EX05「はぐれエルフ 同業者に会う」
「はぁ、はぁ……」
息も荒く、黒髪の少女の後を追って歩く。
荷物袋がこれほど邪魔だと思った日はないぜ。
これで、イシュタロッテが居なかったら俺はとっくの昔に追跡を諦めていたに違いない。
まず、補給し忘れていた水が問題だった。喉の渇きは深刻だったが、見かねた悪魔が怪しげな魔術を使い、水を出してくれたのでそれでなんとか乾きを凌ぐことができている。
しかし参った。
あの女、少しずつ少しずつ歩く速度を上げてやがる。
ていうか、よく見たら何時の間にか地面から浮いて飛んでいるじゃないか。
「――ぜぇ、ぜぇ。ちっくしょう、負けて堪るか!」
『勝ち負けなのかのうこれは』
「当然だぜ。どちらが諦めるかの大勝負だ」
間違いない。
この勝負の行方が歴史を変える!
相手は悪魔さえ好き勝手してしまうような短かい耳族<にんげん>だ。こいつ以上の危険人物なんてきっと探す方が難しいだろう。アレがスタンダードな人間なら、俺はきっと注意を受けていただろうしな。だからこのチャンス、はぐれエルフとしては見逃すわけには行かないんだぜ。
『はぁ。精々怒らせぬようにするのだぞ』
「当たり前だ。俺はまだ若いんだぜ。バーニンなんてされたくない」
道中、天使とかいう羽の生えた念神様が空から数回降ってきたが、イシュタロッテの時と違って彼女は会話をするでもなく一撃で沈めやがった。
マジでなんなんだバーニンキックって。
触れただけで念神様が消し飛ぶとか奥義過ぎるだろ。
俺にも是非教えて欲しいもんだ。
相手はイシュタロッテが「天使長ザマァ!」などと喚くぐらいの相手だったようだが、反応から察するにさぞや名のある念神だったのだろう。背中の羽も一杯あったし。
だがしかし、だ。
「邪魔」の一言で聞く耳持たずバーニンである。
奴は懲りずにそれからも三度襲い掛かってきたが、腹パンされ、イケメン面に靴裏を叩き込まれ、神から賜ったとかいう魔法剣とやらを取り出すも、目の前でグニャリとでひん曲げられて泣き喚きながら燃やされていった。
無慈悲を通り越して、彼女は暴君だった。
いや、もうアレは破壊神だろう。
とりあえず邪魔だからぶん殴る。
なんかそんな感じで無頓着に対処しているのだ。
どうやら神もそこらのチンピラも、彼女からすれば同じ程度の存在でしかないらしい。
まったく、恐ろしい少女が居たもんだぜ。
「ふむん」
と、二十歩は離れた位置でこちらを振り返った少女は、虚空から取り出した缶コーヒーとやらを飲みむと、石畳の道から反れ始めた。
その先にあるのは森だ。
ロロマ帝国とやらの土地勘もなく、地図も持っていない俺はそこに何があるのかが分からない。だが時間が時間だ。これ以上進むのはオススメできなかった。
「待て待て。まさか夕暮れ時だってのに突っ込むつもりか?」
「お、やっとギブアップ宣言かい」
とっとと負けを認めろ、などという意味の篭った視線だったように思う。見上げてくるその黒瞳に、しかし俺は負けん気を発揮する。
「そろそろ夜営準備をした方がいいんじゃないか? 夜は危険だぜ」
火が無いと野生動物がやばい。
