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第七十四話「電波少女的ちゃぶ台返し」

 アルツハイムの合流で、スペンジ砦の諸侯たちはこれからの動きに対して紛糾していた。

 ダイヤモンド鉱脈までの奪還を最低限だと叫ぶ者と、逆にそこまでを譲り渡すことで王子の身柄の返還、戦争の終結へと舵を取るべきだとする者。また或いは、国土を完全に取り戻すべきだと主張者する者に分かれてしまっていたのである。


「だいたい、王子が本物かなどは確認せねば分からんぞ」


「ならばいっそのこと新しい王を擁立し、敵のカードを一つ潰せば良かろう」


「いや、しかしそれは余りにも――」


「そもそも本当にダイヤモンド鉱脈など存在するのか?」


 証拠として提出された原石はある。しかしたった一人しかその存在を確認していない。さすがに疑わしいと語る者も居て、この先の方針に慎重論を唱えている。


「静粛にしたまえ」


 口々に持論を展開する諸侯を宥めつつ、アルツハイムは今一度ウォーレンハイトに確認しておく。


「鉱脈の存在、本当なのであろう?」


「彼が信用できないというのであれば、我等竜翔諸共解雇してもらって構わん」


「そ、そこまでは言わぬが……」


 疑問を口にした一人が、諸侯からの無言の視線に口を噤む。

 現段階で竜翔に降りられて困るのは彼らだ。紛糾した熱を冷ますかのような一言に、諸侯も一度居住まいを正す。


「ウォーレン殿。私としては君を信じるしかない。ハルケブンまで取り戻した彼を疑っても何も始まらないとも思っておる。問題は今これからどうするかだ。何かあるかね?」


 アルツハイムの言に頷き、ウォーレンハイトは提案した。


「連中の動きが鈍いのは周知の事実だ。少々の危険は伴うが、今のうちに王都を奪還するのも手かもしれぬ」


「なんと大胆な……」


「ちと早計にすぎやしないか?」


「いや、だが中央盆地を完全に取り返してしまえば、後は盆地周りに西と東からプルアス山脈を取り返す方向で動くことができる。これは鉱脈の奪還までも見据えた動きになりますぞ」


 ただし、雪中行軍も持さない覚悟が必要だという条件がネックであった。

 寒さも更に厳しくなってくるため、相当な賭けになりかねない。


「勝機がないわけではない。クルスは今、統治のために一点に兵を集中させられぬ。アルスに各地の陽動を頼み、その間に戦力をスペンジ砦とベルミナ砦まで集めて北と東から王都を落とす。これが成功すれば、我とアルスが同時に動くゆとりができよう」


 逆に、雪解けの間に戦力を補充させてくれば今よりも厳しくなりかねない。


「交渉も、ですな?」


「あくまでも取り返すのであればそうなろう。結局は方針によって変わるが、先に断っておく。我ら竜翔に投降の意思はない。それをするならば解散してこの地を去ろう」


 当然のような言葉の裏には、強い交戦の意志が伺える。諸侯としてもそれを認めれば終わりだという自覚はあった。となればやはり焦点が鉱脈へと戻るしかない。


「今を取るか、未来のために歯を食いしばるか……ですかな」


「この国は貴方たちの国である。よく考えて結論を出して貰いたい」


 締めくくったウォーレンハイトは、両手を組んでアルツハイムへと視線を送った。

 彼の戦いと彼らの戦いは近くて遠い。その境界を擦り合わせる結論は、彼ら自身にしか導けない。


「ウォーレン殿。私の答えは決まっているよ」


 リスクは当然にある。

 想定していた落としどころを失い、泥沼の戦いに身を投じてしまう最悪の結末だってあるだろう。それでもそれを願うのは、リスバイフという国に住む人間としての当然の感情であり愛国心があればこそである。


「領土を切り取られ、生命線である輸入ルートを押さえられて王都まで奪われた。この上で一方的に何もかも奪われるだけなどもはや耐えられぬよ」


 耐えられぬのであればもう、抗うしかない。


「――諸君。苦しいが勝ちに行かないかね?」








 諸侯軍はアッシュの協力を得て広域的な攻撃を行って貰うと同時に、ギリギリまで抽出した戦力をスペンジ砦とベルミナ砦へと終結させた。彼らは王都バレンザ攻略に向けて中央盆地の北と東へと戦力を移動させる。


