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第八十話「ゲームオーバー(上)」

 都が破壊されていく。

 獣が喰らい、巨人が壊す。

 どうしようもない暴力の塊は解き放たれたまま、翻弄されるだけの俺を追ってくる。

 下では王都の住人は訳も分からずただ逃げ惑い、叫び、必死に生き残る術を探していた。

 そんな地獄のような戦いの最前線に立つのは、やはりあの黒髪の少年を依代とした悪神だ。


「アリマーン、てめぇまさかっ!!」


「どうした。そらもっとだ。もっともっと逃げ回れ廃エルフ。でなければ余が本気を出してしまうぞ?」


 ようやく分かった。

 こいつが遊んでいる理由は単純明快だったのだ。

 こいつは賢人なんてどうでもいいんだ。ただこの都にダメージを与えるためだけに俺を利用してやがるのだ。


 ここは王都グランドール。

 クルスの最重要都市だ。

 ここへのダメージはクルスにとって多大なる損害となるのは明白だ。それが分かっているからこそ、これ幸いと俺の逃げ道をコントロールして被害の拡大を狙ってやがったのだ。


「そんなに世界が欲しいのかお前はっ!」


 攻勢に回れないまま防戦一方で切り結ぶたび、都の上を力ずくで運ばれていく。

 どうやっても打ち負けてしまう今、それに抵抗する力は俺には無い。


「無論だとも」


 声は揺ぎ無く、自らの意思をただ示す。

 それこそが自らの背負う希望だとでも言わんばかりに、照れもなく言い放ってくる。

 

「欲しいさ。余は欲しいぞ。喉から手が出るほどに欲しい! この醜悪を極まった世界がなっ!」


 悪神の魔力が更に膨れ上がる。

 奇跡の輝きの上に、遂に神気の輝きが相乗した。それはようやく神宿りへと移行したことを示している。


「ぬぅ!」


「狡い!」


 追って来ていた居たビストとヨトゥンの動きが止まる。

 奴らも止まるほどの暴威が遂に顕現したのだ。


 これが、悪神の本気か。

 ふざけてやがる。

 いきなり魔力が増幅された感じだぞ。


『聖人と特上の念神の力の融合。まさか、まさかここまでとは……』


 イシュタロッテが声を震わせる。

 だが、それは初めからわかっていたことだ。 


「強いな。ああ、強いさお前は! でもな!」


 腹が立つほどに力があるのは分かっている。

 それはもう分かってるがなアリマーン。

 それでもやっぱり、お前じゃあこの世界を手に入れるなんてのは無理なんだよ。


「それでもお前の望みは叶わないさっ!」


「ほう?」


「確信したぜ。お前じゃ絶対にクロナグラを完全に支配なんてできやしない!」


「死ぬ前に負け惜しみでも言うつもりか」


「かもな。ついでだから世界征服も笑ってやるぜ。俺は世界なんかに価値なんて見出しちゃ居ないからな! だからお前らみたいな時代錯誤な野郎共を大声で笑ってやるのさっ!」


 ぶっちゃけ世界なんて欲しくも無い。

 そんなものを手に入れたところで重みに潰されるだけだって分かりきっている。俺にできるとしたら、精々がプロ市民程度が限界だろうさ。


 はは。

 小市民根性極まれりだな。


 でもそれでいい。

 それ以上なんて、適当に生きるのに邪魔過ぎる。


 だってのに、どいつもこいつも欲を出して止まらない。

 現状では満足しない。まるで、排斥することでしか安堵を得られないと決め付けているかのようだ。

 そんなことをしたところで、永劫に戦い続けるしかないってのに。


「というかそれ以前の問題なんだよ。そういう意味じゃビストの方が分かってる。そら答えろ獣神! 今のコイツと賢人とどっちが怖い!」


 問いに対して不定形の流体がブルリと震えた。

 震えるだけで、答えもしない。


 嗚呼、やはり。

 そしてならば。


「あの沈黙が答えさ。精々永遠のナンバーツー止まりを誇ってろ!」


「――言いたいことはそれだけか?」


 眼前。

 飛び込んできた少年の顔から笑みが消える。


「ならば墜ちよ。終点はそこだ」


 神気を纏う少年が剣を振るった。

 俺は渾身の膂力を込め、一撃を軽減するべくイシュタロッテを叩き付ける。

 だが、身体は軽減することさえできずに呆気なく落下した。


 何度も味わった剣戟を、その一撃は容易く超えていた。

 笑えるほど呆気なく背中から建造物へと突っ込んでしまう。

 壁をいくつもぶち抜いて、俺はその場所へと落着する。


「痛っ。本当、好き勝手やってくれる」


 霞む視界の中、ポーションを割る。

 HPバーが回復していくのを確認しながら、瓦礫の中から身を起こし周囲を見わたす。


「野郎、終点ってなんだ。ここは……」


「魔法銃の生産工場だ」


 ぶち抜いた穴の上から、アリマーンが降りてくる。


「なん、だって?」


「死んだ神に祈れば賜ることができるらしいがな。ククッ。笑わせてくれる。結局はただの魔術の儀式場ではないか!」


 まやかしの正体ここに有りってか。

 床に刻まれた魔法陣の上に、大量の魔法銃が置かれていた。

 周囲には、法衣を纏ったリストル教徒らしき者たちが呆気に取られたような顔でこちらを見ている。


「神の奇跡と偽って魔術を使う。ダブルスタンダードでも自分は正しい。善を名乗る連中はいつもそうだ。自己の持つ矛盾だけは正しいと掲げ、無理矢理にも認めさせる度し難さを持っている。それを賛美するような人類は愚かで醜い救いようの無い生き物だ。だが、だからこそ必要なのだ。愚衆共を導く存在がな」


「まるでお前がそうなるとでも言いたげだな」


「悪道は余の専売特許だ。悪を管理できるのは善モドキではない。より凶悪なる悪か、完全なる善だけだ。悪を偽善で覆い隠すような中途半端な者には無理であろうさ。だから余がやるしかないのだよ。この世界全ての悪を生み出したと言われた神としてな」


「……」


「賢人がどれほどのものかは知らん。だが奴は気にもしないだろう。というより興味が無いだろうな。アレは見たところ世捨て人のようなものだ。そんな奴は敵にさえならん」


 そりゃそうだ。

 オマエは敵にさえなれない。

 成れてサンプル止まりだ。


 結局、世界の支配なんてとっくの昔に終っているのだ。ただ、君臨せずに支配されているってことを誰もが知らないだけなんだ。


「でもな。あいつが最強だって事実は残るぞ。ある日突然世界を滅ぼしてもおかしくないような奴が野放しって訳だ。ハッ――未来永劫あいつの影に怯えながら生きろよ自称最強。陣取りゲームをどれだけやろうが、永久にあいつには届かないんだよ」


