第四十九話「戦後処理」
終わりは呆気なかった。
元より、爆破人員しか残っていなかったからである。
ドワーフとエルフの戦士たちが地下迷宮を越えて向こう側へと向かった頃には、噂の兵力は見る影も無かった。
撤退準備も進んでいたようで、防備などはまったくの不十分。
海岸へと向かう軍勢に恐れをなした彼らは、一目散に船に乗り込み撤退。
すぐさま東の海へと消えていった。
拍子抜けするほどの結果だが、今回の被害は甚大である。
逃げ遅れた地下迷宮の職人に、持ち去られた莫大な物資。
この結果には、迷宮を取り返したドワーフの戦士たちも当然のように厳しい顔をしたものである。
また、爆破を免れた地下迷宮だが、水浸しの影響も侮れない。
そのためにまず、坑道に仕掛けられた爆薬の除去から始まった。
その次は家財道具の持ち出し。
それが終ってから初めて、坑道内の水の除去を行った。
なんのことはない。
ノームさんとウンディーネさんに頼んで少しずつ除去してもらっただけだ。
おかげで崩れそうな箇所の補強も出来たようだが、その間ずっと俺はペルネグーレルのモンスター・ラグーンで地下迷宮や国中に送るための資源採掘に励んだ。
何せ、採取効率が違う。
魔物から採取される各種鉱山資源をドロップアイテムとして手に入れれば、そのまま俺の鍛冶スキルでインゴット化。
それを輸送部隊にピストン輸送させる。
レベルアップついでに励んでいると、気がつけば大よそ二ヶ月が経過していた。
季節は初夏。
延々と手に入る資源を前に、ドワーフさんたちは俺がここに残らないことを残念がり始める。
元々転生前はドワーフのアバターを使っていた俺は、彼らに妙な親近感を抱いたものである。
しかし、いつまでもここに居るわけにもいかない。
防壁の外に山のように物資を積み上げ、インベントリ内にも自分用にと蓄え続けたそれを持って下山した。
その間、ずっとティレル王女が居た。
どうやら修行がてら護衛してくれているらしい。
お礼にと、ここで手に入れた杖型のアーティファクトをプレゼントすると、杖はハンマー型に変化。
おかげで感極まった彼女は、嬉々とした顔でゴーレムたちを粉砕していったものである。
撲殺プリンセスの爆誕である。
後は、モンスター・ラグーンに風呂を作ったことが記憶に残っている。
けれどドワーフさんたちからすれば適当もいいところであり、匠の集団が魔改造。
それだけでは飽き足らず、ゴーレム共から切り出した石材で立派な浴槽を作り上げた。
ついでに俺の分も作ってもらい、インベントリへ。
そのお礼に、またぞろ風呂焚き用の杖を代価にした。
遠慮されたが、匠監修の風呂を貰っては心苦しい。
そうして、ますます充実した風呂ライフを堪能しながら地下迷宮に帰還した。
既にラルクやエルフの戦士たちの大多数は先に森へと帰還していたが、フランベとジョンは迷宮に居た。
「お、戻ってきたな」
「丁度いい。この二ヶ月の成果を見せようじゃないか」
戻ってすぐにフランベの元に訪れた俺は、ドワーフと共同で作ったという大砲の元に案内された。
黒光りするそれは、俺が延々と採取した素材で作られているという。
アヴァロニア製のそれとは性能に違いはないそうだ。
何れはより高性能な物を作るわけだが、習作という意味も込めて同じ物にしたのだとか。
「一先ず、大砲が何かという観点から説明し、その上で試作してもらった。ただ、ドワーフたちの意見を聞いて量産性だけは向上させたよ」
「なるほど」
「運用方法や想定される戦術なんかは、俺が知ってる範囲で伝えたぜ」
ジョンはフランベの助手として適当にすると言っていた気がするが、中々どうして協力的だ。
ドワーフの戦士と、一部残ったエルフの戦士たちにもジョンが指導したようだ。
最近では、戦士たちと混ざって酒を酌み交わしているのだとか。
