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第六十二・八話「武具っ娘緊急集会」


「集合!」


「集合でーす。全員集合ですよー!」


 どことも知れぬ暗黒の中である。

 インベントリという名の亜空間において、ショートソードとロングソードの鋼色コンビが武具仲間たちを招集していた。

 何やら緊急事態が発生したとかで、二人は集会の開催を決意したのだ。

 三桁オーバーの武具たちが集結し、拡声器を持つショートソードとロングソードの前に皆は行儀よく三角座り。


「ロングソードちゃん。来れる娘は全員揃ったかな?」


 ショートソードは出席を確認していたロングソードに確認。

 こっくりとロングポニーテールが上下したのを確認すると、校庭にでも置かれているような朝礼台に飛び乗って、集会の開催を宣言した。


「皆に集まってもらったのは他でもない。私たちは由々しき事態に直面してるんだよ!」


「百聞は一見にしかず。このデータを見てください」


 ロングソードがショートソードの補佐に周り、最近情報封鎖を解除されたことで会得したデータリンク網を通して情報を送る。

 一同は、纏められたそのデータをしばし確認。

 そして一斉に、レヴァンテインとタケミカヅチたちカンスト武器勢の圧倒的使用頻度を直視させられ、自分の数値と見比べて愕然とするのであった。


 とんでもないことである。

 日の目を見ていない者が多いというのに、擬人化お供率、武器使用率共にごく一部の限られた者たちだけが桁違いなのだ。


「元々お気に入りだったレヴァンテインちゃんに問うー。我々はいらない子なのかー!」


 ショートソードはお怒りなのであった。右拳を高らかに突き上げ、あらん限りの声量でレア度や数値、固有スキルの有無が全てかと声高に叫んだ。

 それは、使われない武具娘たちの心の代弁でもあった。


「たいぐーの改善を断固として要求するぅぅ! お約束な固定観念も糞喰らえー! 数値なんて本当は関係ない私たちのぉぉ、ゲーム仕様的能力格差を是正しろぉぉぉ!」


「チュートリアル中だから無理」


 レヴァンテインがどうしようもない現実を突きつけるも、叫びに感化された報われない武具娘たちは吼えに吼える。


「自重しろ破壊兵器! アンタ武器ってより兵器枠でしょ!」


「これって狡くない?」


「記憶データも封鎖解除するまで独り占めだったし」


「一人だけずっと凍結なしで活動してた!」


「お姉ちゃんからもとーっても大事にされてるしぃ」


「横暴だよレヴァンテイン君は!」


「いくらお気に入り筆頭でもさすがに限度があるよね」


 彼女たちの不満が爆発していた。データ共有の弊害である。皆さん、慄然と存在する格差におこなのである。


「ていうか、カンスト武器が基本卑怯なのよ」


「そうでござる」


「元々レベル限界まで上げたっていう先入観が主君にありますからなぁ」


「某たちにはレベルなどリミッターに過ぎませんが、それを知らぬわけですし……」


「それはアッシュを楽しませるため」


 だからこその制限だが、皆には役々不満なのであった。


「チュートリアル、規定、お姉ちゃん。それ以外の前向きな答えを聞かせろぉ!」


「だいたい五人制限がきつすぎるんですよ。もう人数制限は解除にしましょうよぅ」


「それ賛成っ!」


「そもそも我輩の出番がないのでは性能のアピールもできないのであーる」


「しかもぉぉ、最近だとぉぉ、あのエロ悪魔とかハイエルフが調子に乗ってるしぃぃ」


「枠二つ食いつぶすってさぁ。何様だよあの念神共っ!」


「アッシュ君もデレデレしちゃってさ。本当に頭来るよね!」


 わいわい。

 がやがや。


「労働待遇の改善のためにストライキしたいところだけど、働き場所が無い子達には意味が無いですしねぇ。皆さん、どうしましょうか?」


「ここらで私たちの存在感というのを示しておかないといらない子にされちゃうよ!」


「み、店売りは嫌ぁぁぁぁ!」


「いや、でもあれはウチらじゃない子らっしょ」


「そうそう。さすがに武器娘は売らせないって。今までの放出品は全部別枠だもん」


「一つの武器に一人しか用意されてないからねぇ」


「増やそうと思えば増やせるだろうけど」


「別にこれ以上は必要ないって。持ってなかった武具は再現されてないしさ」


「でもでも。このままだと永遠に忘れられたままっていう危険性がっ!?」


 お店にドナドナされるのも嫌だが、忘却はもっと嫌である。

 お年頃な武具娘たちは議論を白熱させていく。


「あ、ありうるね。元々あの人の戦術ってごり押しで決まってるし」


「ていうか、初期武器の癖にカンストのショートとロングもレヴァと同罪じゃね?」


「使われてない娘らが多いのに、それでも不満の声を上げるとかないわー」


「ギルティ。それはほろ苦い罪の味」


 皆さんデータのせいで危機感がマッハである。

 そうして、気がつけば優遇武器とそれ以外で完全に陣営が分かれてしまっていた。


「あ、あれれ? 不満の声を上げた私とロングソードちゃんが何故現状維持派に?」


「皆の不満が私たちにも……あうあう」


「贅沢は敵だぁ!」


「枠を譲れー!」


 鋼色コンビも槍玉に挙げられている。

 そしてそれらを取り囲むのは、出番を健気にも待ち続けている武具娘たち。


「み、皆落ち着く」


 レヴァンテインがオロオロと仲裁の声を上げるも、もはや誰も聞かない。


「これが落ち着いていられるかっ!」


「その勝者の余裕が妬ましいだわさ」


「キーッ、どうしてショートとロングが使われてゴールドなわたくしは燻っているのです? 世の中が間違っていますわ。プンプンですわ!」


「それ言うとダイヤ製って触れ込みの私とかどうなるのよ。嗚呼、メンタルが砕けそう」


 見た目重視<ゴージャス>派も参戦する。


「何でもいいから出番寄越せぇぇ」


「ついでに大将の愛も寄越さんかい」


「――はっ、出番よりもそっちの方が重要じゃないかな!?」


「出番いらないから夜の添い寝権プリーズ!」


「違うよ、アレは護衛枠だよ。夜は邪悪な悪魔が出てくるからお守りしないと!」


「そっかぁ。じゃあ言い直すね。夜の護衛権寄越せぇぇぇ!」


「な、なら私はお風呂枠でいいかも」


 もはや収拾がつかないとはこのことである。

 口々に不満の声をあげ、彼女たちは結託していく。


「大体さ、お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ」


「そうそう。今更『付喪合体<ツクモニオン>』の機能を解放しても、結局はカンスト連中がメインで優遇されるに決まってるじゃん。こんな時こそ、せーいきなきこーぞーかいかくって奴が必要なんじゃん」


