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第七十八話「王子奪還作戦」

「美味い。美味すぎる!」


 野営地である。

 石を並べて作った即席の釜戸を囲み、俺達は夜食を食んでいた。


「久しぶりにジーパング料理が味わえるとは……」


「この粋な計らい。アルス殿に感謝せねば!」


「残すのも勿体無いからガンガンやってくれ」


 ルーレルンと一部の竜が調理したすき焼きの魔力は絶大であった。

 俺はウォーレンハイトと共に炊き上がった飯をかき込んでいく。

 一心不乱に人化した竜たちと貪るのは、なんだか不思議な気分だった。


 リスバイフではご飯なんて当然のようにありつけなかったからな。

 それが今はどうだ。

 買い込んだままインベントリに放り込んでいた物資で今更鍋を囲むなんてな。

 言ってみるものだ。しかも米まで炊かれている。これで士気が上がらないなんて嘘だぜ。


「むぅ?」


「おっ?」


 ウォーレンハイトの箸と俺の箸が同じ肉を摘んでいた。

 互いに視線を交わすこと数秒。

 鋭い視殺線が繰り広げられ、幾度と無く俺は食欲と言う名の刃を交わし合う。が、どちらも引かない。


「……我は空を飛んだせいで人一倍腹が減っているのだが」


「馬鹿を言うな。こういうのは早い者勝ちだろ」


 離せ、離すんだ!

 この熱々なアイビーフの肉は俺のものだ。


「……お二人とも。まだまだありますが」


「遠慮せずにルーレルンは食せ」


「団長が気を使ってくれているんだから無礼講だぜ」


「は、はぁ……」


 視線を逸らしたら負ける。

 神宿りに到ったウォーレンハイトに対し、こちらもイシュタロッテの加護で対抗する。

 人一倍食いやがる竜が相手だからな。気を抜けば一瞬で食われちまうよ。


「うぬぅ。神の癖に食い意地を張る奴よ!」


「ここは団長が新入りを歓迎して度量を示す場面だと思うがどうか!」


「歓迎会は要らないのではなかったか」


「そんな昔のことは忘れたわ! 大事なのはこの一口だろうがっ」


 ぬっ!?

 力を入れすぎて箸が折れた、だと?


「未熟なりアルス・シュナイダー」


「なんてこった!?」


 大口を開け、肉を口に放り込むウォーレンハイトはそれだけでは許さんとばかりに俺の前で白米を食らう。その間に俺はインベントリから高速で箸の代わりになりそうな獲物を探す。


