第四十五話「ティレルの罠」
「――本当に、本当に彼は神なのか?」
ポツリと、ドクトル・フランベは疑問をこぼした。
エクスカリバーが繰る馬に乗ったまま、遠い戦場に目をやるフランベ。
その顔には困惑と失望と、微かな好奇心で彩られていた。
探究神『アナ』は、今現在は遠くを見るべく望遠モードに切り替えられ、その戦場の様子をフランベに見せている。
その向こうでは、アッシュが絶えず動き回って敵勢と戦っていた。
まず、戦い方が酷く原始的だった。
偶に自らの力を消費し、信じられないほどの速さで敵を斬り飛ばすがそれだけだ。
両手に持つ剣だけで戦い、神としての力を振るっている様子がまるでない。
アレでは、ただ恐ろしく強いだけの兵士に過ぎなかった。
「何故だアッシュ君。何故、君は魔法を使わない」
ハイエルフの代名詞である精霊魔法さえ使っていない。
精霊という名の神モドキ。
馬の手綱を握るエクスカリバーもそうだが、手を借りるなりすればいいのにまったくしない。
それどころか、多勢に無勢だろうに一向にそれ以上の力を使う気配がない。
アリマーンを知るフランベにとっては、これはあまりにも理解できないことであった。
「使う必要が無いからでしょう」
「な、なんでや。明らかに不利やないか」
エクスカリバーの言葉に、聞いていたダイガン王子が問う。
「相手は数が多いだけの雑兵だからです。主のHPに極めて微弱なダメージしか与えられていませんから、単純に時間さえかければどうとでもなるとお考えなのでしょう」
「HPとはなんだい」
「ヒットポイントの略です」
「そんな言葉、聞いたこともないぞ」
「無くなれば死んでしまう大事なものです」
フランベにはまったく意味が分からない。
探究神でさえ、そんな言葉を聞いたことが無いほどだ。
「それ、想念って奴やないんか?」
「違います。HPはダメージを受ければ減少する数値で、言うなれば生命力です。これらは攻撃を喰らえばそれだけで減ります」
「よく分からないが、それがなくなると彼は死ぬということかね」
「はい。そうなると復活ポイントで復活されます」
「……神、念神は殺されると自分と関係が深い場所で復活するというが……」
「いえ、それとは別物でしょう」
「馬鹿な、ありえん! 念神である限りこの法則は覆らないはずだ!」
フランベが声を荒げるが、エクスカリバーは涼しい声で答えるだけだった。
「復活ポイントと主との関係はまったくありません。ただ、そうですね。復活に関してはよくデスペナがあるから世話になりたくないと主は仰っていました」
「デ、デスペナ? また知らない単語が……」
「デスペナルティの略です。復活直後は一時的にステータスが低下し、所持金の半分が失われてしまうという現象が発生するのだそうです」
「それは想念が減るからじゃないのかい」
「それは関係ないと思われます」
「ええい、一体どんな法則が彼を縛っているんだ!?」
「そこでワイに聞かれても困るんやけど……」
フランベの視線に負けたダイガンは、彼は彼で何故所持金が半分になるのかで混乱していた。
彼だって神の知識はある。
だが、どうにも伝え聞くそれとアッシュは違う。
これは大陸西方の生まれであるフランベも、そして探求神も同じであり、無駄に頭を回転させてその理由を思考させられていた。
しかしどれだけ理由を推察しても答えなど出るはずも無かった。
「ふふ、ふふふ。さすがは回帰神の一柱。ワタシの知識がまるで役に立たんとは。ミステリアスなところも気に入ったよアッシュ君」
