第四十七話「捕虜追加」
「困ったものだ」
斥候からの情報を聞いたところで、指揮官の男が呟いた。
その後には兜を脱ぎ、暑い暑いと言いながら手で仰ぐ。
無精髭さえほったらかした彼は、当然のように決断を迫られているわけだが動じてさえいなかった。
「前方の魔物、後方のドワーフ。しかも、後ろの押さえを全滅させるような奴が一緒に仲良くハイキングときたもんだ。頭が可笑しくなりそうだ」
仕方なくボサボサの髪を掻き毟る。
斥候の情報が誤報であることを願いたいところだったが、彼は聞き返すことはせずに青い顔のその斥候の肩を叩く。
「報告ご苦労だった。ゆっくり休め」
「ハッ」
敬礼して去っていく兵士を見送り、副官を呼び寄せる。
「ドクトル・クアッドがまた喚くな」
「どうしますか」
「どうもしない。こっちから攻撃する必要が無い」
「はぁ」
「夜襲の警戒を徹底させろ。それと、朝一で出ると隊に伝えておけ。あと、足手まといの博士を呼んでくれ。作戦の協力を願う」
「了解しました」
副官の男は、一瞬疑問顔を浮かべたがすぐに伝令を走らせる。
「さて、白旗の準備でもしますかね」
兜を被りなおした男は覚悟を決めると、ため息を一つついて空を見上げた。
もうそろそろ、日が落ちそうだった。
「どうなってるんだアヴァロニアは」
朝である。
白旗一本を片手に、堂々と山道に仁王立ちしていた無精髭の中年男が発見された。
「あんたがドワーフにあるまじき長身の鎧男だな。俺はそちらに亡命を希望する」
その彼は、誰かさんと同じようなことをのたまった。
罠か何かかと思ったが、相手を識別した俺は激しく困惑した。
名はジョン。
レベルホルダーなのだが、そのレベルがアレだった。
「レベル10……だと?」
ひ弱すぎる。
一般兵と対して変わらない。
多分、今の俺が全力で殴ったらそれだけでくたばる。
しばし迷った俺は、ボディチェックを行い、何も危険物を所持していないことを確認してから男の両手を縄で拘束。ドワーフの戦士たちと合流した。
「おや、どこの美人かと思えば女先生じゃないか。あんたも捕虜に?」
「うむ。彼らは紳士だよ。覗きも夜這いもやらないからね」
「そいつはいい。実はケツの心配をしていたんだが、その心配が無いなら最高だ」
フランベに絡んだジョンは、こわもてのドワーフ戦士たちの殺気に当てられながらも軽口を叩く。
その勇気、その胆力。
それにふてぶてしい笑みが合わさると途端に胡散臭く思えてくる。
「殴ってええか?」
ティレル王女がハンマーを構える。
「止めるべきか、見てみぬ振りをするべきか」
「いやそこは止めろよ。捕虜の虐待は良くない」
ジョンは命乞いをしている。
しょうがない。
助け舟を出してやろう。
「とりあえず、知っていることを全部吐けば助かるんじゃないかな」
「なるほど。いいぜ、何でも聞いてくれ」
そこからジョンはよく喋った。
聞いていないことさえペラペラと喋り、挙句の果てにはフランベを口説き始めた。
因みに、彼の趣味は昼寝だそうだ。
心底どうでも良い情報である。
「――で、俺は思ったわけ。ドワーフ・ラグーンへ繋がるゲート・タワーを大砲でぶっ壊すのはやりすぎなんじゃないかってな」
訂正だ。
ヤバイ情報が出た。
彼の言い様に、ドワーフたちが色めき立つ。
「独断専行って奴だ。中佐殿がな、手柄にするって部隊引き連れて攻めていったのさ。そのせいで兵力が減って、ゲート破壊の任務が中々おぼつかない。まぁ、上は馬鹿の処分も兼ねてるんだろうけど、あからさま過ぎて困るってんだ。なぁ?」
「俺に同意を求められても困るんだが……」
「か、数は!? 数はどれぐらいおるんや!」
「二千弱だな」
血相を変えていたダイガン王子は呆れ顔だ。
「意味が分からんで。大砲があったとしても、あそこは行軍に向かんし、兵も仰山おるんやで」
元々、ドワーフ・ラグーンは復興のために人手を多く出していたそうだ。
