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第五十四話『王都ベルライク』



 ライクル山の南に降下した俺は、木々の中を真っ直ぐに北へと駆けていた。

 王都付近ということもあってか、整備されている道をただ走るのはそれほど難しくはなかった。

 元より、ドワーフとの交易に使われても居るのだろう。

 荷馬車の通っただろう跡が残る地面は分かりやすいほどに俺を王都へと誘った。


『どうやって戦う。作戦は?』


「臨機応変に突撃してリスベルクを奪還。俺のツクモライズで擬人化し、エルフたちを味方につけてエルフ主義者をボコす。勿論、城に着くまでは寝ているエルフたちにスイドルフの悪行をお前の魔法で伝えて、だ」


 名づけて広報印籠作戦だ。

 印籠役は勿論ハイロリフ様である。

 俺は王都に紛れ込んでうっかり暴露し、適当に大暴れする道化役でいいだろう。

 権威はリスベルク任せ。

 正当化する役目もリスベルク任せ。

 ついでに、何か諸々の面倒くさそうな事後処理も何もかも全部リスベルク任せだ。


『ぬふふ。その適当さ、妾は嫌いではないぞ』


 悪魔も絶賛の適当さってなんだろう。

 正気に返るべきなのだろうが、こちとら頭に来ているのは変わらない。

 リスベルクの奪還に、これ以上面倒くさい理由なんて付与しない。

 なら事情を知っても挑んでくる奴を全部邪魔者として対処するだけでいい。


「飯も喰ったし、風呂も睡眠も取った」


『川原で風呂はどうかと思うたがの』


「ちゃっかり入った癖に文句を言うな」


『お主こそ、妾の瑞々しい肢体に鼻の下を伸ばしておった癖に』


「事実無根だ。俺はただ視線を誘導されただけだ」


 ポーションや武具のショートカット設定も準備オッケーだ。

 ペルネグーレルで対軍戦闘も経験した。

 市街地戦はゲーム時代に一応は祭りで経験がある。

 まったく同じではないにしても、こんなことは速攻で終らせよう。


 不安があるとすれば、イシュタロッテの力を使うことと七重の神宿り。

 だが、どちらも考えるだけきっと無駄だ。

 やると決めたのだから、それは後で考えればいい。

 だから。


「――待ってろリスベルク」


 真実を知ったその先で、お前が何をどうするかは知らない。

 終った後で、文句を言われるぐらいに暴れるかもしれないが、まぁ、なんだ。

 ちょっとぐらいは大目に見ろ。


――森を抜ける。


 目の前に広がるのは、月明かりに照らされて視える薄暗い風景。

 切り開かれた土地の奥にはライクル山がある。その麓にある王都はどうやら誰かさんに備えてか沢山の篝火が焚かれていた。


『やはりお主の接近がバレて居るな』


「しょうがないさ。神宿りならアーティファクトで俺を感知できる。さて――」


 鎧を纏い、右手に『如意棒』を握ると全力で大地を蹴った。

 イシュタロッテの加護の光のおかげか、これまでとは比べ物にならないぐらいに体が軽い。今なら十階建てのビルさえ飛び越えられそうな気がするぜ。


『ところで、腹黒男とのほほん娘が空の上でこちらの様子を伺っておるがどうする?』


「ほっとけ。話しかけてこないってことは勝手にやるつもりだろ」


 どうも妙な連中が蠢動しているようだな。

 フットワークの軽さは驚嘆に値するが、あの二人は気づかれていないとでも思っているのだろうか。


 まぁ、いいさ。

 お互いに邪魔さえしなければきっと、良い方向へと動くだろう。






「あやや。一人で突撃しちゃいましたよアシュー君。もーう、こっちに気づいてたみたいなのに一言も無いとはー。一体何を考えているんでしょうねー」


 頬を膨らませ、箒で空を飛ぶはぐれ魔女は隣を歩くダークエルフに言った。


「彼が今のこの王都で守るべき者など、リスベルク様しか居ないのです。近衛や水の団、そして火の団の一部を拘束されているということは、逆に言えばそれ以外は敵だと割り切れる状況。些か乱暴ではありますが、好き勝手に動くからこちらも好きに動けということでしょう。なら、お互いのやるべきことをやるだけです」


