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第七十九話「四柱激突」

「――要領を得んな。獣神よ。貴公らは誰を探しているのだ? そこの廃エルフでは貴公らを殺しきれまい」


 城の上から軽く跳躍し、虚空を歩きながら近寄ってくるアリマーンが眉根を寄せた。

 きっとこいつはテイハを知らないから分からないのだろう。


 不幸中の幸いとはこのことか。

 しかしそんな安堵などすぐに失せた。ビストが余計なことを言いやがったのだ。


「賢人だ。奴が再び動き出そうとしている」


「ほう。あの妙に存在感の無い女が、か」


「知っているならば何故分からぬ。……まさか交戦していないとでも言うのか?」


「教える! 奴、ドコ居る。おでにも寄越す!」


 俺の立つ塔への歩みを止めて、ヨトゥンがアリマーンへ跳躍する。

 アリマーンは鬱陶しげに身を翻し、その跳躍を躱してのける。

 両手で捕まえ損ねた巨神は、それでもめげずに跳躍を繰り返す。その度に地面が振動し、人間たちからの悲鳴が聞えた。


 体躯とは比べ物にならない程に幼稚な振る舞い。

 しかし力だけは本物だ。だってのに、こいつも格上とかやめて欲しい。


「余は旅先で見かけただけに過ぎんよ。しかし解せぬ。だとしたら何故貴公らはそこの道化の元に集まった」


「その者からは奴の匂いがする。最後に交戦したからかとも思って来たが……」


「違うのか?」


「こうして近くで見てようやく分かったぞ。それを生かしているのは奴だ!」


「興味深い話だ。生かしている、とはな」


 頷き、アリマーンが俺を見る。


「余には分からんが、二柱もの念神が引き寄せられたのだから事実なのやもしれん。どうだ廃エルフ。貴公はそういう存在なのか?」


「賢人本人に聞いてくれっての。ついでに言えば居場所なら俺も知りたいね。最近ぶち殺された手前、聞きたいことが山のようにある」


 咄嗟に言葉を濁して白を切る。

 だが余計なことを言うのが獣神だ。奴は嘲笑しやがった。


「下手な芝居よ」


 ビストが言う。


「世界を覆った雨雲もそうだった。お前の近くでばかりアレの力が感じられた。そしてここ最近奴はお前と行動を共にしてもいたな。その上でその様なのだ。もはや言い逃れはできまい。さぁ答えよ。奴はどこに居る! 何のためにまた現れた!」


