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第六十五話「戦場のイノベーション」


 リスバイフの貴族には、家を継ぐためには従軍経験が必要だという暗黙の了解があった。

 それはラグーンズ・ウォーの教訓である。領地を守るためには政治だけではなく、当然のような武力も求められるのだ。

 そのためトリアスという娘を連れたルルブリア公爵は、同盟国がアヴァロニアと停戦交渉に入るという段階でクルスへと入国していた。


 いつもなら金で躱すところを、娘に見せておくべきであるという判断からの参戦だ。

 妻に先立たれた公爵には子供が彼女しかおらず、これからの苦難を乗り越えるためにも必要な洗礼だと彼は思っていた。アヴァロニアと交戦状態だと言っても、積極的に仕掛けてきているわけでもない。彼の大国も、占領地の統治にはそれなりの時間が掛かる。

 今のうちに戦場の空気を味合わせ、後の領地経営に役立たせようというその認識は間違いではなかったはずだった。だが、結果として公爵と彼が連れて来た兵は戦死した。


「何故、こんな場所にリスバイフの者共が」


 空からの偵察を任されていたウォーレンハイトは首を傾げた。

 場所はアヴァロニアと領地を接する、その境界だった。クルスの全軍はおろか、停戦交渉を刺激しないようにと同盟国にも近づかぬように警告されていたはずである。


「……近づきすぎて敵方と遭遇した、ということか?」


 アヴァロニアの鎧を纏った兵士らしき死体もある。

 そう考えるのが自然ではあったが、どうにも腑に落ちない。


「団長、一人だけ生き残りが!」


 白銀の鱗を持つ竜。副団長のルーレルンが、その手に気絶したままの少女を運んでくる。

 とても美味そうな匂いがした。

 おかげで発見されたのは当然とも言えるが、手傷を追いながらも辛うじて生きている。ならば喰うわけにもいかない。部下に治療させ、彼はすぐにその地を離れた。


 少女は運が良かった。

 帰還するまでの間に生死の境を彷徨っただろうに、先行した部下が気を利かせてアフラーを連れてきたのだ。魔法で治療された彼女は、そうして一命をとりとめた。


「この少女には見覚えがあるな。少し前にリスバイフから来た連中だ」


「……助かりそうか?」


「私の手にかかれば当然だ」


「そうか」


「しかし解せんな。……私の方で少し探ろうか?」


「良いのか? お前もそれなりに距離が取られているだろうに」


「構わん。報告は少し遅らせろ。どうにも、悪の匂いがする」


 結局、発覚したのはリスバイフの内輪揉めらしいという結論だった。


 それは、トリアスという少女にもなんとなく分かっていたようだった。

 ウォーレンハイトとアフラーは奔走し、戦場を偽装した。あくまでもクルス領内で戦ったように工作したのだ。

 そうとは知らずに少女は生き残りとしてリスバイフの軍に馬鹿正直に証言し、停戦交渉で相手を刺激するような真似をしたということで糾弾された。


 微妙な時期だったせいもあって攻撃材料には事欠かない。だが、そこでもウォーレンハイトとアフラーが介入した。

 また戦場がクルス側だったということで、クルス側が公爵に名誉の戦死であるとして礼を告げたのも大きかった。そこに戦後を見据えた政治的な力が働かなかったわけではない。が、結果的に見ればリスバイフの醜聞をクルスが握りつぶしたことになる。それが中央四国の同盟の維持のためだろうと諸外国や傭兵たちには透けて見えていた。


 その後、停戦後の竜翔の雇い主として少女の名が上げられたことが追い風となる。

 誰も竜たちの逆鱗に触れたくはない。結果、見習い騎士の少女は本当に竜たちのクライアントとしての道を歩み始める。


「何が目的なの」


「……お前をガブリと食うことだ」


「えっ!?」


「今すぐではない。死んだ後で構わん」


「よ、良かった。今私が死んだら、公爵家の血が絶えてしまうところだったよ!」


 安堵するトリアスを、ウォーレンハイトは丸め込んで契約した。

 どちらにせよ、停戦交渉がうまく言っているために雇い主との契約も切れる。モンスター・ラグーンに繋がるゲート・タワーが彼女の領地のどこかにあるらしいということも分かっていた。団員を宥める最低限の理由が守られるならばなんとかなる。事実団員らは酔狂を起こした彼に従った。しかし、予想以上にトリアスは扱い辛かった。