ただし、つまみを一方的にねだられることだけは不満らしい。
「勿論、対処戦術の研究もさせている。連中、苦汁を舐めたせいで必死に知恵を出し合ってくれるから楽でいい」
アヴァロニアという共通の敵のおかげか、スムーズに手を取り合えているのだろう。
ドワーフなどは、大砲を量産してヴェネッティーや中央四国にまで売り込んでやると鼻息を荒くしている。エルフには友情価格で取引してくれる予定だそうなので、大砲は彼らに任せれば大丈夫だろう。
「火薬の方はどうなんだ」
「当分は連中が残した爆薬を流用するよ」
「ドワーフたちで量産できるのか?」
「できるとも。でなければ真価が発揮できない。そちらも進めているから安心してくれ」
「了解。なら、今のところは順調なわけだ」
その後、実際に撃つところを見せてくれるというので見学する。
場所は山脈下の海岸線。
砂浜の上での射撃演習だが、実際に運用されている様子を見ると改めて危機感を覚えた。
アレを戦場で向けられる恐怖は筆舌に尽くしがたい。
これで戦場に新しい選択肢が増える。
産声を上げ始めた次の時代は、できれば今よりも平和であって欲しいものだ。
「そろそろ森に戻ろうと思うんだ」
実験終了後の夜、俺は別れをそう切り出した。
ダイガン王子は頷き、俺のジョッキにエールを注いでくれた。
王子の部屋で、二人して酒盛りだ。
華が無いことこの上ないが、偶にはこんなのも悪くない。
「ほんま世話になったでアッシュはん」
「それでなんだが、一つ頼みがあるんだ。フランベたちをこっちで預かってくれないか」
「ジョンはんはともかく、フランベはんは了承しとるんか?」
「こっちの方が研究がはかどるって話になってな。俺は大砲関係やらで偶に顔を出すつもりだから、そっちも了承してくれるとありがたい」
「分かった。手配しとくで」
呆気ないほど軽く引き受けてくれた彼のジョッキに、エールを注ぎ返す。
それを一気に飲み干すダイガン王子は、口元を拭いながらニヤリと笑った。
「連中がまた海から悪さしに来たときには、ワイらが作った大砲で追い返したいと思ってたんや。フランベはんの協力があればそれもきっと夢やないやろ」
ズラリと海岸線に大砲を並べ、海の藻屑にしてやると豪語するダイガン王子。
中々頼もしい話だ。
対人はそれでもいい。
ただ、対神に対しては心もとない。
やはり、この問題はまた別物として考えるべきなのだろう。
「どうせなら、ヴェネッティーと組んで船に大砲を乗せればいい」
そして東の海を守る無敵艦隊でも作ってくれれば安心だ。
侵略は勘弁して欲しいがな。
「そらええな。受注も増えるし、連中の造船技術も手に入るかもしれん」
ドワーフはどうも、海には関心が薄いらしい。
骨太筋肉質のせいか浮き難いためカナヅチが多いのだとか。
魚は食べるので漁師は居るが、酒のつまみにするためにももっと漁獲量を上げたいという思いがあったという。
ヴェネッティーの船であれば遠洋にも出られるためか、かなり乗り気なようだ。
また、円滑な貿易を行うためにも、陸路以外にも海路の開拓がしたかったらしい。
海岸に港でも作れば、輸送効率も上がるだろう。
「その時は是非とも一枚噛ませてもらいたいもんだよ」
「エルフが船を欲しがるんかいな」
「個人的にはあればまた変わってくるかな、と」
「そっちも問題が多そうやなぁ」
おかげで十年先がどうなっているのかさえ不安になる。
その頃の俺はいったいどうしているだろう。
ぼんやりと天井を見上げ、あやふやな未来を連想する。
輪郭さえぼやけた未来は、結局のところアヴァロニアが止まるか走り続けるかで変わりそうだ。
歯痒いことに空想の中でさえ奴らがチラつく。
「フランベの奴、アリマーンを倒せる大砲を作ってくれないかな」
「あれは個人をどうこうするようなもんちゃうやろ」
まぁ、これは宿題だ。
