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EX08「はぐれエルフ 破壊神の目的を知る」


「もっと強くなりたいんだが、どうすればいいかな」


「レベルを上げればいいと思うよ」


 空の上で上の空。

 適当に剣の素振りをしていた俺に、ぞんざいな調子でテイハは答えた。彼女は陽光の下、光る板の前で何かをやっている。

 アーティファクトライズとかいう、念神の武装化技術の設定が煮詰まっているらしいのだ。あーでもない、こーでもないなどと呟きながら、しかしてめげずに取り組んでいる姿はここ最近珍しくない。

 なんでも、A計画とかいう史上空前の大規模実験とやらの発動予定日時が迫っているのだとか。そのためには、今の設定調整は極めて重要だそうである。


『も、もういいじゃろ嬢ちゃん。これ以上妾に何をしようというのだ』


 当然のことだが、それを嫌がっているのはイシュタロッテである。

 計画とやらの中身こそ知らされていないが、その実験のためにと色々とされている彼女だ。これ以上余計なことはもうされたくないのだろう。その気持ちは分からないでもない。だがそんな事情は、このちみっこい破壊神様には関係がないのであった。


「ばっかもーん!」


 木製テーブルをダンッと叩き、威勢よく立ち上がるテイハさん。彼女が満足しない限り、悪魔の平穏は訪れないと約束されていた。こうなると助け舟を出しても無意味である。

 悲しいけど上下関係、すでに決まっているのよねこれが。


「バランスがぶっ壊れたゲームが如何にクソゲーかを知らないからそんなことが言えるんだ! 今やってる想念の取得率の調整だってそうだぞ。割合を細かく調整しとかないと、サクサクレベルが上がりすぎてありがたみがないじゃないか!」


「取得率? え、それってもしかして、調整次第じゃ楽にレベル上げられるようになったりできるのか?」


「うん。けどやらないぞ」


「いいじゃんか。もっと楽にレベル上げしたいって」


 野生動物相手に戦わされる身にもなってもらいたい。

 この前のライオンとか言う奴だってやばかったのに。

 だが、そんな俺の切実な願いは通じない。


「却下! だいたい、そんなことで強くなったって虚しいだけだぞ」


「そんなもんかね」


「ゲームバランスの破壊ってのは、ゲームの楽しみを半減させるものなんだ。バランス破壊が許されるのは二週目だけさ」


 ゲームとやらはよく分からないが、何やら持論があるらしいことは分かった。

 そしてこれまでの経験上、言い出したら聞かないのがこの真っ黒透明少女である。

 当然のことだが、彼女からは譲歩する気はまったく伺えない。我が強いというかなんというか。ちんまい体に似合わないビッグな態度だ。


「遊びにもルールは必要なんだよ」


「俺の場合は切実な殺し合いになるんだぜ。ルールも何もあるかと愚考する所存」


「それを考慮しているからこその神宿りシステムだよ。その悪魔との会話機能とかもそうだね。レベル八十制限を加えていないボクの優しさに感謝してもらいたいもんだよ」


 どうやら彼女は、イシュタロッテとの会話もできないようにするべきだと考えているらしい。何故そこまで拘るのかは分からんが、ありがたみを大事にしたいとかいうのは分かった。向こうは向こうで納得済みらしいので持論は変えない。むしろ更に制限したいようだった。