 そう言ってほくそ笑むアクレイは、今のアッシュの力に内心では身震いしていた。

 これまで感じ取れなかったアッシュへの畏れの感覚。

 転移のために使って見せた力を思い出すだけで、アクレイは気分が高揚したのを思い出す。


「全盛期のリスベルク様の気配に匹敵するのではありませんか?」


「精霊魔法抜きでの話しですけどねー。かなーり無茶やってるみたいに見えますよー」


「神魔再生会十三幹部三番『善神アフラー』。傭兵アスタールの体を使う、最後には悪神に勝つはずだった神。例外の十四番たるアリマーンさんを除けば、神魔再生会トップクラスの戦闘能力の持ち主。果たしてアッシュは勝てますか」


「結局はアフラーさんの目的次第でしょうねー。彼がどう判断するかで決まると思います。でも私はそれよりクルス……というよりはリストル教の動きが気になりますがー」


「魔女だからですね?」


 リストル教の異端審問官は魔女たちとは不倶戴天の敵同士である。

 故に、イビルブレイクのディリッドと言えど危険な土地だ。そのせいで今のクルスの内偵は中々に進んでいなかった。


「それもありますがー、アーティファクトを用いる魔術儀式なんて存在しないはずなんですよー」


「ほう……貴女でも知りませんか」


「魔術の全てをロウが知っているわけではありませんよ六番さん」


「なるほどなるほど。となれば『魔女たちの遺産』関係ですかね」


 リストル教はラグーンズ・ウォー直前の全盛期においては、ユグレンジ大陸の中央から西方にかけてまで浸透した一大宗教。アクレイが知る限りにおいては、その仮定で膨大な量の土着の神が取り込まれて、地域土着の魔導技術を悪魔の御業として封印の名目で集めていたと聞いていた。


 唯一神教でもあるリストル教にとって、神とは創造神たるリストル以外には居らず、それ以外の念神は自分たち天使を除けば全て悪魔に分類される。

 そして魔法や奇跡は、神や天使の領分であるためにそれ以外が振るうのは異端なのだ。

 その当時に回収された遺産の何かかと推察したアクレイだったが、ディリッドは首を横に振るった。


「ありえませんよー」


 何故なら、アーティファクトはラグーンズ・ウォー後に生まれた物である。それ以前の技術体系の中に在るわけがなかった。


「では新規に開発したものですか。去年の蒸気機関とやらと同じでかね」


「かもしれませんが、あそこはどうも最近胡散臭いんですよねー」


 まるでいきなり出てきたみたいな感じがして、ディリッドは気に入らない。


「貴女もそう思いますか」


「十年ぐらいで急激に力が伸びていますからねー。前から強国ではあったんですがー」


 だからアリマーンが先に停戦を受け入れて内政の充実を図ったわけではないとはディリッドも思うが、手堅く攻めるのを好む彼もまた探りを入れているのかもしれないとは考えていた。

 しかし、アクレイは彼女とは別の考えを持っていた。


「技術や知識であれば探究神さんが怪しいと思うのですがね」


「違うと思います。あの人なら自分の名が売れるように立ち回るはずー」


「ふむ。何にしても、クルスがリスベルク様を欲した理由が知りたいですね」


「――森の外に持ち出されてしまえば、私でも追うのは難しいですよ?」


 釘を刺してくるディリッドに、アクレイは苦笑しながら頷く。


「ふふふ。分かっていますよ。ですのでアッシュがアフラーさんとやりあった段階で手はず通りにお願いします。私は軽くかく乱した後に城に潜入し、スイドルフの首を狙います。一応、ラルクの言っていた毒霧使いには気をつけて下さいね」


「了解ですよー」


 二人して頷きあったところで、イシュタロッテの魔法で拡声されたアッシュの大声を二人は聞いた。


「あ……あややー」


「若いですねぇ。『今からお前を助けに行く』だそうですよ」


 それは、眠った王都の民を叩き起こすには十分な内容だった。


『――エルフ主義者とその首魁スイドルフに告げる! エルフ族の始祖たるハイエルフを、エルフ・ラグーンと一緒に人間に売り渡して保身に走ろうなんざ馬鹿なことは止めろ! そんなことをしたところで、この森は決して白には染まらない!』