遥か彼方で戦う青年の姿を見つめるフランベは、秘めたる決意を新たにした。
(もうサイは投げられているのだ。ワタシは君を理解し、アリマーンを越える――)
叡智の光は神域さえ暴きたて、ヒトをより高みへと誘う架け橋だ。
想念の力で強化された程度では届かぬ領域。
その届かぬ場所への渇望は、好奇心となってアッシュへと向けられた。
時折パチパチと爆ぜる焚き火の音が、野営地に静かに響く。
満点の星空の下での夜営。
これがただのキャンプであれば、もっと楽しく気楽だっただろう。
「すんまへんなぁアッシュはん」
焚き火を囲むように配置した椅子代わりの丸太の上で、戦斧を抱きながらダイガン王子が呟いた。
その申し訳なさそうな静かな声に、俺は気にするなとばかりに首を振るう。
「大丈夫だ。無傷だしな」
結局、俺は夕暮れまで戦闘を続けた。
斬った敵の数なんて覚えちゃいないが、たった一人で戦う俺は通常の戦力の枠組みから完全に逸脱していた。
そのせいで、連中だとて引き際が分からなかったのだろう。
そもそも信じられる訳が無い。
たった一人の敵相手に、数百人単位で挑んで倒せないなど。
昔なら絶対にこんな無茶はしなかったが、今ならそれができる。
それが念神としての力だ。
偶々手に入れたこの体は、胡散臭い程に強力である。
普通に考えれば異常なそれを、ただの元ネトゲーマーが振るっただけでこの戦果。
ただ、肉体は強くても内包する精神はそれに追いついているとは言いがたい。
「本当に、大丈夫なんか?」
「俺の体も装備も特別なんだ」
王子は目を伏せたまま、戦斧の柄を握る手を振るわせる。
「確かに、確かに特別なのかもしれへん。けど、アカンのや」
「……」
「あんな戦い方をずっと続けたら、いくら神やっちゅうても心が壊れてまうわ」
多勢に無勢の、援護も何も無い単独戦闘。
敵の罵声と怒号と悲鳴が、延々と何時間も聞こえていた。
――化け物めぇぇっ!
――なんだ、なんなんだお前はぁぁ!
――止めてくれ、止めてくれよぉ。
――死にたく、ない。
――俺には妻と子が!
――悪魔だ、悪魔がここにっ!
耳にこびり付いた罵詈雑言は、いまだに沸騰した頭の中で反響している。
いつしか完全に殺戮が作業となっていたその時に、俺はモノクロのテレビ映像を見ているような心地だった。
何の感情も浮かばず、何の痛痒も感じない。
まるで世界から色が失ったように、何もかにもが凍結した思考に飲み込まれていた。
正直、彼の忠告が今でも他人事のように聞えるのはそのせいだったのかもしれない。
「フランベはんにとってはあんさんの力を確認できる好機かもしれへん。けどな、アンタが壊れたら本末転倒やで。アッシュはんの心はそこらの武具と違うて打ち直せへんのや」
小声なのは、外套に包まって眠っているフランベに聞かれないようにという配慮か。
それとも彼女が信じられないからこそだったのか。
或いは、その両方か。
不寝番のためにエクスカリバーさんとレヴァンテインさんが交代で警戒してくれているため、夜は寝てしまえばいい。なのに、妙に眠れない俺に付き合うように彼は起きていた。
「言いたかないけどな。今のあんさん、目が死んどるんや」
「そんな大げさな」
「ワイはな、そんな目をしたドワーフの仲間をよう見てきたんや。やから分かる。それはやせ我慢してる奴の目や」
「……」
「もっと肩の力を抜いてもええんやで」
耳から届くその声が、焦る心に染み渡る。
「無理なら無理で、遠回りしたらええ。誰も責めへん。なぁ、何がそんなに怖いんや」
怖い?
