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第九話「モンスター・ラグーン」

 夜明けが来た。

 戦い続け、日が昇る前に塔のすぐ前にある扉を閉めることに成功した俺たちは、ラルクと共に家屋の探索を続けた。

 最後に詰め所らしき家屋に入り、二人して業務日誌を読み漁る。どういうわけか、俺は彼らと会話ができるばかりではなく、彼らの文字までもが読める。

 廃エルフだからなのだろうが、その恩恵が今はありがたい。


「これだ」


「何か分かったのか?」


 ラルクが比較的早くそれを見つけた。


「どうやら、はぐれエルフがここに来たようだ」


「はぐれってことは……」


「ああ、きっとあの女の同類だ」


 ギリリと、忌々しそうに歯を食いしばる様が見て取れる。

 瞳に映るのは確かな殺意だ。

 憎悪を隠すことなく解放し、その上で物に当り散らしたりして激昂することなく日誌を差し出してくる。

 まるで理性がそんな安易な行為で怒りを鎮火させまいとしているかのようだった。


「……最後のところか」


 昼にはぐれエルフの集団を保護、とだけ書かれている。

 日付は七日以上前だ。


「しかしここの兵、勿論新兵も含めてそれなりに数が居たんじゃないか。ここに書かれているのは十人もいないが、全員を連れて行くなんてできるのか?」


「確かに、この砦にはレベルが50を越える奴はいないが……数は五十を越えたはずだ」


「その数を全員無力化して連れて行くって? 一体どんな手際の良さだ」


「……となれば、初めの連中は囮で外から増援を中へ招いたのかもしれんな」


「お前やクルルカ姫が襲われたときはどうだったんだ」


 何か共通点でもあればと思い、確認してみる。


「増援らしき気配は無かったな」


「視察の帰りがけに奴らを拾ったんだよな? んー、彼女たちからすればラルクたちと出会ったのは本当に偶然だったのかもな。ここに来る時に偶々遭遇したとか? エルフ・ラグーンとモンスター・ラグーンを間違ってたどり着いたって可能性はないか」


「……ありえなくはないな。エルフの身柄が目的なら、定期的にここを見張っていれば勝手に出てくると考えるだろう。だが、そうなると何故俺の時に回収部隊を寄越さなかったかの理由が分からん」


「エルフたちが警戒すると思ったんじゃないか? 魔物が出歩くようになったんだ。本腰入れて防衛態勢を整えると思えば多く連れて行くと怪しまれるし、何よりも移動速度が落ちるだろう。様子見の一団だったのかもしれない」


「クルルカを狙ったのは、警備が少なく千載一遇のチャンスだったから……か」


 辻褄は合うかもしれん、とだけ呟きラルクも考え込む。


「まぁ、これはあくまでも可能性の話だ」


「勿論鵜呑みにはしない。どちらにせよ、この場所は特定されたと考えるべきか」


「エルフは……ここを放棄するのか?」


「無理だろうな。森の中にあるモンスター・ラグーンはここだけだ」


「レベルアップは死活問題……か」


 レベルホルダーは軍事力に影響を与える。

 そして、軍事力とは身を守るために必要不可欠な要素。

 これを度外視することは、当たり前だができないということだろう。


「我らは数が少ない。国防を考えればどうしても質で補うしかなくなる」


 元々、数が潤沢には無いのだ。

 人口はもとよりアーティファクトの数さえも。

 エルフ族のアドバンテージはその魔力の多さと繁殖力を犠牲にした長命性。

 信じられないことだが、エルフ族はある程度まで成長するとまったく老化しなくなるそうだ。しかも優秀で血が濃い者ほど見た目が若いままでところで止まるとか。


 今現在、老衰で死んだエルフ族は存在しないとも聞いた。

 なので一度レベルを上げさえしておけば、数はともかくとして戦力の維持という観点だけを見れば兵士としては相当に長く戦える。

 その質を武器にするしかないのがエルフ族というわけだ。


――戦いは数か、それとも質か。


 どこの世界でもこの命題からは逃れられないということなのだろうか?