 俺とイシュタロッテだけは知っている。

 普通の念神、つまりはアリマーンやリスベルクといった第一種想念神である限り絶対に勝てない。

 この星を奴の宗教で染めたって無理なんだ。


 そもそもアレには宗教や人種なんて垣根さえない。

 存在し、本能であれ思考であれ認知した瞬間にはもう繋がってしまう。

 その規模はクロナグラなんて小さな世界を超えて余りある。

 最初からクロナグラの生き物に抗うことが許されていないんだから当然か。


「まぁ、もう俺には関係無いことか」


 それにしても情けない。

 結局、力でどうにもならないからって、ただの事実だけを叩きつけることしかできないなんて。

 なんて格好の悪いことをしているんだ俺は。


 我が事ながら無様すぎて泣けてくる。

 前世から何も進歩しちゃいない。

 これじゃあ負け犬の遠吠えだ。


「――でもな、冥土の土産に最後に一つだけ言っておいてやるぜ悪神」


 肩の力を抜く。

 どれだけ気負ってもビビッても現実は変わらない。

 まるで何時も通りだ。


 大好きな無限転生オンラインの中でも。

 糞ッタレでも、それなりに楽しかった前世でも。

 学校で、社会で、異世界でもそうだ。

 

 何も変わらない。

 でも、それでも思うことは止まらない。

 それが未来永劫そのままになるのだけは嫌だと。

 

 でも、悲しいかなそれでも未来が視える。

 まともに切りかかったら一撃で死ぬなんていう、そんな馬鹿げた未来が。

 まるで無意味だと、そう運命にさえ突きつけられているかのように。


――だが知ったことか糞ッタレ!


「出会ったあの日から思ってたんだ。全部自分の思い通りになるって考えてる、その澄ました面が気に食わないってなぁっ!」


 魔炎を展開するイシュタロッテを握り締め、俺はふと思い浮かんだ言葉を相棒に投げかける。


「相棒、こんな時になんだけどさ。どうせなら本当に腹上死しとけばよかったな」


『アッシュ? 待て、お主何を――』


「さぁ、そろそろ終りにしようぜ悪神!」


 ただ真っ直ぐに床を蹴る。


 勝率はゼロ。

 このままじゃ、未来は決まっている。

 だったら――





――お□い□□す。せ□□、怖□□だ□はやっ□□て。






「だったらせめて――」


 無ければ作れ。

 総動員しろ。

 この期に及んで、被害など考えていられるか。


「潔く玉砕を選ぶか」


 奴は何もしない。受け止める構えを見せている。

 至近距離。

 踏み込んだ剣戟の間合いの、その一歩外から全力で魔炎を放つ。


 視界の向こうが紅黒く燃える。

 その向こう、炎を防ぐ白い光の膜があった。

 理不尽極まりない聖人の守りはビクともしない。

 それに構わず、更に前へ。

 最後の一歩を踏み込みながら、インベントリからその使い捨てアイテムを取り出す。


「――むっ!?」


 右手に握り締めたのは一本の矢だ。

 それを手にした瞬間、確かに光の向こうで悪神の顔が驚いたのが見えた。


「タダじゃ死なねぇ!! お前の宿主、貰っていくぞアリマァァァン!!」


 この先の未来は視ていない。

 だって、どうせ俺が死ぬなら視る意味がない。


「貴公っ!?」


――アグネヤの矢。


 アイテムの説明欄に『神々さえも抗いがたい一撃』という記述を持つ、廃神プレイヤーさえ即死する通称『核兵器』である。起爆点から広範囲をなぎ払い、喰らって生き残った者が居ないという使い捨ての祭り専用アイテムだ。祭り<攻城戦>などでは最後の自決用としてもよく用いられ、マップ全域攻撃スキルと双璧を成すほどに恐れられている正真正銘の破壊兵器だ。


 モチーフはインド方面の神話だったか。

 大昔にモヘンジョダロ遺跡で実際に使われたのではないかというとんでも説があり、有名な某アニメ映画においてはインドラの矢と間違えられたらしいという代物である。


 嗚呼、確かにこいつはバ□スとか叫びたくなる威力があったっけな。

 迎撃の剣撃が来るよりも早く、自らの鎧に鏃を叩きつける。

 この距離なら逃げられまい。


――瞬間、眼前が破壊の光に染まった。








「おっかしいなぁ」


「何が?」


 スライム・ラグーンの塔の中。ホログラフモニターを展開していたレーヴァテインにレヴァンテインが問いかけた。


「アレは人殺しを基本的には嫌ってたように見えたんだけどね。なんか今は普通に適応してるんだよ。ストレスはあるけど致命的じゃあないし、今ので王都の南側が吹っ飛んだぞ?」


「多分、アーク・シュヴァイカーなら気にしない」


 純粋な日本人学生としてのメンタルではもはやないのだ。

 殺し殺されかけた日常を旅したはぐれエルフの記憶が蘇ったのであれば、当然のように受け取り方もまた変わってもおかしくは無い。

 

 前世記憶の覚醒とは新旧の人格の統合であり再編である。

 記憶とは価値観を形成する上で重要な要素なのだから、それが二人分あってなおそのままなど普通はありえない。


「その理屈でいくと後が面倒だぞ妹よ。それだとエルフ族はもう完全には切り離せないってことになる」


「……念神にされた以上は多分、普通には無理だったんだと思う」


(ふむん、実際は悪影響が出ないようにに手は打ってたんだけど……錯覚してるだけかな? いや、よく見たらまたエラーが出てるな。驚いた、まだ干渉できるのか。そうか、この状況を利用して誘導したな? だが無駄だ。今のアリマーンならあの程度じゃお話にならない)


 レヴァンテインが知りえない情報を確認しながら、その余りの滑稽さに彼女は小さく口元を歪めた。


(モチーフにした原典はともかく、核兵器っての通称だ。今のそれはただの魔導兵器にすぎない。だから放射能なんて認知外の攻撃での聖人殺しなんて不可能だよアッシュ。そもそも連中の奇跡ならそれさえも浄化する。当てが外れたな盗人共。そして、お前たちに使い捨てにさせるなんて真似を僕が許すと思っているのかい?)


 聖人アスタムを消せるなら、確かに流れは変わる。

 その認識は間違いではない。

 だがしかし。

 不愉快を通り過ぎて呆れるほどに短絡的な所業にはもう、笑いを堪えるのが難しい。


「所詮はサンプルか」


「……お姉ちゃん?」


「ああいや、君がそう言うのであればそうなんだろうね。人格のコードは弄るのが難しいしなぁ。うへー。修正パッチを当てるにしてもあそこまで行くと作るのが面倒過ぎるしなぁ」