 止めて下さいマジで。


「そうだ。そろそろそいつの魔術行使もオフにしないかい?」


「オーケイ。俺、これ以上、駄々捏ねない」


 冗談じゃない。

 眼やら魔法障壁やら、とにかくレベル上げには必要だ。

 だって、普通のエルフは剣一本で危険動物は倒せない。クマやらライオンやらトラやらを真正面から剣だけでどうこうなんて、そう簡単にできるかってんだ。

 俺は噛み付かれるのを甘噛みだとか言える超人ではないのだ。


「ふむん。ところで話を戻すけど、君は強くなりたいんだよね」


「おうよ。弱い俺いらない。強い俺カモン」


「じゃ、適当な所にまたレベル上げにでも行くかい」


「もう調整とやらはいいのか?」


「正直煮詰まってるんだよねぇ。だからいっそのことしばらく考えないようにしようかなって。気分転換って奴だね」


 ふーん。

 まぁ、いいんじゃないかな。

 はぐれエルフの仕事もあるから悪い話じゃあないし。


「ついでに旅もしようぜ」


「旅ねぇ……ま、いいか。じゃ、適当にぶらぶらしようか。どこかリクエストはあるかい?」


「特にないというか、どこに行けばいいのかが分からんですよ?」


『ならば、妾の神殿のある地はどうかのう。あのあたりなら案内してやれるぞ』


「だってさ」


「オッケー、じゃ行こうか」


 そうして、準備もそこそこに俺たちは大地に下りた。




 ユグレンジ大陸西方。

 テイハが『プリンタ』とやらで印刷してくれた地図によると、ロロマ帝国の広大な支配地の中にその地はあった。

 今でもカルナーン地方と呼ばれるその土地には、古くからの遺跡がそれなりにある歴史のあるようだ。


「ボロボロだな」


「まっ、敗北した信仰の末路なんてこんなもんでしょ」 


 打ち壊された石造りの神殿は、妙にもの悲しい雰囲を醸し出していた。

 誰も手入れをしなくなったのだろう。

 苔むした壁や、砕かれた石像などを見れば、何があったのかなんて容易に察せられた。


 やっぱり人々も寄り付かなくなったのだろう。

 適当にイシュタロッテの案内で回った村々では、リストル教とやらの教会が立てられていて、見つける度にイシュタロッテがギャーギャーと騒いでいた。


『ええい、どんどん不愉快な地になっていくのう!』


 なんだかんだで愛着はあったのだろう。

 悪態をつく悪魔の声色からは険が取れない。


「アッシュはさ、信仰の手っ取り早い白黒の付け方って知ってるかい?」


「いや」


『信頼性じゃろ。神と神の殺し合いが一番よ』


「え、じゃあお前リストルとかいう奴と直接やりあったのか?」


『勿論じゃよ』


 何度もぶつかり、敗北する度に信頼を削られていったそうな。

 負け戦は悪魔として取り込まれるまで続き、抵抗する信者も殺されていったという。


「ふむん。考えてみれば、男共が一時的にとはいえ加護で英雄クラスの力を持つのは相当な強みだね。君、アレ相手によく粘ったね」


 虚空に眼をやり、何やら知ったようなことを言う真っ黒透明。

 最近分かったが、ああいう態度をしている時は情報を集めている時っぽい。

 魔法か何かか、などと想像しながら擬人化されたイシュタロッテの言葉に耳を傾ける。


「戦の神としての面目躍如といったところだの。初戦ではむしろうちの方が有利じゃったわ。が、やり方を向こうが変えての」


 テイハに擬人化されたイシュタロッテは、苦い記憶を掘り起こしながら神殿の奥へと俺たちを誘っていく。

 俺はそうやって連中とやらのやり口を聞かされ、報告のための知識に変えた。


「結局、エロエロな部分を悪にされたことで信仰を落とされて、あっという間に劣勢に追いやられてしまったがの。イメージ戦略とやらがあんなにも効果があるとは知らなんだ」


「それが無ければどうだったんだ?」


「そうさなぁ。天使共が大群で来たであろうの」


「連中、とにかく数が多いからねぇ。その分顕現するための総念量も莫大だけれど、彼らは特異な神を掲げてるから信者数が桁違いなんだ。記録だと……ああ、今現在でいえばクロナグラ最強の念神だね」


「特異ってなんだ? 何か反則能力でもあったのか?」


 リストル教の伝承はまだよく分からん。

 そもそも聖書とか言うのが分厚すぎて眠くなるんだ。新約とか旧約とか色々あるし。

 まぁ、あれも土産にしたから偉い人に対策でも考えてもらえばいいんだろうけど。


「彼は複数の宗教でトップとされているんだ」


「それは、つまり宗教の数だけ強くなってるってことか?」


「そうとも言えるね。同一視効果によって手に入れている想念の量は、今現在例外を除けばクロナグラ一だから」


「今はそれらの宗教も別の宗派として取り込んだのだ」


 普通なら宗教戦争でとことんまで削りあうそうなのだが、その神が言って残りを取り込んだ歴史があるそうな。

 信者は自らの神を本能的に理解できる。

 俺がリスベルク様を神だと認識できたのと同じ要領だろう。

 逆に言えば、その念神リストルが動いたからこそ、面倒ごと無く取り込めたとも言えるわけだ。だから信者の数は莫大で、地方土着の念神たちじゃあ手も足も出なくなったと。


「ここまでくればほれ。後は時間をかけるだけでいいじゃろ。性質の悪いことに、奴は万能。何でもできるのがウリじゃからして、とにかく大衆に受けが良いし力も強大。しかも敵対者を取り込んで悪魔に仕立て上げていく。周りは下げて自分は上げる。そんなタイプじゃから、悪魔連中は奴への殺意を抑え切れんものが多いのう」


