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第五十八話「幹部会議」


「じゃ、行って来るわ」


「あいよ」


「がんばってね」


 ナターシャとダルメシアに見送られて食堂を出た俺は、ハイエルフの屋敷跡へと転移しようとする。


「ちょっと待って」


「お?」


 そこへ食堂の中からエプロン姿のイスカがやってくる。

 なんだかんだで彼女も馴染んでいるようだ。全然居たのに気づかなかった。


「言い忘れてたんだけど、アクレイから伝言よ。今日は用事があるから、向こうには行かずにここの強化か、西側辺りを開拓しといて欲しいって」


「んー、分かった」


 転移は止めて、今日の予定をなんとなく考える。

 やはり、先に拠点の強化か。

 といっても、ノームさんのストーンウォールで覆うだけだが。

 後は開拓だが、奴は農地でも作りたいのかね?


『……お主、本当に扱き使われておるのう』


「や、連中が来る前に色々やっとかないと不味いってのは同意できるだろ」


 先日、ナターシャを連れてロロマへ向かったアクレイが良い情報と悪い情報の二つを持ってきた。

 良いニュースは、ロロマとジャングリアン。中央四国の東と南の国が今回の動きには呼応しないことだ。


ロロマではレジスタンスの革命がなり、『政教分離』政策を掲げているとのこと。しかも皇帝や貴族の腐敗に悩まされていたせいで『民主主義』への移行をも掲げているとか。おかげで今は、ロロマ民主国だそうだ。


 どうやら森に引きこもっている間に色々とユグレンジ大陸の情勢が動いていたらしい。これにより、なにやら森攻めにリストル教の関与があるということでロロマは協力を断ったそうである。そして中央四国の食糧庫とも呼ばれるジャングリアンもまた、その動きに呼応した。つまり、中央四国が今現在は勢力が二分されたということでもある。


 これはアヴァロニアと中央四国の休戦協定の余波と言えるかもしれない。

 中央四国最強の国がクルスという話だから、牽制する意味もあるのだろうとはアクレイの言葉だ。

 更に面白いことに、バラスカイエンが西北と南東勢力の二つでほぼ斜めに分裂気味だという。互いに自治権を持って居るが、今は安定しているらしくその中で、西北の黒狼組が周辺国と次々と不可侵条約や軍事同盟を結び始めているそうだ。

 既にロロマとヴェネッティーとは結び、今はペルネグーレルにも手を伸ばしている。

 何やら『雷虎』勢力が滅んだせいで、三強が『黒狼』と『賢猿』の二強になったが故だそうだが、こちらは今は気にする必要は無いだろう。


 重要なのはロロマとバラスカイエンの不可侵条約だ。

 互いの国境を守る兵力がこれで減らせ、同盟の締結による救援さえ期待できる。

 このインパクトがでかい。

 しかも黒狼組みなら仁義は守るだろう。

 これでロロマは国を安定させる前に攻め込まれるリスクを減らした。

 だが、この動きで孤立するのがクルスだ。

 だからこそ、悪いニュースへと繋がった。


『クルスとリスバイフか。クルスとやらは知らんが、リストル教には気をつけよ』


 しみじみ言うイシュタロッテは、昨夜の奮戦のせいか打って変わって賢者になっていた。世界の終わりが来るなどと訳の分からないことをのたまっていたが、開き直ると宣言した後は取り乱すこともない。