ラグーンズ・ウォー時代、楽園に閉じこもることを良しとしなかったドワーフはラグーンの鉱山で鉄を取り、木々を燃料に戦うための武具を作った。
だが、作りすぎてラグーンの生態系さえも破壊。
住めないレベルにまでラグーンを汚染した。
その復興のために、今では多くのドワーフや同盟国のエルフの植林技術でもってラグーンの再生に全力を尽くしているのだとか。
おかげで、ペルネグーレルでは地下迷宮よりも人口が多いという話だ。
しかも地下迷宮の奪還のために今ごろは出兵準備もしているはずなのである。
万単位の兵を用意しているはずだというので、蹴散らされていても不思議ではない。
「やっぱり、戦力は集中的に運用するべきだな」
「そうそう。余計な手柄欲しさにってところがもうダメだね。集中し、短期で終らせるのが理想だろうよ」
どうせ手柄にさえならないし、とジョンは呟く。
「そもそも今回の目的は生産に特化した地下迷宮と、その生産を支える物資供給源の破壊だ。ドワーフ・ラグーンを狙うなんざ、百害あって一利なし。こいつらの行動はきっと軍部には大誤算だろうさ。終ったら粛清の嵐だぜ」
「随分と他人事みたいに言うんだな」
「元々俺は、五年前にアヴァロニアに潰された小国の軍人でね。連中のために何かしてやる義理がないのさ」
白けた顔でのたまうその男の弁明はしかし、フランベの追及で裏返る。
「では何故ここでそうやって時間稼ぎをするのかね」
「あはは……こりゃ、どうも参ったね」
「全然困っていないような顔だ」
「部下への義理は果たし、同時にあんたたちへの義理も果たした。困る理由が無い。どうせ、俺はあいつらと違って独り身だしなぁ」
完全に開き直っている彼には、奇妙な愛嬌があった。
それにしてもこのおっさん、自分一人の話術だけでこちらの行動を制限するつもりだったのか。
「普通、指揮官は責任を取るもんじゃないのか?」
「それは真っ先に放棄した奴や、今回の作戦を提案した奴らが取るべきだ。押し付けられても困る」
タバコくれない?
などと図々しくも言うので、俺は葉巻を銜えさせてやる。
ただし、火は着けない。
「ふぉい、ふぉれはふぁんのふもりだ(おい、これは何のつもりだ)」
「無駄な時間を取らせた罰って奴だ。どうせ、ゲート・タワーを総攻撃してるんだろ」
「ぺっ。総攻撃はありえん。取らせた作戦を教えるから部下を見逃しちゃくれないか?」
「つくづく図々しいな」
「一人で千人以上片付けた化け物に言われてもな」
「……いいだろう。逃げる奴だけは見逃してやる」
「そんなアッシュはん!?」
「散り散りに逃げられたら山の中だと追えないってだけだ。掛かってきたらそりゃあもう、叩き潰すしかない」
「オーケーオーケー。それでいいよ。何も全員生かして欲しいわけじゃないんでね」
そうして、彼は取らせた作戦を口にした。
「よし。今だ突っ込め!」
暫定的に指揮権を与えられた男が、声を張り上げる。
前方では、魔物へと突撃し塔から別のルートへとトレインしていく部隊が見えていた。
彼らは派手に陽動しながら、南へと降りていく山道へとひた走る。
動きが鈍いゴーレム系の魔物は、手足を振り回してそれらを追う。
まるで頭の悪い闘牛のようだった。
「ぐふふ。これで、ようやく俺も将校に」
ゲート破壊の功績は大きい。
そうして、今の部隊最強と言う大砲の開発者まで居る。
きちんと作戦を完遂できれば、それ相応の昇格があるはずだ。
そんな論理で動く彼は、突撃部隊に混ざって進軍する。
「ドクトル・クアッド。期待していますぞ」
「ま、任せたまえ。あああ、あの程度の敵どうということはない」
手に持つ杖型のアーティファクトを掲げ、白衣の男が妙に頼りない笑みを浮かべる。
(そ、そうだ。奴らが敵をひきつけるのだから、その隙を狙えばいいのだ)
肉壁は沢山ある。
素早く終らせてしまえば、後は本隊に合流するだけ。
それに何より、自分はアーティファクトを持つレベルホルダー。
