第七話「アーティファクト」
鎖で縛った女を担ぐショートソードさんと一緒に上階に戻った俺は、アクレイたちに驚きをもって迎えられた。
「既に侵入されて居ましたか」
「このアーティファクトの魔法だと思うが、姿を消して侵入していた」
手に持ったレイピアを忌々しげに見た俺は、戦士たちにハーフエルフの女を預けた。
睡眠状態のその女は、敵とは言えやはり美しい顔立ちをしていた。肌が日焼けしている程度に黒いことから、ダークエルフの血を引いたハーフなのだろう。
「レベルはどの程度でしたか」
「六十七」
「高いねぇ」
「おかげで酷い目にあったさ」
防御に関して懸念することまで増えた。
今はその問題は置いておき、窓の外を見る。
戦闘は、ほとんど終わりかけていた。
ラルクは単独で七人を相手に拮抗していた。
敵はそのまま戦えてさえいれば疲労させて勝てたかもしれないが、そこにあの三人が乱入したのだ。戦力差は完全に消えた。
最後の一人が逃げ出そうと足掻いていたが、エクスカリバーさんの一投からは逃れられなかった。
背中から槍で貫かれ、呆気ないほど簡単に事切れて消えてしまう。
生き残りはいない。
ラルクが倒したと思われる三人ほどの死体以外が消えていた。
投げられたグングニルさんが、一瞬でエクスカリバーさんの手元に戻る。どうやら、スキルを使ったようだ。
「死体が消えるのは魔物だけじゃないのか」
脳裏のログには、アイテムをドロップしたことなどが表示されている。
同時に、高レベルであったせいか莫大な量の経験値が俺の中になだれ込んでいた。
いつの間にかミスリルコートの装備制限も解除され、重さを感じないほどになっている。
指輪も同じだ。
どこか釈然としないものを感じながら、一応は確認しておく。
「誰か逃がしたか?」
「いいえ。注文どおりの結果です。素晴らしいほどの手際の良さでした」
「逃げ出そうとした奴ら、全員武器を投げつけられて消えちまったよ」
ミョルニルとグングニルのスキル効果だろう。
あの二つは投擲されると必中効果が発動するのだ。
しかも、命中後に手元に帰還させられる。
回避重視のキャラメイクをした者たちにとっては悪夢のような特性だろう。
転生前は、よくあの二人を投げたものだ。
しばらくするとラルクたちが上がってくるので、預けられていた少女がすぐさま駆け寄った。
「よくやったのじゃ!」
「ああ」
素っ気無く、しかし自然と目じりだけは緩めて少年は微笑んだ。
だが、それも一瞬だ。彼はすぐに俺を見て問う。
「礼を言う。だが、何故人間がここに居る」
「我らの同族の少女を助けてくれたからですよ。近衛剣士ラルク。ちなみに、貴方を援護した方々はこの彼の武器です」
「武器?」
「ここに居る人間はアタシだけさね」
眉根を寄せた少年の前に、堂々とナターシャが名乗り出る。
「……ふざけているのか」
「まさか」
俺はショートソードさんを元に戻す。
同時に、バルムンク共々床に落ちる。
それを見た少年と少女は眼を見開き、すぐに謝罪した。
「すまない。どうやら俺の早とちりだったようだ」
武器を回収したところで、それぞれ名を名乗る。
「オレはラルク。そこのダークエルフが言った通り近衛剣士だ」
「我は第二王女クルルカ・アムタレイク・ザイ・レン・シュレイクじゃ」
「……長いな」
馴染みがないせいで、思わず呟いてしまった。というか、覚えきれなかったが。
「クルルカで良いぞ、ハイエルフのアッシュよ」
「ハイ……エルフだと?」
余計に戸惑うラルクが、俺の顔を訝しげに見てくる。
誰が余計なことを吹き込んだかは、推察するのは容易い。
この場でにこやかに立つ男のせいだろう。なんだ、その驚く顔が見たかった、みたいな顔は。