 理由を聞いたが、『知らない方がいい』とだけいって口を噤んでいる。

 それでも話題にするとガクガクブルブルと震えだすのが気にはなるのだが、まぁ自分から言う気になるまでは放置しておいてやろう。

 人間、他人に言いたくないことの一つや二つあるものだ。

 悪魔や武器にだってそれはあるだろう。


「おうアッシュ。お前、今日はどうするんだ」


 ヨアヒムが矢束を担いだまま声をかけてくる。


「上側の防壁の強化と外の開拓だな」


「なんで今更そんなことするんだ?」


「本格的な戦いが始まる前に畑でも作らせときたいんだろう」


 食い物が無いと戦争なんてできないだろうし。


「そうか。人手が必要なら言えよ。こっちの準備が終ったら手伝うぜ」


「手が空いたら頼むよ」


 せっせとゲート・タワーへと向かう彼を見送り俺は外へ。

 ノームさんを呼び出して、ストーンウォールで防壁の外を更に囲んでもらう。

 それを監督していると、やはり暇になるわけで。

 イシュタロッテが話しかけてくる。


『しかし、アヴァロニアのアリマーンとやらも食えん奴よな』


「休戦協定の折、使者を通じて森の情報を流させたって奴か?」


 元よりスイドルフがクルスに情報を流していたのだろうが、それだってラグーンのある西側だけだろう。

 しかし奴は、迷いの森を突破するための方法も含めて森全体の詳細を暴露したという。


『明らかにこちらの国力低下を狙っておるぞ』


 自分たちが国力を高める間に、潰し合わせるってことだな。

 ペルネグーレルの生産能力の破壊もその一環というわけだ。


「とはいえ誤算はあっただろうがな」


 奴が気づいたかは知らないが、クルスの連中には念神を召喚する術がある。

 リスベルクを使っても制御できなかったようだが、敵地で呼ぶだけで簡単にテロが起こせる。それに対応できるのは、同じ念神の力が振るえるアリマーン本人だけだろう。

 正直に言えば、今はアリマーンよりも召喚魔法を手に入れたクルス――というよりはリストル教の方が危険な気がしてならない。


「リスバイフは多分森の恵みが欲しいんだ。んで、リストル教はラグーンが欲しいと」


『まぁ、聞いたとおりなら利害は一致するのう』


「だから余計に厄介なんだ」


 そこにまたアフラーが出張ってくるとすれば、面倒なことこの上ない。

 仮にだが、奴を倒したらアヴァロニアが両手を上げて大歓迎するだろう。

 この戦いはエルフ族にとって良いことなど何も無い。


『とはいえだ。リスバイフとリストル教は相性が良くなかったはず。決して一枚岩にはならんだろう。エルフ共には地の利とお主がいる。ならば後はどう立ち回るかよ』


「あの召喚魔法が怖いがな」


『あらかじめパワースポットを封印しておけば良い。妾や魔女の嬢ちゃんなら可能ぞ』


「そういや、城の跡地でディリッドが何かやってたっけ」


『むしろ掌握して使った方が楽に戦えような。誘い込んで叩くという手もある』


「そこら辺はアクレイに言っとこう。できるだけ被害は出さないようにしたいもんだよ」


 戦争をやれば絶対に出るだろうが、な。


「……本当、この先どうなるかなぁ」


 先行きの見えない不安だけが広がっていく。

 世界が俺の意のままに、都合よく展開することはないだろうけれど。

 それでも願わずにはいられない。


――できる限り納得できる未来が、この先にあることを。








――竜と妖精の島国『ジーパング』。


 ユグレンジ大陸の遥か南にある島国のとある孤島に、神魔再生会の十三幹部が終結していた。

 孤島には、ジーパングに住む住人たちに『竜神ティアマ』が作らせた石造りの塔がある。

 古さでは遺跡並に数えられるその塔の表面は苔むしており、年月を思わせるひび割れが妙な風情を醸し出している。

 木造建築の多いこの国にしては異質なその建物にて、彼ら神魔再生会はそこで定期的に会議を始めようとしていた。


 しかし今日という日にはいつもと様子が違っていた。


 最上階に置かれた円形のテーブルには、本来は十三幹部と協力者である回帰神の十四席しかないはずだった。

 いつもなら全席が埋まるところだったが、今日に限っては二席が欠席。

 その理由を知る者は、この席には少なかった。


「はて、十三番の『空間獣』が倒されたとは聞いておったのじゃが、一番の堕天使が来ないのは何故かのう?」


 四番の序列を得ている『竜神』が呟く。

 彼は古くからこの会議のために塔を貸しているジーパングの神。

 ジーパングは三つある他の大陸文明とほとんど切り離されているため、信仰の争いが最も希薄な土地である。


 そのため、ある意味外の大陸の念神たちとの軋轢が最も少ない。

 また比較的温厚でもあるため議長役を押し付けられてもいた。

 彼らはそれぞれの宿主の顔を知らない……ことになっている。

 ここでは知り合いだろうとなんだろうと宿主の姿を隠し、配慮するのが慣例である。

 これは想念のために狙い合う運命の理を考慮しての配慮だ。

 おかげで、彼が用意したひょっとこの面とフード代わりの手ぬぐいによるほっかむりが非常に浮いていた。


 この馬鹿ばかしくも不真面目なひょうきんさを、しかし、誰も注意しない。

 どのような在りかたをしようが自由。

 それは信仰にも似ていて、どの念神もそれぞれ好きな面を被り、好きな格好で宿主の正体を隠していた。


(あややー。堕天使さんは結構真面目なのですっぽかすとは思えないのですがー)


 十二番目に序列されている『魔女神』、ディリッドは不穏な空気を感じ取っていた。

 現在、はぐれエルフとして神魔再生会の会議に潜り込んでいるところである。

 魔術神ロウリーの代理であることはバレバレであったが、神たちはやはりスルーである。

 体を乗っ取られていないのだとしても、彼女は共生を選んだ魔術神の代理であり、その魔術神はほとんど無害だからである。


 いつもなら、始まる前は十三番の空間獣ダロスティンや五番の妖精神とガールズトーク(?)に耽るものだが、生憎とアッシュにやられたという話は聞いていたので二人で昨今流行のお菓子について熱く語り合っていた。

 おかげで、体が三十センチも無い妖精の体を使っている妖精神が、持ち込んだ小さな椅子を彼女の前に置いていた。


「堕天使なら永劫に会議には来ぬぞ」


「……どういうことだ。まさか、貴様が処分したのではないだろうな?」


 例外の十四番『悪神アリマーン』に、三番の『善神アフラー』が食って掛かる。


「フッ。奴は賢人を悪魔を統べる悪魔神として勧誘すると言ったきり音信不通だ」


 ザワリと、幹部たちの間が騒がしくなる。


「ええっ。賢人ちゃんが遂にみつかったの!?」


 妖精神が食いつくが、思わせぶりな発言をしたアリマーンは首を横に振るった。


「余は知らん。ただ、堕天使と余は知らぬ仲ではないからな。最悪のことを考慮して話だけは聞いていたに過ぎん」


 ゾロス教はリストル教よりも古く、その思想はリストル教に多大なる影響を与えた。

 善と悪が戦う二元論がゾロス教だが、その上に唯一神を置いて絶対の存在としたのがリストル教。その過程において、アリマーンはリストル教のとある悪魔と同一視されたこともある。ただ、完全に取り込まれたのではないところがミソである。

