EX07「はぐれエルフ 神宿りになる」
どこかは知らない森の中、獣の遠吠えが周囲に響く。
この際、場所は問題ではない。
問題なのはあいつが連れて来るだろう何かだ。
『そろそろ嬢ちゃんが戻ってくるぞ』
脳裏に語りかけてくるのは今は長剣化している相棒――悪魔のイシュタロッテだ。
「なんだろ。正直、不安しか感じないんだが」
俺は正直な心中を吐露するわけだが、彼女は攻めるように言った。
『ざまぁ見ろ、という奴じゃな。何度助けを求めても妾を放置しおった不届き者には良い罰ぞ』
「無茶を言うな」
真っ黒透明な暴君相手に、雑魚戦士の俺にどうしろっていうんだ。
オマケに飯と仕事まで貰っているのだ。どちらに付くかは一目両全じゃあないか。
「しっかし、本当に何なんだレベルアップって奴」
正直、何故こんなことをしなければいけないのかが俺にはよく分からない。
だがこれも仕事だ。しかも強くなれるとか言われたら、ホイホイと従ってしまうのも仕方の無いことだ。
そう思ってしばらく待つと、確かに茂みの向こうから彼女が戻って来るのが見えた。
「そーら、獲物を連れて来てやったぞ」
「ぶふぁっ!?」
俺は我慢ができずに噴出した。
そんな俺の様子など気にも留めず、狼に噛み付かれている黒髪の少女は満足げな顔を浮かべた。
彼女の名はレイエン・テイハ。
自称神様で人間な正体不明の少女である。
だが、こいつはシュールを通り越して笑えない存在だ。
何せ笑いながら天使だろうが悪魔だろうが燃やせしてしまう超人なのだ。
……全体的にちみっこいが。
「アハハ。野生が無いなこの犬共は。予想以上に人懐っこいし、こんなに甘噛みしてくるなんてね。甘えたがりにも程があるぜ!」
「違げぇよ! 思いっきり喉笛に噛み付いて殺しに掛かられてるじゃないか!」
真正面からガブガブとやられているのに、少女はその活きの良いウルフを抱いたまま余裕の構えを見せている。
捕えられた彼(?)は逃げようともがいているが、相手が悪すぎた。
何せ相手は念神さえ素手で殴り殺してしまうような少女。その腕力は人外なのだ。俺なんかきっと、殴られたら雲の上まで飛んじまう。
「GUOONN!」
仲間を助けるためか、健気にも両足に噛み付いている彼の仲間を引きずりながら、少女は更に前進。俺の方へと無理矢理に狼を引き連れてくる。
余裕綽綽ってな顔だ。
常人ならもう致命傷なのに気にもしないとは大物過ぎる。
だが驚いてばかりもいられない。
「無理、無理だって!」
俺は剣を構えたまま一歩下がる。
茂みの奥からさらに数匹追加で増援が現れるのが見えたのだ。
「GURUUU!!」
犬畜生の皆さんは、かなり殺気立っているご様子です。いや、これはもしかして戸惑っているのだろうか?
