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第六十六話「はぐれエルフ純情派」

「その物体Xはいったいなんなんだい?」


 指先を震わせながら、白衣の美女が尋ねてきた。


「リストル教が開発したらしい新兵器だ。魔法を放てる銃だってさ」


 言葉の意味を理解するまでに、さすがのフランベも数秒かかった。

 愕然とした顔で一歩二歩と後退するや否や、彼女はゲート・タワーに設けられていた会議室の壁をおもむろに蹴る。


 一回、二回、三回。

 恥も外聞も忘れて無言で壁を蹴るその様は、どこか飄々としていた彼女がはっきりと見せた人間臭さだった。


「――フフ。フフフ。どこの誰が作ったのかは知らないが、アッシュ君の前でこの私に恥をかかせるなんてね。許せない奴もいたものだよ!」


 研究者としてのプライドをボロボロにされたらしいフランベが露骨に荒れた。


「いや、別に恥だなんて思ってないが」


「そうやで。フランベはんの発明は大したもんや」


 俺とダイガン王子は、凹むどころか闘志と神気を解放しながら振り返ったフランベを宥める。だが、それで彼女の怒りは消えなかった。

 親の仇でも見つけたような顔でメガネのフレームを押し上げ、魔法銃を睨みつける。


「性能は……性能はどうなんだい? いや、分かっている。分かっているとも。君の深刻な顔を見れば、それの方がきっと試作型の火縄銃よりも上なんだろうと分かる。嗚呼、きっとそうだ。そうに違いない!」


「なんや自分の得意分野で若手に追い落とされた職人みたいな目しとるなぁ」


 ティレル王女が言うや否や、フランベがギクリと肩を震わせた。

 その体からは神気の輝きが消え、一瞬にして怒りまで失せる。


「……と、時にアッシュ君」


「なんだ改まって」


「お願いだから私を捨てないでおくれよ?」


 いかん。

 思った以上に衝撃を受けていたようだ。ここに火縄銃を持ってきたときの彼女は、あんなにも自信に満ち溢れていたというのに。


「捨てない捨てない。それを持ってきたのだって、フランベを頼るためなんだ」


「ほ、本当かい?」


「だいたい、銃は銃でも系統が違うだろ。これはどちらかといえば魔法寄りの技術の産物じゃないか。フランベの大砲とはジャンルが違うさ」


「アッシュ君……やはり君は、アヴァロニアの連中とは違う私の理解者だ!」


 ガバッと手を広げ、フランベが胸元に飛び込んでくる。

 一々大仰というか、大げさな気もしないでもない。しかし、いったい彼女はどれだけブラックな職場にいたんだろうか?


「前の職場、そんなに酷かったのか」


「セクハラもパワハラも日常茶飯事だよ。オマケに人の発明盗むは足を引っ張ってくるわ理解を示さないで大変だった。それに比べて君はこんなにも私を信じてくれている! うう、絶対に君の信頼を裏切らないと今一度アナに誓おうじゃないか!」