 大事なことだからと三度繰り返し、安眠を妨害するような勢いでその男は続ける。


『これがリスベルクの意思だというなら、本人の口から言って聞かせろ。これがあいつの意思だって確認できたら、俺は喜んでこんな森出て行ってやる! だがそうじゃないなら覚悟しやがれ。今から城に乗り込むから、首を洗って待っていろ。この要求が飲まれない場合、クルルカ姫の情報通りにエルフ主義者として対処する。リスベルク、今助けにいってやるからそこで待ってろ――』


 これもまた三度繰り返されたのち、アッシュは二人の眼下で魔物対策の防壁に雷光を纏うハンマーをぶん投げた。

 着弾の瞬間、腹の底から響くような野太い雷鳴が王都中に拡声された。

 余りの煩さに、本当に至近距離で雷が落ちたような錯覚さえ二人は抱く。


「もーう。正面突破なんて本当に何考えてるんでしょうかねー」


「おそらく民衆を焚きつけたいのでしょうが……」


 門の向こうの閂は、その一撃に耐え切れずに砕けていた。

 それだけでは飽き足らずに外壁の門が、中心から粉砕されている。

 恐るべき腕力であった。

 もはや普通の人類ではどうこうできないほどの破壊力の前では、城壁の上で弓を構えていた戦士たちさえ矢を放つことを忘れていた。


「にしてもー、ヴェネッティーで見た時とは桁違いの威力です」


 目を細めるディリッドの下。細かいことはどうでもいいと言わんばかりのその鎧男は遂に王都への侵入を果たす。

 その頃になってようやく我に返った戦士たちが、城壁の上から夥しい数の矢を放つもアッシュはまるで意に返さずに歩いていく。

 それは今までもあった光景ではあるが、致命的な違いがあった。


 矢が、鎧に触れていないのだ。

 纏う神気の上に、青白い魔力の輝きが灯っている。

 それが全てを当たり前のように防ぎきっていた。


「間違いなく魔法障壁。攻撃力だけじゃなくて防御力も上がってます。ううー。私が知ってるアシュー君とはまるで別人のようー」


「これなら陽動は完璧でしょう。ふふふ。もう少ししたら動きましょうか――」







「馬鹿だ。とんでもない馬鹿が来やがったぞ!」


 軽く通りの様子を見てきた酒場の店主が、血相を変えて部屋に飛び込む。すると、キリクは武装を整えている所だった。

 申し訳程度に補修した防具に、身の丈はありそうな大剣。

 まだ完治には程遠い体で、キリクはそれでもその機を逃すまいと準備していた。


「おいキリク。アレが廃エルフっていう奴かよ!?」


「声は奴だったな」


「ああもう、とにかく信じらんねぇ!!」


 「真正面から来るか普通!」などと頭を抱える酒場の店主だが、キリクには小気味良かった。


「小細工など無意味だと言いたいのだろうよ。その潔い姿勢、嫌いではないな」


「だぁぁもう、これだから脳味噌まで筋肉になってるような奴は!!」


「……おい。いくら俺でもこんなことはせんぞ」


 待ち構えるだろう戦士団を相手に、一人で突破しようなどという斜め上の行動はキリクの想像の中にさえない。

 普通ならできない。

 というかやらない。


「俺は奴を見誤っていたかもしれん。中々どうして良い根性をしている」


「そういう問題じゃねぇよ! 助けるって言ったんだ、リスベルク様を助けるって!」


 そんなことを言えば、王都の住民の眠気なんかすっ飛んでしまう。

 元より、スイドルフは怪しまれていたのだ。

 それを有耶無耶にする前に、燻っていた火種に無理矢理にも廃エルフは再燃させた。

 おかげで、気の早い住民は既に声を張り上げて便乗していた。

 リスベルク様を出せ、と。

 その声は確実に少しずつ波及し、次第に大きくなっている。


「大体なんだあの大声は。安眠妨害にも程がある!」


「俺が知るか」


 ブーツの紐を結び、キリクは淡白に聞き返す。

 体はともかく、気力は充実していた。

 それが祈りから逆流するような怒りの念か、それとも自分自身の意志だったかなどは彼はどうでも良かった。


「それで、俺は行くがお前はどうする」


「お前――」


 男の眼に、覇気が宿っていた。

 かつて、アーティファクトなど無くレベルさえも存在していなかった頃に、常に真正面から魔物に挑んだ男の覇気が。


「へへ。行きたいのは山々だが、知っての通り足に流れ矢受けちまってるからなぁ」


 仲間を庇って負った名誉の負傷だ。


「大丈夫だ。聞えるだろう民衆の声が。お前はそれに混ざればいい」


「……いや、やっぱ止めとくわ」


「ラグル……」


「その代わり店を開けようと思う。終ったら、皆きっと目出度いって飲みに来る。なぁ、そうだろキリク?」


「――ああ、いの一番に酒をくれ。上等な奴を開けてやる」


「へへっ。そうだ。どうせならアレも持って行けよ」


 裏口から出撃しようとしたキリクと止め、ラグルは一枚の布切れを取り出してきた。

 無地の灰色。

 白でも黒でもない神のために、彼らの先祖が掲げたという簡素な旗の色だった。

 キリクはそれを受け取ると、大事そうに右手に巻いた。

 彼が現役時代、好んで灰色の布をバンダナ代わりに巻いていたことを思い出したのだ。


「意志は受けとった。お前の分まで暴れてきてやるさ」


 バチンと、掌を合わせ今度こそ将軍は駆け出した。

 その背に向かってラグルは一度だけ手を伸ばし、ギュッと握る。

 震える拳と言葉を飲み込み、彼は呟くように言葉を搾り出す。


「さーて。料理の仕込みやっとかないとな。あいつはよく喰うからなぁ――」


 戦いは戦士の仕事だ。

 今のラグルの仕事は、疲れて帰ってくるだろう者に美味い酒と料理を出すことだった。






「エルフって、案外単純なんだな」


 リスベルクが盗まれると聖戦になるとはアクレイから聞いていたが、まさか本当だったのだろうか?