「ちくしょう。どうして鍛冶スキルに鉄の箸を作る技能が無い!」


 在ったら一瞬で作り上げてやるというのに。

 仕方なくフォークで代用。

 急いで食事に戻るわけだが、眼を逸らした隙にすき焼きの中身が格段に減っていた。


「野郎……なんて食いっぷりだ」


「早い者勝ちなのだろう?」


 ニヒルに笑う黒銀竜であった。








 まだまだ足り無そうだったので、材料を放り出して彼らに任せつつ地面に横になる。

 敷いた外套の下、しばらくまどろんでいるとウォーレンハイトが白米をお代わりをしているのが見えた。


「……食うか?」


「いや、俺はもういいよ」


 竜の胃袋は宇宙だった。

 ルーレルンもたおやかな見た目に反して良く食べる。


 穏やかな空気。

 戦闘を前にして歴戦の傭兵たちは和気藹々とした様子を崩さない。

 十匹と一人の愚連隊。

 たったそれだけの数で中央四国最大の国に乗り込み、幽閉されている王子を奪還するというのにこれだ。さすが歴戦の傭兵か。気の張り方も心得ているということだな。


 この中で何人生き残れるだろうか。

 彼らには誰にもリトライなんか無い。

 なのにそれでも食い、笑い、楽しげに語らえるのは何故だろう。


「……確固とした目的の有無か」


「どうした」


「いや、アンタの方が随分とはっきりとした生き方をしてるんだなって、な」


 俺の目的は安住の地なんてあやふやなものだった。

 何処にも無いはずの理想郷。

 それに思いを馳せたのは、あの森にそれを求めたのは、もしかしたら俺がアーク・シュヴァイカーだったことがあるからだろうか。


 選べば、俺にはヴェネッティーでの戦功を対価に左団扇の人生だったかもしれない――なんてのは言いすぎか。

 それもきっと有りだったろうに、それにアクションさえ起こさなかったのは俺が廃エルフだったからだ。


 寿命が分からない。

 ゲームアバターにそもそも寿命なんてあるのかっていう考えもまた頭にあった。

 当たり前のように進む時間の果てで、きっと俺の前から見知った人が消えていく。どこかでそれを嫌に思っていなかったといえば嘘になる。だから彼女に無茶な要求も出した。


 エルフ族は不老だ。

 時の流れに置いて行かれることも無い。

 そして永遠に世界を彷徨うように旅を続けるという選択肢もなかった。そういう人生を永劫になんて、どうしても考えられないのだ。


 何れ、戸籍制度やらで国民を管理するような時代が来るだろう。

 そこまで文明が進めば、きっとどこかの国家に所属しないという訳にも行かない。生きれば生まれる柵が、いつかきっと今の自由を許さなくなる。

 だったらきっと遅いか早いかの違いで、廃エルフなんて胡散臭い奴が居ても不自然ではない場所ならきっとどこでも良かったのだ。


 現実問題としてはそれは限られていた。

 決してあのハイロリフ様のためだけではない。

 寧ろこれ幸いと利用した部分さえある。そういう意味でも俺とあいつは対等になれた。


 それが最上の選択だったかはまだ分からない。

 だけどまぁ、生きていくのに不自由はしない程度の場所にはなりそうだったと思う。確かに面倒ごとはあるし、腹黒い奴も居る。でもそれだけでも決して無かった。


「――なんだ。完全に無軌道だったわけでもないのか」


「アルス?」


 適当ではあったが、既に選択はしていた。

 だから俺は戦えたのかもしれない。

 泣き言を言いながら、愚痴ってでもそれが出来たのは、きっとそれが理由足り得るからだったのだ。


「今の、やっぱり無しにしてくれ。気の迷いだった。よくよく考えてみると違ってた」


 それでは絶対にダメだという理由は無く、放り投げて逃げ出したいとも思わない程度には関わっている。

 だから、まぁ。

 今後も適当にやっていこうと思う訳なのだが。


「おおう?」


 脳裏に開きっぱなしのインベントリの中から、ふと目に付いた武器を取り出す。

 それはレイピア。

 我等がハイロリフ様のアーティファクト形態である。


「悪い、ちょっと喧しくするけどいいか?」


「構わぬ。どうせこんな山中だ」


「付喪神顕現<ツクモライズ>!」


 瞬間、エフェクトに包まれたリスベルクが寝転んだままの俺の上に顕現した。


「貴様――その様はどういうことだ」


「多分そういうことだと思う」


「説明になってないわぁぁっっ!」


 この前にまた一回死んだから、擬人化してたこいつが俺の物判定されてインベントリの中に戻って来ていたらしい。しっかし、本当に俺の前ではよく吼えるよなぁ。昔の威厳はどこに行ったんだ。


「どうして貴様が人間になっている! エルフっぽさが欠片も無いではないかっ!」


 そう言われても色々あったんだとしか言えないわけで。

 仕方なく切り札を投入。リスベルクに地の精霊ガイレスを押し付けてやる。


「おまっ、なんでそう重要な物を問題と一緒に出してくる!」 


「――リスベルク様。それはおそらく、前世から続く悪運故のことなのです」


「は? いや待て、お前……」


「今までのご無礼をどうかお許し下さい。このアーク・シュヴァイカー。短い耳族<ニンゲン>になろうと、必ずや貴女様のお役に立って見せますです、はい」


「……ね、熱でもあるのか貴様」


「――あ、やっぱ無理があるか?」


 やっててなんだが無性に背中が痒い。

 無い、これは無いって全身が言っているようだ。


 やっぱり前世は前世で俺は俺だな。

 アーク・シュヴァイカーなんて他人を演じられる訳がない。

 などと納得していると、ワナワナと拳を振り上げるハイエルフ様が居た。けれど掲げられた拳は結局振り下ろされることなく止まっていた。

 それどころかその両手は、翡翠の瞳を覆い隠してしまっていた。

 気まずい沈黙の中、竜たちの会話さえ止まってしまう。


「……悪い。茶化しすぎたか」


 抱擁。

 静まり返った夜闇の中、ウェーブの髪を撫で梳いていく。

 彼女は暫く何も言わなかったが、一言だけ尋ねてきた。


「戻れる……のか?」


「当てはある。ただ、可能性はきっと低いな」


「お前の薬ではダメ……なのか」


「無理だと思う。俺はきっと想念で上書きされた」


「誰だっ。誰がそんなことを!」


 誰かって言われても、そんなことができる奴はこの星でたった一人だけだ。俺はそっと耳打ちし、目を見開いた彼女をガイレス諸共悪魔の力で森へと転移させた。


『相変わらずよくやるのう』


「俺とあいつの問題だ。外野を気にする余裕なんてあるか」


 なんだかあいつと居るとこんなハプニングが多いな。まぁ、今度の問題はさすがのあいつも色々と軌道修正を強いられるかもしれないが。


「何か問題を片付けてもそれ以上に山積されていく人生だ。はぁ、俺は呪われてるのか?」


 運命の女神め。

 経験値に変えてやるっていったことを根に持ってやがるのかね。


「アルス・シュナイダー」


「なんだ団長殿」


「その、なんだ。戦いが終ったら女の口説き方を教えてくれぬか」


 どうしよう。

 我等が傭兵団の団長の眼が曇られているぜ。


「何故その結論に到ったのかが分からんが、俺のはきっと参考になりゃしないぞ」


 そもそも聞かれても困る。

 なんだかんだいって、だ。真正面から口説いたのは前世でテイハしかいないし。しかもアレ、決定打が寝込み襲った末の結果だし。


 真似されても困るというか、下手すると関係がぶっ壊れるどころの話じゃない。

 あー、思えば本当に良く生きてたな前世の俺。

 いや、結局ミスって死んだけどさ。


「でもまぁ、そうだな。言えることが一つだけあるか」


「おおっ、それは!?」


「戦いと同じだけど、攻めるべきタイミングを間違えるなってことだ」


 月並みな言葉だが、これだけは間違っていないと思う。


「斬新な。兵法に当てはめて考えろとは……」


「そこまで殺伐としたものを参考にする必要はないと思うが……」


 仮に恋の処方箋として孫子の兵法書を実践したとしてだ。

 そんな物騒なもので恋愛戦争に勝てるのか?