 故に、彼は悪魔側に立つ堕天使とは比較的親交を持っていた。


「それで音信不通ということは……なるほど。始末されたというわけだね?」


 七番の『探究神』が、仮面の上からつけたメガネのフレームを押し上げる。


「位置は?」


「聞いてはいない。が、奴が消えたということは賢人が健在だという証明だろう」


 悪神は賢人と出会ったことがない。

 噂は聞いていたが、それだけだった。


「ふふふ。いきなりきな臭くなってきましたね」


 涼しい顔で笑うのは、六番の『剣神』――ということで通しているアクレイだ。

 ディリッドよりも先に潜り込んでいた彼は、わざとらしく肩を竦めてみせる。


「ちょっとちょっと辻斬り剣神。貴方は賢人ちゃんに持ってかれてたじゃん。実は居場所を知ってたんじゃないの?」


 妖精神が賢人のお菓子欲しさに問い詰めるも、彼はふふふと笑ってかわすだけだった。


「いえいえ、私は彼女の番いに回されて今の宿主にプレゼントされてしまったので」


「むー。賢人ちゃんの真っ黒激甘お菓子が食べたーい!!」


「おや、本音はそっちですか」


「君が言ってるそのチョコレートってお菓子、そんなに美味しいのかい?」


「当然だよ商神ちゃん! 世界が転覆しちゃうぐらいに凄いんだよ!」


 ホビットの宿主を持つ九番の『商神』が唸る。

 お菓子の収集家とも言われる妖精神さえ虜にするお菓子。そこに彼も商機を感じて止まない。


「賢人かぁ。とんでもない人間とだけは聞いてるけど、一回商談してみたいなぁ……」 


「死にたいのか商神」


「や、でもねぇ」


 左隣に座る八番の『巨神』に、商神は未練がましく唸ってみせる。


「私は血を吸ってみたい。ジュルリ」


「やれやれ、ここ最近うぬらは馴れ合いが過ぎるぞ」


 十番の『吸血神』を、十一番の『森人神』が嗜める。


 結成されて大よそ八百年と少し。

 神魔再生会が発足した当初はどいつもこいつも血気盛んだったが、交流を持ち始めた十三幹部には和やかな空気があった。

 下っ端は好き勝手にしている(その下も大して仕事はしていない)が、上はこんなものである。

 比較的、賢人の捜索も含めて仕事熱心だったダロスティンが骨を折っていたこともあるので最近は大人しいことも影響はしていた。

 もっとも、互助組織であるだけで各々の行動を過剰に制限する決まりなどはなく、偶に暴走する者は出てきたが。


「何言ってやがる猿人のジジィ。世の中の基本はラブ&ピィィスゥゥ! 神と神でも愛が在れば馴れ合うべきだぜ。そう、具体的にはこの熱いソウルを持つ俺様とクールハートを持つ探究神のようにっ!」