 どちらにせよ、魔物がこれ以上外に溢れてこないように手を打った。後は、残敵を掃討していけばある程度の目処は立つ。


「此度の損失は大きい。何よりも同胞たちだ。捕らえられたのなら助けられれば良いのだが……どうやって運んだかが分からん。大規模な移動跡など無かったはずだ」


 それは俺も気になるが、事件の捜査などについてはラルク経由で調査に来るだろうエルフたちに任せるしかないだろう。

 網を張るなり、何なりやりようはあるはずなのだから。


「これ以上俺たちだけで出来ることはないだろう。後は帰るだけだが……その前に朝飯にするか」


 家屋の外に出て、インベントリからナターシャとダルメシアお手製のパンを取り出す。

 切れ込みが入れられたそのパンの間には、野菜や肉が挟まっている。しかもエルフの戦士たちが提供してくれたタレ付きだ。

 二人して被り付き、ポーションの空き瓶を利用したガラス瓶に詰めていた水で喉を潤す。


「少し薄味かと思ったが意外とイケるな」


「ダークエルフとエルフで、やっぱり味覚にも差があるのか?」


「多少はな。エルフの方が濃い味が好きだと聞いたことはある」


 取りとめの無い会話をしている間、武器娘さんたちは護衛である。

 このまま一度仮眠を取りたいところではあったが、ラルクが早く帰りたいというので、早々に休憩を追えて帰ろうとした、そのときであった。

 何か大質量のモノがぶち当たった様な音が遠方から聞こえてきたのだ。

 音は一度だけではなく、少し間を空ければ何度も響いてくる。

 それと同時に聞こえてくるのは、魔物どもの叫び声。


「今のは――」


「塔側の門だっ」


 俺たちはすぐに顔を見合わせると、石造りの堅牢な門へと向かう。

 近づくたびに、木製の門に何かが打ちつけられているような音がする。

 衝撃を受ける度に、閂が悲鳴を上げるかのようにギシギシと鳴く。

 魔物たちが体当たりしているのかと思った俺たちは、外壁に作られた階段を上り、門の上からそれを見た。


「おいおい、破城槌のつもりかよ」


 眼下では、青い色をしたオークの一団が門に取り付いて先端を削った丸太を叩きつけていた。


「ちっ、ハイオークだ。奴らは普通のオークと違って頭が良い。アレを見ろ」


「魔物に乗っている奴が居るな。下の馬みたいな奴はなんだ?」


「ドラゴンホース――ティラルドラゴンと違って雑食だ。おまけに火を吐く」


 見た目は馬のような体に、竜の頭を持つ四足歩行のドラゴンだ。


「強いか」


「ティラルドラゴンよりは弱いが、その分足は馬並に速く体力もあるぞ」


 広い場所なら猛威を振るいそうだが、幸い奴らはまだ外壁の中に閉じ込められているため、機動力を余り生かせないだろう。

 だが、門から出てくるのを許せば解き放たれることになる。


「行動範囲は広そうだな」


「実際広い。卵のときから育てれば、人間でも飼育できる。馬よりも食うが、その分パワーはあるから昔から戦でも使われている」


 現状、こいつらを放置して帰ることはできそうもない。

 門を閉めるだけでどうにかなるならそれが一番であったが、ハイオークのせいで結局はゲートを封鎖するしかなさそうだ。


 完全に破壊する必要はない。

 上のゲートの、魔力を供給している装置のコードを切ればいい。

 無尽蔵にゲートが使えるわけではないのだから、バッテリーコアの電力が尽きるまで粘ればそれで終る。既に再利用する目処も立って居るのだから、これ以上の手はないだろう。


 問題は、魔物の巣窟へと潜入しなければならないことだ。

 面倒な事この上ないが、毒を喰らわば皿までか。

 とっとと終らせてしまおう。


「ここから飛び降りて門に取り付いている連中から片付ける。その後、塔を登って向こう側に乗り込んで再利用できる程度にゲートを使えなくする。何か異論は?」


「方針については、異論はない」


「というと?」