「それともう一つ問題があるよね」


「出番問題以外にもあったっけ?」


「ストーカー神に依頼してる銃、あっただろ。地味に楽しみにしてるんだよ主様」


「弓武器もそれなりにあるのに酷い浮気。ぐすん」


「くぁぁぁ。必中スキル持ちが妬ましい!! 涼しい顔で澄ましているアルテミス、お前のことだっ!」


「フフ、フフフ。弓武器はまだいいさ。見てよ皆。杖枠や魔法威力重視系の連中を」


「彼女たち、ゲーム時代からまったく実戦で使われたことがないんだよ?」


「こ、これは酷い……」


 使用率ゼロのオンパレード。

 見渡す限りのゼロの山には、さすがに同情以外の念が集まらない。


「て、転職ですぅ。転職システムが実装されていないのがいけないのですぅー!!」


 魔法枠の皆が泣き叫ぶ。

 魔法攻撃力がどれだけ上がったところで、近接主体のアッシュにとってはコレクション以上の意味合いが本当にない。


 対魔法戦闘の訓練が始まったのを知り、ようやく時代が来たかと思った彼女たちだったが、アッシュの想定する戦術を知って希望を奈落の底まで突き落とされてしまっていた。

 結果として、このまま使われることなく、永遠にインベントリを暖め続ける羽目になる未来が簡単に予測できるのだ。彼女たちには希望さえ与えられないのである。


「うぅぅ、魔法スキル格好いいのにぃぃ」


「知的でスタイリッシュな魔法使い系アッシュ様のお役に立ちたいよぉ」


「もったいないっすよねぇ。廃エルフ補正でINT高いのに」


「無理無理。基本脳筋側でしょご主人。INTに存在価値なんて見出してないって」


「これはさすがに可哀想だと思うんだ」


「ジャンルごと無かったことにされているのに等しいぞなもし」


「確かにー。使ってるとこがー、想像できないかもー」


「そもそも連中って物理攻撃力重視じゃないからね」


「ちなみに最近如意棒が日の目を見たからさ。棒枠はまだワンチャンあると信じてるぜ」


「やっぱり、どう考えても杖とかの魔法系組が一番悲惨なのだぁ」


 仲間たち大多数から同情の念が送られる。

 いらない子代表にされた魔法重視系武器娘さんたちは、圧倒的格差の前に崩れ落ちるしかなかった。

 ここに居る娘たちは、使用する理由があまりにもないのだ。

 これが、悲しき現実の重みであった。


「あ、でもデッキブラシって杖枠じゃ……」


「アレはお鍋と一緒でイロモノ装備枠でしょ。仮に枠があっても掃除枠だよ」


「つ、つつつまり我々は、掃除道具以下の存在なのでありますかっっ!?」


「風呂焚きもトライデントとレヴァンテインばっかりだしなぁ」


「や、止めてあげてなよ! 魔法組のメンタルが死んじゃうよ!」


「悲惨すぐる。聞いてるだけで泣きそうになってくるなんてパないよね」


 気にしないようにと皆が顔を背けてきた事実は、本当に非情である。


「ふふ、ふふふ。まだ武器で可能性が残ってるからいいじゃない」


「女性アバター専用装備の私とかね、選択肢にさえ上がれないんだよね」


「しかも防具組、今は単純に数値と着易さしか考えられて無いもん」


「ううっ。ゲーム時代とは違うんだよ。お洒落なんてリアルだと重視されないんだ」


「どうせこっちもスキルとか数値で決められちゃうっていうか、いつもの鎧でもう良いって思われてるよぉ」


 防具組もしくしくと泣いている。


「ねぇ皆。そもそもさ、スタンスが間違ってる気がするんだよね」


「というと?」


「ただ待っていたってさ、アッシュちゃんは使ってくれない気がするんだ」


「おおっ、一理あるかも!」


「積極的に打って出てアピールしよっか」


「となるとだ。当然、邪魔な奴がいるよな?」


 使われない武具娘さんたちの視線が、一斉にレヴァンテインに向けられる。


「統括個体に自由に外に出る権利を認めさせないといけないっすね」


「大体だお、ハーレムって基本皆平等じゃないと成り立たないんだお」


「例えデータ共有機能があろうとも、主君の独り占めは許されないぞっ!」


 結論が出た。


「よーし、話は決まったぜ!」


「全員かかれぇぇぇぇ!」


「んッッ?!」


 暗黒の闇の中、レヴァンテインが包囲網から跳躍。すぐに逃亡を図る。

 それを追って他の武具娘たちが不平等な待遇改善のために殺到。死に物狂いで最終兵器の捕獲にかかる。


「あの紅いのを捕まえろぉぉ! 生きていれば何しても構わーん!」


「我々報われない娘たちの未来のためにも!」


「アッシュ君の愛を取り戻せぇぇぇ!」


 そしてそれに混ざって扇動するショートソード。

 彼女はちゃっかりと潜り込み、レヴァンテインを追い掛け回す。

 ここに、記念すべき第一回となる集会の結論が出た。







「皆、行ってしまいましたね」


 グングニルが困った顔で呟いた。

 カンスト組であり、使用頻度もそれなりにある彼女は現在の待遇についても特に不満はない。が、それは彼女が満足できる立ち居地にいるからでしかないとも分かっていた。

 故に止められず、悩ましい顔で見守るしかなかったのである。


「まっ、しょうがねーんじゃねーの? オレはあいつらの気持ちが分かるぜ」


 金髪ツンツン頭の少女が、うんうんと頷く。

 ヘソだしのタンクトップに、両手に纏っている鉄の手袋。腰元には短パンの上に大きなベルトのような力帯を巻いているその少女は、可愛らしいというよりは、どこか野性的でボーイッシュな印象を見るものに与える。

