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第六十話「マリオネットライン(下)」


「何やら相当な大事になってきたな」


「子供はエルフ族にとって宝です。それを攫っているとなれば、情状酌量の余地などありません」


 シュレイク城跡に向かった俺たちは、すぐさま準備を整える。

 一応ルース王子にも顛末を報告するわけだが、彼も当然のように激怒した。


「ええい、奴らは本当にエルフのことを考えていたのか!?」


 目の下に凄まじい隈を作っているルース王子は自ら足を運びたそうだった。が、書類の山を放置するわけにも行かず、渋々矛を収めていた。

 その代わり、徹底的にやってくれと頼まれてしまう。


「それじゃ、行きましょうか」


「――待てシルキー。貴様、仕事はどうした」


「キリクを真似て部下に押し付け――じゃなくて、振り分けてきたわ」


 にぱーであった。

 笑顔で誤魔化す気満々のご様子に、さしものリスベルクも閉口する。

 少し、彼女に対する印象が変わってしまったが、どうやらこちらの方が素のようだ。

 ノリが軽いのは今は団を率いていないからだろうか。


 何にしても、こちらは少数精鋭で踏み込む。

 神宿りだという彼女が手を貸してくれるならありがたい。


「部下を上手に使うのも将軍の器量というもの。勿論、自分の時間を作るのもですよ」


「アクシュルベルン陛下は話しが早くて助かるわ。個人的にアレの残党狩りなら志願したいところだったし。なんていうか、ドラスゴルが死んだ気がしないのよね」


「地の団長ですか。実力は昔と比べてどうでした」


「驚くぐらいに上がってたわ。神宿りの動きに平然とついてくるんだもの」


 何気なく暴露された言葉に、俺達は少しだけ顔を見合わせた。

 視線は自然とイリスへと向けられる。

 彼女は頷いた。


「ドラスゴルは完成体のはずだ」


「でも多分、ラルクの方が強いわよ」


 問題は連中の頭が既に存在しないということだ。

 アヴァロニアと手を組もうとしたり、クルスの人間と手を組んだり、連中はもはや行動がデタラメだ。そんなのに水面下に潜られて、また力を蓄えた後で余計な騒動を起こされても困る。

