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第七十七話「いつかの報酬」

「ラル!」


 クルルカが捜索から戻ってきた彼の元へと詰め寄った。

 ラルクが臨時に風の団の団長にされてから、クルルカの機嫌が悪かった。しかしこの大事には彼女も不貞腐れるようなことはしなかった。


「すまん。特に情報は無い。だがやはり王都にはいらっしゃらないと思う」


「それどころか森の中に居ないと思いますよー」とディリッドが言う。

 居合わせたシュレイク城の重鎮たちは、その言葉に首を傾げた。


「だとしたらリスベルク様はどこへ?」


「まさか、またクルスが?」


 彼らは顔を見合わせて最悪のことを考える。しかしアクレイが否定した。


「それはあり得ませんよ。我々の目の前で消えたのですから」


 しかしリスベルクは転移魔術など使えない。そこだけが彼にも分からない。


「……一つ、オレに心当たりが有る。確証は無いが」


 皆の視線が少年剣士に向かう中、彼は続けた。


「一度、オレの前で消えたことがある。その時はアッシュの手元に帰っていた」


「それは何時のことです?」


 アクレイが興味深そうに尋ねる。


「アッシュがアリマーンに殺された時だ」


「なんですって?」


 それの意味するところは多くない。だからこそラルクも半信半疑だった。今のアッシュを殺せる相手はそう多くないはずなのだ。


「状況は分かりませんが、仮にその通りだとすればクルスに念神殺しが存在するということになりますね。可能性があるのはアフラーさんぐらいだと思いますが……」


 チラリとディリッドに視線を送ったアクレイは、彼女がフルフルと首を横に振るうのを見た。彼女も思い浮かばないようだ。しかしその一方で「条件さえ整えれば私でもあるいわー」などと口走る。おかげで不安が一同を襲う。


「――二日待ちましょう。それで音沙汰が無ければアッシュのところへ向かいます。何、アッシュは念神ですからきっと無事ですよ」


 微笑し、手を叩くと一度皆に仕事の続きに戻るようにと言って解散させる。不承不承という形での解散だが、それでも渋々皆が従って出て行く。


「一難去ってまた一難というわけですかね」


 中々どうして楽をさせてくれない現実に、もはや彼も苦笑しかでない。だが、少しずつ前へと進んでいることだけは確かである。アクレイは敢えていつもどおりに振舞うことを選択してみせる。


「少し別口から探りを入れてきます。皆さんは森を頼みますよ」


「あややまた悪巧みですかー」


「いえいえ情報収拾ですとも。妖精神さん辺りは事情通でしょう?」


 微笑を返し、アクレイが消える。

 ディリッドは頷き、残った王族たちに発破を掛ける。


「では皆さん。問題は問題ですがお仕事を再開してくださーい。でないとぉ、戻ってきた時にリスベルク様がプンプンですよー」









 俺達はアルツハイム卿とコンタクトを取り、すぐさま北からクルスへの侵入を試みた。

 飛翔する竜は黒銀竜一騎のみ。

 超高空まで上がった後、団員と俺を乗せた黒銀竜は一路南へと飛翔する。きっと地面から見上げても、俺達は点にしか見えないだろう。また、高度という距離を取ることで感知圏を遠ざけることで発見を遅くする狙いもあった。


「しっかしあんたも難儀だなぁ」


「連れて来れる訳が無かろう」


 トリアスが自分も行くと言って聞かなかったのを、無理矢理ウォーレンハイトが黙らせたのだ。王子の顔は竜翔なら知っていて、彼女が居なくても問題なく任務は遂行できる。


「騎士道などという幻想でアレを死なせることはできぬ」


 二重の意味でだろうが、俺は言葉にせずただ頷き返した。

 気を張っているのか微かに彼の声が硬い。総勢十匹の竜と俺だけでクルスの王都『グランドール』を強襲しようっていうんだから当然か。


「今日中に辿り着けそうかな」


「このペースなら、途中で休んでも明け方までには十分に辿り着けますよ」 


 地図を片手に、ルーレルンが教えてくれる。

 俺もその地図を見せてもらい、更新されていくワールドマップと過去の記憶とを擦り合わせて王都の位置をなんとなく把握する。その間、俺は竜翔に人間姿を晒しておく。皆困惑していたが、擬人化したイシュタロッテを見せられれば少なくとも俺が元廃エルフであったことだけは理解してくれた。