「アクレイ戦士長殿、何故クルルカ王女殿下が俺の名を知っているんだろうな」
「姫様から貴方の名を教えろと言われてしまえば、喋らざるを得ませんよ。事はエルフとダークエルフの信頼関係にも影響いたしますのでね」
「……本当なのか?」
「勝手にそう呼ぶ奴は居るが、俺はアッシュだ」
とりあえずはそれで押し切り、お互いの事情を説明しあうことにする。
「――なるほど。いきなり裏切られたのか」
「奴らは外から避難してきたと嘯いていた。城へ向かう途中に拾ったが、クルルカ様が姫だと知るや否や攻撃をしかけてきた。他の護衛は奴らにやられた」
「じゃが、ハーフエルフじゃったとはのう。てっきり、我らははぐれエルフかと思っていたんじゃ」
「はぐれ?」
「エルフは普通、集団で生活するのですよ。我々ダークエルフは少数で散らばりますが、偶に彼らや我々の中に、集団から離れようとする者たちが居ます。その総称ですね」
アクレイが説明してくれる。
「とはいえ、外での生活が馴染まずに出戻ってくる者も少なくはない。じゃから、奴らもはぐれか、単に他の地から逃げてきた者かと思ったんじゃが……」
声がしりずぼみとなって消えていく。
護衛たちを死なせてしまったことを悔いるかのように、ラルクの服の裾を握る手が震えていた。近衛剣士は、無言で彼女の頭を慰めるかのように撫でた。
「……どうでしょう。ここは一度、クルルカ様もラグーンに来るというのは」
「オレはすぐにでも戻り、王に報告しなければならないが」
「できれば上の様子を伝えてもらいたいのですよ。降りられるようになったということも含めてね。それに、クルルカ様もさすがに疲れておいでのはずです」
「……いいだろう。一日だけだ」
「では一旦戻りましょう」
そして、俺たちもまたなし崩し的に一度ラグーンに戻ることになった。
「しかし、処遇に困ったな」
拘束したダークハーフエルフの女である。
今は眠らせ、エクスカリバーさんとタケミカヅチさんに見張らせているとはいえ、擬人化された彼女たちを除けば止められる人物がラルクかぐらいしかいない。
武器を取り上げているがその身体能力が既に凶器だ。
何かの拍子に武器を手に入れて暴れられたらと思うと、気が気では無かった。そもそも、牢屋のようなモノが無かったので、急遽適当な家屋に放り込んでいるだけの状態だ。さすがに拘束は強化してはいるものの抜け出されたらと思うと怖い。
起きたらラルクが尋問することになってはいるが、そちらも違う意味で怖い。
尋問という行為がどこまで至るものかのかさえ俺は知らないのだ。刑事ドラマで犯人に自供を促すのは訳が違うだろう。きっと、見ていて気分の良いものではあるまい。
「レヴァンテインさーん、そろそろいいですよー」
「ん」
トライデントで放水を終えたロングソードさんの合図を受けて、彼女は風呂を沸かせた。
ちょっと煮立っていたので、水を追加してもらい湯加減を調整。
「こんなものか」
手作りの椅子に座ったまま、どうしたものかと空を見上げる。
昼食は食べ、まったりしたいところをどうにも落ち着かないので浴場に来たわけだが、考えれば考える程にイライラして来た。
手作りの椅子がちょっと傾いているからでは決して無い。
「風呂、入るか」
「了解です」
「ん!」
浴場入り口の札を『未使用中』から『アッシュ使用中』に付け替え、脱衣所で脱ぐ。どうにも、サッパリしたい気分であった。
二人が居るが、もう慣れた。
相手は武器だぞと、魔法の呪文を唱えれば問題ない。
無いといえばないのだ。
一緒に入ろうとしたり、背中を流してくれようとしても気にしないし、素っ裸で武器を持っていても気にしないのだ。そうと悟れば、お返しに背中を流すのも武器の手入れの一環であることが分かるだろう。字面だけを追えば、何も疚しくは無いはずだ。