 未来に不安の温床となりうる材料はいらない。

 イリスの言に従い、アクレイとイシュタロッテの力で俺達は現地へと跳んだ。






――レスト山脈。


 ライクル山からかなり北にある山脈である。

 それさえ超えてしまえば海があり、ライクル山を源流とする川がそのまま海へと続くそうだ。

 付近にも当然エルフの集落はあるが、冬の寒さが厳しいためにほとんどのエルフはこの山に住み着くことはしない。


 けれど、苛酷な環境だからこそ訓練にもってこいという考えもあったようだった。

 また、夏は避暑地としても優秀だとも考えられる。

 今の季節は夏。

 森の中とはいえ、それなりに暑いのでレヴァンテインさんを持っておく。

 既に俺は完全武装だ。

 イシュタロッテは腕輪に戻し、念のためにいつでも加護が貰えるようにしておく。


『何やら駆け回っておるのが居るぞ』


 悪魔の知覚は健在のようだ。

 魔力を感知することで大よその位置を特定している。

 マップでの索敵距離には限界が有るため、心強い限りだ。


「この山の裏側に洞窟が有る。そこが研究施設だ」


 武装を許されたイリスが、苦々しい顔で話す。

 脱出経路なども有るというので、俺達は先ずはそこを封鎖することにした。


「では、黙らせてきますので」


 言うなり、アクレイが見張りへと縮地で忍び寄る。

 一人目の真後ろに出て首筋に手刀を叩き込むと、身構えた二人目へとすぐさま跳躍。

 声を上げさせるよりも早く間合いに飛び込むや否や消え、いきなり後ろに出現。

 見失った少年エルフがギョッとしているところへ、やはり背後から手刀を叩き込む。

 ほとんど一瞬の早業に、驚く暇などありはしない。

 戦士というよりは、どうみても忍者の動きだ。

 担ぎ上げて戻ってくるが、手馴れすぎている気がしてならなかった。


「どうです、この二人は」


「間違いなく強化エルフだ」


 レベル1だが、種族名がそうなっている。


「では解呪してください。すぐに城に護送しますので」


「あいよ」


 先に呼び出しておいたウィスプさんの魔法で状態異常を解除。

 再び担ぎ上げたアクレイは、縮地で消える。

 今頃は城跡で手はずどおりに保護されていることだろう。

 その間に、俺はノームさんを召喚。

 脱出経路を埋めるよう指示を出す。


「ノームさんは今日も優秀だぜ」


 連日の整地作業の成果か、脱出路を埋める手際は熟練を思わせる。

 そのうち土で城でも作れるようになるかもしれないな。


「ねぇ、ディウン様が凄く不機嫌になってきたんだけど」


「そりゃまたなんでさ」


「気味が悪いってさ、その精霊モドキちゃん」


「見解の相違だな。こんなに可愛らしいじゃないか」


 クロナグラの精霊さんには不評らしいが、可愛いから許して欲しい。

 LV1なんか呼んだ日には、攻撃なんて誰も出来なくなってしまうのだ。

 終ったらシルキーさんにウンディーネLV1でもけしかけて布教しとこう。


「しかし拍子抜けだな」


「レベルを上げるのは風の団に送ってからだ。でなければ手に負えなくなる」


「そんなもんか」


 イリスの説明に納得しながら、戻ってきたアクレイと共に次へと向かう。

 都合三箇所ほど埋め立てると、次に外の見張りを一人ずつ黙らせていく。

 ほとんどアクレイが黙らせたので俺は出番が無い。

 寧ろ、終るまで見つからないように隠れるほうが億劫だった。


 いつもの鎧は音がなるのでローブ姿に変えさせられたわけだが、これだと弓で狙撃されたら非常に困る。

 ビクビクする俺の心配など気にもせず、アクレイは強化エルフ狩りを続ける。


「お前は本当に王様なのか? もう暗殺者で良いじゃないか」


「何を言うのです。本職の妖精忍者<フェアリーニンジャ>たちはもっと凄いですよ」


 ……え。

 妖精で忍者なのか?


『連中は常日頃から悪戯とお菓子に命を掛けておるからの。錬度が半端ではないぞ』


 悪魔が肯定するってことは、本気でそんなのが居るというのか?

 竜と妖精の島国、行っとけば良かったかな。

 興味が湧いてくるが、まぁ、そのうちだなこれは。


「アッシュも修行がしたいのであればお菓子を大量に用意して行くと良いですよ」


「忍者なら忍べと言いたい」


 怖いもの見たさでクロナグラの妖精について聞こうとしたら、本丸の洞窟へとたどり着いてしまったので諦める。

 遠めに観察すれば、入り口を固めるかのように連中が警戒していた。

 これはバレたと見て間違いはないだろう。

 二十人ぐらいだろうか。

 さすがのアクレイも、あの人数を相手に速やかに黙らせるのは物理的に不可能だろう。


「くくく、今更異常に気づいたところで遅いわ」


「お前、大人しくしていたかと思えばやる気満々じゃないか」


 リスベルクはいつものドレス姿の上に防具を展開していた。

 それが、本家本元の魔法の武具という奴なのだろうか。

 白いドレスの上から若葉を思わせる深緑の軽装鎧<ライトアーマー>は、今まで見てきたこの世界の防具のどれとも違う印象を受ける。

 強いて言えば荘厳か。

 観賞用ではないかと思うほどに美しい。

 ダイガン王子に是非とも参考にして欲しい意匠だ。

 そこに、前にも見たことが有るレイピアが加われば、完全に貴族とか姫っぽいエルフの女戦士が出来上がる。


「なんか、お前今日はエルフッぽいな」


 RPGで出てきそうなイメージに相似する今の姿は、今までとはまた違う印象を俺に与えてくれた。


「貴様、私はハイエルフだぞ。エルフっぽくないわけがあるか」


 他に何かないのか、と言いたげな顔でその場でクルリと一回転。

 そして視線での追撃。

 アクレイとシルキー将軍が、それを見て脇腹を小突いてくる。

 いや、だから俺にどうしろと?


