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第四十六話「ティレル」


 平地に炸裂する砲弾が、地面を次々とめくれ上がらせる。

 着弾の衝撃に泣く大地の中で、ドワーフの騎兵が疾駆する。

 彼らは馬にも防御用の鉄装備を身に付けさせた重装甲の重騎兵。

 出鱈目に走り、被害を抑えるべく少数で狙いを外し果敢にも接近を試みるその姿は勇敢の一言である。


 しかし、その勇敢さは蛮勇さを孕んでいた。

 それでも走り続けるのは、それ以外に方法がないからだった。

 一人、また一人と運が悪い戦士たちが砲弾に倒れていく。


 それをさせたのは彼女自身。

 それでも、悔いることなく前を見据えるその少女は左手に持つ盾を掲げて先陣を切る。

 背は低く、ドワーフの女性らしい幼児体形である。

 しかし、その腕力が男のドワーフにも劣らないことを背負ったハンマーが証明していた。


 王女ティレル。

 彼女はアヴァロニアの攻撃に対して今までずっと抵抗を続けていたドワーフ戦士だった。

 兜の隙間から戦場を覗き込む双眸は、一端の戦士を凌駕するほどに鋭い。

 待ち受ける敵を前にしてこの胆力。

 付き従う戦士たちを率いる者としては、十分な資質が窺える。


「姫様、頃合かと!」


「ダメや。この距離だと擦り付けられへんよっ!」


 護衛の声を振りきり、更に前へ。

 数回のモンスター・トレインで得た情報を元に、砲弾の再装填時間で更に距離を詰める。

 そこへ、大砲の両脇から弓を構える部隊が矢を構えた。


(前よりも早い――)


 敵の錬度も上がっている。

 対応速度の速さに歯噛みしながら、それでも彼女は進撃する。

 そこへ容赦なく降り注ぐ矢の雨。

 ティレルは自国の装備を信じて突貫し離脱のタイミングを計る。

 矢の雨を抜け、遠目に見える砲兵が次弾装填のために一斉に下がるのを見て指示を出す。


「抜けるで、ウチに続けぇぇぇ!」


「撤退開始だ!」


「姫様に続けい!」


 高いソプラノが戦場に響く。

 それを復唱する護衛たちが、更にバラけていた仲間へと伝達。

 離脱する進路を北西に変える。


 そうして山道から離脱し、弧を描くようにして転進。

 すぐさま南へと消えるのがいつもの戦術であった。

 馬をそのままに後ろを振り返ったティレルは、目を少しだけ緩める。


「よっしゃ、魔物が連中の音に食いついた」


 敵の兵器の音が、注意を引く。

 それにより、追いつけそうで追いつけない獲物ではなくもっと大量の獲物へと目標を変える。

 作戦は成功だ。

 そう認識したティレルが、前を向いた瞬間、彼女の視界が急激に下がった。


「ッ――」


 一瞬の浮遊感。

 何がなんだか分からない間に、馬から投げ出された彼女の体が転がり落ちる。


――落とし穴。


 度重なるトレインに嫌気が差したアヴァロニア軍が、離脱ルートに仕掛けた罠である。


「ぐ、はっ――」


 深さは四メートル程だろうか。

 穴の中に転落したティレルに遅れて、急には止まれなかった護衛たちもまた落ちてきたた。

 無防備に落ちたダメージは大きい。

 乗っていた馬に押しつぶされた戦士や、頭から落ちて事切れている戦士たちが居る。

 生き残りも居るが、皆相当に被害を受けている。

 そして、ティレル自身もまた馬に背中から押しつぶされていた。


「困った……なぁ」


 満足に息ができず、身動きさえ取れない。

 上の馬はもがくが、足が折れたのか一向にどかない。

 むしろその動きで余計に苦しいぐらいだ。


「今、助けにいきますぞ!」


 分散していたせいで助かった後続の戦士が穴の上で叫ぶ。

 次の瞬間、長く支えてくれていた戦士の体が肉片となって飛び散った。

 遅れて聞えたのは砲撃音。

 足を止めた瞬間を狙い撃ちするかのように、放たれた弾丸が落とし穴に血の雨を降らす。


「ッ――」


 砲音は止まらない。

 そのまま次々と放たれ、山形の弾道を描いて落とし穴の周辺に着弾。

 いくつかが穴の壁を粉砕し、辛うじて生き残っているものたちに容赦なく降り注ぐ。

 やがて、「一旦引け」という苦渋の声と共に上からの聞える声はなくなる。


(良かった。そのまま、逃げてや――)