まぁ、どちらでもいい。
問題は、近づかれたせいで俺に気づいたという部分だ。
「GURU?」
ふと、ニヒルは瞳のわんちゃんと目が合った。かと思えば、組みし安しとばかりに俺へと疾走を開始して来る。勿論数匹の仲間も援護のために動き出している。
俺は一も二も無く叫んでいた。
「イシュタロッテ!」
『しょうがないのう』
瞬間、俺の前進を白い光が包み込んだ。
神宿りシステムとかいう、神造兵装<アーティファクト>に組み込まれた新たな力だそうだ。なんでも、アーティファクト化した念神の力で所持者を大幅に強化してくれるらしい。
だがそれはそれ、これはこれだ。
集団で襲い掛かってくる連中相手にするとやっぱり怖い。そう思いながら、剣を振り上げて迎撃の構えを取る。
しかし。
「――あれ?」
覚悟を決めた俺を嘲笑うように、狼は俺へと近づくのを止めて後退。尻尾を撒いて逃げていった。それは仲間にも何故か伝播した。
群れは一斉に茂みの奥へと逃げ去っていく。
例外はテイハの両腕から逃れられない一匹だけだ。
「ど、どういうことだ?」
「どうやら念神の気配にビビったようだね」
試しにと、テイハが捕まえていた狼を俺の目の前で解放すると、彼はすぐに俺達から離れて群れを追っていってしまった。
「ふむん。神宿り状態でのレベル上げは難しいか。なら次はそれ無しだね。また連れて来るから、ここで待ってなよ」
「お前は俺を殺す気か! せめて一匹ずつにしてくれ」
率直な意見を述べるが、少女は「手足の一本や二本どうとでもするから大丈夫だ」と言って聞いてはくれない。
まぁ、分かっていたことだ。
あいつは自己中だ。
ここは年上のはずの俺が、大人な態度で我慢するしかあるまい。
というわけで、俺は神宿りを解きながら少女を待つことにする。
「狼ぐらいならまぁ、一対一なら武器を持つ俺が有利かな」
素手なら死闘を演じるかもしれないが、こちとらには強力な武器がある。狼の一匹ぐらいどうにかできなければ、エルフ戦士の名が廃るってなもんだぜ。
『有利のう。本当にそうであればいいがの。……む?』
「こいつでどうだい」
またも茂みの奥から敵を連れて来るテイハさん。
その背にはなんと、大きな大きなクマさんを背負っていた。
「こ、今度は熊……ですか」
「うむ。くまなのだよ」
『どこからどう見ても立派なベアーじゃのう』
当たり前のように人間の大人より大きい巨体を背負い、ノシノシと近づいて来る。
俺は、すぐに彼女に背を向けると前に向かって駆け出した。
後悔などない。しかし、それは一歩遅かったようだ。
「はっはっはー! 行け! クマ太郎マークV!」
「ば、馬鹿野郎!」
クマが空を飛んだ。
テイハに投げられたのだ。巨体が宙を舞って俺に迫る。
放物線を描いて迫る野性動物。それを前に右に転がって回避し、すぐさまテイハの後ろへと回り込む。
「こ、こここ殺す気か!」
「殺させる気だけど?」
キョトンとした顔で言われても困る!
その間にも、不運なクマは逃げ出そうと俺達に背を向ける。
何をしたのか知らないが、必要以上にテイハを畏れているような感じだ。よろめいているところが哀愁を誘うぜ。奴さん、完全に足にきてやがる。
「はっはっはー。ボクの眼が黒いうちは逃げられるものか!」
右手を挙げ、周辺を炎の壁で遮う少女である。
残念、クマさんは逃げ場を失ってしまった。
「KUUNN……」
『おおう。クマが困っておる』
足を止め、炎から逃げようとするクマ。しかしテイハを起点に円周状に展開されている炎に逃げ場は無い。グルグルと回って困ったように鳴いている。
クマにも分かっているのだろう。
彼我の絶望的な戦力差が。
「さっ、逃げられる心配はないぞ。GO、アッシュGO!」
「ちょ、止め」
馬鹿力で前に押され、クマの方へとぐいぐいと追いやられる。
本気で勘弁して欲しい。
死ぬる。
剣一本でクマの相手とか余裕で死ねる。
何故なら俺は、弓も満足に使えない雑魚戦士。
金髪碧眼のはぐれエルフ『アッシュ』だ。
絶体絶命とはこのことだぜ。
嗚呼、始祖様。
今こそ俺に適当なご加護を!