「ワタシはお前と馴れ合うのだけはゴメンだ。この歩く騒音公害神め」


「オウ、シィィィット! だが、そんなクールなお前が好きだぁぁぁ!!」


 鎌型のアーティファクトの刃を収納するギター鞘。

 もはや武器の鞘ではなく完全に楽器であるそれを喧しくかき鳴らしながら、二番の『死神』がどさくさ紛れに告白する。


「だからテメェは嫌いだっつってんだろうが! 耳付いてんのかっ!!」


 探究神は話を聞かない死神に怒り狂った。

 しかも奴のギターの旋律は、戦慄する程にド下手だ。

 探究神にとってその男は、騒音公害以外のなにものでもなかったのである。


「はいはーい、夫婦漫才はそのあたりにして先にいきましょー」


 魔女神がのほほんと言い捨て、視線を竜神に向ける。

 彼は頷き、否定するように求める探究神を無視して一先ず会議を進行した。








「――ふむ。情勢が固まりつつあるのう」


 各大陸の勢力争いも、回帰神の到来によってかなり落ち着きつつある。

 ユグレンジ大陸は言うに及ばず、巨人の大陸ティタラスカルと、獣人の大陸ビストルギグズにも回帰神が居る。


 神宿りと回帰神では例外を除けば戦闘能力に差がありすぎる。

 特に今台頭している三柱は、どれも元々の戦闘能力が高い念神だ。

 それらを中心に今、世界が動いているといっても過言ではない。

 そして、アリマーン以外の二柱は神魔再生会の秩序の外側の存在。

 余り同類で潰しあうなと言っても聞くはずもなく、着々と勢力の基盤を固めている。


「想念が欲しいなら廃エルフでも狙え。アレはそこそこに溜め込んでいるぞ」


「むむむー。しかしそれで調子にのった空間獣さんがやられたんですよねー」


「やはり神だね。神宿りには荷が重い相手だと考えるべきじゃないかな……」


 魔女神と探究神がデメリットを強調する。


「そこら辺は悪神さんが詳しいでしょう。風の噂によれば、彼によっていくつかアヴァロニアの企みが阻害されていると聞きますが?」


 剣神が追撃をかけるが、しかし悪神は揺るがない。


「点数稼ぎ共が煮え湯を飲まされているだけに過ぎんよ。余が足蹴にしただけで消し飛ぶ程度の雑魚を恐れる必要はないな」


「いやいや、悪神ちゃんの蹴りってアレだよ。聖人ちゃんとの夢のコラボキックだよ?」


「然り。アスタムの力は特上の念神に匹敵するとレベルだ。二柱分の威力が出るならば結果も当然であろうの」


 妖精神と森人神が物言いに呆れる。


「だがその廃エルフ。しょうがない、などという短絡的な結論で締めるのは逆に危険だと、あえて私は言わせて貰おう」


「フッ。つまりアフラー、おめおめと逃げ出すしかないほどに強いと言いたいのか?」


 面白そうに嘲笑する悪神に、善神は神宿りの光で牽制する。


「……ここで名を口走るのはご法度だぞ」


「これは失礼した。正体を隠さなければ怖くて眠れないという貴公の気持ち、余は酌んでやれなかったようだ。寛大な心で許せ」


「これこれ。二人の対立心は分かるがここでは止めておくれ」


 竜神がとりなし、先を促す。

 険悪な空気に染まりかける中、善神は忠告する。


「――重ねて言うがな。廃エルフは危険だ。奴は悪魔と手を組んで居る」


「ほう?」


 悪神が面白そうに頷き、少しだけ考える素振りを見せる。


「力を重ねてなお無事なのだ。この意味、同じ念神ならば諸君らにも分かるはずだ」


「そんな馬鹿な! 信仰の垣根を越えられるっていうのかい!?」


 商神が声を荒げた。

 そんなものはもはや、まともな念神ではない。

 元より、生まれたこと自体が不自然であり、伝承さえ皆目発見できない存在だった。

 アリマーンに一度撃破されたという話が出たときも、そんな報告は誰も聞いていない。


「余と戦ったときはそんなことは無かったがな。誰かが奴と接触したということか」


「悪魔か。堕天使なら何かを知っていたかもしれぬな」


 危険の意味を布教できた手ごたえを感じ、アフラーはもう一つの懸念事項を挙げておく。ただし、イシュタロッテという名は出さない。

 出せば出したで余計な欲をアリマーンが出すかもしれないからだ。

 今のクルスの状況を鑑みれば、悪神にイシュタロッテを押さえられては困るのだ。


「神宿りとは違うようだが確かに力を重ねていた。しかもアレは、どうやら純粋な神に対して特別な効果のある力を振るえるようだと私には感じられた」


「てことは、尚更手を出すと危ないってことだね?」


 大量の金貨を落とすと聞いていた商神は、残念そうな声で首肯する。

 それで廃エルフの話しが終わりかと思えば、次の神が手を上げた。


「あ、じゃあ真っ当な神じゃなきゃ大丈夫だよね? 私とか怪物枠だよ」


 血を狙おうとしているのか、吸血神が名乗りを上げた。

 念神にも種類が有る。

 彼女の場合は各地の伝承に存在する化け物に相当する存在だ。

 その存在を忌避し、否定するそれでも念神は発生しうる。


 所謂『否定信仰』という現象の生まれであった。

 それはオーソドックスな信仰に連なる神系の幻想とは少しばかり違うが、念神という枠組みの中では同一の存在だ。強いて言えば、精霊と同じく神という属性が無い念神になる。


「忠告はしたぞ」


「まぁ、死なない程度にがんばりなさい」


 興味があまり無い竜神は、それで話題を終らせる。

 彼だとて力は気にはなるが、別段廃エルフはアリマーンのように世界征服を企らんでいるなどというはた迷惑な動きを見せているわけでもない。

 それよりも、今回はもっと大事な議題があった。


 一つは星を丸ごと覆った魔導雲。

 天候を操る力を持つ念神はいる。

 けれど、世界規模でとなると話は変わる。

 コレに関して、この場ではタダ一人しか知る者はいない。

 その彼女はそ知らぬ顔で考え込む振りをする。

 それどころか、魔女神に可能かを真っ先に問うてみせた。


「無理でしょうねぇ。世界を覆うぐらい凶悪な力が無ければ不可能ですのでー」


「現状では力を持つ者は限られるが、悪神とアスタムでも無理だろう」


「であろうな。局所的にならともかく、世界規模でとなると余でも力が足りん」


「情報がそもそも足りないよ。雨が降るぐらいなら特に脅威は感じないけれど……」


「寧ろ脅威となるのはその力を他にどう使えるかよ」


「分からないんだから飛ばせばいいじゃん。各自何か気づいたらまた報告ってことで」


 妖精神が議長でもないのにのんきに締め、更に次の議題へ。


「さて、次も厄介な議題じゃがの。誰かあの五柱目について知っておるか?」


 瞬間、会議の空気が完全に変わった。

 四柱目の廃エルフのときもそうだったが、神魔再生会としては新たなる神の回帰を無視はできない。探るような視線が円卓の上で交差するなかで、悪神が口火を切る。


「竜神よ、貴公もやはりアレは五柱目だと思うか?」


「うむ。しかもアレはクロナグラで生まれた神ではないのう。明確に誕生が感知できた廃エルフとは別物だ。アレはいきなりそのままで現れた。完全に異常個体よ」


 そのことの意味をすぐさま理解できたのは十三幹部といえど少ない。

 知っているのはこの場では三人だけ。

 アフラー、ディリッド、アクレイ。

 三人の中で、最初に口火を切ったのはアクレイだった。


「アレが異世界の念神であるというのは知っていますよ」


 幹部の視線が集まる中で彼は続ける。


「この世のものとは思えぬ化け物でした。どうやら、リストル教の司祭がそういう召喚魔法を得たらしいのです。森に現れたので、廃エルフが変則的な方法でなんとか倒したようでした」