「そこの奴、ショートソードと言ったか」


「うん」


「その剣に俺を乗せて、振り回せるか?」


「……出来なくは無いと思うけど、それならレヴァンテインちゃんが適役だよ」


「実行者はどちらでも良い。要は俺が半ばまで飛べれば良い。着地と同時に、ジンの風でなぎ払う」


「ジン?」


「俺のアーティファクトの名だ」


「なるほど。一々潰すよりは楽ができるか」


 その後は混乱に乗じて、門に取り付いた連中を倒しラルクと合流。塔の入り口を押さえつつまず外の敵を掃討。背後の憂いを立ってから塔へ向かう。

 流れとしては悪くないだろう。


「オーケイ、じゃあそれでいこうか」


 そろそろ閂が嫌な音を発し始めている。

 ショートソードさんからバルムンクを一時的に借り受けたレヴァンテインさんは、大剣を担ぎ上げるとその剣の腹にラルクを乗せる。


「死ぬなよ」


「造作も無い」


 頼もしく言い切り、彼がスタンバイ。


「ん!」


 気合一閃。

 魔剣少女が大剣をフルスイングし、ラルクの体を空へと誘う。

 斜め上への飛翔。

 突然の影に、ハイオークが幾人か気づくも時既に遅しである。


「ジンよ、まとめて切り刻め!」


 彼の右手に握られているシャムシールが淡く輝く。

 風を操るアーティファクトの担い手は、そのまま戸惑うハイオークの上を飛び越えてその獲物を振り下ろす。

 瞬間、鋭利な風の刃が渦を作って大気を無理やりに掻き混ぜた。

 剛風が吹き荒れ、ハイオークの群れが切り刻まれていく。

 前に見たそれよりは規模が小さい。

 けれど、その威力を疑う理由はどこにもない。


 血の雨が舞い上がり、効果範囲一帯に降り注ぐ。

 同時に、巻き込まれたハイオークたちの体が地面に叩き付けられていく。

 その度に、ハイオークたちが恐怖に慄いたのが見て取れる。

 注意が完全にラルクへと向いた。

 そこへ、俺たちはそれぞれの獲物を持って飛び降りる。


 竜巻の惨状に目をやっていたハイオークたちを強襲。

 丸太を持っていた連中の命を根こそぎ奪う。

 丸太が地響きを立てて落下。

 一人では持てないその重量を音で示しながら地面の上で制止する。

 俺は、他の連中が再び門を攻撃させないように指示を出す。


「全員こっちに合流だ。三数えるから零で同時にこの丸太を蹴れ!」


 数えながら手近に迫ったハイオークの胸を斬る。


「三――」


 反対側に居たタケミカヅチさんとエクスカリバーさんが跳躍。丸太を越えながら、オークを剣で斬り槍で貫く。


「二――」


 ロングソードさんがカラドボルグで突き放たれた槍を弾き、その間をショートソードさんが上段からバルムンクを振り下ろして唐竹の刑に処す。


「一――」


 全員が一列に陣取り、次のカウントで一声に足を振り上げる。


「――零!」


 六人でほぼ同時に丸太を蹴り飛ばす。

 瞬間、その向こうから迫ろうとしていたハイオークをなぎ倒して大木がローリング。

 とてつもない勢いで敵を轢いていく。


「よし、ラルクと合流するぞっ」


 ぽっかりと空いた血まみれの空白地帯へ、全員で突撃する。

 やはりここでもタケミカヅチさんが速い。

 その横を、エクスカリバーさんが槍を振り回しながらハイオークの群れを蹂躙。

 リーチの長さを利用して数匹纏めて命を狩り取っていく。


 そこへ、ドラゴンホースに乗ったハイオークの一団が襲来。

 土煙を上げながら津波の如く押し寄せてくる。

 それを見た彼女は、グングニルさんを地面に突きたて棒高跳びのようにして飛び越える。

 その手には持っていた盾だけがあった。

 無防備に見えるその一瞬はしかし、本当に刹那の間だけだ。

 虚空を泳ぐ体が右手を引くや否や、グングニルさんがその手に帰還している。


「――って、投げなくても戻るのかよ!」


 思わず突っ込みながら、眼前を横切っていくドラゴンホースの群れをやり過ごす。