「難しい話。どうでもいい。それより教える。早く、早く、早く!」


 アリマーンへの跳躍を止め、ヨトゥンが俺に向かって来る。

 咄嗟に後ろに逃げようと膝を曲げるが、巨神は塔の壁を手にしてよじ登る気配を見せた。が、重量に耐えかねたのか掴んだ壁が崩れて背中から落ちた。


 激震。

 見下ろせば、瓦礫の破片に顔面を強襲されたのか払いのけている。


「……まぁ、巨人用には作られてはないわな」


 人間の建造物だし。


「知ってる。それ、馬鹿にした目。気に食わない目。お前、絶対に食う。ヴゥゥルァァァァ――」


 そして巨神は吹雪を呼んだ。

 更に周囲の気温が下がっていく。

 余りの寒さに、俺は咄嗟にレヴァンテインを抜いて炎を纏った。


「おお、それだ。その力だ!」


 獣神の存在感が膨れ上がる。

 彼は今の姿を放棄した。

 輪郭が崩れ、まるで黒いヘドロとも液体金属とも思わぬ姿に変わっていく。


「それが貴公の伝承が示す姿か」


 他人事のように呟くアリマーンもまた、面白そうに纏う輝きを強くする。

 周囲で高まる三柱の圧力。


 とんだ糞展開だ。

 なんだってこんなことになる。

 三柱が三柱とも視線で俺をロックオンして離さないなんて、多勢に無勢も良い所だろう。

 なんてスポーツマンシップの欠片もない奴らだ。


『……余計に事態が悪化したのう。どうするのだ?』


「抗うしかないだろ。逃げるにしても逃げ場なんてどこにある」


 どいつもこいつも逃がす気は無さそうな面をしてやがる。

 最悪なことに、転移妨害の結界が今更再稼働し始めている。この分だと大規模障壁もそのうち復旧するかもしれない。


『はぁ。ならば今度こそ最後まで付き合わせるのじゃぞ』


「最後ってお前……」


 脳裏に響く悪魔の声は穏やかだった。

 まるで一緒に風呂に行くぞ見たいなノリで言ってくる。


『なぁに。地獄の案内ぐらいはしてやろうぞ。いつも通り適当に構えておれい』


「贅沢な話だな。大公爵様直々なんて嬉し過ぎて涙が出そうだ」


 そう言ってくれるなら、今回は最後まで付き合ってもらおうか。

 ここには庇うべき相手なんていない。

 俺の動きを阻害する枷はあまりないのだ。


「――カット。初っ端から全力で行くぞ」


 森に居るはずのリスベルクの擬人化を解き、MPの最大値を全開へと戻す。

 そして俺はレヴァンテインをインベントリへと仕舞い込んだ。


 寒い。

 凍え死にそうだ。


 だがレヴァンテインはダメなのだ。

 持っていたら、きっと死ぬ寸前まで使うことを考えるだろう。

 生きるためだとしてもその選択だけは決してできない。そもそもこの三柱を相手に結界を貼る余裕なんてない。だったら、初めからそれに活路を見出すべきではない。


 その代わり、今できる全力でこいつらに目にものを見せてやろう。

 もっとも、大規模障壁が復活して切り離されたらまた話は別だが。


「絶えず広域に武器の配置をしてくれ。――やるぞイシュタロッテ。神殺しの時間だ!」


『応っ!』


 左手を掲げ、剣化した相棒を握り締める。

 MPゲージが減少し、すぐさま刀身に神殺しの魔炎が展開されるのに併せて虚空に魔力武器が展開されていく。

 そうして紅黒く燃え盛る悪魔の剣を威圧するように左手に掲げたまま、対峙した化け物共を前に大きく息を吐き出す。


 正直、俺はビビッている。

 怖気づいていると言ってもいい。

 情けなくも恐怖し、膝を震わせ、慄然と迫る死を覚悟している。


 でもまぁ、こんな時だからこそ思うのだ。

 

 生きていれば当然、踏んだり蹴ったりなこともあるし面倒なこともわんさかあると。

 こんな不運は早々無いとは思うが、目の前にあるんだからしょうがない。


 それでも精一杯適当に。

 少しでも、一秒でも長く。

 この奇跡のような今生を続けるために足掻いてみようか、と。


「噂の悪魔の力……よもや大公爵とはな。狩る理由が一つ増えたな」


「デタラメも良い所だ。何故対消滅せぬ」


「狡い。それ、欲しい。オデに寄越す」


 三柱とも引く気配はない。


 構うまい。

 周りで様子を伺っている神宿りも含めて全部敵だと思えばいっそのこと分かりやすい。


 なんだ。

 そう考えたらここ最近の戦いと変わらないじゃないか。

 難易度は圧倒的に違うがまぁアレだ。

 あの真っ黒透明を相手にするよりは、どいつもこいつ可愛らしいってなもんだろうさ。


「んじゃ往くか――」









「どうする」


 貴族区の自宅から消えた枢機卿は、北側にある教会の敷地に居た。

 法衣を纏った彼は、異端審問官と他の教会騎士たちに囲まれている。

 建前上の任務は王城援護のための戦力の再編だ。既に教皇や他の枢機卿は王都脱出を行っている。つまりグレイスは捨て駒にされているということ。だが彼はそれでもうろたえもせずに笑っていた。それがサイラスの期待をくすぐって来る。