「剣神の言葉。さすがに興味深いな」


「その辺りは私よりも召喚を手伝っていた善神さんの方が詳しいかと……」


 思わせぶりな視線を善神に向けて、更なる情報を引き出そうとアクレイが立ち回る。

 便乗したのは勿論悪神だ。

 ここぞとばかりに追及の構えを見せる。


「是非とも詳細を開陳してもらいたいものだ。これは我等神魔再生会にとっては由々しき事態だと懸念するが故」


「ですねー。あんなのを無作為に呼び出して制御しようって言うんですからー。しかも制御にアーティファクトを使ってです。我々念神にとっては他人事じゃないですよー」


「ええっ!? 本当ならそれはとんでもない話だよ!?」


「正気の沙汰とは思えん」


「これはさすがに擁護できないな。善人を自称する君らしくもない」


 口々に皆が問うが、白の仮面の下で善神はそ知らぬ顔である。


「やっていたのはリストル教の人間たちであって私ではないのだがな」


「そういう問題ですかね、これ」


「仮にだが、悪神さえ上回る神が出たらどう責任を取るつもりだ」


「どうもしない。それにアレは失敗だと聞いている」


「そんな言葉では誰も納得などするまいて」


 会議が荒れる。

 基本は復活を目論む互助組織なだけに、外側の神の到来など認められるはずもなかった。


「――だったら、私たちの総力を結集してリストル教を潰しちゃおうっか?」


 やがて、業を煮やした妖精神がとんでもないことを言い始めた。

 悪戯好きな彼女ではあるが、今回ばかりは悪戯では済ますべきではないと感じているようだった。


 元より、リストル教は他の神を認めない。

 だから勧誘されても天使たちは神魔再生会に誰一人として入っていない。

 それどころか、敵視して来る者が多く彼らにとっては邪魔な勢力でしかなかった。


「悪神ちゃんと連携すれば速攻で落とせるでしょ」


「……正気か妖精神」


「善神ちゃんよりは正気だよっ。いい加減、昔のことを根に持つの止めたらいいのにぃ」


「悪の台頭など許せるものか」


「そういう善神ちゃんのしてることこそが悪じゃんかよぉ」


「戦火の拡大という意味では、そうだな」


 各国で危機感を煽り、対アヴァロニアの機運を高め続けているのが彼である。

 そうやってここ数百年の間ずっと立ち回ってきた彼のやり方を毛嫌いする者も少なくない。噂では、ティタラスカル入りし巨人をも煽っているのではないかという話だった。


「悪を討つために悪になるってか? ヘイユー。善神って通り名が泣いてるぜい」


 ジャンジャカロンとギターをかき鳴らす死神。


「何とでも言え」


「では言おう。そこの馬鹿以下に成り下がるのかね?」


「……」


 探究神の口撃が、善神の心を無為に抉る。

 ついでに、これでもかというほどに死神の淡い恋心もズタズタに引き裂く。


「ハハ……ハ。冗談がいつもハードだなぁこんちくしょうー! 嗚呼、ラブが遠い……が、その冷たさも好きだぁぁぁぁ!!」


「――どちらにせよやるなら確実に終らせるしかないぞ。天使は馬鹿に多く、あの宗教は対宗教という意味での攻撃性だけは一級品だ。ここらで決を取るべきではないか?」


 巨神が野太い声で言い、幹部たちが頷く。


「では、余は今は反対しておこう」


「なに?」


 これには善神だけでなく幹部たちもが驚いた。


「勘違いするな。こんな神の面汚しは神魔再生会から追放してしまえと言いたいだけだ」


「貴様っ――」


「こいつは昔から卑怯な奴だったが、今回ばかりは度を越している」


 神話時代、世界創造の前に悪神を眠らせてからちゃっかりと世界を創造したというのが善神アフラーである。

 創造された見事な世界は、眠りから覚めた悪神を凹ませて長く引きこもらせた。

 その後、愛人の慰めで立ち直った彼が幾度となく悪魔を放つも、今度はその悪魔たちの天敵たる力を持つ天使を後だしで派遣して彼の邪魔をし続けた。

 しかも最後には勝つ存在として長らく定義されていたのである。

 悪神からすれば、こんなアンフェアな存在が善を名乗ることさえおこがましい。


「それをお前が言うのか、伝承を超越したお前がっ!!」


「超越することは何ら悪ではない。いい加減に理解しろ。アスタムと、そして彼に聖人としての力を振るわせた人々は、お前に存在する価値を見出せなくなったのだと」


「アリマァァァン!!」


 椅子を倒す勢いで立ち上がったアフラーが、神宿りの燐光を纏って大剣に手をかける。一瞬即発の空気の中、彼以外の者たちが一斉に彼を牽制するかのごとく同じ燐光を纏った。


「落ち着くんじゃ善神の。ここでの争いはご法度じゃ。このままだとなぶり殺しじゃぞ」


「ッ――勝手にしろ!」


 善神が剣を下ろし、会議場から踵を返す。


「都合が悪くなったら尻尾を巻いて逃げ、体勢を立て直す。それも変わらんな」


「――黙れ。お前を倒すまで死ねぬだけだ」


「ならばいつでも自分だけで掛かって来い。いい加減、貴公を嬲るのも飽きたところだ」


 背中に投げかけられた言葉に今度こそ反応せず、善神は塔を去った。







 残された幹部たちは、白けた空気の中で一端休憩に入りそれぞれ個別に情報交換を行う。

 中でもアクレイは、実際に異界の念神を見たということからよく声をかけられていた。それが一通り落ち着いた頃、悪神がやってくる。


「ふふふ。やはり皆さん危機感を持っているようですね」


「あの痴れ者ぐらいだ。自らのやったことの愚かしさを認められぬのは」


「善神故の呪縛、ですかね?」


「ある種の模範だからな。善であるという事実が奴を呪縛する。悪を倒すのは善。最後に勝ったものが正義。アレは最終的に未来のためとでも理由付けをして納得しているのだろう。その点、余は初めから悪だから何でもできる。が――」


「――紙一重で押し留まっている、とでも?」


「超えては成らぬ一線というのは在ろう。悪であっても、侵してはならぬ聖域もある」


 寧ろ、悪だからこそかもしれなかった。

 アリマーンの声色の意味がアクレイには分からなかったが、ただただ苦笑する。

 その一線は、きっと同じ悪にしか分からない領域の類であろうと察したからである。

 強いて言葉にするなら悪の正義か、それとも美学か。

 拘りとも言うべき信念が好き勝手にしている悪神にあるというのは滑稽ではある。けれど、アクレイは彼のそういうナイーブなところは嫌いではなかった。


「――で、そろそろアヴァロニアに来る気にはなったか」


「ふふふ。仮にその時が来るとするならば、相当に追い詰められた頃になりますね」


「ほう。まだ余に抗えると夢想するか」


「勿論ですとも。挫けそうな私の前に『彼』が現れた。ならば私にはまだ降りる理由がありません」


「まったく。貴公も魔女も相当に頑固だな」


 悪神は一笑すると、頷く。


「良いだろう。精々レートを吊り上げよ。馬鹿は要らぬが、覇道のためには使える手駒がいくらあっても構わぬ。余が屈服させるまでは、無為に死んでくれるなよ」


「悪神さんこそお気をつけ下さい。調子に乗っていると善神さんのように足元をすくわれるかもしれませんよ? 彼にはどうも私たちの持つ常識が通じないのでね」







「前から思っていたのだがね。剣神と悪神は仲が良かったのかね?」


「私に聞かれても困りますよー」


 ラグーンズ・ウォー以後の付き合いだとは、アナもさすがに知らなかった。


「で、貴女と対極に位置する私に何かご御用でもー?」


 知り合いではあるが、別段仲が良いわけでもない。

 魔術と科学。

 求道者という立場は似ていても、専門が違うせいで結局は知り合いの域を出ない。

 その上で声をかけてくることの意味が、ディリッドには図りかねていた。


「大きな声では言えないが、宿主がアッシュ君に肩入れしていてね。こんな物の量産を頼まれた。が、如何せん私の手にも余るのだ。単刀直入に言おう。この魔法薬を共同研究しないかね?」