 その動きを察知したクルス軍ではあったが、廃エルフの強襲でことごとく戦力を削られる。その上、リスバイフの厳しい環境を理解していなかった一部の者たちが部隊ごと遭難者を出すなど、予想外のダメージを負っていた。


 当然のようにクルスも援軍を派遣しようとする。だが、そこにアルツハイムの精力的な外交活動が実を結び始める。ジャングリアンとロロマの軍による合同の軍事演習が実現したのである。クルスからの牽制に対する牽制が行われ、中央四国により一層の緊張感が漂い始めた正にその時であった。


 クルスにティタラスカルの巨人族が攻めて来るという噂が流れたのである。

 噂の出所はホビットの行商人たちであり、本来ならただの噂で終るはずだった。

 彼らが本当にクルス南東の海岸に船団を率いて攻めて来るその日までは。


「馬鹿な!?」


 報告を聞いたクルス王グレルギウスは目をむいた。彼は教皇の策によって巨人たちがアヴァロニアと戦っているものだと思っていたのである。


「もしかすると、巨人たちは方針を転換したのかもしれませんね」


 相談に呼ばれて話しを聞いたグレイス枢機卿は、冷静にそう分析した。


「おそらく、巨人たちの神でさえもアリマーンに敗北したということでしょう」


 ならばどうするか?

 この行動から導き出される答えは単純だ。


 彼を打倒しうるほどの力を得るため、他の国へと攻め入ればいい。

 これまで、ずっとアヴァロニアへと挑んでいたのは単純にアヴァロニアがティタラスカルと最も近かったからである。


(こうなると巨人たちの狙いは想念と魔法銃ですか)


 アヴァロニアを押さえるための策だった。しかしそれがクルスに目を向けさせることになるとは皮肉である。

 確かに巨人からすれば戦力強化と、アリマーンにこれ以上の力を付けさせないための戦略にもなる。しかしこれはクルスにとって最悪の一手でしかなかった。


「こうなれば当然、向こうも動くな」


 アヴァロニアを動かさないための巨人だった。

 しかしその役目が果たされないなら意味がないのは誰の目にも明らかだ。ため息をつくグレルギウスは、確認の意味も込めて枢機卿へと視線を向ける。


「アヴァロニアへの時間稼ぎは、やろうと思えばできないこともありません。ですが、そのリスクは大きいとだけは覚えておいてください」


「おお。やはり教皇よりお前の方が頼りになるな。その時は頼むぞグレイス」


「勿論ですとも」


 頷く枢機卿はしかし、言葉とは裏腹に彼への忠告を意図的に避けていた。


(認識が甘いよグレルギウス。念神を三柱も敵に回して上手く立ち回る方法など普通はない。今の私にできることはそう多くはないぞ)


――異界の神を倒した廃エルフの『アッシュ』。


――強大な人類種、巨人を支配下に置く霜の巨神『ヨトゥン』。


――宿主に聖人を持ち、ユグレンジ大陸最強の国家を持つ悪神『アリマーン』。


 一柱であってもそれぞれに手を焼く相手であることは間違いない。如何にラグーンズ・ウォー後のクロナグラから念神の恐るべき力の伝承が薄れていたとしても、王の認識は甘すぎた。ましてや教皇が既に逃げ支度を整え始めているなど気づいてもいないだろう。


「共に励みましょうグレルギウス。お互いの目的のために」


「うむ」


 少しばかり安堵したようなクルス王だったが、その顔が一瞬で崩れることになろうとはこの時のグレイスは思ってもいかった。


「陛下! 一大事ですぞ!?」


 宰相の男が、ノックもせずに押し入ってきたのだ。その声色から察すれば、良い報告とも思えない。二人は気が滅入るのを隠さずに一瞬だけ視線を交わした。が、聞かぬわけにもいかない。