「そうだ。向こうはもう逃げられないから神宿りを使っていいよ」
「しゃー! 勝機は我に有り!」
『こやつの場合それだけでは心もとないがの。しょうがない。眼も貸してやろうぞ』
そうして、俺はクマ相手に死闘を繰り広げた。
「ぐふぇ!」
尻餅を着いた俺は、立ち上がりながら尻を押さえる。
くそう。
小石のせいでヤケに痛い。
暫く悶絶していると、見覚えのあるお方が庭に現れた。
「……おや?」
ダークエルフの王、アクシュルベルン陛下だ。
となると、ここはやっぱりリスベルク様のお屋敷か。
テイハの奴、転移も完璧とは恐れ入る。
「アッシュ、戻っていたのですか?」
「お、お久しぶりです陛下」
すかさず礼の構えを取る。
気さくに話しかけてくれなさるお方だが、意味深に笑うと問いかけてきた。
「それで、それはなんですか」
「人間に貰った世界地図であります」
「なんと世界地図!?」
眼を丸くした陛下は、少しだけ考える素振りを見せる。が、すぐに胡散臭い笑みを浮かべて俺を誘った。
「ふむ。リスベルク様に報告するのであれば私も行きましょう」
「はぁ……」
俺としては面倒な奴に絡まれないための壁になるからありがたいが、いいのだろうか?
まぁ、いいか。
誘われるままにダークエルフたちに混ざり、謁見の間へ。
そうして、我等が始祖神様への謁見へと望む。
「おおっ! 貴様かアッシュ!」
「お久しぶりですリスベルク様」
「うむ。息災そうで何よりだ」
くくくと、機嫌良さそうに笑う我等が始祖神様である。
その隣では、何故か睨みつけてくるエルフの王『クルセルク』某が居た。
思うところは多々在るので、努めて視界に入れないようにしよう。
とにかく報告だ。
一応テイハについてもぼかして報告しておく。
今分かっていることは、邪魔をするとバーニンされるって所ぐらいだ。だから保身のためにも賢人と名乗る人間が居て、念神様を素手で倒せる神殺しだとだけ伝えておくことにした。義理人情は大事だしな。しっかし、やっぱり反応が悪いぜ。
「馬鹿な!」
「ありえん!」
ダークエルフもエルフも関係ない。お偉いさん方は存在を否定するばかりだ。
まぁ、そりゃあそうだろう。
人間が念神を容易く凌駕するなんて、その眼で見たこともない彼らにとっては嘘臭いだろう。というかそんな悪夢みたいなこと、信じたくなんてあるまい。
「俄かには信じられんが、貴様がそんな馬鹿げた嘘を言うとも思えんな」
「もしや、その方は聖人ですかね?」
「む? 知っているのかアクレイ」
さすが王様ともなれば物知りでいらっしゃる。
で、聖人ってなんなんですかね?
賢人と響きが似てやがりますが、まさか親戚か何かですかい?
「神殺しとは別ですが、人類種の中には偶にとてつもない力を持つ者が生まれると聞いたことがあります。宗教的な意味でも重要な存在だと人間には考えられているようですね」
「ははは。何を言うかと思えば」
「そんな馬鹿なことがありえますかな」
失笑するクルセルクとお付のお偉いさん。
だがその男は意に返さない。
「竜殺しや神殺しなどという伝承の原型は、そういった超常的な存在の実在を示唆しているのではないかとも考えられます。少なくとも、そうと思えるような存在は居てもおかしくはないかと愚考する次第でして」
神妙な顔で頷く彼は、周囲の挑発にさえ乗らない。
どうにも、この屋敷の中では複雑な力関係があるようだな。
なんだかドロドロしてるっぽい。
その証拠に、エルフ系の方々の機嫌がよろしくないように見える。素早い切り替えしに連中は揃って苦虫を噛み潰した顔をしていた。
滑稽だね。
まさか相手にもされていないとは。
でも、だとしたらアクシュルベルン陛下も苦労しなさっているのかもしれない。
雑魚戦士の俺には遠い世界の事象だが、飛び火しないことを祈るばかりだぜ。
「留意しておくに越したことはないか。うむ。心に留めておこう」
「はっ。それとこれは報告書と地図です」
近衛戦士が差し出したそれらを受け取り、リスベルク様の元へと運ぶ。
「む? なんだこれは」
「くれた人間が言うには地図だそうで。世界地図も混ざってます」
何やら『ラミネート加工』とやらがされていて、透明な板みたいなものの中に紙の地図が入っている。とりあえず森の地図と、世界地図、そして各大陸の地図とやらをアルバイト代の一環として貰った。