 懐から取り出したポーションをチラリと見せ、アナはディリッドの好奇心を刺激する。


「コレなど意味不明だよ。飲めば使用者の魔力が回復するそうなんだ」


「な、なんですとぉぉぉ!?」


 魔力は魔女にとって死活問題だ。

 既存のそれとは別物であるというなら、研究する価値はあった。


「勿論、他にも傷を治す薬などもある」


「あやや、宝の山が目の前にー。こ、これはもう首を縦に振るしかなさそうですねー」


 誘惑に負けた魔女の心が、それを確認しようと手を伸ばす。

 が、そこに忍び寄る小さな影があった。


「――そのジュース、頂きだぁぁっ!」


「あっ、こら妖精神君!」


 颯爽と現れた悪戯好きが、ポーションの瓶を掻っ攫う。

 トンボのような羽を羽ばたかせて天井近くまで舞い上がった彼女は、一生懸命コルクの蓋を開けると匂いを嗅いだ。


「うぇっ、これジュースじゃなーい」


「それは薬だよ。ほら、良い子だから返しておくれ」


「んー、お? でも知ってる薬草の匂いがチラホラあるような……」


「魔女神君。彼女も加えよう」


「了解ですよー」


 箒で飛ぶディリッドが妖精神を追って飛翔する。


「こらー、待つですよー」


「きゃはは。逃げ足で妖精に勝てる奴がいるもんかー」


「止まりなさーい。って、瓶が傾いてますよー!」


「ぬぉっ、つめたいぞい」


 下に居た竜神が、背中に零れ落ちてきた液体に驚いて飛び上がる。

 瞬間、ポーションは効果を発揮。

 回復エフェクトを発して竜神を悩ましてきた肩こりと腰痛を癒してみせた。

 アナにとって運が悪いことに、それは最上級のHP回復薬だった。


「お、おおぉぉ!? 九百年ぶりに宿主のわずらった腰痛がなくなったぞい!?」


「えーと、アレ? 中身が無くなっちゃった。……てへっ♪」


「な、なんてことを!? き、貴重なサンプルが……」


 この日、探究神はポーションを一つ失ったばかりでなく、竜神と森人神に詰め寄られて薬の出所を探られた。

 同時に、研究協力者を二柱ほど確保したが、その効能を悪神に盗み聞きされて目を付けられしまう。


「くだらない兵器など研究するよりも人々の役に立つ発明ではないか。研究費が必要なら余がスポンサーになってやるぞ」


「冗談でもお前の手など借りるかっ!」


 色々と冷遇されていたことを根に持つ探究神が突っぱねる。

 ちゃっかり商神が融資の話を持ちかけてくるも、それさえも蹴った。


(アッシュの薬なら私もいくつか預かっていますが……ここは黙っていましょうかね)


 神魔再生会の十三幹部。

 偉そうな名前の割には、基本はグダグダな連中である。

 ただ、必要とあれば躊躇なく殺しあえる程度の関係であるからこそ、本心から信頼できる相手以外に気を許している者など一柱もいなかった。







「やれやれ。念神たちの相手は本当に疲れます」


 疲労など意識させない涼しい顔で、アクレイはラグーンの拠点へと戻ってくる。

 特に状況に変化が無いことをドレムスから確認した彼は、散歩でもするかのような足取りでアッシュの元へと向かって歩く。


 アッシュも念神ではあるが、どうしてか疲れない相手だ。

 リスベルクは少し気を張るものの、彼は違っていた。

 それが人格から来るものなのか、それとも普段は神の雰囲気を発さないからこそかはアクレイにも分からなかったが、疲れないのはありがたい。


(上のエルフ勢力――ハイシュレイクの戦士たちに、ダークエルフ側の戦士もここへ集める。そのために広い駐屯地が必要だったのですが、アッシュなら問題はないでしょう)


 彼の力なら半日もあればそこそこの広場を作り出せるだろう。

 シュレイクの戦士たちの駐屯地にするため、リスベルクの屋敷跡の整地を依頼したらとてつもない速度で更地にされていた。

 おかげで大体の進捗状況を予測したアクレイは、森を防衛するための思考にのみ傾注する余裕ができた。


(ディリッドさんが戻ってくれば、またパワースポットを利用した大規模な転移が可能だ。イシュタロッテさんの力を借りている今のアッシュでも、おそらくは似たようなことができるはず。であれば、後は真っ当な方向からの攻めを防ぐ部隊と、転移強襲を防ぐための備えが必要。うーむ。守りというのは本当に難しい)


 今頃は、リスベルクやルースたちが死に物狂いで戦士たちの編成をしているだろう。

 上も下も、首脳陣が大慌てに違いない。

 けれど何故か、彼にはあまり不安というものが無かった。

 獅子身中の虫は、完全ではないにしても倒れた。

 やはりその事実が大きい。


 数では不利だろうとしても大規模な行軍にはまったく向かない森がある。それがエルフ族にもたらす恩恵は、地の利となって敵の侵攻を確実に鈍らせる。

 森を出て攻めるのであれば話は違うが、森の中ならばまだ勝機はある。

 ロロマとジャングリアンの不参加で、無為な時間を消費してくれていたおかげで迎撃準備のための時間も取れている。

 そして極めつけはやはり、アッシュ<念神>が居るということだった。


 再び異世界からの念神の召喚さえさせなければ、そのアドバンテージは確保できる。そして回帰神を有するという事実は、この先必ず大きくなる。

 ましてや、アッシュのように加速度的に成長する神など彼は聞いたことも無い。


(これは、腐るだけの停滞から脱出する貴貨となる)


 上と下の戦力が、森のために戦ったという事実は実績となって森に返る。

 例え断絶の時が軋轢を生じさせようとしても、リスベルクが指揮を取ればそれも最小限に抑えられる確信もある。

 アクレイは決して楽観主義者ではない。

 現に最悪の場合に備えてアリマーンとの繋がりを保持している。

 スイドルフと同じように、当然のように勝てないときにどうするかも考えていたのである。けれど、それでもその決断に至った過程や時間が違っていた。


 それは伝聞でしかアヴァロニアやアリマーンを知らない彼とは違い、自ら足を運んだが故に手に入れた末の結論だ。

 仮に、組むとしたらアヴァロニア……ではなくアリマーン個人。

 それが一番確実である。

 アレは優秀であれば種族を問わず登用する神になった。

 そして彼の神意は、最終的に『世界征服の果ての世界平和』だと彼に一定の信頼を得た者は教えられている。


 善悪二元論。

 対立する限り相容れないと、アリマーンはその時に学習した。

 だから、先ずその垣根を力づくで粉砕する。 

 彼の結論はそれに尽きた。

 そのために、土台として選んだ人間をもっとも擁護しながら力を蓄え、その上で少しずつ種族間の融和を実行する手はずを整えている。

 多種族と共同で生活する時間が長ければ長いほどに、やがて情が生まれるのは道理だ。

 ならば、来るべき時にそれを爆発させるべく悪神は種を蒔きコントロールしていた。

 生憎と奴隷階級だったイスカは、その中でも不運なことにそういう動きを嫌う『人間派』しか知らぬようだったが、最終的なアリマーンの腹のうちは変わらない。


 もはや人間のために最も良い状況とは、多種族の殲滅・隷属という段階ではないのだ。特に人間は、どの種族とも愛を成就させることができた。

 それが強みであり弱みでもある。彼が人間を選んだ神意は、だからではないかとさえアクレイは考える。


 そして最も制御できない種族が居るとしたら、それは人間だとも結論付けていた。

 獣人は力を誇示するだけで今ばかりを見据え、エルフ族は長命であるが故の停滞の中でで腐り、巨人は強さに驕り、ホビットは弱さゆえに狡賢く立ち回り、妖精や竜は我関せずでただ時を貪る。