「ふぅ……」
昼間から浴びる風呂は最高だ。
面倒ごとの何もかもで荒んだ心を洗い流してくれる。
ふと、そこで俺は左肩を見た。
ポーションで癒えたわけだが、改めて確認するとちゃんと付いている。不都合はなく、指だって閉じたり開いたりスムーズにできる。
ただ、俺はまた新たなルールを二つ発見したことに気づいた。
俺の防具は、どうやらゲーム時代と同じらしい。そこが更にややこしさを生んでいる。
確かに不壊スキルの恩恵のせいで壊れることはないのだろう。アーティファクトの一撃を受けてもあの全身鎧は砕けるどころは傷一つ無かった。しかし鎧越しにダメージとなって俺に届いている。
ゲームで防具に出来るのは、結局はダメージの減少だ。
数値によって計算されたダメージは、防御力を上回れば当たり前のようにHPを削る。これは実にポピュラーな出来事でしかない。
そして、もう一つ判明したルールはHPに関してである。
体力とは数値で表示される。
それはゲームなら当然だろう。
しかし、そこはゲーム補正ではなくリアル補正が優勢らしい。
確かにHPが減ってはいたような気がしたが、ゲームならもっと致命的なダメージとなって数値が減少していても不思議ではなかったはずなのだ。
結論として、俺のゲーム由来の装備はダメージを軽減はできてもHPを削られる。
だがダメージは受ける箇所によっては、格闘ゲームのHPゲージのようにガード越しにジワジワ削り殺される心配はない、ということだ。
左肩辺りが砕かれたような気がしたが、腕だけの破壊で済んだ。
ゲーム補正が完全なら、腕だけ壊れるなんてことはないはずなのだ。二つの補正が複雑に絡み合って中途半端に機能していると見るべきだろう。
まぁ、結局は同格以上の相手の攻撃からは急所を守れということだな。
(ややこしいな。待てよ。でも盾で受けたときはダメージは無かったな)
鎧だけそのルールなのは不自然だが、なら俺は鎧に頼るのではなく盾を上手く使うべきということか。
弱いからダメージが貫通してくるならレベルを上げれば良いが、対処法はシンプルで分かりやすい。反面そのためには敵を殺さなければならない。そんな殺伐とした答えなど、俺は正直望んでなどいなかったのに。
確かに生きていく上で、今の俺がもっとも秀でていることは戦うことだ。
彼女たちを含めれば、俺は魔物と戦うことができるレベルホルダーのような何かだ。それを生きる糧に選択することは不自然なことではない。
それ以外の方法があるとすれば、それはきっと武器屋ぐらいだ。
だが、こちらは普通の方法で武器を作れないことがネックになりそうだ。いや、作って武器屋に売るという手段もあるのか。
魔物と戦う必要がある世界なのだから、武器の需要は当然のようにあるはずで、ましてや、一人一人がアーティファクトを手に入れられるわけではない。
他には、クリーニング店か。
鍛冶スキルで武具の耐久値を修復する系統のスキルがあるのだが、それを使うと何故か武具どころか服まで新品のように綺麗になった。
洗濯が面倒だったので助かったが、不壊スキルがついていなければ最大耐久値が減っていくというデメリットもある。おかげで、金を取っていいのか微妙な気分だ。
「ふぅ――」
バシャバシャと、湯で顔を洗う。
結局、気がつけばいつもの現実逃避だった。
早く外に出たいのも、ラグーンでは厄介ごとからの逃げ場が無いからだろう。
アクレイや、今日出会ったハーフエルフにクルルカ姫たち。彼らからは当たり前のように厄介ごとの気配しか感じられない。
だから俺はきっと『はぐれ』なのだろう。
エルフ族の習慣も習性も、常識さえ何一つ持ち合わせていないせいか、どうにも彼らの持つ空気に馴染めそうにない。