 彼女の名はミョルニル。

 いつもはレヴァンテインに装備されるか、アッシュがブン投げている柄の短い超重量のハンマーである。


「使ってはもらえるから我慢してるけど、オレだってまだ擬人化されてねーからなぁ。なぁ、お前もそう思うだろムラクモ」


 亜空間に胡坐をかくのを止めて寝転んだミョルニルは、隣に座っていた同輩――草薙の剣に声をかける。


「まったくもって同意見ね」


 艶やかな黒髪を後ろで八本程に結った彼女は、薄っすらと微笑した。

 口元に手を当てた拍子に、纏った巫女服にも似た白い衣の袖が優雅に揺れる。

 ミョルニルやグングニルが北欧神話の原典を意識しているのだとすれば、彼女は古代日本を意識したといった装いである。


「フツノミタマと舞いを競わされていた頃が懐かしいわ」


 西洋と東洋のモチーフにした神話に違いはあれど、結局の所はもっと使ってくれと言いたいのだ。彼女もまたカンスト武器であり、いつもはアッシュに草薙の剣と呼ばれている妙齢の美女であった。


「そもそも我が君は私様の力を過小評価しすぎているのよ。私様はこのクロナグラでこそ凶悪な性能を発揮するというのに」


「ケッ。あのアッシュが不特定多数に被害を及ぼすような使い方なんてするかよ」


 単純な話だ。

 ただ雨を降らせるだけのスキルだが、世界中に確実に雨を降らせることができるのだから毎日のように行使すればそれだけで異常気象が出来上がる。

 やろうとお思えば作物の生育に大打撃を与えることさえできた。

 たかだがMPを消費する程度でアッシュならそれが可能なのだ。

 レヴァンテインのような直接的な破壊力こそ無いが、どちらにしても性能がぶっ飛んでいることに違いは無い。


「やっぱり真正面から打ち砕いてこそ、オレの担い手に相応しいってもんだぜ」


「一理有るわね。逞しくも強き益荒男な我が君、私様も嫌いではないわ」


「だろ? もっとこう、何にも遠慮なんかせずに全力で暴れてもらいたいよな」


 カンスト組はカンスト組なりの不満があるのだった。


「やっぱオレも一緒に戦いてーなぁ。今ならツクモニオンで一緒に血みどろの戦場を駆け抜けられる。念神だろうが神宿りだろうが、アッシュの想念に変えてさ、よくやったぞって褒めてもらうんだ」


 体が疼くとでも言うかのような顔で立ち上がると、シュッシュッとシャドーボクシングを始めるミョルニル。


「それとあの野郎だけは絶対に潰してぇ。くそったれ。あの程度が全力だって勘違いされるのは何度考えても我慢できねぇ」


 閃光のようなジャブの連打の後にワンツー。フックにアッパー。そして渾身の右ストレート。抉りこむように拳を振るった彼女には、仮想敵がしっかりと見えていた。

 わんぱくな一面を隠す事無く雷槌少女は、そのまましばしシャドーに耽る。

 が、物足りないようですぐに不平不満を口に出す。


「くそっ。これじゃあストレスの解消にもならねぇな。グングニル、相手してくれよ」


「それならあそこで凹んでいるエクスカリバーに頼んではどうでしょう?」


「おっ、いいな。あいつ硬いから殴り甲斐がありそうだぜっ」


 ミョルニルがシャドーを止めて言われた通りに聖剣を探すと、三角座りのまま眉を八の字にして悩んでいる少女が発見された。


「なんだなんだ暗いぞ聖剣。お前光属性持ちだったろ」


「……悩みに属性は関係ないでしょう」


「今更、良い目を見てたことに引け目でも感じてるのか? これだから良い子ちゃんは」


「それも無いとは言いません。が、その、情報制限が解除されるまでレヴァンテイン以外は無限転生オンラインの知識だけだったではないですか」


「んあ? まぁ、そうだな」


「その、ですから外でゲーム時代の知識を話してしまった方がいまして……」


 エクスカリバーは赤面した。

 自信満々に見当違いのことをフランベに話してしまったことを。根が真面目なのでとても悔やんでいるのである。


「間違っていたのは私でした! 彼女にはとても申し訳ないことをしてしまった……」


「なんだ、大したことじゃねーじゃんか。また今度会ったときに適当に謝りゃいいんだよ。おらっ、それより鍛錬しようぜ鍛錬。お前そういう真面目そうなの好きだろ」


「むぅ。我はまだ付き合うとは……」


 甲冑ごと手を引かれて無理矢理に立たされたエクスカリバーだったが、気晴らしも兼ねて渋々付き合うことにした。

 そして始まる打撃戦。

 クレバーに戦う聖剣少女は、防御なんて二の次で襲い掛かってくるパワーファイターをジャブで牽制。不用意に近づけまいと足を使ってヒット&アウェイで勝機を待つ。


「……甲冑を着込んでいるエクスカリバー。反則ではないのかしら」


「アレは彼女の服みたいなものですし」


「くっ、ミョルニルめ。どうせなら私に頼めば良いものを! 相撲でも剣でも好きなだけ相手をしてやるというのに!」


 追い掛け回されるレヴァンテインに助太刀するべきかを考えていたタケミカヅチだったが、武神設定が疼くらしくグングニルたちの側へと観戦しにやってくる。


「ええい、逃げるならもっと足を使うべきだエクスカリバー! ああっ、ミョルニルは打たれ過ぎだ。せっかく小柄なんだから、もっと頭を揺すって躱しながら前に――」


 白熱する試合。

 ヒートアップする武神の声援。

 やがて、ボクシングルールかと思われた鍛錬が、蹴りや投げ技、寝技も可能な無差別格闘技の様相を呈してくる頃、草薙はインベントリから日本酒を取り出してグングニルを誘った。