『アッシュ、せめて一言ぐらい褒めてやれ』


 イシュタロッテがアドバイスらしきものを送ってくるが、急に言われても困る。


「ニ、ニアッテルゾ。ウン」


 結局、返せたのはそんなありきたりの言葉だった。


「そ、そうか」


 ウェーブの金髪を弄りながら、ハイエルフ様がフフンと胸を張る。

 なんだ、この微笑ましい生き物は。

 自然と口元が緩んでしまいそうだ。

 てか、エルフ族が求めた神ってなんでハイロリフだったんだろうか。

 はぐれの俺には、彼らの深遠なる文化が理解できる日は遠そうだぜ。


「では、もっとリスベルク様の魅力的なお姿をアッシュに見せてあげましょう」


「くくく、良かろう。鉄さえ切り裂く我が魔法のレイピアで連中をあの世に送ってやる」


「いや待て、送るなよ」


「分かっている。送る相手は選ぶさ」


 暗に残党はただでは済まさないとでも言いたかったのか。

 俺は洞窟内に居るだろう連中に素直に同情した。

 するしかなかったと言うべきか。

 俺を含めて、見逃すつもりはないのだから。


「アッシュ、イシュタロッテさんの力で転移阻害の結界を張って下さい」


『いいじゃろう。そちらは任せよ』


「オーライ」


 連中が魔術を使うから逃がさないようにってわけだな。

 まぁ、手加減は苦手だからありがたいがな。


「イリスさん……やれますね?」


「ああ。早く助けてやってくれ」


 彼女に迷いの意思はない。

 きっぱりと言い切った彼女に頷き、アクレイは剣を抜く。

 シルキーさんも二本の槍を背中から下ろして合図を待っている。


「――では、終らせましょうか」








 茂みを突き破ってリスベルクたち四人が距離を詰める。

 それに連中が反応。

 それぞれの武器を構え始めた。

 俺は空に上がり、イシュタロッテ任せで結界の構築のために魔法陣を描き出す。

 その下をウィスプが飛び、解呪と怪我の治療のために備える。


「先に行きますよっ」


 先ず初めに切り込んだのは、当然のようにアクレイだ。

 その姿を見た彼らの反応は顕著だった。


「ア、アクシュルベルンだ!!」


 驚くと同時に、一斉に殺意混じりの罵声を飛ばす。

 彼ら少年少女には躊躇は無い。


 リスベルクやイリスなど目に入らないかのような勢いで殺到。

 それを、魔法を展開したアクレイが突破する。

 姿を消したかと思えば、最後尾の少年の眼前に現れてみぞおちに剣の柄頭を叩き込む。倒れる少年へ、空からウィスプが解呪<ディスペル>の魔法を行使する。

 光に照らされた少年は、苦悶の表情を一瞬浮かべるもがっくりと倒れ臥す。

 それを確認するまでもなく、アクレイはすぐさま離脱する。


「くくく、余所見をする余裕はないぞ貴様らっ!」


 そこへ、ラルクを凌駕する速度でリスベルクが参上する。

 前に見たときよりも更に早い。

 というか、まともに戦ってるところを見たのは一回だけだからな。

 彼女の全力が如何程かは、俺にとってはまだ未知数だったか。


『ほほう、アレが噂に聞く加速のブーツか』


 魔法の武具という奴か。


『念神にとって、服や武器は有る意味では体の一部に過ぎん。が、装備して初めて意味を持つのだ』


 なるほど、装備しないと効果が出ないってのは良く聞く話しだ。

 村人がお約束のように注意してくれるもんな。

 などと納得していると、リスベルクが振り返った少女の剣をレイピアで苦も無く弾き飛ばし、懐に流れるように潜り込む。


 こちらも大怪我をさせないようにか、柄頭を叩き込んで悶絶させて離脱する。

 その軽く膝を曲げてのバックステップは、しかし三メートル以上を軽々と超えた。

 仲間を回り込んで強襲しようとした別の少女たちが、その機動力に愕然とした表情を浮かべる程だ。


 都合の良い記憶に差し替えられていようとも、考える頭は健在なのだろう。

 どれほどの戦闘技術を叩き込まれているのかは分からないが、攻め込んできたアクレイとその仲間の力量に絶望でも感じているに違いない。


「武器を捨てて投降しろ。私がリスベルクであると真の意味で理解できるならな」


 始祖神の言葉はしかし、彼女たちには届かなかった。


「無駄だ。信仰はもう、捨てさせられている」


「本当、やり難い相手ねっ」


 遅れて戦場に突撃したイリスとシルキーが、ショートソードと槍で立ち回る。

 イリスはともかく、リーチが長い反面突くか薙ぐかしかないシルキーさんがやり難そうに悪態をつく。

 が、その動きには一切の淀みが感じられない。

 二槍で攻撃を弾き、問答無用で少年少女を蹴り飛ばしていく。


 レベルの恩恵による膂力の差は歴然だ。

 体の使い方が完全に分かっているというか、動きに熟練を感じさせる。

 ラルクのような瞬発力などはまだ見えないが、子供をあしらうように軽々と立ち回っている姿を見れば単純に戦い方が上手いのだと分かる。

 そして元風の団長であるイリスは、圧倒してはいるが一番やり難そうだった。


『あの嬢ちゃん、手加減に困っておるな』


「そうか。暗殺者ってのは基本一撃必殺だもんな」


 狙う部位は常に必殺が狙える部位だろう。

 或いはその布石となる箇所か。

 ほとんど条件反射のように反応しているが、殺さないようにするというのに梃子摺っているように見えた。


『まぁ、やられることはなさそうぞ』


 囲まれても冷静に裁き、すぐさま仕切りなおす。

 そうしている間にも、アクレイやリスベルク、そしてシルキーが十分に無力化していく。

 押さえ込むのに五分も掛かることはなかった。


『よし、こちらも仕上げだ』


 結界が起動する。

 転移阻害に物理的な遮断効果さえ与えたそれは、洞窟の周囲を完全に覆った。







 洞窟の中、松明が焚かれた通路にその男は居た。

 槍と盾を持ったその長身のエルフは、観念することなくただ槍を構える。

 ひとつの信念を掲げた者の矜持か、それともただの意地か。

 どちらにせよ、この先は無いと理解しているような顔だった。


「まさかここが嗅ぎ付けられるとはな」


「アンタたちの驕りのせいよドラスボーヤ」


 両手の槍を広げ、シルキー将軍が前に出る。

 リスベルクやアクレイが指示したわけではない。

 それが当然という態度で彼女は二槍を構えた。

 纏う神気の光は、ただただ俺達に邪魔はしないでくれと言わんばかりに輝いている。


「よく城から逃げられたわね。転移魔術って奴?」


「然り。魔術こそが我等エルフを更に高みへと到達させる技法故な」


「精霊の次は始祖神で、その次は魔術ってわけ? あんた等第二世代エルフの節操の無さには本当に嫌気が差すわね」


「所詮、神も魔術も道具に過ぎんよ。より高みへと到達するために斬り捨てて何が悪い。事実、ラグーンズ・ウォーを切っ掛けに無力と化した精霊や始祖神など敬う価値も無い」


「――貴様、私を前にしてよくそんなことが言えるな」


 黙っていたリスベルクも、さすがにその言い様にはカチンと来たようだった。

 かくいう俺は、マップを確認しながら他に仲間が居ないかを探っていた。

 なんていうか、場違いなんだよな俺だけ。


『奥にまだいそうだぞ。こいつほどの力は感じ取れぬがな』


 脱出路から出ようと奮闘しているか、それとも逃げ出すために資料でもかき集めている最中か。

 どちらにせよ、結界を張っている俺たちをどうにかしない限り連中に逃げ場などない。結界をぶち破ることができる程の力があれば別だが、どうにもこいつらには神宿りが存在する気配がない。