「ちょ、フランベさん!」


 頬に熱烈にキスの雨を降らせてくるフランベに、ティレル王女が驚く。


「なんだいティレル君。今いいところなんだから邪魔をしないでくれたまえ」


「甘えるのはええんやけど、いや、かなり見たくないんやけどな。その銃どうするん?」


「……まずは試射かな。その後に分解だ」


 なんだかんだ言いながら考えてはいたようだ。


「頼りにしてるぜドクトル」


「任せてくれたまえ」


 少しだけ立ち直ったらしいフランベは力強く頷いた。






「――つまり我々はリスバイフを楽に落とすための口実にされたと」


「その通りです」


 アクレイの返答に、ルースは大きくため息を吐き額を押さえた。

 これで二回もエルフ族はクルスに煮え湯を飲まされていることになる。彼は腸が煮えくり返る思いのまま唇を噛むと、アクレイに更に問う。


「奴らの、クルスの目的はなんなのでしょうか」


「クルス国内を少し調べて見ましたが、アヴァロニアとの再戦のために勢力を拡大したいようですね。背景にリストル教の影響があるのではないかという噂もありますが、ね」


 今代の王がリストル教に傾倒しているということもあってか、密接な繋がりがあるという。アヴァロニアに西側の国々が制圧され、リストル教が締め出されたことで東へと勢力は移動していった。その果てに、受け皿となったクルスは集まってくる彼らの力を取り込んで発達した歴史がある。これまでは彼らを上手く制御しており、歴代のクルスの王たちは賢王と呼ばれてきたが、ここに来て強い影響力を発揮し始めたリストル教が台頭してきたということであったのかもしれない。


 敗戦国の末裔たる負け犬戦士団『ルーズドック・ウォリアー』、そして弱体化の一途を辿っていたリストル教。これらはアヴァロニアが強大であればあるほどに結束する必要があった。そんな背景を考えれば、アクレイにも彼らの方向性は分からないでもない。違和感はある。だが、一応はそれで筋が通る。少なくともそういう意図はあるとして結論とした。


「――打倒アヴァロニア。停戦の先にある次の開戦のために、形振り構わずに来たというところでしょうか。その次はおそらく、食糧庫であるジャングリアンかと」


「ここではないのか?」


「ここでも別に構いませんが、先にリスバイフを攻撃した点から考えても、リスベルク様やラグーンの優先度は下がっていると考えられますね。アッシュの存在も抑止力になったでしょうし……」


 だが、一番は念神の制御に失敗したのが致命的だったと予測する。

 さすがに、正気であればこれ以上の召喚を選ばないだろうとはアクレイの考えである。

 召喚は諸刃の剣だ。

 制御できない力は破滅しか呼ばない。次に使うならばそのリスクを承知の上で使わなければいけない状況になったときだ。


「長い目で見れば、周辺国を先に落として基盤を磐石にしたいはず。彼らはアヴァロニア戦の前に新兵器を敢えてこのタイミングで投入してきた。何か他に切り札があるのかは分かりませんが、自信の程が伺えます。その一端を担うのが先ほど報告した兵器であるのは間違いないでしょうね」


 資料として配られた紙を見る一同だが、皆は半信半疑である。さしものルースも、魔法を放つ兵器などというのは聞いたことが無い。

 神話伝承などでたまに出てくる、魔法を発するという魔剣や杖ならばまだ納得できるが、人造のそれなど想像の埒外であった。


「貴様らが疑問を持つのは当然だが現物がここにある。その意味を重く受け止めよ」


 リスベルクが発言し、アクレイが鹵獲したそれを担ぎ上げる。


「後で試射して見せますが、恐るべきはその射程と威力です。弓の届かぬ程の距離から攻撃が可能であると言えば、どれほど恐ろしいものかが分かってもらえることでしょう」


「そして私たちの懸念はそれだけには留まらん」


 一度は手を引いたらしいアヴァロニアは当然として、ユグレンジ大陸進出の動きを見せ始めたビストルギグズ。しっかりと周りを見渡せば、状況は少しずつ変化してきている。

 もはや森の中で知らぬ存ぜぬでは通用しない時代が来ていた。

 この先に何か苦難が降りかかったときに抗うためにも、どうしても自衛のための力が必要だ。そのためには、彼ら自身が変わって行かなければならなかった。


「――故に、私は貴様らに提案する。上と下の早期統合、エルフ族の戦力、外交力の強化諸々を推進するための新国家『グレイカディア』の建国を!」







「グレイ……カディアですか?」


 議員の一人が目を瞬かせた。


「白も黒も関係ない国、ということだな。その名の通りダークエルフとエルフが共に住むエルフ族の国を作るのだ。この前のような一件を二度と起こさないためにも、今一度理解しあう必要がある。この際、上と下の統合とまとめて一括で進めたい」