「――ところで、貴女は姉様がどういうつもりだと考えているのかしら」


「あの方の考えが真に理解できるのはレヴァンテインだけですよ」


「心にも無いことを。だから皆、こうして不安を感じ取っているのではなくて?」


 杯に注いだ酒を上品に飲む草薙は、色気の有る仕草でほっと息を吐く。

 言っている本人からは不安のようなものは見て取れない。

 だが、グングニルにも分からないでもなかった。

 見た目などどうとでも取り繕える身の上であるが、内面はまったく違うことを知っていた。だから、明確にアッシュモドキなどと口にされてしまっていることに当然のような恐怖を感じていたのだ。


「はい、どうぞ」


 とくとくと酒が注がれた杯を受け取った眼帯美女は、差し出されたそれを一息で飲み干した。飲んだところで不安は消えない。けれどそれでも、人は酒を飲んで忘れようとする。

 そんなことまで模倣しようとするも、やはり人造の彼女にはそんな機微は味わえない。

 再現は可能だが、それをして浸る必要性はどこにもない。

 ましてやいつ呼び出されるかも分からない身で酔うなど論外である。

 結局、彼女にとっても草薙にとっても飲酒とはただ気分を味わうものでしかなかったが、この時ばかりは妙にしっくりと来る行為であるように思えていた。


「データによれば、我々は元々イシュタロッテの代わりにと生み出されたとあります」


 決して使い手を見殺しにしない武器。

 最後までどんなことがあろうとも命を守ろうとする武器。

 それが、彼女たちが自覚する製造理念であり存在理由。

 だからレヴァンテインたちはイシュタロッテを許容できない。

 が、ただそれだけなら無視するだけで済んだはずだった。

 それだけでは済まないのは、あの悪魔が余計な刺激をレーヴァテインに与えたように見えたからだった。


「でも、最悪の場合はそれさえ果たせぬかもしれないじゃない」


「皆はそれが怖いと?」


「ええ、恐ろしくて敵わない。私様も皆も、どちらかといえば今の方が好きだから」


 レーヴァテインに無くて、レヴァンテインたちには在るものがある。

 それは、無限転生オンライン時代の彼のプレイログ。

 その差は、小さいようで大きい。

 明確な相違を作り出してしまうほどに。


「だから余計に皆が我慢できなくなっても仕方ないのかもね」


 二人は自然と、レヴァンテインを捕獲しようと躍起になる集団へと視線を送った。

 必死に武具娘たちが最終兵器に挑んでいるのも、彼女たちには理解ができてしまう。


「あらあら、使われていない精霊さんも参戦ですか」


 闇や氷の精霊さんが無言で空からレヴァンテインを追っていた。

 彼女たちもまた、結局はそういう者だったのだ。







 突然の乱入者を、しかしショートソードたちは受け入れた。


「援軍歓迎! 相手はカンスト武器だよ。一人では挑まずに、必ず四人以上で挑むんだ。スキル使用は自由。だからとっとと紅いのを捕獲だぁぁぁっ!」


「怪我人はウィスプさんのところにどうぞですよー」


「「「「了解<ヤー>!」」」」


 ロングソードが衛生兵<ウィスプ>を呼び、最悪に備える。

 かくして、亜空間内でスキルエフェクトが発動した。

 中でも容赦が無かったのは魔法スキルを所持していた一部の超絶不遇武器たちである。

 コレでもかというほどに魔法スキルを叩き込み、足止めを試みる。

 地、水、火、風は言うに及ばず、無属性とかいう触れ込みのただの魔力弾までが乱れ飛ぶ。振り返ってそれを見たレヴァンテインは、おもむろに走るのをやめた。


「――スキル使用自由了解。エンド・オブ・ブレイズ――」


 レヴァンテインの体が、その瞬間真っ赤に燃えた。

 そこへ乱れ飛んだ魔法が次々と命中。盛大に爆音と粉塵を発生させる。

 うっかり者が「やったか!?」などと口走った次の瞬間、追っ手全員が感知した莫大なエネルギー。当然、皆は血相を変えた。

 彼女たちは皆一様に百八十度反転し、少しでも離れようと前進を開始する。


「総員撤退! 撤退だよぉ! 別の空間に退避しないと丸焼きだよぉぉぉ!!」


「ひぃぃぃ、亜空間<倉庫>が赤く燃えていくよぅぅ!?」 


「ショートソードのまぬけー! おたんこなすー! ぺったんこー!」


「紅いのにスキル使われたら勝てるもんかっ!!」


「ねぇ、全域攻撃系スキル持ってる娘で対抗は……やっぱ駄目かな?」


「余計に駄目だよ! あんなの同時に連打し合ったら誰も生き残れないよっ!」


「あうっ! あ、た、助けてミスリルロッドお姉ちゃ――」


 亜空間で躓いた黒ローブ姿の少女が、救いの手を求めて手を伸ばした瞬間、紅い業火に飲み込まれて消えてしまった。


「ロッドの反応が……消えた?」


「いやぁ! ロッドちゃんがぁぁぁ!?」


「駄目よミスリル。もうあの娘は助からないわっ!」


「うう、ぐす、うわぁぁん!」


 そうして、インベントリが阿鼻叫喚の紅で染まった。








「ん……終った」


 一人、暗黒のインベントリ内で暴動を鎮圧したレヴァンテイン。

 辺りを見回して敵対勢力の沈黙を確認するその無表情には、いつもとは違って戦いの虚しさ噛み締めるかのような風情があった。


「危なかったわね」


「ですね」


 咄嗟に武器形態に移行して難を逃れた草薙とグングニルが、揃って安堵のため息を吐く。

 そんな戦場跡へ、暫くすると逃げ延びた武器娘たちが戻ってくる。

 けれどもう、彼女たちには交戦を継続する意思はなかった。

 一人、また一人と膝をついてすすり泣く。


「ひでぇっすよぉ。逃げ遅れた奴が復活用待機スペースに死に戻ったっす」


「ご主人を守って死ぬならまだしも、内輪揉めで死んじゃうなんて……」


「ううっ。誰だよぉ。あんな卑怯スキルを与えたのぉぉ」


「レベル1のままだったロッドちゃん。一撃で消し飛んじゃったね」


「あー、あいつ木製だったもんなぁ。火にめっちゃ弱かった記憶があるんだけど」


「後で彼女のお墓、作ってあげましょうね」


「ひ、酷いよ皆ぁ。私、デスペナ貰って死に戻ってるよぉ」


 わいわい、がやがや。


「固有スキルが無い娘だって居るのになんて容赦の無い……」


「レヴァンテイン、恐ろしい娘ッッ――」


「もはや鬼畜の所業を超えて暴君の所業であるな」


「結局レア武器の、しかもカンスト個体には勝てないっていうのかよ」


「所詮は力なのさ。それが無い奴は、補欠<ショートカット>にも入れないんだ」


「より強い武器が手に入ってしまえばリストラ<売られる>か窓際<インベントリ>行きだし。ちょっとの間だけちやほやされても飽きられたらすぐにポイよ。ゲーム武器なんて、結局はそんな使い捨ての消耗品なのよっ!」


