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EX10「はぐれエルフ 妖精神に会う」

「も、申し訳ありませぬ。切りかかっただけでなくこんな立派な刀を賜るとは……」


「やや、ボクも貴重な経験ができて満足しているぜ!」


 欠けた刀の代価に、妙な刀を進呈したテイハはホクホク顔だった。

 悪魔が言うには、ゲッというぐらいに魔術的細工がなされているらしいが……何が彼女にそこまでさせるのかが俺には分からない。

 ただ、彼女はおかげで奥義習得への着想を得たと言って憚らない。


「で、ではせめて道案内をさせてくだされ!」


 剣士ミナヅキは、テイハの前で頭を垂れると妖精の住む島へと続くという橋への案内を買って出た。中々義理堅い男だ。


「それはありがたいね。じゃ、さっそくお願いしようかな」


「はは、では直ちに! 姫の従者よ、とっととついて来い!」


『言うに事欠いて嬢ちゃんを姫じゃと!? ぷくくく、この国の人間は面白いのう!』


 カオスな国だぜ。

 どこをどう見たらあの真っ黒透明がお姫様になるんだか。


「やや、ボクは別に竜でもなければお姫様でもないんだけど」


「あいや、拙者の眼は欺けませぬぞ。この世のものとは思えぬ程質の高い衣に刃が立たぬお体。何よりも、可憐なその御髪こそ高貴なる者の印でしょうに!」


 少し顔を赤らめてのたまう侍は、困惑する俺を置いてテイハと共に村を進む。


「北に、妖精橋というのがありましてな。妖精のために竜がかけた橋があるのです」


「ふむふむ」


「なんで竜が妖精のために橋なんてかけるんだよ」


「なんでも、妖精たちが掛けないと悪戯するぞ、と散々駄々を捏ねたそうで」


 そして連日竜に悪戯を仕掛け、困らせたそうな。

 命知らずにも程がある種族だぜ。

 寝ている竜の耳元や鼻に蜂の巣を投げ込むなんてな。


「妖精共の図々しさと可愛らしさと来たら、竜も唸らせるほどだったとか。それ以来、竜と妖精は仲良くしておると聞きます。まっ、このくらい常識ですな」


 何故俺に向かって勝ち誇るのかは意味不明だが、存外面白い話である。


「それはそうと、テイハ姫は何故妖精に?」


『ぷくくく。ええい、この人間は妾を笑い殺す気かっ!』


 加護ラインとかいうので頭に直接言葉を飛ばしてくるイシュタロッテは、もはや笑い死に寸前のご様子だ。そして拙者も、いい加減笑いを堪えるのに限界にてそーろー。

 しかも本人は超真顔でござるよ。

 申し訳ないとは思うが、どうしてもその勘違いで口元が緩むなりです、はい。


「ぬ? 面妖な面を更に歪めてどうしたのだ」


「い、いや、その、博識だなと感心していたんだ」


「そ、そうか。いやなに、拙者など祖父から聞いただけよ。博識なのは祖父でな。なんでも、かつては竜の領主様の城で剣術の指南をしていたという」


「へぇ……」


 で、その指南役に剣を習ったと。

 縮地もそれで習得できた訳か。思い切って聞いてみよう。


「ぶっちゃけ、縮地ってなんなんだ?」


「流派で解釈は異なるが、つまり地を縮めたと錯覚させることにあるのだ」


「錯覚?」


「本当に人が消えるなどありえぬ。しかし、消えたように見せることは相手が人である限り可能だ。知る限りにおいて方法は二種類。単純に最短動作で準備動作を消すか、呼吸を読み、瞬きなどの間にあわせて動くかよ」


「ふむん。そういうのって秘伝じゃあないのかい?」


「構いませぬ。分かっていても習練なくしてできることではありませぬ故に」


 さて、これは運がいい。

 今の理屈だと、アクシュルベルン陛下のそれは複合っぽいな。

 瞬きの瞬間に、最短動作で滑り込んでくると。

 うへぇ。頭でわかってもどうすればいいかまるで分からん。


「知り合いに使う奴がいるからどうにかして一本取りたいんだ。どうすればいいかな」


「そうさなぁ。やはり呼吸をずらすのが一番よな」


「呼吸を?」


「或いは、動作を予測できないようにするのが良い。例えばボケッと突っ立っておると遣り難らかろうな」


 なんだそれ?