「清濁併せ呑むことが出来んのかお前は」


「あうっ」


「腹芸も覚えるのだ。ええい、それまでは我等に相談してからにしろ!」


 彼女にはバランス感覚が欠如していた。

 公明正大にして潔癖であれという親の素晴らしい教育方針の賜物である。その祖父も頑迷であり、貧乏くじを引くような日々。だが、賢しく義理人情に欠けるような人間と比べれば嫌いではなかった。


 歴代のクライアントも、できる限り大義を持つ者たちとして選んできたつもりだった。

 竜は邪悪。

 危険な天災。

 そんなラグーンズ・ウォー以前に根付いたイメージを払拭するべく、ただひたすらに傭兵団として活動してきた日々。の中で、彼女程真っ更な人間は久しぶりだった。


 気づけば、竜翔は彼女の力だけでなく手足となって動いていた。

 悪い気はしなかった。


「あの年増は陰険だな」


 トリアスが公爵家を継ぐのもすぐだったはずだが、女王が叙任式を何かにつけて引っ張っていた。その代わり、彼女に騎士としての仕事を振る。

 魔物退治に見合い話。その合間にも送り込まれる刺客も含めてその悉くを付きっ切りで彼は妨害した。けれど、結局はエルフの森の侵略のために最前線送りにされた。

 なんということはない。

 馬鹿正直なその娘が受けてしまえばウォーレンハイトでもどうにもならない。


「……女王陛下は、伯母様は昔はとても優しかったんだ」


 その女王陛下に親を殺されたと感づいているはずだが、彼女は覚悟を決めていた。


「美化した過去に忙殺されるでないわ。ヒトなど時が過ぎれば容易に変わる」


「ごめん。でも、だったらまた良い方に変わることだって……」


「このたわけめ」


 結局、ウォーレンハイトは自分の領分を越えた仕事に失敗した。

 ただ付き合うことしかできなかったのである。

 せめてそれを少女にとって良い方向へと転がすのが彼にできる精一杯だった。だから今は、廃エルフの元に降っている。少女との契約を継続したままで。






「うう、この縄一体何で出来てるのさ」


 天幕の中。

 両手を縛られているトリアスが、捕虜として無駄な抵抗を試みている。

 いっそこのまま食べてしまおうかという衝動に駆られながら、ウォーレンハイトは世話をしてくれていた副団長に謝罪した。


「我の道楽に付きあわせて済まぬな」


「その分、団長の思わぬ姿を私たちも楽しませてもらっておりますよ」


 今は白髪の女性、白銀の竜ルーレルンはたおやかに微笑んだ。

 二人の付き合いは長い。団員たちも含めて、ウォーレンハイトの執着を生暖か合い目で見守っていたのもそのせいだ。


「……人の子とは、妖精共以上に御しがたいものよ」


 しみじみ呟くウォーレンハイトは、強襲作戦が滞りなく進んでいるのを伝えた。


「皆が敵に回ったんじゃ、うちの兵士たちは今頃……」


「――トリアス様。元々公爵領から派遣されたのは貴女様だけでございますよ」


「あ、そうだったね――って、それでも国の民に攻撃してることには変わらないよ!」


 無辜の民が傷つくのを良しとしないトリアスが言い募るも、捕虜の身の上では何も出来ない。結局、侵略した側である彼女の言い分など現状では何も役には立たなかった。


「竜翔としては、このままエルフ族に付くのに問題はありません」


「それはそうなのだがな。これがどうなるかがまだ……な」


 少なくとも命を取ろうという考えはなくなっているようだったが、その後でどうするかという問題については結局は保留のままである。


「取り入るのであれば、やはり廃エルフだと思います。彼は随分と甘い」


「……この際、アクシュルベルンでも構わぬとも考えている」