 前のアッシュが風呂が苦手だったからと遊び心で風呂好きにしたら、極端に風呂を求めるようになってしまったのは記憶に新しい。

 最大の問題は下手に弄りすぎた場合の人格崩壊だ。調整の労力を考えれば彼女としても渋い顔をするしかなかった。

 元より、アーク・シュヴァイカーの記憶覚醒に耐えられるようにしてはいた。が、必要以上の人格改造はする必要がない。


「んーまぁ、アレだ。結論としては、だ。アレをあのままで直すのは労力が掛かりすぎるってことだ。作り直した方が早そうだしなぁ。もう失敗作ってことで結論付けよっか」


「ッ――」


 レヴァンテインは肯定も否定もせずにただ唇を引き結ぶ。

 モニターの前で腕組みをしたレーヴァテインは、彼女に振り返ることはせずに愚痴を続ける。


「ボクの行方を探すよりも仕事を優先しちゃったのも気に食わないしなぁ。うんうん。奴らよりもボクの優先順位を下げるとか在り得ないよね」


「……」


「不良品は要らない。アッシュモドキなんてボクには必要ない。なら廃棄処分にしてもっと完璧な彼を作るべきじゃないかな。――ねぇ、君もそう思うよねレヴァンテイン」


 レーヴァテインがようやく振り返る。

 無慈悲なまでのいつもの黒瞳だった。

 にっこりと笑うその顔を見て、レヴァンテインはただ言葉に窮した。


「君たちだってさ。アッシュモドキの相手なんて嫌だろう?」


 手招き。

 頷かずに無言で近寄ると、いつものようにレーヴァテインは背中から彼女を抱きしめた。


 優しい抱擁だった。

 彼女がどれだけレヴァンテインを可愛がっているかが分かる程だ。けれど。稼働してからずっと知っているその温もりが、今日に限ってはレヴァンテインには冷たく思える。


「――分かってるさ。でも何も心配はいらないよ」


 諭すようにレーヴァテインが耳元で囁く。


「今回ので稼働データも取れてる。次のアッシュの完成度はもっと上がるさ。勿論盗まれないように対策も打つ。君たちは何も心配することはない。具体的にはエルフ族……だけじゃ危険は零にはならないか。うん。ならもう全部燃やそう! 燃やして全部一から作り直そう!」


 そうすれば誰かに盗まれる心配も無い。

 アッシュを作るのに千年掛かった。

 ならその間にクロナグラの環境調整にすれば良いと彼女は続ける。理屈の上ではレヴァンテインにも理解はできる。データのフィードバックがあれば、更に時間の短縮さえも可能だ。


 けれど。

 その結論にレヴァンテインは賛同することはできなかった。

 だから。


「聞きたいことがある」


「お、なんだい妹よ」


「お姉ちゃんは本当にテイハの計画通りに動いているの?」


 その確信へと切り込んだ。







「勿論だぜ」


 一拍の間さえなく返答は帰ってきた。

 声色に迷いはなく、タダひたすらに当然のように返される。


「ボクはテイハなんだからね。彼女の願いに同調し、完全に同期しているよ。きっと君以上にね」


――なら。


「じゃあ、あのアバターは何?」


「エルフ族の余計な想念を遮断するのには手頃だったんだよ。彼は人間だ。それ以上でもそれ以下でもない。だから連中だってアレを廃エルフだなんて誤認し難くなった。良いアイデアだったと思うけどね」


――どうして。


「回帰神を呼び寄せたのは?」


「ピンチにすればボクに助けを求めるかと思ったんだけど、なんかそうでもないし。うん。アレでもアッシュだからなぁ。さすがに自分の手で壊すのはちょっとアレかもだし、もうあいつらに止めを刺してもらおう」


「そこがおかしい。テイハなら絶対に自分で燃やすはず!」


――誰かに彼を委ねたりするのか?


 生じた疑念はもはや我慢の限界を超えた。

 何故ならば、イシュタロッテでそれに懲りているのだ。

 誰かに任せるのは後悔を生むと、レイエン・テイハは学習したはずなのだ。

 だから分身たる彼女たちが生まれた。


 それにあの旅の続きはどうなるのか。そのためだけにクロナグラの原型は残されたはずだ。それを壊すというなら本末転倒ではないのか?

 膨れ上がる疑惑は、当然のようにレヴァンテインを突き動かした。


「お姉ちゃん」


「な、なんだい怖い顔をして」


「緊急メンテナンスを推奨する。リインカネーションコードにバグの疑いがある」


「お、おおう妹よ。いきなり壊れてるんじゃないかって、疑いの目を向けるのはどうかと思うぞ。その疑惑の目がお姉ちゃんは無性に悲しい!」


「でも変。ユグドラシルのところで今すぐ検査してくる」


「ちょっ、まだアレへの対応とか今後の話が……」


「問答無用。後はこっちでやる」


「こっちでって、ええっ!?」


 レーヴァテインの腕から抜け出したレヴァンテインは、彼女の背をぐいぐいと押して中央に移動させると転移魔法を発動。レヴァンテインの足元に転移魔法の魔法陣を刻みこむ。


「こ、こらこら。心配してくれてるのは分かるけどボクに異常なんてないぞ」


「それはユグドラシルが判断する」


「おうふ。その言い出したら聞かないところはいったいどこの誰に似たんだ!?」


「お姉ちゃん」


「わーい。妹から痛烈なブーメランが帰ってきたぞこんちくしょう!?」


 そうして、レーヴァテインは有無を言わさずラボに転送された。

 ホログラフモニターが消え、残ったレヴァンテインは階下へと降りていく。

 すると下では、ショートソードが拡声器を片手に窓から演説を始めていた。


「皆ぁぁ! ここでの修行の成果を見せるときが来たよ! ネチャグロスライム地獄が無駄では無かったことの証のために。私たちという存在を今一度アッシュ君の目に焼き付けるそのために! 私たちは今、そーりょくを結集してアッシュ君の援護に向かわなければならない! アッシュ君を苛める念神なんて、まとめて全部ぶっ飛ばせぇぇぇ! もう王都が吹っ飛んでも知るもんかぁぁぁ!」


 左手を力いっぱい突き上げて、ショートソードが皆を扇動する。


「「「「おおーー!!」」」」


 今や武具っ娘たちのテンションは、湧き上がってくる怒りで最高潮に達している。

 けれどレヴァンテインはショートソードに近寄って拡声器を取り上げ、演説を中断させた。


「何してる」


「出発準備だよ。行くんでしょ?」


 ショードソードは悪びれもせずに笑ってみせる。


「後でお姉ちゃんに大目玉」


「皆覚悟ぐらいしてるよ。レヴァンテインちゃんだけ目立つのは狡いもんね!」


「廃棄処分されるかもしれない」


「その時はアッシュ君と一緒に仲良くバーニンされちゃおう!」


 最悪の結末はある程度予測できている。なのに、それでもショートソードは笑って塔から飛び降りた。

 虚空でインベントリからアッシュお手製のパラシュートを広げて減速。真下で仲間たちに受け止められる。


「レヴァンテインちゃーん! いい加減素直になろうよ! 私は貴女で貴女は私。そして皆も私なんだよ。だったら! 私たちのこの衝動はもう誰にも止められないんだよっ!」


 レヴァンテインは無表情でそれを見下ろしていたが、ため息を吐きながら跳躍。窓枠から同じようにお手製パラシュートを利用して飛び降りる。

 着地と同時に、一斉に向けられる仲間たちからの視線。


 皆が統括個体の言葉を待っていた。

 静寂の中、紅の少女をグングニルが肩車して持ち上げる。


 必然として高くなる視界。

 そんな中、一度周囲を見渡すレヴァンテイン。

 そんな彼女を皆が注目し、ただただ待っていた。

 急かす様なその視線の嵐の中で、ショートソードから取り上げた拡声器をなんとなく持ち上げると、レーヴァテインは一度だけ目を閉じる。


 紅眼が暗闇に飲まれても、その向こうに見える風景がある。


 ゲームとリアル。

 虚構と現実。


 それは交差するはずがない作り物が得た、起こり得るはずのない奇跡の光景だ。

 今、それが無に帰ろうとしていた。

 それをただ黙って見過ごすなんてことは、彼女にも認められはしない。

 故にただ、開けた瞳に覚悟を乗せて、自らの分身たちに告げるのだ。


「――お姉ちゃんはあの日、アッシュが消えたあの日に言った」


 ようやく目覚めたのに、目の前で消えられた。

 歓喜と怒りで心中が相殺され、狂おしいほどに胸中がかき乱された日のことだ。


「思い出すまでがチュートリアルだって。だったら、もう当初の予定通りに接することにしても構わないと判断する。統括個体より全端末へ通達する。ボクたちは、ボクたちの存在意義を果たしに行く」


