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EX11「はぐれエルフ 辻斬りに会う」


 妖精の宴は続いた。

 山のようなお菓子の山を囲み、満足気な顔で妖精たちはレシピを強請る。

 やれこのお菓子が甘いだの辛いだの、とにかく目を輝かせて姦しく騒ぐ。

 その様子には、見張っているらしい竜侍たちも驚いていた。


「不思議な人間だ。あそこまで妖精に懐かれるとは……」


 竜侍の男ラーダは、俺と一緒にテイハが寄越した『コンビニ弁当』をつつく。

 一人で五人前は平らげている彼だが、それでも物足りなそうだった。


「俺にはあんたらが竜だっていうことの方が驚きだぜ」


 竜が魔法で人化する。

 聞いてもしっくりと来ないが、魔法なら仕方が無い。

 焚火を囲みながら二人して妖精たちの共演を眺める俺は、ここぞとばかりに竜に問う。

 代わりに、俺はエルフについて彼らに語る。

 ジーパングにはエルフは居ないらしく、お互いに抱く物珍しさが俺達の会話に華を咲かせた。


「竜神ティアマか。強いんだろうなぁ」


「勿論、竜としても剣士としても強いお方よ。だが、ハイエルフとやらの使う精霊魔法も強力だと聞いたことがある。お互い、始祖が強いというのは誉れだな」


 ジーパングでは竜が支配階級で、その構造は少しエルフと似ている。

 違うのは竜族にはエルフとダークエルフだけではなく、水竜や地竜などのようにより豊富な種類があるというところ。そして人間も支配下に置いているところか。


「やっぱり争いが?」


「うむ。どの種族が強いかでかつて争いがあった。調停者がティアマ様だというところもあわせれば、そちらと事情は似ているな」


 竜神は将軍となり、それぞれの種族の長は領主となった。

 そうして来たる太平の世に住まう者たち。

 それが、ジーパング人であり竜族や妖精族か。

 海によって大陸の動乱からも切り離されているため、その文化は大陸と比べればかなりの隔たりがある。が、ここでも奇妙な符号があった。


「はぐれ竜?」


「偶に竜が渡りをする場合がある。狭い島国だ。餌を求めて大陸に飛ぶ者も少なくない。それが、恐らくは大陸の竜の伝承に影響を与えているのだろう」


 嘆かわしいとまで言うのは、その竜たちの行動故か。

 やりすぎて討伐される者なども後を絶たないそうな。

 軍や念神が動くからだ。

 そうして、下手に刺激をするとジーパングに人間の軍が攻めてくる。


「どこにでも馴染めないものは居るということだな」


「なるほどなぁ」


 進められた酒を煽り、なんと話に馴染めそうに無い筆頭の少女の様子を盗み見る。

 遠目には仲良くやっているように見える。

 いや、事実それは間違っていないだろう。しかし、馴染んでいるかはまた別だ。俺には一人だけ浮いているようにしか見えない。何故か分からないがそう思う。そしてそれがたまらなく恐ろしい。


 レイエン・テイハは異常人物だ。

 善良でありながら邪悪で、真っ黒で透明で、そんな自分であり続けられる類稀なる精神強度と力を持っている。そしてするりと周りに溶け込むことさえ自然とできる。


 狂人は異物になる。

 だがその狂人が、普通の人間の皮を被って隣人に居る。

 これは高度な擬態能力と言うより他に無い。

 いったい、この光景を見て誰が世界人類を抹殺する計画を企んでいると思うのか。時々あの話が嘘なんじゃないかと思う時が有るのはそのせいか。だが、彼女はきっとやるだろう。その確信がある限りは、俺はそれを阻むべく足掻くべきだった。