直接戦えずとも、魔法の恩恵だけで十分に勝機がある。
生憎とゲートタワー内部では大砲が使えないが、対ゴーレム用の武器で武装した兵士が居る。
クアッドはジョンにそそのかされた絵空事のために、突撃部隊に混ざっていた。
何より彼が恐れるのは、ここで結果を出せないことだった。
後ろから迫る未知の敵の話もあり、この勝機に全てを掛けたのだ。
魔物が釣られ、塔への道が出来上がる。
そこへ果断なる意思でもって走り寄る。
はたして戦闘は、予想通りの展開になった。
開け放たれている石造りの防壁をハンマーを持った兵士たちが駆け抜け、よってたかって殴りかかりゴーレムを破壊する。
その最中、大砲代わりに石柱を飛ばす魔法を放ち、ゴーレムを粉砕。
ゲート・タワーの直ぐ下へと移動していく。
「さすがクアッド殿ですな」
「と、当然だ。私はレベルホルダーなのだからな」
呆気ないほど簡単に倒れる敵。
神宿りによって養殖されてきたクアッドは、内心で安堵しながら悦に入る。
兵士たちが梃子摺る相手を一撃で粉砕する力は、彼が奪い取った野暮ったい女の研究成果と同じで強力無比。
しかも、周りに居る兵士たちはそんな彼を頼りに肉壁になる。
(そうだ。これだ。これこそ、私が欲しかったものだ!)
兵器研は結果が全て。
どれだけの能力があろうとも、成果を出さなければ誰も認めなどしない。
うだつが上がらずに、遂には小娘の下働きにまで回された屈辱の日々。
何を研究しても認められなかったというのに、たった一つの行動で世界が変わった。
そのチャンスを、クアッドはもう捨てられない。
(アリマーンも、兵器研の老害共も、これで目が覚める。そして私の発明が世界を変えるのだ!)
その果てに、ユグレンジ大陸史に偉大なる発明家として名を残す。
これは、彼にとってそのための試練なのであった。
「ハハ、脆い、脆いじゃないか魔物め!」
兵器研は結果を出すために、彼にアーティファクトを持たせた。
最悪はそれで誤魔化せということだが、十分に過ぎる威力があった。
クアッドは兵士の賞賛を浴びながら進撃する。
一階、二階を制圧し三階へ。
余りの手ごたえの無さに、今まで参戦しなかったことを後悔したほどである。
「ハーッハッハッハ!」
体が脆いサンダーゴーレムを自分で壊し、雑魚の獣は任せて大物を魔法で破壊する。
なんと輝かしい姿か。
素晴らしくイージーな初陣を果たすクアッドは、そのおかげで完璧なる成功を夢想した。
――晴天の下に響く、雷鳴を聞くまでは。
「な、なんだ?」
激震が塔に走った。
同時に、今までに感じたこともない悲鳴がすぐ下から聞えた。
二階だ。
すぐ真下で異変が起こっている。
彼には訳が分からない。
破壊部隊の指揮を任された男を見るも、彼もまた部下に状況を説明させているところだった。
「侵入者です! 鎧の男が壁をぶち破って侵入してきました!」
「なんだとっ!?」
次々と野太い悲鳴が聞える。
今まで彼を賞賛していた兵士の悲鳴だ。
剣戟が甲高く響き、徐々に下から近づいてくる。
クアッドは息を呑んだ。
いつの間にか、三階で最後のゴーレムを粉砕した兵士たちの視線が自分へと集中しているのに気づいたからである。
「うろたえるな! 所詮たった一人だ。クアッド殿の敵ではない!」
「お、おお!」
「そうだ。俺達には博士が居る!」
「いや、ちょっ――」
兵士たちが道を開ける。
空気を読まないその指揮官は、自信に満ち溢れた顔で彼を見た。
そこにあるのは、無責任な期待。
それこそが、より高レベルの者が戦場で押し付けられる重責であった。
ただの研究者が終ぞ味わうはずの無いプレッシャーに、クアッドの喉がひり付く。
そんな彼の耳に、カツカツと何者かが階段を登ってくる音が届けられた。
階段近くに居た兵士が自然と悲鳴を上げ、上がってくる血まみれの鎧男から距離を取る。
(な、なんて情けない連中だ。せめて私のために斬りかかれ!)