何も出来ないのは怖いから、精々できることをするとしよう。
下らない愚痴はそこまでにして、二人で飲む。
すると、議題は何故か女の話になっていた。
「最近の女はこの髭の渋さを理解してくれへんのや!」
ドンッと、勢いをつけて机を叩く酔っ払い。
「ドワーフの男の髭はなぁ、女の髪みたいなもんなんやで。つまり命や。それが邪魔とか言われたらお前、もうこれは男と女で戦争やろ。それもこれもっ――」
「な、何故そこで俺を見る」
「髭なしエルフとの交流から始まった悲劇やと伝わっとるからや!」
男の好みが変わりつつあるのだと、悲嘆に暮れる王子はドワーフの男を代表する勢いで物申す。
「やから、アッシュはんも髭を生やしてダンディなエルフになってや。そしたらあいつらの眼も変わるはずや。HIGEは文化や! 男の勲章や!」
「伸ばせるものなら伸ばしてみたいが……」
この今の体は髭が生えないのである。
「しかもあいつら、少年過ぎたら急激に劣化するとか抜かしおるねん。ワイらかて好きで老け顔になるんやないっちゅうねん! 言うなればドワーフの男の悲しき宿命やでこれは!」
……絡み酒かよ。
「こら、真面目に聞いてるんかアッシュはん」
「聞いてる聞いてる」
ドワーフの男も大変らしい。
「最近はスマートで長身な男を捜すとか言うてはぐれる奴も出てきてん」
「……はぐれ問題、ドワーフにもあるのか」
「そういえば、アッシュはんもはぐれやったなぁ」
ギロリである。
まるではぐれに親兄弟でも殺されたような眼だぜ。
「そういう性分なんだからしょうがないって。ほら個性って奴だよ。皆が皆同じことをしないだろ? それと同じで気にしてもしょうがないって」
「昔はドワーフの男も修行の旅に出て帰ってこんかったそうや。それやったらまだ別何やけどなぁ。なんちゅーか、時代が違うんや。ワイ、こう見えて古いタイプやから」
若い連中の考えは分からんと、老けたことをいうダイガン王子。
そういえば、ドワーフも人間と比べれば長命だと聞いた。
……年齢を聞くのは止めておくか。
「これはワイが死んだ爺さんに聞いた話や。ラグーンズ・ウォー時代に世界人口が激減したあたりで職人の数も激減したんやと。やからワイらのご先祖様たちがな、世界中に技術を少しでも伝えよう思て旅に出て、それはもう世界中でハンマーを振るったそうや」
武具は戦うための道具だが、製鉄技術は生活に貢献する。
農具もそうだし、家事で使う包丁なんかもそうだ。
だから重宝されて、そのままその地に骨を埋めたドワーフも多かったとか。
「――つまりや。昔のドワーフの旅は、自分たちの腕前で世界に貢献するための旅でもあったわけや。やのに今の連中と来たら、何をトチ狂ったか髭を落とす奴まで出始めたんや。モテたい一心でなっ!」
「……は?」
今度は若い男への愚痴に変わっていた。
「でもそんな戦士みたことがないぞ」
「髭が無いドワーフの男は戦士に非ずや。当然、そうなったら戦士団から追放や。ついでにどれだけの腕があろうと、鍛冶職に就くことが許されへん。つまり、モテへんはずやった――」
エールを呷り、一息つく。
その無意味なタメの先を聞いたら、きっと俺は引き返せない。
そう予感させる空気の中で、俺は好奇心に負けた。
「どうなったんだ」
「奴ら、服飾を始めおったんや。それも、防御力なんざ皆無の見た目重視の奴や!」
どどーんである。
「無駄にデザインの凝った服や。悔しいけど今となっては機能性や着心地も強化されてきた。奴らの努力は認めなあかんかもしれへん。けど、服なんざどうせ汚れてダメになる。そう今までの男たちは思っとった。けど、女たちはそれに食いついてしもうたんや。おかげで、お洒落なファンションに拘る風潮が蔓延してなぁ」
そうして、ついていけない古い男たちが徐々に居場所をなくしたらしい。
今では地下迷宮は鍛冶戦士の巣窟。