廃エルフなんてふざけた種族になるぐらいであるし、天然記念物級に仲間が居ないに違いない。どうやら、まだこの世界に適応するには時間が要るようだ。
「アッシュ」
「ん?」
ふと、レヴァンテインさんが声を掛けてきた。
「寒いなら暖める」
言いながら、視線を向けた俺の前で全身に火が灯す。
「ははっ――ありがとう。でも、十分暖まっているからこれ以上はいいよ」
肉体的に、ではなくて冷め切っていた俺の心がたった一言で妙に温かくなってしまった。
今、どんな顔をしていたのかが俺には分からないけれど、炎の少女が満足そうな顔をしているのだからきっと暗くは無いのだろう。
どうやら、俺ははぐれではあるけれど孤独ではないらしい。
風呂で癒された俺たちが浴場の外に出ると、何やらアクレイとラルクが捕虜が放り込まれた家屋から出てくるのが見えた。
「彼女は起きたのか?」
「ええ。抵抗の素振りは見せませんでした。ただ、何も喋ってはくれませんでしたがね」
「そうか」
「喋らないなら始末した方が良い。食料と時間の無駄だ」
物騒なことを淡々とラルクが言うので、アクレイが苦笑する。俺は、なんとも言えない表情を浮かべたまま尋ねた。
「俺が話してみてもいいか」
「どうぞご自由に」
頷き、すれ違いながら家屋へと入る。
家屋の中、部屋の片隅に鎖で拘束されたダークハーフエルフの女が武器娘二人に監視されたまま蹲っていた。
一応は毛布が敷かれているとはいえ、寝心地は良くは無いだろう。
全身を拘束する鎖は、家屋の梁にも通されており、一応は行動範囲を狭められている。
「二人ともご苦労様」
エクスカリバーさんとタケミカヅチさんを労いながら、適当な椅子に座る。
見下ろす俺を、その女は一瞬だけ目をやったがすぐに視線を逸らした。どういう態度が模範的な捕虜の態度なのかは知らないが、態度からは拒絶の感情しか窺えない。
「名前は? 俺はアッシュだ」
とりあえず聞いてみるが、当たり前のように返事はない。
「お前、喋らないとこのままじゃ殺されちまうぞ」
「喋ってもそれは変わらないでしょ」
用済みになったら同じだと言いたいらしい。
もっともな話だが、しかし反応を返してきたということは自分の処遇に対して感じ入るものはあるということだろうか。
「手間を掛けさせれば掛けさせるほど、助かる確率は減るもんだよ。どうせなら売り込みでも掛けたらどうだ。その方が建設的だぞ」
「……何よそれ」
「聞かれたことを話すから亡命させろとか、色々あるだろ」
「それをしたら命を助けてくれるとでも?」
「さて、俺には決定権がないからな。言うならさっき来た奴らに言ってくれ」
「……貴方、何をしに来たのよ」
「強いて言えば話をしに、だな」
間違っても尋問しに来たわけではない。
それは俺の仕事ではないのだ。
冷たいようだがこの女がどうなろうと知ったことではないのである。ましてやこいつは、俺に襲い掛かってきたのだ。良い感情はあまりない。
「色々聞いてみたいと思ったんだ。ハーフエルフと話すのは初めてでね」
種族がバレていることを知ってか、女の眉が動く。どうやらアクレイたちはそのことを言わなかったようだ。
それとも、後で話を聞くネタとして取っていたのかもしれないな。
ハーフエルフ。
つまりは混血児。
見た目から考えると、片方はやはり人間だろうか。
「なぁ、人間ってお前からすればどんな奴らだ」
「この世で最も邪悪な生き物よ」
吐き捨てるように答えが返ってきた。
「それは魔物よりもか?」
「当然でしょ」
取り付く島もない。
「なのに、人間の言いなりのままここで律儀に死ぬのか」
「ッ――」
女が睨みつけてくる。
それはとても、憎悪の篭った視線だった。
