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第八十話「ゲームオーバー(下)」


 未だにクロナグラの人類が到達していない未踏の領域で、炎を纏う少女たちが明け空を舞う。

 速すぎるほどに早いその二人には、クロナグラに存在するどの生物も追いつけやしない。

 

 人を超え、念神を超え、リアルを超える。

 夢の生み出した超兵器二人は、何度も何度もぶつかった。


 雲が飛び散る。

 引き裂かれた大気が震えて、引きずられる熱波に飲み込まれる。

 いっそのこと、幻想の中だけで収められるべき人造の神がここに在る。


「いい加減に諦める!」


「だぁが断る! アレはアッシュモドキだ! ボクには必要ない不良品だ!」


「お姉ちゃんっっ!」


 先に上を取ったレーヴァテインが振り返り、拳を振り上げる。

 そこへ、遅れて上がってきたレヴァンテインもまた右の拳を叩きつけた。


 炎拳同士が衝突する。

 同時に叩きつけられた大量の魔力同士が炸裂し、二人の間で爆裂した。


――もう誰も割って入れない。


 反発力で互いに吹き飛びながら、瞬時に体勢を整えて加速する。

 空力も重力も関係ない。

 一重にただの出力だけで振り切って、視界に捉えた相手へと疾駆しながら地表にダメージが行かない高空を目指す。


 更に、更に上へ。

 力のインフレはここに極まり、聴衆も何もかもを置き去りにして嵐のように吹きすさぶ。


 仮に一撃一撃が核爆発を軽く凌駕すると言ったら、果たしてどれだけの人が信じるだろう。その程度かと笑うか、それともただ失笑するか。

 どちらであっても、きっと問題ではなかった。

 現実問題として、地表から離れる度に二人の破壊力が増しているのは明らかなのだから。


「どうして?! あんなに楽しみにしてたのに!」


「楽しみにしていたからこそだっ!」


 肉声さえ置き去りにする速力の中、魔導量子通信の信号さえもをぶつけ合う。


 レヴァンテインには理解できない。

 どうしても分からない。

 だから、ひたすらに言葉と意思を叩きつけることしかできなかった。


「だったらせめてアップデートすれば!」


「そんな程度でボクの気が済むものかっ!」


 高度の優勢を維持しながらレーヴァテインは提案を一蹴する。

 彼女は死んだユーザーの願いを背負っていた。

 その結実のためならば、何を犠牲にしてもやり通す覚悟を持っている。死んだ自分自身のためというのは奇妙ではあったのかもしれないが、結局はそれが自分のためであることを理解していた。それはレヴァンテインが生まれる前から決定していたことであり、彼女のこれからをも左右する道程でさえあった。


「もう千年も待ったんだぞ。今更もう千年増えたっていいじゃないか。紛い物なんていらない。テイハは完璧なアッシュが良いんだ。だからほら。聞き分けてくれないか妹よ」


「嫌! ボクたちはあのアッシュがいい!」


 レヴァンテインたちが一緒に旅をしたのは彼である。

 出会ったこともない、記録の向こう側のアーク・シュヴァイカーではない。

 例え、レーヴァテインとほとんど同じ記憶があろうとも、二人の間には明確な差があった。


「困った子だ。このままじゃ平行線だぞ。さぁ、どうする妹共。――まさか本気で君たちがボクを倒せるなんて馬鹿なことを思っていやしないだろう?」


「そうだって言ったら?」


「だとしたら、姉としてその勘違いを正してあげないといけないな」


 初めから完全に殲滅用として用意されているレーヴァテインと、レヴァンテインでは攻撃性能が違うという自負がある。


「確かにカタログスペック上はボクたちの間に優劣はほとんどない。いや、君の方が出力だけなら僅かに上かもしれない。けどねレヴァンテイン。その程度の誤差は関係ないんだ。泥仕合に持ち込んでもそれは変わらない。全勝でボクの勝ちだぞ」


――成層圏。


 なんだかんだと上がってきた天然の紫外線防壁の領域で、レーヴァテインは振り返る。

 珍しいほどに猛る妹が追って来るのが見えた。純粋なままの願いを背負ってくる少女の紅の、なんと眩しいことか。若い頃の自分を見ているようで、レーヴァテインはこそばゆい感覚に囚われる。


(いじらしいな妹よ。いや、昔のボクの分身よ――)


 二つの紅の光は絶えることなく爛々と燃える。

 ドッグファイトは終らない。

 オゾン層の安眠を無視し、速度で引き裂きながらレヴァンテインが下から何度もぶつかっていく。


 そうせざるを得ないのだ。

 レヴァンテインの背後、遥か彼方にアッシュがいた。

 もしもに備えて身体を張り、上がってくる時もレヴァンテインは出来うる限り射線を自ら塞ぎ続けていた。そこがレーヴァテインの射程圏内だと知っているからこその当然の動きだ。