「作戦に支障は無いようですが……大丈夫なのですか?」


「考えようによっては逆に都合が良くもあるんだ」


 無いとは思うが、兜が破壊され、素顔を晒す時が来ても、これで廃エルフとは無関係だと思わせることができる。五柱目の回帰神として誤認させることができるならば、森への攻撃の口実にされる可能性も減るはずだ。


「前向きなお考えですね」


「考えすぎても疲れるだけだし、まぁ適当にやろうぜ。気を張っても碌な事にならない」


「お主はもう少し緊張感を持てい」 


 膝の上のイシュタロッテがのたまうので、俺は言ってやる。


「そういうお前は何をしているんだっての」


「英気を養っておるのだ。天使共は絶対に妾を目の仇にしてくるはずじゃからのう」


 それはつまり、こいつを装備する俺が徹底して狙われるということじゃないか。

 不安が一瞬だけ俺の脳裏を過ぎる。しかしもうサイは投げられていた。


――結局、いつだって俺という男は問題を前にしてジタバタするしかないらしい。








 木造の宿舎の中を、一人の男が歩いていた。

 その左手には血に濡れた一本の短剣がある。


――毒霧神『サシアン』。


 直接攻撃タイプの魔法ではなく、戦闘補助タイプの魔法を持つアーティファクトである。


「ククッ――」


 静まり返る森の中に、その場所はあった。

 現代においては重要拠点のひとつとして数えられる場所ゲート・タワーだ。

 そこに到るまでに見張りは確かにいた。

 しかし相手は長らく外敵らしい外敵が居なかった勢力。技術の研磨も申し訳程度であり、満足に研磨されてなどいない。


 確かにエルフは目が良い。しかし今は夜。そんな彼らの警備体制など、サイラスからすれば欠伸が出るほどに温すぎた。振り出してきた雪にだけは少しばかり参ったが、結局はそれだけ。黒い外套で闇夜を蠢動する彼は、聞き出した人間の部屋へと忍び寄る。

 鍵が掛かっているのを確認すると、懐から取り出した針金で素早く開錠を開始する。


――カチリ。


 呆気ないほど簡単に鍵は開いた。

 そのあまりの単純さに、サイラスは驚きを禁じえない。


(ハッ。エルフ風情に技術の研磨を期待するのは無理か。腐るほどに保守派らしいな)


 姿だけでなく価値観さえ止まっている連中などその程度かと、込み上げてくる嘲りの念を押し殺す。

 警備も甘い。すぐにでも仕事は終るだろうと確信し、ドアを開けてそっと短剣の先だけを突き入れる。


 そうしてサイラスは魔法を行使した。

 薄っすらと輝く短剣。外套で隠すようにしてしばしそのままを維持し、いつものように心の中で数を数える。

 どんなに相手が強力なレベルホルダーであろうとも、その体が動かなければ無力だ。


 純粋な攻撃力などなくても問題なかった。結局は使いようなのだ。

 加えてそれは、純粋な薬物ではなく念神の伝承に由来する魔法。それをレジストするにはそれ相応の対抗策が必要だった。


「――」


 頃合かと息を潜めて中へと向かう。

 時折パチパチと爆ぜる薪の音。

 紅く燃える暖炉が、薄っすらと霧がかった室内を照らしている。


 奥にベッドが二つ。手前にも二つ。

 四人部屋であり、その内の三つが使用中だった。

 その中で、右手のベッドに知っている顔を見つけた。彼女は起きていたが、声を上げられずに目を見開いたまま無駄に声を上げようと足掻いていた。


(イリス……だったか。まさかまだ生きていたとはな)