地図の重要性は骨身に染みているから頼んだのだが、うん。
あんな立派な物を貰ってしまうとは俺も運が良い。
などと内心で思っていると、アクシュルベルン陛下と一緒に「くくく」、「ふふふ」、などと二人して愉快そうに視線を交している姿があった。
なんだかんだ言って、腹黒王はリスベルク様の片腕みたいなポジションをキープしているようだ。で、エルフ王クルセルク某殿は、顔で笑って口元で歯軋りか。
器、小さいっすよ旦那。
ざまぁ。
「ちなみに、地図は今現在の国境なので、戦争とかでよく変わったりしているとか」
「ほう。だとしてもよく手に入れたな貴様」
「し、しかしリスベルク様。それが本物かどうかなど分かりませんぞ!」
エルフ王が苦々しい顔でイチャモンをつけてくる。
「それは他のはぐれエルフたちが戻ってくれば明らかになろう。この地図はアクレイ、お前が確認しろ」
「お任せ下さい」
地図を預かったダークエルフ王は慇懃に礼をする。
嬉しそうにしているところから察するに、初めからそのつもりで来たのかもな。
「さてアッシュよ。今度は何が欲しい」
何やら褒美をくれるというので、何時ものようにスマイルを所望。ゴホンゴホンと急に咳き込みだした重鎮連中に無害アピールをしておく。
それでさっさと消えようと思ったんだが、リスベルク様にアクレイ陛下をけしかけられてしまった。
「アクレイ。出て行くまで少し鍛えてやれ」
「お任せ下さい」
そうして謁見は何事も無く終った。
「あれから腕を上げたかどうか、少し楽しみですね」
「昔の俺とは違いますですよ」
こちとらレベルが一も上がっているんだからな。
訓練場の一角で不敵に笑うと、俺は木剣を手に自信満々に構える。
だがしかし。
「ぐふぇっ!?」
またでせうか。
また縮地とかいう歩方ですか陛下。
いきなり体が消えるってなんなんだ?
気づいた時には、俺は軽く頭に一撃を貰っていた。
「ま、まるで成長していない気がしますが……」
「ぐぉぉ、額が割れる!?」
だから、なんで気が付いたら目の前に飛び込んでいやがるんですか腹黒王。
ちくしょう。
いつか絶対にぎゃふんと言わせてやる。
俺は痛みで地面をみっともなく転がりながら、雑魚らしく下克上を心に決めた。
一度で良いんだ。
そうしたらあの王に勝ったことがあると村で吹聴してやれるのに!
「そろそろ終わりにしますか」
「あ、ありがとうございました」
稽古をつけてくれた陛下に一礼し、荷物袋に隠していたクマの肉を献上する。
俺が倒したクマの肉だ。一部は人間の街で売り払い、残った分を『たっぱー』なる透明な容器に三箱入れて持ってきていたのだ。
「ディリッドにもと思っていたのですが、どうにも姿が見えないので」
「彼女は今頃両親に絞られているはずですよ。また巫女の修行やお見合いでもさせられているんじゃないでしょうかね」
顔も見せずに百年近くふらふらしていたので大目玉らしい。
大変だなぁ。
俺なんて見合い話の一つも来たことが無いのに。
「おお、これはまた奇妙な。この箱もまた興味深いですね」
蓋を開けて中を確認し、面白そうに頷くダークエルフ王。
「ちなみに、あの地図とこれは誰にもらったんですか」
「人間の少女です」
「ほう? ということはまさかアレを?」
「陛下の助言どおりにやってみたら結果として成功しまして」
別に助けられたわけではないが、あの出会いも陛下のおかげだ。思えば実に実用的なアドバイスだった。この出会い、やはり大事にしなければならないぜ。
「……言っておいてなんですが、よく成功しましたね」
「まぁなんとか勢いで」
「そうですか。ふふふ。しかしアッシュ」
「はい?」
「丁度三つあるということは、一つはリスベルク様にもということですね?」
「そういう可能性も無きにしも非ずかと」
治療の借りをこれでチャラ、というわけにはいかないが気分的には楽になるね。
謁見で直接渡そうにもエルフ王たちが邪魔だったし。なんか後ろのスイドルフとかいう奴と一緒に嫌な眼を向けてくるんだよなぁ。
そこでなんで顔に出すかねぇ。
こっちの腹黒透明なフェイスを見習えというのだ。いや、まさかアレは態とあてつけでやっているのか?