「なるほど。ためになる話だ」


 やっぱり危険だなリストル教。

 だからアクシュルベルン陛下やリスベルク様は人間の神の情報も集めているんだな。


「まっ、悪魔連中なら天使や神相手なら結構融通を利かしてくれるじゃろ。覚えておくが良い。妾も立場上顔が広いから、格下なら動かせないこともないぞ」


「へぇ……お前も以外と凄い奴だったんだな」


「うむ。その加護を得たのじゃからして、胸を張ると良いぞ」


 満更でもなさそうに胸を張る悪魔であった。







 石壁の通路をを越えた先に礼拝堂らしき広間に出た。

 そこもやはり打ち壊されているが、その中にいくつか原型を止めている石像が見つかった。


「どうじゃ。アレが妾を模した像じゃ」


「「――」」


 俺とテイハは思わず顔を見合わせる。

 だって、その像は全然イシュタロッテに似ていなかったのだ。


「な、なんじゃその反応は」


「いや、そのな。妊婦かこれ?」


 前に見たスリムな悪魔姿や、今の少女姿と比べるとどこをどう見ても差がありすぎる。

 特に胸とお腹周りが顕著と言える。

 かなりその、奇怪なほどに膨らんでいるんだよな。


「阿呆。アレは繁殖という力を抽象化しておるだけよ。胸は大きく尻も大きいなんてのは典型的じゃろうが。あと、こう見えてそれなりに古い歴史を持っておったのじゃぞ」


 どうやら価値観の違いという奴らしいが、うーむ。

 今のこいつを知っているせいで違和感しかないぜ。


「ねぇ、これ触ったら妊娠とかしない……よね?」


「するかっ! まぁ、妾の魔法で身篭りやすくはしてやれるがの」


「不妊治療ができる女神かぁ。場所によっては両手を挙げて歓迎されそうだね」


 そういえば、王様にも人気があったとか言ってたっけ。

 世継ぎ対策にでもされてたのかな。 


「ほれ、向こうの顔が砕かれている方をみよ。向こうは武器を持っておったりするじゃろ。アレは戦の神としてのそれを現しておる」 


 それは、周囲に様々な武器を立てかけられた勇ましい像だった。

 そちらは普通の体形をしていたが、首から上は無残にも砕かれていた。


「これが、敗北した神の末路か」


 俺はふと薄ら寒い感慨に襲われた。

 忘れられるだけならまだしも、その名残さえも抹消されるとは。

 こうして記憶からも、記録からも消えていくのだろう。


 彼女が良い神だったか悪い神だったかなんて知らない。

 けれど、無言で自らを模した像を見上げる悪魔の横顔を見ると、もの悲しさだけが胸に残った。それは、俺が敗者たる悪魔と出会ったからか。

 そうでなければ、ふーんとか言って、それだけで通り過ぎていたに違いない。


「なぁイシュタロッテ」


「なんだ」


「お前を信仰していた奴らはさ。どんな奴らだったんだ」


「さてのう。欲深い奴、素直な奴、エロい奴。それこそ様々な人間がいたものよ。種まきの日には妾に祈り、戦が始まるとなればまた祈る。そんな弱き者たちばかりだった」


「弱い人間程神に頼りたくなるものだよ。後、風習だからってのもあるかもね」


「風習はともかく、弱いほどってのはなんだよ」


「はっはっはー。だって『神』だぜアッシュ」


 破壊神は益体もなく言い放つ。


「神なんて幻想だ。在りもしないモノを在るように語り、捏造してまで縋りつくのは弱さの証明でしかないよ。神頼みをしたいっていう気持ちはボクにも分かるけれど、神を理由に殺し合いまでしてしまえるなら、それは行き過ぎってもんだ。ボクからすると思考放棄と変わらない」