 遠くから魔物とアヴァロニア軍の戦う声が聞える。

 その中で、ザッザッと走り寄る音があった。

 生き残りが戻ってきたのかとティレルが首をなんとかめぐらせれば、そこにはスコップを持ったアヴァロニア人たちが居た。


「まったく、てこずらせやがって」


「だがこれで大人しくなるだろ。仲間の仇だ。きっちり苦しんでもらおうぜ」


「さっさと手を動かせ! 魔物が来るぞっ」


 彼らは悪態をつきながら土を崩し始める。

 このまま土葬する気なのは明白だ。

 被害が少ないものが起き上がり、生き残りたちに被せられる土を必死にどける。

 しかし、その上から飛来した石や矢が容赦なく動く戦士に止めを刺した。

 薄れいく意識の中、怒りに震えるティレルの手が土を硬く握り締める。

 彼女に許された抵抗はその程度だった。


 土が降り注いでくる。

 視界が、その度に暗黒に飲まれていく度に死を意識させられる。


(これで終わりなんかな。先に逝くで兄ちゃん――)


 そして彼女は、砲撃音に混じる雷鳴を聞きながら意識を手放した。




「間に合うかっ――」


 悪態を吐きながら、タケミカヅチを振るう。

 スコップ――正確に言うならシャベルを持った兵士の一人を切り飛ばした俺は、次の獲物に切りかかりつつノームを呼ぶ。


「穴の中のドワーフを助けてくれっ」


 返事を聞かずに命令。三人目が掲げたスコップ越しに脳天から叩き切り、地面を蹴る。

 敵はいきなりの奇襲に対応できていない。

 立て直すよりも早く、残りの敵を切り捨て更に弓を構えようとしている四人目へ。

 番えられた矢が放たれるも、鎧の胴に命中して弾かれる。


 二発目など許さない。

 腕ごと胸部を真一文字に切り裂き五人目へ。

 スキルを使用し、穴の反対側の敵を切り裂いて更に次を片付ける。

 三十秒も掛からずに戦闘を終えると、すぐさま穴の中へと飛び込む。


「無事なのは三人だけか」


 土を掘り返したノームが馬の下敷きになっている少女を引っ張り出していた。

 暴れる馬をどけるも、相手はピクリとも動かない。

 しかし、まだ辛うじて息はある。


「穴の山側、十メートル先にストーンウォール。三枚重ねてその前後に土を盛ってくれ」


 コクコクと頷くノームに大砲対策を任せ、穴の中を安全地帯にすると新たにウィスプを呼んで治療させる。

 そのままマップで索敵しつつ、他のドワーフも介抱していく。


 がたいの良いドワーフたちだ。

 当然生命力も高い。

 三人とも土塗れでどこかしら骨折していたようだったが、命は繋ぎとめていた。

 だが全員を助けられたわけではない。


 事切れた屍が無残な死体となって現実の冷たさを主張する。

 無事な馬が二頭居たので、回復させ、出る準備を整えていく。

 魔物のおかげですぐにアヴァロニア軍はすぐには手を出せないと思うが、魔物が寄って来ないとも限らない。できる限り早くこの場を離れるべきだろう。

 ノームさんに追加を命じ、脱出用の坂道を作らせる。


「おい、起きろ」


 地面に横たえたままの三人の肩を叩き、意識の覚醒を促す。


「うう……お前は、誰だ」


 先ず戦士の一人が起きた。


「心配するな、通りすがりのはぐれエルフだ」


「エルフ?」


 まだ意識が朦朧としているのか、体をよろめかせながら身を起こす。

 放って置けば勝手に理解するだろう。

 なので、残り二人を起こすことに専念する。

 途中でノームが戻ってきたので、無理矢理に北西に向かって脱出用の斜面を作らせる。


「おい、早く起きてくれ」


 刺激が足りないらしいので、邪魔な兜をのけるととりあえずひっぱたく。

 それで二人目が起きたので、一人目に任せて最後にドワーフ少女の体を揺する。

 案の定、その程度では起きないのでこっちも兜を外す。

 するとその下から、茶髪ショートのあどけない寝顔が現れる。


「ドワーフって、男女の差がありすぎるだろ……」