そうか。怖いのか俺は。
「戦えば戦う程、奴が遠くに感じるんだ」
「奴?」
「アリマーン」
奴なら、アレほどの時間はかからないだろう。
不思議と、そう直感している。
いつしか俺は、ダイガン王子に胸の内に溜まったものを吐き出していた。
ポツポツとシュレイクでのことを語り、まるで到来するかもしれない未来への言い訳でもするかのように。
「このままじゃあ、勝てる気がしない……」
「そら難儀やなぁ」
「昼間の連中が怖くないのも、奴と比べてしまったからだ。こいつらなら負けるはずがないって、心のどこかで思ってた。だからやってみたわけだが……これは慢心だな」
「それがあんさんの評価なんやったらしょうがないやろ。確かにアッシュはんがワイらと違うのは分かるで。ただ、無茶するのは見てて怖いわ。頼むから控えてや」
「気をつける」
とはいえ、しばらくはずっと悩みそうだ。
さっさと楽になる答えが知りたい。
嗚呼、すぐに答えを知りたがるのはネット世代の悪い癖か。
広大なネットには誰かが出した答えが散らばっていることがある。
それらを先達の知恵とし、苦労もせずに手に入れてしまうことで、時間を短縮できる代わりにその答えに行き着くまでに得るはずの経験を失う。
それが分かっていながら、攻略法が知りたい欲求はなくならない。
堅実な方法でも、奇抜な方法でも構わないのだ。
なんだったら、手順が面倒くさい方法でもいい。
俺は今、奴を真正面から確殺する術を知りたい。
そして手に入れ、安堵したいのだ。
「……王子、地下迷宮とモンスター・ラグーン。強いて言えばどっちが大事だ」
「モンスター・ラグーンの方や。でも、なんやのんいきなり」
何れ尽きるかもしれない鉱脈と、尽きる気配がない供給源。
やはり、比べればその結論に至ってしまうか。
こうなると欲が出てきてしまう。
後のことも考えれば絶対に取り返したいのだ。
「悪い、さっきのは無しだ。ゲートタワーをどうにかするまでは無茶をさせてくれ」
「なんか、拘る理由でもあるんかいな」
「大砲さ。アレを量産して対アヴァロニア戦での武器にしたい」
そのためには資源が居るし、何よりも大陸の鉱山資源や武具流通に影響が出るのも避けたい。
だからここで無理をしない選択肢はない。
最悪地下迷宮が落とされても、資源が残ればまだ取り返しがつくのだから。
淡々と紡いだ言葉に、ダイガン王子が頭を振るう。
「決意が固いならこれ以上は言わんけど、ホンマに気いつけてや」
言っても聞かないだろうと察したのだろう。
やるせない顔でため息を吐き、焚火に薪を投げ込む。
「しかしアレやなぁ。ワイは個人的に認めたくないけど、大砲はそこまでのもんなんか」
「可能性はある。何せアレは、発展すると戦場そのものを変えかねない」
安易にヒトを殺せる兵器は、この世界の花形戦力であるレベルホルダーにさえ効果がある。
何せ、どれだけ強化されても普通のレベルホルダーの体は鋼鉄にはならない。
アリマーンや神宿りは、能力やアーティファクト魔法次第では例外だとしても、大多数の兵士にとっては脅威でしかないのだ。
今すぐそこに、戦場がイノベーションする兆しがある。
弓、槍、剣などの鉄の時代から、攻撃力がインフレする火薬と銃弾の時代へのシフト。
ただでさえこちらは単一戦力で劣るのだから、それ以外で負けるようでは話にならない。
そのためにはやはり、フランベとペルネグーレルの生産力は失えないはずだ。
「だからフランベを手元におきたいと思ったんだ。とはいえ、その水準に持っていくには時間が無さ過ぎるかもしれない。大体にして今のままじゃあダメだからな」
大砲だけでは足りない。
兵士一人一人に必殺の力を与えるためには、やはり個人携行できる銃の開発も必要だろう。
それがモノになるまでどれだけかかるのだろうか。
まったくの未知数だ。
それだけの開発技術など、この世界にあるのかさえ謎だ。
そして俺は、そんな考えを持ちながら重火器の詳しい知識を持っていない。
内部機構や弾薬の詳細なデータさえも知らない。
それを一から全部生み出して、大量に配備したい?