「どうして分かってくれない!」


「冗談で言ったわけじゃないからだよ。そんなホイホイとブレてやる程度の気持ちでアレを作ったりなんかするものかっ!」


「だったら尚更っ!」


 レヴァンテインは更に接近。

 必要だからと判断し、そのために牙を剥く。


 体は武器だ。

 手も、足も頭さえももはや凶器。

 人造の超兵器の枕詞は伊達ではない。


 しかし、それでも――。


「だから無駄だってば」


「それでも分からせるまでやる!」 


 互いに右拳を振り上げ、タイミングを合わせて叩き付ける。

 敢えて一発目をレーヴァテインは避けなかった。

 二人が同時に後ろへとはじけ飛ぶ。

 当然のように開く距離を、しかし更にギアを上げた二人は一瞬で走破した。


 至近距離。

 拳の弾幕を張って殴りかかってくる妹を、余裕綽々の顔で姉が迎え撃つ。


「――ッ!」


 初めは触れた。

 両手で弾き、逸らし、クリーンヒットをただ凌がれる。

 それは当然の防御行動。けれど十発目を超えれば、それも無くなって代わりにカウンターで炎拳が差し込まれ始める。


「――ぐ、あ、うぐぅ!?」


「だから言ってるだろう?」


 もう、相打ちさえ狙えない。

 叩き込まれたカウンターの衝撃で華奢な身体が苦悶に呻く。

 けれど、知らないとばかりに睨みつけ、紅の少女は左手を振り上げる。

 そこへ容赦なく左拳が叩き込まれた。


「ッ――」


 ただの想いが蹂躙される。

 意思は両断され、力ずくで押さえ込まれる。

 吹き飛んでいくだけの無力な体が、レヴァンテインには堪らなく悔しかった。


「君は常時分割端末の人格を演算しているせいでさ、処理能力が圧迫されているんだ。運用方針というか、これはもう仕様の問題だからどうしようもないわけだけどさ。その差を埋めない限り戦えば戦うほどに一方的になるぞ」


 紙一重の差ではある。

 相手が念神なら反応できずに詰んでいる。

 けれど相手は魔神だった。


――終焉の魔神<レーヴァティン>。


 この星を支配する造物主の最強の自衛手段だからこそ、下克上など容易にさせるようには作られていないのだ。単体でそれ以外の全てを凌駕する支配者の無敵の鎧。力を集め加速すればするほどに、計算速度に差が生じてそこで詰む。破壊力が互角で、速度が互角でも反応速度が追いつかずに一方的に攻撃されるのであれば勝ち目はない。

 ましてや、根本的に彼女は倒しても意味がない。だが、それでもレヴァンテインは止めない。


「まだやるのかい?」


「――やる。皆、行く!!」


「「「おー!」」」

 

 それが引き金となった。

 レヴァンテインは一気に分裂。

 武具ッ娘たちを分離<パージ>し、群体となって一気に攻め込んだ。


「わからずやのお姉ちゃんがなんだ!」


「妹より優れた姉などいなーい!」


「捕まえてスライム地獄に放り込めぇぇ!」


「いい年して女子高生のコスプレしてるような年増に負けるもんかっ!」


 都合三桁オーバー。

 その数を頼みに、一斉にレヴァンテインズは同時攻撃を敢行する。


「ちょっ、誰だっ! 今さっきボクを年増って言った悪い娘は!? 今のボクは永遠の十六歳だぞ!」


 全周囲からのオールレンジアタック。

 処理能力で負けるなら、相手にはできない数を武器に圧殺を試みる。


「いや、うん。それに威力が伴うなら意味があるけどさ」


 分裂するということは、エネルギーもそれ相応に分割されるということに他ならない。

 レーヴァテインにとっては脅威にさえならない程度へとスペックが落ち込む。

 大人同士の殴り合いから一転し、幼稚園児の集団に殴られている程度なら痛くも痒くもなかった。全周囲から襲い掛かってくる武具っ娘たちを両手足で叩き落としながら迎撃していく。