 気づけば、飛んでくる矢がかなり減っていた。

 戦士たちもどうやら全員が事情を知っているわけでないようで、知らなかった者は戸惑いの声を上げている。

 しかも王都の民が起き出して来ているのだ。

 巻き添えにするのを恐れてか、真っ直ぐに北に進む俺を狙う狙撃の数は減っている。

 その代わり、斬りかかって来る奴は増えたがなっ。


「どけっ」


 臆せずに突きっかかってくる戦士の剣を、二メートルほどに伸ばした如意棒で逸らし、左足を跳ね上げる。

 軽く蹴り飛ばしたつもりだったが、戯れの一撃で戦士がストリートを大きく飛んだ。

 その後ろに控えていた軽装の戦士たちを巻き込んで倒れるその間隙に進み、当たるを幸いに如意棒を適当に振り回す。


「どっせい!!」


 十人か、それとも二十人か。

 数えるのも馬鹿らしくなるような数の戦士たちが、まるでドミノ倒しのように連鎖的に倒れていく。

 そうやって肉壁を無理矢理にも如意棒がこじ開ければ、今度はその集団の前で跳躍。

 邪魔な連中の真上を跳び越して先へと進む。

 その背後から、少し遅れて来た民衆が勝手に後に続く。


「リスベルク様はどこだ!」


「人間に売り渡すって、正気なのかいアンタたちは!」


「旗を掲げろ、あの神話の旗だ! あの方をお救いするために!」


 手に持つ得物は様々だ。

 中にはフライパンや農具で武装した者や、完全に身一つでやってきたらしい者まで居た。

 彼らに飲み込まれた戦士たちは、乱暴なことができずに民衆に質問攻めに合っている。


『後ろを見てみろ。民を攻撃できずにもみくちゃにされておるぞ』


「自分たちの行動のツケは自分たちで払えってこった」


 民に攻撃したら、その時こそ連中は終る。

 分かっていることだ。

 民より多い軍隊はない。

 戦いが数だというのなら、民を味方につけた方が圧倒的に有利になる。

 少なくとも、軍勢をなぎ払うだけの武力が無い限りは。


「――自然界より来たれ」


 シルフを呼び出し、風を吹かせる。

 後ろの民衆に届きそうな流れ矢をそれで逸らさせ、後続集団から少し先行する程度の小走りでシュレイク城へと続く坂を目指す。

 その向こう、城門の上辺りから篝火ではない光が見えた。


『感じるかアッシュ』


「お前のおかげでな」


 力の胎動。

 魔力の励起。

 いつでも掛かって来いと言わんばかりの威圧感が、そこから確かに放たれている。


『清浄なる神気を纏った七柱か。奴らは全て肯定系の幻想<カミ>として願われた念神ぞ。取り込まれて否定信仰された今の妾とは対極の存在だ。一筋縄ではいきそうに無いのう』


「……全盛期のお前とどっちが強い」


『当然妾よ。唯一神殺しの瞬間の妾は、それはもう力に満ちておったわ。――ただし、その力もテイハ嬢ちゃんに眠らされた時に散らされたせいで既に無いがの』


「意味ないじゃねーか」


 一瞬この上があるのかと期待した俺が馬鹿だった。

 そんなに甘いことはないらしい。

 なら、無茶を通して道理を引っ込ませるしかないわけだ。