馬鹿げてるだろそんなの。
しかし、一抹の期待をかける可能性を内包しているからこそ挑戦してもらいたくもある。
信じられないが、信じたい。
そんな矛盾する願いを叶えられるかもしれないのだから、俺にとってフランベはある種の可能性だった。
「なるほどなぁ。フランベはんに妙に気を使ってるのにはそういう思惑があったんか」
「夢で終るかもしれないが、何もしないよりは何か手を打っておきたい」
俺だけができることの一つに、知識の伝道がある。
どうせできることが少ないなら、思いつく限りやっておきたい。
それが例え、机上の空論で終ったとしても。
これならリスベルクの本でも世界中にばら撒く方が楽かもしれないな。
タイトルはシンプルにハイエルフの冒険とかでいいだろう。
ついでに娯楽小説にして、大衆に好まれるような本にすればいい。
当然アヴァロニアにも輸出だ。
アリマーンの聖書やら経典を越える勢いで発刊し、活字で想念戦争を制すのだ。
――ダメだ、追い詰められて脳味噌腐ってるな俺。
活字と言いながら漫画を思い浮かべた俺は、深いため息を吐いた。
そこへ、件の人物が声を掛けてくる。
「諦めるには早いぞアッシュ君」
「起きとったんかい」
「アナが起きろというから起きた。そしたら、面白い話をしているじゃあないか」
目を輝かせながら、寝床から起き上がったフランベがにじり寄ってくる。
「君はやはりワタシと出会うべくして出会ったようだ。ワタシの発明をそんなにも高く買ってくれる者に出会ったのは生まれて初めてだよ。嗚呼、嗚呼、嗚呼! 夢のようだよアッシュ君!」
「ちょ、おいフランベ!?」
両手を広げてダイブしてきた彼女は、俺を押し倒すや否や顔中にキスの雨を降らせてくる。
椅子にしていた丸太から落ちたせいで、背中が妙に痛い。
「認められたかったんだ。ワタシの生み出した物は、どうにも凡人や凡神には理解されない。だというのに、君はこうもあっさりと認めてくれる。思ったとおりだ。ここに来てよかった!」
「……ワイ、席を外そうか?」
「何を言っているんだ。これから君は新たな歴史の生き証人になるのだよ? 居てもらわねば困る」
「乳繰り合うの見せ付けようってんなら、さすがに堪忍して欲しいんやけど」
「それもいいがもっと大事なことがあるだろう」
言いながら、フランベは俺を見下ろす。
「さぁ、君がワタシに求めるものを教えてくれたまえ。他でもない君が言うんだ。ワタシはどんな要望にだって答えようじゃないかっ!」
「じゃあ先ず一つ目の要望だ」
「やはり軽量化かい? それとも威力の向上? いや先に命中率かなっ!?」
満面の笑みを浮かべるフランベに、俺は真剣な顔をして言った。
「とりあえず、俺の上からどいてくれ」
「――ええいまだか! まだ辿り付かないのか無能共め!」
白衣の中年男が汗だくで悪態をつきながら腹を揺らした次の瞬間、それを遮るかのように大砲が大音声を上げた。
けたたましい砲声は当たり前のように生い茂る木々を震わせる。
その結果として、進路を塞ぐ岩ゴリラの体を二・三匹纏めて粉々にした。
恐るべき破壊力だ。
にも関わらず、それは彼の望む結果に中々繋がろうとはしなかった。
「ドクトル・クアッド。何度も言いますが今日中は無理です」
砲声の合間に指揮官の男が言うと、クアッドは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「そ、それでも君らはアヴァロニアの精鋭なのかね!」
「精鋭? ふははは。学者先生は面白い事を言う」
指揮官の男は声を出して笑うと、周囲にいた兵士たちも声を上げた。
「精鋭というのは、船でバカンスを決め込んでいる六魔将殿が直々に動かすような連中です。それ以外は碌にレベル上げも許されていないただの雑兵ですよ」
「な、なんだと!?」
「やれやれ、これは貴方たち兵器研が提案したことでしょう? 『レベルホルダー』以外を戦力に仕立て上げる、画期的な兵器の試験運用を兼ねる作戦だと」
だから当然のように精鋭などこの部隊にはいない。
せいぜい厄介払いを兼ねた素行不良が数人レベル三十を越えればいい方だ。
「これぐらい、新兵器を開発したらしい学者先生なら知っているはずですがね」