石畳とかいう道は便利だが、奴らには無力だ。
とにかく火を焚いておかないと不味い。
「……君さ。ボクの心配をするより自分の心配をした方がいいと思うんだよね」
「いやいや、夜営の準備ってのは基本早い方がいいんだって」
日が落ちる前にやっておかないと地獄だ。
焚火用の木も集めておかないといけないし、見張りの順番だって決めてないんだ。これはちゃんとやっておかないと後で揉める。睡眠は必要だ。相手が神を殴り殺せる人間であってもそれは変わるまい。
「言い分は間違っては居ないように聞えるね。常識的に考えれば、だけど」
「だったらご再考の程を求める所存ですぜ」
「しかーし! ボクは帰ろうと思えばすぐ家に帰れるからそんな心配は無用なのだ」
「ほほう? つまりはあの森に家があるってことですかね」
なるほど、それなら納得ができるぜ。
ここに少女のハウスがあるなら大丈夫だろう。
「そんなわけがあるかい。転移するんだよ転移」
「なんだそりゃ?」
『魔術の一種だの。遠い場所へ一瞬で移動する技法ぞ』
「そりゃすげぇな。ちんまいのにそんなことまでできるのか」
「……ちんまいは余計だい」
殴る蹴るや、いきなり物を取り出すだけじゃないんだな。
驚きと同時に、俺の中にディリッドの火の玉を見たときの興奮が胸中に蘇ってきた。
「なぁなぁ、俺ごとやって見せてくれよ」
「それ、もしかしないでも家まで追ってくるってことだよね?」
「おう。容赦無く内偵させてもらいますですよ」
胸を張って返答。追跡勝負が継続中であることを知らしめる。
いつから勝負になったかなんて覚えてはいないが。
「そこまで当たり前って顔で言われるとさ。是が非でも振り切りたくなってくるなぁ」
鬱陶しそうな視線から一点。悪戯を思いついたような顔で怪しげに笑うと、彼女は森への移動を再開する。
「まっ、これも経験か。気のすむまでやってみな」
「了解だ。それで、またこの先に念神様が居たりするのか?」
バグ潰しとか言う奴が目的かね?
「いや、これは君への嫌がらせでしかないよ」
おい。
とびっきりの笑顔で言われても困るぞ。
「サンプルに舐めらたままじゃ、この先造物主なんてやってられない。格の違いって奴を見せ付けておくべきだと思うんだよね。あ、やっぱグーで思いっきりの方がいいかな?」
こんな感じで、などという言葉と共に突き上げられる右拳がちょっぴり燃える。
当たり前のように熱波が吹きすさぶのが困るが、そんなことをされたら俺はきっと跡形も残るまい。ここはやはり適当に下手に出るしかないぜ。
「もう俺は十分に格の違いを認識してますです、はい」
こちとら雑魚戦士ですぜ親分。なんだかんだ言ってその強さは尊敬してますからついていきやす。
一生は無理だが。
「……なんだろう。馬鹿にされてる感じが半分で、もう半分は本気で言っているようにも見える。こんな微妙な気持ちにされたのは生まれて初めてだよまったく」
突き上げた拳を下ろし、少女はムムッと眉根を寄せる。
「一応確認するけど君、本当にエルフだよね?」
「当然だぜ。この耳を見てくれよ」
チャーミングだろう?