「一般人を全力戦闘に巻き込んだら目覚めが悪い。そろそろ距離を開けるか」


 立ち止まり、片方の先端を地面に突き刺して斜め上に受かって棒を構える。

 反対側は丁度北の坂を目指す形だ。


「伸びろ如意棒――」


――武器固有スキル『無限伸縮』。


 西遊記でおなじみの孫悟空が愛用したその棒をモチーフにしたその武器は、元は海底を整地したり測量したりするための道具だったという。

 その重さは約八トンであるとも言われ、とにかく重い。

 これにそれほどの重さが実際にあるかなんて知らないが、まぁとにかくこいつは伸びるし太くなるのである。


 ゲーム時代はプレイヤーがコレを延ばし、色々と利用したものである。

 ある者は城を直接攻撃するために使い、またある者は地面においてギルド員たちに転がして敵対勢力を地均しで攻撃したりもした。坂道から転がすなんてのもあったな。

 工夫次第では実に色々なことに使える面白武器だ。


「な、なんだそれは!!」


 戦士たちは愚か、民衆まで俺に突っ込む。

 だが知らん。

 棒はただひたすらに伸びる。

 伸びて、伸びる。

 やがて斜め上の城門を目指すその武器は、一直線に王都のストリートと城門を繋いでしまった。


「拡大しろ如意棒!」


 更に、伸ばすだけではなく、その直径さえも拡大する。

 これで大木の幹を思わせるような太さのそれが、王都から城門にかけて斜め上に向かう橋をかけた。

 当然、持てずに手を離すわけだがその弾みで落としたことで城門が砕けた。

 不慮の事故である。


『おおう。修復するのが大変ぞ』


「全部スイドルフって奴が悪いのさ。――さぁ、俺を止めたきゃ追って来い!」


 横幅が三メートル以上は確実にある如意棒の上に跳躍。

 捨て台詞を残して邪魔者が居ない道を一直線に駆け上がる。


『責任転嫁とはお主も悪よのう』


「勝てば官軍だエロ悪魔っ!」


 戦士を全員相手にするのは面倒くさい。

 連中には民の押さえに兵力を回してもらおう。

 リスベルクへの信仰心が強ければ強いほどに、民は真実を求めるべく王城を目指すだろう。


 ただ動いてくれるだけでよかった。

 徒手空拳でも、何百、何千と集まればそれは力だ。

 集団という名の力になる。

 膨れ上がったその力に、確かな指向性さえ生まれるならば、それは脅威にさえ早代わりする。


 だからこそ。


「――やばくなったら逃げるとかもう言えないな。なんとしても勝つぞっ」 


 扇動した責任だけは取らねばなるまい。

 それが彼らの意思から生じた決断であったとしても。


 如意棒の上をひた走りながら武器を抜く。

 右手にはお馴染みの切り込み隊長タケミカヅチを。

 左手には最終兵器レヴァンテインを。


「見えた」


 彼方に白い輝きを纏った男が居る。

 纏うのは、兜が無い純白の全身鎧。

 背中には一振りの大剣を背負い、腰の両側には長剣を二振り釣るし、それだけでは飽き足らないとばかりに短剣の鞘も腰元に配置している。

 更に左手には大仰な盾まで持っている。

 