 恐らく、もう詰んだ。

 それが分かっているからか、ドラスゴルというエルフは逃げも隠れもしない。


「しかし、些か驚いたぞイリス。何故生きている」


「生憎と貴様たちが見限った神の力は本物だったんだ」


 皮肉るようなイリスの言葉に、それでも彼は曲げるようなことはしなかった。


「そもそも念神さえもが共通幻想という名の集団魔法だ。であるならば、真に到達すべきは魔術の深遠に潜む奇跡のような魔法なのだろう。そういう意味においてはぐれ魔女の力に焦点を当てた我々は正しかったと言えよう。だからこそ神宿りとやりあえるところまで来た」


「――いえいえ、それは大間違いですよドラスゴルさん。ディリッドさんが強いのはディリッドさんだからなのです。あの方は純粋にただ強い。魔術も道具というのなら、使うものが愚かでは意味が無いのですよ」


「だがアレは強いだけで力に意味など付与しない。その先には決して目を向けぬ」


「先も後も無いのです。彼女はただ、自分のやりたいことを求道した結果として力を得たに過ぎないのですから」


「では我等と同じであろう」


「いいえ。まったく違います。彼女は他人の迷惑になることはあまりしません」


 あまり、かよ。


「主義主張を叫ぶだけなら構わんがな。お前たちはやりすぎた。最初に結論を出し、理解を求めない時点でただの独善だ。少なくとも議会はそれを防ぐためのものだったのだぞ」


「笑止。お前の威光で動くならば、最初から無いにも等しいではないか」


「私の出す結論は、ほとんどのエルフ族の願いの総意によるものだ。その連中を説得できない時点で論外だよ。仮に押し通したとしても、すぐに内部崩壊するだけだ」


「誰しもが幸福になれる道はない。ならばこそ、斬り捨てる側に立ちたいというのが道理だ。元よりダークエルフは邪魔だった。だからこそ白と黒で争った過去も有る」


「今更そんな過去を蒸し返しても益はありませんがね。はっきり言えば、貴方たちは時代錯誤なのです。リスベルク様を見なさい。象徴としても、道としても、現れた時点で一つの結果となってお生まれになられているのですよ?」


「なんだアクレイ、今日は嫌に持ち上げてくれるな」


「ただの事実ですからね」


 事実を否定してはいけないと、アクレイは言い募る。

 珍しく熱くなっているようだが、そこには確かに彼が見た可能性があったのだろう。


「願いの集束。想いの具現化。白と黒の願いから生まれたこの方こそ、正しい意味でのエルフ族の目指すべき道だったのです。それをただの一部の者の独善と、下らない見得如きで腐らせる時代はそろそろ終わりにしましょう。でなければ、私は妻を殺した憎きエルフ族を皆殺しにするしかなくなってしまう」