「随分と急ですな」


「先延ばしにしても碌な事にならん。やるなら迅速に、そして徹底的にだ。前にルースが遷都の案を出していたが、私のかつての屋敷跡を利用するのが良いだろう。あそこは森の中心であるから指示も出しやすい」


「では、ここはどうなされますか?」


「特に重要度は変わらん。ドワーフとの交易の要として引き続き機能させるし、奴らとの同盟は今後さらに重要になる。ここはそういう意味でも要衝として利用すればいい」


 リスベルクは一度言葉を切り、周囲を見渡す。

 特に反対意見は無いようだったが、さりとて熱意がある者は少ないように見える。危機感が足りないと思うのは、結局はクルスが本腰を入れていなかったからだろう。彼女が尻を叩く必要があるかと一考していると、ルースが質問した。


「確認したいのですが、私も含めて上と下の王族の立場はどうなりますか?」


 立場に固執したいわけではなく、単純な疑問である。

 統合するとしてその顔役は誰がするのか?

 混乱を最小にするためには、それなりに皆が納得する人選が必要だ。その点、現王家はうまく使えば余計な負担さえ軽減できる。が、可能ならばリスベルクがその役を担うべきだという考えが彼にはある。それはここに居る者たちの大半のものでもあっただろうか。だが。


「貴様が新国家の王にでもなってくれればありがたいな。できれば貴様とカミラがくっつけば統合の象徴にもなるし、王家を一つにできるから楽に纏まる」


「……リスベルク様」


「ふむ。お前が嫌ならアクレイの息子をカミラとくっつけるか?」


「な――!?」


 ルースが頬を引き攣らせたところで、アクレイが割って入る。


「とんでもない。私の愚息とカミラ姫など彼女に失礼な話です。クレイン陛下の見合い話をことごとく断っておられますし、きっと意中の殿方でもいらっしゃるのでしょう」


 やんわりと、しかし断固とした口調でアクレイは拒否。すかさず代替案を出す。


「いっそのこと、リスベルク様とアッシュがこの機会に結婚されてはどうでしょうか。リスベルク様が女王となられても誰も反対などしませんよ?」


「それも手ではあるのだがな。これから先、私自信が戦場に立つ必要が出てくる場面は必ず来る。そんなとき、今回のように一々国政まで見ることはできん。だからといって私が政治だけに傾注し、アッシュだけに戦いを任せるというのは論外だ」


「なるほど。確かに、アッシュは将というタイプではないですからね」


 単独の戦闘能力が極めて高いせいで前に出さないのは非効率に過ぎる。それに別段指揮能力が高いわけでも、軍略に明るいわけでもない。ならば、その能力を発揮できる場所は限られてくる。


「では、アクレイ陛下はどうなのです」


 議員の一人が提案する。

 しかしリスベルクは首を横に振るった。


「こいつは駄目だ。一人で一気に進める。もう慣れただろうダークエルフたちや上の者たちだけならばともかく、下のエルフが納得せんだろう。宰相にでもして扱き使うのが一番だ」


「ふふふ。これは耳が痛いですね」


「それにこいつは身軽にしておいた方が良い。かといってクレインでは押しが弱い」


「だから私、なのですか」


「新しい体制にするのだ。若いお前なら柔軟に対応ができるだろう。その才覚がお前にはある」


「……」


 悩む素振りを見せるルースに、議会の者たちの目が集中する。

 大役ではあるという自覚はある。

 だが、それ以上にもどかしさが胸中にある。

 その正体を自覚した上で、彼は問う。


「カミラを嫁にしろというのは絶対条件ですか」


「嫌ならお前単独で押し上げてもいい。まぁ、向こうにはまだ言っていないから、断られたらそれまでの話なのだが」


「では何故いきなりそんな話を?」


「単に確認を忘れていただけだ。どうにもやるべきことが多くてな」


 涼しい顔でのたまったリスベルクは、どちらにしても意思が纏まっている上はそれほど問題にはならないだろうと理解していた。それはアクレイが何も言わないことからも明らかではある。結局のところ、下が決断しない限りは進むものも進まないのだ。