 主に顔つきの話だが、男が老け顔だとすると片やフレッシュな少女である。

 だが、今は非常時だ。

 心を鬼にしてペシペシとビンタを見舞う。


「おーい、頼むから早く起きてくれって」


 すると、気づいた戦士たちがギョッとしすぐさま俺から離れた。

 不敬罪だとして止めるではなく、逃げた。

 その意味を知ったのは、すぐである。


「んん、なんや煩い――ッ!?」


「ようやく起きてく――」


 途端、硬質な音と共に俺の顎が跳ね上がった。

 多分、アッパーカットだろう。

 良かった、体が普通じゃなくて。

 困ったことに、今のは洒落にならない威力があった。


 無理矢理に見上げさせられた空は、まだ青い。

 しゃがみこんでいた体が、一瞬宙に浮かんだのを確認しながら着地。

 仰け反る体をなんとか踏ん張らせ前を向くと、そこに忍び寄る影があった。

 瞬時に身を起こしたらしいドワーフ少女だ。


「死に腐れアヴァロニア人ッ!」


 彼女は俺に近づくや否や、鋭い呼気と共に右ジャブと見せかけてローキックを放っていた。

 それを理解したのは、喰らった後だ。

 何せジャブを防ごうとした左手が邪魔で見えていなかった。


 正に死角からの攻撃。

 成すすべもなく左足に喰らい、足を払われかける。

 俺が倒れないようにと右足でなんとか踏ん張った次の瞬間、彼女の右足が容赦なく伸び上がってきた。


 ドワーフの匠が作った鎧の可動域って、一体どうなっているんだ? などと思う俺を嘲笑うかのような強烈なハイキック。

 いっそ美しいと思うようなフォームの蹴りは、またも反射的にガードした俺の左手によって制止する。


「ッ――」


 少女の反応は早い。

 一瞬見開いた目を細め、口元を獰猛な猟犬のように吊り上げてるや否や右足を引きつつ左の爪先を跳ね上げた。

 後退し、それを躱す。

 容赦なく蹴り上げられた大気が荒々しい風となったのを感じながら、俺は説得しようと言葉を捜した。


 けれど、そんな悠長な時間を彼女はくれない。

 いつの間にか背中に回された右手が、既に得物を引っつかんでいる。

 その手にあるのは柄の長いハンマー。

 ゲートボール用のそれを大きくしたような槌だ。


 それを彼女は右足の着地と同時に振りかぶり、袈裟斬りに近いフォームで振るってくる。

 恐ろしいぐらいに迷いがない。

 完全に殺しに来ているのは明白だ。

 激突。

 硬質な音が奏でる不協和音を聞きながら、俺はどこか他人事のように呟いていた。


「こりゃ、確かに嫁の貰い手はないな」


 ショートカットで取り出したレヴァンテインで受け止めたまま、ダイガン王子の言っていた言葉にしみじみと同意する。


「面白いこと言うてくれるなぁ鎧男。アンタ、死ぬ覚悟はできとるんやろなぁ」 


 あどけない寝顔とは打って変わり、肉食獣のような笑みで少女が笑う。

 かと思えばすぐに後ろに後退。

 右手一本で握っていた得物に左手を添える。

 片腕だとまた受け止められると思ったのだろう。


 少女はジリジリと間合いを計りながら、飛び出すタイミングを窺っている。

 感情に任せて突っ込んでこないことから、理性は残っていると判断。

 面倒極まりないので、俺は親愛なる王子殿下を生贄に奉げることにする。


「言ったのはダイガン王子だ。俺はただ納得しただけだぞ」


「兄ちゃんが? なら、後でボコす!」


 すまん、王子。

 非常時だから勘弁な。

 レヴァンテインをインベントリに戻し、構えを解く。


「俺ははぐれエルフのアッシュだ。ティレル王女で間違いないか?」


「そうやけど……エルフ?」


 クリっとした目をパチパチと瞬かせると、距離を取っていたドワーフ戦士に目をやる。


「そうらしいですぞ」


「ええ、助けられましたからな」


 証拠として兜を脱ぎ、長い耳を見せる。

 途端にティレル王女は顔を真っ赤にして二人を怒鳴った。