「でも完全対処は無理」


「いや、そりゃあ数が数だからなぁ」


「そして脅威じゃないから油断する」


「――お?」


 分裂した武具ッ娘に紛れてレヴァンテインが忍び寄る。

 瞬間、全員が一斉に目の前から消失。

 ただのエネルギーだけを残して霧散する。


――固有術式解凍。

――分離圧縮魔力を制御術式で掌握。

――連鎖点火。


「量がダメなら質でねじ伏せる!」


「うげぇっ!?」 


「バース・オブ・ブレイズ!」







 一際凄まじい紅光が天を覆った。

 気のせいなんかじゃない。 

 一瞬だけだったが、確かに二つ目の紅い太陽が見えた。


「なぁ。念神であのレベルにたどり着けるか?」


『無茶を言うな。そんなのが自然に生まれたならもう、世界はそ奴のものじゃよ』


 しばらく言葉を発することさえできないままに見上げていると、遂に二人が降りてくるのが見えた。


「ようやく降りて来た……か?」


「――ァァァニィィン」


『いかんっ!?』


 耳に響いた叫びの後に、天から炎の塊が降ってきた。

 一瞬だけ見えたテイハの足元には、足蹴にされているレヴァンテインさんの姿があった。


「――」


 心がざわめいた。

 反射的にインベントリからポーションを取り出した俺の目の前で、遂に二人が大地に帰還を果たす。


「うおぉぉっ!」


 イシュタロッテが張った魔法障壁のその向こう、舞い上がった土砂が全てを覆った。

 とてつもない衝撃だった。

 余波で地面が揺れる程だ。惑星クロナグラが泣き叫んでいるようだぜ。


「あいつらやりすぎだぞ」


 俺がアグネアの矢で作ったクレーターのすぐ側に、更にでかいのが出来ている。

 それでも二人の反応は当然のように健在。

 止まる気配もなく動き出していた。

 手にしたポーションを手に、どうすることも出来ずに立ち尽くしていると、苦悶の声を上げるレヴァンテインさんの声がした。


『いかん、紅い方の嬢ちゃんが押されておる! ぬっ、来るぞ!?』


「洒落にならねえって!」


 反射的に使った悪魔の眼が、俺を貫く光を視た。

 死んだと錯覚した次の瞬間、間一髪で紅い影が俺の前に現れる。


「させ、ない!」


 粉塵の中から吹き飛ばしてきた少女が両手を広げて紅い閃光を遮った。


「痛っ――」


「レヴァ――」


「まだ、来る!」


 振り返り、少女が両手の拳を振るう。

 一発目を左の裏拳で弾き飛ばすも、二発目に被弾。仰け反りながらも踏みとどまって、三発目を体で止めた。

 両足で地面を削りながら、眼前でなんとか静止する。


「――対神想念弾だ。当たったら込められたエネルギー分対消滅する想念神用の取っておきだぞ。よく間に合わせたねレヴァンテイン」


「テイハ……てめぇ!!」


 クレーターの端、盛り上がった土の上から魔導ライフルを右手一本で構えたあいつがいた。身も竦むほどの暴威を構え、彼女は左手で前髪をかきあげる。


「おかげでアッシュモドキを壊し損ねちゃったぜ」


 晒される透明な笑みは、真っ直ぐに俺を見ていた。


 困った。

 冗談で済ませられるレベルであって欲しいという俺のささやかな願いは、どうやら聞き入れてもらえないようだ。

 銃口はレヴァンテインさんではなく、その後ろ居る俺を間違いなくポイントしている。


「ボクには分からない! 分からないよお姉ちゃん!」


「だから、それが不良品だからだってば。ところで妹よ。何故ボクが今撃たないか分かるかい? ボクは待っているんだ。そら、上から来るぞ」


「――ッレーザー照準ッ!? 108式砲!?」


 レヴァンテインが両手を跳ね上げ、俺達の真上に紅い壁を発生させた。

 魔法の盾<シールド>だ。

 瞬間、空から複数の光がそれにぶち当たって止まった。


 目が眩む。

 それほどに強烈な光だ。


「くぅぅ……」


『千年前にも見たぞ! 魔力を感知できない訳の分からぬ破壊の光だ!』


「SFなんかに出てくる所謂対地攻撃用のレーザー砲って奴だよ。五本ぐらい支援要請をユグドたんに出してみたわけだけど……さーて、これで十字砲火ならどうだい?」


 ライフルが火を噴く。


「――ッ!!」


 左手を突き上げたまま、右腕で眼前に差し出して魔法の盾を展開。