「イビルブレイクの初代団長ですか」


「我が姉も世話になっていた。幸い、奴は我を覚えているようだったしな」


 傭兵団『竜翔』の設立は、その当時の傭兵活動に刺激を受けたからでもある。

 彼の姉などは竜の強さを喧伝するためではあったが、後にそれ以外の理由が付け加えられた。魔物の召喚が何時しかなくなった頃、時代は何時しかそれ以前に戻りつつあった。


 大仰に言うならそれは、対魔物戦力の代名詞であるレベルホルダーとアーティファクトを用いた人類間での戦争の再来である。

 ジーパングの竜たちは、自らのテリトリーである島国を諸外国からの争いに巻き込ませないため先に力を誇示するという戦略を打ち出した。それが竜翔である。


 傭兵として各国を渡り歩き、彼らは竜が住む本土の防衛能力を理解させてきた。彼らの成果か、ジーパングに攻め入る国はラグーンズ・ウォー以後は存在していない。この先にありえるとしたら、それは竜さえ凌ぐ力を持つ回帰神を擁した勢力だけだろう。とはいえ、もはやその心配はほぼないだろうが。


「とはいえ、だ。明日には終るかもしれんぞ。先ほどの強襲時には荷造りに入っていた」


 旗色の悪さに先に逃げ出す兵士も居るようだったが、逃げるならとエルフの強襲部隊は矛を収めて帰ってきた。後は完全撤退と、クルスの増援がどういう判断を下すかで戦争早期に終るかもしれない。


「……クルス単独で来るやもしれませんが」


「それは困るな。リストル教は我等竜を人類種の枠組みから排除したがっている」


「本当、敵をどれだけ作れば気がすむのやら」


 クルスも恐ろしい物を抱え込んだものだと二人は皮肉気に笑う。

 その間にも、トリアスはしつこく縄と格闘している。

 気づいたウォーレンハイトは当然のように一喝した。







「連中、かなり粘りましたね」


「竜たちに物資を重点的に焼かせた甲斐があったな」


 軍に対して糧食を焼き払うという攻撃は単純だが有効だ。

 二万もの軍勢を維持するための食糧などすぐにかき集められるはずもなく、竜のブレスの巻き添えなどもあって無理矢理に退かせたようなものだった。拠点跡地では、現在徹底的に竜が破壊活動を行い拠点としての能力の簒奪を行っている。

 すぐ様利用するのは不可能であり、クルスの援軍が来たとしてもまた同じ方法で追い払うかという意見もあった。


「ひとまず勝利の宴でも開きたいところだが……」


 竜のせいで余計に食糧を消費している。

 それに見合った働きはしているのだが、連中はすぐに腹を鳴らす。けれどこれで精神的な重圧はかなり軽減されたことをリスベルクたちは歓迎していた。


「まだ完全に終ったわけではないが、ここには常時監視を置く必要があるな。問題は距離だが……こうなれば魔術の普及の件、認めねばならんか」


「個人的にはお勧めできません。ですが体裁を整える方策は既に考えています。幸い、イシュタロッテさんは協力的ですし、魔術神を所持するディリッドさんもこちらには居ます。どうでしょうか? この機会にやるなら徹底的に変革することを提案したいのですが」


「案があるなら纏めておけ。もう私よりも貴様の方が広い視点で考えられるだろう。いっそのこと、この森でも民主主義とやらをやってみるか?」


「ふふふ。それにはまだエルフ族は幼すぎますよ」


 閉じこもるだけでは未来がない。

 かといって、流されすぎるのも不味い。

 良いところは認めて取り入れ、エルフ族らしく発展した森へと変えていきたい。アクレイはそのために、できる限りの献策をと考える。その果てに、きっとあのはぐれ神の望む地があるだろうと信じていた。