 その只中であって、短命であるが故の繁殖能力、世代交代と身内同士の争いを経て、愚かしいほどに淘汰しあって研磨加速する文明を持つのが、か弱くも強かな人間である。


 善を尊びながら悪を成し、様々な宗教を生み出しては神に縋るも、その神さえも容易く斬り捨てることさえできる。

 他にこれほど不可解な行動を取る種族はいない。


 その厄介極まりない人間をまず押さえ込む。

 飼育する、などと乱暴に言うが、そういう風に飼いならして御するのだ。

 自ら編纂した信仰で。

 見返りとして約束した繁栄で。

 そうして、最後には最悪の悪行を偉業へとひっくり返す。

 彼に心酔する者が出てくるのも当然といえた。

 力で魅せ、実績で黙らせ、どの神もやらないことを奥底に秘めて立ち回っているのだから。


(アッシュが居なければ、私も加わったかもしれないというのは言いすぎではない) 


 元よりアリマーンは悪である。

 悪の神というからには、涼しい顔で悪をなせる精神を持っている。

 だから最も醜悪な手段で、悪を成して善としようとしている。

 他の念神たちと違うのは、何よりも恐ろしいのはその堅い意思だろう。

 そういう意味ではアリマーンを、伝承を超越したと、危険だと詰るアフラーは正しい。よりにもよって、善神のお株を奪うような世界平和を目論んでいる悪の神など聞いたことが無い。


(しかし貴方は血生臭過ぎるのですよ)


 夥しい血の上にしか成せないというのなら、戸惑いの一つも浮かぶ。

 アクシュルベルンには、そこまでの覚悟も冷酷さもない。

 自らの種族のために立ち回るぐらいしか、能が無いという自負さえもある。

 だからアリマーンはアクレイにとって、暗くも眩しい輝きを持つ神だった。

 だが、アッシュが存在する限りは欲も出る。


(まだ悪徳の先にある理想に飲み込まれるのは早い。そう思えるのは、きっと貴方のおかげですね)


 一つの理想としては認めていた。

 単純に現実的にやろうとするならば、有る意味では国や宗教の壁は邪魔でしかない。

 乱暴だが対立存在を力で消すのは手段の一つではある。

 だからその理想を現実的に追う姿は嫌いではないとそう思うのだ。

 けれど、だからといって座して飲み込まれるのは違う気がした。


 同胞に、彼が点数稼ぎなどと揶揄する連中によって被害を被っている現実がある。

 その現実から目を背けて、「未来のために必要な犠牲でした」などとはアクレイは言いたくもないのである。

 だから、彼に頼るのだろうと自嘲する。

 やっていることは有る意味では変わらない。

 アッシュを矢面に立たせようというのだから悪党に違いない。

 それでも、彼を人柱ならぬ神柱にしようとしているのは、アクレイの我侭であり、希望であったからである。


 彼には三つの選択肢が有る。

 アリマーンについて、同族の延命を図る選択。

 アッシュと共に森を守り抜く選択。

 リスベルクと共に最後まで抗って死ぬ選択。


 この中で、最後の一つは論外だ。

 ならば、ある意味初めから選択肢はアッシュと共に戦い抜くしかなかった。

 それが、もっとも彼にとっては良き未来に繋がると信じられたからである。


「ご苦労様ですアッシュ」


 何やら、更地の上で武器を擬人化させて休憩している男に近づきながらアクレイは表情を緩めた。面倒だ面倒だと言いながら、彼は今日も動いてくれている。

 誰も強制はできないのに、彼は頼めば手伝ってくれる。


 それは何故か?

 エルフ族の神だから、だけなのだろうか?

 他に理由があるのではないか?