「外見じゃなくて中身が気になるんだけどなぁ。確か、少子化のせいで小覇王状態になるからプライドが高くなる傾向があるはずなんだけど……まったくプライドが見えないぞ」
ジッと胡散臭げに俺を見上げる少女は、小さく「識別」などと呟く。やがて虚空を見つめたかと思えば、何故か一瞬だけ俺に妙な表情を向けてきた。
「……ま、いっか。ボクには関係のないことだよね」
言うなり、踵を返して森の中へと向かっていった。
やっぱり夜営の準備などする気は毛頭無いらしい。
しかしだ。何故彼女はあんな表情を浮かべたのだろうか。
何故かそれは、村長が俺によく向けていたあの目に似ていた。
少女は炎を纏ったまま飛び続ける。
俺はイシュタロッテが生み出した火の玉で足元を照らしながら、黙々とそれを追った。
森の中をタダひたすらに進む。
歩きやすいとか歩きにくいとかはもう、俺の頭の中からは消えていた。
置いていかれたら死ねる。
その確信だけがあるせいで、疲れた体に鞭を打つしかないのだ。相変わらず森の声なんて俺には聞えない。聞えるのは虫の羽音や動物の不気味な遠吠えと、草木が風で掠れる音だけだ。
『ところで、お主はいつまであの嬢ちゃん追うつもりなのだ?』
「向こうが負けを認めるまでだな」
『……アレはもう寝ておるぞ』
「うぇい?」
だが少女は飛んでいる。
木々を避けながらしっかりと。
「これは……前を見ていないだと?」
俺は残った体力を振り絞り、彼女の前へと向かう。
すると、少女は眼を閉じていた。
「おーいテイハさん?」
「Zzzz」
「マジで寝てるのかよ」
「んー? 煩いなぁ。なんだい、ようやくクマでも出てきたかい?」
眼を擦りながらテイハさんはご覚醒。
「お前今絶対に寝てたよな!?」
「うん。ふあぁぁぁ。なんだ、まだ夜じゃないか」
「飛びながら寝るのは卑怯だと思うんだ」
「これは君が諦めるか諦めないかだろう。そのためにどんな手を使おうがボクの知ったことじゃあないね」
「なら提案だ。まず公平なルールを決めようぜ」
「却下。このまま南下してボクはクマっぽい何かをけしかけるんだい」
再び眼を閉じ、今度は宙空で仰向けになって寝る。
その間も、何故か木々を避けて起用に少女は飛んでいた。
「こ、こいつ! 俺を精神的に叩き潰す気満々だな!?」
くそ、負けてたまるかよっ!
「ふっ。ついに切り札を切る時が来たようだな」
『切り札じゃと?』
「うむ。あれもきっと魔術か何かだろう。だったら真似をすればいいじゃないか」
『ほう』
「というわけで頼む」
『……妾、お主と出会って一日も立っていないのにもう切り札扱いだったのか』
「自慢じゃないが、今俺が持つ手札の中でお前以上のはないんだぜ」
『本当に自慢になっとらんのう』
だが、なんだかんだ言って悪魔は手伝ってくれた。
背中に何故か翼が生えたかと思えば、俺は次の瞬間には浮いていた。
案外、言ってみるもんだな。まったく期待していなかったのに。
『制御はこっちでやっておるが……どうだ』
「最高だな! じゃ、俺も寝るわ」
『おい!?』
走って追って、碌に休めてないからな。
まったく、今日は色々なことが在りすぎて困る。しかし俺は今、エルフの歴史に名を残しかねない偉業を達成しているのだ。そう思えば悪い気分ではない。
「世界が広くたって、さすがに飛びながら寝たエルフは俺だけのはず。エルフの歴史に名を刻んでしまったぜ。俺、偉大」
この飛行エルフなる称号、誰にもやらんぜよ。
『その偉業を語り継いでくれる者はこの場にいないわけだが?』
俺は、夢から覚める前にすぐに寝た。
「ほらほら、ギブアップしなってば」
「まだだ。まだ俺は戦える」
保存食が尽き、水だけの日々になった。
森は抜けたが、街を一つスルーした。
テイハさんは可愛い顔をして容赦などしない。
性懲りも無く仕掛けてくる念神(何故か天使の襲撃頻度が増えた)を、やっぱり一撃でバーニンしつつ、こちらの精神を片手間にへし折りに来る。
