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第六話「混戦」


 エルフ・ラグーンへと続く塔の一階。

 螺旋階段の先に居たゴブリンたちを一蹴した俺たちは、外のオークが来る前に入り口へと陣取った。


 入り口には扉のようなものはない。

 ただ大人が三人ほど通れそうな入り口があるのみだ。

 その向こう、オークの大群が悲鳴とも怒号とも思える叫びを上げ始めるのが聞こえた。

 塔の上部からの射撃が始まったのだろう。

 注文どおりにダークエルフの戦士たちが後列を狙って放たれているらしいことが、入り口から遠目に見えた。


 飛来する矢の大半は、脂肪で守られた胴体ではなく足を止めて様子を窺っているオークの頭に命中しているように見える。


 大した腕だ。

 戦士というのは伊達ではないのだろう。


 武器娘さんたちに入り口を囲むように構えさせた俺は、ナターシャと漏れた敵を掃討するために構えて様子を窺う。

 向こうからこちらは見えている。

 そして、上からの矢。

 獲物のはずの敵からの攻撃に、彼らは怒りの咆哮を上げて突撃してくる。


「来ます――」


 入り口の正面で構えていたタケミカヅチさんが後退。

 誘うような動きで、最初の侵入者を釣る。


「はっ――」


 次の瞬間、入り口の左に構えていたグングニルさんが、真横から一番槍とばかりに乗り込んだオークに剣を叩き込む。

 何気ないような一振り。

 けれどその確かな一撃はオークの横腹へと喰らいついて抜ける。

 苦痛の悲鳴を上げながら倒れたオークが、その先に居るタケミカヅチさんに触れられずに血の海に伏して消える。

 その異常を前に次の後続が侵入するも、今度はレヴァンテインさんが槌で敵を右側から打ち据え、グングニルさんの横へと敵を吹き飛ばす。

 巨体をものともしないその破壊力は、当たり前のように横腹から敵の骨を粉砕したのだろう。打ちのめされたオークは起き上がることもできずに掻き消える。


「BUOOO!!」


 それでも、後ろから次々とオークたちが押し寄せてくる。

 まるで牛の群れが突撃してくるような光景。

 怯まずに前線を支える三人の武器が唸る。

 だが、徐々に捌ききれずに後退していく。

 それでも、入り口を囲むように構えた俺たちはそのまま狩りを続けた。

 

 そして遂に、三人の包囲を抜けて敵が侵入を果たす。

 その中の一匹が、俺に錆びかけた粗末な剣を振るってきた。


 避けることなく左手のバックラーで受け止める。

 左腕に伝わる衝撃。

 ただの専門学生でしかなかった俺はしかし、それをしっかりと受け止めていた。

 足で踏ん張って堪え、右手のショートソードさんで返礼とばかりに喉を突く。

 鋼色の刃が喉笛へと刺さり、そのまま頚骨を突き破った。そこへ、右足を振り上げて敵を蹴るようにして強引に刃を抜く。


 もんどり打って倒れる敵が後列を巻き込んで消える。

 一瞬止まる侵攻。

 その隙に、全員がフォーメーションを整えて迎え撃つのを繰り返す。


「そっちは大丈夫かナターシャ!」


「問題ないさね!」


 横目でチラリと見ると、余裕そうに敵の剣をソードブレイカーでいなしながら素早い身のこなしでオークを血の海に沈める彼女の姿が見える。

 やはり、ダルメシアを連れて森を抜けてきたのは伊達ではない。


 レベルの恩恵とアーティファクト。

 そして嫌に戦いなれたように見える戦闘技術でもって俺を安心させてくれる。それに負けじと剣を振り、俺も戦いに身を投じた。


 斬る。

 斬って、斬って斬る。


 まるでただそれだけしかできない機械のように、その作業に没頭する。

 思考は如何にして相手を無力化するかだけに集約され、そのために必要な行動を取り続ける。鼻腔が感じる血臭も、敵の重く響く雄たけびも何もかにもが気にならなくなった。しばらくはその状態が続くも、上から戦士たちが降りて来る。