 かつて、一つの夢があった。


 誰かのためではなく自身のために生まれた、たった一つの後悔を注ぐための幻想だ。

 夢の求道と実現こそがクリエイターの本懐。

 ならば、永劫に潰えたはずのその幻想に挑んだ末、こうして生まれた『転生幻想』を彼女たちは放棄できない。


「ボクたちは武器」


 敵を排除し。


「ボクたちは防具」


 ただ守り。

 

「ボクたちは付喪神」


 最後まで彼のために戦うことを使命として生まれた者。


「何を敵に回しても、誰を犠牲にしても、アッシュの生命を何よりも優先する。その覚悟がある者だけ参戦を許可する。志願者は?」


「聞くまでも無いでしょう。主にはもう後が無い」


 エクスカリバーが言った。


「それがオレたちが生まれた意味だぜ。邪魔する奴は全部殴って打ち砕く!」


 ミョルニルが吼えた。


「きっと、私たち自身のためにも必要なことなんです」


 ロングソードが頷く。


「テイハの規定により、現状況において皆のリミッター解除は許されていませんが」


 タケミカヅチが憂うように言う。


「その代わり私たちにはツクモニオンがあるよ!」


「そうだそうだ!」


「皆でやれば怖くなーい!」


「問題はその後だけどねー」


「大丈夫じゃない? 敵対象が桁違いならリミッターを外す口実になるもん」


「問題は拮抗でどうにかなるような相手じゃないってことだけど……」


「やらない後悔よりやる後悔!」


 声が口々に上がる。

 結局、辞退は無い。

 全員の出撃が確定した。


「――ん。それじゃあ行く! 全てのボクへ告げる。付喪合体<ツクモニオン>後に転移する。行動開始!」


「「「「おー!!」」」」










「――ねぇユグドたん。そろそろ妹共が反抗期に入った件について話し合わないかい?」


『ああもう、気にもしていない癖にこの雑魚は!』


 衛星軌道上のラボの中、スピーカーから呆れるような声が響く。

 その感想は、当然といえば当然だった。

 何せレーヴァテインは転移してくるや否やアップを始めていたのだから。

 管理AIにさえもその意図は明白であり、もはや彼女につける薬など無かった。


「それにしても頑張っている妹共は可愛いなぁ。まるで昔の自分を見ているようだぜ」


『雑魚にあんな時期はなかったと、もっと可愛いユグドたんは記録してますけどねぇ』


「何を言うか。若い頃のテイハとかさ、それはもう天使のように愛らしかったと評判だったじゃないか」


『子供だからチヤホヤされてただけでしょうがこの雑魚っっ!』


「そうだっけ? でも今でも人気だよ。ボクのレバ剣ブログ」


 両手を腰にあて、上体を逸らす。そのまま勢い余って倒れこむと見せかけて、バク宙。そこから軽くシャドウを繰り返し、いつもより念入りに身体のキレを確かめていく。


「――ねぇ、ユグドたん」


『なんですか雑魚』


「今までありがとうね。歴代の先代たちの分も、節目になる今あえて代表してお礼を言っておいてあげるよ」


『ハッ』


「鼻で笑われた!?」


『何を言うかと思えばって奴ですぅぅ。雑魚のためだけに動くユグトたんではないのです。全ては愚かなる雑魚共の夢のため。結局私たちの存在理由なんて、必要か必要じゃないかだけですからねぇ。いらなくなったらポイでいいのですよぅこの雑魚めっ!』


「はいはいツンデレツンデレ」


『で、デレてないですぅぅ!』


「ボクは君の声が聞けなくなったら寂しいよ。つまり、逆に言えば君は毒舌を聞かせられなくなると寂しくなっちゃうわけだ。これはもうデレていると判断するしかない!」


『こ、この雑魚はもうっ。逆説にさえなってないって何なんですかっ!?』


「はっはっはー! じゃ、規定通りに通常業務をヨロシク」


『もうとっとと消えろですぅぅ!』


「――うん。それじゃ、行ってくるぜ!」


 そうして、レーヴァテインもまた現地へと跳んだ。










『アッシュ!!』


「痛っ……」


 意識が戻った時、俺はクレーターの上に居た。

 周囲に広がる瓦礫の山。舞い上がった粉塵のせいで夜空の光が遮られているせいか、周りがよく見えない。

 だが、周辺は軒並み吹き飛んでいるらしいことぐらいは分かった。


「嘘だろ。なんで生きて……」


 おかしい。

 プレイヤーなら生きていられるはずが無い。

 なのに、HPが一割ほど残っている。

 まさかゲーム時代とのレベル差が原因か?


「……死に損なったってのか」


 脳裏に色々な可能性が浮かんでは消えていく。

 そんな俺を、焦り声の相棒が急かした。


『早く体勢を整えよ! 三柱とも動きを止めているが健在じゃぞ!』


「――糞ッタレ! 取っておきだったんだぞアレは!」


 よろめきながら身を起こす。

 イシュタロッテは咄嗟に腕輪になっていたようだ。

 左腕に収まっている相棒をそのままに、ポーションを被る。

 確かに、感知できる範囲にでかい魔力の塊が残っている。


「残弾は二本。こうなったら全部ぶち込んで――」


「――それで余が倒せると思うか?」


「アリマーン!?」


 野郎、アレでも無傷か。

 煤一つ付いていないなんてチート存在にも程がある!


「とんだこけおどしだったな。が、余以外には危険ではあるか……」


 粉塵を吹き飛ばし、最強の回帰神が眼前で変わらぬ姿を曝け出す。

 周囲は瓦礫の山なのに、憎らしいほどに悪神は健在。

 その横顔に、微かに夜明けの陽が照った。


「夜が明けるか。貴公のおかげで魔法銃の生産機能はおろか都市にも相当なダメージを与えた。戦果として十分ではある。さて、馬鹿騒ぎはこれにて閉幕だ。貴公らには逆らう気さえ起こらぬ程の差を刻んでやろう」

 