 正直、ギョッとした。

 こいつがそこまで言うとは誰も思って居なかったに違いない。


「ちょっとちょっと、アクシュルベルン陛下?」


「ああっとすいません。少し本音が出ました」


「そんな本音は一生封印しとけ」


「ええ。ディリッドさんに勝てない時点で、こんなのは夢想です」


 どんだけミス・マイペースを警戒しているのかは知らないが、冗談のように笑ってくれるのでありがたい。


「……気持ちは分からんでもないがな。やれば阻むぞアクレイ」


「その時は、是非アッシュに斬り捨てさせてくださいね」


「だから、肝が冷える会話は止めろっての。お前にはリスベルクと一緒に安住の地を作ってもらわないと困るんだ」


「……ああ、そうでした。そうでしたねアッシュ」


「――ねぇ、もういいでしょ。とっとと終らせたいんだけど?」


「あ、はい。ではどうぞ。負けても安心してください。私が斬りますから」


「もう、絞まらないわねっ――」


 シルキー将軍は、そうして待ち構える男に向かっていった。







 それを見て驚いたのは、最初に俺が出会った神宿りがあの鬼だったからだろうか。

 器用にも振るわれる二本の槍先を前にして、ドラスゴルはただ耐え忍ぶ。

 その顔を見れば、どうにも余裕があるようには見えない。

 レベル90のシルキー将軍は神宿り状態だ。

 だというのに、レベル87のドラスゴルが未覚醒状態の大槍型アーティファクトと円形盾<ラウンドシールド>で凌いでいく。

 体格は男女差もあってか彼の方が確かに上だ。

 基礎能力をレベルの恩恵によってブーストされているというのなら、当然身体能力が上の方が有利になる。


 が、それを更にひっくり返すのが神宿りの恩恵のはずなのだ。

 なのに、この安定感はなんだ。

 どっしりと山のように構えたドラスゴルは、守りに徹しながらも攻撃の間隙には反撃を繰り出す。

 突きなど忘れたというかのような大槍での振り下ろし。


「ぬぅんっ!!」


 低い声に乗る破壊力を前に、たまらずシルキー将軍が回避行動を取る。

 落着する矛先は、洞窟の地面を容易く抉った。

 まともに入れば皮鎧を苦も無く引き裂き、シルキー将軍の命を絶つだろう。


「上等ッ――」


 その剛撃に怯まず、将軍は地面を蹴ってすぐさま突撃を敢行する。

 両手の槍が線を描く。

 真っ直ぐに、シンプルに。

 しかし、良く視れば防御の間隙へと差し込もうと右、左とフェイントを入れながら幻惑するように突きかかっているのに気づいた。


 左手の突きが、左足目掛けて飛んだ。

 決まるかと思えば、ラウンドシールドが最小限の動きで阻みにかかっている。

 盾の側面を火花を上げながら削るように抜ける槍。抜けた先には何も無い。円形の盾は主を守り、次に備えて移動する。


 間髪居れずに迫る右の突き。

 盾はそれでも寡黙にただただ阻み続ける。

 そこへ、気にもせずにシルキー将軍は右突きと同時に引かれた左手が次の一撃を装填。

 ガトリングガンのような高速連射<連続突き>を実現する。


「エルフ族で槍を使ってる奴なんてほとんど見なかったんだが……何だアレ」


 ゲーム時代でも槍は厄介だった記憶がある。

 特に、タケミカヅチさんの固有スキル発動の最にパイクを展開して使ってきた廃人なんて最悪だった。

 突っ込んだらそれだけで一回死んだ。

 アレ以来、交通事故を恐れて槍使いには二度と『神鳴る剣神の太刀』を使うまいと決めたものだ。


 連中の基本は間合いの掌握だ。振り回す奴ならまだリーチが長いだけの剣とでも思えばいいが、突きが怖い。

 剣より遠い間合いから、距離を制して最速の点を突いてくる。

 線ではなく点という部分が実に面倒だ。

 防御するにしても剣で受けるというのはほとんど論外。


 きっと点の攻撃を線である剣で受けるって発想が現実的ではないのだ。

 届く前に弾いて逸らすか、間合いに踏み込んで内側に潜るに限る。

 が、踏み込もうとするときにただ刃を前に出すだけで普通に交通事故が誘発できるのが槍の恐ろしいところだろう。

 遠距離攻撃が不可能なら、ただ刃を向けるだけで剣使いに対しては相当なプレッシャーを与えることができる。


 そのはずなのだが、ドラスゴルはそのセオリーから外れていた。

 最初に防御して、出来た隙に渾身の一撃を叩き込む。

 待ちの戦術という奴だ。

 そこから防御技術によほどの自信があるのが見て取れる。


「貴様ならどうする」


「でかい盾を構えて突っ込むか、離れて精霊魔法で潰す」


 あるいは、手持ちの武器を投げまくる。

 別にイシュタロッテの魔法でもいいし、レヴァンテインさんで焼いてもいい。

 俺ならごり押しでどうとでもなる。

 しかし、シルキー将軍のように槍で突っ込むなんて選択肢だけはない。

 同じ土俵では戦いたくないな。

 例外は剣だけだ。


「私なら間合いを詰めて、至近距離からレイピアで蜂の巣にしてやるぞ」


「では私は後ろから斬りましょう」


 本当、腹黒忍者は参考になりもしないな。

 一人発言しないイリスに目を向けると、困ったように呟いてくれる。


「あ、相手にしない」


「目的達成を優先か。アリといえばアリだな」


 倒さないで済むのなら、だが。


「しかし、なんで二人とも魔法を使わないのかね?」


「お二人のプライドでしょう」


「好きにさせてやれ。私たちに勝てぬと分かっているからこそ、槍を通して最後に会話しているのだ。戦士としての最後の意地、という奴だな」


 空気を読まなくて悪いが、はぐれの俺はこれ以上付き合いたいという気が湧いてこない。というわけで、やり合う二人の脇を通って洞窟の奥に進むことにする。


「お、おい貴様!」


「先に行くぞ。悪いが、あまり興味が無いんだ」


 空気など読んでやらないぜ。

 まだ犠牲者が居るというなら、さっさと助け出してこんなところは出てしまいたい。

 追い詰められたカルトな連中なんて、何をするか分からないしな。


「そっちのけじめとか云々は任せるぞ」


「私も行く。案内ぐらいならできるはずだ」


 追ってきたイリスに頷き、俺はとっとと先に進んだ。

 まぁ、シルキーさんが負けたらって考えると治療要因と代打のために二人は残るしかないだろうけれど。





 しかし妙だな。

 イシュタロッテの力を借りてとっとと終らせようとしているんだが、なんか腹の奥がチリチリするというか、呼ばれている気がする。