「この案でいく場合はリスベルク様と、廃エルフのお立場はどうなります」


「当分はこのままでよかろう。正直に言えば、必要が無くなり次第緩やかに国政からは距離を取りたいのが本音だ。私や奴という存在が在ることは強みではあるが、貴様たちの成長を妨げることにもなりかねん。それは私が望むところではないのだ」


 永劫に構いたいという欲が無いわけではない。

 だが、子は何れ親から巣立っていかなければならない。何れはそこに持っていくために、彼女は言っておかねばならなかった。


「さて、どうするルース?」


 しばし悩んだ末、彼は一日考える時間を求めた。

 その後、敵兵器の試射が行われて解散となった。官僚たちはおろか、見学していた戦士たちもそれに確かな危機感を抱く。ルースも当然その一人だったが、彼が考えなければいけないことはそれだけではない。そのために彼は、解散となるやすぐさまアクレイに声をかけた。


「私をハイシュレイクへ連れて行って頂きたいのです」


「いいでしょう。存分に語り合ってきなさい」


「……敵いませんな。なんでもお見通しというわけですか」


「年の功という奴ですよ。しかし残念です。私の息子が娘であったならば、貴方を口説かせていたというのに」


「は、はぁ……」


 冗談か本気か分からないその言葉に、ルースもさすがに言葉を濁した。







「完全に対人攻撃に用途が絞られているね」


「こらアカンわ。ワイらの鎧じゃどうにもならん」


 フランベが試射した結果を見て、ダイガン王子が泣き言を呟いた。

 ドワーフ戦士愛用の重装備も、さすがにお手上げのようだった。


「小さい方ならまだどうにかなりそうやけど、そのでかいのを向けられたら駄目や」


「兄ちゃん。これはもう大砲と同じで防ごうって考えるのが間違いやないかなぁ」


「未確認情報なんだがな。竜はほとんど無傷だったそうだぞ」


「あのなアッシュはん。連中の鱗やら皮、手に入れるのは相当に大変なんやで?」


「俺がモンスター・ラグーンに行けばいいさ」


 ラグーンごと燃やして良いなら数も稼げそうな気がするのだ。ドロップするのがドラゴン肉とかでなければの話ではあるが、現実的な解答ではないかと思う。が、真面目な顔でウォーレンハイトに言われてしまった。


「一応注意しておくが、魔物系の連中と我々竜を間違えてくれるなよ」


 ややこしいが、クロナグラの言語が通じるのが人類種としての竜だそうだ。

 つまり、意思疎通ができるかどうかが人類種であるかどうかの分水嶺というわけだな。


「ちなみに、魔物としての竜なんてどんなのが居る?」


「マイナーなところで言えばドラゴンホースにティラルドラゴンだな」


 あー、確かにマイナーだな。


「後は一部のモンスター・ラグーンにワイバーンや話せないドラゴンが居る。どちらも普通の人類種からすれば脅威だが、お前なら問題なかろう」


「どっちも遭遇したことはないな」


「奴らは人化できないせいでゲートを潜れないのだ。図体がでかすぎてゲート・タワーに入れぬのだから当然といえば当然よな」


「なんだそりゃ」


「場所はジーパングと、ティタラスカル。後は……アヴァロニアのモンスター・ラグーン辺りで見たという話を聞いたことが有る。確実なのはジーパングだ」


「……どこも遠いな」


『探すならジーパングでよかろう。妾の転移で飛べるし、竜翔が居る今なら他と比べて面倒が無い』


 試す価値はあるか。

 防弾チョッキならぬ、防魔法装備は戦士たちに必要だろう。

 それが無理なら、もうイシュタロッテに頼んで魔法を布教するしか対策が思いつかない。


「にしても、用途がここまで似通っているとはね」


 しげしげと魔法銃を観察するフランベは、なんだかんだ言いながら楽しそうである。

 知識欲とでも言えば良いのか、そこには当たり前のように貪欲さが伺える。


「スコープとやらもそうだが、アッシュ君のアイデアに恐ろしく近いね」


 望遠鏡自体はアヴァロニアでも発明されていたようで、実はヴェネッティーでも買えるらしい。ただし、銃用ではなくあくまでも見張りや船乗り、天文学者などが使う代物なのだそうだ。