「嬢ちゃん、妾の前でそういうことをよく平然と言えるの」


 冷たい声でテイハへと視線を向ける悪魔だったが、彼女はやっぱり動じない。

 空気を致命的に読んでいないと思うのは、俺の錯覚なのか。それとも、分かっていてもやっぱり気にしないだけなのか。


「君が実体を持つようになった幻想<カミ>だからって、ボクがそう思うことには変わらないさ。それに分かっているはずだ。念神だって本当はただの魔法でしかないんだって」


「……」


「それと、だ。真実はもっと残酷だぞイシュタロッテ」


「真実じゃと?」


「君へのバイト代として教えてあげよう。君が悪魔になったのはボクの先代たちのせいでもあると」


「はあ?」


「なんじゃと?」


 それは、俺にとっても悪魔にとっても寝耳に水だった。

 けれど、それが分かっていながら彼女は告げた。


「言っただろう。ボクは造物主の末裔だって。クロナグラの信仰の、その原型となるものは彼らがばら撒いたものだ。だったらオマエがそうなるのも予定調和だったってことさ」


「ハ、ハハハ。笑えん冗談じゃの」


「君は成功体なのだよ。A計画のために、彼らが望んだ能力を持った念神を生み出す実験の、その成果を出した稀有なサンプルの一つだ。それが君という念神の正体なのさ」


「冗談ではないわ! さすがに言うて良いことと悪いことがあるぞ!」


 神気を纏った悪魔は血相を変えて怒鳴るも、テイハは動じない。


「良いも悪いも無いよ。だってこれはただの事実だから」


「死ね」


 瞬間、殺意が形となって顕現した。

 怒りの形相で、勝算など度外視して挑んだ悪魔の拳が広間に暴風を生み出す。

 脆弱なるエルフの俺には、それを止める術などなかった。

 無かったがしかし、体は咄嗟にイシュタロッテの背中へとしがみ付いていた。


「待て待て、二人とも落ち着けってば!」


「わわっ」


 熱気が至近距離にあった。紅の炎を纏ったテイハは、イシュタロッテの拳を受け止めて反撃の拳を放っている最中だった。


「あっぶねぇ!!」


 悪魔の目の前で寸止めにされた拳は、慄然たる破壊の意思を内包している。

 今まで見た中で一等凶悪な力の行使であることはなんとなく分かる。本能で理解してしまうほどに、それは明確な終わりを内包していた。

 それが神殺しの拳だ。

 触れれば消し飛ぶ、規格外の暴力のその具現だ。


「もう、少しは考えなってば。これ、触れたら君なんて軽く蒸発する威力があるんだぞ」


「怖ぇぇから仕舞えそんな物騒なもん!」


「えー。仕掛けてきたのはそれじゃあないか」


 渋々拳を引っ込めた彼女は、何事もなかったかのように炎を消すと頬を軽く頬を膨らませて拗ねてみせる。対して、イシュタロッテは彫像のように固まったまま動かない。


「お、おい?」 


「こ、腰が抜けた」


 ブルブルと、華奢な体を震わせて地面に座り込んだ悪魔からは、もはや完全に戦意が喪失していた。

 対して、レイエン・テイハは肩を竦めるだけで何も頓着しない。


 これが強者の余裕か。

 天使でさえ瞬殺してしまうこいつからすれば、今更イシュタロッテに噛み付かれたところで何も感じないのかもしれない。

 しかし、これは異常ではないのか?


 寒気がした。

 同じ人類種であることを疑ってしまいたくなるようなその態度と力は、異常に過ぎる。

 イシュタロッテの神気は、俺のような雑魚戦士の精神を容易く抉る。それが明確な力の差であるからだが、こいつの場合は力だけではなく精神性にまで逸脱したものを感じるぜ。


「あれ? もしかして空気読めてなかった?」


「読めてるとかそうでないとか、そんな次元じゃなかった気がするぞ」


 寧ろ空気が迷子になっているんだぜこいつの場合。


「ふむん。それじゃ諦めといてよ。ボクってサイコパスの気があるらしいからさ」


「なんだそりゃ」


「なんて説明すればいいかな。人の気持ちが分からないというか、理解できないというか……なんかそんな感じの人なんだって」


「つまりお主、狂人なのだな」


「狂人は言いすぎだと思うけど、まぁ似たようなものかな? ただし理性はある」


 だから手加減もできるとか笑顔で言われたが、さっき必殺の一撃を悪魔に繰り出そうとしていた人間の言葉じゃないと思う。


「要するに、だ。危険人物だってのは変わらないってことだろ?」


「おうふ。そんな簡単な言葉で片付けられるとは思わなかったぜ」


 いやまぁ、さっきこいつが言ってたことに比べれば大したことじゃあない。

 何気に恐ろしい発言をしていただろうし。


「大体、世の中にはごまんと人間が居るんだ。俺みたいに適当に生きてるエルフもいるんだし、悪魔やら天使やら神様やら人間やらがそれこそ沢山居るだろ。サイコパッションとかいう変な奴が居ても不思議じゃあない」


