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第六十七話「それぞれのお話」


 ぼんやりとした光が瞼の向こうにあった。

 その光は陰る時が有る。何かが動き、影を作っているのだとはすぐに分かった。けれど、確かめようとしても俺の瞼は動かず、体は微動だにしない。


 周囲にあるぬるま湯のような液体の中、呼吸の一つもせずに俺はそこに居る。

 気の遠くなるような年月の中で、いつもその影は決まった時間にやってくる。

 そうして、決まってジッと動きを止めるのだ。


 まるでその影の持ち主は、俺の様子を伺っているかのようだった。

 偶にもう一人居るような気もするけれど、良く来るのは少しだけ小さい方だ。


 そうして、ずっとそのままを繰り返す。

 さすがに俺は理解した。

 これはただの夢だと。

 だってほら、耳を澄ませば聞えてくる。


――タス■テク■サイ。


 なるほど、だったら幻聴が聞えても可笑しくは無いだろうさ。

 誰の声かは分からない。

 そもそも、こんな子供の声なんて俺は聞いた事が無い。


――■イ■ルフ様。


 ただ、何か切羽詰ったような声だとは思った。

 それも一人ではない。

 複数人で呼びかけているのか判別ができない。

 聞えたかと思えば一回で終ったり、途中で消えたり、数分ほどずっと続いたりだ。


 訳が分からないぜ。

 もしかして、悪霊にでも取り付かれたのだろうか?

 ああいや、これがそういう夢だって話か。


――お救■下さい。


 なんだ、またか。


――私/僕たちの村を■物から守って■■い。


 いや、さすがに体が動かないと無理だって。


――もう悪戯な■か■ないから。


 ……。


――お手伝いだって■張りますから。


 ――。


――だから。


 くそ、泣き声がマジ過ぎる。

 迫真の演技過ぎてリアルか夢か分からなくなってきた。

 ちょ、悲鳴が混じったりとか洒落にならないって。

 赤ん坊まで泣き始めてるしさ、ドッキリでも臨場感出し過ぎだ責任者出て来い!


 これは夢なんだろ。

 夢であってくれよ?

 でも、あー、くそ。夢でもこれはさすがにヤバイって。

 おい、誰か俺の代わりに助けてやってくれ!


 ちくしょう、こちとらただの学生だ。

 110番するぐらいならしてやれるってのに、なんでそんなこともできない!


 動けって、児童虐待とかだったらどうすんだ。

 大昔から親って奴は何をするか分からないってニュースでやってたって。


 目の前が少し陰る。

 いつの間にか、影があった。 

 そうだ、アンタでも良い。

 気づいてくれ。


 ちくしょう、そもそも伝える術がない。

 せめて目でも開けられたら、なんて考えてもどうしようもないのだろうけれど。

 心なしか叫んだその時だった。


「ッ――」


 次の瞬間、俺の中に何かが流れ込んできた。

 途端に、さっきまで泣いていた子供たちの状況がなんとなく分かってきた。


 家の中だ。

 そこに皆で固まって、震えながら祈っている。

 その祈りが神様に通じた訳ではないだろう。


 そのはずだ。

 だが、だったらどうして今、そうとしか思えないことが起きているのだろう。

 微かに、俺の両手の指が動いた。


 間違いない。

 神経を通るだろう電気信号が、全身へと確かに伝わっている。

 急いで瞼を開けば、真紅の瞳と目が合った。彼女は少しだけ驚いた顔で、いつものように俺を見ていた。ただ、よほど嬉しいのか滅多に見せない笑顔がそこにはあった。液体の向こうにあるガラスへと両手をついて、少しでも近寄ろうとしてくれているのも悪い気はしない。だが――。


――なんだ、やっぱり夢か。


 彼女が現実に存在するはずもなく、だったらゲームの夢かとも思った。

 だって、こんな研究所の一室みたいな部屋にログインした記憶もない。

 だったら夢以外の何であるのだろう?


――助けて下さい!


 だが、それでも幻聴は止んでくれない。

 だから俺は、せめて伝えようとして――リアルには存在しないはずの彼女の名を呼んだ。

 瞬間、意識が暗転した。


――シ■テムエラー発生。

――深刻な量の不正アクセ■を確認しました。


――侵食域拡大中。

――登録外のエネルギーラインからの接続を同時に確認。

――存在属性が第三から第一へとシフト中であることを確認。

――個体維持を最優先す■ため、『レヴァンテインズ』との■■を一時凍結……完了。

――再起動■後、アクセスの強制遮断処理を実行します。


――……遮断失敗。

――第一への強制シフト完了を確認。

――システムの再起動……完了。

――致命的なエラーは継続中。


――周辺に■正アクセス個体の■在を複数探知。

――敵戦闘■力不明。

――侵食域の増大、更に加速。

――物理的な安全確保のため、戦闘用プラグインを順次起動します。


――インベントリシステム起動。

――ドロップシステム起動。

――レベルアップシステム起動。


――第三種■念■『灰■修二』はセーフティーモードで起動します。

――ハローワールド。





「――おい、どうしたアッシュ」


「んあ?」


 目を開ければ、真紅の瞳ではなく別の瞳がそこにあった。

 何やら俺の右手を握ったまま、心配そうな顔で問いかけてくる。


「貴様……大丈夫か?」


「あ……ああ……」


 知っている。

 こいつはここ最近、人の天幕に潜りこんで来ていつの間にか隣で寝ているハイエルフ様だ。「ふはは独り占めだ」とか昨日の朝に呟いていたのはよく覚えている。普段は中々見せないが、可愛いところはあるらしい。