「構えた時点でそこからの攻撃方法は限られる。そもそも、剣とは大雑把に言えば九つの太刀筋と突きの十手しか手がない。ならば自ずと対処法は限られてくる。その上で返し技や、剣理、術理の差で勝負は決まる。例外は大人と子供程に身体能力に差があるときよ」


「例えば神と人、だね?」


「左様。圧倒的な差があるならば、技など必要とさえせぬ。しかし力で及ばないなら技で返すしかない。脆弱な人の身では、技を高めることこそが命題。姫のおかげで、斬る技の未熟さを痛感いたした。明日から歩方に合わせた剣理を追及するとしましょうぞ」


「ふーん。色々あるんだな」


 斬鉄がどうとか、なんだか難しいことを言っているが結局はアレだな。ボケッと突っ立つのを極めればいいんだな? んで、予測し辛くして対処してから一撃を叩き込むと。


「なんとなくイメージはできたけど、俺でもできるかな?」


「誰でも出来よう。ただ、それは予測し辛くさせるだけであって反撃するならまた別だ」


 おう、なんてこった。


「構えとは、その次の動作に移るための最適解に他ならぬ。ならば、構えない構えで戦うということは、攻撃動作が一歩遅れる可能性を内包しているということでもある。何事も一長一短であり、そもそもこれは迎撃型であるが故、よほど良い眼や観察力。あるいは常軌を逸した反応速度が無ければ後手に回りっぱなしになるであろうな」


「ほほう? じゃ、眼もなく反応速度もなければ高度に予測すれば良い訳だ」


『妾の出番じゃな。ちょいとズルをして、あの黒いのをペテンに掛けてやろうぞ』


 ついでにもうちょっとレベルを上げて挑もう。

 確か、テイハの奴が反応速度も上がるって言ってたよな。


「ありがとね。どうやらうちのが良い刺激を受けたみたいだ」


「そういって下さるのであれば、開陳したことに後悔はありませぬ。おほん。そこの異人、アッシュとか言ったか。精々可憐なる姫のために剣を磨くが良い」


「か、かたじけない」


 だが、そいつを姫って呼ばないで欲しい。

 そいつは最も姫から最も遠い何かなんだぜ。








「ありがとうミナヅキさん」


 心なしか優雅に礼を言ってのけるテイハさんである。

 料理といいこういう時のサービス精神には脱帽だ。

 見ろよ、顔を真っ赤にさせて頷いてやがるぜ。

 まぁ、見てくれは悪くないからなこいつ。


「ははっ。こここ、この先は悪戯好きなる妖精たちの巣窟である! アッシュ殿はくれぐれも気をつけて姫の護衛をいたせ。何かあれば、末代までの恥となろうぞ!」


 彼は慇懃にテイハに向かって頭を下げると、村へと走り去っていった。

 急いで稽古に励みたいといっていたから、斬鉄とやらの習練をするのだろう。修行が足りぬとか大声を上げながら走っていることから、相当に真面目な男だったようだ。


「ミナヅキさんか。中々親切で面白い人だったね」


「思い込みが激しい人間だったけどな」


 まぁいいか。

 しっかし、この橋は凄いな。

 遠くにある島まで真っ直ぐに伸びてやがる。


 しかもなんだ?

