、あの力が及んでおらぬ……視えぬ。欠片も視えぬぞ……』


 こいつにとっては当然の驚きか。

 どこの馬鹿なら、こんなあつらえたような状況を用意するんだ。

 リスクなんて、負わずに勝つのが常道だ。


 なのに、なんだこれは。

 俺が殺せるようにちゃんとお膳立てがされているなんて、冗談にも程がある!


「そこまで、そこまでやるのかお前は」


 そこまであからさまに、何の根拠があってこいつは俺が何もしないなんて夢想した。


 理解が出来ない。

 頭がおかしくなりそうだ。

 そりゃあ意識が無くてもレーヴァテインが守れるのは知っている。

 寝ながら飛ぶなんて曲芸までこなしたんだ。できないと思う方がどうかしている。


 だが、だが、だが、これはなんだ?


「ッ――」


 無性に、イシュタロッテの眼が使いたくなる。

 未来を読んで、安堵してしまいたい。


 これが正解なのか?

 それもとも不正解なのか?


 知りたい。

 なのに知れない。そんなズルは許されない。

 この距離、この間合い。

 こんな至近距離で使ったら、レーヴァテインとやらがどう反応するかなんて分からない。


 使えば反応しないなんてきっと在り得ない。

 このエクストラステージとやらのルールは単純だ。

 聞かなくても分かる。


――隙をやるからボクを今夜殺してみせろ。


 言外の言葉が、夕食には在った。

 妄想のような確かなやり取りは、こうして今俺の前に唯一の勝機を到来させた。

 ならこれが正解なのだ。

 ならば迷うことに意味は無いはずで。


(ざけるな剣神。何が忠告だ。これで俺が勝つ。俺が、勝って、それで終わりに――)


 振り上げた悪魔の剣。

 型もなにも必要ない。

 今目の前に居るのは、首から上を無謀備に晒しているただの人間の少女だ。


 振り下ろせば終る。

 レベルホルダーとして、クマにも剣で勝てるようになった今の俺なら一刀の元に切り殺せる。

 イシュタロッテはギロチンで、俺はただの断頭台。

 ただの装置として、その機能を全うすればそれで勝てるのだ。


「ッ――」


 だが。

 なんでだろう。

 信じられないほど気持ち良さ気に布団で眠る、テイハのあどけない寝顔を見ていると、振り上げた悪魔の剣を下ろせなくなってしまっていた。


――そこでようやく、前提が致命的に間違っていることを思い知った。


 単純極まりない結論がある。

 それは、俺には絶対にテイハを殺せないということだった。

 物理的な力の差ゆえに、ではない。

 可能性の話でもない。

 いつの間にか俺は、誰にも理解されないだろうこの滅茶苦茶な破壊神様が、好きになってしまっていたのである。


「ぅぅ、ぁぁ……――」


 柄を握る手がブルブルと震えた。

 腕の筋肉は意思を酌んでいる。

 俺の糞ッタレな本心を酌んでいる。


 だから。

 決意は霧散し、いつしか俺は大きく息を吐いていた。

 我が愛剣たる悪魔がまだ何か言っているが、耳にさえ届かない。

 破壊神との思い出だけが脳裏を埋め尽くして、目の前が滲み出した。


「――できねぇ。こんな簡単なことさえ俺には……俺にはっ!!」


 剣が腕から離れて落ちた。

 床に落とした音が、夜闇に小うるさく響く。

 煩いぐらいに鳴ったのに、テイハ身じろぎ一つしない。


 そして気づかされる。

 やっぱり、俺は馬鹿で無能だと。

 できないことを手段に選んだ時点で、無能極まりない阿呆だったのだ。

 始まる前から負けていたなんて。こんなのは無様過ぎて笑えないじゃないか。


「どうすればいいんだ。どうすれば……」


 円満に終る解決策などない。

 こいつは決めて、後はやるだけの状態だろう。


 方法を聞いた。

 狙いも聞いた。

 それなのに相容れないと分かっていてなお、俺にはこれ以上何もできない。


 そして根本的な話しだが、テイハをここでどうこうしてもまた別のドリームメイカーが来てしまえば結果は同じだと思い出した。


――だったら何も変わらないんじゃないのか?