 や、でも企業戦略に用いて成功する者も居ると聞くし、案外応用は効くのかもな。

 可能なら三国志の人々に聞いてみたいものだ。


――ちょいとそこの曹操さん。孫子で恋愛成就って可能かい?


――待て若人。それは孔明の罠だ! 


 もしそんな答えが覇王から返って来たら、俺だって三顧の礼で軍師を迎えてはわわと驚かせてやるぜ。まぁ在り得ないだろうけど。 







 風を斬るように飛翔する黒銀の竜。

 その上で外套をの表面を撫でる強い風の中、ただ真っ直ぐに進行方向へと眼を向ける。

 雲の切れ目のその向こう。夜闇の下に微かに日の灯る都市が見えた。

 これまで見たどの都市よりも広大で、そして広い。


「あれがクルスの王都グランドール……」


 中央四国最強の国らしく、相当に発達しているらしい。

 特筆すべきは遥か遠くに見える駅だろう。

 三重の外壁も見事だが、あれだけはもう完全に異質な存在だ。

 夜間運行はしていないのか、それとも別の理由か。停車しているらしい蒸気機関車の列には眩暈さえ覚えそうになる。


「そろそろですね。総員飛翔準備を!」


 ルーレルンが気を引き締めるように促し、団員たちがそれぞれの背に翼を生やす。

 器用なことに、局所的に部位を変化させることさえ彼らには可能だという。


 竜の姿は強大だが、その体格故に魔法銃の餌食になりかねない。

 そこで敢えて命中率を減らすために人型で行く。

 各自には、着流し姿ではなく既に俺がスキルで作ったドレイク素材製のスケイルアーマーと、ワイバーン素材で作ったスケイルシールドを装備してもらっている。これに彼ら自身の竜としての頑強さで対空戦に耐え切ってもらう。無論、各種ポーションも預けた。


 そして駄目押しが鹵獲した魔法銃だ。

 これでどうにか王子奪還までの間は粘ってもらう。


「最終確認です。この作戦は何よりも速度を優先します。最優先事項は王子の転移離脱になりますが、第一の関門として王城の結界破壊があります」


 そこで、確認の意味を込めてルーレルンが視線を向けてくる。


『うむ。確かに王城の下にパワースポットがあるのう』


 一度クルス側に雇われていたことがある竜翔には、最低限の情報が開示されていた。

 それによれば、王城には常に超長距離からの儀式魔法による戦略魔法攻撃を防ぐ大規模な魔法障壁を張る準備がなされているという。俺が彼らの感知範囲に入れば、恐らくは起動されるだろうということである。

 また、直接転移を防ぐために常駐の転移妨害結界が第二城壁の内側から仕掛けられているとも聞いた。


「どうだイシュタロッテ。俺達で抜けそうか?」


『やはり純粋なリストル教系の術式で作られた結界だの。リストル殺しの妾には相克故にほとんど無力だ。ただ、どうにも貴族区とやらと王城のそれはそれぞれ結界が独立しておるぞ。気にする必要はなさそうだがの』


 ならば問題はあるまい。

 目標の王子は城の敷地内にある牢獄だというのだから貴族区なんてどうでもいい。


「大丈夫そうだ」


「では予定通り、殿を先頭にしてウォーレンハイトに乗ったまま降下。結界破壊と共に突入し、対空攻撃を突破。然る後爆撃、援護、突入班に分かれて王子を奪還します。何か質問は?」


 団員の誰もが首を横に振る。


「では団長」

 

「うむ。皆、よくこれまで我の我侭に付き合ってくれた」


 一度空で止まり、対空したまま黒銀竜は言う。


「犠牲も出た。それは我の無力さ故にである。言い訳などせぬ。出来ぬしするつもりもない。だというのに、お前たちにまたも無茶を強いている。我は度し難い男だ。しかし敢えてそれでも頼みたい。今回のリスバイフでの仕事を我らの最後の仕事にするために」


「ウォーレンハイト?」


「団長?」


「最後とはいったい……」


 団員たちが動揺する。

 俺も驚いてルーレルンに視線を向けるも、彼女も知らなかったようで首を振るった。


「こんな愚かな男が団長を続けていたら、姉上にも世間にも、お前たちにも申し訳が立たぬ。故にリスバイフでの戦いが最後だ。それ以後竜翔は解散とする。お前たちは竜神様の指示を仰ぐため、一度ジーパングに戻るのだ」


「しかし!」


「魔法銃の到来で時代が変わろうとしている。リスバイフでの戦いの全てを本国の竜たちへと伝える者が必要だ。それが我の最後の命令になるだろう。これまでの戦いの全てを伝え、後身の者たちの糧とせよ」


「貴方はどうするのです」


 ルーレルンが尋ねる。


「やることがある。どのような結果になろうと、我はそれを貫くまでよ」


「嘘吐き。ただ故郷に顔向けできないとでも思っている癖に」


 辛辣に言い切るルーレルンだが、その眼はとても優しかった。


「どうせなら全員俺について来いとでも言えばいいのです。不器用な竜ね貴方は――」


「馬鹿者。そこまで甘えられるものか」


 ウォーレンハイトが羽ばたく。

 前進が再開され、加速の振動で竜翔たちが巻きつけたロープにしがみ付く。


「聞きましたね! 彼に付きたい者は終った後でティアマ様に嘆願なさい!」

 