 その向こう、エクスカリバーさんが最後尾のハイオークへと槍を突き刺して消えるのが見えた次の瞬間、彼女は騎手を失ったドラゴンホースへとまたがり手綱を繰った。

 馬泥棒ならぬ、馬竜<ドラゴンホース>泥棒だ。


「騎馬は我に任せよ! 主たちは先へ行かれるが良いっ!」


「そっちは任せるぞっ」


 手綱を引き、槍を片手に彼女はドラゴンホースの群れを追っていく。

 ハイオークよりも、エクスカリバーさんの方が軽いのだろう。反転しようとしていた彼らの背後に追いつくと、槍で背後から突き殺していく。その間に、俺たちはドラゴンホースの群れが通り過ぎた後の道を抜けた。


 やはりオークよりも知能があるというのは本当らしく、ラルクと合流させまいとハイオークたちが立ち塞がった。その手に握るのは粗末な槍だ。隊列を整え、槍衾で時間を稼ごうというのだろう。


「無駄だよっ」


 ショートソードさんが俺を追い抜き、大剣を一閃。

 構えられた槍先を砕いてしまう。

 そこへ、俺とロングソードさんが剣を片手に両脇から切り込む。


「せやっ!」


 槍を砕かれたハイオークは、密集陣形が仇となって逃げ切れない。

 威勢良く切りかかったロングソードさんに一歩遅れて、俺は肩口に向かって一気に剣を振り下ろす。


 骨ごと切り裂く一撃に、二メートルはある巨体が一撃で仰け反って消える。

 さしもの魔物も、死ぬと同時に眼前で消える不可思議な現象を想定してはいないらしい。

 後列が目を瞬かせ、謎現象に戸惑っているところへ踏み込みイシュタロッテを切り返して首筋を薙ぐ。瞬間、ハイオークの首が千切れ飛んだ。


 俺自身が呆気に取られるほどの威力。

 倒れ付す敵の体からは、血が噴出してすぐに消える。動きを止める余裕はない。

 そのまま当たるを幸いに剣を振り回して敵陣の突破を優先する。


「ん!」


 ふと、俺を横から襲おうとして来る敵がいきなり吹き飛んだ。

 振り返らずとも原因は分かる。レヴァンテインさんだ。「後ろは気にするな」、とでも言うかのように、次々と敵を将棋倒しにしてしまう。


「ラルクは……あそこか!」


 隊列を突破すると、ラルクが包囲されかけているのが遠めに見えた。

 だが、もう心配は要らないだろう。何故なら既に、うちの切り込み隊長がたどり着いていたからである。


 ラルクが風刃の使い手ならば、彼女は正真正銘の雷神だ。

 流れるような動きで切り裂いていく彼とは対照的に、瞬発力と一撃の威力で力強く敵を屠っていく。

 そこへ、遂に俺たちも合流した。


「来たかっ」


「このまま押し込むぞ!」


 塔の入り口へ、無理やりに突破。

 そして俺たちは予定通りに分かれた。


 タケミカヅチさんとラルクがそのまま塔の入り口から中へ。

 予定にはないが、螺旋階段までを抑えれば数をかなり限定できる。

 そこへ、ロングソードさんが混ざる。

 残りはドラゴンホースを奪って攻めていたエクスカリバーさんと外の連中の相手だ。


「ラルクがゲートまで辿りつくのが先か、それとも外の連中を片付けるのが先か――」


 呟きながら、俺は残敵の排除に専念した。




 下での戦いは、一時間も掛からなかった。

 数の不利を覆す明らかな質の差がそこにはあったのだろう。

 ましてや相手はレベルホルダーでさえない。

 敵が全滅したことを確認した後、帰りのことも考えてレヴァンテインさんにショートソードさんを防壁の上に投げさせて閂を外させ、塔に戻る。


「GUGYA!」


「こら、我が主に吼えないように」


 俺に吼えたドラゴンホースを叱り付けるエクスカリバーさん。

 途端、彼(?)は俺を威嚇するのを止めた。

 果たして、エクスカリバーさんの澄んだ声に負けたのか、彼を取り囲むショートソードさんやレヴァンテインさんの視線に負けたのかは分からないが、謝罪するかのように俺に頭をこすり付けてきた。