「な、なんでそれを言わんのや! ウチ、気づかずに撲殺するところやったやろ! いや、そんなんはどうでもええ。どうしよ、寝顔見られてもうた!?」


「寝顔は可愛かったから問題ないだろ。とりあえずそういうのは後にしてくれ」


 哀れ怒鳴られる戦士のためにフォローを入れつつ、状況を説明する。


「……つまり、馬に乗ってさっさと離脱しろって言うんかいな」


 まだ顔を若干赤く染め、もじもじしながらティレル王女が確認してくる。


「そういうことだ。その辺にダイガン王子が居るはずだから合流してくれ」


「あ、貴方はその……どうするん?」


「丁度いいから乱闘に混ざってくる。流れ弾に当たらないように気をつけてくれよ」


「え、ちょっと待って。それはいくらなんでも――」


 困惑するティレル姫をそのままに、俺は穴から飛び上がる。

 その後ろをノームさんとウィスプがふよふよと浮かびながら追って来たので、三人でストーンウォールの向こう側を観察する。


「いい感じに乱戦中だな」


 コクコク×2。

 こっちを気にしてる奴もいるが、動くに動けないってところか。

 大砲隊が大忙しだ。

 数台ほどこちらに向けられたままだが、無駄玉を嫌ってか撃つ気配がない。

 結論、あの大砲を黙らせると魔物たちがなだれ込むわけだ。


 ゴーレム系の魔物は例外を除けば弓は無意味。

 なら頼みの綱の大砲をダメにして、お堅い魔物共相手に近接戦闘をしてもらうとしよう。

 精霊さんを戻し、左手にトライデントを握り締めた俺は、いつものようにタケミカヅチさんで切り込んだ。




「ティレル!」


「兄ちゃん!」


 合流したダイガンが、すぐに馬から飛び降りてティレルのところに駆け寄る。

 それを見て、すぐさま馬から飛び降りた彼女はダイガンに向かって両足から跳躍した。


「このダァホ!」


「なんでやねんっ!?」


 兄妹の感動の再会のはずが、強烈なドロップキックで吹っ飛ばされたダイガン。

 彼が目を白黒させながら見上げると、そこには猛烈な鬼気を纏ったティレルが駆け寄って来ていた。


「ちょ、おま、いきなりとび蹴りってなんで――」


 さすがに頭に来たダイガンだったが、その眼前に突きつけられたハンマーに言葉を無くした。


「黙れ馬鹿兄貴」 


「は、はいなっ!」


 兄の威厳など、無い。

 震え上がる兄の鎧を左手で掴み上げた妹は、殺意満点の顔で問う。


「なんで兄ちゃんは何もせずにここにおるん? 可笑しいなぁ。可笑しいないかなコレ。向こうではアッシュ様がウチらのために頑張ってくれてるみたいやのに」


「ワ、ワイは王子言うても普通のドワーフやっ! 神のアッシュはんとは違うがな!」


「……神?」


「そうやティレル。アッシュはんは廃エルフっちゅう新しい神らしいねん」


「そんな――」


 慄くティレルが、左手を離す。

 途端に、宙吊りから解放されたダイガンはゆっくりと距離を取る。


「どうしよ。ウチ、寝顔が可愛いって言われてもうたわ。まさか、これを切っ掛けにしてエルフの神様と禁断の恋が始まったらどないしよっ!?」


「……相変わらず、思い込みが激しすぎるやっちゃなぁ」


「しかもウチが全力で殴っても平然としてたんや。あかん、本気になってまうかも……」


 どこか遠いところへと旅立った妹様。

 こそこそと離脱したダイガンは、相手にしてられんとばかりに馬に乗り込む。

 その周囲では、生き残りのドワーフの戦士たちが不気味な者を見るような目で、女の子しているティレルを見ていた。


「妹さんはどうしたんだい。必要なら診察ぐらいするが……」


「あの病気は名医でも治せんもんや。それより、アッシュはんや」


「余裕のようですよ。今、陣形が流されました」


「流されるて……ほんまや」


「まるで津波だね」


 山から十メートルはあるだろう波が押し寄せ、兵士たちを山の下へと押し流している。それらは設えられたアヴァロニア軍の天幕までも襲い掛かり、野営地をずぶ濡れにしてしまう。