「今日はこっそりと出て行かないんだな」


「――ッ!? ね、眠れぇぇっ!」


 照れ隠しに拳骨はどうかと思うが、振り上げた左手を一応は受け止めておく。


「くっ。訳の分からん言語で喚いていたから心配して起こしてやったというのに」


『妾にも分からなかったな。あれはどこの言葉かのう』


「……寝ぼけて日本語でも使ってたかな」


 なんか、変な夢を見たような気もしたが……なんだったか。

 もう思い出せないけど、身近にいた誰かを最後に見たような気がする。


「……まぁいいか。夢なんて、どうせ大したことじゃないだろう」


「本当か? それにしては必死に手を伸ばしていたぞ」


 脳裏に映っているステータスに異常はない。

 HPもMPも満タンだ。さすがに夢でダメージを受けることはないのだろう。


「大丈夫だって」


 腑に落ちないという顔をするリスベルクだったが、すぐに気を取り直してこれからの予定を告げてきた。随分といきなりだが、まぁいいか。






「グレイカディア?」


「統合と同時に新しい体制へと移行させる計画だ。貴様もそのつもりで動いて欲しい」


 戦力の向上、これまで疎かにしてきた外交力の強化、二度と白と黒で争わせないための交流都市建設計画etc。つまりは富国強兵のための内政計画とでも考えれば良いのだろう。これはそれらを踏まえての協力要請というわけだ。

 決して、天幕潜り込み事件がバレていたことを隠すためのそれではないらしい。


「で、今度は俺に何をしろと?」


「話しが早くて助かる。本当はとっとと貴様と式を挙げてしまいたいんだが、ナターシャの奴はまだレベル99には到っていないのだろう?」


「ああ」


「丁度いい。貴様には基本、レベルアップ組の手伝いを頼みたいのだ」


「そんなのでいいのか」


 何ができるというわけでもないが、他にも扱き使われるかと思って構えていた分拍子抜けである。


「レベルホルダーを増やす時、最も危険なのは低レベル帯だ。その点貴様の精霊モドキは治療ができる。ルーキーをベテランにするまでの間に死なせずに強くできるのであれば、貴様以上の人材はこの森に居ないだろう。勿論これは別に付きっ切りで、というわけではない。貴様なりに必要だと思うことがあれば、任意で動いてくれて構わん」


 フランベや銃の件なども考えてくれているということだな。

 ジーパングで竜系の素材を集めもやりたかったし、結構融通は効きそうだ。 

 だが、その代わりかリスベルクは更にもう一つの注文を出してきた。


「イシュタロッテに魔術を?」


「こちらで見繕う者たちに魔術を仕込んで貰いたいのだ。本当はディリッドにやらせたかったのだが、生憎と魔術神がポーションの作成方法以外の伝授を拒否していてな。奴にはそっちを任せることにした」


「なんでまたそんなことに」


「ロウリーは生粋の魔術の神だ。魔術に心血を注ぐ目的以外の者には何も享受しない方針だと断られてしまった」


 なるほど。

 そんな伝承を持つ神として、ロウリーが想念で括られているのかもな。

 しかし魔術を教えろとは。


『別に妾が教えるのは構わぬがの』


「あいつは構わないってよ」 


「助かる。有る程度教えてくれれば、その者たちを森中に派遣して布教させたい。それと、また夜にでも細かく詰めたい。悪魔と直接二人で話せるようにしておいてくれ」


「了解だ」


 話しは終わりのようだ。

 リスベルクは天幕の外へと出て行こうとして振り返る。


「忘れ物か?」


「ああ、大事なことを忘れていた」


 つかつかと歩いてくると、不意打ちで唇を奪ってきやがった。


「いいか? 絶対にあの竜共には手を出すんじゃないぞ!」


 一言念を押すと、彼女は今度こそ天幕を出て行ってしまった。


「なんて奴だ。豪快に眠気を吹き飛ばしていきやがった」


『本当に甘え方を知らん奴よ』


「俺の相手に政治か。大変そうだよなぁ」


 あいつは朝も早くからアクレイと一緒に森中を飛び回る気なのだろう。

 おかげでツクモライズを解除する余裕さえない。

 まっ、しょうがないか。


「さて、俺も飯を食ったら撤退準備を手伝わないと」


 竜たちは昨日の内にリスベルクの間接的命令でモンスター・ラグーン行きである。

 転移して送ったので、今頃はゲート・タワー周辺に縄張りを築いているころだろう。

 ビッグボアやらアイビーフを見て野生を発揮していたのには呆れたが、あの連中を掌握しておく必要がある。どうにも、やるべきことが増えてきたな。


「しかし魔術……か。念神としてのセオリーを外れるなんていいのかね?」


『あやつは基本過保護じゃから、リスクを承知でそれしかないと思ったのじゃろう』


 魔術を教えるとはそういうことだとアクレイに聞いたことがある。

 神のありがたみが薄れるからであり、アーティファクト化した念神――それも神魔再生会の連中がそれを禁止したと聞いた。俺の企む風呂魔術計画はリスベルクの耳にも入っており、難しい顔をしていたそうなんだが……そうか。決意したか。

