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第七十三話「戦争は計画的に」


 リスバイフの冬は早く長い。

 雪が降り積もれば当然のように行軍の足枷となり、下がった気温は兵士たちの体温を容赦なく奪う。気温とは、寒すぎれば容易く生物を死に至らしめる大事な要素。獣は自前の毛皮でそれに耐え、人間は衣類と火でそれに抗する。だがそれにもさすがに限界はある。


「本当に兵士たちは大丈夫なのか?」


 振り返ったアッシュがミハルドに問う。


「心配するな。これでも暖かい方だ」


「これでなのか」


 雪国育ちではなく、基本は住み易いラグーンに居たアッシュにとっては信じられない言葉だった。

 サクサクと踏みしめる雪は、当たり前のように足元を頼りなくする。雪対策にと用意された木の板をグリープの足元に装着してはいたが、慣れないそれが嫌にアッシュには邪魔臭い。


 右手の如意棒と左手のミスリルロッド。

 その二本をスキーのストック代わりにして雪山を登っていくのはいい加減に飽きていた。

 最後尾には竜化したルーレルンともう1頭が大きなソリを引いて兵を後退で休ませているとはいえ、強行軍に過ぎやしないかと懸念する。


 纏った外套の上に降り積もる雪。

 それを振り払う度にそう考えてしまうのは、この国の厳しさが彼の予想を大幅に超えていたからに他ならない。


「お前の夜襲も止まった。向こうの進軍も止まっているという情報が確かなら、これは良い奇襲になる。連中もさすがに警戒を薄めているだろう」


 深々と振り続ける雪の中、白い毛皮のコートを被った一団が進んでいく。

 呼吸する度に生まれる白い息。外気に触れる顔は、そのまま表情を凍りつかせてしまいそうなほどにかじかんでいる。止まっていたら氷付けになってしまうのではないかと錯覚しながら、少数精鋭の彼らと共にひたすらにハルケブンを目指すアッシュ。


 彼は休む度にイシュタロッテに小規模な結界を張らせ、冷気を遮断して兵士たちにも暖を取らせた。途中で何度か転移で状況の報告だけを行い、軍の行軍補助に尽力する。パワースポットでもあれば一気に転移させられるのだが、生憎と付近には存在していなかった。


 小分けにして送ることも考えたが、ミハルドが春を見越しての行軍訓練を兼ねるべきだと主張したのでそのつもりで共に行軍していた。


(しかし、どうにもおかしいよな)


 アフラーの動きが不自然だった。

 何故か、スペンジ要塞の襲撃には一度も現れていないというのだ。彼とエンカウントしたことがあるのはアッシュだけであり、諸侯軍に彼らしき人物が現れたという報告は上がっていなかった。


「イシュタロッテ」


『なんじゃ』


「連中、どうしてアフラーを前面に押し出してこないんだろう」


 それだけではない。予想に反して神宿り戦力の投入が少なすぎた。噂のルーズドック・ウォリアーさえ出撃していないというのだから舐めている。


『お主の参戦が完全に想定外だったからではないかのう』


 アッシュは完全にイレギュラー戦力である。そもそも侵略しようとしたリスバイフの諸侯軍に付くなど考えもしなかったのではないかと悪魔は語る。


『おそらく、竜翔や黒銀をお主に始末させていたはずなのだ。無論、何匹か生き残るとは思っていたからこそ、保険として対竜用の魔法銃は用意していた。少なくともここまでの筋書きはあったじゃろうな』 


 だが、そこから先はどうだったか。


『普通、侵略してきた国に敵対したお主が力を貸す理由など無い。というか有り得ぬ。エルフ族は例外を除けば森の外にまで出て来ないし国としても面子があるからの』


 あの時、アッシュが竜翔を始末していればこの状況は無かったのは間違いない。

 だまし討ちの後、蓋を開けてみれば竜翔はリスバイフに戻った。やや遅れてアッシュも参戦。この流れを読める者が居たとすれば、それは確実に未来を読む力でも無ければ不可能だ。