「ルーレルン!」


「ダメですよ。選択の自由だけは、貴方にも奪う権利はないのですから」


「まっ。そうなるな」


「解散した後なら好きでやらせてもらっても文句は言えないって訳だ」


「本国で食っちゃ寝するよりかは刺激があって良いさ」


「勝った後の話ですけどね」


 竜たちは好き勝手に言う。

 愚痴も嫌味も何もかにもが、冷たい空に冷え切った精神に熱気を呼んだ。

 困ったような顔で振り向いたウォーレンハイトが、盛大にため息を吐いて「物好き共め」などと呟きそっぽを向く。


 竜の巨体が更に加速する。

 最大竜速へと到達し、少しだけ上昇。

 しかしそれは三分も無かった。


「――行くぞ戦友<バカ>共!」


「「「了解!!」」」


 騎首が下がり一気に下降。

 高高度から王城に向けて一気に落ちていく。

 ジェットコースターとどちらが怖いか葉一目瞭然だった。何せこっちは安全対策のシートベルトはおろか安全バーさえもない。

 掴んだ縄一本で身体を支えるのは、普通の人間なら正気の沙汰ではない。


 だが何故だろう。

 気が付けば自然と頬は綻んでいる。

 恐ろしくないわけではない。

 ただ、奇妙な連帯感と心地良さが気分を高揚させ昂ぶらせている。


「――アルス!」


「おう!」


 縄から手を離し、彼の背を蹴るようにして前へと跳躍。

 イシュタロッテの加護を受け、翼を生やして空を飛ぶ。

 次の瞬間、背後から神宿りへと移行したウォーレンハイトが更に加速。

 先行する俺を追う形で猛追してくる。


『――気づかれたぞ。大規模障壁の展開が始まりおった!』


 王都が徐々に迫る中、悪魔の眼が遂に魔力の壁を視認する。

 転移妨害の結界の上に、新たに噂の魔法障壁とやら展開されていく。

 悪魔の眼がパワースポットから吸い上げられていく魔力を捉え、強固な城砦を築き上げていくのを映し出す。それは、例えるなら城壁から上をすっぽりと覆う青白く発光する光のドームだった。


『今頃きっと天使共が妾の気配に慌てておるな。この際だ。邪魔する奴は片っ端からお主の想念に変えてしまえい!』 


「何時になく好戦的だな」


『天使は悪魔の敵故な。――さぁ、妾を抜けいアッシュ!』


「あいよっ」


 左手の腕輪が剣へと変わる。

 それを両手で握り締めながら障壁を目指して空を翔け抜ける。


 MP<魔力>が紅黒い魔炎へと変換され、イシュタロッテの純白の刀身を包み込み、破壊の意思を集束させる。


 それはかつて、結果的に神殺しを成してしまった悪魔に刻まれた対神奥義。

 それに怪魚を倒した時に得たレベルと、リスバイフの戦争で得たレベル分の魔力が上乗せされて、破壊力が善神戦よりも更に強化されている。


 前の時でも位相結界をぶち抜くほどの威力はあった。

 ならば、余計な力を割かずに叩き込むこの一撃はどうなる?

 

『守備隊が出てきたぞ!』


 微かに鐘の音が聞える。

 眠っていた王都が、恐怖に怯えて目覚めようとしているかのようだ。


「ウォーレンハイト!」


「そなたは自分の心配だけしてくれれば構わん!」


 振り返れば、応報の大太刀を抜いた彼はすぐに魔法を発動させられるように構えている。

 正に威風堂々。

 ただ目的の完遂のために、見据える黒銀竜の鋭い眼差しは俺の最後の躊躇を消し去った。


――そして、それが脅威なら当然のようにそれも姿を現した。


『神宿りぞ。おほう。リスバイフ戦でケチりおった癖によく出してくるのうっ!』


 迎撃のため、空へと神宿りたちが上がってくるのが見える。

 感じるのは白い魔力の翼を生やした数十の聖なる気配。

 他にも動き出しているようだが、もはやどうでもいい。


 だって俺がやることは決まっている。


 更に加速。

 音の壁さえも越えて迎撃網へと突っ込む。

 攻撃予定地点は王城の真上。

 中庭へと射線が抜ける位置である。


――迎撃の弾丸が夜闇を引き裂き始める。


 神宿りの一部が魔法銃を持っている。

 だがそれでは意味がない。

 もはや威力が弱すぎる。

 魔法障壁で強引に突っ切り、立ちはだかる槍持ちの神宿りを前にして瞬きを一つ。

 一突きを掠らせることさえせずにすれ違い、警戒網の内側へと侵入する。


 その後ろで、刃を振りぬいただろう竜侍の斬撃音と共に命が消える気配を感じ取りながら剣を掲げる。


――見えた。


「ぶち抜けぇぇぇぇぇ!!」


 全力で振り下ろす。

 瞬間、剣閃の軌跡に沿うように魔炎が放たれた。

 紅黒い炎は結界へと迫り衝突。そのまま一瞬の停滞も許さずに障壁と結界を焼き抜いた。

 庭へと穿たれた黒の道。

 城を斜めに貫いたそれは、やがて第一城壁さえも切り裂いて地面に着弾。城壁を焼き切って斬線を深々と刻み込む。


――結界が完全に消失する。


「よっし!」


 ここからは時間との勝負だ。


 ショートカットを操作。

 ポーションの瓶を割ってMPを回復させつつ、イシュタロッテを左腕に腕輪として戻す。

 俺は武器としてタケミカヅチとグングニルを抜き、引きつけるようにして先行した。

 振り返れば、遅れながらも魔法を反射しながら突撃してくるウォーレンハイトの姿が見える。


「きぃぇぇぇぇ!!」 


 大上段。 

 大質量を武器にアーティファクトを振りぬいて、落ちてくる彼が神宿りの一人をハエのように叩き潰す。それは神話の戦いに片足を突っ込んでいる男の不退転の決意の表れか。もはやアレは、斬るという次元ではない。