全身に力が入ったのか、鎖がジャリッと擦れるような音を響かせる。拘束されていなければ、今にも飛び掛ってきそうな獰猛な鬼気がそれにはあっただろうか。
エクスカリバーさんが手に持っていた槍を女に向けるが、俺は片手を挙げて止める。
「いいさ。こいつは何もしない」
「はっ」
「さて、言いたいことは終ったから率直に聞くぞ。エルフが住みやすそうな人間の国はどこか知っているか?」
「……知るわけ、無いわ」
「お前、片方の親は人間だろ。森の外から来たなら噂で聞いたことぐらいはあるんじゃないか? あるいは……はぐれエルフが国の重鎮になってるとかそんな国でもいい」
女は答えない。知らないのか、ただ言いたくないだけか。
その判断は俺にはできないが、結局女は答えなかった。
「無いのか? じゃあ次の質問だ。今度は逆にエルフが入ったら地獄を見るような国を教えてくれ。そこには近づかないようにしたい」
「貴方、森から出るつもりなの?」
「俺、はぐれエルフ挑戦者でね」
信じられないと言ったような顔で、女が俺を見た。
だが、すぐに目を伏せた。
そのまま一分ほど待ったが、答えは返ってこなかった。
「知らないなら、まぁいいさ。適当に他の奴にも聞いてみよう。邪魔して悪かった」
席を立ち、家屋を出ようとする。その時、声がした。
「神選天上王国『アヴァロニア』だけは行かない方が良いわ。上も下もクソッたれよ」
「アヴァロニア……ね。分かった、近づかないようにしよう。これは情報料だ」
ダルメシアにも好評だった果物、りんごを三つほど取り出して女の前に置く。
「こんな状態でどうしろっていうのよ」
「そこは自分で考えてくれ。ただ、こいつは美味いぞ。腐る前に食ってくれ」
報酬をそのままに、俺は家屋を出た。
すると外には家の壁にもたれるようにして腕を組んでいる戦士長とラルクがいた。
「さすがですね」
「……盗み聞きとは趣味が悪いんじゃないか」
「いえ、我らがハイエルフ様に何か有っては大変ですからね」
白々しく言うアクレイ。けれど、ラルクは違う。
眉間に皺を寄せたまま、表情を険しくさせていた。
俺たちは自然と食堂へと歩き出しながら話し始める。
「よりにもよってアヴァロニアとはな」
それは、ナターシャが教えてくれたこともある大国の名だった。
人間側の種族ラグーンがある国へと攻め、侵略してそのまま乗っ取った国だそうで、今ではアーティファクトで不老になった王様がラグーンに住んでいるとも聞いた。
基本は人間の国で、他種族はその下に置かれるらしい。
王は自称最強のアーティファクト『神剣アリマーン』を持つ人間族最強のレベルホルダーだという話だ。
自称最強か他称最強かは知らないが、とにかく強いらしい。
何でも一人で数万の軍を突破し、敵国の首都を壊滅させたとか嘘臭い話さえあるとか。
「だが、ここからはまだ遠いんだろ」
「それはそうだが、あそこは領地拡大に積極に動いていると聞く。油断はできん」
「この推測が当たっていたら、大変なことですね」
本当に頭痛でも感じたのか、ラルクが眉間を揉む。珍しいことに、アクレイも笑みを消して神妙な顔をしていた。
「今回の件も含めて、早急に国に伝えなければ」
「ラルク、どうせならアッシュたちも連れて行くべきですよ」
「おい戦士長」
当たり前のように言うので、割って入ろうとするも彼は言う。
「城にハーフエルフがはぐれと称して侵入している可能性があります。見分けるには貴方の力が必要です。我々では、それはできませんのでね」
「俺はナターシャを森の外へ送る仕事があるんだが……」
「では、その後で良いでしょう。貴方がはぐれエルフになるのは自由ですが、先にエルフの国を見ておくのも良いと思いますよ」
さも当然のように彼は予定を入れてくる。