 第二、第三のエルフ主義者が生まれないことを祈っておこう。


「そうだ。あいつの命令で俺がお前に教えるのを命じたってことにすればいいんじゃないか? だから始祖神に感謝しろ、みたいなノリならありがたみも出るだろ」


『何もしないよりはマシかのう。じゃがの、本当にお主は想念を気にせんのう』


「一々気にして生きるなんて面倒だっての」


 だいたい、信者なんて俺にはいらぬわ。


『お主はそれでもいいかもしれんが……と、そうだ。言い忘れておったが魔術の件じゃよ。見返りはお主に体で払ってもらうということで良いな?』


「――はぁ?」


『お主ならいざ知らず、妾のような特上の悪魔がタダで他人に物を教える訳が無かろうて。ハイエルフの嬢ちゃんの依頼もそうだが、まとめてぜーんぶお主に請求するぞ』


 おおう、高い買い物になりそうだ。








「武具っ娘ファイトー!」


「「「「おおー!!」」」」


「よしよし妹共め。今日も張り切ってレベルを上げるんだぜ」


 お姉ちゃん軍曹特製の朝カレーで腹を満たすと、彼女たちはラジオ体操後にゲート・タワーの外へとわらわらと繰り出していく。

 ベースキャンプとして使っているゲート・タワーは、他のラグーンのそれと違って結界が張られていて快適な安眠を彼女たちに約束している。


 食べて、戦い、良く眠る。

 彼女たちの強化合宿は順調に進んでいると言っても良かった。

 アッシュが上昇するレベルを不気味がって頭を抱えるほどに。


「さて、洗い物洗い物」


 集められた食器に浄化魔法を掛け、魔法の光で一瞬で汚れを消し飛ばす。


――『浄化』魔法。


 綺麗好きを極めようとしたドリームメイカーの一人が、偶然にも発明した掃除魔法である。

 使い手と対象に有害な細菌だけを殺す意味不明な殺菌性もあり、人体に使えば垢も匂いも落ちてしまう。更に頑固な油汚れも埃も花粉も、PM2.5も放射能も何もかもを浄化して消し去ってしまう脅威のお掃除性能を持っている奥様方の強い味方だ。

 ドリームメイカーの生み出した傑作魔法の一つと言っても良いほど理不尽な代物である。


「ん、これでオッケー。昼の献立を考えつつ、仕事を終らせよっかな」


 呟くや否や、彼女はエルフの森へと転移した。

 転移先はハイエルフの館跡地のすぐ側である。


「さすがにまたリスベルクが来たりはしないと思うけど」


 念のために防音と不可視の結界を展開すると、レーヴァテインはおもむろに跳躍。そのまま真下へとバーニンキックを繰り出した。

 着弾と同時に隕石でも落下したかのような激震が発生。

 当たり前のように地面が揺れた。


 近くの野営地でエルフ族が地震に驚いているだろうが、彼女は気にもしてやらない。

 そのまま自分で生み出した粉塵の中、周囲の木々を炎で塵も残さないほどに焼き払う。そうして、見晴らしのよくなったクレーターの中から跳躍。今度はインベントリから取り出したゲート・タワーを虚空に浮かべ、ゆっくりとクレーターの上に不時着させる。その様はまるで、植木鉢から取り出した苗木を地面に植えるかのようであった。


 それが終れば、見栄えをよくするために適当に土を被せ、ローラーをかけていく。

 その間にゲート・タワーの下部からはアンカードリルが少しずつ発射され、大木のように地面に根を張って耐震性能を力づく高めていく。

 ドッドッドと連続して地面が振動する度、結界の外では滅多に無い地震に怯えるエルフ族の悲鳴が上がっているがやはり無視。そのままレーヴァテインはハミングしながらローラー掛けを続けた。


 良い天気の下でのお仕事である。

 ラボに篭りがちな彼女にとっては、随分と気持ち良い労働だった。


「突貫工事だけど、まぁいっか」


 在庫を一つ片付けた彼女は、続けて用意してきた黒いカプセルをインベントリから取り出した。それはようやく届いた特殊微細機械<ナノマシン>。通称『E型ワクチン』を内包している容器であった。