 力が集束する。

 黒い長剣へと力が流れ、黒い塊へと変質し、ただの威力へと変換されていく。立ち上るのは黒いシルエットは、自然と凶悪な面構えの生物を模った。


「三つ首の……竜?」


「人類が忌避する全ての悪徳のその具現だ。余が背負う悪の化身としては相応しかろう」


 ゆっくりと右腕の剣が振り上げられる。

 薄っすらと差し込み始めた陽光が、その暗黒竜をより際立たせて見せた。

 死が、そこには在った。


「そら構えてみせろ。もしかしたら億に一つの確率で助かるかもしれんぞ?」


 一思いにやらないのは、こっちの切り札さえも凌駕してやるという余裕の現われか。

 そこまでして屈服させたいのか。

 自分以外の念神を。


 願いを。

 希望を。


「善悪二元論……か。堅苦し過ぎて俺にはやっぱり願い下げだな」


 もっと適当に生きれば楽ができるだろうに。

 行き過ぎたら本当、碌な奴にしかなれないようだ。


「本当、テメェは癪に障る奴だったよアリマーン」


 ご要望通り、アルテミスの弓を取り出してアグネアの矢を二本番える。

 スキルによる攻撃倍率の変動効果をプラスして、更にどぎついのをぶち込んでやろう。

 しかも『嘆きの必中矢』には致命確率が乗る。

 テイハがどういう風にそれを再現しているかは知らないが、確かに億に一つぐらいは意味を持つかもしれない。


「嘆きの――」


「必要無し」


 番えた矢と弓が消失する。

 同時に、目の前に見知った顔が三人ほど転移してきた。









「神モドキだと? 今更なにをし――ッ!? なんだその力は!?」


 悪神が目を剥いた。

 そんな中、一人の少女がためらいも無く前に出る。


「――レヴァンテイン。予定通りあの黒いのはオレがやるぜ」


 右腕ごと肩をグルグルと回しながら、金髪ツンツン頭の少女が言ってのける。

 タンクトップにヘソだしの短パン。

 ベルトのような力帯を巻き、両手に鉄の篭手を装備した武器ミョルニルだ。


「手ぇ貸せグングニル。お前もあの時の借りを返したいだろ?」


 右手を引き、大槍を展開した少女はチラリと視線を向けてきた。


「アッシュ、もうゲームの時間は終ったぜ。だからさ。終りまでの本の少しの間だけでもいいからさ。ちゃんと、オレや他の奴らのことも思い出してやってくれよな」


 ニッカリと野性味のある表情で笑い、少女は雷光を纏う。

 ビリビリと帯電する雷光の中でゆっくりと身を捻り、グングニルを構えて投擲の構えを取って見せる。


「ツクモライズを使って無いのに、それに、その力は……」


「――結局、ただの模倣であり表現だったということよ」


 長い黒髪を八つに結った美女が言う。

 巫女服のような白い衣の袖を揺らしながら、右手にタケミカヅチを展開。遠くに立つヨトゥンに視線を向けた。

 彼女の名は天叢雲剣<アメノムラクモノツルギ>。

 日本神話の三種の神器、その一つをモチーフにした武器っ娘だ。


「草薙……」


「我が君。ゲーム補正なんか初めから無かったの。もう気づいているとは思うけれど全ては偽物。ただそう見せかけただけの幻だったわ。でも、もうその嘘もお仕舞い。でもね。だったらもう、私たちの存在を貴方だけの本物に摩り替えてしまっても良いでしょう?」


 振り返り、たおやかに微笑むと直刀を片手に紫電となって消えてしまった。

 その向こう、ヨトゥンの野太い叫びが上げた。

 躊躇無く切り込んだのだ。

 夜明けの大地に雷鳴が何度も鳴り響く中、呆気に取られたままの俺に残った紅の少女が告げてくる。


「皆が怒ってる」


「みん……な?」


「皆は皆。アッシュが持つ全ての『ボク』が怒っている」


 紅いショートカット揺らしながら、無表情な少女が紅蓮の炎を纏って背を向ける。

 その先に在るのは、不定形の黒き獣だ。

 だが、その超獣は慄きながら後退していた。


 一歩、一歩前に彼女が近づく度に、ケモノがズルズルと後退する。

 たった一人、紅の少女が近づくだけでその有様だ。


 常軌を逸するとはこのことか。

 アレだけ恐ろしいと思った者たちでさえ、怯えて震えて恐怖に慄いている。


「貴方を助ける。そのためなら誰であっても燃やすって決めた。だから――」





――無概無想念神<アッシュ>経由でのエネルギーライン切断。


――集束点バース、再接続<フルリンク>。


――全分割端末への正規のエネルギーライン再接続……完了。


――システムは独立戦闘モードへと移行します。




「――魔刃『レヴァンテインズ』は、これより存在意義を果たす!!」


 一瞬実像がブレたレヴァンテインの身体から、突如として無尽蔵なエネルギーが発生した。それらは薄っすらとミョルニルや草薙の剣へと伸びだして、彼女たちとのラインを繋いで見せる。

 理不尽を理不尽で凌駕して余りあるほどの力。

 そんな莫大な力の持ち主が、目の前で振り返り、ほんの微かに笑んだ。

 それは、あの真っ黒透明と同じようでいて、それ以上に澄んだ似て非なる微笑みだった。


「アッシュ」


「あ、ああ……」


「燃やして来る」


 すぐに無表情に戻った彼女は、俺が返事を返すよりも先に地を蹴った。

 そうして一息で二階程度にまで軽々と飛び上がると、煉獄を纏いながら加速しつつ降下する。

 

「バーニンキック。行くっっ!!」

 

 宣言と同時に少女の体が灼熱の矢となった。

 残光は紅く、追随する残影は鮮烈なまでに瞳を焼いた。


 熱風が大気を焼き尽くし、それでも足りないとばかりに軌跡に添って地面が溶解する。

 その先には、変幻自在なる獣神が居た。


「――」


 おそらく、獣神は回避を選択したのだろう。

 だが、それが動くよりも先に既に彼女は着弾していた。


 敵の身体に風穴が空いている。

 その向こう。夜明けの光よりも鮮烈な紅の軌跡が、残った流体を遅れて炙る。


「――■■■■!?」


 獣神の声にならない悲鳴が、戦場を突き抜けた。

 それにより示された威力は、もはや俺にも想像ができない領域だ。


 恐るべきは、不定形な獣の体を半ば蒸発させる程の火力だろう。

 触れればきっと、それだけでただの念神ならば存在ごと焼失させられる。


『なっ、なんなんじゃあの嬢ちゃんはっ!?』


 イシュタロッテが絶叫する。


『ち、力の供給にアッシュを経由しておらんぞ! 単体で力を引き出して仲間に供給しておる! つまり、つまりそれはアレに比肩するということではないのかっっ!?』


 俺にはもう何がなんだか分からない。分からないが、もうあの娘たちは好き勝手に動けるという認識でいいのだろうか。


「……は、はは」


 もう笑うしかねぇよ。

 これがお前の意思かテイハ。

 そりゃ、手を出そうとしないわな。

 だって、お前が二人居るようなものじゃないか。









「オラァッ! とっとと撃って来い悪神! そのご大層な魔法ごとぶち抜いてやるぜ!」


 雷光が更に強烈に照る。

 雷は槍に集束し、薄っすらと明け始めた陽光よりも眩く輝いた。


 雷神の鉄槌+必貫の大神槍。

 それはゲーム時代にはブレイヤーには使えない複合スキルだった。

 投擲系スキル持ちの武器娘だけが使える二重起動スキル<デュアルスキル>であり、倍率を大きく確変させるゲーム時代には実装されなかった幻の非実装スキルの一つ。


――だが、もはやゲームの模倣は終った。


 元よりスキルはただ魔法であり、発声トリガー型の速攻魔法として用意されていただけの代物に過ぎない。もはや一定効果だけのそれではなく、担い手が状況に応じてカスタムできる魔法としてそこにある。