「まだ何か用意してるってのか?」


 ぼやかずにはいられないサイラスに、枢機卿は首を横に振るう。


「いいえ。ですが結果オーライです。廃エルフを担ぎ出せた。この意味は大きい」


 サイラスの任務は失敗したが、結局目論みは完遂されている。

 何もグレイスには問題などなかった。


「……四つ巴だぞ」


「確実性が増すというものですよ」


「ハッ。アンタの言うことはいつも謎めいてて最高だな」


「では行きましょう。何、我々は命令どおり列車が出るまでの間時間稼ぎをすればいいのです。死なない程度にやりましょう。まずは王城で結界の復旧作業です」









 開戦の一撃は奴からだった。


「さて、この窮地をどう凌ぐ?」


 眼前。

 虚空を蹴った黒髪の男が突っ込んで来る。

 自然と身体は反応し、垣間見た未来を否定するべく行動していた。


「――ほうっ!」 


 斬閃は虚空に一文字の線を描く。

 その線の向こう、衝撃波で魔法障壁を削られながらも俺は後退して避けていた。

 そのまま天を見上げ、タケミカヅチのスキルでウェポンバレットを叩き切る。その下を、巨大な顎が通過した。


 獣神ビストだ。

 黒い獣は自らを変態させ、巨大化した口でそのままアリマーンごと牢獄塔へと喰らいつく。


 食うという、単純なる獣の攻撃。

 単純明快なその一撃で塔の一角が口内へと消える。

 なんて無茶苦茶な身体の持ち主だろうか。

 まるでスライムか何かだ。


「ヴゥラァァァァ!!」


 アリマーンがどうなったかを確認する術はもはやない。

 真下から、崩れた瓦礫を掴み投げ放ってくる巨人が居た。

 デッドボール狙いの剛速球。

 砲弾のようなそれを掻い潜りながら、お返しとばかりに俺は魔炎を叩き込む。


『浅いかっ!』


 魔法障壁を抜いて首の皮は切った。

 だが野太い骨を断つには至らない。

 周辺の皮膚が焼けただれながらも、すぐに蒸気を上げて修復されていく。


「オマエ、殺す。絶対、オデ、決めた!」


『うぬぅ。巨人は首を狩るのが一番手っ取り早いのだがこれでは――』


「いいさ。攻撃が効くって分かっただけでもなっ!」


 翼をはためかせ、再投擲された瓦礫を回避。

 ついでにマジックポーションを割ってMPを回復させる。

 と、その間にケモノの頭が白い光と共に裂けるのが見えた。


 光の根元にはアリマーンが涼しい顔をして立っている。

 割れた巨狼の頭部は、しかし次の瞬間には獅子の顔に変態。再び口を閉じようとする。


「邪魔だ悪神!」


「それは貴公だ」


 纏った白い光で裂傷から顎へと変じたビストの歯を無造作に消し飛ばし、悪神は跳躍。

 ヨトゥンが投げてくる瓦礫の対空砲火の中へと突っ込んでくる。


 奴は被弾しようとお構いなしだ。

 白い奇跡の結界で防ぎ、気にせずに躍りかかってくる。


「こんの、チームワークが無い奴らめっ!」


『敵も味方も無いからのう。こいつらは全員異なる幻想同士ぞ』


 魔炎を再展開。

 放たず、纏わせたままで迎撃の剣を繰り出す。

 真上から真下へ。

 渾身の一撃を叩き込むも、真下から横薙ぎの斬撃によって身体ごと更に上へと跳ね上げられる。


 重過ぎる。

 ガツンと両腕に響いた衝撃のせいで、ただただ差を意識するしかない。

 歯を食いしばり、身体を旋回。

 タケミカヅチを苦し紛れに振り回し、身体全体を使って追撃を防ぐ。


「ぐっ!」


「ふっ。少しはマシにはなったようだが――」


 足場が無い虚空において、踏ん張りが利かない空では空戦能力差が顕著に出たらしい。

 二撃目の威力が相殺しきれていない。更に更に上空へ、自然と体が運ばれていく。