『余所見してないで早く道を切り開けい!』


「おっと――」


 更に降下。

 魔法と神宿りの燐光を纏ったまま予定通りに追従してくる彼らを導くべく、槍と悪魔の魔術を武器に片っ端から黙らせていく。

 と、ウォーレンハイトの背から九匹の竜が飛び出す気配があった。


 三人ずつ組み分けした班だ。

 それぞれが自分の仕事のために空を舞う。

 王子奪還の任はルーレルンの班の役目だ。

 後はただ完遂を祈るだけ。


「上手くいってくれよ」


――作戦が始まった。 









 クルス王、グレルギウスは激怒した。


「敵はなんだ!? 誰がこの城に攻め込んできている。アヴァロニアか!?」


「いえ、相手はり――」


 瞬間、彼の眼前に居た兵士が黒い何かに巻き込まれて消えた。


――衝撃。


 室内を通り過ぎる破壊の力は、寝室を抜けて熱波を呼んだ。

 灼熱の如き炎の息吹の洗礼に、言葉を失った王は絨毯が燃えるのを見て口を噤む。


 逃れられない恐怖があった。

 それは、敬虔なるリストル教徒ほど恐れる悪魔の御業だ。

 知らずとも信仰から逆流してくる精神的圧力の中、王はすぐさまアーティファクトを握り占めた。着替える暇も惜しんだ彼は、断裂した通路をレベルホルダーとしての脚力で飛び越えながら走る。


「早く火を消せ!」


「水だ! 無ければ土でもなんでもいい! とにかく消すんだよ!」


 悲鳴を上げる者たちの間を、兵士たちが忙しなく走り抜けていく。

 その頃になれば、煩わしい程に半鐘の音が王都の住民の安眠を奪い去っていた。

 グレルギウスは玉座の間へと急ぎながら、結界の無力さに焦燥する。


(どういうことだグレイス!)


 強固な守りのはずだった。

 魔法銃さえ防ぎきる大掛かりな儀式魔術は、信頼できるものであると思っていたのだ。


「ええい、誰か報告せよ!」


 部下に指示を出している近衛の男を呼び寄せ、状況の把握に努める。

 誰もが突如の強襲に浮き足立っている。

 何せ直接城が攻められた経験などこれまでになかった。攻められる不安が伝染し、恐怖が彼らの身を竦ませていた。だがそれでも、職務に忠実な者はいた。


「陛下、城が竜に攻めこまれておりまする!」


「竜……リスバイフか!?」


「あの姿は間違いなく黒銀竜かと」


「何故攻めてこられる! 連中はまだ王都さえ取り戻していないはずであろう!」


「雪でこちらも満足に動けていません。攻め込めないと見て、奴らは攻撃に転じたのやもしれませぬ」


「ええいトカゲ風情がっ!」


 端整な顔を真っ赤にしながら、怒りを隠さずに王は命じた。


「対竜砲で一匹残らず叩き落させろ! それとリストル教はどうしているか!」


「既に教会騎士が空に飛翔し交戦中です。しかし――」


 衝撃。

 地面が揺れ、ついで何かが落下した音が盛大に鳴り響く。


――GUGYALALANN!