 てっきりあの騒ぎで死んだと思っていたサイラスは、一瞬だけ目を細める。しかも彼女は起きていた。彼の行動に落ち度は無かったとはいえ、良いセンスだと認めもした。だが、結局は起きているだけだ。何も抵抗できないならカカシと何ら変わらない。


 その左にはダークエルフらしい女性が眠っている。そちらはまだ起きる様子は無い。

 そしてその奥のベッドに、女が一人眠っていた。

 そっと近づき、その顔を覗きこむ。

 暖炉の火でもサイラスにはしっかりと分かった。彼女の耳はエルフ族のように長くもなく尖ってもいないと。彼女が人間であるのは間違いなかった。


「選り取り緑のところを敢えて人間とはな。廃エルフは良い趣味してやがるぜ」


 時間を掛けることに意味は無い。

 サイラスはそっと毛布に手を掛け――すぐさま飛びのいた。


 眼前。

 音も無く掠めた銀閃がある。

 咄嗟に手放した毛布が切り裂かれ宙を舞ったその向こう。セミロングの女が険しい表情で舌打ちするのが見えた。


「――ッ!?」


 だがそれは彼も同じだった。

 着地してすぐに後退。右手にロングソードを抜いて構える。

 その間にも女は声を張り上げていた。


「不審者だよっ!」


「この女ッ!」


 失敗したとみるや追撃ではなく迷わずに声を張り上げる切り替えの早さは、彼をして舌を巻いた。

 だがもう遅い。

 物音が聞えたかと思えば、神宿りの気配が遠くない場所で発生した。

 ラルクか、それとも別の誰かか。


 迷う暇は彼にはない。

 神宿りの燐光を纏うや否や、人間に向かって短剣を向け再度麻痺毒の魔法を紡ぐ。


「サシアン!」


 室内の霧が更に濃くなる。

 しかし人間の女――ナターシャは、何事も無かったかのように立てかけていた剣を拾い、鞘を噛んで左手でソードブレイカーを抜いて見せる。これにはサイラスも仰天するしかない。


「有り得ねぇだろ、おい。この濃度なら竜でも痺れる毒霧だぞ!」


「ハッ。毒なんてアタシには効かないさねっ!」


 換気のため、暖炉脇の窓の板をナターシャが剣の柄で殴り飛ばす。

 夜に響く物々しい打撃音。

 途端に室内の熱気と一緒に霧が外へと拡散していく。同時に、刺す様な冷気が彼女の肌を震わせるも、彼女は声を張り上げた。


 そこへ、サイラスが猛然と飛び出した。


「――速ッ!?」


 喉元へ一直線に放たれるロングソード。

 下から斜め上に跳ね上がってくるそれを前に、紙一重でナターシャは左手のソードブレイカーで受け逸らす。


 擦れる刃の不協和音。

 目の前で飛び散った火花の残光の後、頬を掠めた刃の痛みに怯むことなく彼女は反射的に右手のショートソードを掬い上げるように一閃する。


 それは、 突きの後の技後硬直への一撃のはずだった。

 けれどナターシャは、必殺のタイミングでなおしくじったことを理解した。


 手ごたえがない。

 振り上げた刃の向こう、いつの間にか、薄暗い室内の中で神宿りの白い光が間合いの外へと遠ざかっているのが見えたのだ。


 それが、神宿りと高レベルホルダーの差だった。

 身体能力に差がありすぎて、予測を超えられる。

 辛うじて突きは防いだが二度目も上手く行くとは限らない。

 

「ちっ――」


 ナターシャは咄嗟にショートソードを輝かせる。

 それは、アーティファクトによる魔法の前兆だ。

 再度攻め込もうとしていたサイラスは、何が来るかが分からず舌打ちだけ残して咄嗟に後退した。


 身体能力では勝ったが、切り札の性能は不明。

 どういう魔法かを理解する術がサイラスに無い以上は迂闊には動けない。

 最悪、一撃で戦況を変えうる可能性がある。それが、アーティファクト持ちの戦いだ。


(……不味いね。こいつ、アタシ一人でどうこうするには荷が思い)