 武具業界は果てしなくブラックだった。


「昔はまだよかったなぁ。メイスってさ、安い癖に攻撃力は序盤にしては高いからよく使ってもらえてたんだぜ。ドワーフ姿にはとても似合っててなぁ。アッシュの旦那と一緒に鉱石狙いでゴーレムを粉砕しまくってた時なんか、自分もきっと輝いてた」


「某など、タケミカヅチ殿が来る前は雷対策にと重宝されていたでござるよ。しかし、雷を斬ると麻痺するという原典のリスペクトな理由で取って代われたでござる」


 雷を切ったという逸話を持つ『千鳥』は、しかし同時に使い手が半身不随になったという逸話のせいで降板した。雷耐性は高くなるし、雷を切るほどに早い居合いスキルが格好良いので長く愛用されていたが、タケミカヅチには敵わなかった。


「使われるだけいいじゃない。わたくしなんて、売値が高いってだけで使われずに売り飛ばされた同胞を何人も知ってますのよ。……ただ、何も知らない頃、拾われた瞬間に思ったものよ。この人の役に立てるんだって。だから、がんばろうって」


「ダイヤナックル、今は擦れたお前にもそんな過去が……」


「こんなこと、ドロップアイテムとして手に入れてもらった経験のある娘しか分からないだろうけれど……そう、思っていたの。笑っちゃうでしょ。外に出たのは一度だけ。それもツクモライズでどんな娘が出るかっていう、ただそれだけのため。アッシュは姿に満足してくれたけれど、使ってはくれなかった。所詮、私もお鍋やデッキブラシ以下なのよ」


「どうして私たち、レア武器に生まれられなかったんだろうね」


「ぐすっ。えぐっ。もうずっと、ずーっとこのままなのかな……」


「だろうね。きっと僕たち、こうやってインベントリの中で忘れ去られていくんだよ」


「やっぱりお気に入りにさえなれない娘はいらないの?」


「コレクション以上になってみたかったなぁ……」


 皆が思う。

 あの頃は良かったと。

 一瞬の刹那でも、希望がまだあった時代がそれぞれにはあったのだ。


 ドロップアイテムとして拾われた瞬間。

 店で買ってもらった瞬間。

 鍛冶スキルで作ってもらった瞬間。

 必要とされて、使ってもらえた時間。


 その瞬間の幸福が、未だに忘れられない。

 それはプレイログと、与えられたペルソナに引きづられた人格の生み出した虚構の嘆きだったのかもしれない。結局は全て幻で偽物。

 けれどそれが、紛れも無い彼女たち一人一人が手に入れた思いだった。


「――まだ、まだだよ皆!」


 圧倒的格差に絶望し、暗鬱たる雰囲気に呑まれたインベントリ。その中で、一人だけまだ闘志を燃やす少女が居た。

 鋼色のショートカットに簡素な軽装の皮鎧<レザーアーマー>。

 ビギナーだと見た目だけでも分かるようなその少女剣士は、大きく声を張り上げる。


「私たちは! 私は! お気に入り武器筆頭のレヴァンテインちゃんには絶対に屈しないよっ!」


「ショートソードちゃん……」


「お前……」


「もう諦めなよ。きっと、何したってこの生まれ付きの格差は変わらないんだ……」


 絶望に打ちひしがれる武具娘たち。そんな中で、初心者武器でありながらカンストに到った奇跡の娘は諦めない。


「駄目だよ皆! むしろここからじゃない!」


 彼女には固有スキルも何も無い。

 武器に属性だって付いていないし、特殊効果も付与された不壊スキル以外はありはしない。強いて言えば、レア度が最低であるが故の最速のレベルアップ速度だけ。

 そんな最底辺武器が、最上級武器に抵抗の声を上げ続ける。


「ここで諦めたら、二度とインベントリの外に出られないかもしれないんだよ!」


 誰よりも彼女は知っていた。

 武器界の最底辺を。

 成長していく使い手に忘れられる切なさと、日の目を見た瞬間の嬉しさを。

 転生後、レベル1になったときに効率よくレベル上げをするために鍛えられただけだったのだとしても、それでもやっぱり、使われた日々は楽しかったのだ。


 一緒にダンジョンに潜り、一緒に戦い、今では一緒にお風呂まで入るようになった。

 自分より格上のダークハーフエルフに立ち向かうために呼ばれ、窮地を救ったりすることもできた。それは外に出られたからこそ手に入れた、彼女だけの宝物だった。


「皆悔しいんだ。アッシュ君に使ってもらいたくても使ってもらえないからっっ!!」


 真っ直ぐに最終兵器を吼えるのは、カンスト武器の中で一番彼女が使われない武具娘たちと境遇が近いから。


「最悪は使ってもらえなくてもいい。でも、それならせめて外に出て一緒に居たいよ!」


「――」


「今、外じゃエロ悪魔や盗人の親玉が枠を食いつぶして当たり前って顔してる。なんでなのレヴァンテインちゃん! ツクモライズは私たちのためのものじゃなかったの!」


「……違う」


 今のアレはアーティファクトを殺して想念を効率よくアッシュが取り込むための物であり、ゲーム気分を楽しませてあげようというクリエイターからの計らいでしかない。

 だから、残酷な一言をレヴァンテインは紡ぐしかなかった。

 けれど、ショートソードは知っていながらそれでも違うと叫ぶのだ。


「私たちにとっては違うよ! ツクモライズはアッシュ君と私たちを繋ぐためのスキルだもん! 念神なんて関係ないもん!」


 ショートソードは言い募る。


「どうせ全部作り物だよ。亜空間転送保存システム<インベントリ>も、討伐褒章機能<アイテムドロップシステム>も、スキルもレベルも、ポーションも私たちも全部そう! でも、だからって削って作られた私たちにだって心があるんだもん! みんなみーんな、アッシュ君のためだけに生まれた付喪神なんだもん!!」


 だから余計に、何も出来ないのが悔しいのだ。

 居場所が取られるのは我慢ならないし、飾られるだけのコレクションのままでなんて居たくない。


 一緒に戦いたい。

 時間を共有したい。

 そうして、何気ない日々を積み重ねていきたい。

 そんな些細な時間を望むことが、そんなにいけないことなのか?