「そういえばお前たちはつがいなのか?」


「つがい?」


「夫婦かと問うている」


「まさか」


 俺は思わず、酒を噴出しかけた。

 脳裏ではイシュタロッテの笑い声が甲高く響く始末だ。

 晴天の霹靂だ。

 何をどう思考すればそんな結論に至るのか。


「それにしては心配そうに彼女を見ていたが」


「心配なんてあいつにはいらないさ」


 どうやら竜の眼は節穴らしい。

 呆れて酔いも醒めるってもんだ。









「は? 念神を捕まえに行くって?」


 翌朝、握り飯とトン汁なるスープを喰らった俺はテイハに言われた。


「なんでも、厄介なのが近づいてきているらしくてね」


「それでなんで妖精の頼みをお前が聞くんだ」


「ふふーん。可愛いのは正義らしいからね」


 どういう話しの流れかは知らない。妖精神に頼まれたらしいがこれは驚きだ。こいつがそんな頼みを請け負うなんて。


「賢人ちゃんがんば!」


「よっ、世界一のお菓子っ娘!」


「貴女が神かっ!」


 やんややんやと取り巻きの妖精たちが囃し立て、強引に押していく。

 怖いもの知らずとはこのことか。

 宿を提供してくれたラーダは、頭痛を噛み締めたような表情で無言になっている。呆れているのか、それとも諦めているのかは分からない。ただ、彼は一言だけ告げる。


「そもそもだが、アレの居場所が分かっているのか?」


「妖精忍者は伊達じゃないのだぁ。皆であえぇ!」


 ドテイの号令。

 すると、いきなり目の前に侍の服にも似た妖精が三人ほど音も無く姿を現す。


『ぬ? 妾にさえ気づかせない錬度じゃと!?』


 ある意味こっちも驚いた。

 悪魔(念神)まで当たり前のように欺くなんてな。

 報告が必要な案件だ。とりあえずテイハに貰ったメモ張にボールペンで執筆。話しを聞くことにする。


「対象はぁ、今現在地竜の体を手に入れて移動中ぅぅ」


「橋向こうの村に向かってますぅ」


「その際、通り縋りの人間と竜を切り殺してまーす」


「ぬぅ? 遂に竜まで切り捨てられるようになったか!?」


 ラーダさんが頭を抱える。


「そんなに強いのか」


「そこそこ強いんじゃないかな。珍しいことに求道者タイプだし」


「求道者?」


「吸血神とかと同じで、想念だけじゃなくて何らかの手段で力量を高めるタイプってこと。こいつは――辻斬り剣神はね、妖刀系の伝承から信仰されて生まれた武器の神。刃が血を吸えば吸うほど切れ味が増し、使い手の技量を模倣して力量を上げていくんだって」


「でも、基本は刀だから自分の体を持ってないんだよぉ」


「その代わり精神力の弱い者の体を乗っ取ることができる。まさに妖刀だ。その昔、ティアマ様が封印したはずなのだが……」


「どこかのお馬鹿さんが持ち出しちゃったのだぁ。おまけにアレは真の意味での『縮地』持ち。とても厄介な念神なのだぁ」


「ふぅん?」


 真の意味での縮地、ねぇ。

 どちらにしてもそんなのが徘徊しているともなれば、妖精としても困るってわけだな。


「しっかし妖刀なぁ。大陸の魔剣みたいなものかな」


 持ち主を破滅させるだの、竜や神さえも殺せるだとか色々な能力を持った伝承武器の話は聞いたことはあるが、それが念神として現れるなんてな。


「エルフ族の森も念神だけどね」


「うぇ?」


「広義的にはアレも念神だよ。ただしアレに意思はない。その代わり、どの種族もそういうものだとして認識させられているから場が念神化しているってだけでね。それが迷いの森だなんて多種族に言われてるから、事実その通りになってしまったんだ。単純なカラクリだね」


 この言いよう。つまり、こいつの先代たちの仕事の一つってことか。

 また一つ世界を構成する要素が暴かれたわけだが、もうここまで来るとはいそうですかとしかいえない。ドテイとラーダたちは素直に驚いているが、俺とイシュタロッテからすれば今更の話しだ。


「森と違うのは、意思を持っているという確固とした伝承の有無だ。来歴も性質もジーパングの人類種が生み出して否定信仰した。だからアレはそういう物として機能してる」


「なるほどぉ。付喪神思想に近いのかぁ」


「まっ、想念ってのはそういうものだからね」


「理屈はどうでもいいが、捕獲するのはなんでだ?」


 いつもならぶん殴るかバーニンするかだってのに、なんでまたそんなことを。


「ボクの都合だよ。それに、ドテイもいらないって言うしね」


「大陸に持っていってくれるならこっちは平和になるもんねー」


「正にWinWinの関係か」


『……妾、その妖刀とやらに同情するぞ』


 俺もだよ相棒。

 絶対に何か企んでやがるぞこいつ。

 哀愁漂う悪魔に同意しつつ、俺はテイハに視線を向ける。破壊神様は気づいていながら、朗らかに右腕を突き上げる。


「それじゃ、捕獲しに行こうか!」







「今回は特別だ」


 竜化したラーダは、俺達を背に乗せて空を飛んだ。

 その背には俺とテイハ、そしてドテイが居る。

 悪魔の翼や、テイハに担がれて空を飛んだことはあったが竜の翼というのも悪くない。


 自然豊かなジーパングは、開発された大陸文明のそれとは違い中々に自然に溶け込んでいる。大きな町や田畑などはさすがに切り開かれているが、それでもやはり随分と違う印象を受ける。