 互いににらみ合うこと数秒。

 その数秒がとてもナターシャには長かった。険しい顔をして睨みつける彼女は気が気ではない。

 神宿りの放つ神気は、同じ土俵に上がれない者にとっては重圧でしかないのだ。


 心が磨耗する。

 闘争の意思が削られる。

 だが、それでもまだ残っている勝機こそが彼女を支えた。


「今のは!?」


「ナターシャの声よ!」


 部屋の外からの声。

 それは武装したエルフ族が動き出した確かな証拠だ。

 そして、真っ先に飛び込んできたのが神宿りのシルキーだった。


「遂に乙女の園に下種野郎が現れたの!?」


 槍を手に飛び込んできた彼女は、すぐさま不埒な男へと視線を向けた。


「霧が毒の魔法だから気をつけなっ」


「ちょっ、それを早く言いなさいっての!」


 思いっきり霧を吸い込んで倒れかけるも、ディウンを輝かせて抵抗。

 霧を吹き飛ばす。

 魔法だが霧は水の属性の範疇に入る。水の精霊である以上、それに干渉することはできた。サシアンとディウンが使い手の意思を反映して輝きを強くする。


――果たして、軍配はディウンに上がった。


 霧が離れる。

 シルキーから逃げるように、無形の圧力に屈して遠ざかる。


「てめぇまさか!」


 天敵になりかねないと判断し、すぐさま切りかかろうとするもシルキーが復帰する方が早い。

 ディウンには癒しの力もあるのだ。

 すぐに立ち上がったシルキーは、槍を前に突き出して牽制する。


 ロングソードと槍ではリーチが違う。ましてや彼女の手には槍は二本あった。

 懐に侵入する前に機先を制されたサイラスの脚が、間合いに踏み込む前で止まる。そこへ、すかさず壁伝いにナターシャがシルキーの方へと合流を図る。


「見覚えがあるわね。貴方、この前城に来たクルスの奴ね?」


 二対一。

 部屋の外からもエルフ族の戦士が到着して覗き込んでいる。

 そんな中、寝込んでいるイリスとイスカの毒を魔法で解毒するシルキー。


「やってくれたなサイラス! 人間の手先め!」


 解毒されるや否や、怒髪天を突く勢いで起き上がったイリスが吼えた。

 彼女は急いでベルトと剣を引っつかむと、夜着の上から装着。両手にスローイングナイフを指に挟み込むように六本程抜き放つ。


「ほんと、サイアクの気分だわ――」


 寝た振りをしていたイスカもまた悪態を吐く。


「――あの糞不味い対毒訓練の意味が無い毒って何よっ!?」


 左足を前に、右足を軽く引く。

 その手にはやはり、抜き放ったレイピアがある。

 刺突の構えで半身に構える彼女は、ようやく無縁になったはず過去を想起させられたことで殺意に塗れていた。


 彼女たちはこの拠点において上から数えた方が早いほどの高レベルホルダーであり、全員がアーティファクト持ち。そしてそのほとんどの魔法をサイラスは知らない状態で囲まれている。いくら彼の腕がラルクに匹敵するとはいえ状況が悪い。

 更に、状況の悪化は留まることを知らない。


「GUOONN!!」


 異常を察知した竜の咆哮が拠点に木霊したのだ。

 その魔力の気配は、真っ直ぐに近づいてくる。

 羽ばたきの音に遅れ、断続して着地音が響く。その数は五。様子を伺うように宿舎を取り囲み初めていた。


(勘弁しろよ。シュレイク城より警備がヤバイってのはどういうことだ!)