「我らも加勢する!」


 手持ちの矢を全て撃ち放ったようだ。

 矢筒と弓を捨てて一人、また一人と参戦してくる。

 俺は近くによってきた戦士の声を掛ける。


「少し抜ける。ここを任せていいか?」


「了解した!」


「ナターシャ、ちょっと上に様子を見に行くから付いてきてくれ」


「あいよっ」


 また一人きり伏せた彼女が下がると、入れ替わるように戦士がカバーに入ってくれた。 

 戦いっぱなしのせいで彼女の息が荒い。

 致命的なほどではないが、休憩は必要だろう。

 二人して階段へと上がり、統括しているだろうアクレイのところへと向かう。


「おや、どうしました」


「敵の動きはどうなった? それと、これだ」


 インベントリから矢筒を十個ほど取り出して床にぶちまけてから、ガラスも木の板もはめ込まれていないの無い窓から下を覗く。

 オークたちの動きに目に見えるような変化は無い。

 だが、当初よりは数は減っていた。


「奴ら、逃げる素振りはあったか?」


「ないですね。数が数ですし、矢が降る数も減りましたので押していると後方が勘違いしているのかもしれません」


 降りてきた戦士に矢筒を配りながら、アクレイが言う。


「そうか……む? まだ増援があるらしいぞ」


「これはちょっと多すぎやしないかい?」


 まるで、森から逃げてくるのではないかと言うほどにオークたちが合流してくる。


「増援が来るから逃げないのか、それともまた別の意味があるのか……」


 呟くアクレイの疑問はもっともだ。そういえば、奴らは一度引いたのだ。まったく知恵が無いわけではない。それでもここに留まっている理由……なんだそれは。

 奴らの習性など知らない俺には、その意味が分からない。


「索敵」


 敵の動きを確認する上で、無いよりマシだと考えてスキルを行使。すると、マップに新しい反応があった。


「奴らを追うのが居るのか? これは……なんだ?」


 数は数人。

 しかし、その戦闘力は確からしい。

 森の奥のオークから合流してくるオークの反応が次々と消えていく。


「アクレイ、この森にはエルフの兵なんかが巡回していたりするのか」


「していないとは言えません。何せここは聖地ですから。ですが――」


 オークたちから視線を外し、アクレイが首を捻る。

 その視線の先に煙が上がっていた。それも複数だ。


「――エルフ族ならあのような火の使い方はしない。森を燃やすのは好みませんから」


「アーティファクトの魔法もか」


「はい。使うにしても場所を選びます。もっとも、止むを得ない場合は例外でしょうが」


「……確認するぞ。仮にエルフなら問答無用でこちらを攻撃して来たりはしないよな」


「そのはずです」


 言い切る彼に頷き、しばらくは様子を窺う。

 マップに見えるその集団の中、突出した一人がオークを一蹴。

 そのまま真っ直ぐにこちらへと移動してくる。


――速い。


 尋常な速度ではない。

 後続を置き去りにするのではないかと思うほどの勢い。

 その一人は、その先に居たオークの集団に突っ込み、数匹刈ると後を残して移動してくる。 

 嫌な予感がした俺は、ロングソードさんを取り出して擬人化させるとカラドボルグを持たせる。


「どうしました?」


 答えず、ただ指を指す。

 すると森の奥から、それは木々の隙間から風を伴って飛び出してきた。

 俺たちの視線が当たり前のようにその人物へと向かう。


 出てきたのは少年にも見えるほどに若いエルフだった。

 背中に白いドレスを着たエルフの子供を背負った剣士だ。

 どこかで見たような光景に、俺は思わずナターシャを見た。


「最近、地上では子供を背に乗せて魔物の群れを突っ切るのが流行ってるのか?」


「知らないさね」