分からん。
偉い人の考えることはさっぱりだ。
「ディリッドさんは無理でしょうが、リスベルク様に関しては任せなさい」
何故かとても優しい笑顔で激励された俺は、首を傾げながら屋敷を後にした。
何か勘違いされている気がするが……まぁ、いいか。
『ふむ。本当にこの姿だと念神に感知されないようじゃな』
テイハの家に転移するべく屋敷から離れるさなか、イシュタロッテが呟いた。文句を言われたら一端テイハにでも預けるしかなかったが、おかげで楽な移動ができるのでありがたい。
正直、この森は俺に優しくない。
まったく微塵も声が聞えないのだ。
俺、本当にエルフだよな?
アイデンティティが危ぶまれて泣きそうになる。
畜生だぜ。
「――で、そろそろ良いか」
『うむ……と言いたいところだがの。後をつけられておるぞ』
「はぁ?」
振り返るが、特に誰かが居るようには見えない。
しかし悪魔は茂みに隠れていると言う。
自分を信じるか、悪魔の言葉を信じるか。
この究極の選択を前にして、俺は当然のように自分を信じることを止めた。
適当にそこらの石を拾うと、言われるがままに茂みに投げてみる。
「ぐぁっ!」
「見つかったか!?」
「……本当に居たよ、おい」
何やら声が聞えたかと思えば、エルフが四人ほど姿を現す。
どいつもこいつも武装し、剣と弓を装備している。
ポピュラーなエルフ戦士の装備だが解せないぜ。
後ろの二人が俺に弓を構えているのが見えるのだ。
連中に行動の意味を問い返す暇はない。
弦が張り詰める音を聞くや否や、俺は咄嗟に茂みへと飛び込んでいた。
「逃げたぞ!」
「追えっ!」
「な、なんだあいつら!?」
『妾が知るか』
理解できないままに剣を抜き、デタラメに森を駆け抜けていく。
木々は天然の盾となる。
確かに獲物を狙うために普通の戦士たちは慣れているだろうが、それでも無いよりはましだ。タンッと木の幹に流れ矢が当たる度、心臓が縮こまる。
ちくしょう。
俺が何をしたって言うんだ!
「あいつら正気か!?」
訳も分からず混乱した俺は、とにかく逃げることに徹して遮二無二走る。
『お主、本当に狙われる理由に心当たりはないのか?』
「あるわけ無いだろ!!」
だが、相手は森の加護を武器に迷いなく追ってくる。
くそっ。諦める気はないのかよ。
「力を貸してくれっ! 隙を見て転移で逃げる!」
『うむ』
一本の大樹の裏に回り、そっと辺りを伺う。
そこへ、やや遅れて長剣を持つ戦士が茂みの奥から二人飛び出してくる。
「ちっ、見失ったか?」
「そう遠くへはいけないはずだ。とっとと探すぞ」
弓使いの姿は無い。
遅れているのか、それとも隠れてどこからか狙っているのか。
まずいな。
のこのこと出ていったら射られる。
剣を持つ戦士二人と戦いながら、矢にも気をつけろってどんな状況だよ。
俺は物音を立てないようにジッと隠れたまま、足音が遠ざかるのを待つ。
剣士二人は消えるが、移動しようとした俺に悪魔が忠告してきた。
『残り二人の魔力反応が遅れて近づいてきているぞ』
「魔力探知って便利だな」
『お主らエルフのそれは人より多い。だから分かりやすいのだ』
なるほど。
しかし面倒な状況だ。
「なんで狙われてるんだか。まぁいい。転移を頼むぜ」
『皆殺しにしておけば良かろうに』
たかだか四人だと悪魔は言うが、俺からすれば完全に武装した訓練された戦士が四人だ。
イシュタロッテが居るからって調子に乗るのは不味いだろう。
今度、エルフの賊が森の中に居たってリスベルク様に報告しておこう。
そう思い、すぐさま俺は悪魔の転移で逃げた。
ただ、その一瞬前にちらりと彼方から迫る紅い何かが見えた気がした。
はて、気のせいだったのだろうか?