「特に外交の強化が必須です。上と下を統一した後、国家として宣言しドワーフの真似をして交易などを試みてはどうでしょう」


「……悪くないな。しかし何を売る」


「木材は当然として、アッシュの薬の模倣品が最適かと」


「量産体勢を早期に整えろということだな」 


「幸い、ドワーフよりも植物の育成や魔術に関してならばこちらに適性があるはず。探究神さんの宿主であるフランベさんも、アッシュの頼みなら享受してくれるでしょう」


 上手く供給源として立ち回ることさえできれば、エルフの国の価値が上がる。それはつまり、交渉のカードになるということである。

 ドワーフには鍛冶技術からくる武具や鉱物資源があるが、エルフ族にはそれがなかった。

 しかしアッシュがその現状を変えるカードを持っている。


「私はつくづく思うのだがな。アッシュの奴は何故こんなにもエルフ族の足りない物を持ち合わせているのだろうな」


「おかげで体の張り甲斐があるというものでしょう」


 どうやら満更でもないようですが、などと余計な一言を言うアクレイは睨まれる前にすぐさま一礼。要領良く姿を消した。


「任せ甲斐の有る奴だ。私が居なくなっても案外大丈夫かも知れぬな」


 神が導く今を続けるか、それとも子らを信じてもっと後ろに下がるか。

 もうそろそろ、後者を考える時期に来ているのかもしれない。

 川風に靡く金髪を押さえるリスベルクは、しかしすぐに考えを保留にした。


「いや、まだ早いか。最低でも回帰神連中が大人しくならなければ夢のまた夢だ――」







 後退したリスバイフ軍とクルスの先行軍の合同部隊は西に向かう。

 目的地はその先にある城砦都市『ハルケブン』だ。その都市はロロマからの交易街道にある重要拠点であり、同じくクルスからの交易街道とも繋がっている。

 ジャングリアン経由の食糧を手に入れるために最速路でもあるために、その経路の維持は国の死活問題でもある。そのため、重要地として兵士の受け入れ機能も当然高い。


「クルスの連中が遅れています」


「これしきの山歩きで遅れるとはな。精兵が聞いて呆れる」


 馬に乗った指揮官は、「放っておけ」とだけ告げて行軍を急がせた。

 暫くしてようやく山道から解放されれば、目の前に都市が見えてくる。

 降り道というのは存外に足腰に負担が掛かる。だがもうすぐ都市である。目的地が見えれば、疲れも少しはマシになった。

 山道でクルスの兵士がまごついているようだったが、彼は休憩よりも行軍を選んだ。

 が、そこへ何やら彼の元へと伝令が走りこんでくる。


「で、伝令!」


「何事だ!」


 リスバイフの威信をかけての東征だったというのに、逃げ帰るしかなかった指揮官が怒鳴った。彼に待つのは間違いなく降格だ。責任を取らせるべき公爵の娘が居ないのだから、他に背負う者がいない。そんな最悪の機嫌の彼を前に、血の気が失せたような青い顔で伝令が告げる。


「ハ、ハルケブンがクルスの援軍に占領されました!!」


「――な、に?」


 指揮官の男は、一瞬彼の言葉の意味が理解できなかった。

 頭の中が真っ白になった彼に、畳み掛けるように伝令はまくし立てる。


「三日ほど前、クルスから一方的に王都で同盟破棄の通達があり、同時に戦線布告が成されたとのこと! その間に連中は進軍。昨日にハルケブンを制圧してこちらを待ち構えていると!」