「何事だ騒々しい」


「リ、リスバイフとの国境に巨大な地割れが出現したと報告が!」


「……地割れ、だと?」


 グレルギウスとグレイスは揃って顔を見合わせる。

 当然だが二人とも理解が追いついていなかった。

 宰相が地図を広げ、国境沿いを一直線に指でなぞるまでは。


「これはまさか、国境が軒並み寸断したということか? そんな馬鹿なことが……」


「――嗚呼、神よ」


 絶句する王の眼前で、グレイスは目を伏せ十字を切るしかなかった。 

 気を抜けば、笑いそうだったから。








 その日は生憎の曇り空であった。

 いつ雪が降り出してもおかしくないその盆地を歩く影が有る。黒髪黒瞳のその少女は、セーラー服の上に白いコートを羽織ったままその肩に妖精を乗せて歩いていた。


「ブルブル。死んじゃう。私ここで死んじゃうよぅ賢人ちゃん」


「堪え性がないなぁ。神気使えばいいのに」


「やーだー。僅かでも無駄に力を消耗しちゃうんだもん」


 妖精もモコモコな防寒具を用意しているようだったが、それだけでは足りないとばかりに震えている。


「しょうがないなぁ」


 見かねたレーヴァテインが首に巻いた赤いマフラーに誘う。すると、急いで潜り込んだドテイが顔だけをちょこんと出した。


「わーい。ぬくぬくだぁ」


「もう少しだから頑張るんだぞ」


「おっけー。私がんばっちゃう」


 王都バレンザへと続く中央盆地の街道をただ北へ。

 二人は黒銀竜と合流するべく進軍中の諸侯軍へと向かって歩いていた。


「でもさ、私は思うんだよね。国境を海まで一直線に物理的に抉るのはやり過ぎだって」


「いやいや。海を割って一部のホビット共を逃がしたアリマーンが居るじゃないか。それと比べるとボクの力なんて大したことあるよね?」


「全然謙遜してないし! さっすが賢人ちゃんだね。悪戯のスケールが違い過ぎてもう私困っちゃう!」


 一週間ほど前のことを思い出すだけで真っ青になったドテイは、外気とは違う冷たさに打ち震えた。気の毒なほどに震えるのが分かったのか、レーヴァテインは使い捨てカイロを取り出してマフラーに仕込む。


「お、やっと竜が見えてきたぞ」


「あの子達はどうするかな?」


 二匹程空を飛んで居た竜だが、降りてくることはせずに反転。何故かすぐに取って返していく。


「ほらぁ。やっぱり逃げてったじゃない」


「おっかしいなぁ。ボクはちゃんと非武装だぞ?」


 存在そのものが武装であるという事実は放置である。毛糸の穴開きグローブを装備した指で頬をかきながら、摩訶不思議な現実に首を傾げるレーヴァテイン。

 

「というわけで賭けは私の勝ちだね。チョコ頂戴!」


「でっかい目をしてる癖に意外と節穴な奴らだぜい」


 懐柔用のチョコクッキーを一枚差し出したレーヴァテインは、そのまま竜の後を徒歩で追っていく。

 しばらくすると八匹の竜が飛んで来る。その中心に居るのは黒銀の竜だ。


「ティアマの書状と君。どれだけ効くかな?」


「そんな物無くてもすぐにお腹見せると思うなぁ」


「いやいやいや。竜は犬や猫とは違うでしょ」


「でもお爺ちゃんが切腹しかけてたじゃん」 


「はっはっはー。お腹を見せるの意味が違う気がするぜ!」


 レーヴァテインは表面上は朗らかに笑って降りてくる竜翔と対面する。


「何者だ。奇妙な身体の持ち主よ」


「ええい頭が高く、図体もでかい奴らめ! 控えおろー。このお方をどなたと心得る!」


「ドテイ、そういう愉快な前口上は要らないからね」


「え、そう?」


 紹介しようとして打ち切られた妖精神は、寒さに負けてマフラーへと逃げ込む。


「むぅ。妖精神様自らとはいったい?」


「用件はこの書状の通りだぜ」


「拝見しよう」


 人化したウォーレンハイトは、恐る恐る書状を確認。そして目を剥いた。


「これは、本気なのか?」


「既に一人部外者の新人が居るでしょ。君たちにとっては悪くない話だと思う。ちゃんとお土産もたっぷりと用意してきてあるんだ。どうだい? 期間限定でボクたちを雇うっていうのは。何、入団試験が必要だと言うならちょっぴり力を見せてあげようじゃないか。王都バレンザ、今すぐボクだけで落としてやるぜ?」