『そもそも、クルスとやらがこの国を押さえる利点が妾には見えぬ』


「それはだからアレだろ。中央四国の権力争いとか、森へ進攻するための橋頭堡作りとか国力増強のためとか色々と理由が……」


『たわけ。それだったら真っ先にロロマを潰すべきじゃろうが。援軍? 同盟? 魔法銃をあれだけ配備できるほどの国力を持つ連中じゃぞ。黒銀の竜翔だとて、死んだ女王とやらが親クルス派だったというならまずはリスバイフを抱き込んでロロマを攻めればよかったのだ。その後でジャングリアンとやらでいい。ロロマが落ちればバラスカイエンが攻めてくるリスクがあるかとも思うが、そのバラスカイエンも全てが動くわけではないのだろう? その連中は竜翔とアフラー、そして魔法銃を持つ軍に勝てるのか?』


(……)


 戦争には理由がある。

 しょうもない理由から、実利を追求したものまで含めて少なくとも何かがあるはずなのだ。そうでなければ、何のために戦っているのかさえ分からなくなる。アッシュには参戦する理由があった。しかし、だったら敵のそれはなんだったのか?


『妾からすれば、リスバイフの後にエルフの森を襲う選択肢は無いのう。ハイエルフの嬢ちゃんでは異界の念神を制御できぬのはこの前の一件で明らかだからの』


「じゃ、じゃあ森の資源とか……」


『あんな交通の不便な森など、人間好みに開拓するまでにどれだけ時間と金がかかると思うておる。だいたいお主が居るという事実も含めてあの深い森を一端制圧しなければならぬのだぞ? そんなことに無駄な労力を注ぎ込むなら、ロロマやジャングリアンのように最初から道が整備されている場所を押さえてからの方が余程理に適っておるわ』


「エルフ・ラグーンはどうなんだ。アレは金に替えられない価値が――」


『お主の戦闘能力は七重の神宿りさえ凌駕したのだぞ? それに最悪の場合、下のゲートを破壊したらラグーンに閉じこもれる。まともな頭を持っているなら早々攻められるものか。だからリスバイフを欲しがる理由が何かあったに違いな――』


 理路整然と持論を展開するイシュタロッテは、そこで言葉を止めた。


『――おおう。そうじゃったそうじゃった。この国にはアレがあったわ』


「アレ?」


『ダイヤモンド鉱脈じゃよ。埋蔵量は賢人の嬢ちゃんが言うには世界最大級だそうだぞ』







 夜。

 ビバーグ時に廃エルフが尋ねてみれば、案の定ミハルドは否定した。


「冗談ではない。そんなモノがあればリスバイフはもっと栄えている」


「プルアス山脈の南側に鉱脈への入り口があるんだと」


「……信憑性はどうなんだ」


「そこそこだな。ただ、気になることが一つある」


 それは、アフラーと交戦した場所がプルアス山脈の南側であったという点だった。

 ハルケブンへと続く街道があるせいで、アッシュもその付近によく夜襲に出向いている。


「神宿りが守っていると?」


「可能性の話なんだが、仮に当たりだったらどうする」


「不味い所の話じゃない。諸侯軍の当初の計画では、調停が上手くいくなら南部領地の分譲も止む無しだった。少なくともその当時は押されていたからな」


 ミハルドと二人で顔を見合わせたアッシュは、護衛の竜と共に調停の打診に動いているルルブリア元侯爵の顔を思い出した。彼は、アッシュが既に転移でロロマへと送っていた。


「もし、リスバイフ侵略の真の目的がその鉱脈だったとしたら?」


 必要以上の侵略など必要ではなかった可能性がある。攻め手が生温いのは、最低限度の犠牲で最大の利益を取りに来ていたからかもしれなかった。


(だがリストル教は神宿りを出してきた。てことは、連中は知らなかったのか?)