「なんだそれは! もう目と鼻の先だぞ!?」


「都市から再三に渡って伝令が出されていたそうですが、全て連中に処理されていたようです。この報告を伝えたのは、都市防衛隊の捕虜だった者です……」


 声を搾り出すようにして、伝令の男が唇を噤む。

 役目を終えた彼は、この先にどういう結末が待つのかで頭が一杯だった。


「――」


 指揮官が声もなく後方を振り返る。

 今、クルスの先行軍は遅れていた。

 それがどういう意味を持つのか、彼にはすぐに分かった。


「戦闘準備を急がせろ! 全軍に通達! クルスが裏切った! ハルケブンを取り戻す前に後ろの奴らを根絶やしにする!!」


 でなければ、ハルケブン側の軍と挟まれて挟撃される。

 悠長に考える暇はない。彼らは知っている。知っていてわざと遅れたのだ。

 今頃は攻撃準備を整えているかもしれない。

 唾を飛ばす勢いで矢継ぎ早に指揮官から指示が飛ぶ。

 だが、それでも遅かった。

 遠目に見える都市から土煙が上がっている。待ち構えていたクルスの軍が動いていたのだ。更に状況は彼を苦しめる。


――地面が揺れる。


 背後から爆音が響き渡る。

 思わず振り返った彼らが見たのは、山道から振り注いでくる無数の光。

 輝く流星のような光弾は空中で弧を描き、山なりの弾道で飛来する。


 やがて着弾。

 炸裂して破裂するその光弾は、着弾地点の周囲を問答無用で吹き飛ばした。

 それは、これまで散々苦しめられてきた竜の放つ火炎弾にも効果が似ていただろうか。

 おかげで兵士たちの顔が更に悪くなった。


「竜と組んだ? いや、姿が見ない。なんだ、アーティファクトの魔法にしては数が多すぎる。なんなんだ? いったい何なんだこれは!!」


 兵士たちの悲鳴が木霊する。

 指揮官は混乱しながら、山道から距離を取るべく指示を出すも、兵士たちは既に正気ではない。止まっていたら狙い撃ちにされるという恐怖から荷を捨て隊列を乱して走る者が出てきた。


 そうして、彼らは地獄を見た。


 前方に立ちふさがるように進軍してきた敵兵が動きを止めて隊列を作る。

 手にするのは彼らが見たこともない道具だった。

 一つは、金属製の筒のようなものの下にボウガンの引き金のような物を二つくっつけた代物。そしてもう一つは、やはり金属製の筒を更に巨大にし、肩に担ぐようにして両手で構える大仰な何かだ。

 巨大な筒を持つ者たちが、斜め上にそれを構える。

 次の瞬間、その筒から光弾が発射された。


「――」


 リスバイフの兵たちが、呆気に取られた顔でそれを見た。その光は、後方から彼らを襲っている光そのものだった。

 空が光弾の軌跡で染まる。

 その数秒後に、大地が幾度も泣き喚いた。

 両足から伝わる振動が腹の底から脳髄まで一直線に全身を震わせ、耳を劈く爆音が当たり前のように鼓膜を揺さぶる。

 それらはまるで、彼らのなけなしの希望さえも粉砕していくかのようだった。


 爆発に巻き込まれた兵士たちが次々と肉片に変わる。

 飛び散った肉片は死臭を呼び、砕かれながら赤く染められていく大地は、ひたすらに死を抱擁した。呆気ないほど簡単に命の華が散っていく。


(こんな……こんなものをどうしろというのだ……)


 出来たのは北に逃げろという指示だけ。

 それさえも轟音にかき消されそうになる中で、指揮官は大声を張り上げる。

 破れかぶれに突っ込んだ者も居たが、それらは引き金を二つ持つ道具から発射された光に貫かれて死んでいった。一矢報いることさえできない。


 男は決死の覚悟で馬を駆る。


「北だ、北に逃げろぉぉぉ!!」


 名誉も名声も関係なく、唯ひたすらに一人でも多く兵士を生き残らせるために声を張り上げ、自ら必死に北へと先導した。やがて、そんな彼の他にも馬に乗っていた者や足の速い者たちが辛うじて逃げ延びる。


「畜生、畜生……ちくしょぉぉぉぉ!!」


 彼は共に逃げ延びた後に振り返る。

 付いてこれた者は千にも満たない。

 遠くで爆音がする。それはまだ、逃げ遅れた兵たちがまだ散り散りに逃げ惑っている最中であるという証明だ。けれど、それで何ができるというわけでもないと彼は自覚していた。


 しばらく無言で歯を食いしばったその男は、音が消えるまで待った。

 だがそれでも、それ以上合流する者は現れない。

 他の場所へ逃げたのかもしれないし、殲滅されたのかもしれない。

 もしかしたら投降した者だって居たかもしれない。


(おのれぇぇぇ! エルフ共と俺達を潰し合わせてからこうするつもりだったな!)