「えーと、解除コードは……」


 ダンボールに同封されていた取扱説明書を片手には解除コードをうちこんでいく。

 一つ、二つ、三つ。

 全てのコードが解除されたカプセルが、彼女の眼前で遂に開く。

 すると、中に納められていたはずのナノマシンが白い煙のように舞い上がり、大気中に消えていった。


「後は勝手に自己増殖か。全部潰し終えたら自己分解して土に帰るし放置でいいかな」


 今日の仕事はこれでお仕舞い。だが、まだ昼の献立が思いつかない。

 かなりの分量を一人で用意する必要があるため、レーヴァテインはしばらく悩む。

 と、そこへ結界内部に誰かが侵入してきた。

 別段、彼女はそれを気にもしないが、相手はさすがに違っていた。


「何をしているのかしら?」


「神様のお仕事だぜい」


 険しい顔で睨みつけているシルキーに一言で返し、相手を見ずに腕組み。思考の大半は献立に向けられており、それ以外はやはり些事だった。


「いつも悩むんだけどさ。お昼ごはんのメニューは何が良いと思う?」


「そこでエルフ族ってブラックなジョークはやめてよね」


「そりゃ合成食材の原料にできなくはないけれど、大事なあの娘たちにそんな不味そうな物を食べさせる訳にはいかないなぁ」


 ケラケラと笑い、振り返る。

 そこへ、光を纏った水精の槍が放たれる。


「無駄だってば」


「――ッ!?」


 仕掛けたシルキーが息を呑んだ。

 眉間に突き刺さる前に、槍は左手の人差し指一本で止められていた。槍は動かない。それ以上刺さる事無く肌に食い込みさえしない。


「仕事熱心だね。んん? お前、水精の巫女じゃなくて精霊だな?」


「……見抜くか。世の摂理を乱す者よ」


「さーて、この世界の摂理に反しているのは本当は一体誰なのかな?」


「囀るな神殺し。お前の仕出かしたこと、忘れたとは言わせぬぞっ!」


「敗北が忘れられなかった――の間違いじゃないのかいディウン」


 左手に握る槍が迷い無く放たれる。

 それを見たレーヴァテインの唇が自然と釣り上がった。

 霞む右腕。右手の甲で槍を外側に苦も無く逸らしたことで、虚空へと跳ね上がる左の槍。

 その衝撃の重さを警戒し、水精ディウンがすぐさま体が後退させる。

 しかし――。


「――希少なサンプルの生き残りだ。特別に手加減してやろうじゃないか」


 レーヴァテインの右足が地面を滑るように前へ出ていた。

 足元の地面が爆砕する程の踏み込み。そうして、一足飛びで前に出た体が間合いを殺す。ディウンが逃げきるよりも早く、彼女は至近距離からアッパーを繰り出す。


「そいやっ」


 突き上げられた拳が、シルキーの眼前を通り過ぎる。

 そして生まれる衝撃波は、咄嗟に身を引いたシルキーの体をただそれだけ後方に軽く吹き飛ばす。


「ッ――」


 虚空で身を捻って着地したディウンは、最初の一撃で決められなかったことを悔いた。

 炎を纏わずに素手でアーティファクトを止めてみせた肉体性能は、常軌を逸して余りある。分かりきっていたことだが、スペックが余りにも違いすぎていた。

 しかも、前と違って中身が無いのが余計に性質が悪かった。


「あのさぁ。自分の体じゃないんだから無茶しちゃ可哀想でしょうが。当たってたらひき肉だったぞ。……あ、そうだ。昼はハンバーグにしよう!」


 レーヴァテインはポンと手を叩き、満足気に頷いた。

 そもそも彼女にはこれは闘争でもなんでもないただのお遊びでしかない。

 場違いなほどの余裕も、戦闘ではなく遊びなら納得できるものだろう。


「やっ、おかげで昼のメニューが決まったぜ。君にはお礼をするべきかな」


 険しい顔でジリジリと下がるディウンに、レーヴァテインは告げた。


「んー、よし。サービスでさっきここでボクが何をしていたのか教えてあげよう」


 怪訝な顔をしたディウンに構わず、彼女は続けた。


「一つは目の前にあるゲート・タワーの設置。そしてもう一つは、エルフ族に不老特性をもたらしている『E型カンナヅキウィルス』。それをクロナグラから死滅させるための道具を散布した。あ、勿論もう終ってるからエルフ族はその内老いを取り戻すぜ?」


「……戯言を。奴らの特性は生命の神秘にすぎぬ」


「見くびってもらっちゃ困るな。エルフ族を不老化させたのはボクの先代たちだ。当然、解除方法も確立してある。その第一世代エルフなら始まりのエルフは今とは違って老いていたと知ってるはずだ。気になるなら後で聞いてみなよ。そいつ、最初に不老になった奴らの生き残りだから。そう見えて君よりもずーっと年上だぞ」


 敬老精神を持てよ精霊、などとより若い癖に説教をくれるレーヴァテインであった。


「そういえばお前、リスベルクの取り巻きだな。だったら、十年以内にエルフ族から不老特性が消えて無くなるって教えてあげなよ。アーティファクトでの不老化はそのままだから、まぁ精々頑張れってボクが言ってたってさ」