「――まだまだ力が足りないと見える。どうする廃エルフ? このままでは前回の二の舞だぞ。貴公も神の端くれなら少しは楽しませてみせよ」


 遠ざかるアリマーンのキザな笑いが、無性に耳にこびり付く。

 たった二撃で再確認させられる程に実力差は明白だ。


「ははっ――」


 なのに少しだけ笑えた。

 笑うしかないからでもあったが、しかし。

 俺はもう、こいつの攻撃を三回も凌げるところまで来ている。

 一撃で蹴り殺された頃と比べたら大したもんじゃないか。まだ本気ではないのだとしても、前よりは数段マシだ。


「余裕そうだな悪神っ!」


「余裕だとも。貴公らは弱すぎる」


 飛んでくる瓦礫によって追撃が止む。

 その間隙の間に後方に下がるように距離を取る。

 そこへ、停滞していた戦場がようやく動き出す気配を見せた。


「何をしている! 攻撃しろ!」


 城から誰かの叫びが聞こえた。

 王冠を被った何者かは、テラスで叫んでいる。

 顔はよく見えない。だが、王冠を被るような地位の者など識別せずとも察しは付いた。


 神宿りと兵士が動き出す。

 おかげで弓と魔法銃とアーティファクトの魔法が戦場を飛び交っていく。


「滅茶苦茶だなぁ、おい」


 回帰神四柱と軍隊の乱闘だ。

 ここまで酷い戦場は、前世でだって俺は知らない。

 夜闇に乱れ飛ぶその火線はまるで、王都の奏でる絶望の悲鳴のようだ。


「無粋だぞグレルギウスめ。神域の戦いに唯人が介入しようなどとは!」


 だが、言葉とは裏腹にアリマーンの顔は笑っていた。

 白い光で攻撃を徹底的に弾き飛ばし、悠然と切り込んでくる。

 そこへ真下から間欠泉のように迫る黒の流体があった。


「GUOOONN!」


 流体の花が咲く。

 開いた黒の花弁は、それぞれ別の動物の前足となって爪を伸ばした。


 熊、虎、狼、隼、獅子etc。

 もはやアレを形容する言葉が見当たらない。

 生物だ、などという表現はもうビストには当てはまらない。


「このっ――」


 四方八方からの攻撃。

 必死に掻い潜りながらタケミカヅチのスキルを使い、今度は庭園の端まで斬り抜ける。

 戦場を横切る紫電の輝き。

 イシュタロッテの魔力武器が消える残影の中、すぐさま旋回して後方を見上げると、人間から総攻撃を受けるビストが見えた。


 だが効かない。

 悲しい程に効果の程が伺えない。空しくも飲み込まれていく魔力の弾丸は、奴の体になんらダメージを与えていない。


 これが神と人の正当なる力の差か。

 戦力が違いすぎて笑えもしないぜ。


『あやつ、一撃で消し飛ばさぬと想念ですぐに復元するようだの』


「ならアリマーンに期待しとこう」


 現状、チームワークの不和を利用して削るしかない。

 俺だけだと死なないことで精一杯になる。

 巨人の神は飛べないようだし基本は空でいいだろう。

 問題はアリマーンが遊んでいる間にしなければならないということだが。


「一柱でも倒せたらまだ活路が見える……か?」


 レベルアップを狙えればまだ勝機はあるはず。

 あいつらは脅威だが想念<経験値>の塊なのだ。

 チラリと掠める安易な強化策の問題は、どうやってそれを成すかだけだ。


 ただその一点。

 それの有無こそが、この状況を覆す希望だというのにこの期に及んでレヴァンテインでの想念の供給源の根絶以外が思いつかない。


――ゼンブ、モヤセバイイジャナイカ。


 ふと、幻聴が耳を掠める。

 情けない。

 それしかないからって、それ以外を犠牲にしてまで俺は生き残りたいと思っているのだろうか?