 レヴァンテインが火線を防ぎにかかる。

 そこへ、無慈悲に紅い閃光が叩き込まれた。


 それにはもう、容赦というものが無かった。

 タダの姉妹喧嘩で終らせられるなんて幻想は、とっくの昔に破綻していた。


「ぐっ、くっ――」


 弾丸を受け止めるたび、突き出した右腕が体ごと後ろへと後退していく。

 加えて照射されてくるレーザーの本数は少しずつ増えていた。

 それを、たった一人でレヴァンテインは堪えていた。

 堪えて、くれていた。


 言葉が出ない。

 煤けた背中のジャケットには穴が空き、シャツも破れて素肌に酷い裂傷が奔っている。

 痛そうなんてもんじゃない。

 普通の人間なら泣き叫んでいたっておかしくない。


 俺は自分の馬鹿さ加減に呆れた。

 彼女がそうなったのは俺を守るためだというのにまだ、なんとかなるんじゃないかって日和っていた。思い出したかのように手にしていたポーションを振りかける。

 回復エフェクトの光が彼女の傷を癒していく。

 事態に好転の兆しは何も見えないが、それでも何もできないよりはマシだと思いたい。


 それぐらい、今の俺は無力だった。

 いったいあと何度、俺はこんな無力感を味合わなければならないのだろう?


 誰の役にも立てなかった前世の俺。

 一級の廃人にさえなれなかった学生時代の俺。

 そして今、中途半端な念神のままで突っ立っているツクリモノの俺。

 結局、生まれ変わっても俺は何者にも変わられないってことなのか――。


「――違う」


 振り返らずに、少女はただ一言そう言った。


「違うって、何が――」


「本当に無力なら何もしない。諦めて投げ出してそこで終る。でも、アッシュはいつも探してる。大きなことは無理でも、自分にできそうな小さな何かを探していた。ボクはそれでいいと思う」


 いつもよりも熱の篭った声だった。

 信じられないぐらいに声に色がある。

 それを証明するかのように、首だけ振り返った少女の顔には噛み締めるような表情が張り付いている。


「何かをしようとも思わないような相手なら、きっとボクたちは存在意義に意味を見出したりはできなかった。貴方の相手をし続けようだなんて思わなかった」


「レヴァンテイン……」


「――大丈夫。まだ終ってない。結果は出ていない。後悔するにはまだ、ちょっと」


 上からの光が更に強くなる。

 絶望的な状況だ。

 そもそもこの星の支配者に命を狙われているんだから、どうしょうもないぐらいに詰んでいる。

 だが、それでも。


 馬鹿な俺でも分かることがあった。

 それは、今、この娘よりも先に挫けるのは間違っているという当たり前のことだった。


「何か、何か俺にできることはあるか?」


「なら教えて欲しい」


「ああいいぜ。何でも聞いてくれ」


「アッシュはどういう結末を望む」


「そうだな。もし欲張っていいなら――」


 今思うことは一つだけだ。

 希求する願いはある。

 それがどれだけ無理難題かは関係ない。


「そりゃ、ハッピーエンドがいいな」 


「なら手は一つしかない。そこの悪魔」


『な、なんじゃ』


「アッシュに神造兵装化<アーティファクトライズ>を掛ける」


『な、なんじゃとっっ!?』







「――ふむ?」


 五本目のレーザー砲の照射と銃撃に耐えているレヴァンテインに動きが見える。

 引き金を引く指を止めずに、マガジンの残弾を確認する。


 残り三発。


 ついでに上からのレーザーの照射時間もそろそろエネルギー切れで、切れそうではある。

 この程度でどうにかなるとは考えていなかったレーヴァテインはしかし、その行動にだけ目を瞬かせた。


「……いやいやいや。アッシュをアーティファクトに変えたって意味はないでしょ」


 インベントリに仕舞うなら仕舞うで、管理サービス業者に通信を送って取り出せばいい。

 アレの利用料を支払っているのは彼女なのだから、それだけでアッシュを捕獲できる。 

 そうなったら詰むだけだ。


「そりゃ守る対象が居なければ攻撃に転じられるけど。インベントリのサービスをボクが停止させたらそれまでだぞ? かといって持ってたら殴り合いなんてとてもできないじゃないか」