 この場合アフラーは別である。彼は立場上は傭兵に過ぎず、強力な神宿りではあるがリストル教とは相性が悪い。なら竜さえどうにかなれば、魔法銃を大量配備することで戦果を上げられると踏んだと考えられないこともない。


『アフラーもまたリストル教からすれば原典に影響を与えはしたが異教の神には代わりない。雇い主がクルスでもリストル教でも、使い潰そうが腹は痛まん』


「……一先ず、真実かどうか確かめる必要があるか」


「追加で燃料と食糧を出してくれ。こちらはそれでなんとか凌ぐ」


 ミハルドに頷くと、アッシュは久しぶりに夜闇に飛んだ。








「――ぶへっくしゅん。あー、マジ寒い」


 世界最大の山脈だと嘯かれているプルアス山脈。

 その麓に転移したアッシュは、急いでレヴァンテインを取り出すと一も二も無く炎を纏った。

 その際、敵に発見されるとかそんなことは完全に頭から除外した。寧ろアフラーが発見して襲い掛かってくるのであれば、それはそれで有りだとさえ考えていた。


「アレか」


『かつて麓の村では地獄に通じる穴だと恐れられておったわ』


 地方独特の伝承という奴であり、リスバイフ国内でメジャーなものではない。アッシュは翼でゆっくりと降り立ち、木の杭で囲われた穴を覗き込む。


「深そうだな」


『本命の鉱脈は相当に下にあるぞ』


「まっ、飛べるなら関係ないか」


 周囲に見張りの姿はない。

 いくつか急造の木造家屋があったが、人が居るような気配もないので穴に飛び込む。

 アフラーの気配はまだ無い。互いに感知範囲外なのか、付近に居ないだけだったのかはアッシュたちには判断のしようがない。何時来ても良いように気を引き締めて降りていった。


「……道具が放置されているな」


 つるはしやスコップが散乱し、何やらレールを設置中のトロッコらしきものがある。

 刀身に炎を纏わせたレヴァンテインを松明代わりに、アッシュは穴倉を確認していく。


「ここがそうなのか?」


『もう一つ下だ。ほれ、あそこに大きな石があるじゃろ。あの下に隠されておった』


 生憎と石はどかされてその役目を失っていた。

 側には滑車や木材、ロープなどが用意されていて、下へと降りるための準備をしている最中のようだ。


「運搬用か昇降用か。はたまたその両方か」


 せっかくのダイヤモンドも運び出せなければ意味がない。

 アッシュは作業妨害のためにそこらの道具を片っ端からインベントリへと放り込み、更に下の階層を目指す。内部を知っているイシュタロッテの言葉に従い、地下水が流れる最下層手前の横穴に入る。すると、ようやくその場所へと到達した。


「利用するのは大変そうだな」


『じゃが金にはなろうぞ』


 壁の中、炎に反射して見える原石は中々に幻想的だ。炎ではなく、加護の光に切り替えればより地底ではなく星空の中に居るような錯覚さえ感じてしまう。


「なんだか、想像していたのとは大分違う」


 再度刀身に火を灯し、近づいて見たアッシュはイメージする物との違いに首を傾げた。

 彼の頭にあるのは、通販番組でよく見かける加工済みの美しい物だった。生憎と目の前にあるそれらは美しく見せるためにカットなどの手間をかけられていないただの原石。完成された宝石としての美しさには乏しい。


 ここにあるのはほとんどは黄色や褐色染みていたが、中には稀に青いものなども見て取れる。なんとなく信じきれず、近づいて鑑定スキルを行使するアッシュだったが、脳裏に浮かぶ説明にはダイヤモンドの原石だと出るので間違いなかった。


『ジーパングの大金山、リスバイフのダイヤモンド鉱脈。今のジャングリアンとかいう国辺りにある燃える水に、ティタラスカルの瘴気とビストルギグズの宝石川。クロナグラには探せば色々な資源が眠っておると聞く』