『――止まれ!』


「どうした」


『真逆、そんな馬鹿なっ――』


 切羽詰った悪魔の声に、進軍するアッシュの足が止まった。

 すぐさまマップを確認し、周囲の雪景色を確認する。

 遥か彼方に王都が見えているが、そこでアッシュは奇妙な光景を見た。


「紅い……流星?」


 雲の下を、真紅の光が北から飛んで居るのが見える。

 かと思えば、それはいきなり空中で分裂。幾筋もの光の筋となってのまま王都中に降り注いでいくのが確認された。


「なんだあれ」


「こんな昼間に流れ星か」


「気のせいか? あれ、バレンザに落ちてないか?」


 兵士たちが動揺する中、ミハルドと共に竜が飛んでくる。


「しょうがない。俺が様子を――」


『ならぬ!』


「イシュタロッテ?」


『近づくでない! 巻き込まれたら跡形も残らぬぞ!』


 その切羽詰まった声に動きを止めたアッシュは、ジッと王都を見た。

 攻撃は、その一回で終っていた。







――惑星監視網による再検索終了。

――指定座標範囲内の『クルス』所属の兵士サンプルの殲滅を確認。

――同時に鎮静効果のある魔導フィールドを限定展開……完了。


――ミッションコンプリート。

――統合管制AI『ユグドラシル』は、迎撃監視任務に移行します。


――追伸。

――こんな下らない雑事でユグドたんの手を煩わせるなですぅぅ。この雑魚っ!



「――状況終了。まっ、こんなものかな」


 熱量により、大気を歪ませているその長大な銃を右手一本で掲げて黒の少女が振り返る。


「終わったよ。選別に数秒もかかっちゃったけど合格は貰えるかな?」


 彼女が尋ねると、居並ぶ竜たちがビクリと震えて仰け反った。

 唯一下がらなかったウォーレンハイトは、声を震わせながら問うた。


「何を……いったい今目の前で何をした!?」 


「何って、殲滅したんだよ。王都の敵兵一万三千七百九十三人を」


「そんな馬鹿なことが在り得てたまるかっ!?」


 いっその事、そうであってくれという本心さえその言葉には込められていた。

 言葉を向けられた少女は、ニンマリと唇を歪めながら手に持つ銃を眼前から消し去った。その光景もまた、竜から現実感を奪い去るのだと自覚したままで。


「……ねぇねぇ新入りちゃん。民間人とかはどうなったのかな?」


「こう見えてボクは器用なのだ。無差別攻撃の方が得意ではあるけど、今日はちゃんと気を使って除外してあげたからね。傷一つないはずさ」


「そう。そう……なんだ。あは、あははは……」


 齧っていたクッキーを雪思わず原に落としたドテイは、涙目になってマフラーの中に埋没した。まるで獣が天敵の動物を恐れて巣穴に逃げ込んだような逃げっぷり。カイロに抱きつき、止まらぬ震えに耐えながらドテイは思う。


(無理。ぜぇーったいに無理。やっぱり誰も賢人ちゃんには敵いっこないよぅ!!)


「さて竜翔の団長。新入りの歓迎会とかはいらないから、そろそろ突撃命令でもだしたらどうかな。なーに。今なら無血開城は間違いなしだぜ?」


 ウォーレンハイトは冷や汗が凍るのを感じながら、確認のために斥候に出す。


 王都から反応は何も伺えない。

 やがて敵が存在しなくなった王都を諸侯軍は占領。王城にて新入りが供出した大量の食糧と酒で宴を開いた。

 そうでもしなければ、誰も戦勝の気分を味わえなかったのだ。


 夢ではないかと疑う者、消えぬ恐怖を忘れるために酒を喰らう者、生きていることを喜ぶ者などが散々に飲み食いするその中で、一人城内に消えた新入りを探すことを誰もが意図的に避けていた。不思議と、混乱らしきものも無くつつがなく王都解放が演出される。