 身も竦むような咆哮。

 半鐘の音でさえかき消せない大音量が、否が応にも耳朶を揺さぶった。


「あ、貴方……い、今のは」


 王妃が震えながら王の胸に縋りつく。


「大丈夫だ。すぐに兵士たちが追い払――」


 瞬間、中庭で何かが崩れ落ちる音が断続的期に響いてくる。


「ひぃぃぃ!?」


 顔を白く染め王妃が身を竦ませる。

 侍従の女たちだけではなく、兵士たちでさえもその大質量の落下音には声を失っていた。

 生じた一瞬の沈黙はしかし、すぐさま続く戦いの音で終る。


「今のは……」


「た、大変です! 竜が中庭に飛来! 牢獄塔を叩き斬りました!」 


 声を枯らさんばかりの伝令の声に、グレルギウスは意図に気づいた。


「まさか王子を奪還するつもり気か!?」





――竜刀一閃。


 中庭の外れにそびえ立つその石造りの小さな塔が、斜めに切り裂かれて落下する。

 小さいとはいっても二・三階程度の高さはあっただろうか。その質量故に、当然のように大きな落着音でそこかしこから悲鳴が飛び交った。


「行きます!」


 そこへ、間髪居れずに突入班が上空から飛来。予定調和とばかりに上から侵入を目指す。


「侵入させるなぁ!」


 目聡い兵士が叫びながら乱射するも、対空装備の破壊組と援護組とが援護に入るのが見える。

 当然、彼もそうだった。

 黒銀竜は止まらない。


「GUUOOOONN!」


 鼓膜が破れるのではないかと思うほどの声量で吼え、その存在を誇示。そのまま円周状に作られた外側の螺旋階段を切り崩すと中庭の兵士へと炎を吹いた。

 まとめて数十人単位で炙られる兵士が庭園ごと燃えていく。神話においてさえ畏れられた竜族のポピュラーな対人攻撃だ。


「いかん! あのデカイ奴を黙らせろ!」


 当然彼に攻撃が集中するが、アーティファクトの魔法で反射迎撃。魔法銃の弾丸をデタラメに跳ね返えすや走り寄って身体を旋回。その長大な尻尾で隊列ごと一気になぎ払う。


「……大きさが対等なら怪獣王とも戦えそうだな」


 彼はそのまま巨体を武器に暴れまわる。

 さしもの神宿りも、彼の質量には手を焼いていた。


 振り回されるアーティファクトは、一撃必殺の威力を誇る。

 なのに、頼みの綱である魔法を全て反射し、無効化するのだ。

 ウォーレンハイトと応報の組み合わせは、竜とそれ以外にとっては厄介極まりないコンビだった。


「行けルーレルン!」


「はい!」


 ルーレルンたちが遂に侵入した。

 王子を捕らえている牢獄は、ただ檻のある牢ではない。

 塔の地下を掘り出して作り上げたそれは、上からロープや梯子を下ろして初めて出入りできる作りになっているという。当然園地下も石壁で覆われており、素手での脱出は非常に困難な様式だ。


 故に、開錠の技術があろうとも抜け出せない単純にして凶悪な牢獄なのだそうだ。そこに捉えられた囚人は、空でも飛べない限りいつ来るとも知れぬ刑期の終わりを塔の底で待つことしか出来ないという。


『ようやく対竜用の魔法銃が出てきおったぞ!』


 破壊するべく視線で捉え、砲身を狙ってグングニルを投擲。その末路を確認せずに背後へとタケミカヅチを一閃する。


――鈍い衝撃。


 上段から切り込んできていた神宿りの斬撃を、真一文字に振り払いそのまま力で押し切って、障壁と防具ごと人命を断つ。


「神……よ――」


 目の前で飛び散る鮮血が鎧を濡らす。

 また神宿りが一人、俺の前で屍となって消えていく。

 その最中、いつもの心が凍るような感覚が一向にやって来ないことに違和感を覚えた。


 それに今日はやけに血が生臭い。

 堪らなくそれが不快だ。


 被った鮮血に眉を顰めながら、落下しながら消える相手から視線を変える。

 見れば着弾したグングニルが魔法銃を破壊していた。

 それを手元に戻し、斬られた塔の上へ。

 腰元にエクスカリバーを鞘ごと展開しながら、周囲を見る。


 まだ誰も落ちてはいない。

 できればこのまま終りたいと切に願いながら戦闘を継続。


「結界が修復されるまでに戻ってこれるか?」


 ルーレルンたちが戻ってくるまでの数分が、こんなにも長いとは。

 少しずつ、少しずつ兵士の数が増えていく。

 爆音は引っ切り無しに轟き、暴れるウォーレンハイトが飛べない兵士たちを分断するべく城へと攻撃を仕掛け始める。


「不浄なる悪魔め!」


「この地から去れ!」


 神宿りの攻撃もまた、時間経過と共に激しくなった。

 至近距離での攻防を恐れてか、魔法が次々と飛んでくる。

 魔法障壁を削る火と光の魔法は、さすがに多すぎた。

 回避し損ねたそれらは、障壁とぶつかって雫のように消えていく。

 やがて魔法銃による弾幕と魔法の火戦が徐々に俺に集中し始める。


「相棒のおかげで人気者だなっ!」


『連中にモテても嬉しくなぞないわっ!』


 虚空に魔力で編んだ武器を展開。

 お返しとばかりに悪魔が周囲に無作為に発射する。

 隊列が乱れたところで塔の上にいくつかの武器を固定させ、そのままタケミカヅチのスキルで雷となる。


「速すぎ……る……」


 右薙ぎで切り抜けた直刀の勢いを殺さずに加速。左手のグングニルで魔法を唱えようとしていた杖持ちの胸を串刺しにする。

 と、俺が居なくなった塔の上へと飛翔する気配を感知した。

 そこへ、固定した武器を視認して紫電となって斬り戻る。

 