 言い終えると、レーヴァテインはすぐに消えた。

 残されたディウンは少しだけ考えたが、すぐにシルキーに体の制御を返却する。


「……あら?」


 目をぱちくりとさせたシルキーが、よく分かっていないような顔で周囲を見た。

 自然と目に入ったゲート・タワー。見覚えの無いそれには、さすがに困惑を隠しきれない。

 そして遠くからいきなり聞こえてきたざわめきが余計に彼女の思考をかき乱す。

 既に結界は解かれているため、 近くに居る戦士たちにもゲート・タワーの威容が見えていた。その驚きの声を大きくなり、彼女の頭を悩ませる。


「状況が分からないけど、森の中ってことだけは分かるわ。そしてお姉さんは今、とんでもない物を見つけてしまった。……どう考えてもこれは大事件じゃないかしら」


 周囲に防壁がないゲート・タワー。

 そんなものはエルフの森には存在しないはずであった。

 そうと理解しているシルキーは、一先ず戦士たちと合流するべく声のする方に走って行った。


「……ディウン様? え、はい。昔はそうでしたけど……ええっ!?」


 水の団長は、すぐさまハイエルフの館跡地で探索部隊を編成。ゲート・タワーから魔物があふれ出させないようにと駆け上がる。

 だが、彼女の心配とは裏腹にゲートは何故か稼働しておらず、上から魔物が降りて来てもいなかった。


「一先ず魔物の心配はないのかしら。でも……」


 いくらディウンの言葉でも信じられるものではなかった。

 エルフ族から不老特性が失われるかもしれない、などという言葉は。






「君たちにはどうにもできないのだよ。ふぁっはっはっは!」


 虚空に展開されたホログラムモニターの向こう。密かに報告を受けたリスベルクが血相を変えているのが見える。信じるか信じないかは自由だが、既に新しいゲート・タワーが設置されている。

 どちらにせよリスベルクは賢人の影に怯えるしかない。

 その果てにエルフ族の強みが一つ消えることを思い知ることになる。


 若さからくる肉体的ピーク時間の減少は、年代が進めば進むほどにこれから彼らを苦しめることになるが、まだどれだけ深刻な事態を招くかなど予見はできない。

 そも発想ができるわけがなかった。

 今現在は、老いたエルフ族などもう居ないのだから。

 これから先に必ず訪れるだろう高齢化問題は、一種の爆弾となって彼女たちを悩ませる――が、それは数百年以上先の話。


 冷静に考えればその前にケリが付く可能性が高い。

 それでも敢えてレーヴァテインはそれを、今、実行した。

 その真意は、もはやレヴァンテインにさえ分からないだろう。


(先々代まではエルフ萌えも居たけどボクは違うぜ。――サンプル止まりには誰一人特権なんて与えない)


 モニターを奮闘する妹たちに切り替え、合い挽き肉を高速でコネコネしていく。

 量が尋常でないだけに、普通の速さで料理していては間に合わない。


「ちょっと量が少ないかなぁ。ええい、そこは愛情でカバーだ!」


 せっせと昼食の準備に取り掛かるその様は、今しがたエルフ族という人種に『老い』を取り戻させようとしていた人物とは思えない。それほどに優しい笑みを浮かべていた。


「あ、またロッドがスライムに捕まってるや。あの娘、本当によく食べられるなぁ」


 モニターの向こうでは、魔物と武具娘とスライム軍団の間で三つ巴の戦いが行われ続けている。武具娘たちでさえ手を焼くアレらを世界中に解き放っったらどうなるかと思わず考える彼女だったが、まだまだデータが欲しいとクライアントからの要望が来ていたことを思い出して断念する。おかげで今しばらくは彼女たちに頑張ってもらうしかない。

 何故なら、スライムはドリームモンスターだからである。


「がんばれ妹共。なぁに、君たちなら余裕さ。お肌を磨くついでに戦闘経験も今のうちに一杯溜めて、しっかりと戦い方を学んでおくんだぞ。状況は着々と最悪に向かっているんだからなっ――」







「……どうする?」


 その有様を見たミョルニルは、さすがに躊躇せざるを得なかった。

 現在、七種類以上のスライムと合体したキングでレインボーなスライムにロッドが取り込まれてしまったのである。

 幸い生きてはいるようだったが、少しずつ装備が解かされていく様は見ていて哀愁を誘う。攻撃したいのは山々だが、中のロッドのことを考えると武具っ娘たちは手を出しかねていた。