魂胆は見え見えだ。どうしたものかと思っているうちに、ナターシャが住んでいた食堂にたどり着く。
入ると、クルルカ姫が退屈そうに椅子に座っていた。
視線の向こうには、ダルメシアがナターシャと二人でまた何かを作っているのが見える。
ラルクが無言で隣の席に座ると、クルルカ姫は破顔した。
「ラル、ようやく戻ってきおったか!」
「では話し合いの続きだ」
彼は姫も交えてアクレイと一緒に予定を話し合いを始める。
俺はこれ以上一緒に居て妙なことに巻き込まれたら嫌なので、外に逃げることにした。
ただ、やることは特に無い。
しばらく何をしようかと考えながら外を歩いていると、新しい戦利品について思い出したので一旦外に向かうことにした。
「お出かけですか」
「近くを散歩してくるよ」
途中、見張りの戦士たちが行き先を尋ねてくるので軽く受け答えしてから門を開けてもらう。修復された木製の扉は少し耐久性に欠けるような気がしたが、獣程度ならビクともしない程度には強固に見えた。
もっとも、レヴァンテインさんの持つミョルニルなら一撃で粉砕できそうではあったが。
塔から百メートル程離れた場所で足を止め、戦利品であるアーティファクトを取り出す。
あのハーフエルフの姿を消す力を持つレイピアに、長剣三本に槍一本で計五本。
それら全てに鑑定をかけるが、やはり反応はない。
当然俺が持っても魔法が使えたりはしない。
「ロングソードさん、持ってみてくれないか」
「いいですよ」
適当にレイピアを持つ彼女だが、まったく反応は無いらしい。試しに素振りしているが、ハーフエルフのように姿が消えたりもしない。
「やっぱり、俺たちには意味が無いのか。レヴァンテインさん、立てかけるから全力でミョルニルさんを叩き付けてくれ」
「ん」
適当な一本を地面に突き刺し、そこらの木に向かって倒す。俺が離れると、レヴァンテインさんが上から景気良く槌を振り下ろす。
ドゴォンという音に混じって、握りが当たり前のように木にめり込んだ。
また、刃も更に地面にめり込んでしまった。
彼女が人外の膂力を持つということを考えれば、その程度で済んでいる事自体が異常である。
「こいつらも不壊か。やっぱり普通の武器とは違うな」
俺の持つ武器はゲーム中に存在した架空の代物である。
仕様通りに妙なスキルが備わっていたりしても不思議ではないが、このアーティファクトは違う。
こいつらは神や悪魔が存在を維持するために変質した姿だというのだ。
本当か嘘か捏造かなど俺は知らない。だがリアル補正が掛かった上でさえ、こうして目の前に存在しているのだ。ここに居る俺たちも含めて、相当に胡散臭い代物であることは間違いないだろう。
「思ったんだが、こいつらアーティファクトに俺の付喪神顕現<ツクモライズ>を使ったらどうなるんだろうな」
「私たちみたいになるんじゃないですか?」
「そもそも鑑定が効かないから、できるかどうかがまず未知数なんだよなぁ……」
それ以前に、もし本当に神や悪魔だったなら、俺はそれを一時的に蘇らせることになるのかもしれない。仮にスキルが効果を発揮した場合、そいつらの自我はどうなるのかというのも疑問だ。
擬人化された武器娘さんたちのように俺を慕ってくれるのか、それとも敵視するのか。
「まぁ、やってみるしかないか」
一応、念のために二人に武器を構えさせながら、俺はスキルを行使する。
「付喪神顕現<ツクモライズ>!」
はたして、俺の心配を他所にスキルは効力を発揮した。
木の幹にめり込み、地面に沈み込んでいた名も知らぬ長剣は、一瞬だけスキルの光に包まれて擬人化。木の幹にもたれて眠る、見目麗しい銀髪の美少女へと変貌を遂げていた。
「成功……か」