 今更構図を理解しても遅すぎる。

 だが、それでも彼の耳からは部下や兵士たちの上げる悲鳴が消えてなくならない。


「おい貴様ら!! このまま負け犬のままで終りたくない奴はここに来い!!」


 死体よりも酷い顔をしている兵士たちに指示を出す。

 誰も居なくてももはや関係がない。男の心に意地という名の火が付いた。それを見たほとんどの兵士たちには不思議だった。ポツリ、ポツリと数人が敗残兵の頭の下に集っていくのだ。


 普段から指揮官の男は好かれてなど居なかった。

 女王のお気に入りなどと揶揄され、調子に乗っていたような貴族の男だ。なのに、そんな奴が何をどうするというのか?


「俺はこれからルルブリア公爵家に行く。お前たちは共をしろ!」


「王都に連絡をするんじゃないのかよ」


 集まらなかった誰かが、驚いた声で呟く。


「まさか、逃げる気かあいつ」


「聞こえてるぞ!!」


「ひ、ひぃぃ!」


「普段の俺なら斬り捨てている所だが……ちっ。ああ、お前でいい」


 青ざめる兵士に近づくと、胸倉を掴んで強引に立たせる。


「仕事をやる。俺の代わりに王都へ向かい、ハルケブンで起きたことを包み隠さずに伝えて戦の準備をしろと伝えろ。これをもっていけ」


 家紋の入った鞘を預け、懐に忍ばせておいた金貨を数枚押し付ける。

 男は、まだ余裕がありそうな顔の兵士を数名見繕うと、鞘を預けた男を送るように指示を出して同じように金貨を渡す。


「行くぞ、連中に一泡吹かせるために――」


 数人を引き連れ、男は北を目指す。

 途中、王都に向かわないことを疑問に思った兵士が彼に問うた。


「何故、公爵家に?」


「奴らは速攻で王都を落とすだろう。だがそれで終わりじゃあない。だから、侵略反対派の連中の兵力が必要になる。ならば必然、連中の顔役の力が居る。それも早急にだ――」


 これで終わりにはさせない。

 ただそのためだけに、ミハルド・グロウスターという男は王都のある北西ではなく北を目指した。








「――クルスの増援って奴、来ないな」


「おかしいですね。もう到着していてもおかしくはないのですが」


 アクレイが首を傾げる。

 竜が破壊した拠点を空から定期的に見回ってはいるのだが、軍隊が集まる気配がない。


「アクレイ。貴様、ちょっと行って様子を見て来い」


「おおう、子供をお使いに出すような言い方だ」


「構いませんよ。……ウォーレンハイトさん」


「なんだ」


「少し付き合ってください。貴方なら今のリスバイフに詳しいでしょう?」


「別に構わんが……」


「ではお願いします」


 遠慮もせずに押し切ったアクレイは、そうして縮地で消えた。

 残った俺達は陣を張っている崖上で彼らの報告を待つことにする。


「正直、竜には驚かされたがな。今は拍子抜けしているところだ」


「それは俺もだよ」


 ドワーフの時とはまるで違う。そりゃ状況も何もかもが違うのだろうが、心の中に余裕みたいなものがある。


『こういう時はあまり気を抜かぬ方が良いぞ』


 イシュタロッテがたしなめるが、どうにも困った。

 川のせせらぎのせいもあるのか、敵の姿が無い今は妙に穏やかな気分だ。


「なんか、森の中で野営しているラルクたちに悪いな」


「終ったら連中にはたっぷりと休暇をやるさ」


「そりゃいいな。シルキー将軍とか大喜びするんじゃないか?」


「あいつは駄目だ。そのまま働かせてやる」


 クツクツと笑うと、手ごろな石を拾ってリスベルクは崖下に放り投げる。

 なんだかんだ言ってこいつも退屈なのだろう。

 既にやることはやったという感じだ。