「お姉ちゃん」


「なんだ、ようやく諦めたかい?」


「ボクの方が優れているところがもう一つあった」


「お? 大きく出たなぁ妹。面白い。ならそれを聞かせてもらおうじゃないか!」


 弾丸を撃ちつくし、マガジンを地面に落とす。


――リニアライフルモードを変更。

――魔力砲モードに変換し、魔力チャージ開始。


 と、上からのレーザー照射が止んだ。

 瞬間、レヴァンテインはすぐさま防御を解いて後退。

 日本刀と化したアッシュと、それを納めるための鞘と化したイシュタロッテを拾い上げて納刀する。


「ふむん。で、優れているところってのはどこだい」


「単純な話。ボクは皆。皆はボク。だから、単一思考しか持ち得ないお姉ちゃんよりも視点が多いからアイデアは豊富」


「……確かにアイデアは質より量だけどさ。それがこの状況で何の意味があるのかな?」


「打開策がある。でも一つ聞いておきたい」


「もう教えることは無いと思うけどなぁ」


「ある。大事なことを聞いてなかった」


 それは不可思議なことだった。

 根本的な問題として、アッシュの生殺与奪権を握っているのはレーヴァテインだ。

 なのに、彼を生かしているエネルギーラインはそのままだった。


「アッシュを殺したいならどうして想念の供給を断たない」


「……ああっ!? 確かにそれが手っ取り早い!」


 呻くレーヴァテインは、今更ながらに想念の供給を断つ。


「良し。これでアッシュは自分で逃げることさえできないわけだ」


 それどころか、アーティファクトライズを切れば想念不足で自然と消え去るだろう。

 彼に想念の大半を供給しているのはレーヴァテインだ。

 エルフ族と有象無象の誤認した者たちの希薄なそれでは存在の維持などとてもできない。


「……確認した。アッシュへの想念の供給は断たれた。本気だってことも信じる」


「だからそうだって何度も言ってるじゃないか」


「――ありがとう。これでようやく目処がついた」


 言うなり、レヴァンテインは体に雷を纏った。

 ミョルニルやタケミカヅチのそれと同じだ。

 ただし、使用目的が違っていた。


「魔法でアッシュに電気エネルギーを集束……包んだ? まさかそれを質量弾にしてボクにぶつけようってんじゃないだろうね?」


「違う。ボクはただ埒を明けるだけ――」


――術式構築……クリア。

――弾道計算……クリア。

――必要出力……クリア。


 眼前で無防備にも身を捻り、瞬時に魔力による目に見えない磁力の砲身を展開する。

 その砲身の先にはレーヴァテインの姿は無い。

 強いて言えば誰も居ない夜明けの空だった。


「……え? いや、君はどこを狙って」


「――投擲目標は『宇宙の果て』」


「はぁぁぁ!?」


 砲身に沿う形でレヴァンテインは全力投擲。

 同時に起動した砲身を電磁カタパルトに仕立て上げ、ローレンツ力でアッシュを空の彼方へと打ち上げた。

 元廃エルフのアーティファクトが、ふざけた速度で空を登っていく。

 一瞬で地表から消えていくアッシュに、咄嗟にレーヴァテインがライフルの照準を向けるもそこにレーヴァテインが殴りかかる。


「させないっ!」


 長いせいで取り回しの悪いレーギャルンの砲身がブレる。

 それた銃口は当然のように精密射撃を乱し、紅い砲撃は空をただ貫いて終らせた。

 レヴァンテインが全力でレーギャルンへと拳を叩き込む。


 拉げて曲がる砲身。

 それを見て、ならばと魔導ライフルを一時的に魔力に戻し、再変換しようとするレーヴァテイン。

 そこへ、レヴァンテインが追撃を仕掛けて渾身の力で蹴り飛ばす。


「くっ、正気か妹! この星の外にアーティファクト状態で放り出したりなんかしたら!!」


 受身を取りながら叫ぶも、レヴァンテインはいつもの無表情で告げた。


「そう。供給ラインの繋がりをカットしたお姉ちゃんにはもう探せない」


 宇宙は広い。

 とてつもなく広い。

 そんな場所を、何の手がかりもなく捜し歩くなど現実的ではない。


「ユグドたん! 至急弾道を計算し……って、再起動中!?」


「忘れたの? ボクをスペアキーに設定したのはお姉ちゃんだ!」


 レーヴァテインがマスターキーならレヴァンテインはスペアキー。

 支配剣としての機能はほぼ同格の権限を与えられている。

 その権限を使えば、内側から一時的にシステムをダウンさせる程度簡単だった。


 おかげで今、惑星クロナグラの監視網は停止状態。

 これでは再起動が終るまでの間碌に調べることさえもできない。

 そしてレヴァンテイン経由での回線も閉じられれば、ユグドラシル経由での捜索もできなくできる。


「だったら君を捕まえれば――!?」


「うん。そう来ると思ったからもう消える」


 居場所を知る唯一の存在は彼女自身。

 故に紅の少女はそれを選択した。


 座標入力型空間転移。

 監視網が機能しない間隙を利用し、星の外側へと消える。


 当然それは、アッシュを投げた弾道とは違うダミーポイントだ。

 システム復旧にかかる時間を彼女は良く知っている。

 だから、一度ではその場所へと向かわず様々な場所へと跳んでかく乱。

 細心の注意を払って監視の眼がザルな箱庭の外へと離脱した。








『のうアッシュ』


『なんだ相棒』


 刀と鞘になってしまったからお互いに手も足も出ないが、加護による念話で俺達は語らう。


『クロナグラは青く、美しかったのう』


『そうだな。アレがきっと、命を育む揺りかごの輝きって奴なんだろう』


 しっかしなぁ。

 前世では全大陸を制覇した記憶があるんだけど、まさか今生では大気圏の離脱まで体験できるなんてな。

 クロナグラの大気圏離脱速度なんて知らないが、とりあえず余裕で超えてたんだろう。


 それにしても謎だ。

 俺は今宇宙に打ち出されたわけだが……これ、どうやって止まるんだ?