「他にバリエーションがあるかが気になるな。特に用途特化型な」


「君が提案していた長距離狙撃用の銃などかな?」


「そういうこと。理想は相手に見つからないぐらいの長距離から撃てるのが欲しい」


「発想が鬼畜や。男ならどつきあいが基本やでアッシュはん」

 

「いやいや。狙撃も男のロマンだよ」


 それにしても、だ。銃なんて無いなら無いで安心できるのに、なんだって実践投入なんてされてるんだろう。しかもよりにもよって敵方が先に持っていると来た。


 爆薬と大砲を持つアヴァロニアに、魔法銃を持つクルス。

 どうせならはた迷惑同士で勝手に潰しあっておけばいいのに何故周りを巻き込むんだ。

 もしかすると武田の騎馬隊も、織田信長の鉄砲隊と出会った時はこんな心境だったのだろうか?


 なんてことだ。

 戦国武将の気持ちを異世界くんだりで想像するような日が来るなんて。

 俺は普通の学生だったはずなのに、どうしてなんだ。


「にしても結局、ウチらの出番は無かったなぁ」


「一先ずは無事に終ったんや。それでええやないか」


「それはそうなんやけどな。こう、ずっと待機やったから物足りんのや」


「なら俺の武器の誰かと模擬戦でもするか?」


「ええの!?」


 ティレル王女は相変わらず元気がよろしい。


「ほならエクスカリバーさんと再戦や。今度こそ倒して……倒して……」


 何やら姫様がもじもじと熱い視線を送ってくるので、急いでエクスカリバーさんを擬人化する。待ちきれないほど戦いたかったとは恐れ入るぜ。


「お呼びですか、我が主」


「……鬼やなアッシュはん」


 いきなり失礼な王子だ。

 こちらは気を使っただけなのに。


「またティレル王女と手合わせしてあげて欲しいんだ」


「かしこまりました」


 そうして、エクスカリバーさんとティレル王女が再戦である。

 今度は初めから格闘戦だったが、何故か聖剣少女がボクシングスタイルで応戦。妙に慣れた動きで王女の相手を勤めてくれた。


「な、なんやあの娘の軽快な動きは。この前と動きが明らかに違うで」


「……何故ボクシング?」


「くっ、なんやのこれ。早いけどパンチに腰が入ってな――」


「違う、それは距離を測ってるんだ」


「えっ?」


 瞬間、左のジャブでの牽制をやめたエクスカリバーさんが踏み込んだ。

 繰り出された右が、電光石火の一撃となる。

 咄嗟にガードしたティレル王女の体が、ガード越しに地面を滑った。

 肝が冷えるとはこのことか。

 今の一撃、防がなかったらとんでもない国際問題になってたんじゃないか?