 座り込んだままのイシュタロッテの頭にポンポンと手を置いて宥め、おもむろに前進。眉根を寄せて「サイコパスだい」などと呟く彼女へと近づき、すかさず拳骨を振り下ろす。

 瞬間、彼女は軽く首を動かして避け、当たり前のように反撃してくる。

 歴戦の戦士を思わせるような流れるような動きだ。

 反応できなかった俺は、しかしポスンと腹に触れた小さな握りこぶしを見下ろした。


「どういうつもりだい?」


「おお! 確かに理性はあるっぽいな!」


 問いには答えず、俺は納得したことを口にする。炎を纏いもしなければ、馬鹿力で俺を吹っ飛ばしたりもしていない。それは、間違いなく理性のある証明だ。


「なんだ、他人に気を使えるなら別に問題ないじゃないか」


 見下ろし、真っ黒で透明なその眼を見て本心を口にする。

 見上げてくる少女は、しばらく瞼をパチパチと開閉し、すぐにプイッと視線を逸らしてしまった。


「君、やっぱり頭おかしいんじゃないかなぁ」


「狂人に言われても痛くも痒くもないんだぜ」


 まぁ、しかしだ。

 知りたいことを問いたい気持ちは抑えられない。

 だから俺も、サイコパッションな問いをついついしてしまうのだ。


「それで、どうしてA計画ってのとこの悪魔が関係してるんだ」


「どうしてって、世界中の念神をアーティファクトにしようっていう計画が動いているからだよ。こいつでの実験も、君のレベル上げもそのための一環だし」


 ……は?


「なんじゃとぉぉっ!?」


「ま、まさかリスベルク様もアーティファクトにするつもりなのか!?」


「そいつが念神なら例外なくだね」


 隠しもせずに彼女は頷き、そうして計画を暴露した。

 それはそれは頭がおかしくなるような話を、しかし彼女はなんでもないように口にした。


 最も笑えないのは、計画発動後にクロナグラの人類は一掃される予定だという所だ。

 空気を読めないとか、人の気持ちも分からないとかそんなレベルじゃあない。

 もはや正気の沙汰ではない。けれど、それでも少女は罪悪感一つ顔に出さない。


 彼女には確かに、何かが欠落していた。

 頭の悪い俺でさえそれが分かったが、今はまだそれを追及することはできない。

 内心で高まる焦燥感がそれを許さず、ただただ理解することに必死だったのだ。


「止めてくれって言ったらどうするよ」


「聞く耳はもたないね」


「……邪魔したら?」


「もれなくバーニン!」


 あ、これ詰みましたわ。

 できるできないはともかく、企んでいるのは本当っぽい。

 何せ隠す意味がないと思ってやがる。

 歯牙にもかけられていない相手の言葉など、彼女には届かないのだ。逆に届いたとしても意味は無いだろう。そして反逆してもバーニンされると。


 どうしろってんだ?

 サイコパッションだからこそ尚更に、こいつとの真の意味で理解しあうのは不可能に思える。俺は無い頭を回転させ、打開策を模索した。だがそんな俺に、テイハさんは試すように言ってのける。