 海の上には大工や資材を乗せたらしい水竜が補修の手伝いをやってるぜ。

 この世のものとは思えない光景だ。

 しかも全部木で出来ている。


 ジーパングの文明は大陸よりは劣るようなのだが、局所的にはそれを凌駕して余りあるものを感じるぜ。そういえば城もエルフ族のそれより数段凄いって言ってたな。

 後でチェックしとかないと、などと考えつつ二人して橋を渡っていく。

 波の音が無くなれば、すぐに橋で翼を休めている海鳥の声が増えてくる。

 途中には釣り人がいて、大量だったりボウズだったり釣果で一喜一憂していた。


 実にのどかな光景だ。

 大陸の忙しない人間たちとは何かが根本的に違う。

 その風情を楽しみながら歩いていくと、ふと話が姫に戻った。


「それにしてもボクがお姫様だってさ。そんなに高貴に見えるのかな」


「髪がどうとか行ってたし、手入れされてるように見えるからじゃないか」


 風呂で使うシャンプーやらコンディショナーやらの秘薬も、きっと一役買っているに違いない。つーか、どこに売ってるんだろうアレ。

 人間の店でも石鹸とかいう奴以外見たことがない。


 まさか手作りか?

 もしそうだとしても、こいつならありえるかもしれないぜ。

 そしてやっぱり考えると凹む。


 シャンプーなんてエルフ族は持ってない。

 持ってないのだ!


「そういえば大陸だと騎士がお姫様を守ってそうだけどさ。エルフは誰が守るのさ」


「近衛戦士辺りだと思うぞ? 目つきが鋭いのが多かったなぁ」


 他にそれっぽい戦士はいない……な。

 将軍職は違うだろうし巫女団は違うはず。うん、やっぱ近衛だわ。


「あーやだやだ。夢が無い答えってつまんないぜ」


「安全性に夢なんて無いだろ」


 後は、姫様なら確か女の戦士が護衛だったか。昔、村長がやらされたって言ってた気がする。思えば、あの人は只者ではなかったのだろう。まともに教わりたかったなぁ剣。


「ま、それは置いておこうか。で、さっきの人だけどさ。剣術の話は中々君のためになったんじゃないかな?」


「ああ。アレならかなーり有意義だったぜ」


「加えてボクからアドバイスするなら、だ。どうせなら君も難しいことなんて考えなきゃいいんだ。君たちレベルの戦いなんてさ、大抵先にぶん殴れるかどうかの勝負になるからね。だからレベルを上げて反応速度と身体能力を上げな。イシュタロッテがあるし、まともにやるより君はそういう単純な奴のほうが多分成長が早い」


「そんなもんかね」


 まぁ、器用じゃないのは分かってるさ。

 ただ人から言われると凹むけど。

 とてもとても凹むけど。

 ようやく道が開けた気がするな。


「――アッシュ、ただの一撃だ。技量を無視するオーバースペックで叩き込めばそれで終る。人なんて思っている以上に脆弱なんだぜ」


『そりゃ、嬢ちゃんじゃからこそ言える台詞だと思うがのう』


「どうかな。人の脆弱さなんて、殴り慣れた頃には分かるようになってるもんだよ」


「お前は殴り慣れてるってのか?」


「え? あー、修行はしてたよ。爺に誘われてダンジョンとか潜ってたし。いやぁ、爺様様だね。修行してなきゃ、今頃ボクの貞操はなくなってたしな!」


 なんだか遠い眼をしながら少女は笑った。

 笑えない出来事のはずなのに、それでも笑い話のように語ってみせる。


「昔さ、母さんの浮気相手がボクを押し倒そうとしたことがあってさ。その時、ついつい病院送りにしちゃったんだよねぇ」


「病院送り?」


「加減が甘かったみたいでね、肋骨を粉砕だったよ。死んでなかったけど過剰防衛だとか訴えられたっけなぁ。はっはっはー。いい大人が子供相手に何言ってるんだかな!」


「そ、そうだなぁ」


 過剰防衛の何が悪いのかは分からないが、話しを会わせるしかない俺である。ていうか、母親が浮気ってなんだ?