 それは、遅れて入城したアッシュたちが合流してもそのままだった。







「いったい何がどうなったんだ?」


 俺たちが立ち往生している間に、ウォーレンハイトたちの軍が王都入りを果たしていた。

 遅れて竜が飛んできたが、信じられるはずもなかった。

 だが、確かに敵がどこにも居ないのだ。


「広域の魔法攻撃ってことだよな?」


 しかし、だったら何故敵兵だけが消えたんだ。

 敵の居た痕跡はある。

 城壁の上に迎え撃つために用意されたと思わしき矢玉や、投石用の石がそのままで放置されているのを見ればそれは明らかだ。

 なのに敵だけがいない。それどころか死体さえ残っていないし都市にも被害がない。


 住民が言うには、空から降ってきた火に包まれて焼け死んだというが、到底信じられる訳が無かった。これじゃあまるで、俺の敵撃破時の消失現象と同じじゃないか?


「……殿、周囲の確認はミハルド殿に任せましょう」


「敵が居ないなら俺の仕事はない、か」


 あちこちで兵士たちがリスバイフの旗を立て、王城で宴を開くと触れ回っていた。気の早い民間人は既に酒を開けて歓声を上げている。


 少しずつ、少しずつ異常を忘れるかのように上がる声。

 その白々しさだけがどこか滑稽な程に冷気に溶けていく。


 異常に過ぎた。

 誰もが答えを知りたがっていない。知らないで済ませようという雰囲気を醸し出しているのは、知ってしまったらもっと恐ろしいモノを呼び覚ますのではないかと恐れているからだろうか。まるで集団催眠にでも掛かったみたいに、異常な流れが受け止められている。


 例外があるとすれば、リストル教徒と思わしき一段か。

 兵士というよりは司祭やシスターらしき人々が、顔を真っ青にしたまましきりに往来で祈りを捧げている。


(何かがおかしい。なのに、この不自然な混乱の無さはなんなんだよ)


 自然と足は早足になり、案内をしてくれるルーレルンも落ち着き無く周囲を観察している。今なら、夢を見ていると言われたら信じてしまいそうだぜ。


『……』


 イシュタロッテはずっと沈黙したまま何も言わない。

 ただの沈黙のはずだ。

 なのに、なぜか重苦しい雰囲気を感じる。


「こちらです」


 城門の中に入り、先行していた竜と共に庭を歩く。

 城の補修はそれなりにされている。きっと観光で見たならば、俺は口でも開けたままその質実剛健な石造りの建物に圧倒されたはずである。

 だが、生憎と今日は日が悪過ぎた。

 残念なほどに何も感じない。


「何があったのです?」


 一向に事情を説明しようともしない竜に、ルーレルンが業を煮やしたかのように尋ねるも彼は口を噤む。


「……団長に確認をしてくれ。自分の口からは、どうしても上手く伝えられそうにない」


 俺たちは顔を見合わせると、ウォーレンハイトが諸侯たちと共に集まっているという部屋へと急いだ。


 その時だった。

 奥の曲がり角から、黒いセーラー服の少女が現れたのは。


『なぁっ!?』


 イシュタロッテが何故か驚きの声を上げたが、彼女とは違う意味で俺も驚いていた。


 だってここはクロナグラだ。

 こんな、女子高生だか中学生だか分からない格好の少女が、この城の中を闊歩しているなんて想像できるわけが無かった。


「やっ。始めましてだねアルス先輩」


「せん、ぱい?」


「こう見えてボクは竜翔の新入りなんだ。まっ、ボクが来たからには安心しなよ。――君の出番はすぐに無くなるぜ」


「識べ――ぐっ!?」


――■目。

――理■させ■い。

――■■■■ないで。


 眩暈がした。

 目の前が真っ白になるような、空白の思考。


 その間にもログが流される。

 それでも反射的に脳裏に浮かんだログを追えば、文字化けした文字の羅列だけがそこには記述されていた。


 イシュタロッテの時のそれよりも酷い。

 名前さえもが読み込めない。


「殿?」


「ふーん。もうそこまで介入できるのか。いや、もしかしてあの最初の時からそうしていたのかな?」


「な、何のことだ」


「なんでもないよ。ああ、でもこれだけは言っておこうじゃないか」


「いや、どっちなんだよそれは」


 矛盾するような言葉の後に、彼女はズイッと俺の方へと距離を詰めてくる。

 