「前にもどこかで感じたことが有る……ような?」


 何時だっただろうか。

 覚えていない気もするが、どうしてか知っているような気もする。

 矛盾するような感慨の中、背後から響く金属音をBGMに先を急ぐ。


「そこを真っ直ぐだ」


 やがて三つの分岐路に差し掛かるが、先を示す彼女の言葉を俺は無視した。


「いや、そっちじゃない。俺が進むべき道はこっちだ」


「しかしそこは――」


 言い切り、一番左の通路を駆け出す。

 慌てて後ろからイリスが追ってくるが、全力で地面を蹴って置いていく。


『どうした、何を急いでいる』


「居るだろうこの先に」


『それはそうだが、道が合っているかは別じゃぞ』


「関係ないさ。必要なら穴を開ければいい」


 それよりも焦燥がある。

 ドンドンと湧き上がってくる鬱陶しいそれが、タダひたすらに俺を突き動かす。

 飛翔して追ってくるウィスプさえも置き去りにするような勢いで通路を駆ける。

 辿り着いた先は、どうやら倉庫のようだった。

 武具などが補完されており、他にも資金らしき物まであった。

 だが、俺にとっては行き止まりでしかない。


「この壁の向こうか」


『案の定じゃな』


「いいさ、眼を借りるぞ」


 悪魔の眼を起動。

 瞬きと同時に行動の先を視る。


「……なんとか行けるか?」


 装備を鎧に変えると、後ろに下がってすぐさま前へと疾駆。

 そのまま勢いを維持し、渾身の力で前の土壁に蹴りを放つ。

 ドゴォッと耳を聾するような轟音が鳴ると同時に、舞い上がった粉塵。

 土煙が視界を遮るそこへ、上の土砂が落ちて来るよりも先に前方の空間へと転がり込む。


『む、ここは牢屋か』


「ビンゴだ」


 対面の鉄格子の向こうには、驚いた様子のエルフの子供が六人居た。

 その前には、すぐにでも鉄格子を明けようと鍵を手にしている男が仰天した格好で固まっていた。


『そうか。お主は連中の神でもあったの』


「お前の感覚を借りてるせいかな。なんつーか、感じたっぽい」


 普段なら、魔力やら想念とかを感じられない俺には分からないはずだった。

 だが今は違うようだ。

 結果オーライだ。

 レヴァンテインを掲げ、強引に鉄格子の扉を叩き切って脱出する。


「な、何なんだおま――」


 叫びかけた男が腰元の剣に手を掛けるも、抜く前に蹴りをくれてやる。


「せいっ!」


「がはっ」


「死にたくなければそのまま大人しくしてろよ」


 悶絶する男に言い捨て、絶句する子供たちの前の鉄格子を力任せに叩き斬る。


「大丈夫か」


「は、はい……」


 年長らしき十歳前後の少年が、自分より小さな子供を庇った状態で首を何度も縦に振る。


『その子らは施術を受けている様子はないぞ』


「なら大丈夫か。問題は……」


 男が身じろぎし、起き上がりながら腰元に手を当てるのが見えた。

 なので、すかさずヤクザキックを顔面に見舞っておく。


「大人しくしてろっての」


 軋む鉄格子。

 舞い散る鼻血。

 そして当たり前のように上がる子供たちの悲鳴は、なんとも居たたまれない絵面を生む。


『怯えられておるぞ』


「アクシデントだ」


 ちょっと泣き出してる子も居た。

 刺激が強すぎたかもしれないが、そこら辺は許して欲しい。


「大丈夫だ。取って食ったりはしないぞ」


 気絶した男の武装を解除し、縄で縛って通路の奥に転がす。

 他の鉄格子も一応は確認しておくが、残り四つの鉄格子には誰も居なかった。


「今日、外に連れて行かれた奴は居るか?」


 年長らしき少年に尋ねてみると「いません」と言葉が帰ってくる。

 その言葉は俺を何よりも安堵させてくれた。


「なら脱出だ。俺はこうみえてハイエルフ様の仲間なんだ」


「え、ええ!?」


「本当に?」


「本当だとも。だから良い子の皆は、ちゃんと後でハイエルフ様にお礼を言うんだぞ」


 ハイエルフ信仰を利用したこの言葉は、魔法染みた効果を発揮した。

 いきなり泣き止む子まで出てきたぜ。

 いやはや、逆なまはげ状態じゃないかリスベルク。

 さすがエルフ族の神様だ。ちびっこにも人気とは恐れ入る。


『待てい。声が聞えたのなら、お主に想念を提供している信者だぞ! それを――』


「偽物より、本物に祈る方がこの子たちのためだ」


 ついでにいえば、あいつに復活してもらった方が俺も安心できる。

 さて、子供相手なら鋼色コンビがいいかな。


「護衛頼むな」


「はーい!」


「お任せください」


 安全のために護衛の数を増やした俺は、制圧よりも先に脱出を選んで探索を再開した。







「で、俺達が戻ってきてもまだ続けてるってのは何なんだ」


「知らん」


「決着はまだしばらくかかりそうですよ」


「じゃ、こっちは勝手にやっとくぞ」


 強化エルフは奥にはもう居なかった。

 ドラスゴルが最後の砦だったらしく、残りは魔法使い風のエルフが数人居ただけだった。

 叩きのめして気絶させ、猿轡を嵌めて詠唱ができないようにしてやったので後で尋問でもすればいいだろう。

 途中でウィスプと一緒にイリスがやってきたが、鋼色コンビと一緒に子供たちを任せた。

 やはり、子供には美人のお姉さんを投入するのが一番である。

 怖がられる俺は、護衛の戦士よろしく子供たちをエスコートだ。


「ほらチビッ子共。アレがリスベルク様だぞ」


 ハイエルフ様を前にして、子供たちが眼を輝かせる。

 視線を送り、軽く頷くとリスベルクは直ぐに察したようだった。


「うむ。私たちが来たからにはもう大丈夫だぞ」


 目線をあわせて笑顔を浮かべ、子供たちを安心させるように抱きしめてやっている。

 効果は抜群だ。

 子供たちが群がり始めたので、結界を解いて転移でリスベルク諸共に城へ送り返す。

 イリスも一緒だ。

 後はシュレイクの戦士たちが責任を持って親元へと返してくれることだろう。


『心温まる場面のはずなのだが、あの二人が邪魔だの』


「言うな。血なまぐさい戦いなんかより、子供たちの笑顔の方がよっぽど大事だ」


 余韻を台無しにされたくなかった俺は、殺し合いから極力眼を逸らして残りの捕虜を回収に向かう。ショートソードさんとロングソードさんも一緒だが、連中が逃げ出したことはなかった。