 馬鹿なことを聞くな、とでも言うような表情で彼女が言うが、眼下でその少年にも見える剣士は、オークの群れに構わず跳躍した。

 その後に、不自然な強風が吹き荒れ後ろの木々を揺らす。

 後ろのオークが気づき、振り返るも既に少年はオークの上だった。


 彼らの身長を超えて余りある高さ。

 普通なら信じられないほどの跳躍力だ。

 思わず識別した俺は、その桁違いのレベルを見て小さく呻いた。


「レベル……92だと!?」


 今まで見た中でも破格だ。

 レベル上限がどうなっているかなど俺は知らないが、それにしたってあの若さでとんでもない数値だ。

 見た目はエルフには適用されないとはいえ、そのレベルならあの人外の身体能力も頷ける。

 敵に回したらどうなるかを考えていると、その少年は跳躍を繰り返して塔へと迫った。


 ふと、少年がこちらを見た。

 微かに動く口元。

 それを見た俺は、咄嗟に皆を窓辺から下がらせる。


「下がれ、来るぞ!」


 次の瞬間、背負った少女の悲鳴と共に、その少年が窓辺へと飛び上がってきた。

 しかし、さすがにそのまま飛び込んでくることはできなかったようで、武器を持っていない左手で窓辺を掴んだ。


「そこのエルフ! エルフ族の敵ではないならこの子を頼む!」


 片手だけで上がるにはさすがに厳しかったのか、なんとか頭だけを上げて少年が言った。それは、この場に居る俺だけに言っていたように見えた。

 どこか切実なその声。

 俺は、庇いに入ってくれたロングソードさんの側から離れ、両手で少年の背に掴まっていた少女を引っ張り上げる。


「頼んだぞ。俺は奴らを始末する――」


「何?」


 少年へと手を伸ばした俺を前に、彼は窓辺から手を離して落下した。


 その体が、塔の壁を蹴って虚空へと跳躍。

 右手に持つ反りの入った剣シャムシールを掲げてオークたちの只中へと勢いよく落ちていく。


「ジンよ、我が敵を薙ぎ払え!」


 瞬間、不自然な程の強風と共に少年の周囲に竜巻が発生した。


 窓の向こうに舞う砂塵。

 咄嗟にミスリルコートで床に下ろした少女を庇った俺の向こう、竜巻に舞い上げられながらズタズタに引き裂かれていくオークの集団が見える。


 血の雨が周囲に飛び散った。

 まるで、ミキサーにでもかけられたかのような有様だ。


「アーティファクトの魔法かっ!?」


「いやはや、ここまで広範囲に作用する魔法は久しぶりに見ましたね」


「さっきの子、相当にやれるね」


 風が収まる。

 同時に、浮力を失ったオークたちの体が次々と落ちていく。

 風の刃で切り刻まれた巨体が、容赦なく地面へと叩きつけられて行く中で、シャムシール型のアーティファクトを振り下ろした少年が前を見据えた。


 視線の先にあるのは、彼が今しがた出てきた森。

 その向こうから、エルフとダークエルフの混成部隊と思わしき者たちが現れた。

 数は七。それぞれが淡く輝く武器で武装している。


「おや?」


 アクレイさえも戸惑うのだから、当然俺にはどういうことか分からない。上で構えていた戦士たちも同じだろう。次の瞬間、混成部隊全員が少年に向かって魔法を放つ。


 戦闘が、始まった。





「戦士長、あれは一体?」


「私にも分かりません。ただ、ついさっきオークを風で攻撃した少年は昔見たことがあるような気がします。確か、ラグーンズ・ウォー時代でしたか」


 それはつまり、あの少年も戦士長も軽く千年近く生きているということか。


「だから洒落にならないぐらいに強いのか」


「そうなりますね。確か名はラル――なんといいましたか」


「ラルクじゃ」


 俺のコートから抜け出し、エルフの少女が自慢気に言った。


「そう、ラルクです。見た目には惑わされないで下さい。当時から既に、エルフの戦士たちの中でもずば抜けて強かったはずですから」