 俺の中で疑問で一杯だ。

 母親なんていないから想像しかできないが、アレか。


 痴情のもつれとか言う奴か?

 掟で確か禁止されてたはずだが、たまーに村人がどこかに消えていった記憶がある。

 そして大抵消えるのは男だ。稀に女も消えたっけか。


 ……なるほど。

 アレは掟破りの罰か何かか。


『理解できぬ。何故手加減などせねばならんのだ?』


「なんていうか、イチャモンの類かな? 幸い弁護士のおじさん……ドリームーメイカー仲間の人が凄腕だったから問題なかったけどさぁ。マスコミが母さんの名前出してくれたもんだから、小学校の時に一時期学校に居場所なくなっちゃったんだよねぇ。後はそれを切っ掛けにした離婚劇。お決まりの三流悲劇だ。下らないお話にされたものだよ」


『そこが分からんの。嬢ちゃんなら全員殴り殺してしまえるじゃろうに』


「いやいや。あの世界は、地球は別にボクの所有物じゃないからさ。クロナグラみたいに好き勝手はしないよ。ボクはこう見えて模範的な優等生だったんだからな」


『な、なんじゃと!? 気に食わなければ念神も蹴り殺す癖にか?』


「あのねぇ、ボクは弁えてるだけだってば」


「すると何か。その地球とか言うとこの奴と俺らの命は価値が違うってのか?」


「うん。クロナグラの住人相手だと可哀想とさえボクは思ってやらない。これはもう、ボクがボクである限り変わらないだろう線引きみたいなものだよ」


 こうして、俺達への意識が露呈した。

 ようやくだが違和感の正体の一つが、今はっきりと分かった気がしたぜ。

 しかしそれは、言うなれば神の傲慢って奴だった。

 性質が悪いのはそれが、決して覆しようの無い事実として彼女が認識していることなのだ。


 どうすればいいんだ?

 その価値観は、消すとか消さないとか以前に彼女の中で線引きされた末に生まれたもので、言うなればただの区別に過ぎない。

 同じ虫でも益虫は生かして害虫は殺すように、彼女は持ち物とそれ以外での価値を明確に定めているだけなのだ。


 勿論寒気がする事実ではある。だが、相手が神だと認識しているならばどうしようもないほどに恐ろしい論理でもあることに俺は気づいてしまった。


 自分の作った物をいらなくなったからって自分でぶち壊すことに、いったい誰が良心の呵責など覚えるというのだ。生き物と物は違うかもしれない。

 だが、神の視点においてはどうなるのだろう。

 物も人も作り物であるという事実に変わりがないというなら、価値が同じなら後は必要かそうじゃないかだ。


「故に、だ。ボクは現状においてクロナグラでは無敵である」 


 守るべき者が自分だけであり、その自分を守る術を持っているのだから理屈の上ではそうなる。なって、しまう。

 ならば俺がやるべきことはたった一つか。


――彼女を無敵たらしめている何かを彼女から取り上げるか、機能していない状態で勝負をしかける。


 これしかない。


 何せ相手は念神を一撃で蹴り殺せる神殺し。

 万全の状態ではまったく微塵も勝負にはならないのは明白だ。

 というか生身で剣(刀)を受けて無傷とか、念神様と殴り合えるとか人間じゃねぇよ。

 唯一の救いは、俺が見逃されているというただ一点。

 はてさて、いったいどういうつもりだろうか。


 まぁここまでのことで推察できることはいくつかあるな。


――一つはアルバイトのためってのはどうだろうか?