少数派だった服飾連中は女共にちやほやされながら方々に移動したそうである。
「もう、ワイらはこの穴倉で鍛冶に生きるしかないんやっっ!」
これは、どうコメントするべきなんだろうか。
な、悩むぜ。
「最悪譲歩して、女たちが見目麗しくなったんは別にええ。でもなぁ、あいつよりにもよってワイが粉かけてた幼馴染を掻っ攫っていきやがったんや! なんでや? その数ヶ月前までは髭が立派な男が好きやって言うてたやないか!!」
魂の叫びという奴だ。
敗北者がジョッキ片手にくだをまく。
ていうかこれ、私怨じゃないか。
「マメに手入れして立派に伸ばしたのにあんまりやぁ。ワイの髭のどこがアカンのや!」
「今日は飲もう。飲んで忘れよう!」
悲嘆に暮れる姿があんまりなので、思わずインベントリから酒を出してしまった。
強い酒を水のようにガブガブ飲むダイガン王子。
酒に逃げても現実は変わらないと知ったうえで、酒に溺れているといった風情だ。
言えない。
現実と戦おう言えない。
「だ、大丈夫さ。世界の半分は女だ。いつかダイガン王子にも素敵な相手が見つかるさ」
「……ホンマか? ホンマにそう思うか?」
「タブン、キットナ」
すまない王子。
俺には、こんなありきたりな言葉で慰めるしか術が無いのだ。
と、そこで俺は妙なことを思いついた。
酒の勢いとは恐ろしいものだぜ。
「なぁ、王子。ならこっちも対抗してデザインが良い装備を作ればいいじゃないか」
「……どういうことや」
「こういう奴だよ」
インベントリから、かつて蒐集していた女性用装備を取り出す。
取り出すのはヴァルキリーシリーズと言われる、青い装備一式だ。
そろえるとアバターが戦乙女のように見えるため、女性プレイヤーからも人気があった。
まさにデザインと性能が融合した代物である。
男の俺には装備できないので、本当に鑑賞したりツクモライズするぐらいしか意味が無い代物だが、特筆すべきはやはりデザイン性だ。
「な、なんやこの腰回りが頼りない防具は」
「ヴァルキリースカートだ」
「スカート……にしてもヤケに短くないか。膝上もええところやで」
「いいんだ。問題はファッション性と防御機能の融合だ。考えても見てくれ、今までのドワーフはこういうのに挑戦したか?」
「いや、さすがにこんなもん作ったなんて話は聞いたことが無いけど……」
布地の頼りなさに呆れてか、材質を確認するダイガン。
しかし、彼は酔いが冷めたような顔をして俺を見上げた。
「これはまさか金属糸かいな! どんだけ手間かけてるねん。しかも絹みたいな肌触りにこの軽さ。こんな、こんな素材があるはずがない!」
興奮を隠さずに凝視する王子は、スカートを事細かに検分する。
やはり性能の方にどうしても目が行くようだが、俺が言いたいのはそれではない。
「挑戦してみればどうだ。デザイン性と性能を兼ね備えた究極の装備の開発に」
「なん……やて」
「お洒落な武具が存在してはいけないという法は無いだろ。ドワーフの技術力なら、防御力を落とさずに見た目にも拘れるんじゃないか?」
「それは確かに出来なくは無いかもしれへん。けど防具は命守るもんであって着飾るためのもんやないで」
職人らしき頑固さで、王子が戸惑いの表情を浮かべる。
「防御力を落とす必要はないし、防具なら戦い方にあわせればいいんだ。ついでに、選ぶ楽しさを買い手に用意したらどうだ? 何を選ぼうと使い手の自由だが、全部無骨に機能だけを求めなくても良いと思うんだよ」
「……量産性とかも落ちるんやけど」
「女性陣の食事を思い出すんだ。男は一つのものをがっつり食いたいが、連中は色んな物を少しずつ食べたがるだろ。求められるのは選択肢の多さだ」
何故か少し話が脱線したような気がするが構うまい。
これはあれだ。
ゲームみたいなお洒落装備を広めるチャンスでもあるのだ。