 リスベルクのためか、知り合いのためか、あの人間の女性のためか。

 可能性は無数にある。

 けれど、それが彼自身のためであるのでないかともアクレイは思っていた。

 だとしたら、やはり希望はまだあるのではないかと期待することを止められなかった。


「用事はもう済んだのか」


「はい。しかしレヴァンテインさん……でしたか。何やら少し雰囲気が変わりましたね」


 見た目は何も変わってなど居ない。

 けれど、微かな違和感のようなものをアクレイは感じ取る。


「変わったというか、取り込んだというか……」


 アッシュはショートソードを取り出すと、おもむろに擬人化してみせる。


「わーい。久しぶりにアッシュ君に呼ばれた気がするよー」


 鋼色のショートカットを風で揺らしながら、アッシュの側にニコニコと寄っていく。

 特に前と違う感覚はしない。


「ふむ? 特に違いはないように見えますが」


「この先なのだ。アッシュ、見せてやれい」


「何故かいきなりアップデート通知が来てな。こんなのができるようになった」


 アップデートとやらの意味は分からなかったアクレイは、要領を得ないので一先ず黙って見守ることにする。


「メインはレヴァンテインさんだ。行くぞ、新スキル『付喪合体<ツクモニオン>』!」


「行っくよー、レヴァンテインちゃん!」


「ん。発動承認!」


 すると、気合を入れた二人がスキルエフェクトに包まれるや否や互いに向かって跳躍した。

 一瞬光に変じたかと思えば、混ざり合ってすぐさま実体を取り戻す。

 その姿は、メインとやらに指名されたレヴァンテインだった。

 跳躍の意味が分からなかったアクレイは、しかし唸らされてしまう。


「合体……先ほどの彼女を取り込んだわけですか。更に気配が濃くなりましたね」


「アッシュが言うには、どうもレベルが加算されておるそうでな」


「先にタケミカヅチさんを混ぜたからレベルが297だ」


 この時点で、アクレイは理解するという工程を諦めた。

 そしてすぐに思い出した。

 レベルといえば、目の前に居る男にもあったことに。


「確か、貴方も不思議なことにレベルがありましたよね?」


「今は682だ。この前の魚でかなり稼いだ」


「そう、ですか。いやはや、面白いものを見せていただきましたが一つ疑問が」


「なんだよ」


「この状態で武器に戻したらどうなるのですか?」


「元に戻るらしい。よし、ツクモライズ解除だ!」


「ん!」


 見守る三人の前でレヴァンテインが剣に戻ると、タケミカヅチとショートソードも一緒に地面に落ちた。


「やっぱりツクモライズ状態でしか合体を維持できない仕様か……」


「これで戦力アップになりますかね」


「いや、実はスゲー使い難い」


「と、いいますと?」


「一度に五人までしか同時に擬人化できないから、最大で五人までしか合体できない」


 最高でもレベルは495までしか上がらず、そうすればMPがゼロになる。

 実質、使えるのは四人合体までなので396だとも言える。

 その上で、パーティメンバーが減りアッシュが武器として振るえなくなるリスクもある。


「使いどころが限られる、というわけですか」


「そういうことだ。それ以上はまだ色々と試してみないと分からないが……」


「何か?」


「いや……いいさ。これはきっと俺たちの問題だ」


 頭を振り、アッシュは休憩を止めて続きに戻った。


「できるだけお主らはアッシュに頼らないで済む道を探しておけい」


「それはまぁ、当然といえば当然ですね」


「やはりタダより高い物はないのだろうのう……」


 苦味のある顔で呟いたイシュタロッテに、アクレイは念のため確認する。


「ところでアレで貴女が彼女たちと合体したらどうなりますか」


「おそらく妾の存在そのものが消し飛ぶ」


 異なる幻想同士が合体して混ざり合って無事で済む訳も無い。

 神宿りよりは安全と見て行ったアッシュとの加護契約でさえ、繋げるときに力の受け皿となるアッシュが気絶した。

 今は都合が良いことに馴染んでいるが、それ以上などイシュタロッテには考えられなかった。


「では、それでリスベルク様を強化するのは無理ですか……」


「そうなるのう。アッシュには注意しておかねばな」


 混ぜるな危険、である。


「しかし、知る度に彼はデタラメな存在だと思うのです。その辺りは同じ念神である貴女からはどう見えますか」


「こういう言い方はしたくないが、悪夢じゃな」


「ほう?」


 レベルアップする神などいないし、アーティファクトを擬人化させるたりするだけでもクロナグラの念神が聞けば首を傾げる。

 アクレイが疑問に思うのは当然なのだと悪魔は理解していた。

 念神の常識から考えても、それはやはり変わらず、更にその先のデタラメの理由を知る者としてはその存在自体が悪夢としか言い様がなかった。


「まぁ、あやつ自身だけに限れば良き夢ではあるがの」


「……そうですね。彼の存在は我等エルフ族にとってはありがたい」


 怖いぐらいに都合の良いタイミングで動いてくれる。

 少なくとも、アクレイが出会ってからずっと。

 そのための能力を持ち、嫌々ながらも手を貸してくれている。

 利用されていることが分かっていながら、だ。

 この関係が善意を利用するだけで終るのではつまらないと彼に思わせるほどに。


(さて、人間の軍なら勲章の一つでも送るのでしょうが、そんなものを用意しても喜ぶとは思えませんし……)


 授与式で逃げる姿が脳裏に簡単に思い浮かぶぐらいには、面倒ごとが嫌いだということも分かっている。


「イシュタロッテさん」


「なんじゃ」


「暇な時にでも、森とラグーンのどちらが住みやすいか聞いておいて貰えませんか?」


「それぐらい自分で聞けば良かろう」


「いえいえ、少し考えがありまして」


 耳打ちすると、イシュタロッテが唇をいやらしく吊り上げた。


「――それは良い考えぞ。神たる者、一つぐらいは自分の神殿を持たねば格好もつかぬ」


「では、この戦いが終れば建てましょう。――大浴場付きの廃エルフ神殿を」


「聖書も作らんとな」


「色々と面白おかしく誇張したものを作りましょう。ああ、巫女も募集しないと」


 何も知らずに仕事に励む念神の後ろで、二人は計画を話し合う。

 ちなみに、教義の一つはいの一番で「風呂に入れ」で決まった。


おまけ


神魔再生会


活動目的

・復活互助

・情報交換

・会員同士の殺し合いをできるだけ防止

・賢人及び遺産の捜索とラグーンズ・ウォーの防止


十三幹部

番号     名称     

01堕天使  ルシル

(レーヴァテインに燃やされ死亡


02死神   ソルデス

(世界放浪中


03善神   アフラー

(打倒アリマーン


04竜神   ティアマ

(ジーパングの将軍


05妖精神  ドテイ

(お菓子目当てに賢人捜索中


06剣神   無銘    

(ふふふ。 


07探究神  アナ

(フランベと奮闘中


08炎の巨神 ムスペル

(勢力縮小中


09商神   ダラス

(銭投げのプロ


10吸血神  ラストカ

(旅の仲間と放浪中


11森人神  賢猿

(暗躍中


12魔女神  ???

(あややー。


13空間獣  ダロステイン

(アッシュのインベントリにて放置刑


例外

14悪神   アリマーン

(世界征服実行中



神魔再生会危険人物指定者一覧 

  

賢人   レイエン・テイハ

(見かけたら必ず幹部までご一報下さい


悪神   アリマーン

(回帰神最強につき逃亡推奨。 


獣神   ビスト

(会員外の回帰神につき注意。


霜の巨神 ヨトゥン

(会員外の回帰神につき注意。


廃エルフ アッシュ NEW

(会員外の伝承不明回帰神。神宿りは注意。



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