 アッシュが力ずくで山を登り、山道の上から放ったのだろう。

 トライデントの固有スキルを知っているエクスカリバーは、その様に同情した。

 彼らが押し流されたその下では、その重量故に押し流されずに済んでいる魔物たちがてぐすね引いて待っているのだ。


 そこに、駄目押しとばかりに断続して雷鳴が何度も鳴る。

 ドワーフたちの視線が、自然ではありえるはずのない不可思議な雷に呆気に取られる中、聖剣少女だけが動じない。


「おお、水雷コンボですか。無難な主らしいですね」


 海水で押し流し、びしょぬれになったところを威力増幅ボーナス狙いで雷の精霊『ボルト』の魔法で広域殲滅。

 ゲーム時代にはよく使われた魔法戦術だが、久しぶりに見たそれを彼女は懐かしげな顔でそれを眺めた。




「皆の仇を取ってくださり、ありがとうございました」


 一仕事終えた俺を、ダイガン王子を押しのけてティレル王女が迎えてくれた。

 軍だけではなく魔物退治まで加わったが、動き回らずにまっすぐに攻撃してくれる重量系の魔物はまったく恐ろしくなかった。


 しかし、なんだこれは。

 何故か分からないが、嫌にティレル王女の距離が近い。

 これは、アレだ。

 完全に彼女の間合いの中という奴だ。


「あ、ああ……うん。アレは邪魔だったからな」


 いきなりアッパーカットを繰り出された記憶があるせいか、無意識に半歩下がる。

 コート姿だと、打撃はちょっと困るのだ。


「とってもお強いのですね。尊敬します」


 おかしい。

 少し前と態度が違いすぎるぞ。

 下がった距離を埋めるような勢いで距離が詰められるので、寒気がした俺はダイガン王子に目配せする。

 すると何故だろう。

 彼は視線を背けて口笛を吹いた。


 分からない。

 彼がいったいどんな意図でその行動に出たのかが。

 わざとらしい上に、周囲のドワーフの戦士たちの態度も変だ。

 何故、皆は俺と目線を合わせない。


 妙な空気の中でエクスカリバーさんを呼ぶと、特に異常が無かったことを確認する。

 当然、ティレル王女に対して背を見せることはせずに最大限の注意を払うわけだが、妙にギラギラとした視線でこちらを見ているのに気づいた。

 これは、アレだな。

 戦士らしく白黒付けたいのかもしれない。

 そうか、続きを誘いたいが立場を考えて我慢しているんだな。

 そりゃあ、王子たちも困るか。


「ティレル王女」


「は、はい!」


「気になるなら、夜営時に模擬戦でもして白黒つけるか?」


「い、いいんか!?」


 よ、喜びのあまり地が出ているな。

 三分も持たない外面ってなんだ?

 だが正直で大変好感が持てる!

 ギョッとするドワーフたちがざわめく中で、ティレル王女の唇が釣りあがる。


「できれば木剣とか模擬剣にしてくれるとありがたいな」


「ええよ。ええよ。バッチ来いや。是非相手をお願いするでエクスカリバーさん!」


……アレ?