「こいつ、言葉が分かるのか?」


「利口なのでしょう」


「そんなもんかな」


 まぁ、こちらに鞍替えしたいというなら良いだろう。

 旅に出る時の足になってくれるかもしれないから歓迎だ。

 そのまま俺たちは塔を登ろうとすると、ドラゴンホースはエクスカリバーさんが降りてもその後を追うように付いて来た。


 俺たちは螺旋階段を駆け上がる。

 やはり、エルフ・ラグーンへと続く塔と作りは同じだ。

 塔の外周から上の階を繋ぐ螺旋階段を登れば、次の広間が有りその上へと続く階段の繰り返し。


 途中、ラルクが切り殺しただろうハイオークの死骸が点々としていた。

 ガーディアンゴーレムの残骸に、何かの白骨。

 錆びきった武具なども落ちているこれも大体は同じだ。


「終ったのか?」


 最上階にたどり着いた俺の前には、ゲートの魔法陣を睨むラルクたち三人が居る。


「いや、向こうに逃げられた。だがこちらの力量は把握したはずだ。しばらくすれば塔から逃げるだろう。少し、様子を見ていたところだ」


「転移直後を狙ってくる可能性は?」


「無いとは言わんが、俺が消えて先行すれば良いだけのことだ」


「そういえばそれが有ったな」


 でかい盾でも持って乗り込もうかと考えていたが、それなら安心だ。


「それより、後ろの奴はなんだ」


「仲間が捕虜にした」


 エクスカリバーさんに手綱を引かれているドラゴンホースを見て、さすがの彼も困惑していたが、すぐに切り替えた。


「……襲ってこないならいい」


「休憩は?」


「必要ない。十数えてから来い」


 言うなり、ラルクが姿を消す。

 言われた通りに数えてから移動すると、ハイオークの死体が床に転がっているのが見える。ラルクはフロアのすぐ外から、窓の外を見ていた。


「奴らは下に逃げた。今のうちにやってくれ」


「了解」


 魔力を電力へと変換しているらしい装置とバッテリーコアを繋ぐ巨大な線を、タケミカヅチさんに斬って貰う。

 すると、バッテリーコアの輝きが少しだけ落ちた。

 後は勝手に蓄えられた電力を消費してゲートが閉じるはずだ。


「よし、すぐにとはいかないがこれで十分なずだ」


「これで一先ずの目的は達せられたわけだな」


「そうなるが、何を見ているんだ」


 彼が覗いていた窓から俺も外を見てみる。

 すると、魔物の巣窟とは思えないほどの自然があった。

 山が見え、森が見え、荒野や川が見える。

 そして、当たり前のように蠢く集団もまたあった。


 きっと、動物か魔物かを問うても意味は無いのだろう。識別無しでは判断できないほどに様々な種が居るのが見える。

 

 まるでサファリパークのような光景だ。

 彼らはここで生活を営んでいるらしかったが、ハイオークたちが塔の外に出るや否や様々な動きを見せる。

 それぞれの生存戦略や本能に従っての動きなのだろう。

 襲い掛かる者や逆に逃げる者など実に様々である。


「……周囲は死体ばっかりだな。だが、アレはなんだ?」


 気のせいか、虚空からいきなり魔物が生まれたのを俺は見た。


「モンスター・ラグーンの魔物は、ああやって無尽蔵にどこからか召喚されている」


 だから、いくら殺しても尽きることは無いとも彼は言う。

 正に、レベルホルダーからすれば永遠に戦える戦場だ。

 しかし、なんだってそんなことになっているのだろうか?  