そうなれば、その隙をついて魔法を放てた。
無意識に後退しながら、クアッドが毒づくが既に遅い。
腹を括って真正面から魔法を放つ。
「く、喰らえ。ストーンバレット!」
放垂れる石柱が、砲弾の如き勢いで放たれる。
それを、鎧男は左手に握った妙に柄の短いハンマーで軽々と粉砕した。
砕けた破片が三階の床に降り注ぎ、同時に粉砕された希望が三階から声を奪う。
だがそれが恐慌に変わるよりも先にクアッドは動いていた。
「ド、ドクトル――」
兵士たちの誰もが、何かの作戦だと思った。
しかし、現実は違っていた。
彼は白衣を翻しながら最後の希望を空に託していたのだ。
三階の窓へと跳躍したクアッドは、恥も外聞も投げ捨てて延命に走った。
「ド、ドルフィンっ!?」
まるでイルカが水族館で輪を潜るようなそのフライングフォーム。
アッシュはいきなりそんなものを見せ付けられた衝撃で、咄嗟に追撃に移れなかった。
そもそも、腹が肥えているあの肥満体でスルリと窓枠を通り抜けたこと自体が魔法のようだった。
おかげで目を疑った者たちが、敵味方関係なく三秒ほど時を止められていた。
(海の豚と書いてイルカだよな。もしかして、陸の豚と書いてもイルカなのか?)
その時、アッシュは己の発想の馬鹿さ加減に呆れた。
そしてなんとなく理解した。
世の中には跳べる奴と跳べない奴が居て、奴は跳べる方なのだろう、と。
追うのも馬鹿らしく思った彼は、先にゲートを守ることにした。
普通なら怪我を負うような高度からの着地。
だがクアッドはレベルホルダーだ。
勢い余って華麗なる前方宙返りさえ決めた彼は、やがて母なる大地に帰還した。
審査員が居れば、その芸術的な着地に悔しそうな顔で満点をつけたかもしれない。
「はぁ、はぁ。死ぬかと思った。なんなんだ奴は。魔法を砕くとかありえんぞ」
地面にめり込んだ足は、着地の衝撃で笑っている。
それでも、まだ生きている。
生の喜びを実感し、ハッと我に返った彼はすぐさま逃げようとした。
だが、そこに遅れてドワーフの戦士たちがやってきた。
「突撃やぁぁぁ!」
「ウチらに遅れるんやないでっ――」
ダイガンとティレルを含めた後詰だ。
斥候を出して様子を見ていた彼らは、魔物相手に退路を確保していたアヴァロニア軍へと突撃。
アッシュの侵入によって生じた混乱の中、魔物も兵士も関係なく攻撃を仕掛け始める。
「ドワーフの騎兵だと!?」
急いで埋まりかけた足を引き抜いた彼は、防壁の内側へと侵入してくる彼らを呆然と見つめた。
すぐに内部は乱戦となり、混乱に陥る。
そこで彼は、自分を扱き使っていた女を見つけたことで思わず目を疑った。
「フ、フランベ!?」
「――おや、誰かと思えば万年助手のクアッドじゃないか。まだ生きていたんだね」
エクスカリバーの駆る馬に一緒に乗っていた彼女は心底呆れていた。
ジョンによって最前線に立たされたはずだということを知っていたからである。
「君は何故生きているんだい? アッシュ君が手心を加える理由なんてないはずだがね」
「お知り合いですか」
「だからといって、手加減して欲しいとは決して思わない相手だよ」
「では遠慮なく」
馬上でグングニルをクアッドに向けるエクスカリバー。
「ま、待て。まさか寝返ったのか!?」
「さて、今は捕虜になっているだけだがね」
クツクツと楽しそうに笑うフランベは、今にも槍を投げ放とうとしている少女の肩を軽く叩いて止めた。
「そうだ。なんなら命乞いでもしたらどうだね? 君の持っているそのアーティファクトを差し出し、大人しく降伏すれば命だけは助けてもらえるかもしれないよ」
「ふざけるな! そそそんなことをしたら私の未来は破滅ではないかっ!」
「それは良かった。君と一緒にされてはかなわん。ではさよならだ――」