「エルフの森には何も無いのか?」


『あそこは聞いたことが無いのう。そも、あの森自体が資源じゃろうし』


「エルフ族らしいな」


 空洞の壁面へと近づき、アッシュは証拠品として原石をいくつか採掘する。

 この地を取り戻すことができれば、これらがリスバイフの資金源となるのは明白だ。逆にこれが押さえられれば、この国に住む人々にとっては大きな損失となるのは間違いない。エルフ族には関係がないとはいえ、クルスに取られるのは勿体無い所の話ではない。


『クルスの狙いはこれで決まりかの』


「発掘準備までしてたんだからな」


『しかしこれはまた大事になろうぞ』


 諸侯軍がこれを知れば当然のように取り返すことを考えるはずで、この地がクルスの戦争目的なら連中は手に入れるために本腰を入れてくるのは眼に見えていた。


「落とし所がここだったんだとしたら、だがな。せっかくだしもうちょっと貰ってくか」


 結局のところクルスの動きに関しては憶測に過ぎない。

 アッシュはなんとはなしにつるはしを振るい、目に付く原石を回収していく。クルスにやるよりはと、せっせと盗掘に励み諸侯軍の軍資金に変えるべくネコババである。


(原石は俺のスキルで加工できないんだよなぁ)


 金属をインゴットに変えたり、宝石を材料にしたアクセサリーなどを製造する技能は存在した。しかし原石の加工ができるスキルが無い。


 そもそもゲーム時代においては、そのまま宝石がドロップアイテムとして入手出来たのだ。

 無限転生オンラインは、武具の製造をゲーム内で本格的にやらせるなどという仕様ではない。モノ作りをウリにしているタイプのゲームなら実装しているゲームもあったが、そこまでのディープさを追及している仕様ではなかった。


「ペルネグーレルのドワーフたちなら加工できる……か?」


 後でアクセサリーに変え、ナターシャやリスベルクたちにプレゼントするのも悪くはないかもしれない。フラフラしているという自覚が在ったこともあり、少しだけ原石採掘に熱が篭る。


「お前も何か欲しいのはあるか?」


『そうだの。ならばそこの青い奴で頼む』


「これだな? よし」


 プレゼント用を他の原石と分けるべく分けてインベントリに仕舞い込み、再び採掘を再開。宝石の原石採取など初めてであるため、時間を忘れて勤しんでいると、ふと拳大程度の大きさの原石を発見する。

 これはクルスにやるのは勿体ないと考えたアッシュは早速採掘に望む。だが、取り出してから彼は気づいた。黄色がかったその原石の向こうに、金属製の物体が見えたのだ。


「なんだこれ?」


 どう考えても自然現象で生まれたモノとは思えず、好奇心から周りを掘り出して見ると、それは柄のようだった。


「鑑定できないってことはアーティファクトか?」


 馬鹿力で抜き放つと、出てきたのは茶色い刀身を持つ肉厚な長剣だった。


「識別……うぉっ!?」


『どうした』


「これ、地の精霊『ガイレス』だ」


 ダイヤモンドを盗掘していたら、とんでもない物を見つけてしまった廃エルフである。







 結局その日、アフラーは現れなかった。

 帰還後、ミハルドとルーレルンに相談したアッシュは夜明け前にスペンジ砦へと転移する。


「面倒になったな」


「やっぱり欲が出てくるよな?」


「事が事だ。講和条件の変更も止むを得まい」


 元々は中央盆地の返還と、ロロマとのルート確保が最低限の妥協点として挙げられていた。それがリスバイフとして取り戻さなければならない場所だったからだ。だがこれではそんな交渉は行えない。そんなことをすれば、目先の安堵のために未来の財源を切り売りするという選択にも等しい。