「オレの電撃を食らわすと感電してロッドが死にそうだしな」


「私も無理ですね。その分周りを掃討しますか」


 タケミカヅチが唸り、雷属性の娘たちが続く。


「燃やす?」


「何でもかんでもそうやって解決するのはどうかと思いますよ」


「でもスライムに傷物にされるよりはマシ」


 嗜めるグングニルに、レヴァンテインが過激に反論する。


「別に裸に剥かれても肌を磨かれるだけですけれど……」


「スライムにその権限はない」


「ふっふっふ。駄目だよレヴァンテインちゃん。ちゃーんと頭を使わないとねっ!」


 ショートソードは胸張り、じゃじゃーんっとばかりに持ってきた得物を構えてみせる。

 それは、アッシュ愛用の三大風呂神器の一つ。

 三叉の槍トライデントだった。


「それっ。全力放水をくらえぇぇ!」


 腰ダメに構えた槍先から、猛烈な勢いで水が噴射される。

 消防車も真っ青な高圧水流は、念液体を貫通して打ち抜いた。


「効いてる、効いてるよ!」


「やるなショートの奴。結構あいつ機転利くよな」


「アレなら調節次第でダメージはないもんねぇ」


「あの娘、最近本当に輝いてきたわ」


 高まる期待に応え、ショートソードは更に水流を連打。

 その奥に居るロッドを水流で粘液の外へと押し流してみせる。


「キャッチです。もう大丈夫ですからね」


「あ、ありがとうございますぅ……ぐすん」


 ロングソードが先回りしてロッドを胸に抱く。

 スライムの粘液で酷い目に会っていたロッドはえぐえぐと泣いた。

 そこへ、武具っ娘たちが仇とばかりに合体スライムに波状攻撃を仕掛ける。


「しゃー。いてこませぇぇ!」


「でも、やっぱり経験値が2しかないよね」


「合体したら普通加算されるお約束のはずなのに、こいつは違う意味で強敵すぐる!」


 ぼこすか。


「よーし。討伐完了! そろそろお昼ごはん食べに帰ろう!」


「「「おおー!!」」」


 ショートソードの号令に従い、皆が下がる。

 そうなれば、必然的に周囲をカンストっ娘が囲んでいく。

 もう何日も繰り返した戦い。

 安全のためにも拠点であるゲート・タワーの周囲で戦っていた彼女たちは、そうして三十分もしない間に撤退を終えた。


 そんなみんなに、まとめて浄化魔法を掛けるのがお姉ちゃん軍曹の役目の一つである。

 そうして汚れを落とした彼女たちは、タワー内に用意された料理をセルフでとって仲の良い娘たちと食べるのである。


「えと、んーと、あっ――」


 そんな中、一人浮かない顔をする娘が居た。

 いつもいつも助けられてばかりのロッドだった。

 彼女はいつも一緒に居るミスリルロッドではなく、今日に限ってはレヴァンテインを探していた。


 現在、武具っ娘たちの中にはいくつかのグループが生まれている。

 一つは武具っ娘たちの憧れの地位を築いているカンスト勢のグループだ。自信に満ち溢れている者が多く、何か在ればすぐに頼りにされる。

 二つ目は、レア度や素材が比較的近いもの同士が集まったグループ。ここにはよくショートソードとロングソードの鋼色コンビも出入りしていて、わいわいと騒いでいる。

 三つ目は武器か防具などの細かな種類で分かれているグループである。ここはどちらかといえば少数で分かれており、特に仲の良い者たち同士が交流を深めている。

 そして最後が、自由気ままに妹たちのグループに混ざるレーヴァテインと、彼女に懐いているレヴァンテインの最凶コンビである。


 今日はどうやら、どこにも混ざらない日のようだった。

 二人してゲート・タワーの最上階で食べ始めていた。


「一緒、良い……かな」


「勿論だぜい」


「ん」


 歓迎するレーヴァテインと、無表情で頷くレヴァンテイン。

 しばらくは食べることに専念するロッドは、二人のやりとりをぼんやりと観察する。どうにも、この二人の間での会話というのはレーヴァテインが一方的に喋ってレヴァンテインが返事をするというようなものであった。それはデータリンクで知ってはいたが、予想以上の信頼関係の上に成り立つものだとは嫌でも分かった。


 二人はそれで完結していた。

 データだけでは実感できない現実がそこにある。

 所詮、データはデータ。

 記憶を共有しようとも人格で受け取り方が違う。


「それで、どうした妹よ。お姉ちゃんが相談に乗ってあげよう!」


「その、いつも皆の足を引っ張ってるからもっと強くなりたくて……」


 レーヴァテインは当然として、レヴァンテインも強い。

 どうにかならないかと相談するロッドは色々と悩みを打ち明ける。


「んー、魔法スキルを使って後方から援護したらどうだい」


「ミスリルロッドお姉ちゃん、攻撃スキル持ってないから……」


「そっか。あの娘は魔法攻撃力の増幅系だったっけ」


「ならミョルニルを振り回せば解決」


「お、重すぎて持てないよぉ」


 レア度が高い武器ほど、装備制限が大きい。ゲーム設定が有効にされている現在、武具娘たちはその制約からは逃れられないのだ。


「じゃ、アレしかないな。レヴァンテイン、手伝ってあげなさい」


「ん?」







「皆いっくよー!」


 お腹一杯ご飯を食べて、英気を養った武具娘たちが昼からの狩りに出かける。

 最近リーダー格として一目置かれてきたショートソードを先等に、全員が配置に付いた。

 そんな中、ミョルニルは首を傾げた。


「なぁ、レヴァンテインがいないぞ?」


「あ、あの!」


「知ってるのかロッド」


「私の中にいるんです」


 訝しむミョルニルだったが、すぐに察した。

 ロッドのレベルが百を超えていたのである。


「ははーん。なるほど付喪神合体<ツクモニオン>か」


「お姉ちゃん軍曹がこれで戦えば良いって」


「あいつのポジションは結構大変だぞ?」


「が、がんばりますっ――」


 ミスリルロッドを両手で握り締め、なけなしの勇気を振り絞るロッドである。

 ミョルニルは頷き、軽く彼女の背中を軽く叩いて活を入れた。


「よっし。ならまずは気合を入れろよ。オドオドしてる奴ほど魔物が狙ってくるからな」


「は、はいぃぃ!」









「いいか? オレたちの仕事は厄介な奴を減らしつつ、レベルの低い奴らを守るために走り回ることだ」


 カンスト武器は少ない。

 上には精霊さんたちも居るが、彼女たちは彼女たちで最優先は空を飛ぶ魔物の迎撃である。武具っ娘隊の守りは、当然彼女たちが担わなければならないのだ。


「まずは肩慣らしだ。オレが突っ込むから、お前は後ろからついて来い」


「はい」


「よし、ショートから合図が来る。……いくぞっ!」


 結界の外へ、魔法スキルなどの遠距離攻撃魔法が炸裂。

 それに遅れてカンスト娘が先行し、魔物の密度を一気に下げる。

 そうして、その後にレベル上げの娘たちが飛び出すのがいつものやり方である。

 先行するミョルニルに従い、ツクモニオン効果でカンストレベルをオーバーしたロッドもすぐに出る。


「は、早い」


 先行するミョルニルは、元が重量武器であるなんて思わせないほどの軽快さを見せ付ける。追うロッドは、付いて行くだけで精一杯になりそうだと不安になった。


(あれ? 体が――)