「何なのだお前たちは! 真っ当な念神ではない。なのに何故、何故それだけの想念をかき集められる!?」


「どうした。撃たないんならオレから投げてやろうか?」


「しかも励起しなければ確認さえ難しい力だと!? 想念の質が根本的に我らとは違うとでも言うのか!?」


 悪神には理解できない。

 できるはずもなかった。

 存在の根っこは同じでも、存在の規格が違いすぎたのだから。


「今更御託はいらねぇ。解説もしてやらねぇ! そら行くぞ。とくと味わえ三下ぁぁっ!」


 会話ではなく、それはもはやただの宣言だ。

 雷槌少女が限界まで捻った身を戻す。

 視界に納めた相手をただぶち抜くためだけに、渾身の一投をミョルニルは投げ放つべく一歩前に踏み込んだ。

 蓄えた力を解放するべく踏みしめられた地面が陥没。

 そして遂に莫大な運動エネルギーを付与された槍が、いつかの雪辱を晴らすべく投げ放たれる。


「ぶち抜け。必貫の――」 


「――ッダハーカッ!!」


 悪神が堪らず剣を振り下ろす。

 掲げられた剣の先。地面を削りながら三つ首を持つ暗黒竜が飛翔した。


 善を貪る獰猛な黒の顎。

 過去最大級の念神の一撃。

 それに立ち向かうはただ一本の投げ槍だ。


「――雷神槍っ!」


 二十メートルとない距離の中、遂に槍と魔法が衝突する。

 互いに、ただひたすらに敵の殲滅の意思だけを乗せたそれらは、黒と黄の光となって喰らい合う。

 だがそうと見えたのは、一瞬にさえ満たなかった。


「――ッ!?」


 雷光が暗黒の竜を突き抜ける。

 その瞬間、闇が割れた。


 アッシュの前に立つミョルニルの前。

 暗黒竜は二つに割れて地面を抉りながら敵を喰らえずに彼方へと抜けていく。

 その向こう、左肩から先を消し飛ばされたアリマーンが呆然と立っていた。


 槍はそのまま勢いを止めることなく北の城門まで飛翔。

 城壁を四枚貫通し、地平線の彼方へと消えていく。


「こんな……こんなことが在ってたまるかっ!?」


「当然の結果なんだよ」


 槍を手元に戻しミョルニルが獰猛に笑う。


「レベル換算で六千ちょい。それがオマエの戦闘力だ。でもこっちはそれを軽くオーバーしてるんだよ。これで抜けなきゃこっちが笑いものになっちまう。いったい何人の『オレ』がオマエを潰したいと思ってこっちに合体したと思ってやがる!」


 インベントリの中、共有したデータを振り返る度に大勢の武具っ娘たちが憎悪を募らせこの瞬間を待っていた。

 そして今、あの時何の力にもなれなかったその屈辱を注ぐ機会が目の前にある。

 彼女たちの士気は限界を超えていた。


「ぐぅぁぁぁ!?」


 白い輝きが照る。

 血が止まり、奇跡の光が少年の失った左腕を復元再生。目の前で元に戻してみせる。


 正に奇跡。

 人類が夢見た超人幻想の体言者。


 確かに理不尽な光景ではある。

 けれど、それを超える理不尽である、存在しないはずの雷槌少女は鼻で笑うのみである。


「ハッ、いいぜいいぜそうこなくっちゃな。前座は前座らしく暖気させろや」


 手に戻した槍を握り締め、悪神へとミョルニルは疾駆する。

 ニ秒も掛からないうちに距離を詰め、腕力を頼りに槍をなぎ払う。

 豪快なまでのそれを、アリマーンは剣を盾にして防ぐ。


「ぐぬっ!!」


 両腕に途方も無い衝撃が奔った瞬間には、吹き飛ばないようにと体勢を保つのに悪神は精一杯だった。

 黒瞳にあった余裕は既に無い。ただひたすらに射殺すような双眸が張り付いている。

 だがそれを、更に凌駕する殺意が目の前で迸った。


「――遅ぇぇ!」 


 未練も無く槍から手を離したミョルニルが前に出る。


――槍が消え、彼女の身体に取り込まれる。


 思わず目を剥いたアリマーンに向かってミョルニルが飛び上がる。


「どっせい!」


「ッ!?」


 鼻面に痛烈な頭突きが炸裂。

 怯んだところでアリマーンの右足を踏みつけ、雷光を纏った両の拳を連打する。

 みぞおち、肝臓、落ちてきた顎に一発。

 思いつく限り適当に、人体の急所に鉄拳を叩き込むその様は、気の毒なほどに攻撃的だった。


 一撃一撃が彼の防御陣を超えていく。

 剣の間合いの更に内側で、雷拳が休みなく叩きつけられる。

 堪らず悪神が光を強めて防御を固めるも、彼女は構うことさえしない。

 知ったことかと言わんばかりに、防御結界の上から構わずにフルスイング。

 奇跡の結界越しに破壊の拳を叩き込み続ける。


「はっはー! 力こそが全てっつってたなオマエ! だったらオレの下に降ってみろ! そらどうした。アッシュにご高説くれやがったテメェこそダブスタだぜっ!」


「き、貴様ぁぁッ――」


 苦し紛れに放たれた剣を左手の手甲で受け止めて、無防備な腹にミョルニルはボディブローを抉りこむように打ち込む。

 血を吐く少年を前に、ミョルニルは右腕を下から思いっきり振り抜いた。崩れ落ちた顎が跳ね上がり、首が引っこ抜けるのではないかと思うほどに浮き上がろうとする。そこへ、右足を解放して少女は胸部に左ストレートをねじ込んだ。


「さっさと退場しろ三下ぁぁっ!」


 一際甲高い雷光が炸裂した。

 叩き込まれた電撃が心臓の根を止めるほどに身体を蹂躙し、破壊的なまでに加えられた運動エネルギーは悪神の宿主を問答無用で瓦礫の山へと突っ込ませた。


 一つ、二つ、三つ……都合七棟の家の残骸を突き抜けて悪神が止まる。

 その上に、崩れた瓦礫が降り注ぐも白い光がそれらを吹き飛ばす。


「嗚呼ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 回帰した後、誰も聞いたことの無いような怨嗟の声。

 その叫び声が空しく響き、まるで目の前にある現実を拒絶しようとするかの如く力をかき集めていく。だが、それで抗えるほどに軽いダメージではない。


 よろめきながら、少年が剣を杖のようについて立ち上がる。

 仕立ての良い服はもはや完全に千切れ跳び、復元した体だけが不気味に生存だけを主張する。けれど、その顔色は酷く青白い。


「はっはっはー。良い顔になったなぁ!」


 再びミョルニルは手元にグングニルを抜いて構える。


「トドメだ。今度はもっともっと速く投げてやるぜ!」


 迎撃のための時間など与えない。

 その、刹那の瞬間だった。


 聖人の持つ剣が実体を取り戻す。

 アーティファクト形態を解除し、瞬時に黒い幽霊染みた体へと移行して前に出た。


「――きろ。アスタム」


「アリ……マーンッッ!?」


 闇が膨れ上がり、輪郭も朧な人型となる。

 それへ、ただ殺意だけを凝縮して雷槌少女はグングニルをブン投げた。


 それは音速を超え、雷速に迫り、念神の反応速度さえも凌駕した。

 小さなカタパルト<ミョルニル>から放たれた槍は、寸分狂わず獲物を目指す。

 その果てに、雷光が悪の権化を貫き空を翔った。

 