「よく止めました。前よりも腕を上げましたね」


「――ッ。上等やないかっ!」


「あかん。ティレルがキレおったわ」


 そして再開される乱打戦。

 この前よりも心なしか激しいのは、王女様の努力の表れか。


「このっ。これ以上無様な姿は見せられへんのに!」


「相変わらず威勢が良い。その姿勢、嫌いではありませんよ」


 ドゴォ、ズン、ズドォン。

 甲冑と篭手が盛大に響き渡る打撃戦は、やがて非番だったドワーフ戦士たちの興味を引いた。なんだなんだと集まってくる彼らは、どっちが勝つかで盛り上がっていく。


「誰だよ、酒を持ち出したの」


「食糧の次に大事やろ?」


 ほったらかして混ざろうとするダイガン王子。

 その顔にはワイは知らんとでもいうような表情が張り付いている。


「ちょっと熱くなりすぎだろ。止めた方がよくないか?」


「ほならアッシュはんがティレルを止めてや。ワイがやったら死んでまう」


『こ、こやつ死を覚悟したような目をしておるぞ!』


 なんて曇りない眼だ。

 嫌でも彼の本心が伝わってくるかのようだぜ。


「あいつ、フランベはんのせいで最近更に馬鹿力になってるんや」


 何にせよ、もう少し穏やかな勝負にして欲しいものだ。


「イシュタロッテ。本気で止めるぞ」 


『お主、そこで妾の加護を求めるのか』


「注意一秒、怪我一生だ」


 加護の光を纏うと、悪魔の眼まで使って二人を止めに入る。

 何故交通安全の標語らしきものが口から出たかは分からない。

 確かなことがあるとすれば、二人とも軽自動車ぐらいの迫力はあったということである。







 引き分けに終ったかに見えた模擬戦は、先に木刀で一撃入れた方が勝ちという変則ルールに変更した。


「……」


「ッ――」


 にらみ合う両者は、木刀を構えたまま相手の様子を伺っている。

 構えを変えたり、フェイントを入れながら一本取るために策を弄する。

 お互い鎧と甲冑で身を守っている。頭部への攻撃も禁止したのだから、国際問題に発展したりはしないだろう。

 さっきまでとは打って変わった静けさの中で、それ以上に研ぎ澄まされている殺気。 それは見ているだけで息苦しさを誘発して止まない。


 勝負は一瞬で決まる。

 予測された事実を前に、自然と目が離せなくなりそうなところでウォーレンハイトが声を掛けてきた。


「時にアッシュ殿。頼みがあるのだが」


「ん?」


「トリアスをいい加減どうするか決定しては貰えぬか」


「俺の一存で決められるものじゃないぞ」


 戦士たちは監視要員を残して撤退準備に入っている。

 トリアスと他の竜は一応まだ崖の上だが、まぁその時に処遇が決まると思う。

 俺もアクレイたちが戻ってきたら手伝いに向かうことになっているわけだが、きっと解放されるはずだ。


「できれば公爵領にこっそりと返したいのだが……」


「ああそうか。クルスの占領してる場所で解放するのもアレだったけっけな」


 あの性格だと一人でクルスに殴りこまないか不安だがな。


「口添えぐらいは俺でもできるか。分かったよ。言ってみよう」


「かたじけない」


 その分働いてもらいたいものだ。

 大きな損害を負う前に終らせられたから良かったが、逆に中途半端に戦争の決着がついたせいで有耶無耶に終った感がある。


 おかげでどうもすっきりとしない。

 結局は先延ばしにしただけなのだ。

 これは贅沢な考えなのだろうか?


 だが、例えば俺やエルフ族が連中の争いに首を突っ込むのもどうかと思うのだ。仲間割れして勝手に潰しあってくれるのならそれこそ勝手にさせておけば良い。


――と、二人の対決にもそろそろ動きがありそうだ。


 スッ、とエクスカリバーさんが木刀を下段に構える。

 明らかに誘いだ。ティレル王女がピクリと眉を動かし、若干の迷いを見せる。

 しかし。


「――せいっ!!」 


 正面。

 小細工など知らないとばかりに踏み込み、上段から肩を狙うティレル王女。


「甘い!」


 そこへ、滑るように間合いを詰めたエクスカリバーさんが木刀を一閃。

 踏み込んだ王女の右足を斬りつけていた。

 見事な一本である。


「く、くぅぅぅ! また負けてもうた……」


「もう一本やりますか?」 


「や、やるで! せめて一本取ってから帰るんや!」


「良いでしょうか?」


「ん、気の済むまでやってくれ」


 頷くエクスカリバーさんは、少しだけ楽しそうな声で返事をした。

 だが分からないこともある。何故か終った後でフランベに頭を下げていたのである。

 はて、何かあの二人にあっただろうか?