 羽のように軽いどころではなかった。

 気が付けば彼女は、信じられないほどの速さでミョルニルの後に続いていた。


(これが、カンストレベルの私?)


 驚くロッドの眼前で、ミョルニルが雷光を纏いオークの一団へと突撃していく。

 気づいて突き出される槍先を、スライディングで躱す雷槌少女。彼女は槍衾の下を潜り抜けるとすぐに跳躍。アッパーカットで顎先を打ち抜く。


 爆砕する頭部。

 その体が、容赦なく消失して消える。

 周囲のオークが動揺するよりも先に、着地した彼女は片っ端から殴り倒していく。

 そこへ、遅れて到着したロッドがミョルニルに気を取られたオークにミスリルロッドをへっぴり腰で叩き込む。


「や、やぁぁ!」

 次の瞬間、何かを叩き割るような音と共に、オークの頭部が粉砕されて目の前から消えてしまう。呆気ないほどに決まった一撃。

 自分がやったのだと認識するよりも先に、ロッドは杖を反射的に構えなおす。

 そこへ、仲間をやられて猛り狂ったオークが槍をなぎ払ってくる。


 杖で防御。

 当然のように来る衝撃は、今までと違って苦にもならない程に軽い。

 グッと前に押し返すだけで、オークの体がたたらを踏むのだ。


「GUOO!?」


 自分よりも小柄なロッドに押し返された驚愕で、豚面が驚きで満たされる。そこへ、思い切って杖を突き出す。

 分厚いはずの脂肪で守られた肋骨が、ただそれだけで砕けるような感触。悲鳴を上げるオークに、ミスリルロッドを振り回す。

 途端に右肩から殴り飛ばされたオークがすこーんと吹っ飛んでいった。


「す、凄い」


 体の貧弱さなら誰にも負けないのではないかと思っていたロッドは、ミョルニルの後を追う。そこへ、カンスト以外の武具娘たちが突撃。本格的にレベル上げを開始する。


「付いてきてるな。これから乱戦になる。まずは厄介なのを潰していくぜ」


「は、はい」


 とにかく倒さなければ意味がない。

 お姉ちゃん軍曹から、パーティを組んだりレイドを組むのを何故か禁止されているために、武具娘たちは必然的に能力で討伐数に差が出てしまう。今までゴブリンなどの弱い固体を狙っていたロッドは、当然レベルの上がりも悪かった。

 けれど、今ならそんな弱い自分ともさよならできる。


「たぁぁぁ!」


 いつもは悲鳴を上げて逃げるティラルドラゴンを倒し、飛来してくるハンターモモンガを返り討ちにし、ゴブリンやブラックウルフ相手に無双する。

 今なら、ドラゴンも一人で倒せるのではないかという程の全能感にロッドは高揚していた。


(ありがと、レヴァちゃん)


 心の中でお礼を言い、更に奮闘する。


「ちょ、なんか今日のロッドからは大物臭がしてるんだけど!?」


「スーパーロッドちゃんタイムキタァァーーーー!!」


「これが、ツクモニオンの力であるか」


「明日からまたわたくしたちの戦い方が代わりそうね」


 まさかロッドに道を切り開かれる日が来るなど思っても見なかった一部が、他のカンストっ娘をロックオン。やがて来るだろう激しいツクモニオン抗争の予感に打ち震える。


「てやぁぁっ。たぁぁ!」


 そんな中、ロッドはこれまで助けられた分まで必死になってポカポカと杖を振るった。

 その度に、今まで稼げなかった経験値がドンドンとカウントされていく。


「あ、あれは!?」


 そうして彼女はそれと対峙した。

 その魔物の名は岩ゴリラ。

 ティラルドラゴン同様に、頑丈な部類に入る堅守な魔物だ。


(ゴーレム系は非力な私の天敵。でも、今ならっ――)