「私も、ここに居る皆も、側に居たら盾ぐらいにはなれる! 今のままでも経験値を増やしてリミッターを外していけば、カンストにだってなれちゃう。なのに、このままだとずっと役に立てないままだよ。それだけは絶対に嫌だよっ!」


「……」


「このようきゅーが飲まれないなら、私はここでストライキに入るよ!!」


 瞬間、インベントリ内から声が止んだ。

 その言葉は、武具娘たちの胸に衝撃となって駆け抜ける。


「な、何を言ってるの!」


「そうだよショートちゃん!」


「せっかく貴女はお気に入りなのに、そんなことしたら……」


「いいもん。私は決めたの! 私の枠が減れば、誰かが外に出られる。レヴァンテインちゃん程じゃないけど、これで皆に可能性が生まれるよ!! 私は、私はもうカンストだもん。だから、だからちょっとぐらいインベントリに引きこもってても、アッシュ君に嫌われても……忘れられても……ぐすっ。我慢……できるんだもん!!」


 わんわんと泣き始めるショートソードを前にして、レヴァンテインは目を瞑った。

 その間にも、武具娘たちがショートソードを説得するべく集まっていく。

 カンストも、そうでない者も関係がなかった。

 データリンク網を通して悲しみと切なさが広がっていき、やがてそれらは波及した。

 統括個体であるレヴァンテインも、それは例外ではない。

 だから、彼女はこれ以上止めることができなかった。


「……お姉ちゃんに連絡する」


 最高のレア度を誇る最凶の破壊兵器は、何の特殊な力も無い最弱クラスの対人武装を止められない。故に結局は譲歩するしかなかったのである。

 それは攻撃力など皆無な、必死なだけの、ただの切実な願いの勝利だった。







「ええい、そんな切なそうな顔で泣くな妹共! 頼れるお姉ちゃんが来たぞ!」


 緊急連絡で呼び出されたレーヴァテインは、仕事を放棄して光の速さで駆けつけてきた。


「君たちの気持ちはよく分かった。よろしい、ならばカンストだ!」


 インベントリが魔力の光に包まれる。

 次の瞬間、武具娘たちは皆インベントリの外に強制転移されていた。

 恐る恐る皆が見渡せば、自然豊かな大地と天に伸びるゲート・タワーの威容が見える。


「ここは……ラグーン?」


「でも、データに無いよ」


「ふふーん。可愛い妹たちのために在庫を引っ張り出してきたのさ」


 暗い雰囲気を吹き飛ばすように声を張り上げ、レーヴァテインは戸惑う妹たちに宣言。


「今からここで無期限に武具っ娘強化合宿<ブートキャンプ>を行う!」


 虚空に浮かべたホログラフモニターを操り、環境を設定。

 途端に、ラグーンは空を漂う楽園から闘争の絶えない地獄へとクラスチェンジした。


 遠吠え、雄たけび、戸惑いの咆哮。

 異世界や、提携していたモンスター牧場、魔導生物研究所etcから、召喚パラメータによって定義された魔物たちが次々と姿を現していく。

 そんな中、レーヴァテインはどこからか取り出した軍帽を被ってルールの説明を始めた。


「ペアを組んで交代しながらレベルを上げるんだ。勿論、適当に工場の武器在庫を使ってもいい。全員がカンストしたその瞬間、人数制限と行動制限を解除することを約束する」


 その信じられない一言に、武具娘たちがざわめく。

 データリンク網では、武具っ娘専用掲示板にスレが乱立。

 ツイッターではいきなりの方針転換に何が起こったのかと呟きの嵐だ。


「クロナグラではボクがルールだ。そのボクが良いと言っているのだから、皆はただ喜ぶといい! お姉ちゃんは君たちの味方だぁぁぁ!」


「で、でもテイハの規定が――」


「馬鹿者! お姉ちゃんだってテイハだ! それにお姉ちゃんの後には軍曹を付けろ!」


 コツンッと、レヴァンテインに触れる程度の軽い拳骨を食らわすレーヴァテイン。


「……ん?」


「いいか諸君っ! ここでのボクは君たちの大好きなお姉ちゃんではない! お姉ちゃん軍曹だ。ボクもここ最近の悪魔とハイエルフの横暴には頭に来ていた所である。故にボク直々に貴様ら可愛い妹共を、念神も裸足で逃げ出す一人前のレディにしてやりたいと常々思っていた! 分かったら付いて来い! 先ずは拠点の確保からだぁぁぁぁっ!」