躊躇する理由が無いエクスカリバーが槍を振りかぶる。
瞬間、クアッドは転がるように地面を蹴って死から逃れるべく生き足掻いた。
だが、投げられた槍が悪すぎた。
外れたはずの槍先が、必中スキルの恩恵で捻じ曲がり、真横から飛来する。
慣性や物理法則に喧嘩を売る、奇跡のような軌跡を描いたそれは、横っ腹から彼を貫く。
「な――んで……」
激痛に身を焦がしながら、冗談のような一撃を投げた相手へ種明かしを求める。
研究者としての業だ。
知りたがりの病が、今わの際にて答えを求めた。
けれど彼に発明を奪われた女は、凍えるような笑みを浮かべて言った。
「さて、ワタシにも分からないことが君程度に理解できるのかね?」
そうして、何も答えを知ることが出来ずに男は消失した。
「――で、実際はどうやってるんだい」
「どうもなにも、これはそういう必中スキルを持った槍ですから」
「また謎ワードだ。まったく、君たちは解き明かし甲斐のある謎が多過ぎる」
「謎解きならお好きにどうぞ。もうしばらくはお見せできるでしょう」
手元に槍を戻し、聖剣少女が手綱を引く。
その視線の先には、馬上からハンマーと戦斧を振り回す双子が居た。
王族なのにも関わらず、二人揃って自重する気配がない。
万一のために彼女は二人を追った。
「これで最悪は回避されたわけだ」
擬人化したタケミカヅチさんとショートソードさんに塔の最上階を任せた俺は、イシュタロッテ片手に塔を下る。
塔の窓から見下ろせば、大勢はついているようだった。
その後、いつものように面倒くさい死体処理に併走する。
アヴァロニアの軍が戻ってくることはない。
一応警戒はさせているが、これもジョンの仕込みだ。
魔物を引っ張りながら先に山を下りた彼らは、彼とクアッドとか言う博士の連盟の命令書によって陽動任務後は本隊と合流することになっているらしい。
命からがら脱出した彼らには、戻ってくる気力など無いというのがジョンの見立てだ。
最低限の食料だけを持って逃げた彼らは、ジョンの昔の仲間が多い。
軽装を武器に、鈍重な魔物から逃げ延びたら後は命令を守るだろう。
あのおっさん、中々に食えないぜ。
「これで終わりだ」
逃げるために重過ぎる物資を捨てていった連中のそれも回収。
今日はここで夜営だ。
天幕も準備させ、肉を用意する。
ここでジョンが名乗りをあげた。
軍の糧食を知り尽くしている彼は、俺の無体な行動が許せなかったようだ。
「なんで俺が料理担当に志願しなきゃならないんだろうな。捕虜なんだぞこっちは」
「不味い飯でいいなら俺が作るぞ」
「くそっ、どうなってるんだドワーフ軍は。飯の旨さは士気に影響するってことを知らんのか!!」
悪態をつきながら、それでもせっせと準備する中年男。
独り身が長いから余裕だと豪語する彼の周りでは、ドワーフの戦士たちが涎をたらしながら毒を入れないか見ている。
さっさと天幕張れよこの食い専共! てなもんである。
作れる奴が真っ先に戦死するので、料理をせず糧食を適当に齧っていたという彼らからすれば、ジョンは良い拾い物だったらしい。
「王子、ちょっと」
「なんや」
「モンスター・ラグーンで暴れてこようと思うんだが、ラグーンを焦土にしていいか」
「焦土って言い過ぎやろ。まぁ、ゲートを壊さんでくれたら少々の破損は目を瞑るで」
二階に開いた大穴を見上げながらダイガン王子は気風よく頷いてくれる。
何も知らないのだから当然か。
しかし、言質はとった。
遠慮なく焼き尽くさせてもらおうか。
「んじゃ、適当に物資を置いて行くから何かあったら知らせてくれ」
階段を駆け上がって最上階へ。
そうして、抑えてくれていた二人を連れて向こう側へと向かう。
ゲートの向こう。
永遠に闘争が行える、神滅の呪いのその名残り。