 しばらく考え込むが、彼女を信じて俺は考えることを止めた。








「参った。さすがに宇宙とはね。ボクには出てこない発想だったぞ妹共よ……」


 レヴァンテインは自前の集束点で稼働し、既にユグドラシルとの回線も切っている。

 箱庭の内側ならともかく、外側となると今のレーヴァテインでは手が回らない。

 

「はてさて、これは本当に想定外だ。てっきり並行世界辺りに逃げると思ってたんだけど……」


 ボロボロになったセーラー服のまま地面に寝転がり、少女は青空を見上げる。


『その顔。どうやらしてやられたみたいですねぇこの雑魚!』


「ユグドたんか。妹や彼の行方は分かるかい?」


『落ちてた間のことなんて知らないですぅぅ』


「そんな自信満々な声で言われても困る」


 脳裏に響く声に苦笑して、レーヴァテインは伸びをした。

 久しぶりにそれなりの力で暴れたせいか、スポーツの後のような気だるくも心地良い感慨の中に居た。


「まっ、ここは妹共の健闘を称えて前哨戦は負けということにしておいてあげよう!」


『プクク。妹に出し抜かれるなんて超恥ずかしい雑魚ですぅ』


「やー、でもあの娘たちはそのうち絶対に帰ってくるぞ?」


 レヴァンテインだけならば帰って来ない選択肢が取れるがお荷物が居る。

 未だに柵が残っている彼が居る以上、帰還は時間の問題だという確信があった。

 ただ、それでもやはり宇宙に逃げるという選択は考えてもいなかったこともあってほろ苦さもまた胸中にある。どうにもこの実験は思い通りに行かないことが多すぎた。まるで、それが運命だとでも言われているようで彼女は酷く気に入らない。


「まぁ、いいさ。妹共も成長しているってことだ。さすが昔のボクだな!」


『負け惜しみ乙ですぅぅ』


「そういうわけじゃないんだけど……まぁ、直に分かるよ。ボクをどうにかする方法は限りなく少ない。妹共ならもう気づいているはずだ。それより、リスバイフの防衛任務は終わりでいいよ」


『はいです。じゃ、とっとと帰ってくるです。サンプルが活動し始めてるですよ』


「んー、お? ちょっと遅かったかもね」


 レーヴァテインが身を起こす。

 そこへ、法衣を着た若い男が姿を現した。


「大丈夫ですかお嬢さん」


「うん。親切にどうも」


 駆け寄ってきた男の前で立ち上がると、レーヴァテインは汚れたスカートの裾をはたいてみせる。


「貴女も災難ですね。彼氏と妹に逃げられるとは」


「そうなんだよねぇ。でも妹はともかくアレは別に彼氏じゃ……んん?」


 レーヴァテインが不思議そうに首を傾げる。


「神父さん。もしかして昔、ボクに会ったことでもあるかい?」


「いいえ。私と貴女は初対面だと思いますよ。ただ――」


 満面の笑みで彼は言う。


「前世ではどうだったかはわかりませんね。レッドコード1192を発令したいので受諾してくれますか?」


「――1192って……き、緊急停止コード!? どうしてサンプルが!?」


 レーヴァテインの体が停止する。

 そうして、意思に反して言葉を紡いだ。


「――登録パスワードの確認を行います。六十秒以内にパスワードをお答え下さい」 


「いい国作ろう鎌倉探題」


「――ユーザー『レイエン・テイハ』の恥ずかしいパスワードを確認しました。システムを完全停止しつつ緊急コンソールを展開します」

 

 そうして、レーヴァテインは当たり前のように動きを止めた。


「ふ、ふふふ。あはははは!!」


 グレイス枢機卿は遂に、笑いを堪えることができずに大声を張り上げた。

 笑うしかなかったので、そのまま眼前に展開されたホログラフモニターにかじりついた。

 それほどにおかしかった。

 これが、神の力の終焉かと。


「は、腹が捩れそうだ! 面倒臭いからといってパスワードを定期的に変えないなど、なんと甘いセキュリティ思想ですか! 前世の私は! 二十世紀末の日本人はとんだ物臭だっ!」