彼女は俺の警戒を他所に、まるで死んだように眠ったまま身じろぎ一つしない。
妙に、アンバランスな印象を受けた。
銀糸のように煌く髪はツインテールに結われており、ミルクのように白く滑らかそうな肌を、白と黒を縫い合わせたような薄手の布で覆っている。寝顔はあどけなく、きっと目を開けてもその印象は変わらないように見えた。
――けれど、何故か見ていると寒気がした。
アンバランスだと思ったのはそこだ。
見た目と雰囲気が、この少女はまるで一致しないのだ。
上手く言葉にできない感覚が胸中を染め、何故か俺は少女から目が離せなくなっていた。
「この子、寝たままですね」
「起こす」
レヴァンテインさんが近づき軽く揺さぶるも起きない。
何かのバッドステータスかと思いステータスを確認してみる。
すると、脳内に表示される少女のステータスには、HPやMPゲージがあるだけで数値が無かった。
「これは……どういうことだ?」
勿論、毒や睡眠などのバッドステータスの表示もない。
唯一俺に見て取れるゲージはどちらも今にも無くなってしまいそうなほどに減っていた。それはまるで後一撃でも攻撃を喰らったら死んでしまうのではないかという程で、思わず俺は回復薬を取り出していた。
「ポーション、効くか?」
少女に飲ませようとして止める。
飲めるかが心配だった。
やむを得ず、少女に中身を振りかけるが効果はない。
「……ダメか」
一旦、スキルを解除。
長剣に戻った彼女のために鍛冶スキルを使って鞘を作ると、腰の剣帯に吊るし他のアーティファクトへと目を向ける。
残り四本、もしかして全て同じ結果になるのだろうか?
「どうせなら全部試してみたらどうでしょうか」
「そう……だな」
一本一本検証していくが、やはりそれら全てが寝たままで起きる気配がなかった。
「スキルがバグっているのか? あるいは――」
ナターシャの言っていたアーティファクトの説明を思い出す。
世界から魔力が希薄化したラグーンズ・ウォー時代にアーティファクトになって存在を維持したと聞いた。なら問題なのはHPではなくMPということか?
もう一度、腰からあの銀髪の少女になった長剣を擬人化。
マジックポーションを振りかけてみる。
「やっぱり、これもダメか」
ゲージにも、彼女の様子にも変化はない。
完全にお手上げだ。
どうしてか、妙に諦めきれぬまま俺は鑑定と呟く。せめて、名前ぐらいは知りたいと思ったが、それさえも叶わない。
ゲーム補正の限界か、それともリアル補正の優劣か。
俺の力は届かないのだろうか。
「アッシュ、識別は?」
「しき、べつ?」
「アイテムは鑑定。それ以外の生き物は識別」
レヴァンテインさんの一言。俺はそれが最後とばかりに「識別」と呟く。
「――っ!?」
反応が、あった。
名前はイシュタロッテ。
レベル表記は無しで、種族が女神・悪魔。そして、彼女のプロフィールのようなモノが補足事項として出て来た。今までは出てこなかったのに。
ただ、それでも大部分が文字化けしたかのような表記であり読むことができない。
「ラグ……ウォー……信仰力の激減……想念が欠……存在維……め存在を変質。凍結維持を実行中……」
読める部分だけを拾い読んでいくが、当たり前のように意味が分からない。分かるのは戦争時代にこうなったこと。そして、そうなった原因。そして、彼女がカルナーンという地方で信仰されていた神だということ。
「……何処だよ、カルナーンって」
「何か分かったんですか?」
「少しだけな。レヴァンテインさん、お手柄だな」
「ん」
イシュタロッテの擬人化を解き、鞘に戻して他の四本を武器の状態のまま識別する。
すると、確かに名前や補足事項などが出てきた。
どれもこれも種族が神や悪魔、或いは魔獣やらだった。