 アクレイはといえば、逃がさないために決着を待っていた。

 ドラスゴルとやらも良い根性をしているが、シルキー将軍も将軍だ。

 子供たちが直視したら泣き出しそうな眼光で、後始末に付き合っている。

 戦士の手向けという奴なのか良く分からないが、どちらも頑固なものだ。

 これが、当事者でなければ分からない世界という奴かもしれない。


「そろそろ横槍を入れるか?」


「いえいえ、もう終りますよ。良く見てください」


「盾がボロボロだな」


「そろそろ壊れますから、それで決着が着きますよ」


 そうして、すぐにアクレイの宣言どおりに戦いに終止符が打たれた。

 汗で張り付く髪をかきあげ、シルキー将軍は目を瞑る。

 その向こうでは、水精の槍で貫かれた戦士が居た。

 最後まで勝ちを諦めなかったその男は、盾を破壊したことで決めにかかったシルキー将軍との相打ちを狙った。

 が、将軍は敵の大槍を真正面から片手で受け止めて心臓を一突き。

 それで呆気なく終わらせた。


「……壊れるって、盾だけじゃなくて体もかよ」


「強化エルフの施術、どうやら完璧ではなかったようですね」


 だからこそ継続されていた、ということか。

 完璧なら勝っていたのはドラスゴルかもしれない。

 持久戦なら、攻め続ける方が当然のように疲弊する。

 俺みたいな特例を除けば、レベルホルダーでもそれは変わらないはず。

 だが、もしは無いしそれなら別の方法で彼女は勝ちを狙っただろう。

 となるとやはり、アレは手向けなのだろうか。


「前の時にね、予兆はあったのよ」


 呼吸を整えながら、彼女は振り返らずに語る。

 どういう表情を浮かべているのかはこちらからは見えない。


「この馬鹿、もしかしたら体が持たないって気づいてたから、スイドルフたちを焚き付けたのかもしれないわね」


「……死に場所を求めたって奴か?」


「あるいは、ただ証明したかっただけかなぁ。誰よりもエルフが優れているってね」


「だとしたら虚しいですね」


 静まり返った洞窟内で、ポツリと呟かれた呟き。

 それは、エルフ主義者と彼の暗闘の日々を総評しているかのようだった。








 数日後。

 アクレイがイリスを連れてその後の顛末を語ってくれた。

 子供たちの居た村を確認したアクレイが親元へと帰したそうな。

 森の中の集落や村は、こんなこともあろうかとほぼ全て縮地で網羅していたからだそうだが、本当によくやるものだ。

 正直、こいつを危険視したエルフ主義者の気持ちが分かるような気がして呆れるしかないぜ。


「捕虜は割と早く喋ってくださったので、これ以上強化エルフが現れることはないと思います。一先ずは安心ですね」


 洞窟で得た資料は戻ってきたディリッドに預けたそうだ。

 もっとも、はぐれ魔女殿はそれに目を通したあと速攻で燃やしたらしい。

 非効率すぎるだの、単純に魔術で一時的に強化する方が安全だとか駄目出ししまくってリスベルクたちを辟易させたそうな。


「だが、ディリッドが戻ってきたとなるといよいよか」


「ええ。侵攻ルートは大体分かりますから、そこで待ち構えるように陣を張ります。彼女の調べた情報から逆算すると、なんとかギリギリ間に合いそうです」


「転移要員が居るならいつでも声をかけろよ」


「勿論です。当てにさせてもらいますよアッシュ」


 現在、俺は拠点の一角で鍛冶スキルで矢や武具を量産する日々である。

 ペルネグーレルで腐るほど集めてきた資材がおかげでドンドンと消えていくが、夜はレベル上げに向かっているのでどれだけ使っても気にもならない。


「ふふふ。貴方が居ると、ドワーフの方々が泣きますね」


「大丈夫だ。向こうは俺に作れない新兵器を準備してるから」


 それに農具や調理器具などの道具も作れないので、こんなのは一時的な処置に過ぎなかった。


「それとアッシュ。またぞろお願いがありましてね」


「……おい」


 一つ終ったらまた次か。

 こいつの頭の中では、いったいどれだけ俺を使い通す計画が練られているんだろう。


『怖い者知らずとは、きっとこの男のことを言うのだろうのう……』


 いや、俺は別にこの程度で暴れたりはしないが。


「で、今度はなんだよ」


「イリスさんを預かって欲しいのです」


「……はぁ?」


「ドラスゴルさんのような強力な強化がされていない分、倒れるようなことは無かったそうなのですがね。一応は念のためですよ」


 それに、やはり風の団に残すと周囲の眼もあるということだった。

 一時的にならともかく、犠牲者だと言ってもそう簡単には納得できないという者もいるようだ。どうしようもない人の機微、という奴かもしれないな。


「本人も、どうにも居心地が悪いというのですよ」


 隣に居るイリスは軽く会釈するだけで反論しない。

 既に了解しているとでも言いたげな風であった。

 これは色々な意味で断り難そうだ。


『別に、体は問題ないような気もするがの』


 俺もそう思うが、人の眼ばかりはどうしようもない。