「宿舎に男の侵入者だって!」


「何!?」


「どこの男よ!」


「部隊長に頼んで将軍に斬ってもらいましょ!」


 サイラスは時間切れを悟るしかなかった。竜が囲み、拠点は完全に戦闘態勢へと移行している。彼はここに居る全員を殺せないとは思わない。しかし、それ相応の負傷は免れないと即座に考えた。


「……誤算だったな」


 サシアンの毒がナターシャにはまったく効かないことと、シルキーが神宿りとなってここに居たこと。少なくともそれさえなければまだ手はあった。しかしこの状況ではどうしようもない。どちらもスイドルフからの情報には無い完全なイレギュラーだ。


「今夜は諦めてやるよ――サシアン!」


「斬神っ!」


 イリスが叫ぶや否や、指に挟んだ都合六本のナイフに補助魔法を掛けて一息で投げ放つ。

 その一瞬の早業に、しかしサイラスは止まらない。

 手に持つ二刀を器用に振り回してナイフを払う。弾かれた凶刃のいくつかが明後日の方向に飛び、残りはロングソードに突き刺さる。

 その最中にもサシアンで今一度麻痺毒を展開して見せるサイラス。突如として発生した毒の霧で覆われる男は、そのまま濃霧の中へと消えていく。


「ディウン様!」


 室内に広がろうとする霧へと干渉し、霧を消し飛ばす。

 それを見て、すかさずイスカが息を止め突っ込んだ。

 かつてアッシュへと放ったそれよりも更に早い。

 鋭い切っ先は、一直線に霧の向こうに放たれそこに居るはずのサイラスの影へと襲いかかる。


「――ッ!」


 だが、手ごたえがない。

 それどころかサイラスは忽然と姿を消していた。すぐさまイスカは身を翻し周囲を探る。


「居ないわ!」


「一瞬だけ魔力の励起反応が在った。転移じゃないか?」


「透明化じゃなくて?」


 念のためバックステップで距離を取ったイスカが、かつて使用していたアーティファクトのことを考えて発言する。

 さりげなくナターシャを庇う位置に立った彼女は、未熟な感覚を研ぎ澄ませた。それはどこぞの廃エルフの言う風呂のために覚えたものではなく、イリスの負担軽減と家事負担軽減のために魔術を齧っていたことの副産物だった。


「アタシは何も感じないねぇ」


「私もだ」


「精霊はどうなのよ将軍様」


「んんー。感知してないみたい」


「……そう。気味が悪い奴ね」


 鞘へとレイピアを仕舞うと、思い出したかのようにイスカは外套を引っつかむ。寝起きに冬の寒さはかなり辛い。

 そんな中、身を震わせながらシルキーがぼやく。


「血迷った馬鹿かと思えばクルスかぁ。ほんと人間の国はウザったいわねぇ」


「人間なんてそんなもんよ。あいつらが他人の迷惑なんて考えるわけないじゃない」


 イスカの呟きに「なんだか複雑な気分だよ」と肩身が狭そうに呟くナターシャ。

 さすがにこのまますぐに寝られるほどに図太くも無い。彼女たちは念のために装備を身に着けることにした。


「別の部屋を手配するわ。一応、竜たちも呼んでおくけど気をつけて頂戴」


 戦士たちに警戒するように指示を出しつつシルキーが消える。

 残った三人は思い思いに装備を整えていく。


「悪いね。なんだか狙いはアタシみたいだったのに」


「どうだか。エルフ主義者の残党が働きかけたのかもしれないわ」


 アクレイ預かりでもあるということでイスカも他人ごとではない。しかもハーフエルフでありダークエルフの血も混ざっている。彼らからすればターゲットにされても不思議ではないと自覚していた。