 



 やがて、ルース王子を連れて戻ってきたリスベルクたちにトリアスのことを相談すると、リスベルクが難色を示す。


「随分とムシがいい話だな?」


「返す言葉もない」


 ウォーレンハイトはひたすらに頭を下げる。

 翡翠の双眸がいっそう細められていく。美人の笑顔は最高だが、怒った顔がギャップでより怖くなるのも美人である。

 俺に向けるようないつもの呆れではなく、敵に向けるような冷たさを内包した視線はあまり長い時間拝みたいものはない。まぁ、約束は守ろうか。


「あー、リスベルク。ちょっと送ってくるぐらいならいいんじゃないか」


「なに?」


 ギロリである。


「いつまでも捕虜にしてたって、食糧を無駄に消費するだけだって」


「……まったく貴様という奴は。その適当な甘さはどうにかならんのか」


 悪態を吐きながらも、彼女は渋々頷いた。


「ならば六匹だ。竜を六匹色違いで寄越せ。うち一匹はあの白銀の奴だ」


「ぬぅ?」


「そして竜翔は今後如何なる理由があろうとも森のエルフ族を襲わないと誓え。この二つ、永劫に守ると言うのならもう消えて構わん」


 苦渋の表情を浮かべながら、ウォーレンハイトが唸った。


「……一度、仲間と相談させてくれぬか」


「当然だな。精々悩んで決めろ。――ああ、そうだ。貴様はいらんから残るなよ」


 冷たく言い放つリスベルクは、ルース王子を連れてアクレイと共に消える。


「相当に機嫌が悪いな」


「無理も無い。一歩間違えれば、我らはエルフ族を相当に殺していた」


「随分と潔いな」


「こうして生かされていただけでも贅沢というものだ」


「これからどうする」


「団員を説得するしかあるまい」


 もう思考するような間はなかった。

 彼の決断は意外といえば意外だったが、少しばかり疑問でもある。


「そんなにあの娘が大事なのか」


「アレは我がついていないとすぐに死ぬ。しかし、残った六匹は違う。この森で大事にされるだろう。ならば是非もない」


 随分と肩入れしているもんだな。


「惚れたのか?」


「――うむ」


 ウォーレンハイトは、答えてすぐにそっぽを向いた。

 さすがに冗談のつもりだったが、なんだか無性に悪いことをしたような気分になってしまった。


「お、男の純情か。そういうの嫌いじゃないぜ」


「口にされると死にたくなるから止めてくれぬか? 私は最低の団長だ」


「恥ずかしがる必要はないだろ。しっかし、竜としてはそういうの有りなのかよ」


「元々、ジーパングでは竜の生贄に奉げられた人間の娘が囲われるなどの先例はいくらでもある。情が湧けばそういうケースもあるのだ。今は人間を無闇に食うこともない」


 ふーむ。

 異世界だと愛は種族を超えるか。

 アデル王子の親父さんなんかもそうだったようだし、結局は本人同士の問題なんだな。


「俺も人間を嫁にする予定だから、妙に親近感が沸いてくるな」


「さっきのフランベとか言う人間か」


「そっちはまだ分からないが、もう一人居てな」


 カミングアウトすると、何故か彼は食いついてきた。


「ほう……どうやって口説き落としたのだ?」


「いや、偶々復讐を手伝ったんだ。そしたらいつの間にかそうなってた」


 人生、何があるか分からないものだよ。今では胃袋を押さえられているんだからな。


「ならば、彼女ら親子をハメたリスバイフの女王でも喰ろうてみるか」


「それはどうだろうな。どうせなら……そうだな。これとかどうだ」


 インベントリに没収しておいたトリアスの弓を取り出す。


「貴族の家のアーティファクトと言えば家宝なんだろ? 取り返したともなれば、喜ばれるんじゃないか?」


「……良いのか?」