 かなりの重武装だ。

 識別すればアスタールと出た。

 間違いなくこいつが七重の神宿りだ。

 自然と十メートルは離れた位置で足を止めた俺は、奴を見上げる。

 夜風に靡く黒の長髪をそのままに、その黒瞳の主は泰然とした空気を纏ったままでこちらを見下ろしている。

 そこで俺は、奴の顔を見て驚愕した。


「……アリマーン?」


 似過ぎるほどに似ていた。

 この城で、俺を一蹴したあのキザ野郎の宿主の相貌に。


「最悪最低の人違いだな」


 零した呟きを聞いてか、男の顔に苛立ちが浮かぶ。

 十代後半の優男。

 長身ではあるが、偉丈夫という程ではない。

 けれどあの聖人の少年の親類ではないかとも間違う程に、アスタールはアリマーンの宿主に似ていた。彼を成長させたような姿といえば、しっくりくるだろうか。


「だが間違えるのも無理はない。あの男と宿主アスタールは異母兄弟だからな」


「……おいおい。兄弟揃って宿主にされたのかよ」


 アーティファクトのどれが統括しているのか分からず、小声で識別を試みる。

 長剣がウォルフとアシャール。

 鎧がアルマティで、盾がクシャスライン。

 短剣がハルワムトとアムルラート。

 そして、背中に背負って見える大剣がアフラーというらしい。

 さすがに七つもあると多すぎて名前が一度に覚えられないぜ。


「本来、アスタムと組むのは善の神たる私だったはずなのだ」


「いやいや、お前の事情とかそんなのはどうでもいいから」


 感慨深げに語りに入られても困る。

 こちとら興味が欠片もないのだ。

 攻められる前ならあったかもしれないが、もはやそんな平和ボケした思考は無い。


「無駄に険悪になるよりは仲良くしたいってんなら考えるが、それなら先にリスベルクの居場所を教えてくれ。無駄な労力は省きたい」


「……ハイエルフならそこの庭に刺さっているぞ。ちなみに、私は善神アフラーだ」


『さりげなく聞いてないことまで喋りおったが、意外と親切な奴かのう?』


 指を指して律儀にも彼は教えてくれる。

 庭園に視線を向ければ、幾何学的な文様の陣の中に突き刺さったレイピアが見えた。

 周囲では人間たちが何やら儀式を行っているようだったが、識別で本物だと確認できたので良しとしようか。


「ありがとよ。ついでにそこをどいてくれれば嬉しいんだが」


「それはできない相談だ。今の私は雇われの身なのでな」


「世知辛い話だ」


「――時に廃エルフよ。お前は、異世界の存在を信じるか?」


「……はぁ?」


 コイツはいきなり何を言っているんだ。

 取りとめも無くいきなりそんな単語を出されても、困惑することしか出来ないぜ。







「なんなんだアレは……」


 城門へと続くストリートの北側で廃エルフを待ち構えていたイリスは、頭上に現れた一本の円柱に毒づいた。

 その上を、凄まじい速さで何かが通り過ぎた瞬間など不覚にも足が震えた。


 神宿りも確かに恐ろしい。

 けれど、知っているそれさえも超える恐ろしい者が、すぐ上を駆け抜けたのだということを否が応でも彼女は理解してしまっていた。


 直感で。

 本能で。

 魂の感じる怖れで。


(神の強さなど、私は知らない。だが、アレが本物だというのなら――)


――スイドルフは、ドラスゴルは、とんでもない勘違いをしていたのではないのか?