 気合十分な様子で言うや否や、空気も読まずにブモォォと突撃してきたアイビーフをお姉ちゃん軍曹が蹴り上げる。


 次の瞬間、顎先を蹴り上げられた巨体が後ろに向かって縦回転。

 マンモスにでも撥ねられたかのような勢いで転がって消失する。彼は今頃解体工場に送られて、ドロップアイテムのストックにされてしまっていることだろう。


「GUUOOONN!」


 それを皮切りに、モンスター・ラグーンの魔物たちが殺気立つ。

 そんな中、彼女たちの出鼻を挫こうと地面を揺るがすレアモンスターが虚空より現れる。


――アンチマジックジュエルゴーレム。


 関係者各位にアマジュエル君と呼ばれるニクイ奴だった。

 二階建ての家ぐらいはありそうな馬鹿でかい人工ダイヤの塊は、まるで立ちはだかるようにゲート・タワーへの道を塞いでいる。

 それを前にして、勇ましくもお姉ちゃん軍曹が声を張り上げる。


「カンストっ娘はレベルの低い娘たちを守れ! アッシュに呼び出されそうなときは一言断ってから移動だぜ! それとショートソード!」


「は、はいぃぃ!!」


「お姉ちゃんは優しい子が大好きだ。後で飽きるまで頭を撫で撫でしてやるから夜は覚悟しておくようにっ! 一晩中抱き枕にして溺愛してやるっ!」


「わ、わーい?」


「よーし、ならば行くぞ! お姉ちゃんに続けぇぇ!!」


 自称軍曹は跳躍。

 炎を纏って必殺のバーニンキックでアマジュエルへと突撃していく。

 強者に反応し、アマジュエルが両手をクロスさせて防御に入る。

 しかしモース硬度が偉そうなぐらいに偉そうな憎い奴でも、暴君の必殺技には耐え切れなかった。

 魔導強化されている両手を砕かれ、胸部を撃ちぬかれて解体工場へと強制転送の刑に処されてしまう。


「ちなみに、通常のモンスター・ラグーンの一万倍に召喚量を上げてある。だから魔物の物量に押される前に急ぐんだぞ。それでは諸君の健闘を祈る!」


「そ、そんなぁ」


「無茶苦茶だよぉぉ」


 言っている側から、魔物が次々と召喚されていく。

 しかも通常のモンスター・ラグーンのように召喚される魔物の種類が限定されているというわけでもなかった。無機物系からティラルドラゴン、前足の無い竜――ワイバーンや人間の女性の両手と両足を鳥の翼や足に変えたような魔物――ハーピー、果ては存在しないはずの粘液ぬるぬるの怪奇生物の姿まである。


「はっはっはー! 東京の人口密度や爺と行ったコミケに比べたら大したことないぜ!」


 スパルタな軍曹は、さらに注意事項として魔力物質だけを溶かして舐め取る新種のスライムの性能試験依頼の消化も兼ねていると発言。しかも戦闘風景が記録されているから服を溶かされないように気をつけろと言い捨て、一人だけずんずんと先に進んでいく。


「お姉ちゃん軍曹!?」


 魔物の密度のによって先行する軍曹の姿が彼女たちの前から消えてしまう中、プルプルというよりは、ヌトヌトと地を這うレッド色の単細胞生物らしき何かが彼女たちの左手方向で発見された。


「ぎゃぁぁ!? なんか居るでござるぅぅ!!」


 ぐちゃっ。

 ねちゃっ。


 思わずそんな音が聞えそうなそいつは、人を丸ごと飲み込めそうな丸い粘液の塊だった。

 彼(?)は、細胞の一部を触手と化して降下してきていたハーピーの足を取る。


「の、伸びたぁぁぁ?」


「どこのドリームメイカーだよ。あんな意味不明な生物を作ったのは!」


「絶対にネットワークと叡智の使い方を間違えてるぜ」


 ミョルニルが雷を纏いながら頬をひくつかせる。

 明らかに魔法生物だが、それにしたってあんな不定形な生物を作るのに一体どれだけの年月を注ぎ込んできたのか?

 呆れるやら脅威を覚えるやらで、さすがの好戦的な彼女も二の足を踏んだ。


 スライムの猛威は続く。

 悲鳴を上げて空に逃げるハーピーだったが、信じられない膂力で引きよせられて遂にはスライムに捕食されてしまった。

 が、すぐに粘液体の中から吐き出された。

 彼女はそのまま粘液まみれのまま甲高い悲鳴を上げて空へ逃げていく。 

 そうして、スライムは周囲の魔物をネトネトにしては吐き出すを繰りした。それはまるで、食べる生物を選り好みしているようであった。


 グルメなスライムの悪行三昧に抵抗する魔物も居たが、完全に物理攻撃は無意味らしくあのティラルドラゴンでさえ歯が立たなかった。噛み付いてもすぐさま咽るように吐き出し、意味不明な生物に恐れをなしたかのように逃げ去ってしまう。


「ひ、ひぃぃぃぃ! 青いのが出てきたよぉぉ!?」


「黒いのと白いの、あと高速で地を這うメタル色の何かも出たよ!」


「きゃぁぁ!?」


 足の遅いロッドが、いきなり背後に現れた黄色いスライムの触手に足を取られ引きずり込まれていく。辛うじて近くの岩に両手でへばりついて助かったが、飲み込まれた足が抜け出せずに半泣きだった。


「あ、うあ……とっても気持ち悪いよぉ。誰か、誰か助けて……」


「またロッドだ。運がない奴……」


「見て。吐き出されずに靴だけ溶かされてくよ」


「きっと味が合格だったんだ!」


「わわっ、ニーソまで食べられちゃってる……」


「もうやだぁ。ぐすん。私なんて食べても美味しくないようぅぅ……」


「馬鹿。お前ら見てないで助けろ!」


 ミョルニルがロッドの手を掴み、力任せに引き寄せる。

 獲物を逃がすまいと抵抗する粘液体だったが、さすがにミョルニルの膂力の方が上回った。転がるように抜け出したロッドが、涙目で礼を言う。


「あ、ありがとうミョルニルさん」


「礼はいいからさっさと逃げろ。ここはこのオレが食い止めるぜ」


「は、はいぃぃ!」


 逃げるロッドを追って触手が一本伸ばされるも、それをミョルニルが右手で掴み取る。


「ぬるぬるが気持ち悪りぃなぁおい。まっ、気合で我慢すりゃいいだけだけどなぁ!」


 雷神の槌というだけに、タケミカヅチのように雷が纏えた彼女は粘液越しに電撃を見舞う。並の魔物ならばそれだけで離れるだろうが、生憎とそいつはイエローだった。

 蠢く粘液体が、ぼこぼこと蠢いたかと思えば急激に体積を増やしていく。


「こいつ、まさか雷耐性どころか電撃を喰ってエネルギーにしてやがるのかっ!?」


 神をも冒涜するような人造生命体の神秘を前に、皆の恐怖度がドンドンと蓄積される。


「い、色だお! 色できっと耐性が違うんだお!」


「連中、無駄に細部まで拘るからな畜生!」


「ん!」


 見かねてレヴァンテインがミョルニルと食べようとしているスライムの触手に手刀を繰り出す。攻撃された触手は、焼き斬られるようにして両断される。本体から切り離されたそれは、ようやくそこでミョルニルを解放した。