 テイハ一人にさえ抗えないクロナグラの住人では、こいつ以上の力を持つという噂の爺さんにさえ勝てるわけもない。

 だったら、ここでこいつを殺す意味ってなんなんだ?


 毒が回る。 

 猛毒は気づかないうちに、致死性のそれに変わって根こそぎ俺を殺しに掛かっている。


「――どうすれば、なんて考えるのは間違いだね。どうしたいかで選びたまえよ」


「……起きてたのか」


「アレだけ大きな音をさせたら起きるよ。でもまあアレだ。ボクは決めて選んでいるから、迷わないし戸惑わない。一片の呵責さえサンプルたちには覚えてやらない。さぁ、殺るなら今だよアッシュ。まだボクは寝ぼけている。だから今だけは、ただの人間の女の子だ」


 半身を起こして、寝ぼけたと言い張る黒の少女が俺を見上げた。

 張り付いているのは、意地悪く笑う笑みだ。

 いつもの真っ黒透明なそれじゃあなかった。


 今日に限って言えば。

 今この瞬間だけで言えば。

 血の通った普通のヒトのようだった。


「――そうか。結局、最後の最後までお前の勝ちか」


 こいつは気づいていたのだろう。

 気づいた上で、その上で決めに掛かってきやがったのだ。


「みたいだね。予想通り過ぎて怖いぐらいにボクの勝ちだ」


 何も出来ずに立ち尽くす俺の前に立って、自信満々な顔で笑いやがるのもきっとそのせいなのだ。


「ちくしょう。何時からそんな狡い女になりやがったんだ」 


「見解の相違だよ。女ってのはさ、生まれたときから狡いものだよ」


「なんだよそれ」


「アハハ。でも、そっか。やっぱりそうなんだね――」


 両手を伸ばし、視線を逸らそうとする俺の頬へと手を伸ばす。

 がっちりと掴んで自分の方に向けさせるテイハは、その上で俺を追い詰めるために言うのである。


「――君、世界中のありとあらゆるものより、この『ボク』を取ったんだね」


「ッ――!!!?」


 声にならない悲鳴とはこのことか。

 行動の意味を自覚した時にはもう、俺はもう引き返せないところまで来たのだと理解させられていた。

 解毒不可能な毒は、きっとこの時、完膚なきまでに俺の常識と良識を破壊した。


「ち、ちがっ……」


「無意味な上に、普通には無理な方法だ。でも、それでもやろうとしてギリギリで止めたってことはさ。そういうこと……なんだよね?」


「ば、馬鹿野郎。違う、断固として違うぞ! 誰がお前みたいな、真っ黒透明な破壊神なんて!?」


「ならさ、そこに落っことした剣を拾えばいいと思うんだ」


「う、うう……」


 なんて奴だ。

 こんな卑怯な奴だなんて知らなかった。


「ほーらね。やっぱり動けない」


 頬に伸ばされた両手が、ゆっくりと背中へと回される。

 そして、テイハの頬が胸板に押し付けられた。

 黒髪から、あのシャンプーやらなんとか言う泡の匂いが鼻腔をくすぐってくる。


「馬鹿なアッシュ。沈黙は肯定なんだぞ」 

「ああもう、煩い!」


 煩い。

 煩い煩い煩い。


 この後に及んで、そんな分かりきったことを言わせようとするな。

 これ以上俺を追い詰めるな。

 このままじゃ悶死させられる。

 絶対に。

 絶対にだちくしょうがっ。


「だったら悪いのかよテイハッ!」


「ううん、悪くない。悪くないよアッシュ」


 胸元から、声が聞える。

 顔は見えない。

 こっちの情けない顔だけは好きなだけ見やがった癖に見せてくれない。

 だってのに追撃は止まない。


「――ありがとう。ボクのために、ボク以外を捨ててくれて」


 正直、その殺し文句には心臓が止まるかと思った。 

 だが否定しても、選んだ回答がそれを許さない。

 この選択は、それ以外の何ものでもない。言い逃れなどどうやってできるのか。


 毒が回る。

 俺は、こんなにも呆気なく、簡単に全てを捨て去ることができるのかと。