けれど、それは俺を含めたレベルホルダーにとっては欠かすことのできない戦場を提供してくれる聖域でもあった。
「それじゃ準備はいいな?」
「勿論ですアッシュ様」
「はーい!」
相変わらず、ショートソードさんは元気が良い。
それに比べてタケミカヅチさんは真面目だ。
けれど、その顔はどうだ。
隠すことができない喜びの表情を浮かべていた。
さすが武神だ。戦いとなると目の色が違う。
「それじゃ、行くぞ」
右手にイシュタロッテ、左手にレヴァンテインさんを握り締めてラグーン・アタックへとしゃれ込む。
しかし、今日初めて見たサンダーゴーレムには驚かされるぜ。
こいつは何故か電撃を放つのだ。
おかげでかなり驚いた。
殴ったら直ぐに割れる癖に、中々奇妙な生態(?)をしている。
別に俺たちの敵ではないのだが、不可思議極まりない。
さっくりと片付けて一階へ。
そうして、タケミカヅチさんたちは下のゲートに待機してもらう。
間違ってドワーフさんたちが来たら危ないからな。
「さーて、がっつりと貢いで貰おうか」
経験値や鉱石系アイテムはいくらでも欲しい。
俺は期待を込めてスキルを起動した。
女性用の天幕の設営を終えたティレルは、食事で盛り上がっている男たちを無視してアッシュを探した。
しかし天幕の影を見ても見つからず、防壁の上に上がって周囲を捜索するも発見できない。
ハンマー片手に暫くウロウロしていると、少し前までメモを取っていたフランベがエクスカリバーを伴ってゲート・タワーに向かうのを見つけて後を追った。
「ふむ。どうしてもダメかね」
最上階。
ゲートの前で話し声が聞えるので覗きこむと、見たことが無い人間二人とフランベたちが会話しているのを発見した。
「急ぎの用事なら、アッシュ様をお呼びしますが」
「主は何を?」
「レヴァンテインちゃんのスキルで魔物退治だよー」
問われたタケミカヅチの代わりに、鋼色のショートヘアーの少女が答える。
「それは危険ですね。巻き込まれるとタダではすまない」
「うーむ。具体的にはそのスキルとやらで何をしているんだい」
「魔物ごとラグーンの大地を燃やしています」
「隅々までこんがりだよっ」
「まさか、そんなことが彼にできるのかね?」
懐疑的なフランベに同意するティレルは、内心で何度も頷く。
しかし、エクスカリバーが肯定するように頷くのを見て眉根を動かした。
(意味が分からへんのやけど……)
普通なら信じられない。
しかし、彼女の兄曰く神である。
しかも父親公認らしいともなれば、信じないわけにも行かない。
「死にたくなければ好奇心を捨てるべきです。アレは敵味方の区別など無いのですよ」
「マップ全域攻撃だからね。お祭りの時はいつも皆死に戻るもんねー」
「しかも避ける隙間さえないところがまたエグい」
しみじみ言うタケミカヅチ。
「エクスカリバーはまだ防御が硬いから良い。レア度の低いショートソードやロングソードだときつ過ぎる。私もレア度は高い方だが機動性重視。アレは困るぞ」
「レア度? 君たちは希少性で能力が違うのかい」
「はい。基本は素材のレア度で変わります。なんでも、バランスの妙らしいです」
「でもね、アッシュ君は私みたいな初心者武器をカンストしてくれたんだよ!」
「カンスト……ええい、君たちと話していると本当に謎ワードにぶつかる!」
フランベが歯軋り。
意味を問い、まるで未知の数式を手探りで解き明かすような心地で挑みにかかる。
勿論ティレルも分からないが、そっと耳を澄ませ情報収集に励む。
ティレルはアッシュが気になってしょうがなかったのだ。
この前に修行に来ていたエルフたちや、それを率いる少年ぐらいには気になっていた。
彼女は面食いなのだ。