 神宿りシステムの実験項目に、体を乗っ取られるという調査項目があった。

 その時の記憶はないが、イシュタロッテは俺の体を使ってテスト項目を消化したわけだ。そのあとで記憶や意識がそのままの実験もやったが、それがおそらくは一つの答えだ。


 彼女にとって、一人しか居ない今それは致命的なリスクだ。故に彼女には俺が必要であると簡単に推察できる。特に細かく仕様とやら詰めていくというなら、彼女の代わりにリスクを負わせられる俺は手元に置いておく価値があるだろう。だから見逃す。必要となくなるその瞬間までは手元に置く。


――二つ。単純にA計画発動で死ぬからどうでもいいと思っている。


 可能性としてはこれも在り得る気がするぜ。

 用済みになればバーニンすればいいだけの話だしな。

 そもそも抗う術が無い上に、俺たちをどうでもいいと思っているならそう考えていても不自然ではない。


――三つ。余りにもイケメンエルフな俺に惚れた彼女が、手元に置きたがっている説。


 ……無いな。


 これは無い。

 自分が女なら俺みたいなアホは願い下げだ。

 せめて弓が使えて人様に恥ずかしくないエルフなら考えるだろうが、俺は弓を使えない雑魚戦士。最近リスベルク様に覚えが良いらしいとはいえ、おそらく出世の道はない。


 うん。

 これは無い。

 やっぱ一番が妥当か。


「やはり情報が足りないな」


「だろうねぇ。いやはや、こういうのはさすがにボクも想定していなかったぞ」


「ん?」


 考え事に意識を割いていた俺は、テイハさんが足を止めた理由に気づくのが遅れた。


 そして見た。

 何故か、橋のど真ん中に様々な野菜が置かれている光景を。


 ダイコン、ジャガイモ、ニンジンにゴボウ。

 他にもなんか野草とか山菜まで置かれている。


 なんだこれは。

 ついさっきまでこんなのはなのは見えなかったはずだ。これにいったいどんな意味があるんだ?

 妖精の崇める神は、もしかして野菜から生まれたとかそういう逸話を持っているのか?


「情報だ。情報が足りないぜ! 教えてくれ物知りな相棒よ!」


『妾に聞かれても分からぬ。ジーパングは大陸の悪魔と繋がりが希薄に過ぎるからのう』


「管轄外ってことか」


 ならばもう頼れるのは真っ黒透明様しかいない!


「あー、さすが先代たちだ。完璧な仕事過ぎて呆気に取られたぞ!」


 言うなり、虚空から何やらメガネっぽい何かを取り出すテイハさんであった。


「じゃじゃーん。赤外線ゴーグルー」


「おお、なんか凄そうだ!」


 目を覆うその物体を彼女は装着。

 そうして何やら驚きの声を上げる。


「おおっ、こいつは凄い!」


「なんだ、何があるんだあの野菜には!」


「可愛い妖精さんたちがこっちを見てるぞ! ついでに持ち上げてるね」


 なるほど。

 野菜が急に浮き上がったのはそのせいか。


 だが気になる。

 何故、こっちに近づいてくるんだ?


「データによると……ああ、ああやって通行人を脅かして悪戯してるみたいだね」


「野菜を浮かしてか? そりゃ驚くだろうが……」


「甘ーい! ミツバチさんからせしめた蜂蜜より考えが甘いよエルフちゃん!」


 舌ったらずな声で何処からともなく声がする。

 どう考えても犯人は妖精だ。が、生憎と姿が見えないのでどの野菜を持ってる奴か判別ができない。ジャガイモか? それともニンジンか? まさかナス、お前なのか!?