「考えてみてくれよ。そうしたら色んなデザインのを作れる職人は誰だってことになるはずだ。そうなったらその職人は贔屓にされる。それが女性に受けるような装備を提供できる鍛冶師だったら、彼女たちからその職人はどう見えるだろうか」
「ッ――?!」
「王子は運がいい。あんな可愛い妹さんが居るんだから、意見を反映させやすい。これはチャンスかもな」
「チャ、チャンス……いや、でもあいつは……」
「女性が憧れるお姫様だ。もし、彼女が納得するような装備を作って着せて歩かせることができれば良い宣伝になる。これはアドバンテージ以外の何物でもない!!」
「お、おぉぉ!?」
まぁ、それが簡単に行くかどうかは別の話だが。
……だって、女性のドワーフの戦士って俺はティレル王女と他数十人ぐらいしか見たことが無い。偶々だと思うが、需要がどれだけあるんだろう。
いや、輸出するって手もあるな。
シュレイクの第一王女様とかなら買いそうだ。
「よーし。ほならこのお洒落ブームを活かして、鍛冶師として一皮剥けたろやないかっ!」
「楽しみにしているぜ。どうせなら、男だって格好いい装備が欲しい!」
まぁ、特殊な装備など無いから本当にファッション装備にしかならないかもしれないけどな。
と、そこまで言っておきながら俺は不覚にも気づいてしまった。
「あ――やっぱダメだ」
「はぁ!? ここまでプッシュしておきながらなんやねん!」
「いや、武器が進化しすぎたことを失念してた」
大砲がもう生まれている。
ならばこの次に来るのは銃だろう。
大砲は個人で運用するには致命的なまでに重い。
フランベの存在によって大陸東部は大砲を得たわけだが、俺がこういうのを作ってくれという触れ込みで、知っている銃のアイデアを渡している。
何れ日の目を見ることは明らかだ。
それにアヴァロニアで作る奴が出てきたとしても別に不思議ではない。
いや、向こうで作られなくてもこちらが作って使い、有用性が証明できれば誰かが真似を始めるだろう。
そうなれば、現行の防具に一体どれだけの価値が出てくるだろうか。
お洒落装備の発想は悪くないと思うのだが、時代の濁流に飲み込まれそうな予感があるわけだな。
俺のようにゲーム補正が守ってくれるならまだいいが、普通の防具でこれから生まれてくる兵器に対応するには、より装甲を分厚くするぐらいしか手がないだろう。
つまり、お洒落なんかを気にする余裕などこれからの防具には無いのだ。
むしろ時代に逆らうことになりかねない。
「……なぁ王子。大砲を防げる防具って作れるか」
「出来てもなぁ。そんなの着て戦うのは大変やで」
レベルホルダーならどうかと思わないでもないが、重くなれば機動力が落ちる。
機動力が落ちれば銃弾に晒される時間が増えることになる。結果としては明るい想像ができない。
戦車みたいに分厚い装甲にするか、或いは初めから当たらないように機動力を重視するか、やられる前により更に遠距離から潰すか。
攻撃力と射程距離のインフレーション。
それを助長する火器の発達は、当たり前のように防具にさえ進化を求めていた。
「こら、お洒落なんて言うとる場合やあらへんな」
「仮にだが、敵の兵士が個人携行して撃てる大砲を持ってたらどんな防具を?」
「嫌なこと想像させんといてや」
大量生産の概念さえないこの世界だが、きっと誰かが何れ気づく。
できることがあるとすれば、それが世に広まる前に抹消するか備えるかだ。
「考えるだけで頭が痛いわ」
冷や汗をかく王子は、ジョッキを置いて腕を組む。
もう完全に酔いなど吹き飛んでいる様子だ。
「すぐに思いつくのは、やっぱり装甲がとにかく厚い奴や」
「そのうちフランベが携行用の奴を作る。今の奴も含めて、色々と研究しといた方がいいかもな」
まだ生まれたばかりの幼い発明がこれから引き起こすかもしれない地獄絵図。
それを想像し、俺は改めて手を震わせた。