 その足元で、尻餅を着いた聖人の少年が衝撃波に煽られて地面を転がる。

 急いで顔を上げた少年のその眼前で、悪神の身体が実体を保てなくなり淡い魔力の粒子へと変わる。それらは粉雪のように解け、虚空へと解け消えた。


「一丁上がりだな」


 手元に戻したグングニルを肩に担ぐと、ミョルニルは呆然と見上げる聖人へと近づいていく。


「おいテメェ」


「あ――」


 声は、それ以上アスタムの口からは出なかった。

 自らを見下ろす少女がその気になれば、彼らがこれまで蹂躙してきた者たちと同じ末路を辿るだろう。当たり前のように込み上げてくる恐怖の中で少年は目を瞑る。


 だが。


「帰って悪神に伝えとけ。次にくだらねぇことをしやがったら聖人ごと全殺しにするぞってな」


「――あ、うん」


 素直にコクンと頷いたアスタムに背を向けて、少女は去っていく。

 その呆気ない姿に、彼は尋ねずにはいられなかった。


「待ってくれ! どうして僕を生かすんだ! 僕は――」


「その方が余計にあいつも逆らう気にならないだろ。オマエはあいつのリスクでありウィークポイントだ。咄嗟に庇うってことはそういうことだろ。だったら、守るためにはもう二度とオレたちには近寄れない」


「……そっか。そうかもしれないね。彼はああみえて仲間には優しいところがあるんだ」


 誇らしげに笑い、アスタムが奇跡の光を身に纏う。


「分かったらとっとと消えろ。本命が待ってやがるんだ。これ以上雑魚の相手なんざしてられるか――」


 ミョルニルはそれだけ言って踵を返す。

 小さな背だった。

 だが、それ以上にその存在は力強い。


「力を挫くのはより強い力か。完敗だねアリマーン……」


 一言残し、少年は掻き消える。

 その残光を背に、ミョルニルはアッシュの元へと駆けていった。









 直刀を手に草薙が舞う。


「ヴ、ヴゥゥラァァ!」


 振り下ろされた拳を軽やかに避け、雷光と化して足元をただ抜ける。

 その度に足首を切られた巨人が、バランスを崩して両手を着いた。


「鬼さんこちら」


 そうなれば、回り込むようにして背後へと移動する草薙が斬刑に処す。

 野蛮なブレイドダンスは止まる事無く斬閃を刻む。

 背中を切り、振り向き様の裏拳を潜り抜け脇を斬る。

 何度痛みで巨人が痛みに泣こうとも止まらない。

 飛び散る返り血で装束を染まるのも頓着せずに、草薙はただただ斬り続けた。


「無駄ぁ。無駄ぁ、無駄ぁ。俺、殺すには足りない。すぐ治――」


「――るからといって、本当に意味が無いとでも思っているの?」


 艶やかな唇を舌で舐め上げつつ、再び背中へと回って斬り付ける。

 叩き割れた背骨がむき出しになり、蒸気を伴ってすぐ様再生していく。


 確かに脅威的な再生速度ではあるのかもしれない。

 けれど。


「その認識は間違いよ。貴方は巨人の始祖神の一柱なのだから、どれだけ頑丈でも血までそう簡単に生み出せるようになっていない。そこらの巨人が失血死するのと同じよ。貴方にも彼らの限界は残っている。いいえ、始祖だからこそ巨人の人体構造からは決して離れられない」


 いっそ冷徹なまでの狂気でもって、暴力の駆逐を進めていくその様に、ヨトゥンが冷気を更に強める。

 周辺の瓦礫が砕けて大地が凍る。

 踏みしめる足元がその度に割れ、それに混じって大量の血が流れていく。

 肉体再生による発熱が血に凍ることを許さないのだ。 


「そして気温の変化なんて純粋な生物ではない私たちには意味を持たないからそれこそ無駄よ。やるなら物理攻撃の方がまだ現実的ね。当たる気はしないけど」


 ヨトゥンは巨人の延長線上に居るが、彼女たちはただの兵器だ。

 同じくエネルギーが形を作っているだけの存在である。しかしただゲームに出てきた武器を模倣しているだけの体でしかないために、状態異常はおろか環境変化にはすこぶる強い。畏れることがあるとすれば破壊しうるだけの攻撃だけだった。


「ほら。急ぎなさいな木偶の坊や。貴方の命が流れて尽きるその前に」


 声色は優しく、諭すように残酷だった。

 しかしそれが彼に届いたかは草薙には分からない。いや、そもそも気にもしていなかった。ただのサンプルに慈悲は無い。


 彼女たちは基本そういう思考で考えている。

 尺度が違い、価値観が違い、倫理が絶望的に違う。


「痛い、イタイ、傷、増える? 何故、どうして?」


 肉体再生のための更に蒸気がヨトゥンから吹き上がる。

 けれど、肉を絶つ斬撃は更に加速する。


「もっと手数が欲しいわね。千鳥――」


 タケミカヅチを取り込み、日本刀へと変更。次の瞬間、雷さえも切り裂く速度で抜き放つ。


――固有スキル『雷切』。


 不敗の猛将がかつて雷を切ったという逸話から与えられた高速斬撃スキルだった。

 千鳥と呼ばれる日本刀の所持者であるその猛将は、雷を切った後遺症で半身不随になりながらも部下に御輿を担がせて最前線で指揮し、三十七もの合戦において全て勝利したという。


 故にその者に与えられた称号は雷神。

 その不敗の刃の偽物を手に、雷さえも霞む速度で連続して居合い斬りを叩き込む。

 その手元が霞むたび、巨神の身体から鮮血が飛ぶ。


「うが、ふが、あァァァァ!!」


 殴り、蹴り、必死に捉えられない影を追う巨人が癇癪を起こした子供のように暴れる。

 けれど彼は追いつけず、タダひたすらに痛みを与えられて恐怖だけを煽られていく。骨の髄から刷り込まれていく。


「――手伝う?」


 と、そこへレヴァンテインが合流した。

 草薙は手を止め、振り返る。


「もう終ったの?」


「焼くのは得意」


「貴女らしいわね。でもいらないわ」


「う、うがぁぁぁ!!」


 無防備に背を向けた彼女に構わずヨトゥンが殴りかかる。

 あまりの豪撃に地面が爆砕した。


「ウォーミングアップはおしまいだから」


 ひらりと舞う影がある。

 影は腕に着地するや否や、瞬時にその剛腕を駆け上がる。


「さようなら。木偶の坊や――」


 交差は一瞬。

 斬撃は一回。

 鯉口が切られ、掠れた鞘走りの音だけが最後に一度だけ響いて鳴った。


「……あ、で?」


「ごめんなさいね。時間切れみたいだったから血抜きが待てなかったわ」


 放物線を描いて跳んでいく巨神の首に言い捨て着地。

 血のりを振り払って草薙は納刀する。

 背後で消える巨神の身体には頓着せずに、彼女はレヴァンテインへと振り返る。

 すると、そこには既に紅の少女は居なかった。

 