「さぁどうするアッシュ。真実を偶然にも知った君はどうやってボクを止める?」


 場違いなほどに真っ黒で透明な、そして陽だまりで笑う子猫のような純粋無垢な微笑み。

 一瞬、止めて欲しいのかと思って問うてしまうが、それがどれだけ無意味な勘違いかを俺はすぐに思い知らされた。


「この星を所有しているボクは、君たちサンプル共のことを考慮しないからさ。ゆっくりと余生を楽しんどいてよね」


 怖気がした。

 当然のように帰ってきた言葉の、この薄ら寒さはなんだ。


 まるで腹が減ったからって家畜を絞めるのと変わらないような、そんな当然のような態度を取り続けられてはたまらない。

 なるほど、確かに彼女は俺が今味わっている恐怖を何も分かっちゃいない。

 それが当然だと思考し、こちら側に共感も何もできていない。


 しばしの静寂の中、体感温度が無意味に引き下げられていった。

 背中に流れる嫌な汗が止まらない。

 のそりと立ち上がったイシュタロッテの気配があるが、隣にやってきた彼女は分かりやすく青ざめたまま一言も発さなかった。


 ただ、分かっていることはあった。

 それは、この少女を野放しにしてはいけないということだった。

 何ができるか知らないが、それだけはきっとしてはいけないことだろう。

 俺のためにも、ましてや彼女のためにもならない。


 そう思うと、俺の口は勝手に動いていた。


「――なぁ、腹が減ったしそろそろ帰らないか?」


「お、お主は分かっているのか!? こやつは人類全てをを滅ぼそうとして――」


「あー、あー、聞こえなーい」


 喚く悪魔をおもむろに肩に担ぎ上げ、破壊神様に希望を述べる。


「へいへいへーい! 今日はがっつり肉が食いたいっすテイハさん。ついでに酒も飲みたいんですがね。用意してもらえますかね? 見返りにこの悪魔を貸し出しまずぜ」


 ゲッヘッヘと下品な笑いも付け足してやる。

 さすがに毒気が抜けたのか、何故か残念そうな顔で俺を見上げるテイハさんがいた。


「貸すも何も無い気がするけどなぁ。しかしお酒か。君、二十歳じゃないでしょ」


「人間のルールなんて知らないんだぜ。エルフは十五歳になったら飲めるんだ」


 俺はもう十八。

 これでも、もう大人なのだ。

 見合い話一つ来たことはないが。


「や、まぁいいけど。でも君……」


「なんだよ」


「……いや、なんでもないよ。ああもう、いいよ。肉と酒をありったけ用意してあげようじゃあないか! 今日の夕飯は焼肉の食い放題だ!」 


 少女は一瞬だけ頭を振るうと、転移魔法を発動させた。

 どうやら話を聞いた俺が逃げ出さないのを訝しがっているらしいな。

 だがそれこそ知ったこっちゃないね。


 スタンスは決まった。

 こいつが空気を読まないなら、俺も空気など読んでやらぬ。ついでに言われるまでもなく諜報活動は続行だ。図々しくも適当に探りを入れて、はた迷惑なA計画とやらを妨害してやろう。


 ふはははは!

 よくよく考えれば今、はぐれ雑魚戦士エルフのこの俺は、世界の命運を背負っているのだ! おかしくって腹が捩れそうだぜ。

 さーて、明日から本気を出して対策でも練ろう。


 魔法の浮遊感に身を任せながら、俺は額の汗を誤魔化して神に祈った。

 彼女が弱いからこそ縋るといった、幻想の具現たる念神様へ。


 まぁ、世界は広い。

 こうなったら世界中を旅をして、少女の野望を打ち砕く念神様を探すのもいいかもな。

 もし、居なかったとしたらその時はもう腹を括るしかないだろう。

 一人ぼっちの彼女の寝首をかけるのは、今現在はきっと俺だけなのだから。





 その日、彼女に差し出されたビールとかいう酒を彼女にも飲ませようとしたが失敗に終った。なんでも十六歳は飲んじゃいけない代物らしい。

 それが人間の掟ならしょうがない。

 お酒はちんまい子供が飲むもんじゃあないのだ。


「あ、ちなみにボクにはお酒も毒も効かないぞ。止めたいならボクより強い奴を呼んできな。そんな奴、この星には存在しないけどな!」


 洗い物をしながら背中越しにそう言われてしまった俺は、盛大にイビキをかいて誤魔化した。ついでに、そのままテントに戻らずにソファーで寝た。

 その日の夜である。

 部屋から起きだして来たテイハさんは、水を飲むと寝たふりをしていた俺のところにやって来て俺に毛布を被せ、静かに自分の部屋へと戻っていった。


「狂人は狂人でも、配慮できる狂人ってなんなんだよ」


 本当に狂っているならまだ寝首をかく手段があっただろう。けれど彼女にはそんな素振りはまったく無い。

 冷静に自分を受け止めて、それでも狂気と付き合って邁進している。

 きっと彼女は人の皮を被った化け物だ。

 これならまだ悪魔であるイシュタロッテの方がまだ人間臭い。


(まだだ。まだ、止めるチャンスはあるはずだ)


 掛けられた毛布を端を引っつかみ、くるまったまま眼を閉じる。


 嘘であればいい。

 冗談であればいい。

 誇大妄想であってくれと願いながら、俺は今日も適当に寝た。


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