「良くはないが、またそのうち雇われてくれればいいさ」


「参った。これはでかい借りになりそうだ」


 ついでにすぐに死なれても困るので彼のアーティファクトも一緒に渡す。

 一瞬眼を見張った彼は、しかし大切そうに受け取ると深々と頭を下げた。


 その日、十四匹の竜が去って行った。

 彼らはエルフの森から迂回するように公爵領を目指すのだという。

 夕日を浴びながら飛び去っていく竜たちは、一人の少女を乗せた黒銀の竜を先頭に飛翔する。帰れば大変だろうに、敢えて苦難の道を選ぶとは。

 案外、あの二人は似た者同士なのかもしれないな。


「これで良かったのか?」


「良くはないが、トリアスとかいう娘の性格を考えれば絶対にクルスに仕掛けるだろう。連中が長く立ち回ってくれれば、クルスに煮え湯を飲ませられる。おそらく、貴様に邪魔な竜翔を片付けさせるのがクルスの狙いの一つでもあったのだ」


 だが、竜翔はこちらに割いたせいで人員が減ったとはいえ健在。

 早々簡単にはリスバイフをくれてはやらないだろう。


「くくく。何時裏切るかと思って泳がせていたが、こういう締め方なら悪くないな。アーティファクトも手に入ったし竜も手に入った。うむ。悪い取引ではないな」


「――あ、悪い。あいうらの奴な、俺の独断で返してたわ」


「……は? き、貴っ様ぁぁぁぁ!!」


 やはり吼えるリスベルク。

 それを宥めながら夕日をバックにウォーレンハイトを見送る。

 そしたら、どこからともなく悪魔の呟きが聞えて来た。


『うう、妾の騎乗竜が行ってしまった。銀色混じりのレア竜だというのに……』


 白銀より強そうな黒銀が良いと拗ねるイシュタロッテと、吼えるリスベルク。

 外と内からせめて相談しろと説教される俺は、人間と竜の恋の成就を祈ることで現実逃避を行う。


――が、しかしである。


「殿、これからよろしくお願いします」


 白銀の竜、元竜翔の副団長『ルーレルン』さんが、残りの竜五匹と共に三つ指突いて挨拶してきた。

 ……何故『殿』なんだ?

 俺はどこかの戦国大名ではないのだが。


「我等一同、末永くアッシュ殿専用の翼としてお仕え致しましょう」


「ま、待て!? 私は森に身柄を寄越せと言ったはずだぞ!?」


「ですので、森に住むアッシュ殿を主君として我等の身柄を引き渡しました」


 涼しい顔で一礼するルーレルンさんである。

 完全にそれで押し通す気なのは明白だ。

 リスベルクが神気を纏って吼えてもまったく意に返していない。


「そういえば竜は乗り手を選ぶんだったか」


「そういうことです。というわけで、いつでもご命令を。ちなみに夜伽も覚悟致して残っております故、どうぞよしなに」


「なぬ?」


 苛酷な戦いが待つからこそ傭兵団の女性陣を選んで置いていったのかと思ってい俺にとっては、寝耳に水なお話しだ。ウォーレンハイトはいったいどういう意図があったのだろう。全員が流し目を送ってくるせいで、冗談なのか分からない。


 冗談、だよな?


『おおう、これはまたとんでもない意趣返しを……』


 悪魔も呆れる竜の逆襲撃であった。

 竜の戦力が欲しいので邪険にもできず、かといって俺の言うことしか聞かないともなればリスベルクにとっては計算違いもいい所だろう。

 当然のことだが、ハイエルフ様が咆哮を上げなさる。


「チェ、チェンジだっ! 即刻男の竜と変わって来い!」


 しかし竜たちは全員彼女を無視。

 聞く耳を持たないどころではない。

 更に挑発的に言うのである。


「――殿、お腹が空いて動けませぬ。外野は放っておいて早く夕餉の準備をしましょう」


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