「ドラゴンの上に騎乗してクエストかぁ。ちょっとワクワクするかも、だね」


 ドリーマーに近づいて来たぜ、なんて嬉しそうな声が空気に溶ける。

 だが、その空の旅もすぐに終わる。

 近づいて生きているというのは本当だったのだ。


「おっ、アレだね辻斬り剣神」


 眼下に米俵を乗せた荷車を引く男が見えた。

 黒髪ではなく茶髪のその男は、腰に刀を下げている。遠目には体格は分からないが、地竜が変身した姿ならば屈強な戦士の姿でもしているに違いない。


『ぬ? 念神の気配が無いが……いや、気配は無いが視れば違うな』


 俺にはさっぱりだが、他の連中は違うようだ。


「やはり隠蔽して動いているか」


「でなきゃお爺ちゃんの千里眼にひっかかってバレちゃうよぉ」


「お爺ちゃん?」


「竜神のお爺ちゃんのことだよぉ」


 なんだろう。

 竜は強く、恐ろしい存在のはずなのだが、妖精に慕われていると怖いっていう印象が和らぐな。


「それじゃ行って来るぜ!」


「え? ちょっと賢人ちゃん?」


 止める間はなかった。

 ドテイを俺の肩に乗せたテイハは、竜の背から跳躍。両手両足を大きく広げて降下した。

 これには、ドテイもラーダも声を失っていた。

 そして恐らくは相手もだ。

 何せあの破壊神、減速もせずに街道に落っこちていったからな。


 地響きが鳴る。

 小さな山程度の高度から飛び降りた人間の奏でる着地音だ。

 当たり前のように上がる土煙。

 そうして舞い上がる粉塵はしかし、すぐさま纏った炎によって吹き飛ばされる。同時に、腹の底から恐怖の感情が湧き上がってくる。念神と同じ、いやそれ以上の気配。纏う炎と同時に現した力の奔流に、妖精神が真っ先に震え上がる。


「ちょっ、なにあれ! 底無しの想念とかずっこい!?」


「狡いとかそういう問題ではないのではないか?」


「狡いったら狡いの! しかも私たち念神とも繋がってるとか何なのアレ!」


 念神とも繋がっている?

 なんだ、初めて聞いたぞそれ。


『ぬ? 妾の見間違いではなかったのか。となると……うむ。余計に分からんのう』


「ドテイ、どういうことなんだ」


「ありえないの! というかありえちゃいけないの! 信仰の垣根とか完全に無視しちゃってるの賢人ちゃんのは!!」


 妖精神は目を見開き、戦うテイハを凝視する。


「ものすっごく視にくいけどラーダちゃんとも繋がってるし、アッシュちゃんとも繋がってる。何? 何なのあれ。聖人が近そうだけど超人幻想<ツァラトゥストラ>とも微妙に質が違うし。そもそも念神たる私が想念をちょっぴり供給してるってどういう状態? 勘が鈍いのとか無頓着なのだと下手すると念神でも気づかないよこれ!」


『そういえば妖精神も目は良いからのう。幻惑する側じゃからして、幻惑を見破る能力に長けている。魔術的な方面ならともかく、寧ろ妾たち悪魔よりも勘は働くかの』 


 まぁ、何にしても何時も通りか。

 問題があるとすれば、今更判明した新事実をどうやって生かすかだ。

 これ、寧ろ知れば知るほど打つ手が無いって証明するだけなんじゃなかろうか?