 確かに、ここはファンタジーな世界かもしれないけれど、妙に寒気がする事実だ。


「何のためにこんなものが?」


「さてな。各種族を生き長らえさせるためにラグーンを神が作り、モンスター・ラグーンは世界を滅ぼすために悪魔が作ったと森の外では言われているらしいが……」


 言葉を濁しながら、ラルクはシャムシールに視線を落とす。


「それは嘘だ。我々エルフ族やはその説は否定する。勿論、オレのジンもだ」


「剣と会話できるのか?」


「覚醒したアーティファクトと、レベルの高いレベルホルダーが揃えばできる」


「覚醒? それはどうすればいい」


「殺し続ければそのうち目覚める。それ以外なら、想念を奉げろと言っているな」


「なんなんだ、その想念って奴は」


「ジン……ん? これ以上はアッシュに教えてやる義理がないだと?」


 不思議そうな顔で刀身を撫でるラルク。

 どこか釈然としないので、こうなったら擬人化して直接聞いてやろうかと考えていると、レヴァンテインさんが服の袖を引っ張ってきた。


「光ってるのが来た」


「あれは、なんだ?」


 塔の外、一人だけ全身を淡い光で包んでいる奴がこちらに向かって走ってきていた。途中の魔物たちは、それを見るや否や途端に恐れるかのように道を明け渡す。

 体は赤く、大きい。

 最低でもオークと同じ程度はあるだろうか。

 遠くてよく分からないが、右手に馬鹿にでかい金棒を持っている。

 

 恐らく、二メートルのバルムンクぐらいはあるだろう。

 識別すると、地獄の戦鬼という種族であることが分かった。

 状態異常で神宿りと書かれているのが気に掛かるが、もっと大きな問題があった。


「レベル……99だとっ!?」


 俺は当たり前のように冷や汗を掻いた。

 レベルホルダーでこの数値。

 当たり前だが極めて危険な敵と判断せざるを得ない。

 この時、俺はまるでイシュタロッテを擬人化したときのような寒気もまた奴から感じ取っていた。アレは、もしかしたら神を前にした矮小な俺の精神が感じた、言いようのない畏れだったが、この戦鬼は純粋な恐怖しか感じない。


「……逃げるぞ」


 当たり前のように、俺は戦うことが論外だと判断した。

 すぐに決断し、ゲートへと向かおうとしたところで塔に衝撃が走った。

 奴だ、奴がきっと塔の壁をぶち破って侵入してきたのだ。


「ここで迎え撃つぞ」


 このまま逃げれば、得体の知れない奴がゲートの向こうへ来るかもしれない。

 それを嫌ってのラルクの言葉。

 それは分かる。分かるが……何故、俺はこうも奴と戦うべきではないと思うのか?

 単純な話だった。


――俺はとても怖いのだ。


 ラルクはともかく、俺はまだその領域にはいない。

 振り払うには他人の力が要る。

 だがそれは俺の力ではない。

 もしもがあった時にどうにもならないと考えるからこそ、その場に立つ事を拒んでいるのだ。


 この恐怖から逃れる方法は二つだけ。

 後のことなど考えず一目散に逃げるか、或いは勇気を奮い立たせて奴を仕留めるかだ。

 経験値に、ドロップアイテムに変えてしまえば怖くなどなくなる。

 だが、それはとてつもない難題のように見えて仕方が無い。


 アレがラルクのような広範囲攻撃の魔法を使って来たら?

 或いは、単純にゲームで言うところの規格外の敵、所謂雑魚キャラではなくボスキャラであったとした上でこのレベルだとしたら?

 アレを雑魚だと判断して良い要素はどこにもない。

 ましてや下の魔物がビビって道を空ける程の脅威だと捉えるべきなのだ。だから、ここは逃げるべき場面だ。


 そもそも場所が悪い。

 ここで戦って、もしゲートが壊されでもしたらラグーンに閉じ込められてしまう。その危険は回避してしかるべきだ。

 そして武器娘たちで囲んで戦うにしても少し狭い。

 まだ一階なら広いが、上に行くほどフロアは狭くなっている。場所によっては、正面からしか攻撃できない。

 つまり、最悪数の有利が消えて各個撃破の危険もある。


「……アッシュ?」


 ちくしょう。

 逃げたいのに、こんなときにまたあの子たちの泣き顔が脳裏を過ぎる。

 なんだって俺は、この後に及んであの村でのことを思い出したのだろうか。

 理由は分からないが、そのせいで震える足がゲートの魔法陣とは反対方向を向いてしまっていた。


「――レヴァンテインとエクスカリバーは階段の上で投擲準備に入れ、今すぐにだ!」


 この後に及んでは、カンスト武器娘たちへの敬意さえ消えた。


「いいか、姿を見せたら全力で武器スキルを行使しろ。MPが尽きるまで投げて奴に反撃を許すな!」


「ん」


「了解しました」


「タケミカヅチは奴が投擲を掻い潜ってきたら前に出ろ。最上階に一歩たりとも踏み込ませるな! ロングソードはその援護。彼女がもし近接戦闘をしていても構わずにカラドボルグのスキルを叩き込め!」