 近すぎるほど近い距離の向こう。

 黒瞳の持ち主が真っ直ぐに俺を見上げながら鼻頭に指先を突きつけてくる。

 誰がどう見ても不機嫌だと分かるような表情。だが気のせいだろうか。ほんの一瞬、視線が合った瞬間にとても寂しそうな目をしたのは。


「君たちはやり過ぎた。その報いは必ず君たち自身へと帰ることになるだろう。けどそれ以前に忠告だ。ボクをこれ以上怒らせるな――」


「は?」


 それは、訳の分からない電波発言だった。

 色々聞きたいことがあったのに、少女は呆気に取られた俺を放置してそのまま歩き去って行ってしまう。


 あ、なんかマフラーから妖精が出てきて手を振って来た。


「まったねー。森林剣のアルスちゃーん」


「妖精神?」


 ドテイってことは、あの黒の少女は日本人ではなくジーパング人の可能性もあるのか?

 

 でも、なんでだろう。

 俺は、あの少女の声に聞き覚えがあるような気がする。


 そうだ。

 クロナグラではなく地球で。

 あの無限転生オンライン関係で確か――。


「薄っすらと希薄で、しかし力強い。なんて不思議な方でしょうか。ドテイ様がいらっしゃるということは悪い人ではないのでしょうけれど……今の方はいったい?」


 後ろでルーレルンが呟いていたが、竜翔の関係者ならウォーレンハイトに聞けば答えが出るだろうと考え直す。セーラー服の出所とかは本人に聞くとして、何らかの答えはあるはずだ。


 しかし、彼女という存在に対して俺は既に有る程度の予想をつけていた。

 ちょっと考えれば分かることだった。


 彼女の正体。

 それは――


「――あいつ、まさか異世界から召喚された勇者的存在じゃないだろうな?」


『はぁ? 何を意味不明なことを言っておる』


「いや、この名推理はあながち外れてはいないはずだ」


 ここには念神とかいう神が居て、異世界召喚系の魔法も存在する奇天烈な世界。そんな意味不明な不条理が罷り通るんだから、召喚勇者的存在が居ても不思議ではない。


 もしこの仮説が正しいのであれば、相手は間違いなく日本人だ。そうでないなら大陸被れしたファッションセンスを持つジーパング人になってしまう。でもそんなわけがあってたまるかってんだよ。一周回ってそっちの方が正気を疑うっての。


 こうなったら後でこの謎を解明するべく話すしかない。

 電波少女との会話が成立するかは分からないが。


「そうか。もしかしたらあの流星がチート能力って奴か。敵だけを燃やす力……か」

 

 進んで敵対する気はないが、炎ならレヴァンテインさんがあればなんとかなるか?