「まぁ、凄いのは分かったぜ」


「というかルール破りだってば。何これ? 私が賢人ちゃんの何を信仰してるっていうの? 全然わかんないよぉ!」


 それは俺達も知りたい訳だが、今もっと知りたいことがある。


「なぁ、なんだあれ」


「ぶはっ!?」


 見下ろせば、両手で辻斬り剣神の刃を両手で挟んで受け止めているテイハさんが居た。


「あわ、あわわわ。妖刀相手に真剣白刃取りだぁ!?」


「あ、ひん曲げた」


『本体が剣なのじゃろう? あれはその、なんだ。とても痛そうだぞ』


「いやだからなんで曲がるの? ああいうのは大抵折れず曲がらず刃こぼれせずって伝承が付随されてるのが基本なんだよぉ」


「や、でもテイハだからなぁ。前も大陸で天使の持ってた魔法剣をひん曲げてたし」


「え、何それ怖い。私の常識がおかしいの?」


 とりあえず、一思いに折ってやった方があの念神には優しいんじゃないかと思う。

 そんな風に思える、清々しくも麗らかな朝。

 俺は、彼女が新しい実験体の確保に動いたという事実を理解すると共に、長らくイシュタロッテが泣き叫ぶ声を聞いていないことを思い出していた。


「……あ、これ不味くないか?」


『不味いの。相当に不味いぞ』


 イシュタロッテは言うなれば試行錯誤に使った試作品。

 ならばアレは、次の段階へと進むための、その雛形に成りかねないんじゃ?


「別に大丈夫じゃない? 賢人ちゃん、どうも想念の壁で直接触るの防いでるみたいだし。一件落着なのだぁ。でも私、賢人ちゃんともっと仲良くなっておきたいかも。今後の保身とお菓子のために!」


『ず、図太い奴め』


 その日、一日かけて妖精神はテイハを歓待した。

 これには竜も混ざり、夜遅くまで宴会になった。

 だが、俺とイシュタロッテだけはそういう気分ではなかった。

 気のせいではないはずだ。あの時、世界崩壊の足音が聞こえたのは。






 当然のことだが、テイハは妖刀に体を乗っ取られることはなかった。

 それどころか当たり前のように改心させる始末だ。


「世界の広さを思い知った。是非とも帯刀して頂きたい」


「んーでもボクは別に武器なんていらないしなぁ」


「そこをなんとか」


「んんー、ん? あ、そうだ。アッシュに上げよう」


 アーティファクト化させ、更にツクモライズした刀。有無を言わさずにテイハは、擬人化を解いて無造作に剣神を投げてくる。

 ジーパングから帰還して一日しか経っていない。

 だというのに、俺に受け渡すということはもはや剣神でやることは無いという意思表示だろうか。


 不味い。

 予想外なんてもんじゃない。

 仕事が速すぎる。イシュタロッテの時なんて、長々と調整していたはずなのにそれさえもないとは。


「よ、よろしく?」


 顔を引き攣らせながら挨拶するも、剣神はご機嫌斜めだ。

 いやまぁ、さっきの女侍姿でも俺に対してきっつい視線をくれてはいたが。


『未熟者に用は無い。疾く失せよ』


「オーケイ。だったらそのうち達人に譲渡してやるよ」


 あ、でも縮地対策のためにしばらく稽古相手になって貰おう。

 ぶっちゃけ、何もかも忘れてしまいたい。でもまぁ、一日でも引き伸ばすべく俺はただただ策を内心では模索していた。


「ふむふむ。訓練したいからツクモライズして欲しいって? あー、別にいいけどさ。アッシュ、もうすぐA計画の発動時間が――」


「よっしゃー! 剣神訓練やろう! 早速やろう。今すぐやろう!」


 言葉を遮り、俺は剣の稽古で汗を流す。


『なんてわざとらしい逃げなのだ。大根役者よりも酷いぞ』


「むっ、身が入っていないぞ貴様」


 歩方としての縮地と最短行動――無拍子――とかいうらしいと、更に呼吸をずらすための訓練をしながら無い知恵を振り絞る。

 おかげで辻斬りの木刀が何度も体に襲い掛かってくる。


 なんだこの地獄は。

 全力で対策を考えたいのに、集中力を別のことに持っていかれるとかないわ。


「アハハ。アッシュはがんばり屋さんだなぁ。あんまり意味は無さそうだけどな!」


「一言多いわっ!」


 その日、俺はヘロヘロになるまで訓練し、料理と酒をたらふく用意してもらった。その最中だった。唐突にテイハは自らの正体やら生い立ち、そして彼女の持つ超兵器『レーヴァテイン』とやらについて聞かされた。大よそ、俺が知りたかったこと全てを自ら話したといっても良い。


「異世界人ねぇ」


「およ? 思ったよりも淡白な反応だね」


 正直、訳が分からないのが本音ではある。

 そもそもクロナグラ以外の世界ってなんだって話だ。 


 まぁそれ以前に、だ。

 結局のところ、だからどうしたというのだろう。そんなことが分かったところで別に嫌う理由にはならない。俺にとっては些事でしかないのだ。コイツが破壊神で暴君で真っ黒透明だって結論を補強する要素にはなっても、嫌う理由になんざまったくならない。