「そういや、精霊魔法を使ってた時に神宿り状態になってたようだが大丈夫なのか?」


「アレはその悪魔の加護みたいなものだ。元々私にはできたから問題もなにもない。純粋な神宿りはちと危なかったがな」


「てことは、残りがあれば強くなれるんだよな?」


「そうなるな。しかし、フリッドとガイレスがどこに居るか検討も付かん」


 フリッドが火の精霊で、ガイレスが地の精霊だったか。


「縁の有る地に居るとかじゃないのか? 世界最大の火山とか、どっかの洞窟とか」


「確かにそういう場所は好みそうではあるが……仮に居たとしても持ち去られている可能性があるぞ」


「ならジンはどうやって見つけたんだよ」


「あいつは特に私と仲が良くてな。すぐ側に居たのだ」


 それからしばらく二人で精霊の話をしていると、アクレイたちが戻ってきた。


「……は?」


 俺は彼らが手に持っている物体を見て驚いた。

 それは、どこからどう見てもスコープ付きのライフル銃とバズーカに酷似している。

 さすがにこれは意味が分からない。


「戦利品ですよアッシュ」


「――いや待てよ。なんでそんな物を持ってるんだお前!」


 だいたい、バズーカなんてフランベでさえ開発してないはずだ。銃だって火縄銃だったしスコープみたいなものなんて開発してさえもいない。あ、まさかもう開発されたから預かって持ってきたのか?

 疑問が顔に出たのか、尋ねる前にアクレイはドワーフのものではないと言った。

 それを横で聞いていたウォーレンハイトが驚く。


「すると何か。このけったいな武器をドワーフも持っているというのか?」


「いえいえ、これとは別物ですよ」


「別物?」


「驚かずに聞いて下さいね。これはどうやら、リストル教が開発した魔法を発射する銃なのだそうです。しかも、クルスがリスバイフに宣戦布告して今現在侵略中だそうで」


「「……」」


 俺とリスベルクは当たり前のように顔を見合わせた。

 多分、お互いに聞き間違いかと思ったのだろう。

 思わず視線で会話してしまったぜ。


「貴様、つまらない冗談は止めろ」


「あ、なんだ冗談かよ。一瞬心臓が止まるかと思ったぞ」


「いえいえ冗談ではありませんよ。一番近くの都市が占領されていましてね。近づいたら、何やら警告されて事情を聞こうとすると撃たれまして。いやぁ、危なかった」


「こやつ迷わず我を盾にしおったのだ」


「もうどこから突っ込めばいいんだ」


「アクレイ、貴様まさか……」


 ドン引きする俺達二人を前に、アクレイは「我ながらナイス判断でした」などと得意げに微笑む。隣でげんなりしているウォーレンハイトが妙に哀れだった。

 冗談のような話だが実話らしく、二度と一緒には行かぬと竜が呟く程だ。


「だが、確かにアレは我でなければ死んでいたな」


「竜の鱗は魔法にも強いですからね」


「で、戦ってかっぱらってきたと」


「貴方ならこれについて何か知ってはいないかと思いましてね」


 いや、俺の知ってる地球には空想の向こう側にしかないんだが。

 しかし、なんだこれ。


 ひとまず受け取り、銃から軽く検分してみる。

 だが、どうにも俺が知っている銃とは構造が違うようだ。まず後ろと前に引き金が一つずつあるのが理解できない。そして、どうやら弾丸を装填するマガジンや、薬莢を排出する部位もなさそうだ。銃身は鉄か何かの金属性で、握りは軽量化のためか木材が使用されている。


 ぶっちゃけていえば作りはかなりしょぼい。

 一応鑑定してみるが、これも怪魚と同じで『該当情報無し』としか脳内ログには表示されない。まさか、コレは連中が召喚の実験で手に入れた物の模倣ってオチなのだろうか?