ただアイデアを提供しただけだと、そんな程度で済むわけがないのだ。
これから生まれるかもしれない道具に罪は無くとも、それが生まれたことで積み上げられる犠牲者はその兵器を憎むだろう。
発明者や引き金を引いた者だけではない。
それが完成した後で、銃を憎む者に怨嗟の声を向けられるということだけは忘れてはならないんだろう。
兵器の進化は命をより効率的に殺傷する術を促すのと同義だ。
ゴム弾や催涙弾なんかの鎮圧用ならともかく、俺が提案したのは命を刈り取る兵器。
――ならばもう、天国への門は閉ざされたに違いなかった。
元より己の人生を振り返れば、決してそこに行けると妄信できる程に潔白ではない。
それでも確定したなと思ったのは、この世界に適応したはずの俺の中に潜む最後の良心だったのかもしれない。
こんな些細なことでつまらないことを考えてしまう未熟な精神が、今はとても疎ましい。
レベルを上げるだけで、いっそ心まで強靭になってくれれば良かったのに。
「そんな深刻な顔せんといてや。未来は未定や。そうなるかもしれへんかったとしても、明日や明後日ぐらいで急に変わるもんやない。一応、ワイはお洒落装備も考えてみるわ」
ほろ酔い顔でニッカリと笑う王子に頷き、俺はジョッキに残った酒を飲み干すとヴァルキリーシリーズを回収して部屋を出た。
もしかしたら、あの瞬間に口にせずとも彼は読み取ったのだろうか。
命を刈り取る武器という名の道具を自ら作成できる彼には、俺が生まれて初めて感じた、この異質な恐怖が。
坑道内部には、ところどころに灯されたカンテラの光で照らされている。
薄暗がりの中、時折聞えるドワーフたちの陽気な声がかすかに響く。
夜の地下迷宮。
借りた部屋へとマップ頼りに歩いていると、フランベが部屋の前に立っていた。
「少しいいかね。聞きそびれたことがあってね」
殺風景な部屋だが、部屋にはちゃんとベッドや机が置かれている。
俺は椅子をフランベに勧めると、自らはベッドに座り込む。
「で、聞きそびれたことってのは?」
「ここに雨を降らせたときのことだ。君の力に不自然な物を感じたとアナが言っていたのを思い出してね。『アレは禁忌だから触れるな』と」
「禁忌?」
「どうも気になってね。出来れば直接見てその意味を確認したいと思ったんだ」
「探究神が止めたんじゃないのか」
「忠告だけしてそれ以上語らないのだ。こうなると自分でその意味を知るしかない」
メガネのフレームを左手の人差し指で押し上げるフランベ。
俺は頷き、立ち上がると女の喉元にレヴァンテインの切っ先を突きつけた。
「嘘臭い芝居は止めろ探究神」
驚きはなかった。
ただ、女の唇が、ニィッと面白そうに吊り上がっていた。
「どうして気づいた」
「俺が知ってるフランベはいつも右手でメガネを上げていた」
「はは。これでは通り名が泣くな。担い手の探求で遅れを取るとはね」
楽しそうに微笑む女は、好奇心という感情を隠さない。
またストーカーでもして相手を調べ――。
「どうかしたかね」
「いや、なんでもない」
頭を振るう。
今、一瞬既知感<デジャブ>にも似た感慨を味わった。
だが、ありえるわけが無いのだ。
俺はこいつを知らないのだから。
「……用件は何だ。俺は他人の体を乗っ取る神様が嫌いなんだ。このままだとアンタのこと、嫌いになってしまいそうだ」
「それは困る。この担い手が非常に気に入っているんだ」
「勘違いするな。俺だってフランベは気に入っている。気に入らないのはアンタだけさ」
どいつもこいつも、神様ってのは自分勝手だ。
それは当然か。
連中にだって意思があり、ヒトを圧倒する力まで兼ね備えている。
力の関係はその時点で歴然としている。
傲慢に振舞うのは必然かもしれない。
そこを認めることはできるけれど、それとこれとは話は別だ。