 確かにシュレイクよりは、こっちの方が静かに暮らせるかもしれない。

 が、だったら俺に預ける必要はないと思うのだ。


「心配しなくても風の団の引継ぎは既に済ませてあります。後任が見つかるまではラルクが担うことになったので、貴方の裁量で好きに使ってもらって構いません」


「使うも何も……」


 やってもらいたい仕事が無いんだが。

 それでも強いてやってもらうことがあるとすれば……ああ、アレだな。


「何をさせても良いのか?」


「彼女が嫌がることでなければ」


「……お前は俺を何だと思っているんだ」


「またぞろ嫁にするのではないのですか?」


 瞬間、イリスがアクレイに聞いてないとでも言わんばかりの壮絶な視線を送った。

 間違いなく視線で殺せそうだったが、さもありなん。


「ふふふ。嫌ですね、小粋なジョークではないですか」


「どの辺が小粋だったのか十文字で説明してみろ」


 できるものならな。


「いっそ、お前の秘書にでもすればいいんだ。忙しいんだろう?」


「任せるべき仕事は部下に任せています。平時なら頼めるものもそれなりにはあったのですが、どうにも下に居た彼女に私の仕事を手伝わせるというのは無理ですし」


「そうか。上は上で下とのわだかまりがあるってことか」


「それもまた何れ時間が解決してくれるでしょうがね」


 今はその余裕はないか。


「……戦力として使わないのは何故だ」


「必要なら防衛に手を貸して貰いますよ? しかし私は通常の兵相手にゲート・タワーを拝ませる気はありませんので」


「じゃ、イシュタロッテから魔術を学んでもらうぞ」


「それはっ――」


 そのイリスの反応は当然だった。

 魔術に碌な目に合わされていないのだから当然といえよう。


「ドラスゴルとかいう奴は有る意味では正しいと思う。魔術が道具って点だけはな」


 神も便利な道具かもしれないが、それを言ってしまえば念神である今の俺は「ざけんな」としか言えないので、それは認めない。それとこれとは別だ。


「エルフ族ってのは基本的に魔力が多いって聞いてる。なら先天的に魔術とは相性が良いだろ。だったら、良いように使えばそれは必ずこっちの力になるはずだ」


「……イリスさんなら使い方を間違えないだろう、と?」


「そういうこと。だから先ずは風呂だな」


「風呂? 何を言っているんだお前は」


「なんと、そこでそうきますか!」


 アクレイが絶句し、イリスが突っ込んでくるが俺は知らん顔で続ける。


「俺に預けるというのなら、彼女にはまず魔術で風呂を焚けるようになってもらう! そして、今度はこの森中に広めて貰うのだ。そうなれば、一家に一台風呂が完備されて大入浴時代が到来するのも夢じゃあない!」


『お主はアホか』


 悪魔も呆れる野望だったが、そんなことは知らん。

 そのついでに攻撃系やら防御系、回復魔術も覚えりゃいい。

 

 風呂は沸かすたびに習練だ。

 風呂から始める魔術があったっていいじゃないか。

 こうすれば、毎日エルフ族は入浴<習練>を怠るまい。

 つまり、風呂がエルフ族を更なる領域へと導く切っ掛けになるのである。

 素晴らしいアイデアではないか。


「俺に預けるというのなら、イリスにはこの壮大な野望の礎となってもらうぜ」


「本気か!? というか正気なのか!?」


「今までの行動から察するに、風呂でアッシュが嘘をつくことはありえませんか。くっ、立場上は止めなければならないのですが、私には貴方を止める権利がない! ――嗚呼、我等が神よ。見てみぬ振りしかできない私をお許し下さい」


 アクレイがハイロリフ様に懺悔する。

 非常に芝居臭いのが気になるが、止められないというのなら良いだろう。

 俺はイシュタロッテを擬人化すると、彼女をけしかけることにした。


「まぁ、別に妾は構わぬがの」


「ではイリスさん。そういうことになりましたのでこれからがんばってくださいね」


「ま、待ってくれ。話が違うぞアクシュルベルン!? 最前線行きの話は――」


 未来の入浴魔術使い<バスマジックマイスター>の慟哭が拠点に響く中、アクレイは縮地で消えた。

 イリスは俺と一緒に前線へ赴き、エルフ主義者に使われていた間の責任を取ろうという魂胆だったのかもしれない。だがそうはさせるものかよ。

 死にたがってる目をしている奴を戦場に出してなどやらん。

 まさか、アクレイがこれを見越していたわけではないだろうが、去り際の奴の顔は妙に満足そうだった。


「よし、とりあえずアレだ。先ずは風呂の良さを心底知ってもらってからだ」


「良かろう。そっちも任せよ。ぬふふ。ぬふふふ――」


 何故か両手をニギニギとするイシュタロッテにイリスを任せ、とりあえず俺は風呂掃除から入ることにした。


――だが後日、アクレイにエルフ族中に広めるならリスベルクの許可を取ってからにして欲しいとこっそり言われた。


 どうやら、風呂魔術の道は険しいようだ。


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