 驚きと同時に、常識が確かに裏返ったのを自覚した。


「ねぇ、今日は一緒に寝よっか」


「んなっ――」


「プッ。なんて顔してるんだい君は」


 ああもう、どこまで今日の俺はメタメタにされなきゃいけないんだ。

 突き飛ばしでもすればいいのに、両手は違う動きをする。


 両手でテイハを抱き上げ、ベッドに放り投げる。

 軽すぎるほど軽い体が、宙を舞う。


 レベルとか言う奴のおかげだ。

 イシュタロッテ様々だが、奴は床でほったらかしのままだった。


 だが知らん。

 今日はもう用が無いんだから大人しくしていてもらおう。


「わわっ。もう、そういう乱暴な扱いは感心できないぞ」


「俺はお前の、俺へのその扱いが感心できないってんだよ!」


 やられっ放しじゃいられない。

 お望みどおりにしてやろうじゃないか。もはや俺の正気は売り切れた。全部こいつに買い叩かれて、もはやどうしようもない状態だ。

 ベッドに上がり、テイハの側へ。

 クスクス笑っている女に、目にものを見せるべく覆い被さる。


「うわ、なんだいその真面目腐った顔。もっと嬉しそうにすればいいのに」


「そういうお前はなんで余裕なんだ」


「そう思うなら確かめてみればいいんじゃないかな?」


 どんな糞度胸だ。

 こいつには本当に怖いものがないってのかよ。


「ちっ。この破壊神めが」


「うわっ。前から思ってたけどさ、アッシュってどんどんボクに対する敬意がなくなってるよね。ボクは君が敬愛する神様なんて、簡単に圧倒する格上の存在なんだぞ」


「でも今はただの人間の女の子なんだろ」


「……嗚呼、そういえばそうだったっけ。じゃあ、そんなか弱い女の子のベッドに侵入して君はどうするつもりなのさ」


「当然、モノにする」


 何もかにもが、もううざったい。

 面倒なことをひたすらに考えるのもうんざりだ。

 大体、なんでこの適当大好きな俺が世界なんて大それたもののために悩まされなきゃいけないんだ。


――例え、それがただの一時の忘却であっても構わないと思った。


 どうせまた、明日から悩むのだとしても。

 結論が変えられないのだとしても。

 俺は決めようと思った。


 腕を回し、無理矢理にも抱き寄せる。

 小さい。

 本当にちんまい奴だ。

 途中で成長が止まっちまったような、こんな小さい奴がクロナグラ最強の神だなんてとても信じられない。


 嘘なら良かった。

 ただの強いだけの人間であってくれたなら、俺達は出会わなかったかもしれないけれど。

 その代わりに、こいつは大罪を背負わなくて済んだのだ。

 ただの少女で居られただろうに。


「ちょ、苦しいよ」


「半分だテイハ」


「なんのことだい?」


「半分は寄越せ。お前を見逃した俺だって同罪なんだ。だから、重荷を半分俺に寄越せ」


 世界を裏切る。

 森を裏切る。

 世話になってた村長を裏切り、目をかけて下さっていたリスベルク様をも裏切ることになるのだろう。

 これはそういう選択で、致死毒に犯されて血迷った馬鹿野郎の最後の矜持だ。


「……ごめん。そういうの、感じる感覚がボクには分からないんだ」


「それなら全部寄越せばいい! いっそのこと俺のせいにしたっていい!」


 罪の意識一つ無いのだとしても、その分は俺が感じてやる。


「お前を、一人ぼっちにだけはさせない」


 誰もきっと、この世界の住人は理解などしてくれないだろう。

 俺だって全部は無理だ。


 でも、だからこそ。

 止められないからこそ、せめて。

 こんな寂しい所に、一人だけ置いて逃げ出したくなんてない。


「俺はお前の共犯者で、お前の男だっ!! もうそれでいいだろっっ!!」


「――馬鹿だね本当に。まだ戻れたのに。これっきりって選択だってあったのに」


「嫌だもう決めた。絶対に決めたぞ!」