「……アクレイ。これ、もう二つ三つ鹵獲してこれるか?」


「不可能ではないですが……」


「頼む。フランベに構造を解析してもらうにしても多いほうが良い。まぁ、どっちも撃ってみてからで良いが……」


 バズーカのほうも検分してみる。

 これもどうやら引き金が二つある。ただし手前の引き金は銃身を右手で抱え上げて押さえた位置にあった。引き金というより、もうこれはスイッチに近いな。


「ちょっと離れていてくれ」


 崖下に向けて、バズーカを構える。

 右肩に乗せ、スコープを覗き込めば倍率は酷く悪そうだったが一応は見える。

 まるで子供用の玩具として作られた望遠鏡でも覗いている気分だ。


「イシュタロッテ、加護をくれ」


『うむ。一応、念のために障壁も張っておくか?』


「頼む」


 そもそも正しい使い方が分からないからな。暴発でもされたら困る。 

 一先ず、左手の引き金を引いてみる。すると、何やら魔力が減った。驚いて引き金からを戻すと、その感覚は止まる。


「何が起こった?」

『魔力が指先から取られて筒に流れ込んだのう』


 今度は手前のスイッチのような引き金を引いてみる。

 すると、こちらも同じように魔力が吸われたような気がした。


『んー、後ろの奴はちと感触が違うな。何か、筒の中に魔力の塊を感じるぞ』


 離したら消えた。

 となれば、だ。


「両方同時に押したらどうなるかだな」


 正直に言えばビビッている。

 なので、チキンな俺は悪魔の眼に頼ってしまった。

 押す未来を視るわけである。


「暴発はしない……か」


 とりあえず、両方同時に押してみる。


「ポチッとな」


 瞬間、シュッという掠れたような音と共に光る何かが発射口からすっ飛んでいった。


「……反動がほとんどなかったな」


 俺の身体能力のせいではないと思う。

 やがて弾丸は重力に引かれて着弾。適当な岩にぶつかって破裂した。

 予想通りではあった。けれどさすがに目の前で岩が粉々に粉砕されている現実を見せられれば唾を飲み込むしかない。


『手前の引き金で爆裂弾を筒の中に作り、左手の引き金で発射させているらしいの』


「だから二つ引き金があるんだな」


 発射のメカニズム的な問題って奴だろうか。魔法はさっぱりだが、悪魔がそう言うならそうなのだろう。後は探究神や魔術神に見せて確認を取れば確定するんだろうが、こいつは不味い。厄介極まりないぞ。


「アッシュ、何ともありませんか?」


「ああ。ただし撃ったら魔力が減る」


 欠点は、弾丸を作る部位に石でも詰め込んでたら暴発しそうなことと使用する際に絶対に魔力反応が出ることだろうか。しかし発射音が火薬式の銃と違ってほとんどなく、魔力があれば撃てるという点はでかい。

 とはいえ、これが魔法なら魔法障壁を張れば防げるはずだ。俺自身は対策を打てなくもないが、逆を言えば対策が取れない奴は近づくのが困難になる。これはかなり不味いぞ。


「これ、どれだけの数の兵士が持っていた?」


「パッと見た感じでは三人に二人ぐらいですかね」


「……洒落にならないぞ」


 弓や魔法の遠距離攻撃こそあれど、近接戦闘がこれまでクロナグラの花形であった。不幸中の幸いとはこのことか。早期に知れたおかげで対策を考える時間が生まれた。


 冷や汗をかきながら、今度は銃の方も撃ってみる。

 やはり発射音が静かだ。

 こちらの方が軽く、魔力の消費も少ない。当然、反動もほとんどない。威力ははっきりとは分からないが、爆発はしていない。おそらく鎧を貫通する程度の威力は当然持たせていると思う。もしかしたら他にも色々なバリエーションがあるのかもしれない。

 俺は念のためにも打ちっぱなしで連射ができるかも試してみた。


「……さすがにそれはないか」


 一発一発手前の引き金を引き、弾丸を生成する必要があるようだ。ただ、左手の引き金は引きっぱなしであれば、弾丸を精製した瞬間にすぐに発射できることが分かった。結果として、右の指先を引く度にスムーズに連発する程度はできることが発覚。更に脅威度が跳ね上がる。


「やばい。応用したら機関銃も作れるんじゃないか?」


 今、引き金を引くだけで子供でも兵士を殺傷できるだろう武器がこの手にある。

 その事実に、俺は今更ながらに眩暈を覚えた。


「――リスベルク。クルスがリスバイフを狙っているのなら、当分はこっちには来ないだろ。その間に戦力を強化することを提案するぞ」


「……それしかあるまいな」


「兵に容易く魔法を与えるような代物ですからねぇ」


 戦いの基本は数である。

 その差を覆すのが武器の質と兵士の質、そして戦略や戦術である。

 その上で、この武器が量産されているのだとすれば、戦力の差が大きくなる。


 作った奴に泣き言を言いたいぜ。

 マジで勘弁してくれ、と。


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