 さすがのイエロースライムも、炎を纏うレヴァンテインには恐れをなす。

 怖がるように後退していく様子を見れば耐性が無いのは明らかである。


 しかし一難去ってまた一難。

 今度は真っ赤なスライムが嬉々としたねちゃぐろ加減で近寄ってくる。


「ダメ、レッドカラーが来ちゃった!」


 まるで炎に反応するかのように、スライムがレヴァンテインへと這っていく。


「武器娘を舐めんなぁぁぁぁっ!」


 そこへミョルニルが跳躍。

 虚空で回転しながら勢いをつけ、豪快に踵落としを繰り出す。

 ぐちゃっとする感触と共に粘液体にダイブした彼女は、飲み込まれながらも電撃をゼロ距離から見舞ってレッドスライムを撃滅してみせる。


「ちっ。靴が食われ掛けてやがる。しっかし、やべぇぜこいつら――」


 粘液でネチャネチャする靴下に一部が溶け出したタンクトップも問題だ。しかしもっと切実な問題があった。


「――経験値が2しかないってアリか。最悪の敵じゃねぇーか!?」


 ログに気づいたミョルニルの叫びが、武具娘たちに更なる戦慄をご提供。よく見るとスライムたちは少しずつ体積を増し、有る程度の大きさまで育つと分裂を繰り返していた。


「召喚用に散布されてるラグーンの魔力を取り込んで増殖してやがるのか?」


 戦闘意欲が急速に失われていくミョルニルだったが、悲鳴を上げる仲間を見れば奮い立つしかない。

 ミョルニルは更に激しく雷光を発すると、次の敵に殴りかかった。


 敵は何もスライムだけではないのだ。

 ゴブリン、オーク、地獄の戦鬼にハンターモモンガに針トカゲetc。

 立ちふさがる敵を前に、鉄の手袋を纏った拳を強く握り締めて片っ端から魔物を攻撃。

 日頃に活躍できない鬱憤を晴らすかのように暴れて、力任せに魔物たちを解体工場へと転送していく。

 仲間にはレベル1のままの娘が多い。

 ミョルニルは進んで最後尾に向かい、必死に彼女たちの盾となって戦った。


「へへっ――」


 そこへ、追撃を阻むために危険な殿役をかって出たレヴァンテインが合流する。

 纏うは紅。

 ミョルニルを狙ったイエロースライムへと跳躍し、必殺のバーニンキックで焼却の刑に処す。着地の衝撃で削られる地面が炙られ、ジュワリと水蒸気が上がる。火が苦手な魔物たちの一部が逃げ出すのを深追いはせずに、魔剣少女はミョルニルと一緒に激戦区で大暴れ。二人はそのままコンビを組んで背後からの追撃を押さえ込む。


「……楽しそう?」


「せっかくオレたちには体があるんだ。暴れなきゃ損だろ。なぁ、レヴァンテイン!!」


 最前列ではエクスカリバーたちが魔法スキル持ちの援護を受けながら突破口を開こうと立ち回っている。アッシュのためではないにしても、暴れない理由は彼女にはない。


「い、急げー! スライムに捕まったらネトネトにされちゃうよ!」


「杖持ちの火力を前方に集中するんだ!」


「魔法スキルの弾幕薄いよぉぉ! 何やってんのぉぉぉ!」


 武具っ娘たちは、全力で仲間を守りながらゲート・タワーへの避難速度を上げる。

 この日より、彼女たちと魔物とスライムの間で三つ巴の戦いが幕を開けた。

 それは、新モンスター『スライム』の脅威が彼女たちに刷り込まれる序章である。


 彼らは品種改良によって飛躍的なまでの進化を遂げ、分裂しながら更に自身でも進化し続ける夢の怪生物。

 七種類で合体して虹色になったり、液体金属型となって猛威を振るったり、単純に取り込んで酸で消化するオーソドックスな者から「てけり・り」と鳴く怪奇なスライムなど様々なバリエーションを彼女たちに見せてネットリと苦しめていく。

 その度に、武具っ娘たちは仲間と力をあわせて戦うのだった。








――後日、アッシュは驚いた。


「馬鹿な、デッキブラシのレベルが上がっているだと?」


 他にも上げた覚えのない武具のレベルまでのきなみ上昇していた。

 しかしツクモライズしてレベルを上げない限りはそんな怪奇現象はありえない。

 戦闘訓練で疲れてるんだろうと考えた彼は目頭を揉むと、何とはなしにインベントリの欄を適当に眺めていく。すると、見覚えの無いアイテムを発見した。


「スライムシャンプー――って、なんだこれ?」


 鑑定してみると『スライムの粘液を加工して作られた一品。色によって香りが異なる』という記述がある。

 他にもスライムの名を冠したサンオイルやローション、ボディーソープなどがあるかと思えば、スライムの粘液洗剤、窓ガラス用や、食器用。果てはワックスなど幅広く所持していた。


 それはまさにスライム尽くしといった有様であり、途方もない程大量にスライム製品がインベントリに並んでいる。ゲーム時代に手に入れた記憶が無いアイテムだけに、アッシュは思わずレベルアップの謎を忘れて考え込んでしまう。


「これだけ集めてるってことは、何かのクエストアイテムだったのか? うーん」


 最終的に彼は、燃やしたモンスター・ラグーンの奥地にでも住んでいて気づかなかっただけなのかもしれないと結論を出す。

 その後、一通り風呂で入浴用アイテムを試してみると、その怪しげなスライム系アイテムは意外と使えそうだった。


「これは……やばいな。今度ディリッドあたりにでも生息地を聞いてみよう」


 スライムが居たら乱獲することを決意し、知り合いに布教することを心に決める。

 手始めは香り付きのスライム石鹸からであった。



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