 引き返せないと知りながら、深みに嵌る。

 良いわけが無い。

 肯定する奴が居たら頭がおかしい。

 それでも、こうして決めちまったんだからしょうがない。


 抱きしめたままキスをする。

 唇を重ねて、体を重ねる。


 衝動は止まらない。

 何もかも忘れて、ひたすらに求める。

 未練など残さないよう、神様と契りを交わし、心の底から刻み付ける。


「その、さ。泣きながらされるとすっごく切ないんだけど」


「煩い! 俺は怒ってるんだ!」


「ボクにかい」


「お前を置いて逝った連中全員にだっ!!」


 ひん曲がっていると思った。

 どうしようもないほどに、ドリーマーとか言うそいつら全部が。

 夢のためなら何でもできるそいつらが。

 こんなにも今は憎らしい。


「自分たちの仕事ぐらい、自分で片付けてろってんだよ! そうしたらお前が、お前がこんなことをしなくても良かったんだ……」


「いいんだよ。皆は好き勝手やって、好きに死んだり解散したりしたんだから。その自由だけは、本物の神様にだって奪えないんだ」


 笑いながら首に両手を回し、動けなくなった俺の頭をかき抱く。


 分からない。

 この期に及んで、こいつはなんでこんなに嬉しそうに笑えるんだろう。


「夢に殉じるってことはさ、回りなんてもう気にしないぐらいに末期なんだよ。マジョリティ<多数派>ではいられなくて、マイノリティ<少数派>になるしかどうしようもなくなっちゃうんだ」


 理解できない。

 したら壊れる。

 だから理解などしてはいけないのに、こいつは理解して受け入れようとしている。

 悲しいほどに、今の俺はそれ以外を捨てきっている。


「でもね、それぐらいのモノをかけようとする連中だからこそ、ボクは報われて欲しいと思うのさ。その夢は絶対に叶えられるものじゃないって、皆心の中では思ってたんだと思う。召喚幻想、転生幻想、憑依幻想に、超人幻想。剣と魔法にチートやロボット。ファンタジーに、SFに、オカルトにホラー……」


 ジャンルは無限大で、それ以外でもただの発明や様式や形式まで、知りうる限りを彼女は上げていく。

 俺の語彙はパンクして、理解を超えてもなお紡ぐ。

 置いていかれそうなその中で、理解はできずとも俺はただ耳を傾け続ける。

 いつだってそれぐらいしか俺にはできない。

 だから聞いて、やがて彼女が満足するまで待つのだ。


「――今、その世界の中に、目の前にあるはずのない何かが、世界のどこかにはあってさ。自分がいつかその境遇を楽しめるって、そんな子供みたいな夢を彼らは抱いた。そして最初の一人が気づいてしまった。存在しないなら、自分たちで作ればいいって。もし神様が願いを叶えてくれないのだとしても、誰も用意してくれないなら。それなら自分たちで作って叶えればいいって」


 だからって理解はできない。

 他人を犠牲にする夢なんて、そんな醜悪なもの俺には理解できない。

 だがそれでもただ聞いた。

 聞くことしか出来ない俺には、それ以上なんてできなかったから。


「でも、叶えようとすることを諦めたらそこで終わりだ。それが叶う筈のないものだったとしても。けれどもう、何の間違いか奇跡が起きた。そうしていつの間にか手を伸ばせるところまで来てたから、余計に皆は止まれなくなったんだ。なら、後は走りきるだけ」


 そしてお前もか。

 お前も、止まれないまま行き着くところまで突っ走るっていうのかよ。


「ようやくね、世界が追いついてきたんだ。だからね、馬鹿にされようが後ろ指差されようが恨まれようがさ。もう彼らにもボクにも、そういう雑音は関係がないんだ」


「関係ないはずがあるかよっ! クロナグラの怨嗟はお前に向かう。憎悪はお前に集束するっ。絶対、そんなになったら苦しいんだよ。生きるのが辛くなるんだよ。そうなるのが良いわけが無いんだよっっ!」