補足事項を繋げていくと、なんとなく状況が見えてくる。
つまり、信仰だか想念とかいうのが足りないから起きないってことらしい。
どうやらナターシャやヨアヒムが言っていたような魔力が原因ではないように思えるが、目覚めさせるにはその足りないモノを与えてやるしかないのだろう。
信仰、想念。
無宗教である俺には正直よく分からない。
けれど、もしかしたら彼女が信仰されていた地域ならばどうだろうか。
何かが分かるかもしれないし、反応があるかもしれない。或いは彼女を振るい、生き物を殺してその命を奉げ続ればいつかは目覚めてくれるのだろうか。
どんな声なのだろうか。
どんな性格なのだろうか。
そして、どんな風に俺を認識するのだろうか。
純粋に知りたいと思う気持ちが止められず、俺は居ても立っても居られなくなった。
それはまるで、まだ見ぬレア武器を擬人化させた時のことを夢想した、あの頃の情熱にも似ていたのかもしれない。
確かに、レベルを上げて強くしていくのは楽しかった。
けれど、やっぱり集める過程や彼女たちにスキルを行使した時の興奮の方が強かったように思う。そう、だから――、
背後を振り返る。
そこに見えるのは、高くそびえ立つ塔<ゲートタワー>だ。
空を浮遊しているという楽園<ラグーン>と、地上世界を繋ぐ架け橋<ゲート>が俺を見下ろしている。彼は来場者を拒まず、これからもずっと寡黙に機能を発揮し続けるだろう。それは、きっと彼が彼である限り永遠と続く。
俺もそうなのだろう。
住む環境が変わろうとも、世界が変わろうとも、俺の機能<本質>が激変することはない。だって、体が変わろうとそれを動かしているのは俺の意思なのだ。
俺は俺のしたいように動く。
そりゃ、どうしようもないことは我慢するだろうけれど、我慢する必要が無いことで足踏みしたりはしない。
「旅に出るか」
ポツリと、今更のように呟く。
これまではただ安住できる地を探すためだけの逃避のようなそれだったのに、目的が一つ定まったせいか妙にしっくりと来るような気がする。
二人を連れて、来た道を戻っていく。
まず、ナターシャやアクレイたちにカルナーンや彼女について知らないか聞こう。それから、後々面倒になる問題だけはさっさと片付けて森を出て、安住の地の捜索とあわせて彼女を目覚めさせるための旅をするのだ。
「アッシュ殿!」
門までたどり着いたとき、俺を見つけた門番が慌しく呼んだ。
「どうした!」
まさか、あのハーフエルフが逃げ出しでもしたのだろうか?
一瞬過ぎった不安。
門番によって開け放たれた門の向こう側へと向かうと、ダークエルフの戦士たちが険しい表情で走り回っている姿が見えた。
その横から、門番の二人が端的に状況を説明してくれた。
「下のゲートに、再び魔物の大群が!」
「なんだと」
アレだけの数を倒したのに、まだ来るのか。
「戦士長は?」
「既に下へ降り、指示を出しておられます」
「分かった。すぐに行く」
一旦、捕虜を見張っていたタケミカヅチさんと合流。
念のため、エクスカリバーさんだけをそのままに、俺は塔を登った。
「来ましたねアッシュ」
ゲートの向こう、窓の下を覗き込むようにして戦士長とラルクが居た。二人とも、その顔が妙に厳しい。
「見てみろ」
ラルクが変わってくれたので、そっと覗き込む。
眼下には、先ほどよりも更に多いのではないかと思える程の数の魔物が蠢いていた。
ただし、魔物たちは悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
そこへ、森の中からオークたちよりも少し大きな、赤い毛の生やした恐竜が吼えながら集団で現れ喰らいついていた。
――どうやら、今日は厄日のようだ。