 冗談じゃない。

 そんなことをして得た勝利に、いったいどんな意味がある。


『ぬっ。魔法障壁が再起動したぞ』


「っようやくかっ!」


 相棒の声で正気に戻る。

 勝機が僅かにだが上がった。

 しかし、レヴァンテインの使いどころは図る必要はある。

 連打したとしてもアレは威力が拡散する。

 一点に集中さえできれば破壊力はうなぎ上りだろうに、それをする方法を俺は知らないのが悔やまれた。


(となると……)


 やはり弱い奴から狙うしかない。

 例えば、今にも俺に迫ってくる神とか。


「人間、邪魔。どく。消える!」


「……あの巨神は鳥頭なのか?」


 攻撃されるのが鬱陶しいのか、俺たちから意識を外して城へと向かっていく。

 あいつだけは行動原理がいまいち分からない。


『残っている対竜砲で総攻撃されておるな。余計に怒って暴れておるが……』


 あいつもあいつですぐに傷を回復させているし、あまり効果は無さそうだが無いよりはましか。


「く、くるぞ!」


「撃て、撃ちまくれ!」


 兵士の怒号が飛び交う中、奴は轟然と城にぶちかます。

 当然のように粉砕される城の一角。

 怪獣にでも破壊されたかのように崩れ落ちていく残骸が、彼らの奮戦を虚しいものへと変えていく。もはや防御拠点としては落第だ。


「ぬぅぉぉぉ!?」


 王冠を被った男と兵士がまとめて腕に捕まり、大口を開けたヨトゥンの口に消えていく。


「人を食うのか!?」


『そりゃ食うじゃろ。アレは人食いの伝承持ちじゃぞ』


 それでも奴は満足しない。

 手足を振り回して更に暴れ、城を壊滅に導こうとしている。

 壊して食って、壊して食う。


 まるで暴力の化身みたいな奴だ。

 時折思い出したかのように人間を貪り喰らう吐き気を催すような絵面は、幻想<カミ>が決して清純なだけの存在ではないのだと喧伝しているかのようだった。

 その口から流れる血が、悪鬼羅刹のように奴の凶暴性を現している。耳に届く兵士の悲鳴で、酷く気分が悪い。


「もう何もかも忘れて風呂に入りたい」


 ぼやくしかないのに、人間からの攻撃を無視して互いに牽制しながら二柱が近づいてくる。態とやっているんじゃないかと思うほどに庭園を破壊しながらの進軍だ。


『決め手が無いのが不味いのう』


 俺のことなんて忘れてくれればいいのに、両者共に俺の命を取り合いたいらしい。

 それに引っ張られるように火線がこちらにも飛んでくるのが心底うざい。


「先にヨトゥンを狙ってみる」


 現状、まだ倒せる可能性があるのはあいつぐらいだ。

 無理ならトレインして獣神と悪神の間に誘導し、トドメだけ横取りしよう。


 流れ弾を叩き落しながら再度戦場をスキルで横切る。

 すれ違う瞬間、気のせいかアリマーンが唇を吊り上げた気がする。

 というか、あいつ。

 俺が見えていたような。


 怯えを振り切り、タケミカヅチを収納。

 両手でイシュタロッテを握り締め、破壊活動中の巨神の頭部へと斬撃を叩き込む。

 渾身の大上段。

 一撃はしかし、紙一重で振り返ったヨトゥンの篭手で止められる。


「んあ?」


 のそりと振り返る巨神が破壊を中断。思い出したかのように俺を見上げる。


「思い出した。オマエ、食うんだった」


 推定六メートルの巨体が、無造作に跳ぶ。


「――ッ!」


 高度を上げて逃げる俺の下。広げられた両手がバチンと虚空を圧縮して押し潰す。

 ただそれだけで生まれる強風に冷気が乗って、更に周囲から熱が奪われていく。だがそれだけだ。俺はまだ生きている。


 身体を旋回。

 落ちていく奴の背中に向かって魔炎の炎はぶっぱなす。


「燃え落ちろ!」


 業火の奔流が背中へと放たれ、大地へと奴を叩き落した。 

 冷気を消し飛ばすほどの業火の中、奴は気にせずに身を翻す。


 視線が絡む。

 口元に魔力が集束し、竜の使うブレスのように力が集まっていく。

 同時に口が開き、大きく息が吸い込まれた。


『来るぞ避けよ!』


「ヴゥラァァア!!」


 身を焼く魔炎に頓着せずに、開いた大口から吹雪の吐息<スノーブレス>が大気を突き抜ける。

 掠めた左翼が凍結して砕け散った。

 バランスが崩れた体が落下するよりも早く、周囲から結界が消える感覚を察知する。

 一撃で抜かれていた。最低でも魔炎クラスの威力ってわけだ。


「これじゃあ何とかに刃物じゃねぇか!」


 それだけならまだいいのに、こいつは念神としてとんでもない身体能力を持っている。ドラゴンと殴り合いができると言われても信じられる体躯だ。再展開された翼を繰り、体勢を立て直す。その間に手段を模索するわけだが、碌な案が浮かばない。