「しかしどうやって奴の毒を防いだんだ?」


 身動きできなかったイリスが悔しげにナターシャに尋ねる。


「さてね。アタシもよく分からないんだけどさ」


 左手の薬指に収まった銀の指輪に唇を落とし、ナターシャは笑った。 


「きっとアッシュの加護さね」










「大見得切ってこの様か」


 サイラスは長剣に刺さった数本のスローイングナイフを忌々しげ見下ろすと、剣ごと床に投げ捨てる。予備を引っ掴みながらも悪態は止まらない。


「ざまぁねぇなぁ。こんなんじゃエルフ共を皆殺しに出来ネェじゃねぇか!」


 警戒されてすぐに襲撃をかけるなどありえない。

 任務の失敗だ。

 不機嫌な顔を隠そうともせずに近くの椅子を蹴り飛ばす。夜闇に響くけたたましい音。だがどれだけ物に当たろうとも事実は変わらない。

 失敗の報告に向かおうとしたサイラスはしかし、そこでサシアンから不可解な言葉を聞かされた。


「……アァン?」


 理解に苦しむサイラスは、次の瞬間に断続的に轟音を耳にした。

 何かが倒壊し、爆音が響く。それに人々の悲鳴が遠くから聞えてくる。


 クルスの王都『グランドール』は三つの外壁に守られている強固な都市である。

 王城の周囲の堀の中にある第一門、貴族区を守る第二門、そして平民の住む第三門。

 更に最近では第三門の周囲にも下町が形勢されているが、中央四国最大の都市であることには違いない。


 そんな場所に、直接攻撃を仕掛けられるような存在とはなんだ。


「――ッ!?」


 動揺する中、サイラスはすぐに部屋を飛び出した。

 異端審問官とはいえ、平民でしかないサイラスに与えられた宿舎は第三門。彼の上司であるグレイスは第二門の中に居を構えている。だが、転移強襲を防ぐための結界が第二門の中には存在しているため徒歩で門を超えなければ成らなかった。


「くそったれぇぇ!」


 有事であるというのは明らかだった。

 西から強烈な魔力の持ち主が進撃しているのを今更のように感じ取る。

 いや、魔力など感知できずとも分かった。


 それを感知できない生物などきっと居ない。居たとしたらそれは、想念を発しない規格の生物だけだ。


(城の方にも二柱。更にもう一つ南東からも近づいて来やがる……なんだこの状況は!)


 つまり、今この王都には回帰神全てが揃おうとしているのである。

 世も末だった。


「ヒハ、クハハハハ。いきなり最終戦争でもおっぱじめるつもりかてめぇらっっ――」


 既に教会の神宿りが飛び立ち、空に上がっているのが感知できる。だが、強大な四柱の気配と比べれば余りにも小粒だった。

 その中にはどうやら竜も居るようだったが、もはやそんな程度は誤差の範囲だ。最弱のはずの廃エルフでさえも前に見たときよりも強くなっている。


 こうなれば出し惜しみなどできない。

 魔術と内気魔法。そして神宿りの輝きを纏ってサイラスは路地を駆け抜ける。

 そこへ、ドッドッドッと石畳の上を大質量が疾走していく。


「な、なんだ?」


「ひ、ひぃぃ!」


「巨人だ。巨人が来るぞぉぉぉ!!」


 起き出して来ていた人々が悲鳴を上げる。と、すぐさま彼の目の前を巨大な人型が轟然と横切った。

 同時に吹き抜ける刺すような冷風。

 思わず外套で遮断しようとしたサイラスは、防寒具を着ているということさえ忘れそうな寒さに襲われた。


「なんて冷気だ。身体の芯から凍っちまいそうだ……」


 吸い込んだ空気のせいで肺が凍るような錯覚。

 今が冬で、そのための防寒具を纏っていなければ半刻も持ちそうにない。


 リスバイフのあの雪さえも越えるのではないか?


 そんな感慨の中でサイラスは巨神を追った。

 だが追いつけない。


「でかいくせに……」


 歩幅だけではなかった。

 純粋に、それはもう人類の枠組みを大きく超えていた。


 巨大に過ぎる巨神は止まらない。

 そのまま第二門へと突っ込んで一撃で殴り飛ばす。

 余りにも力押しに過ぎるその開門劇に、彼の持ちえる現実感が軒並み消えた。


「ヒヒャ! そうかアレが。アレこそが本物の――」


――人々の願いから生まれる幻想存在。


――伝承を骨子とした想念の集束点。


――人類最強の共通魔法にしてその具現。


「――念神! 枢機卿、アンタは本当にあんなえげつない奴らの上を目指すってのか?」


 クハハッ、クハハと狂笑を浮かべ、サイラスは震える足を動かした。

 もし、今日この日にクルスが滅んだとしても今なら信じられた。

 これまでの全ては、この狂気の向こう側へ行くための準備運動でさえなかったのだと。


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