「お、リーダー格っぽい奴がトマトを抱えて近づいてくるぞ」


「フラフラしてるな。あー、大丈夫か?」


「だ、大丈夫だよぉ。それよりぃぃ」


 随分と気合が入った声になった。

 余裕なさそうだが。


「それよりなんなんだ?」


「作戦開始! お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ作戦発動だぁ!!」


「「「おおーー!」」」


 号令は合図であった。

 瞬間、フラフラと近寄ってきていたトマトが機敏な動きで俺に突っ込んできやがった。

 フラフラしてみせたのはフェイクだったらしい。


「な、なんだとぉぉぉ!?」


「紅いトマトは他の野菜の三倍は早く動けるのだぁ!」


「んなわけあるかっ!」


 手で受け止めようとするが、いきなり曲がって額に飛び込んできやがった。

 当然、割れたトマトは果肉を出して俺の頭に飛散する。

 それを皮切りに、他の野菜も突っ込んでくる。


「や、野菜を粗末にするんじゃない!」


「キャハハハ。野菜が無ければお菓子を作ればいいじゃなーい!」


「いて、ちょ、ゴボウとニンジンで突っつくな!」


 オールレンジから迫る野菜の群れ。

 くあ、トマトの汁が目に染みる!


「今だ、蜜柑とレモンの皮もいくよぉ」


「ギャー! 目がぁ、目がぁ!」


『おうおう。良い様に遊ばれておるのう』


「中々やるね。目を潰して一斉攻撃か。妖精さんたち、見た目に反してえげつないね」


 ダイコンが、ニンジンが、ジャガイモが、ありとあらゆる野菜が俺を襲ってくる。

 しかもそれなりのスピードで。

 地味に痛い。

 ってカボチャを足の小指に落としやがった!?


「何で俺ばっかり狙うんだ!」


「え? だって怖くなさそうなんだもん。そっちの子は命がけどころか存在が消えるレベルで怖いからスルー!」


「くそっ、妖精さんは正直過ぎる!」


 そうして、俺は無邪気な妖精さんたちに弄ばれた。







「くそっ、酷い目に会ったぜ」


 だが、お詫びと称してお菓子をくれるらしい。

 島に上陸した俺達を、妖精さんたちはキラキラした目で迎えてくれた。

 なんだ、可愛い奴らじゃないか。

 と、思ったら第二ラウンドが勃発だ。

 髪を引っ張るは耳は引っ張るわで、まるで見世物にでもなった気分だった。


「さっすがエルフちゃん。珍しいから子供たちがはしゃいじゃってはしゃいじゃって」


「躾けぐらいちゃんとしてくれ」


 ちみっこいのに群がられる俺の身にもなってもらいたいもんだぜ。

 その癖テイハには誰も悪戯しないんだからこいつら、すげぇ嗅覚を持ってやがる。


「大丈夫だよぉ。あんまり酷いとそこらの竜たちが止めに入るからぁ」


「竜?」


 侍っぽいのが徘徊しているが、アレのことか。


「人類種の竜は人間に化けられるのだぁ」


「え、マジで?」


『うむ。確かに化けておるな』


「あんまり悪戯が酷いと、お尻ぺんぺんしてくるんだよぉ」


 妖精さんたちがお尻を隠しながらブルブルと震える。

 聞えていたのか、竜たちは「お気をつけ下さい」とだけ言って遠い目をした。


 つまり、竜さえ困らせる悪戯好きか。

 チラリとテイハを見ると、上機嫌で妖精たちにお菓子を配っている。遂に耐え切れなくなったのか、案内をしていたリーダー格の妖精神『ドテイ』も参戦。初めは人間のお菓子なんてレベルが低い! などと強がっていたが、すぐさま絶叫。


「なんだこれぇぇ!?」


「ふははは。チョコレートを喰らえ! ボクしか持ってない貴重なお菓子だぞ!」


「悔しい! でも強請っちゃう!」


 勝ち誇るテイハに屈し、悔しそうにお代わりを要求する妖精の神。

 ここまで威厳が無い神は初めて見たぜ。

 というか、神様が率先して悪戯をするなと言いたいです、はい。


「はっはっはー。可愛いから許してあげよう! そーら、こっちのお菓子はあーまいぞー」


 その後、キャッキャと妖精と戯れるテイハさんと一緒に俺はお菓子で歓待された。

 その百倍、耳を引っ張られたが。


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