「なら、そんな奴と戦ってるあいつらはなんなんだ?」


 一対七という数的不利の中、その少年はなんとか凌いでいる。

 下手をするとタケミカヅチさんの速度についていけるんじゃないかと思えるほど、まず機動力がずば抜けている。


 彼は絶えず動き回り、かく乱しながら応戦している。

 ただ、さすがに数の不利は如何ともしがたいようだ。

 相手は数の力を利用し、庇いあいながら戦っているせいで攻めあぐねているように見える。

 その間に俺は敵七人に対して小声で識別をかける。


「……ハーフエルフ? それも全員か」


「それ、どうやって判断したんだい?」


「普通は見た目だけで区別など無理ですが、なるほど。君には分かるのですね?」


 さすがハイエルフです、などと呟く言葉は無視。

 何でも俺の不思議に大してはそれで理解されるのはどうかと思うが、信じてもらえるならと続けた。


「分からないなら言わないさ。レベルは平均すると……七十ぐらいだな」


「強すぎますね。それだけのレベルを手に入れるには年中殺し続けるしかありませんよ」


「そっちの種は分かるよ。モンスター・ラグーンだ。あそこに乗り込めば年中戦えるからね。ただ、なんで他人のレベルまで分かるんだいあんた」


「分かるものは分かる。それでいいじゃないか」


「それは今は置いておきましょう。けれどナターシャさん。その方法だとリスクが大きすぎやしませんか」


 俺もそう思う。しかしナターシャは言うのだ。


「でも効率的だよ。どっちにしろゲートから降りてくるし、間引く必要はあるから国が自国の兵士や傭兵団を雇って攻めたりすることはある。ただ……」


「何か知っていることでも?」


「いやなに、一人二人ならともかくさ、全員がそうなんてのは不思議だと思ってね」


「一理ありますね。エルフとダークエルフの混血ならどちらかになる。ハーフになるのは他の種族と交わった場合だけですし、エルフ族は普通、そういうのは好みません」


「そういうのを集めて、レベル上げさせて運用してる奴が居るってことか」


「可能性の話ですがね。ふむ……そうなると少し厄介かもしれません。アッシュ、彼に加勢してくれませんか。私たちは彼が預けた少女を護衛していますので」


「……奴らを捕縛すればいいのか?」


「それはできなくてもかまいません。ただ、絶対に逃がさず皆殺しにしてください」


 俺としては、相手が魔物ではないのだから追い払う程度ならと軽く考えていたが、どうやら彼は違うようだった。


 ニコリと微笑むアクレイ。

 聞き間違いではないらしいが、理由を知りもせずにそこまではできない。


「……理由はなんだ?」


「彼らがここまで来れたことです。この森は何故かエルフ族以外は満足に歩けないようになっているのです。しかし、彼らは違う。そしてここの位置を知ってしまった」


 だから、逃がすわけには行かないと彼は言う。


「その言い方だと、ナターシャも無事に帰れなかったんじゃないか?」


「かもしれませんが、アッシュが送っていくと思っていました。それに彼女はダルメシアのためにも吹聴したりはしないはずです。彼らとは事情が違いますよ」


 余りつついて嫌な言葉を聞かされたくもない。

 これ以上の詮索はせず、俺はロングソードさんに少女の護衛を任せ、下に下りた。


「アッシュ様、どうしますか」


 外の戦闘に戸惑いながら、武器娘たちはおろか戦士たちもが視線を向けてくる。


「単独で戦っているエルフの少年を援護して欲しいとアクレイから要請された。他は絶対に逃がすなとも頼まれている」


「逃がすな、ですか」


「だから布陣を変える」


 レヴァンテインさんとタケミカヅチさんはそのままで、グングニルさんを槍に戻す。そして組み合わせを逆に変えるべくエクスカリバーさんを擬人化した。