「アルスよ。プルアス山脈の向こうまで連中を押し返せると思うか?」


 ウォーレンハイトが問う。


「不可能ではないと思うが……」


 仮に押し返したとして、クルスが目的に固執するならどうなるかが分からなかった。

 諸侯軍のネックは国力だ。兵士の質や数、資金力や物資。その他諸々を総合的に考えればクルスの方が地力では有利なのだ。


「やるなら敵に動きが見られない今の内に押し返すとか、色々細工が必要じゃないか?」


「諸侯に話す前にご老体に話をつけるか。それまではそちらの作戦を頼む。場合によっては色々と前倒しになるやもしれぬ。そのつもりで居て欲しい」


「了解だ。ハルケブンは予定通りに落とす。この際だ。夜襲も再開してロロマへの道を掃除するが、いいよな?」


「すまぬ」


 たった一人の我侭を押し通しつづける不器用な竜は、そうして当たり前のように頭を下げた。もう何度、アッシュは彼の謝罪の言葉を聞いただろうか。

 振り返れば、夜襲を始めた頃から会うたびに言われていた。

 スペンジ砦を死守していると言えば聞こえは良いが、ウォーレンハイトは実質温存されているに等しい。彼という存在が必要だとはいえ、アッシュに負担を押し付けるのは彼としても歯痒かったのだ。

 

「ま、適材適所だろうさ」


 アッシュからすれば守りに回されるより動き回れる方が良い。そもそも公爵家の代わりに諸侯の相手をするなど不可能でもある。お偉いさんの相手も含めてこなしているのがウォーレンハイトなのである。


「それにこっちを押さえといてもらわないと逃げ道が無くなるしな」


 アッシュは問題なくとも兵士は違う。諸侯軍は転移魔法でポンポンと移動などできない。どれだけレベルを上げて戦闘能力を上げようとも、これがアッシュの限界だ。


「ところで話しは変わるが、例の王子ってのは見つかったのか?」


「……未だ行方不明のままだ」


 王都にスパイを送り込んでいたが、そちらは芳しくなかった。


「元々王都はクルスの制圧下だ。早々簡単に見つかるとも思ってはいなかったが……」


 生存は、もはや絶望的だと思うべきだった。

 濁した言葉の先に続いたであろう言葉は、アッシュの耳に入る前に雑音として一度消える。黒銀竜が真に恐れているものはその王子の死の先にあった。


 トリアス・ルルブリアは王位継承権を持っている。先代公爵である祖父アルツハイムが持っていようと、彼はもう子供を作るような年齢ではない。


 ならばその後は誰が継ぐ?

 トリアスに王の才は無いと危惧しているウォーレンハイトの言葉に嘘はないのだろう。ただ、それだけでもないというだけの話だった。

 薄々ではあるが、アッシュは王子の捜索を諦めないウォーレンハイトの意図に気づいていた。


(本当に恐れるのは、トリアスが祭り上げられる展開か)


 公爵家の直径であるトリアスは女王と血が近い。

 また、竜翔――というよりはそれを動かしているウォーレンハイトの雇い主でもある。

 彼女に政治の才が無いのだとしても、嫁いで王配として君臨しようと企む者が出て気ても不思議ではない。

 それを無理矢理に押し付けられた時、彼女がどういう判断をするか。

 それを黒銀竜は誰よりも恐れているのではないかとアッシュは感じて止まない。


(高貴なる者の義務って奴か)


 貴族として、王族の血を引く者としての責務。

 それは彼女自身が考えているよりもずっと重いのだ。


(いや、理解しているだろうからこそか。選択肢を潰したいんだ)


 建前としてのモノではなく、彼女はそれを本気でやるだろうと理解していたから。

 透けて見えるその構図を、彼から口にされたわけではないのにアッシュは勝手に想像した。想像することしかできなかった。それ以上は領分ではないと分かっていたからである。 だからただ聞き流すだけに止めている。