「次、当てる」


 二撃目に備えるヨトゥン。

 そこにまたアリマーンが乱入してくる。


「懐かしいなこの空気! これこそが信仰の優劣を競う神と神の闘争だ。食って喰らい、虚構たる己の存在を現世に刻み付ける神話の戦い! これを制する者こそが世を統べる権利を持つことになるのだっ! 嗚呼、嗚呼、嗚呼! 度し難いほどに素晴らしい! 世界は、ヒトは、識っているのだ。力こそが全てだと!」


 逃げ切れない。

 咄嗟に浮力を切り、衝撃を逃がすように努めながら斬撃を剣で受け止める。

 凄まじい速度で虚空を飛ぶ身体に、アリマーン狙いの弾雨が襲い掛かる。

 僅かに削られる魔法障壁。

 そこへ、体勢を整える暇もやらぬとばかりに切り込まれた。


「くっ、の野郎!」


 あからさまな余裕の笑みを貼り付け、上段、下段と嬲るように剣が飛んで来た。

 俺に許されるのは、死に物狂いでの迎撃か回避のみ。


 掠める黒剣。

 魔力障壁を切り裂き、その下の肌を薄く切る刃の痛みが目まぐるしい攻防の中で集中力を削いでくる。


「どうした? もっと笑え廃エルフ。病み付きになるぞ。我等の衝突は願いの衝突に他ならない。言い換えれば希望の衝突だ。託された願いの重さが我等を形作るのだから、もっともっと想念を背負う己を誇って見せよ!」


「ソレは真っ当な神ではないぞ悪神よ! ならばそ奴に崇高な願いなど込められてあるものかっ!」


 流体から出たぶち猫の顔が吼えた。

 這うようにして接近して来た身体が、猛然と跳ね上がる。

 その下には、ムカデのように生え出した獣の脚が何本も見えた。


 身体が変態<トランスフォーム>。

 城の上で風呂敷のように広がったかと思えば、多脚をゴムのように伸ばして攻撃してくる。


「な、んだそりゃ!?」


 それはもう爪で出来た槍衾だった。

 間隙を縫うように跳ぶも、それらは己の関節を無視。

 急激に折れ曲がりながら襲い掛かってくる。


 点と線の複合攻撃。

 悪魔の眼を最大限に利用し、デタラメに空を飛んで避けていく。それでも完全にとはいかず、いくつかは剣で切り払うも、それらは全てが水でも斬った飛び散るのみ。やがて飛び散った流体は、本体へと回帰するべく散弾となって飛来してくる。