 ガラスのように砕ける魔力武器。

 切り抜けた反動を翼で殺しつつ旋回。

 勢いをそのままに視認し、遠心力を加えたグングニルをぶん投げる。

 明後日の方向に投げられた槍はしかし、いつもどおりに弾道を捻じ曲げて真横から敵の身体を貫く。


『これで九人。しかし、どれだけ温存しておるのだリストルの手駒共は!!』


 それだけリストル教という宗教が強大だったということか。

 正直ここまで多くの神宿りが確認できた国はアヴァロニア以外にはない。

 中央四国最強の国家という枕詞は伊達じゃないな。

 戦力の厚みが違う。


「――殿!」


『むっ。竜共が来たぞ!』


 下から三人が上がってくる。

 噂の王子はルーレルンの肩に担がれ、その隣を盾を構える竜が二人が護衛していた。


「転移詠唱開始する! ウォーレンハイトッ!」


「うむっ!!」


 巨体が翼をはためかせ、塔へと合流してくるのに併せてルーレルンと合流。すぐさま彼女ごと王子をリスバイフへ転移させる。


「GUOONN!!」


 黒銀竜が吼える。

 離脱の合図だ。他の竜たちが一斉に北の空を目指して飛ぶ。


――その時だった。


 神宿りたちは愚か竜たちまでもが一斉に動きを止めてその方向へと視線を向けた。

 それは俺も例外ではない。


 視線の先。

 城の上に白いマントを纏った何かが剣一本を手にこちらを見下ろしている。


 知っている。

 忘れられるはずがない。


『この気配……聖人じゃと!?』


「アヴァロニアの王……悪神アリマーンとその依代だ。なんでこんな時に……」


 一撃で蹴り殺されたあの日の記憶が掘り起こされる。

 震えそうになったのはそれだけではない。

 俺はこの時、ようやく奴の宿主の力を理解することができたのだ。


 不味い。

 アレは宿主単体でもまだ俺たちより上だ。

 なまじ力が感じ取れるようになったせいで、あの時の俺がどれだけ無謀だったか今ならよく分かる。しかも奴はまだ、神宿りの力を発動させていない。その上でこれだ。


「――随分と興味深いことになっているようだな廃エルフ」


 白い光を纏う少年が黒髪を梳きながら呟いた。

 彼は無造作に天使系の神宿りたちを一瞥し、すぐに視線を逸らす。


『上の上……いや特上か! アレはまだ妾たちには辛い相手ぞっ!!』


 幸か不幸かで言えば、これは間違いなく不幸なタイミングであっただろう。

 その場に居た誰もが金縛りにあったように動かず、それから視線を外さない。


 その中で特に俺は動けなかった。

 奴の興味が俺にしかないようなのだ。

 同じ回帰神としてか、それともまた何か別の用があったかは定かではない。だがこのままにらみ合いを続けるわけにもいかない。


「何の用だアリマーン」


「そう急くな。もうすぐ回帰神全てがここに集う。それからでも良かろう」


 左手を大仰に掲げ、西を指すアリマーンが告げる。


「ティタラスカルの霜の巨神『ヨトゥン』。存在するだけで周囲を凍えさせ、吐く息もまた相手を凍らせる巨人の始祖神の一柱。奴は馬鹿だが、その腕力としぶとさは一級品だ」


 今度は黒の長剣ごと右手を掲げ、東南へ。


「ビストルギグズの獣神『ビスト』。伝承曰く喰らう者。名状しがたき姿を持ち、全ての獣の姿を持つという黒きケモノ。その特異な身体は牙も爪も無力にするという」


 再び左手が動き、指先で俺を指す。


「エルフの森の廃エルフ『アッシュ』。ハイエルフに似て非なるイレギュラーな神。多数の魔法の武具を所持し、アーティファクトを擬人化する特殊な力を持つ最新にして最弱の回帰神。だが、殺傷時の金貨の量と成長速度には眼を見張るものがある」


『……金貨とはなんだ?』


「知るか」


 そんなの持ってたらシュレイク王家にでも貸してやるっての。


 ……ん?

 そういえば、怪魚を倒した時に奴の腹の中に飲み込まれた財宝ってどうなったっけ。

 え、まさか俺のインベントリに納まってたりしないよな?

 例えば、イベントアイテム用の蘭とかに。


「……あっ」

 

 一瞬不安になって確かめてみると『王家の財宝』なるアイテムが有りやがった。

 不味い。今度、こっそり返しておこう。

 何故、強敵を前にして違う意味で嫌な汗をかかないといけないんだろう。


 しかし金貨といえば俺のゲーム通貨は死んだ時に半減する仕様だ。アレ、取り出せないからどうでも良かったんだが、こいつにネコババされていたのかと思うと悔しくなる。

 一回分の命と一緒に金まで奪われていたってのか。


「おい、金貨ってなんだ悪神」


「まさか知らぬのか? 混ぜ物なしの純金だったぞ」


 ちゃんと政治資金として利用してやったとまで言われると、状況を忘れて本当に腹が立ってくる。だが奴はクツクツと笑うだけで両手を広げ、自らを誇示するように続けて見せる。


「まぁいい。今一度この名をその脳髄に刻んでおけ。余こそがクロナグラ最初の回帰神にして、聖人という器を得た念神。悪神『アリマーン』。何れ世界を征服するだろう神だ。降伏するならば早めにしておけよ。でなければどのような珍獣だろうと飼育する気が失せるというものだからな」


「親切にありがとよ。だが紹介には生憎と間違いがあったぜ」


 グングニルを仕舞い、兜を外して素顔を晒してやる。


「……ほう?」


「俺の名はアルス・シュナイダー。今はしがない傭兵だ。廃エルフなんて野郎は知らないが、お宅は誰かと勘違いしてないか?」


「――」


『おい、挑発してどうする』


「――ククッ。どこまで余を笑わせたら気が済むのだ道化。本当に無知だな」


「ああん?」


「姿形など本質的に意味はない。そもそも我らは魔力が擬似物質化して取り繕っているような存在だぞ。確かにイメージに縛りがあるとはいえ、某かの伝承に由来するマジックアイテムや魔法で一時的に姿を変えることなど造作もなかろう」