目の前で具が挟まったパンを喰らい、湯気が出るほかほかのベントーとかいうのを喰らい、お菓子とやらをこれ見よがしに喰らって見せるのである。
欲しければ負けを認めて諦めればいいぜ、なんていうお優しい言葉と共にだ。
彼女との死闘は続いた。偶に休憩と称して彼女が消えるので中断することはあったが、戻ってくるとすぐに俺達の戦いは再開された。
六日は続いただろうか。
動くに動けなくなった俺をイシュタロッテが魔術で運んでくれるようになった頃。ついに二つ目の街へとたどり着く寸前に彼女は言った。
「――ねぇアッシュ。正直、ボクはもう飽きたぞ」
勝機到来だった。
俺の体力も限界に近い。
ピンチはチャンス。ここで押し切らねばならない。
「ドリーマーたちは異世界に夢を見るらしいけれど。いったい旅の何が面白いのかね?」
「俺に聞かれても困るですよ」
そもそも誰だよドリーマー。
あ、考えると無駄に腹が減る。
「未開の地を歩き、見たこともない場所を見るのがロマンだと聞いたけれど、でも観光ってほど素晴らしい体験ができているわけでもない。その上、変なのが付き纏ってくる。そもそも文化やら歴史が分からないから楽しみようがないんじゃないかって思うんだ。かといって、つっかかってくる念神相手に私TUEEEしても別に楽しくもないし。さーて、この彼らとの価値観のギャップをどうやって埋めようか?」
深刻そうな顔で腕を組むと、彼女は「もっとラノベでも読むか……」などと訳の分からないことをブツブツと呟き始める。
その間、俺は腹を鳴らしながら地面に倒れ込んだ。
なんだか、リスベルク様が素晴らしいスマイルを浮かべて俺を手招きしているような気がする。
嗚呼、始祖様。
今ならこの瞼を閉じれば、一瞬でそちらにいけそうな感じですぜ。
諦めたらマジでそうなりそうだった。しかし、俺ははぐれエルフの崇高な使命を覚えていたのである。だからまだ、ゴールすることはできなかった。
「……とりあえず、俺の勝ちでいいか?」
「もうそれでいいよ。――あ、まさか!?」
投げやりに言って、少女は唐突に声を上げる。
「分かったぞ! 足りないのはきっと育成要素! つまりはレベルアップだ!」
なんだか分からないが、少女は自己解決したらしい。
「国民的RPGだって初めはレベル上げが基本じゃないか。こんな基本的なことを疎かにしてたなんて……なんて迂闊なっ! 朝ごはんに味噌汁が無いぐらいの惨事だよ!!」
『のうアッシュよ。れべるあっぷとはなんだ?』
「知らねぇっすよ相棒」
なんだそれ? 美味しいのか?
「よーし! そうと分かれば話は別だぜ!」
困惑する俺たちと彼女の間では明らかに意思疎通ができていない。けれど彼女には関係などないようだった。黒瞳を爛々と輝かせながら、少女は俺に近寄ろうとして――やめた。
「……うっ。気のせいかと思ってたけどなんか臭う!」
「誰かさんのおかげで汗を流す暇もなかったからなぁ」
すると、唐突にあのシュコー音のするマスクをつけるテイハさんであった。
扱いが酷いのは今に始まったことではないが、酷い対応ではあるまいか?
「大先人イシュタロッテさんよりマシだと思う。そこのところどうでせうかねぇ」
『アレは忘れろ。今は少女臭しかせぬわい!』
「少女臭? あれれ? ボクそんな設定にしたっけ?」
シュコー。
「ふむん。まぁそいつの匂いなんてどうでもいいや。今問題なのは君だ。不潔な奴は嫌いだから、一先ずは街の宿で汗を流しな。そうしたら君をアルバイトとして雇ってあげようじゃあないか」
「あるばいと? なんだそれ」
「簡単な仕事をあげるってことさ」
言って彼女はチンピラから失敬した財布を俺の側に放り投げる。
「準備があるから帰るね。明日の朝ここに戻ってくるから、身支度を整えておきなよ」
などと一方的に言って、彼女は消えてしまった。
また転移だ。
いっそのことそれで家まで連れて行ってくれたらと思うのだが、さすがにそこまでは無理か。だが何れはハウスを探し当ててやるぜ。
寝床を押さえてしまえば情報収集も捗るというものだ。どうやら餓死しかけた甲斐はあったらしいな。