『お主が何を言っているのかさっぱりわからんがの。妾は絶対に違うと思うぞ』


「いやいや、何とかさんの法則然りだ。お約束ってのがあるんだよきっと」


 クロナグラは懐が深すぎる。

 ああいう虚構も受け入れているなんてな。


――ちくしょう。


 いつからこの世は幻想に飲み込まれてしまったんだろう。

 事実は小説より奇なりとはいうが、本当、適当に生きないと頭がおかしくなりそうだぜ。


 俺は半ば現実逃避しながらウォーレンハイトに会いに向かった。







「クリエイター?」


「本国からこちらの戦力不足を埋めるため、一時的に派遣されてきたようだ。必要以上に詮索はするなと書状が届けられている」


「……それで信用しろというのかね?」


 諸侯の一人が当然のように言う。


「だが、彼女の力は常軌を逸する。現状において助力を拒む理由はない」


「確かにな。ならば君が責任を取るということで手打ちとしよう。提供された補給物資の量も桁違いだ。結果的に我が軍に途方も無い益をもたらした事実は揺ぎ無い」


 結局、正体は強力無比な神宿りということで諸侯は認識した。

 それ以外に彼らが定義しうる言葉がなかったからだ。


「確かに、アレで敵国の人間だと疑うのはさすがに無理があるか」


「心強いのは確かだが……」


「これを気に、ジーパングとの国交も考えるべきかもしれませぬな。さすがは竜の国だ」


 諸侯やその代理がひとまず安堵する中、俺はそっと壁を背にもたれかかる。

 少なくとも王都奪還はほとんど無傷で成ったのは事実だ。

 中央盆地の掃除に少しかかるが、それさえ終えれば春がかなり楽になる。表面的には彼女の参戦を歓迎する空気は生まれている。腹の中にどんな考えがあるかは知らないが、少なくとも強力な戦力が増えたのは間違いないだろう。


 そんな中、未確認情報だと前置きした上でウォーレンハイトが言った。

 一つはクルスに巨人が攻め込んでいるらしいということ。

 そしてもう一つが彼女から聞いたという国境の異常である。


「正気かね」


 前者はともかく後者は当然のように皆が疑った。


「それをアルスに確かめてもらいたいのだ」


「分かった。すぐに行こう」


 会議を抜け出し、俺は確認に向かった。






 元より大して会議では役に立たない俺だ。

 会議室を抜け出し空を飛び、現地の確認に向かったわけだが、確かに国境では馬鹿げた光景が目に入ってきた。


「これは、ちょっとありえないだろ」


『常軌を逸しておるな』


 クルスとリスバイフの国境から一直線に大地が抉られていた。ウォーレンハイトが言うには、クルスとリスバイフの国境全てが抉られているらしいということだった。


 横幅は三十メートルから五十メートルぐらいはあっただろうか。

 深さは二十メートル以上は確実にある。これが元は完全に地続きだったといわれても到底信じられるはずがない。

 上空から見下ろせば、定規で線でも引いたのかと思うほどに綺麗な直線が良く見える。

 地震か何かの自然災害か人為的な力によるものかは知らないが、これをやるなら少なくともよほど強力な念神でもなければ難しいのではないだろうか。


 まさか、あの怪魚のような存在が食べた痕だとでも言うのだろうか?

 何がなんだか分からないが、これがまた異世界の念神の所業であったならと考えると恐ろしかった。まだクルスの奴らが念神の制御実験をしているということだろうから。


「クルスとリスバイフの陸路が物理的に切断されたってことか。こんなのありかよ……」


 陸路ならロロマを迂回するか、橋でも作らなければ当分は通れまい。

 これなら船を使った方が速いかもしれない。

 援軍や補給だけでも相当な手間がかかる状態になったことだろう。


 それに巨人が攻めてきたとかって話もある。

 リスバイフを狙う手間を考えれば、連中の態度もいい加減軟化するかもしれない。

 

 俺はすぐに転移で報告した。

 当然、誰も信じてはくれない。

 だから一人一人転移で彼らにその光景を見せることにする。おかげで誰もが驚き、肩を震わせ、何かに祈っていた。

 そんなことで現実は変わらないのに、それでも何かに縋っていた。


「地図を書き換える必要があるな」


「そういう問題ではないが、逃避したい気持ちは分かりますよ」


「アルツハイム殿に使いを出す。これ程の異常事態だ。既にロロマ経由で知っているかもしれんが風向きがまた変わるやもしれん」


 誰もが顔を青ざめさせていた。

 しかしそれでも軍議は進めなくてはならない。


 ウォーレンハイトは強引に話を進め、中央盆地の完全制圧と予定には無かった西の砦の制圧作戦を提案。それに諸侯はただただ頷き承認した。

 その作戦には当然、あのあからさまな偽名である『クリエイター』の少女を軸にして行うことが決定された。


「アルス、彼女を刺激してくれるなよ」


 言外に彼が言った意を汲んで、俺はただ頷くしかなかった。

 けれど、その日の夜に見張りの兵から奇妙な報告が在ったと聞かされた。


――夜空の下、紅い流星が方々に散ったのが見えた、と。


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