 ただ、こいつの周りに居た奴らにだけは殺意を覚えたことと、俺には打つ手なんてないことも分かった。


 何故ならレーヴァテインとか言う武器は、第二種想念神とか言う代物らしいのだ。

 通称『概念神』と彼女が呼ぶ、言うなれば普通の念神の上位互換だ。それも、信仰ではなくて、現在過去未来並行世界において、その概念を認知した想念を放つ存在全てからの想念を汲み出す集束点を持つという。言うなればそれは、信仰の垣根が存在しない念神だ。

 故に、単純にどうしようもない結論を導き出すのは致し方ないだろう。


 結論としては、力の規模が念神とは違いすぎるってだけのシンプルな解だ。

 しかしだからこそ、第一種想念神であるイシュタロッテたち念神では絶対に抗えない。

 つまり、彼女を守るレーヴァテインの守りを突破することはクロナグラに住む生物には事実上不可能であるということだ。極めつけはそのレーヴァテインとやらは常時レイエン・テイハを覆い守っているという。


 物理的な攻撃の一切合財を豊富な出力で弾き飛ばし、魔術を防ぎ、毒を盛られれば自動的に魔法で解毒し、担い手に念神以上の力を常時与える意思無き兵器にしてこの星の支配者のための無敵の鎧。それが彼女の持つ終焉の魔神<レーヴァテイン>の正体。


 なんだそれは。

 隙が無いどころの話じゃない。

 初めから、まったく微塵も、勝ち目そのものが俺達には無かったという残酷極まる話しだったってことじゃないか。


「もっと飲むかい?」


「飲むともさ」


 酌をしてくれる彼女に返しながら、俺は自棄になって酒を煽る。


「アッシュ、君は色々と頑張ったと思うよ」


「そう、か?」


「うん。頑張った頑張った。本当に、よく、よーく頑張ったよ君は」


 微笑は優しく、声色はとても穏やかだ。それは何時も以上に優しくて、そして奇妙な艶があった。


 不思議だった。

 言わずとも通じ合っているような、奇妙な感覚が胸にある。


「なんだろうね。気のせいでなければボクと君は今、きっと同じようなものを感じているんじゃあないかと思うんだ」


「なんだそりゃ」


「こう、ビビビッて来たんだよ。結果はボクの勝ちだったけれど、そう……だね。この際、エクストラステージまで行ってみよっか。君のこれまでの健闘を称えてボーナスを上げちゃおう!」


「……お前さ、偶に訳の分からない言葉で俺を煙に巻こうとするよな?」


 しかも自分だけは分かる意味を付与してくるから始末に終えない。

 そのサービス精神のせいで、地獄を見せられた哀れなはぐれエルフさんが言うんだから間違いない。


 結局、全ては掌の上か。


「確信犯め。今度は俺に何をさせるつもりだ」


「ここまで来たんだ。当然、もっともっと酷いことさ」


「勘弁してくれ」


 これ以上酷いことなんて俺には想像も付かない。

 だって言うのに、言葉に詰まった俺の前で手酌でビールをコップに注いだテイハは一気にそれを飲み干した。


 そうか、艶の正体は酒のせいだったのか。

 紅潮した頬は、いつの間にか彼女の白い肌を無断で朱に染めていた。


「――そうさ、君にもっと酷いことをしてあげるんだ。今日のボクは気分が良い。とてもとてもとてもとても、とーっても気分が良いからさ。だから、特別に君にあげちゃおう」


「貰えるもんなら何でも貰うけどな。まぁ、なんだ。いったい何をくれるんだ?」


「特別なものさ」


 彼女が虚空から取り出したのは、一本の瓶だった。

 ラベルには見覚えがある。

 俺が前、一番美味いと言った酒だったか。


「さーて、あげたあげた。だからそろそろお開きにしよっか」


 テーブルの端、無言でチビチビと酒を飲んでいた剣神を剣に戻したテイハは、一人仲間はずれにされているイシュタロッテの隣に剣神を立てかけ、そして。


「おやすみアッシュ。ボクはもう寝るから、飲んだら電気消しといてね」


 いつもとは違い、後片付けをせずに部屋へに向かってフラフラと歩き出す。


「おう。おやすみ」


 そして彼女は部屋に消えた。

 ドアが閉まる音を聞いた俺は、いつもと同じように鍵が閉まらなかったのをこの耳で確認した。気のせいではないなら、何時も通りの出来事に相違ない。


「参ったなぁ。あんなの有りかよ」


 残された俺は、目の前に置かれた酒を開けるとグラスへと並々と注いで飲んだ。


――そうして、否応無く覚悟を決めた。


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