「――勝ったな。この諜報計画は完璧だ。アリが這い出る隙も無い。ふふ、ふふふ」
などと、はぐれエルフよろしくやる気を出したのがいけなかったのか。
「嗚呼やべぇ。また眩暈がしてきた」
よろよろと財布を拾い、荷物袋へと仕舞う。
そうして、すきっ腹を水で膨らませつつ街へと足を引きずった。
『ほれ頑張れ。やれ頑張れ。もう少しで食事にありつけるぞ』
頼むからもってくれよ俺の体。
お腹と背中がくっつくには、さすがにまだ早すぎるんだぜ。
「ぷはぁ、食った食った」
イシュタロッテは博識だ。
宿の取り方から何やらを完璧に抑えていたのである。
森育ちで、しかも人間の宿なんて碌に使ったことがない俺は言われるがままに宿を取った。一階が食事処でもあるらしく、これ以上余計に動き回らなくていいのも気に入った。
おかげで人間の飯のグレードがそれなりに高いことも分かったぜ。
凹むぜよ。俺が作るよりも普通に上だ。
客はもう俺しか居ない。
俺が最後の注文だったようだが、店のおっさんは快く食事を振舞ってくれた。
くそう。人間の情けが腹に染みる。耳が短い奴にも良い奴はいるんだなぁ。
「美味かったぜ!」
「おう。夜も楽しみにしといてくれや」
さて、このまま部屋で寝てしまいたい所だが、テイハの言う『あるばいと』とやらのためにも身奇麗にしておくとしよう。
聞いていた井戸へと向かって汗を流す。
頭から被る冷たい水が、今日ばかりは嫌に心地よい。
なんだか生き返った気分だ。
『お主、街の浴場は使わんのか?』
「なんだそれ」
『汗を流す所だの。金は取られるが気持ち良いぞ』
「んー、止めとくよ。人間の金は大事に使わないとな」
これから先、何があるか分からない。
宝石も残っているが値打ち物だし、いざという時に取っておいたほうが良いだろう。今日はもう適当にゴロゴロしよう。
「また来いよエルフの兄ちゃん」
翌朝、挨拶もそこそこに俺は宿を出た。
野宿から解放されたせいか、ぐっすり眠れたぜ。
しっかし、アクシュルベルン陛下が言っていた意味がよく分かるな。お金さえあれば生きていけるってのは本当のようだ。
故郷の村だと物々交換ばっかりだったから新鮮でしょうがない。
朝も早くから人間たちは売り買いし、金をやり取りして生活している。辺鄙な場所で暮らしていた弊害か。世に疎いエルフ族の中でも更に辺境の生活に慣れていたせいで、まるで異世界にでも紛れ込んでしまったかのようだぜ。
『妾はエルフについては余り知らんが、お主らの森は相当に田舎のようだの』
「ば、場所によるんだよ!」
『お主の田舎者っぷりを見ているとそうとしか思えんがのう』
ちくしょう。
我等がエルフ族は、人間よりも劣っているというのか。
このままじゃ、勝ってるのは寿命と耳の長さぐらいになってしまうぜ。
『まぁ種族が違うのだしのう。完全に文化が違うからどちらが優れているかなどとは言わんが、人間たちから見ればそう思われても仕方あるまいて』
不承不承頷き、あえて俺は俺は胸を張る。
それをどうにかするためにも俺たちはぐれエルフは居るのだ。逆に言えば、俺の働きで森に何か変化が起こるかもしれないってことだ。
――ちゃんと変化させるような情報を持ち帰ることができれば、であるが。
まったく、責任重大だぜ。
あの真っ黒透明は多分、昨日消えた場所で待ってれば会えるだろう。
いつやってくるか分からないので、若干早足で街の外へと急いでいく。が、途中の露天が妙に気になってついつい寄り道してしまう。
土産物とかいう木彫りの置物から食糧、武器に防具と色んな品を扱う店が並んでいる。ここでも我が悪魔剣イシュタロッテは大活躍だ。
『値段を覚えておけい。平均値が大体の相場だからの』
「ふむふむ」
ぼったくられないようにする買い物の奥義を習得である。
なんだか、少しずつ俺も文明人へと進化していくな。不思議と少しずつ自分に自信が付いて来たぜ。後二日もあれば完璧に人間社会に溶け込めるんじゃないか?