 湧き上がってくる疑念は、彼女の決意を鈍らせる。

 無論、直感だけが理由ではない。

 もう一つの理由は、真夜中の王都から起き出してくる平等主義者たちであった。

 彼らは、何も知らない癖に動き出していた。

 たった一声、胡散臭い男の言葉だけで容易く。


(あの男に、そんなカリスマがあるわけがない!)


 アッシュをイリスは知っている。

 議会では押し黙り、リスベルクの隣で置物のように座っていた男のことを。

 そこに覇気など無く、まるで母に無理矢理つれてこられた餓鬼のようだった。

 なのに、そんな程度であったはずの男が神の気を隠さずに曝け出し、身一つで城へと乗り込もうとしている。


 まるで別人だった。

 これではまるで悪夢を見せられているかのようだ。

 何もかにも話が違う。


「何の冗談だ。何故、こんなことになる。何故だ、何故なんだ。奴らはっっ――」


――父の仇<アクシュルベルン>の仲間なのに。


 イリスは、部下に市民を押さえるように指示を出すと単身城へと駆け出した。

 己を蝕む、苦い記憶をただひたすらに呪いながら。







「ここクロナグラとは異なる世界。異世界『レグレンシア』に召喚され、帰ってきたというリストル教の司祭が居る」


「……」


「そこで彼はクロナグラの文明を圧倒的に凌駕するそれを知り、恐るべき召喚魔法を得たという」


『ふむ。しかしアレは対象が定義されていなければ無為な術ぞ』


 イシュタロッテの困惑の念が届くのを感じながら、俺は奴らの望みが何なのかを考えた。


 『召喚』そして『リスベルク』。


 この二つを繋げるモノは、いったいなんだ?

 スイドルフとかいうエルフ主義者たちも関わっているのか?


「アリマーンは強い。回帰しただけならまだしも、アスタムのせいで今のままではクロナグラの念神では誰も歯が立たぬ。ならば、より強い神をぶつけるしかない。それも奴らより強く、完全な信仰により支えられている強靭な神だ」


『まさか。こやつらは異世界とやらの念神を呼ぶ気か!?』


「……いや、すげーことをしようとしているのは分かったんだがな。異界の神ってことは言葉が通じないだろ」


 意思疎通は重要だ。

 世界間さえ超えちゃったら、もうボディランゲージさえ通じるか分からねぇよ。

 頼んでアリマーンを倒してくれって伝えるだけでも一苦労だろうに。


「然り。だからこそのリスベルクなのだ」


 アフラーが糞真面目な声で断定しながら背中の大剣を抜く。

 親切にも説明しておきながら、邪魔はさせないとでも言うつもりだ。 


「自身より強大な力を持つ精霊を使役することが可能な召喚魔法など普通は無い。手順が確立されているか、召喚対象に気に入られなければ使役などできぬからな。だが――』


「あいつは違うってのか」


「そうだ。精霊を使役する巫女としての属性さえ備えた稀有な神なのだ。力が弱い代わりに、圧倒的に格上の存在さえも制御する能力を伝承で持つ。近年、彼の司祭は神を媒介に間接的に神を操る術の研究に苦心してきた。これから彼の研究の是非が問われるわけだ」


 これがクルス側の奴らの狙いか。

 通りでスイドルフたちの提案に乗るわけだ。

 しかし、本当に可能なのか?