「良いでしょう。主の許可もあるようですし軽く揉んで上げましょう」


「――軽くやて? そそそそちらこそ、主の前で無様を晒さんよう後悔しといてや」


 俺の前で静かに微笑むエクスカリバーさんと、殺る気満々なティレル王女が火花を散らしている。


「レベルホルダーと神モドキか。面白い対戦カードだね」


 フランベは歓迎ムードだ。

 止めようかと迷う俺だったが、肩に手をやってきたダイガン王子が無言で首を横に振るった。

 諦めろと、そういうことか王子。


「まぁ、別にいいか」


 怪我さえしなければ、な。

 睨みあう二人を他所に、俺とダイガン王子は予定を決める。

 結果、山道の手前で夜営することになった。




「ほな始めよか」


「その意気や良し」


 夕方である。

 俺が用意した木刀を片手に、野営地にで二人が模擬戦に励んでいた。

 その傍ら、俺は一人黙々と飯作りに励むわけだが、すぐに困らされた。

 ほとんど最初の一撃で互いの木刀がへし折れたのを見たせいだ。

 おかげで甲冑と全身鎧とでの乱暴な打撃戦に変化していた。


「何故、仕切りなおすという発想が出てこないんだ」


「戦場ではそんなことを言っていられないからではないかね」


 二人の行動を冷静に分析するフランベは、俺が預かっている荷物の中から紙と羽ペンを取り出し、何やらメモを取っていた。

 俺以外で二人の模擬戦を止めるべきダイガン王子はといえば、久しぶりに酒にありつけたと号泣するドワーフの戦士たちと一緒に酒を飲みながら苦労話を聞いている。

 情報交換という意味では必要なのだが、どうも釈然としない。

 更に言えば、誰も料理を手伝おうという発想がないことも解せないぜ。


「あいつらに食わせる美味い飯はないな」


 結論である。

 適当に野菜を切り、塩で味を調えてひたすらにオークの肉を焼く。

 腹に入れば皆同じ作戦だ。

 大皿に盛り、適当に箸を置いて放って置くとドワーフたちが文句を言いながらも食べる。

 酔っ払い共はついでに酒のお代わりまで要求してきた。


「アッシュはん、酒追加してや。一本じゃ話にならんわ」


「遠慮しろ髭もじゃ共!」


「ドワーフに酒を出したんはアッシュはんやで?」


 ダメだこいつら、調子に乗ってやがる。

 神がどうたらと持ち上げるこの世界の住人は、こういう時はまったく敬いの精神を見せない。

 カミラ姫の爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいほどだ。


 とりあえずウォッカとウィスキーを樽で出してやると、連中が樽に群がった。

 二度とやらんと誓いながら、ティレル王女とフランベ、そして俺の分の肉炒めを作る。

 そんな俺の遥か上空では、見張りを任せているボルトさんが滞空している。


 うん、バチバチと紫電を纏っているな。

 さすが雷の精霊だ。

 雷そのものが人型を形成しているような姿のせいで、中々に頼もしい。


 目立つことこの上ないが、周囲は平地。

 しかも、山側はノームのストーンウォールと土で守られている。

 攻撃してくれば気づけるし、彼女の放つ落雷の音はそのまま防犯ブザーにもなる。

 守備は任せておけば大丈夫だろう。

 などと思っていると、模擬戦組みの決着がついていた。


「そろそろ降参すればどうでしょうか」


「ぐぬぬぬ。まだ……や、まだ、終らん……でぇぇ」


「い、いつの間に逆エビを……」


 エクスカリバーさんが、完全に技を決めている。

 おかげで、エビが逆に反れるような格好を取らされているティレル王女は、外せずにただただ苦痛に喘いでいた。

 小顔を真っ赤にしながら、必死の抵抗を試みているようだが……凄まじい形相だ。

 何がそこまで彼女を駆り立てるのかは知らないが、とにかく元気一杯なところだけは大変よろしい。

 昼間に死にかけていたというのに大したメンタリティだ。

 まったく、この世界の女性は精神が強すぎるぜ。


「おーい。決着が着いたなら食事にしよう」


「了解です」


「うぐぐ。この屈辱、絶対に忘れへんで!」


「精進することです」


 甲冑の埃をサッと払い、勝者の貫禄を見せ付ける彼女は兜を被るとグングニルを握り締め俺の側にやってくる。


「明日の予定は決まりましたか?」


「いや、それが見ての通りなんだ」


 ドワーフの男たちは酒盛り中なのである。


「少なくとも俺は、モンスター・ラグーンに向かうことになるだろうな」 


「では挟撃ですか? それとも迂回して迎撃を?」


「当然、挟撃だな」


 魔物と俺で挟み撃ちが理想だろう。

 ただ、先行している連中も馬鹿じゃない。

 生き残りもかなり山に逃げた。

 合流し、後ろを取られたことに気づけばそのまま進行するか一旦戻るかで選択するだろう。これで引き返してくれればいいのだが……。


「なるほど。山側だけでなく、北に逃げた者たちが増援を呼んでくる前に決着をつけるのですね」


「そういうことだ」


 こっくりと頷くエクスカリバーさんにも振る舞い、恐縮するティレル王女も呼んで夕飯にする。

 密かにソースを使ったのだが、そのせいで匂いに釣られた酔っ払いが文句を言っている。

 だが、知ったことではない。

 何せこっちは酒抜きだからな。


 食事が終れば、俺はノームさんに頼んでストーンウォールで部屋を作らせた。

 その中に、アデル王子のレベル上げ時代にお世話になった浴槽を取り出して沸かす。

 頑張っても同時に入るのが二人程度のそれは、大きい風呂と比べれば確かに開放感という意味では差がある。

 けれどそれがどうしたというのだ。

 いい加減、俺は我慢の限界なのである。


 ティレル王女とフランベに声をかけ、先に風呂に進める。

 二人とも特に抵抗無く入浴した。

 というより、感激していた。

 やはり、ただ濡れた布で汗を拭く程度ではダメなのだ。

 ドアなど無いが、覗けないように入り口にエクスカリバーさんを配置すれば問題ない。

 二人の後で俺が入ったわけだが、やはり風呂は良い。


「ナターシャたちは大丈夫かなぁ」


 森の様子が気になる。

 問題は無いとは思うが、こうなると体が三つぐらい欲しいところだ。

 両手で湯をすくい、顔を洗う。

 さっぱりしたところで、空を見上げれば青い星が見えた。

 天井が無いのだから当然だが、妙な寂しさを感じてしまうぜ。


「さて、明日もまた戦いだ。できれば何事もなく終ってくれればいいんだが」


 それがありえないことだと知りながら、今日という日も無事に終わった。


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