 そこには全てがあった。

 積み重ねられて来た叡智へと繋がるネットワークへのアクセス権。

 支配剣が有するクロナグラの全監視網への最上級アクセス権。

 そして、この星の神となるべき力そのものもなにもかもが。


 三種の神器とも言うべき全てが揃っていた。

 それに彼女の資産やインベントリの中の全ての所有物が付録として付属するのだ。

 その意味を正しく理解していればこれで興奮しないなど、さすがの彼にもできないことだった。


「クラスで大恥をかいた過去のそれがそんなに忘れられなかったとは。アハハハハ。この星の神は本当に可愛らしい! 助かりましたよテイハ。貴女がそんな愉快な女で。貴女の記憶に苦しめられた私は、しかし呪いのような貴女のそれ故に神の座へと到ることができる! 嗚呼、バージョンがかなり上がっているのか。しかし無駄だ。分かる。分かりますよ。断片的に蘇っている前世の、貴女の記憶が私を導くのだから!」


 狂ったようにキーを叩き、虚空のタッチパッドを弄り、先ずは権利の掌握を目指す。

 このままでは彫像だ。

 利用できるようにシステムを完全に掌握しなければならない。


「――まずはユーザー変更を」


「命令の手動入力を確認。ユーザーを変更しますか?」


「YESだ」


「変更にはシステムの初期化<イニシャライズ>が必要です。実行しますか?」


「YESだ。どうせなら一から好みに調整する。旧き神の転生コードごと消えてしまえ!」


「イニシャライズを受諾します。再起動後、概念神武装レーヴァテインは貴方の指揮下に入ります。システムリブート――」


 少女の体が輪郭を失い、紅い光に変わる。

 光はやがてグレイスを包み込み、彼の体の表面へと吸着。無色透明な無敵の鎧へと変貌した。


「来た、来たぞ! 夢に何度も見たこの感覚だ! 内側に憑依するのではなく、外側を覆うように憑依する神宿りシステムのその原型!」


 感応制御システムにより、レーヴァテインの知覚した全てのデータがグレイスの脳裏を疾走する。その全能感、その開放感は彼を人の領域から大きくシフトさせていく。


 反応速度の加速。

 認識力の増大。

 星ごと砕ける莫大な出力。


 それら全てがようやく彼の手中に納まった。

 これは、クロナグラに長らく空位だった神が回帰したという証明でもあった。


「HAHA、ははは。ハハハハハハハハハハハ!!」


 子供のように笑いながら、男は戯れに力を引き出す。

 それだけで周囲が燃えた。

 紅蓮の紅が燃え盛り、地面さえも融解させる。

 溶けた土がガラス状に変化するその中で、グレイスは地面を蹴り空へと上がった。


 夜明けの王都の空は、彼が見たどの光景よりも違って輝いている。

 リストル殺しの賢人の記憶が、リストル教徒の重鎮の息子としての彼に影を落とし続けていたことがある。

 罪と恐怖で押しつぶされるような日々。

 けれど今、その前世記憶という名の呪いは、彼の生を祝福する始まりとして自信を取り戻させることになった。


「そうだ。まずは祝砲を上げましょう。そのためには分かりやすい結果が見たい」


 悪戯を思いついた子供のように、ただその手に炎の剣を形成。遥か西の大地に向かって破壊エネルギーを叩きつけた。






――ユグレンジ大陸中央部にて異常発生。

――大陸中央部の物理的切断を確認。

――サンプル名称国『クルス』にて、サンプルによる破壊活動を確認。


――地図の書き換え開始。

――エマージェンシーを発令。

――ケース『下克上』と推定。


――予備の支配剣<スペアキー>に緊急通信……応答なし。

――管理者不在につき、ユグドラシルはチトテス8『クロナグラ』の管理プログラムに従い独自行動に移ります。

――箱庭維持のため、問題解決までの間レーヴァテインのアクセス権を全て凍結する案を提出……可決。


――事態収束のための方策を検討……検討終了。

――不正規ユーザーの完全排除、及び概念神武装『レーヴァテイン』の回収を当面の目標として活動することを決定します。

――具体的対処方を模索……完了。


――敵はレーヴァテインを奪取しているため、物理的排除は極めて困難であると推定。

――しかし中のサンプルの破壊は可能だと判断。

――当機の権限で実行可能な対処法を推察……完了。


――結論。

――最も監視網に被害の少ない解答は補足されずに勝つことである。

――故に実験惑星の魔力循環路の破壊による『生存環境の破壊』案を立案。


――方法模索……完了。

――無限召喚による惑星魔力網の破壊による間接攻撃を選択。なお、これにはA計画で使用したそれを再利用することで即座の実行が可能です。また、物理的な攻撃を防ぐために全施設に光学迷彩及びジャマーを発動……完了。