 何より気になるのは。


「……失敗したらどうなる」


「召喚の手順は完璧だと聞く。故に、制御できぬ念神がこの王都を襲うかもしれんな」


 心苦しそうな顔で、しかしはっきりととんでもないことを奴は言った。


「ざけんな。それが善神って奴のやることかっ!」


「アリマーンとアスタムを倒すためならば、私は如何なる犠牲も許容すると誓ったのだ。世界を悪神から救うためだ。若き神よ。お前の気持ちは分かるが、どうか堪えて欲しい」


 その時、アフラーは自然と涙を流した。

 まるで自分も苦しいとでも言いたげな様子だった。

 俺は、この時初めて、突き抜けた善意は悪意に似ていることを知った。

 コイツには悪意が無い。

 善の神と呼ばれるだけの性質は持っているのだろう。

 しかし、その潔癖さが一周回ってはた迷惑さを許容するに至らせているのは明白だ。


「てめぇ。目的のために手段と犠牲を正当化しやがったな!」


「我々にはもう余裕が無いのだ。ユグレンジ大陸を押さえられれば、もう奴に勝てる神は居なくなる。そうなる前に阻まねばならない。これもまた、私の弱さが招いた罪だな」


「……きっと、アンタだけの弱さじゃあないんだろうさ」


 だってこいつは念神だ。

 人々の願いの、その具現なのだ。

 善の勝利を願った人々の強固なる願いが生んだ、善の極北。

 それがきっとこの善神アフラーの正体。


「それがアンタに押し付けられた想念だかなんだか知らないが、若輩者から一つ忠告するぜ善神<先輩>――」


 意思に呼応し、魔剣と直刀から炎と雷が迸る。

 引く理由は当然無い。

 完全な神なんて召喚されて、制御をミスられたらたまらない。

 きっと成功しても碌なことにならないだろう。

 異界の神がヒトの兵器に成り下がるなんて、信仰に対する冒涜だ。

 俺は無神論者ではあるけれど、勝手に個人で信仰することそれ自体を否定する気はない。

 好きなように願えばいいと思うってだけの話だ。


 だがこれは違う。

 願いの具現そのものを掠め取り、踏みにじる行為でしかない。


『世に神滅がなれど、召喚してまで神を求めるとは。そこましてヒトは神離れができんということかのう。喜ぶべきか悲しむべきか。念神の一柱としては複雑な心境じゃよ』


 神頼みが、もはやこの世界の業なのかもしれない。

 有るはずの無い者を生み出し、それに頼って来たが故の。

 痛し痒しと言葉を紡ぐ悪魔の声が、この世界の真理のように聞えるからこそ余計に億劫な気分にさせられる。けれど、やっぱりそれを肯定することは俺にはできそうにない。


「覚えとけ。恩師曰く、真面目なのは美徳だが糞真面目は糞だから止めとけ、だとさ」


「含蓄があるな。自ら苦悩したかのような響きがある。嗚呼、行き過ぎるなというその師の教え、私も心に刻んで置こう――」


 アフラーが大剣を構える。

 自らは動かず、俺に掛かって来いと言わんばかりに顎しゃくった。


「――そうしとけ。でないと、アンタはきっと際限なく道を踏み外すことになる」


 深呼吸を一度して、堅くなりそうな心と体に一瞬の間を与える。


 吐き出すのは気負う心。

 ガチガチに体を固めようとする鬱陶しい恐怖の感情さえも一緒に吐き捨て、全身の血流さえも感じ取る。

 あるのか分からない心臓の脈動さえ感じ取りながらも、闘争の猛りに飲み込まれていく寸前で、意識だけはフラットへ。


 魔法関係やら訳の分からないものは全部前みたいにイシュタロッテへ任せればいい。俺はただひたすらに相手のことだけは軽く意識し、シンプルに打破する方策をぶつける。


――アレは念神という名のカミの恩恵を受けし者。


 なんとなくだが、分かる気がした。

 目の前の敵は正真正銘その領域にかつて立ち、今もまた無理矢理にその領域へと立っているだろう稀有な存在だろうと。


『この力は神宿りの域を完全に超えておる。決して侮るでないぞ』


「分かってる。それじゃあ始めようか相棒っ――」


 纏う燐光が光度を増す。

 全身から漏れ出す神気が体を巡り、その一部が目に集う。

 瞼の奥が焼けるように熱い。


――超常を知覚する感覚だけではなく、あの銀の瞳が視るモノにさえ同調する。


 戦闘準備は万全だ。

 故にただ、俺は前に一歩足を踏み出す。

 二歩目は更に大きく踏みしめ、力強く如意棒を蹴って更に体を前に誘う。

 前後する両足の反復運動は、当たり前のように体を駆け上がらせる。

 その勢いに乗り、雷刃をただ真一文字になぎ払う。


「――フッ。若いな」


 それに振り下ろされるは、善の大剣。

 次の瞬間、確かに刃の衝突を契機として大気が悲鳴を上げる。


 戦いが始まった。


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