「これはフランベも了承していることだよ」
「そうであることを願うよ」
剣は引かず、顎をしゃくると探求神は涼しい顔で切り出した。
「『レイエン・テイハ』という人物に聞き覚えはあるかね」
「……誰だそれ」
「極一部の者だけが知る禁忌。ある意味では我等念神よりも本当の神に近い人間だよ」
「知らないし、聞き覚えもないな」
「であれば、『レーヴァテイン』という言葉に聞き覚えは?」
「そっちなら知ってる」
それは今こうして相手に突きつけている剣を指す言葉でもある。
バルムンク、グラム、ノートウングが同じ剣の別の呼び名である程度の違いみたいなものだ。
言うなれば、好みの違いや訳し方の違いに近いだろうか。
単純にゲームクリエイターがもじっただけだという説もあるらしいが、レーヴァテインとレヴァンテインは基本的に同じ物を指しているという認識でいいはずだ。
ゲーマーならレバ剣とか略して呼ぶ奴も居るが、少なくとも俺が知る限りにおいては同じようなものだった。
「それは北欧神話に出てくる、最後に世界を焼き尽くした魔剣の名前だ」
世界を焼き尽くしたのはスルト。
彼がそれを成すときに振るったのがレーヴァテインだったか。
ただし、諸説はあったはずだ。
別の剣だという話や、単純に彼の力だという説などだな。
「北欧……神話?」
「あんたが知るはずもない神話さ。ただ俺が知っているそれと、そっちが思い浮かべたものが同じかどうかは保証できないぜ」
「構わない。アレはワタシが知らないモノでね。今まではヒントさえ無かったんだ」
右目を瞑り、フランベの秀麗な眉をはっきりと歪ませる探究神アナ。
その意味を知らない俺としてはやはり、問うしかないのだろう。
「それで、そのレーヴァテインがどうしたんだ」
「君が雨を降らせたとき。そして君の精霊や武器から酷似する力を微弱ながら感じてね」
なるほど。
ダロスティンが知りたがっていたことと同じなわけか。
確か、力の供給源が何かとか言ってたな。
「困ったことにそれは、賢人『レイエン・テイハ』が振るっていた力らしいのだよ」
「……賢人?」
「そして私は記録している。彼女のツレが『アッシュ』と呼ばれていたはぐれエルフであったことを。突拍子もない話だが、だから君がそのアッシュと関係があるのかと問いたかった」
「馬鹿な――」
当たり前のように俺の中に生まれた困惑の感情。
だが、それは俺だけが感じたものではないようだった。
「やはり違うか。そもそも記録した時の彼はただのはぐれエルフだったし、顔つきや声も彼と君では異なっている」
「そりゃそうだろう。俺が現れたのは最近なんだぞ」
「だろうね。それに風の噂では、彼はリストル教の創造神に殺されて死んだと聞いている。だからこそ彼女が怒り狂ったともね。人間の精神活動に関しては未だに不可解なことが多いが、彼の死が引き金となり、彼女が神滅の呪いを振りまいたのなら合点がいく」
単純だがそれなら辻褄が合うわけか。
これならリスベルクから聞いた話とも外れない。
「けれど、それなら君が使った力が説明できない」
だから問うたと、彼女は言った。
もう一度、今度は右手でメガネのフレームを押し上げる彼女の瞳に色はない。
それはもう好奇心などという単純なものでは言い表せないような、確固たる決意が窺えるようだった。言うなれば、それは使命感だろうか。
「可能性として真っ先に思い浮かんだのは、君が彼女のレーヴァテインとやらを継承した、別人のアッシュであるということだ。これならワタシは問題視などしない。今のところ君に危険な要素を感じないからだ。けれど、もしそうでなく君が彼女の神滅の意思を受け継いだ傀儡であるのだとしたら話は変わる。だから見極めさせてもらいたい。君がこの世界の怨敵かどうかを――」
パチンッとアナが左手の指先を弾く。
瞬間、一瞬の浮遊感と共に世界が暗転した。