「お呼びですか我が主」


 彼女は湖のように青く澄んだ騎士甲冑と盾を持つ、少年とも少女とも思える中世的な容姿を持つ騎士だった。


「グングニルさんで外の奴らを逃がさないように戦って欲しい。味方はこの塔に今居るダークエルフたちと、外で多勢に無勢の中戦っているラルクというエルフの少年だ」


「承りました」


 兜をかぶり、プラチナブランドの金髪を隠すと完全に武装した彼女はグングニルさんを右手に装備。戦闘態勢を整える。


「奴らのレベル平均は70。皆、そのつもりで気を引き締めてくれ。スキルの使用は各自の判断に任せるが……レヴァンテインさんは武器の奴だけな」


「ん」


 彼女にだけは釘を刺し、俺は三人を見送った。


「アッシュ殿、我々については何か聞いておりませんか」


 ダークエルフの戦士たちが尋ねてくる。戦えと言われれば戦うだろうが、俺も彼らについては何も聞いていない。だが、戦わせるとは思えなかった。


「特に言付けはないよ。だから彼と合流して直接指示を仰いでくれ。恐らく、ここを死守するために何か考えているはずだ。俺は彼女たちを指揮しながら一階を死守する」


「はっ――」


 彼らは頷き、すぐに螺旋階段を上がっていった。


「さて……ん?」


 今、入り口から微かに背後で物音がしたような気がした。

 振り返るが、視界には何も無い。


 外から戦闘に加わっただろう彼女たちの戦いの音だろうか。

 そう思い、外の様子を見ようと一歩足を進めたときだ。


 また背後から微かに金属が擦れるような音が聞こえたような気がした。

 瞬間、「索敵」と呟きながら俺はすぐさま背後を振り返りながら右手のショートソードを振るった。


 剣は、当たり前のように空振った。


「……なんだ、気のせいか」


 白々しくも言いながら、バックラーを握った左手で頭をかく。

 塔の一階には誰も居ない。

 だから俺の視線の先には何も無い。あるのは魔物の死骸や、ここで死んだだろう者たちの衣類やら白骨やら錆びた武装。そして、血溜りだ。


 オークやゴブリンの残した血。そこが一箇所、不自然に波打っていた。そして何より、脳裏に見えているマップは視界とは裏腹に何者かを感知している。

 ゲーム時代を想起すれば、似たようなスキルが確かにあった。この世界ならアーティファクトでの魔法だろう。


 姿を消す隠蔽系スキルの一種か。

 索敵圏内で助かった。


「そう、だよな。さすがに魔物の幽霊が化けて出るなんてないよな」


 視線を落とし、今度は鼻をかくような仕草のままに「識別」と呟く。


 はたして、眼前に反応があった。

 レベルは六十七、種族はダークエルフのハーフと確定。

 当たり前のように、俺の背中を冷や汗が伝った。


 間違いなく、このまま背中を向けたら俺はやられるだろう。

 そして、早く行動を決めなければ怪しまれて動かれる。

 俺のレベルはまだ二十にも届かない。

 後手に回ればきっと、そのまま当たり前のように押し切られるだろう。


 このバックラーで敵の持つアーティファクトをガードできるか?

 いや、ダメだ。

 博打に過ぎるし、何よりも敵の獲物が分からない。

 そしてそもそも近すぎる。


 推定距離三メートル前後。

 レベルホルダーなら踏み込まれれば一瞬の距離だ。

 幸い、あと一人だけ擬人化できる。

 残り二割のMPをつぎ込めば手元にあるショートソードさんに頼める。だが、武器をインベントリから取り出して明け渡すまでにやられるリスクがあった。


 いつから忍び込んできたのか知らないが、下手をするとエクスカリバーさんを擬人化させたのを見られたかもしれない。


 武器を取り出せば動かれるか?


(やばい、詰んだか?)