 全身に炎を纏い、ロッドが手にしたミスリルロッドを岩ゴリラに叩きつける。

 咄嗟にガードした岩ゴリラが、両腕を砕かれる。そこへ、前に出てロッドが追撃。杖先で突いて敵の胸部を砕いてみせる。

 今までとは比べ物にならない威力に、ロッドは興奮を隠せない。

 それが、レベルの恩恵であった。


「なんだか自分の体じゃないみたい。これなら……」


「油断するなロッド! お前の天敵が来てるぞ!」


 少し離れた位置で戦っていたミョルニルが、奴に気づいて忠告する。


「えうっ?!」


 瞬間、目の前で消えた岩ゴリラの後ろから、レッドスライムが触手を伸ばす姿が見えた。

 思い出すのは、毎日のように味合わされたネトネトでグチャグチャな粘液の感触。それは怯えとなって彼女の動きを鈍らせる。


「ひゃ、ひゃぁぁ!?」


 伸びる粘液触手。躱せずに左足を掴まれてロッドは悲鳴を上げて転倒。一気に引き寄せられていく。咄嗟に杖を地面に突き刺し抵抗を試みるも、レッドスライムは諦めない。


「あちゃー。ロッドちゃん、強くなってもスライムホイホイなんだ」


「不憫ねぇ」


「う、もうやだぁぁ。だ、誰か――」


「馬鹿! お前は今、守られる側じゃない! 守る側に立ってるんだ。気合を見せろ!」


 弱音を吐くロッドをミョルニルが叱咤する。


「で、でもコレ赤色ですぅぅ」


 赤いスライムは何故かとっても炎に強い。

 ここは別の属性持ちでなければ厳しいのだった。 


「やらなきゃ裸に剥かれるんだ! せめて抵抗しろっ!」


「て、抵抗――」


 ジュワリと、粘液の触手が白ニーソを溶かしていく。

 また素肌にあのナメクジが這い回るような喜色悪い粘液の感触が襲い掛かってくる。 

 レッドスライムは中々近寄って来ない獲物に業を煮やし、地を緩やかに這い始めた。

 しかもラグーンの魔力を吸って体積を増やしながらである。ロッドはジワリと涙を浮かべながら、それでも取り込んだスキルでの反撃を試みる。


「出力、全開ぃぃぃぃ!」


 纏う炎の火力が上げる。零れる涙さえ焼きなら、紅が赤い粘液体を熱していく。


「そうだ怖がるな! そいつらだって無敵じゃない!」


 雷を放ってきたサンダーゴーレムに蹴りをくれ、問答無用で叩き割ったミョルニルは援護のために疾走。すぐさま取って返し、ジリジリとレッドスライムに引き寄せられていくロッドの救援に向かおうとする。

 そこへ、真横から十メートルはあろうかという巨大な緑の大蛇――コンダル蛇がバックリと口を開けて這いよってきた。


 比較的大物だ。

 ミョルニルが先に迎撃するか迷うも、紫電を纏った人影がミョルニルよりも先に駆け抜けた。その手には、在庫に眠っていた適当な長剣が握られている。

 風に靡く黒髪に、長身を包む紫電の光。

 カンストっ娘たちの中でも機動力に長けた性能を持つタケミカヅチだ。彼女は狙われているミョルニルの前に出るや、自分からコンダル蛇の正面へと躍り出てその注意を引き付ける。


「私が抑えます!」


「任せたぜっ!」


 タケミカヅチの言葉に右手を上げて返事を返し、勢いを更に上げる。

 そうしてミョルニルは今にも飲み込まれそうなロッドに向かって叫んだ。


「付喪合体<ツクモニオン>いくぜっ。そのまま承認しろロッド!」


「――は、はぃぃぃ!!」


 スキルエフェクトをミョルニルが跳躍。同じくエフェクトを纏ったロッドへと真横から飛び込んだ。

 交わる光。

 解けるようにロッドに取り込まれたミョルニル。その結果として、ロッドをメインにスキルとレベルを合成してみせる。途端に、ジリジリと引き寄せられていくロッドの体が静止した。既に這い寄って来るレッドスライムとは目と鼻の先にまで迫っている。


「あぁぁぅぅぅぅ!!」


 咄嗟に、ロッドは悲鳴とも絶叫とも似つかない声を上げた。

 それはまさしく、毎日毎日衣服を溶かされてきた破廉恥なスライムと、弱い自分への決別の咆哮だった。

 その時、爆発した感情に呼応して炎に雷光が重なった。


 スライムが彼女が取り込もうと粘液で出来た体を花弁のように広げたその刹那、ロッドが杖を一気呵成に突き出す。

 確かにスライムに物理攻撃は無意味だ。だが彼女は今、ミョルニルの電撃属性まで手に入れている。それは当然のように杖を通してスライムの粘液体を通電し、高出力の雷撃となって一気に体内を蹂躙。レッドスライムの体をビクンビクンと震わせると、数秒もせずにその命を刈り取った。


「ハァ、ハァ……」


 突き出した杖の向こう、レッドスライムが解体工場へと転移させられて消える。

 大きく息を吐き出したロッドは、すぐさま前を見据えた。そこには、やはり夥しい数の魔物が居た。その中には当然のように多種多様な色と性質を持つスライムが蠢いている。


「もっと、強く……」


 今はまだ補助が必要だったとしても、いつかこの領域に立って皆で外へ。

 小さな決意を胸に秘め、杖をギュッと握り締めたロッドは、敵陣へと果敢にも飛び込んでいった。






「そうそう。それが今の君たちの強みなんだから利用しないと勿体無いぜ」


 レーヴァテインは満足そうにモニターから目を逸らすと、引き続き夕食の献立に悩むことにした。

 この日を契機に、カンストっ娘が護衛として奮戦するやり方は終わりを告げる。

 ツクモニオンの恩恵により、更に効率を上げて戦闘経験を積み重ねていく武具娘たち。 

 彼女たちは着実にカンストへの道を歩んでいた。



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