転移で戻れば、何やら長大な筒みたいな物を持ったテイハさんが居た。
彼女は何時に無く真面目な顔でジッと大地を見下ろしていたが、すぐに振り返った。
「ん、お帰り」
「なにやってんだ?」
「ちょっと魔砲の試し撃ちをね。ん、四発全部命中だ。これならちゃんと星の裏側も狙えそうだ」
『嬢ちゃん、まさかお主……』
「君たちが気にすることじゃないさ。ねぇ、そうだろう大公爵」
『……そういうことにしておこうかの』
イシュタロッテの声が硬い。ああ、また何かされないかと構えているのかな。
「どうでも良い話はお仕舞いだ。そんなことより喜べ。今夜は新鮮なクマ肉を使った赤ワイン煮込みだぜ!」
「美味いのか?」
「多分な! 初挑戦だから心配だけど、失敗してたらアッシュに全部処理を任せるぜ」
「そりゃ別に構わないが……」
こいつの料理、外れは今のところないしな。
まったく、良い嫁さんになるぜこいつは。
「じゃ、そういうことだから先に風呂に入って来な」
「脈絡が無さ過ぎないか?」
「訓練で汗を流してきたんでしょ? そら、洗濯もしてやるからとっとと入った入った」
「なぁ、風呂って毎日入らないとダメなのか」
不満を告げるが、俺の背をぐいぐいと押すテイハは笑顔で俺の言葉を黙殺した。それどころかとんでもない事を言い出す。
「じゃ、風呂を抜く度に君の食事を抜いてあげよう」
「な、なんて卑怯な!」
「さぁ、どうするアッシュ。ボクは抜くといったら本当に抜く女だぞ」
勿論ここで俺の取れる選択はたった一つだけだ。
「分かりましたです、はい」
「よろしい」
『お主にプライドは無いのか』
馬鹿野郎。
プライドで腹が膨れるか。
まぁ、意地を張るべきところでもないしな。
というわけで、クマ肉は美味しく頂きました。
――リスベルクの屋敷。
「ジン」
「!”#$%」
「そうか、貴様でも分からんか」
玉座にて、手にしていた報告書を眺めていたリスベルク。彼女は眼前に現れた風の精と共に安堵のため息を吐く。
周囲に控えていた近衛戦士と巫女たちが恭しく頭を垂れる中、それ以上は言葉に出さずに視線を報告書へと戻す。
だが胸中は穏やかではない。
当たればただでは済まない一撃が、都合四発も屋敷の近くに降り注いだのだ。
腰掛けた椅子の背もたれの向こう。華奢な体を覆う白いドレスの下には、危機感に触発された冷や汗が浮かんでいた。
(あの威力。念神からの攻撃かと思ったが屋敷を逸れた。ただの流れ弾か?)
「!”#%&」
「うむ。何か在ればまた頼むぞ」
掻き消える風の精に礼言い、次の報告書に視線を落とした。
その日、クルセルクの手駒が数名行方不明になった。その報告が彼女の元に届くことはない。
クルセルクとスイドルフ。
二人のエルフ主義者に握りつぶされたそれは、結局それからも闇へと葬られ続けるのだから。