――作戦準備完了。

――ミッションスタート。





「――ふふ、ふはははは!!」


 地図が書き換わったのを確認し、グレイスは笑う。


 大陸さえ切り刻む無敵の力は確かに今、彼の手の中にあることが証明されたのだ。

 だがその全能感は十分も持たなかった。


「ははは――ハ?」


――ユグドたんが直々に不正ユーザーへ、最初にして最後の通告を送るってやるですぅ。

――苦しみのたうって絶望しぃぃ、孤独に死ねぇぇですこの雑魚っ!


「今の声は……」


 途端にユグドラシルとのアクセスが切断される。

 レーヴァテインへと集束されていくはずのデータの更新が寸断し、マップは脳裏から消滅した。


 異変はそれだけでは終らない。

 監視網に由来するレーヴァテインの全ての機能が停止に追い込まれ、完全にオフライン状態へと移行していった。


「な、なんですかこれは……」


 叡智への扉が閉まる。

 ユグドラシルへのアクセス権さえも消え、ただの力だけが彼に残った。

 次々と機能が停止していく。

 その中には最も重要なネットワークへのアクセス権も含まれている。

 理解できずに焦った男は、ログを漁り、そして目を見開いた。


「回線の強制切断? 何故です。権限はこちらが上のはずだ。そんな勝手が何故できる!! 再接続は……出来ない、だとぉぉぉっ?」


 咄嗟に彼の脳裏に浮かんだのは口の悪い管制AIである。

 それは支配剣が生まれるまで惑星の管理を担っていた存在。クロナグラの造物主を支えてきた、支配構造を支える管理システムだった。


「新しき神の到来を認めないつもりかユグドラシル! 支配剣以前の旧監視者め、旧い権限を持ち出して私に対抗するつもりかっ!」


 空を睨みつけ、乗り込んで物理的に制圧するべく監視衛星群の位置データを参照しようとする。

 しかし、レーヴァテインにはそのデータが無かった。


「無い、無いぞ!? データベースがどこにも……そんな馬鹿なっ!」


 全てのデータは一括してユグドラシルに集約していた。高速参照できるクラウド環境ではない今、閲覧は到底不可能だった。


「き、機体内のデータは……くっ、イニシャライズで全て消えている!?」


 故に、今のレーヴァテインは莫大な力を持つだけのただの兵器だった。


「せ、戦闘支援プログラムもベーシックのそれしかない。敵味方識別システムも、曲射弾道制圧砲撃システムもかっ。なんてことだ。これでは、これではただ凶悪なだけのパワードスーツではないですかっ!?」


 インベントリシステム、ドロップシステム、広域レーダーさえもが死んでいた。

 愕然として見下ろしたその下で、彼はそれを見た。

 王都の外、見下ろした全ての場所に魔物が突如として転移してくるのを。

 その数は少しずつ増え、星の魔力を食い尽くしながら延々と増えていく。


(魔物を召喚している? 何故だ、今の私には意味が……真逆!?)


 余りにも馬鹿げた結論である。

 誰に聞いたとしてもそう答えるだろう。

 しかし、もはや世界を支える大樹の裁定は下されていた。


「無慈悲に過ぎる。この星に住まう全ての生物を犠牲にしてでも私を殺すつもりか……」


 グレイスは焦りながら地表へと降下する。


(させるものか。せっかく届いたのだ。なんとしてでも神の座を逃すものか――)


 手駒が必要だった。

 魔物を物ともせず、自らの手足となって時間を稼ぐ手駒が。

 ふと、彼は思い出した。うってつけのシステムが搭載されていたことを。


「あった、あったぞ!」


 元よりソレは、レーヴァテインが完成する前に組み込まれていたレイエン・テイハ発案の特殊魔導兵装。


――その名を、『付喪神顕現<ツクモライズ>』といった。






 世界が黄昏に染まっていく。

 終わりへの道を刻んでいく。

 いつか星の寿命でそこに到る日が来る運命だったのだとしても、余りにも早すぎるそれに抗う術は実験体<サンプル>には与えられていない。


 神滅暦1016年冬。

 新年を間近に控えたこの時期に、第二次ラグーンズ・ウォーが勃発した。 


 あまりにもいきなり始まったそれに即応できた種族は限りなく少ない。

 しかしその引き金となった男は、ツクモライズによる活動力を餌に念神従え、箱庭の管理者に挑む決心をした。


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