「仮に王子が捕らえられていたとすれば、その場合は敵に何か動きがあるはずだ」


 女王や他の王家の人間も殺されたというのに王子に関しては何も情報がない。そう結論を引き延ばすかのようにウォーレンハイトは言い募る。


「そう……だな。そういう可能性もあるか」


 竜翔の勝利条件とリスバイフの諸侯軍が考える勝利条件にはズレがある。

 そういう意味でも、トリアス・ルルブリアはこの諸侯軍の要には違いない。

 もし、それが希望足りえなくなることがあるとすれば。

 きっとそれは、外側からではなく内側からになるのかもしれない。

 そんな馬鹿馬鹿しい予感が、ふとアッシュの頭に浮かんだ。







 アルツハイム・ルルブリアは愕然とした。


「――クルスから調停の依頼が出ていると?」


「はい。春を目処にそちらに働きかけられないか、ということだったのですが……」


 ロロマ民主国の外交官は苦々しい顔で頷いた。

 その顔には同情と憐憫。そして小さな怒りが見え隠れしていただろうか。


 隠し切れない表情は、外交官として彼が未熟であることの証明である。けれど、それはやりきれないという、人として至極当然の感情の発露であったのかもしれなかった。


 話を聞いたアルツハイムは、ロロマ側が用意してくれた宿に帰るなり吐き捨てる。


「おのれ、どの面を下げてのことか!」


 裏切り、仕掛けたのはクルスだ。

 そのクルスが先に調停に動いていたという事実に、アルツハイムはクルスの底意地の悪さを見た心地である。

 外交官に持ちかけられたという初期の講和条件は、占領地域の譲渡、竜翔の身柄の引き渡し、アーティファクトの譲渡など多岐に渡っていた。


 アッシュの参戦によって有る程度盛り返した後の条件には、少しばかりの譲歩が見られたものの、占領地の譲渡と竜翔の身柄の引渡しはそのままだ。

 そればかりか、ジャングリアンとロロマの国境では両国を牽制するために軍事演習が行われているとも聞かされていた。


 まさか三国同時に相手にする腹積もりかとさえ邪推したくなるような準備の良さ。これには護衛として随伴していた竜の男も辟易したものである。


「吐き気を催すほど挑発的ですな」


「しかも王子の身柄が押さえられているのも確定した。完全に全てが後手に回っておる」


 部屋のソファーに身を沈めたアルツハイムは、両手で顔を覆うしかなかった。

 更に付け加えるならば、両国には竜殺しの噂も流れており一部の者たちが及び腰になっているという情報さえあった。


 国境を封鎖され、情報を制限されていたことが大きく効いた形だ。

 また、直接は関係ないものの、アヴァロニアが現在ティタラスカルの巨人に攻められているなどというまことしやかな噂が流れて来ているとも聞かされた。

 真実は定かではないものの、これはアヴァロニア方面の警戒を緩めて戦力を更に動かせると匂わせている風でさえある。


「参った。魔法銃の実物を渡し、警戒を促すつもりだったが逆にそれが彼らの動きを鈍らせることになるとは……」


「ですが、閣下は元々不利だということは自覚されていたはずでは?」


「……そう、だったな」


 その双肩に、リスバイフの未来がかかっていた。

 今一度その事実を思い出したアルツハイムは、外交という手段での巻き返しに全力を注ぐ。クルスの危険性を訴え、これを機会とする三国同盟を提案する。だが、外交官との話し会いをする最中にアルツハイムは伝言を携えてきた竜によってダイヤモンド鉱脈の話を聞かされて血相を変えた。


「不味い。こちらの妥協点が遠のきかねん」


 アルツハイムは一晩悩んだ。

 結局、ロロマとの話し合いを一端打ち切り諸侯への説明のために帰還することを選択。外交官に挨拶し、一度ロロマを去った。その帰り、彼は奪われたはずのハルケブンに祖国の旗が立っているのを見た。


(なんと。本当に成功させたのか……)


 守りの要が竜翔を率いるウォーレンハイトなら、攻めの要がアルス・シュナイダーである。

 両者はリスバイフの国民ではない雇われの傭兵だ。そんな彼らがこれだけの戦果を出してくれているのだから、ここで彼がこれ以上の泣き言を言えるはずもなかった。


「負けておれぬな。なんとしても――」


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