「御意!」


「分かりました!」


「基本方針は遠距離戦だ。傷を負うことなく仕留めることを最優先にする。ショートソードは武器チェンジ。トライデントを渡すから今から放水してくれ。奴が投擲を抜けたら最大出力でいい。――手順は投擲、放水、近づいてきたらタケミカヅチでいく」


「はーい!」


 トライデントを取り出し、バルムンクをインベントリへ。そうして、戸惑うラルクにポーションを数本取り出して押しつける。

 その間も、階下から人外の咆哮が聞こえてくるが無視。

 瓶を握る手が震える、ええい、もう無理だ。

 逃げる暇はない。

 足も速いことは確定している。

 ここで仕留めるしかない。


「ラルク、今すぐそこの馬に乗って向こうに逃げろ。俺はここに残ってバッテリーコアを破壊し、ゲートを完全に閉じる」


「待てそれは――ジン? お前まで引けというのか!?」


「言うとおりにしないなら、俺たちは帰るから一人で戦え。アレはお前よりレベルが上のヤバイ奴だ。だから奴に見つかる前に先に帰れ」


「……」


「それと、『神宿り』って知ってるか?」


「……覚醒した神が、所有者に力を貸したか乗っ取った状態だ」


「奴は今、その状態だ」


「……やはりそうか。しかしだとしたら尚更オレも――」


 神とやらがどれだけの力を持つかなんて知らないが、役々状況が悪くなっていくような気がする。

 何故だろう。

 泣き叫ぶよりも先に笑いたくなってきたぜ。


「神の相手は神が妥当だ。まぁ、こっちはなんとかするさ。あと、それはポーションだ。飲めば傷が癒える。それを持って森を抜け、ラグーンへ行け――」


「GURURUOONN!!」


「アッシュ、来た!」


「投げろ! ラルク、さっさと行け! お前が居たら塔ごと吹き飛ばすことができない」


 投擲組が獲物を投げ始める姿が見える。

 瞬間、命中しただろうミョルニルがスキル効果を完全に発揮して雷鳴を轟かせた。


「お前はクルルカ姫を連れて帰る仕事があるだろう。それはお前の仕事だ!」


「くっ――貸しておくぞ! エルフの戦士アッシュよ!」


「おう。さぁ、お前も行け」


 ドラゴンホースの背を撫で、乗り込んだラルクを見送る。

 彼は駄々を捏ねずにゲートへと消えてくえれた。

 ありがたい。

 これで心置きなくやれる。


「目覚めさせたら、お前と話がしたかったんだけどな」


 イシュタロッテの刀身を撫でながら、バッテリーコアへ。

 そうして、俺は躊躇無くそれを叩き割った。

 なにやら刀身を電気が伝った気がしたが、付けっぱなしだったゴム手袋が役に立ってくれたようだ。人生、何が幸いするか分からないものだな。


 役目を終えたゴム手袋をインベントリへ送り込み、ついでに暗視のメガネも思い出したかのように収納。

 強張ったままの顔をそのままに、戦いに備える。

 一投目の後に聞こえた放水音。

 アレが無ければコアを壊すことは無かったが、嫌な予感は本当に当たるものらしい。


「タケミカヅチ、戦況はどうだ」


「放水が既に三回。その度に、階段を滑り落ちましたが動きを止めません。どうやらアーティファクトとやらに回復効果があるようで、上がってくる度に傷が癒えています」


「麻痺の気配は?」


「無いとは言えませんが、一瞬だけです」


「回復に特化したアーティファクトってことか。……厄介だな」


「首が曲がっても、胸を貫かれても同様です」


 そんなの、一体どうしろっていうんだ?

 階下から轟然と駆け上がってくる赤い鬼を呆然と見下ろしながら、俺はただただ手段を模索した。


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