 不味い、そろそろ動かないと怪しまれる。

 俺の戦闘能力だけでどうにかしようっていうのがそもそも論外。

 つまりやるなら一か八か呼ぶしかないってことでファイナルアンサー。

 なら、一撃くらっても生きられるように動くしかない。

 俺は、覚悟を決めて後ろに一歩下がりながらスキルを行使。


「付喪神<ツクモ>――」


 言った瞬間、血溜りに反応。

 ピチャリという音と共にマップの敵が近づいてくるのを感じ取る。そのため、時間稼ぎのためにもバックラーを投げつつスキル行使を続ける。


「――顕現<ライズ>!」


 投げたバックラーが弾かれると同時に、敵が姿を現す。

 同時に、ショートソードさんが光に包まれ擬人化開始。

 顕現完了までのその一瞬は、しかし俺にとっては遅すぎた。


 だから俺は、ショートカットキーで装備を変更。

 一瞬でドワーフ時代に愛用していた、あの重すぎて倒れてしまう全身鎧――オリハルコンフルメイルさんに包まれる。


 そのあまりの重さに、俺の体が耐え切れずに後ろへと沈む。

 そこへ、凄まじい速度で敵ハーフエルフの女のレイピア型のアーティファクトが飛来する。

 相手は一瞬で鎧を纏った俺に驚いていたが、お構いなしに突いて来た。


「ぐっ!?」


 痛みに漏れ出た苦痛の吐息。

 鎧と甲高い音と共に体がさらに後退。

 骨ごと粉砕されたのではないかと思うほどの衝撃が、攻撃を受けた左肩を襲っていた。そのせいでほとんど吹き飛ばされるような形で背中からで床に叩きつけられる。


「呼んだアッシュ君? ――って、こらぁ!」


 俺を突き倒した女のすぐ横、ショートソードさんがようやく顕現。

 俺がやられたのを見るや否や即座に蹴りを放つも、その強襲をバックステップで敵は避けた。

 その間に俺は脳裏にあるメニュー画面からインベントリを操作し、バルムンクを右手付近に落とす。


「使ってくれ!」


「うん!」


 床への落下音に振り返っていた彼女は直ぐに反応。

 床に落ちた二メートルの大剣を拾うや否や、持たせまいと近づいて来ていた敵に向かって鞘ごと振るう。

 真一文字に振り回された大剣は、彼女へと突き掛かった敵のレイピアを横から巻き込んで軌道を変え、そのまま右肩を殴打する。

 その瞬間、俺は確かに見た。


 鈍い音と共に、エルフ族由来の端整な顔を持つ女の顔が苦痛に歪んだのを。

 女は、その一撃に耐え切れずに体ごと錐揉みしながら宙を舞い、やがて血まみれの床を転がってオークの死体へと突っ込んだ。


 相手は起き上がらない。

 アーティファクトも床に転がったまま、一階に静寂が戻る。

 ショートソードさんは追撃に入らず、俺を振り返った。


「大丈夫? 死んでないよね!」


「君のおかげで、な」


 考えたくないが、左肩の感覚がないのだ。激痛で掠れそうになった声のまま、なんとかハイポーションをインベントリから取り出す。


「それ、ポーションだよね。飲ませてあげるね」


 バルムンクから手を離し、コルクの蓋を開けてくれる。

 俺が装備を戻すと、そのまま彼女は口元に瓶を寄せてくれた。


 薬臭いそれを飲む。

 すると、体が淡い光のエフェクトが包み込んだ。

 途端に左肩の感覚が戻ってくる。


「助かった。俺の左手、まだちゃんと動くな」


 少し痺れるような感じではあるが、ちゃんとあった。

 ゆっくりと身を起こし、ダークエルフの女を見る。

 その体が、微かに動いた。

 ただ、それ以上の動きはない。どうやら気絶しているようだ。


「止め刺しちゃうね」


 バルムンクを鞘から抜いたショートソードさんがさらりと言うが、俺は止めた。


「拘束しよう」


「……アッシュ君?」


「どこの誰か、後々のためにも聞き出したい」


「むぅー。アッシュ君がそう言うならそれでもいいけど……」


 頬を膨らませながらも、彼女は剣を引いてくれた。

 俺は敵のアーティファクトと、投げたバックラーを拾う。

 念のため、ショートソードさんに押さえさせると、睡眠薬が塗られた投げナイフを取り出し軽く肌を切りつける。


 識別で睡眠状態に陥ったことを確認。

 尋問前に死なれても困るので、ポーションをぶっ掛けて傷を治療し鎖で女を拘束する。


「とりあえず、こいつはグルグル巻きにして蓑虫の刑だ」


「縄じゃないんだね」


「なんか、引きちぎりそうだし」


 レベルホルダーを普通の人間と同じように考えるわけにはいかないだろう。


「でもポーションって、飲まなくても効くのな」


「あれ? 知ってたからいつもビンごと投げてたんじゃないの?」


 ゲーム時代の話だ。

 回復魔法など使えないプレイヤーは、ビンごと良く投げていた記憶がある。かく言う俺も彼女たちにぶん投げていた。


「あー、うん。そういえばそうだったな」


「もしかして、さっき倒れたときに頭打っちゃったの?」


 不思議そうに小首を傾げるショートソードさんだった。


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