『あやつ、お主が廃エルフだからそういう道具を持っておると解釈したようだの』


 正直、ドヤ顔で言われると困るな。

 俺のこれはまったく原理が違うんだが。


『じゃが不味いぞ。本当に念神らしき気配が高速で近づいてきておる』


「……戦力は?」


『西が上の下。南東が上の中ぐらいか。そして今のお主は下の上から中の下だ』


 小声で尋ねると、聞きたくも無い答えが返って来る。


「あいつらはお前の差し金か」


「真逆。アレらが何故貴公を目指しているかなど余は知らぬよ」


「俺を目指しているだって?」


「想念が狙いか、別の目的かは分からんがな。だが丁度良い機会であろう。クロナグラの行く末について、回帰神同士で先に語り合っておくというのは悪くない」


 そして遂にその時が来た。

 彼方から微かに響く地響き。

 大地が振動し、西から先に巨神とやらが王都に侵入してきている気配がする。

 かなりの速度だが、それよりも更に上を行くのが居た。


 獣神だ。

 耐え切れずに視線を向ければ、空を黒い獣が疾走してくるのが見える。


「ウォーレンハイト」


「なんだ」


「今すぐ俺を除名して逃げろ。多分、俺はもう戻れないわ」


 逃げ延びたとして、連中がどこまで追ってくるかが問題だ。

 転移で逃げてリスバイフや森までこられたらどうしようも無くなってしまう。


 侮るな。

 あいつらは俺のイシュタロッテよりも更に探知範囲が広い。どこまでも追ってこれると思った方がいいはずだ。


「殊勝な心がけだな」


「黙れ悪神! お前と会うと本当に碌なことがないぜ!」


 余裕なんてもう無い。

 打開策なんてすぐには浮かばない。

 そもそも連中の狙いだって定かではないって何なんだ。


「そう邪険にしてくれるな。だが余計な邪魔をされては余も面白くない。そうだな。今のイビルブレイクの団長とはそれなりに長い付き合いだ。黒銀竜よ。貴公の姉の顔に免じてリスバイフへと送ってやろう。その魔法を解くが良い」


「……断ればどうする」


「巻き添えを喰らうだけだ」


「……良いだろう」


「懸命な判断だ。ジーパングが落ちたなら貴公は……そうだな。六魔将の乗り物にでもしてやろう。光栄に思えよ。余の手足の足に成れるのだから」


「そんな屈辱的な日が来ないことを祈ろう。アルスよ」


「あいよ」


 もはや返事を返すのも億劫だ。

 投げやりな俺に、しかして彼は言い募る。


「約束しよう。お前の守るべき者たちに害があれば、我は必ず赴こう」


「そいつはありがたいな。――また会ったら何か美味い飯でも食おうぜ。できれば、あんたの驕りでな」


「すまぬ」


「……いいよ。こういうのはいつものことだ」


 こんな時なのに、苦笑いしかでない。

 引き攣った笑いだが許してくれ団長殿。


「ではまた会おう。勇敢なる竜翔の戦士諸君――」


 アリマーンから白い光が膨れ上がる。

 一瞬で膨張したか思えば、瞬きの瞬間にはもうその場から竜たちだけが消えていた。


「魔術じゃないな? 今のは……」


『聖人の奇跡の光だ。敵意は無かった。本当に転移させただけじゃな』


「驚いたぜ。お前には見逃す理由なんてないだろうに」


「余は飼育するに値する者たちを惜しんだだけだ。良き人材は抑えておくのが為政者の務めでもあるからな。――では、彼らを出迎えるとしよう」


 神宿りとクルスの兵士たちが動くに動けない中、俺は兜を装備し直して斬られた塔の上へと着地する。そこへ、まずは獣神が凄まじい風と共に降り立った。


「――臭う。臭うぞ。奴の持つ破滅の匂いだ!」


 庭園の上、舞い上がる粉塵の中で黒き獣が俺を見上げる。

 そして次に悪神を見た。


「お前もかつてしてやられた口か。人間の神よ」


「ふむ? それが今日ここに貴公らが集まった理由か」


「そうに決まっておろう。誰も世の破滅など望まぬ」


「破滅だと?」


 訝しむアリマーンだったが、そこに城壁をぶち壊す音と共にもう一柱が姿を現す。


「――ヴゥラァァァァァ!!」


 重低音。

 雄たけびは大気を震わすと同時に、そいつは冷気を呼び込みながらやって来た。

 いきなり気温が下がり初め、人間たちの一部が耐え切れずに逃げ出していく。


 無理も無かった。

 彼らには満足に抗う力さえ無いのだ。

 そして俺も、強烈な力を放つ三柱を前にして顔を強張らせるしかない哀れな一人だ。


「ドコ居る。オデあいつ食う。想念奪う。オデ、もっと強くなる」


「阿呆め。この世の理から外れた者など食えるものか」


 ビストが嘲笑するもヨトゥンは聞かない。

 地面を震わせながら俺に近寄ってくる。


「教える。早く。あいつドコ。ドコ居る!」


 しかしこの二柱、どこかで見た気がするな。 


 ……そうだ、思い出したぞ。

 この二柱を俺は知っている。

 どちらも前世時代に通行の邪魔ってだけであいつにバーニンされた念神だ。


「勘弁してくれ」


 つまりこの状況は想念で上書きしてくれたあいつのせいってことなのか?

 ビストの言う匂いってのがそれなら説明は付くが……おいテイハ。

 俺はそんな冗談みたいなことでこれから追い回されないといけないのかよ。


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