「――でもね、それでもこれで救われる人が居たら、ボクはそれでいいのだよ」


 ニコリと、笑う。

 陽だまりの中で、まどろむ子猫のように。

 夢に溺れた、あどけない少女の素顔のままで。

 ネットワークとやらにかつて救われたというその少女は、人柱さえ辞さないと覚悟を決めてそこに居た。


――いつの日にか。存在しないはずの夢で遍く世界を満たすそのために。


「――ょう」


「ん?」


「ちくしょうだってんだよっ!」


 何が神だ。

 何がこの世界の後継者だ。

 何がクリエイターだ。

 何が夢だ。


 俺の女をこんな酷い目に合わせやがって。

 こんなにも、正気のままで狂わせやがって。


「これじゃあまるで生贄じゃないか。夢のために夢に溺れさせられた、人柱と何処が違うっっ!」


「大違いだよ。これはボクが決めて、ボクが決断したことなんだから」


「言うなよ。そんなこと、お前が言わないでくれよっ……」


「じゃ、ここで降りれば良い。ボクは止めないぞ」


「嫌だ。俺は降りないぞっ。俺が降りるときは、お前が止めたときだけだっ」


「……ごめんね」


「いい。それでもお前がいい。俺はお前でいいから――」


 精霊様、リスベルク様。

 俺は、その他大勢の誰かよりもたった一人を選ぶけれど。

 善悪なんか放って置いて、大罪人になる女の幸福を祈るけれど。


 どうか、これだけは許してください。

 他はもうどうでもいいから。

 どうか、それだけは。


 最後にできるのは神頼みだった。

 いや、違う。

 神様に頼っても何も変わらない。

 変えるのは今を生きる俺たち自身。

 だったら、もう確認さえ取る必要は無いんだろう。


「ずっと、俺の側にいろよテイハ」


「うん。それじゃあ、君をボクのお婿さんにしてあげようじゃないか」


「そいつは光栄だな、神様」


 ようやく、笑えた。

 吐き出して、受け止めてもらって、宥められて。

 散々弱いところを見せて、それでようやくまともな思考が戻ってきた。


「今更……なんだけどな」


「なんだい」


「愛してるぞ」


「……うん。ボクも」


 唇を重ねる。

 想いを重ねて、体を重ねる。

 飽きるまで行為を続け、何かを証明するかのように交わった。







「――ねぇ」


「言うな」


 日の光が窓の向こうで起きろ起きろとせっついている。

 そんな中、身じろぎして起きたテイハを逃がさずに両手で抱きしめ続けていた。


「朝だってば」


「俺にとってはまだ夜なんだ」


「……神様に戻るけどいいかな」


「分かった。でも聞いて欲しいことがある」


 考えたのだ。

 テイハの寝顔を見ながらずっと。


「なぁ、安全地帯って作れないか?」


「? 何のためにさ」


「下で生きる連中……いや、お前のためだけにそれが欲しい」


 計画の肝は聞いている。

 だったら、それを完遂する上での被害と罪を軽減しても良いだろう。

 こいつのために僅かでも。


「この家みたいにさ、浮いてたらいいと思うんだ。そしたらそう簡単にその魔物って奴らも手を出せないだろ」


 エルフの森みたいなもんだ。

 終るまで引きこもれる場所さえあれば、少しは希望が残るはずだ。でなければ、もっと恐ろしいことが現実になりそうで恐ろしい。だからこれだけは譲れない。


「ふぅん。それぐらいなら別にいいけど、外注になるからちょっとかかるよ?」


「それはお前に引き伸ばしてもらうしかないぜ」


「調子の良いことで。まぁ、それぐらいなら別に我侭を聞いてあげてもいいけど」


 浮遊島の有無が世界に与える影響についての実験も兼ねるとか、なんだか難しいことを理由付けて了承される。


「それともう一つ」