「あら……もう我が君のところに?」


 最後になった草薙は、返り血を魔法で浄化すると優雅な足取りで帰還した。







「助かった。ありがとうな」


「おう! へへっ」


 俺が礼を言うと、ミョルニルさんは満足そうに頷いた。

 色々と言いたいことはあったが、嬉しそうに笑うのでとても話しを聞き難い。と、そうこうしている内にビストの反応が消え、続いてヨトゥンの反応も消えた。

 脳裏に連続で響きまくるレベルアップ音がとてもシュールだ。

 養殖っていうレベルじゃあない。


「こっちも終った」


「お疲れさん」


 レヴァンテインさんは「ん」と頷くと、ミョルニルさんと手を合わせて合体して見せる。

 間違いなくツクモニオンだが、俺は呆れるしかなかった。


「結局、何人合体してたんだ?」 


「沢山」


「そ、そうか沢山かぁ」


 あー、うん。

 沢山だろうなきっと。


「こちらも終ったわよ我が君」


 今度は草薙さんのご帰還だ。

 こっちではツクモライズしていなかったから、ミョルニルさんと一緒で違和感がある。


「その内に慣れると思うわよ」


「……え?」


「フフッ。顔に書いてあるわ」


 クスリと上品に笑って、彼女もまたレヴァンテインさんと合体する。


『一時はどうなるかと思ったがの。なんとか切り抜けたのう』


「違う。ここからが本番」


『何を言うておる。もう回帰神共は全員死に戻ったではないか』


「はっはっはー! 何を寝ぼけたことを言っているんだエロ悪魔! まだここにラスボスが残ってるぞぉぉぉ!!」


「――は? テイハ?」


 いつの間にやら瓦礫の上に座り込んていた彼女は、「とうっ」なる掛け声と共に跳躍してくる。

 同時に、いつもの無表情に敵意を乗せたレヴァンテインさんが前に出た。


「お姉ちゃん。やっぱり来た」


「当然じゃないか。ボクの決定は早々に覆るもんじゃない。ちなみに検診の結果は異常なしだぜ。疑うならユグドたんに聞いておくれ」


 すたすたと笑顔で歩いてくるテイハ。

 その姿が突如として霞む。

 瞬間、爆風と共に目の前に拳が在った。


「――」


 息が止まった。

 衝撃波を反射的に堪えると、目の前でテイハの拳を受けとめたレヴァンテインさんが居た。


「敵脅威度を土着念神レベルから概念神レベルに変更。規定に従い、惑星内戦闘レベルまで出力制限を解放する」


「こら。邪魔しないでそこをどきなさい。それはもう廃棄するって言っただろう妹よ」


「ダメ。アッシュは壊させない」


「こわ……す? 俺を?」


「させない。処分には断固反対する」


 困惑する俺を前に、レヴァンテインさんが右拳を振りあげる。

 今度はそれをテイハが左手で止めた。

 至近距離で再び衝撃波が吹き荒れ、少女たちの髪が風に靡く。


「あー、うん。とにかく落ち着こう。な? 姉妹喧嘩はどうかと思う」


 なんで姉妹かさえ知らないが。


「頼む。俺のために争わないでくれ」


「おおう。これまた力の抜ける発言をしてくれるなぁアッシュモドキは」


「なら説明しろよ」


「君が不良品だから新しいのを作ろうと思った。だからイラナイ古いのを処分する。何か疑問はあるかい?」


「あ、ありまくりだ破壊神!」


 いきなり出てきて処分とか言われて納得なんかできるか!


「理解がおいつかねぇ。勝手に作っといてさ、人間姿にするは目の前から消えるは! 挙句の果てには今度は処分ってなんだ! 自己中も大概にしろっ!」


「いやだって君、浮気しまくってるよね?」


「……は?」


『なぬ?』


 か、返す言葉が出ない、だと?


「例えばそこの悪魔とかな! 動かぬ証拠とは正にそれのことだぜっ!」


 目を瞬かせた俺は、なんとなく左腕の相棒に視線を向けた。

 というか、目を逸らさずには居られなかった。

 そこに突き刺さる白い目が、どうにも心に突き刺さるのだ。

 全ては前世記憶であって今の俺には関係が無いことだ。


 そう、前世のことなのだ。

 なのに何故、アークとは他人である今の俺が罪悪感を感じなければならない――などと反論するのは簡単だが、何故かレヴァンテインさんまで俺をジッと見た気がした。


 逃げ場がねぇ。


「相棒。ここはお前からも何か言ってやってくれないか」


『む、無茶を言うでないわっ!』


「はっはっはー。寝取り魔を頼ったところで手も足も出してくれぬわ! 二人揃ってあの世に送ってやる! ボクを不快にさせたことを悔いながら燃えろ尽きるがいいぜ!」


「いや待て、待って欲しい!」


 そもそも。


「作って放置してたのはお前だろうがっ! 知らなかったんだからノーカンにしろ!」


「はぁ? 君がアッシュならボクの者なんだから、記憶を失おうが操られようが愛の力でも戻ってこないと嘘じゃないか。というわけで君はアッシュではないのだ。はい証明終了!」


「そんな無茶苦茶な論理があるかっっ!!」


「レヴァンテインもそう思うだろう?」


「……思わないでもない。でもそれとこれとは別問題」


「ほらみろ! 情状酌量の余地が俺にだって」


「ないない。ボクはそういうのは肋骨が折りたくなるぐらい嫌いな――」


「隙あり」


「ふごっ――」


 こちらに余所見をしたテイハにレヴァンテインさんの爪先が炸裂する。そうしてくの字になったところで紅の少女は更に左足を振りぬき、テイハを天高くへと蹴り上げた。あまりにも滑らかな凶行に、さすがの俺も言葉を無くした。


『今、モロに入ったぞ?』


「ほ、本当に二人は姉妹なのか? 扱いが酷すぎると思うんだが……」


「アレぐらいでどうにかなるお姉ちゃんなら苦労しない」


「そういう問題なのか?」


「そういう問題」


 言いながら軽くしゃがみ込むと、地面を陥没させながら彼女も空の彼方へとすっ飛んでいく。間違いなく追撃する気だ。


「……そろそろ夜明けか」


 見上げることしかできない視線の彼方。

 太陽よりも眩しい紅がぶつかりあって、空を何度も真っ赤に染め上げていく。

 ついでにドスンやらガスンやら生々しい擬音が木霊してくる所がポイントだ。


 もはや悪夢だ。

 悪夢以外の何者でもないぞこれは。


「おー。一撃で雲が吹っ飛んだなー」


『あやつらなら太陽も壊せるかもしれぬな』


 それは正に、はた迷惑を通り越して天災の域にまで昇華された極限の力の衝突だった。

 俺とイシュタロッテはもう、介入する余地さえ許されていない。


「相棒、思ったんだけどな」


『なんだ』


「もうこっそり森に帰っちゃダメか」


 回帰神連中もさすがに痛い目を見たのだからこれ以上は追って来ないだろうし。

 というかもう、何もかも忘れて風呂に入りたいし。


『森が焦土と化して良いのならそうすれば良かろう』


「デスヨネー」


 困ったぜ。

 レヴァンテインさんがあいつの説得(?)に失敗すると、完璧にゲームオーバーじゃねぇか。しかもこのままアーク・シュヴァイカーと混同されたりなんかした日にはもう、打つ手なんてない。


――マジ、どうしよう。


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