と、そんなことを適当に考えながら通りを進んでいったときだった。ふと、同族たるエルフを二人見つけた。
見覚えがある。
俺を置いていったあのグループに居た奴らだ。
確か、剣の達人と弓の達人だったか。
どちらも何故か台の上で両手を縛られ、見世物にされていた。
「……なんだありゃ」
「罪人だ」
「んあ?」
いつからそこに居たのか、人ごみに近づこうとする俺を横から現れたダークエルフの男が止めた。見覚えはない。少なくとも俺が一緒に森を歩いていた連中ではない。
男は憐憫の篭った目で達人二人を見て頭を振るうと、すぐに俺の手を掴み、路地裏へと引っ張っていく。
「ちょ、なんなんだよ」
用心のため、イシュタロッテの柄に手を伸ばすが、次の言葉が俺を止めた。
「お前もはぐれエルフだろう。実は俺もだ」
「あんたも?」
「俺はアクシュルベルン陛下に命じられて森を出たはぐれだが、な」
なるほど陛下が先行させてた奴か。
まさか本当に居たとは。俺の想像力もあながち捨てたものでもないらしい。まぁ、それならあまり警戒する必要はない……か?
たどり着いた路地裏の先には、別に彼の仲間が待ち構えているという展開でもなかった。
だが、それでもどうしてか柄から手は離れない。
それを見て男は感心したように頷いた。
「それでいい。同族であっても決して油断はするな。人間の国で育ったハーフエルフなんて連中も居るからな」
ハーフ……人間とエルフの混血か。
こればっかりは自己申告でもしてくれないと俺には判断のしようがない。が……一応は覚えておこう。
「それで何の用だ」
「お前は金を持っているか?」
「ああ」
「ならいい。さっきの奴らは金を失い、野盗の真似事をして捕まったのだ」
なんだって?
「人間の国には人間の国の法がある。それを犯せば、当然のように罰が課せられる」
当然と言えば当然の話だった。
けれど腑に落ちない。だとしたら何故俺を止めたんだろうか。
「アレは見せしめだが、同時に誘蛾灯でもあるんだよ。下手に近づいて仲間だと思われたら、解放のための金をお前が支払わせられかねないぞ。最近、値打ち物の宝石を売りさばくエルフの噂が広がっているんだ。奴らの狙いはそれだ」
「それで忠告を……」
「お前も気をつけろ。昨日、ならず者に狙われた奴を見た」
「おっかないなぁ。……ところで、あいつらどうなるんだ」
「罪を償えば解放される場合があるが……あいつらは無理だろうな」
「どうして?」
「狙った相手がお忍び中だったこの街の有力者だったそうだ。盗みを成功させたはいいが、中途半端に解放したせいで報復にあって捕まったらしい。で、近々奴隷として売り払われるようにと取り計らわれた。それに連動してエルフ族の出入りを規制しようという動きもある。速めにこの街を出た方がいいぞ」
一瞬、確かに息が止まった。
喧騒の音さえも耳に届かない程に衝撃だった。彼らの行いもそうだが、売り払われるという文句は余りにも俺には馴染みが無かったからだ。それを察してか、彼は教えてくれた。
「人間の世界ではな。同じ人間でさえもが売り物になるんだよ。それはエルフ族だって例外じゃあない」
だからお前も気をつけろ、とだけ言い残して男は消えた。
残された俺は、愕然としたままイシュタロッテに問うていた。
「あれは、その、事実なのか?」
『うむ。そういう国もあるの。人間にとって、金の力とはそういうものなのだ』
「……俺はどうするべきだ」
『忘れてしまえ。罪人への刑罰の一種でもあるなら、いったいお主に何ができる』
悪魔の寄越した返答は分かりやすい程に単純明快だ。
俺はすぐさま忘れないように羊皮紙に今日のことを記した。その間、俺は思い出していた。
――この任務が、非情に危険なものであったということを。
俺達は、人間の生活やら風習に対して無知に過ぎるのではないか?
一文の出だしは、そう決まっていた。