『いかん上だ! 落ちてくるぞ!』 


「いい加減にしろよヘンテコ生物!?」


 伸びる脚の先。

 広がった風呂敷の端がいつの間にか牙に変わっている。

 同時に、地面に落ちた脚が打ち込まれたアンカーのように本体を引き寄せていくのが見えた。いったい奴のどこが獣の神なんだ。


「くく、コイツは凄いな! このままでは食われてしまうなぁ!」


『アッシュ!』


 攻撃の垣根を縫って、眼前に迫る悪神が嘲笑する。

 横薙ぎの一閃。

 首筋に迫るそれを後退して避けるも、追撃の回し蹴りを避け損ねた。

 滑り込んだ脚が発光。

 かつての悪夢をより鮮烈に脳裏に呼び覚ます。


 喰らえば死ぬ。

 防がなければそこで潰える。


「まだだッ――」


 咄嗟に剣を挟みこみ、身体への直撃だけは避ける。

 次の瞬間、目の前で間髪居れずに光が炸裂した。

 だが凌ぎきった。凄まじい勢いで城の上をサッカーボールよろしく飛び越えているが、まだ俺は生きている。


「くそったれが!」


 ポーションを割りながら加速。

 南へと飛翔してビストの口の下から離脱を図る。


「間に合うかっ!?」


 抜けた。

 次の瞬間、王城が丸ごと黒の風呂敷に齧られるのが見えた。

 その直後、白い光が黒の面を当然のように突き破る。


 アリマーンだ。

 奴は余裕綽々の様子で飛翔し、こちらへと向かってくる。


「ヨトゥンは……食われたのか?」


『まだ生きておる。ぬ!?』


 黒い流体の一部が凍りつき砕け散る。

 その下から巨人がその威容を現した。


「ヴゥラァァァ!!」


 そして上がる咆哮。

 王都へと木霊するそれは、見る者のなけなしの勇気を刈り取った。

 どいつもこいつもタフ過ぎるのだ。


 そしてそれは俺も例外ではなかった。

 三柱全てに、殺しきれるようなイメージが湧かないのだ。


「ダメだ、勝てるかあんなの!」


「死ぬ。ここに居たら死んじまう!」


「も、持ち場を離れるな!」


 城壁の上に居たおかげで生き残っている兵士が留まらせ良と叫ぶが、もはやそれは不可能だった。

 末端の兵士の士気は完全に死んでいる。

 城を目の前で貪り喰らわれた上に、まだまだ戦いが終る気配さえないのだ。

 彼らは持ち場を捨て城下へとなだれ込んでいった。


 俺は無理も無いと思った。

 寧ろ良く持った方だろう。

 念神の相手は本来念神がするものなのだ。

 一柱で軍隊を凌駕する戦力になるようなレベルの相手なら、ただのヒトがどうこうしようという時点で間違っている。


「――アレだけ食ってもまだ足りないってのかよ」


 流体が虚空へと浮かび上がり、獣の姿へと変わっていく。

 齧られた瓦礫その身体から落ち、次々と落着して粉塵を巻きあげる。

 アレでは城の中で生き残っていた者は地獄だろう。


「魔力源が、命の光が消えていく……」


『食われた者の末路だ。弱き者から踏みにじられていくのがこの世の常だ』


 悲しき摂理か。

 そして俺も、このままだとその弱さ故に食われるのかもしれないのだ。


 後いくつだろう。

 後いくつレベルが上がれば、俺はあそこまで行けるのだろう。

 せめて同格ならと思わずにはいられない。


『喰らう者とはよく言ったものよ。元来、ケモノとはそういうものだが一切合財を喰らい尽くすとなればよほど恐れられたに違いない。……悪い知らせだがの。アレは人間を食って一時的に力を上げているぞ』


「どんだけ俺を殺したいんだ!」


『じゃが、今ので巨神を怒らせたようだの』


 確かにヨトゥンがビストにスノーブレスを叩き込み始めているな。

 良い傾向だが、気休めでしかない気がする。


 点でも線でもきっとダメだ。

 あれは、体を一瞬で消し飛ばせるぐらいの火力がなければ意に返さないだろう。


「……いっそのこと、ティタラスカルやビストルギグズに跳ぶか」


 さすがに自分のテリトリーで暴れることは……いや、他の奴らが暴れるか。

 結局、他の二柱にはどこだろうと関係がない。それはきっとアヴァロニアでも同じだ。


『手っ取り早いのは嬢ちゃんが出てくることじゃが……』


「あいつが出てきたら王都が炎上するぞ」


 ついでに繋がりを示す状況証拠も揃っちまうよ。

 いやまぁ、もう意味が無いかもしれないけどさ。

 そもそも状況が分かっててその気があるなら初めから来てるだろうし。


 ん? 

 ということは、この状況はあいつにとって許容範囲だということか。


「俺だけで凌げるってことか? それとも……」


 何か意味があるってことか?

 それとも、もう俺は用済みかテイハ。

 

 わからない。

 今となってはもう、あいつが何を考えているのかなんて。

 だって俺は、アーク・シュヴァイカー本人ではないのだから。


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