職人顔のドワーフに囲まれた生活をしていた彼女にとって、エルフとは衝撃的な生き物であった。
何せ、まず足が長い。
顔立ちもスマートだし、もじゃもじゃする鬱陶しい髭を生やしている者がいない。
そう考えれば、アッシュは腐ってもエルフ族に分類される容姿をしている。
しかもついつい勢いで突っ込みを入れても壊れない。
壊れないのだ。
おかげでティレルの好奇心は膨れ上がるばかりだった。
(気になる。ゲートの向こう側がむっちゃ気になるでぇ)
グダグダとゲート前で会議している四人。
見覚えのない二人も気にはなるティレルではあったが、やはり最優先はアッシュだった。
ドワーフ少女はハンマーを担ぐと、四人を無視してゲートにダッシュ。
「女は度胸! 悪いけど、向こう側にいかせて貰うで!」
「むっ、その意気や良し!」
どこかで聞いた台詞とともに、タケミカヅチが通せんぼ。
更にショートソードがカバーに入る。
二段構えの布陣。
驚くエクスカリバーとフランベの間を抜け、ティレルの体が疾駆する。
一瞬の瞬発力だけは高いドワーフの脚力で、武器娘たちに再びドワーフ少女が挑みにかかる。
猪のような猛進。
けれど、彼女は獣ではなく知恵を持つ生き物だ。
ティレルはタケミカヅチとショートソードの間に飛びこむと見せかけると、その寸前で左足を使い、右へと直角に地面を蹴る。
「ああっ!」
一瞬でショートソードの左へと飛び、更に右足一本で強引に体を前へ運ぶ。
「必殺の二段フェイントやっ!」
その鋭角な切り替えしに、ショートソードが抜かれてしまう。
その先にあるのはゲートの魔法陣。
(――勝った!)
などと内心でほくそえむティレル。
しかし魔法陣を踏む前に、何者かと衝突してしまう。
「わたっ」
「おっと、なんだいったい……」
アッシュである。
間の悪いことに、ゲートで戻ってきたアッシュの胸にティレルはダイブしていた。
「あ、あわわわわ――」
アッシュが見下ろせば、目を瞬かせるドワーフ少女が一人腕に収まっていた。
何事かと目を合わせれば、途端に顔から湯気が出そうなほどに真っ赤に染め出す。
その隣から、擬人化されたレヴァンテインも降りてくる。
「アッシュ君お帰りー。そしてとうっ!」
「お、おう?」
ショートソードがティレルを真似て右手側から飛び込む。
「ん!?」
出遅れた! とばかりにレヴァンテインもまた後ろから突撃。
よく分からないアッシュは、状況説明をかねてエクスカリバーたちに問う。
「これ、一体何の遊びなんだ」
「遊びというか、ただ単に親愛の情を表しているのだと思いますが」
「ああ、欧米とかの挨拶みたいなもんか。なるほど、ドワーフ式の挨拶はハグなのか」
ダイガン王子とカタロフ陛下もそういえばやってたなぁ、などと思い出しながらアッシュは茶目っ気を出して両手の二人の背中をポンポンとそれぞれの手で叩く。
ちょっとした文化の違い、という奴であった。
「さて、そろそろ飯の時間だろう。悪いけど、皆はここの抑えを頼む」
「お任せを」
「御意」
「はーい」
「ん!」
「あ、やっぱショートソードさんはインベントリ待機で」
「えー!」
頬を膨らませる彼女に謝りつつ、擬人化を解くアッシュ。
途端に一本の剣に戻ったのを見ていたティレルは、あんぐりと口を開けた。
「え、あ、ええぇぇ!?」
「あれ、そういえばティレル王女には見せてなかったっけ。俺のツクモライズ」
「見てへん、見てへんよツクモなんたらっ!」
「そうか。じゃあ言っとくわ。そこに居るフランベ以外は俺の――」
「嫁」
「……兼武器だ」
王女の二度目の叫び声を背に、廃エルフは階段を下りていく。
途中で言葉を挟んだレヴァンテイン。
彼女に質問攻めしている王女様を放置しながら、アッシュはジョンの料理に期待した。
味は、アッシュ以上ナターシャ以下であった。