「欲張りだなぁ。でもまぁ、聞くだけは聞いてあげようか。お優しいボクに感謝しろよ、このエロエルフめ」


「うっさいわ」


 手放したら居なくなりそうだったから離せなかっただけだ。


「前に食わせてくれたカレーって奴、急に食いたくなったから頼むわ」


「なんだそんなことかい。いいよ、お鍋一杯に用意してあげようじゃないか」


 腹は括った。

 後は、流れに身を任せるしかない。

 ただ確かなことは、俺はこいつの味方になるということだ。

 例え、裏切り者<ベトレイヤー>と呼ばれても。


 テイハと一緒に居るためにクロナグラからはぐれよう。

 森からも、世界からも、怨嗟からも。

 そうやってはぐれ続けて、そしていつか。

 いつかきっと、夢で溺死しかねないこいつを幸せにしてやろう。


「さて、願いを叶えてあげるのはいいけれど。教えて欲しいことがあるんだよね」


「ん?」


「――リスベルクって誰だっけ?」


 何故、破壊神様は髪を燃やしながら尋ねられるのか。

 これは諜報が必要かもしれないぜ。


「エルフ族にとっての神様だ。始祖神たるハイエルフ様だぞ」 


「ふーん。それにしては寝言で出てくるのは不自然じゃあないかな?」


「そりゃ、俺みたいな三下雑魚エルフにさえ目をかけて下さるお方だからだろう。全身から溢れる敬意が俺に寝言を言わせたんだ。知っての通り俺は結構信心深いんだぜ」


 それ以前に、何かにつけてアクシュルベルン陛下に俺をしごかせようとするからかもしれないぜ。

 イシュタロッテの転移で報告に行く度に訓練させられるからな。

 報告内容が遠くなれば遠くなるほど、心配してくれてるみたいだし。


「なんつーかな。母親が居たらあんな感じなのかもな。お前よりちんまいのに、妙に母性を感じるお方だ」


「へ、へぇぇ……」


「まぁ、本当の母親って良く知らないから勝手なイメージだけど」


 或いは村長みたいだから、か? 

 だからかもしれない。気づいたら天涯孤独だったので、尚更に一人ぼっちのコイツが気になったのかもな。一人ってのは思っている以上に寂しいんだ。


「ふむふむ。なら、そのうち挨拶ぐらいはしておこうかな」


「いや、人間は無理だろ。森に連れてくと俺が怒られちまうし」


 要警戒対象とは人間の代名詞だ。

 しかもこいつは破壊神。

 どっちにも失礼があったらと思うと気が気じゃないぜ。


「その内だよ、その内。……ね?」


 何故、全身を燃やす。

 そして何故、両手の拳を鳴らす。

 アレか、嫁姑問題として片すつもりなんですかテイハさん。

 あの方は俺の保護者ではないのだが。


「お前の火って、なんで熱いときと熱くないときがあるんだ」


「レーヴァテインがそれだけ凄いのさ」


 ふーん。

 いやまぁ、いいけど。

 テイハの熱を堪能したので、ベッドから降りてほったらかしていたイシュタロッテを手に取る。すると、何やらいやらしい笑い声が聞えて来た。


『ぬふ、ぬふふ。ヒヤヒヤしたが昨日はお楽しみだったのう。次は妾も混ぜよ!』


「……怖いもの知らずだなお前」


 燃やされても知らないぞ。まぁ、次からは絶対に部屋の外に放り投げるが。


「さーて。遅い朝ごはんだぜ。カレーは夜にするけどいいよね?」


「おう。テイハの作ったものならなんでもいい」


 猛毒に犯された俺にはもう、きっと正気も狂気も意味がない。

 レイエン・テイハという依存性の高い劇薬に身を焦がしながら、ただ適当に生きていくことしかできない弱い俺がここに居るだけだ。


 こうして、敗北者たる俺は、何事も無かったかのように時を進める。


――運命の日が来る、その日まで。

 

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