「え、ええい! なら一日でも早くたどり着くよう作戦を立てたまえ!」
「では学者先生が最前線に出ることを提案しましょう。レベルを優先的に上げることを許された貴方が先頭に立ってくだされば、今よりも早くたどり着けますよ」
「わ、私に戦えというのか!?」
「貴方が一番のレベルホルダーですから」
「ぐ、ぐぬぬ。わ悪いが、た、た、体調が悪い。ここは任せるぞ――」
クアッドはそういうと、腹を押さえながら消えた。
「役に立たん奴だよ」
「本当にレベル四十を越えるんですかね?」
「さてな。他人の成果を掠め取ったと言われる男だ。嘘であっても驚きに値しないさ」
「隊長、やっぱり開発者は女先生だってことですか」
「その説が有力だ」
蒸れる兜を外し、指揮官の男は山を見据える。
モンスター・ラグーンへと続くゲート・タワーへの道は、ドワーフの戦士たちの暗躍によって遅滞させられている。特にネックなのは大砲であった。
ただでさえ重量があり、持ち運びが不便な新兵器とやらは大量の弾薬が必要だった。
それを引かせる荷馬車などが通れる程度には、鉱山資源の輸送用のルートとして整備されているがバリケードを一々掃除しなければ進めない。
また、魔物が当たり前のように出てくるのも誤算であった。
(連中、安全よりも我々への妨害を取るとは。馬鹿なのか切れ者なのか……)
平地の中腹で、魔物を引き連れて来た少数の騎兵たち。
その意味するところはゲートタワーから漏れ出す魔物を封じている防壁の解放だ。
指揮官の男は、その最前線で見た一人の少女を思い出す。
ドワーフは低身長で筋肉質だ。
その女性ともなれば、幼児体形の少女にしか見えない場合がある。
人間よりも長命なために見た目で侮ることはできないが、随分と思い切りの良い敵だと彼は評価していた。
「まぁ、今はいいか。それより、下の部隊から追加の伝令は?」
「ありません。まだなんとか耐えているのでしょう」
「この短期間で奴らの援軍がドワーフ・ラグーンから来るとは思えん。となれば、あの狼煙の問題は些細なことだったのかもな」
部下を不安をさせないようにもったいぶって兜を被ると、彼は伝令を走らせた。
(急がないと不味いな。はてさて、どうしたものか)
新兵器は破壊力はあっても使う限り音で魔物を刺激する。
クアッドは認めていないが、それもまた実証された。
確かに気の弱い魔物は音から逃げる。
しかし関係ないとばかりに反応する魔物がいることは、揺るぎ無い事実として兵士たちには受け止められているのだ。
この問題には解決の目処がまったくつかないので、指揮官は貧乏くじを引いたことをただただ嘆いた。
敵からの攻撃はなかった。
逃げ延びた連中が兵を差し向けてくるかと思っていたが、そんなことはない。
「嗚呼、早く終らせて開発に取り掛かりたいものだよ」
背中から、興奮した面持ちを隠そうともしないフランベの声が聞える。
俺の拙い説明で、求める物のイメージはある程度掴んだようだ。
この戦いが終れば好きなだけ研究してもらうつもりだが、妙なことになっていた。
早めに朝食を終え、出発したのは良かった。
しかし、進むに連れてダイガン王子の顔が引き攣っていくのがよく分かった。
彼女の妹が一体何をしたのかの答えが判明したからである。
「ティレルの奴、よりにもよって防壁を開けおった……」
これによりモンスター・ラグーンから魔物が下に降りて来たため、アヴァロニアの兵士たちは魔物と戦う羽目になっていたのだろう。
ゴーレムや岩ゴリラのような鉱物系の敵が多いというペルネグーレルのモンスター・ラグーン。
魔物の残骸と一緒に、交戦しただろう兵士たちの亡骸が山に近づくたびに散見された。
「良い手だよ。今回のアヴァロニアの兵は軽装がメインだったはずなんだ」
対ドワーフ戦と、進撃速度の重視のための装備だそうだ。
足の遅いドワーフを射程圏内に誘い込み大砲で仕留める。
そのためには当然機動力が必要だ。
できる限り重装備の鎧などはなく、武器もその限りでは無かったという。
撤退時のことを考えれば軽い方が良かったのだろう。
その代わり砲弾と火薬、矢などを大量に用意していたらしい。
それがネックになったようだ。
「持ち込める弾薬には限りがある。そして、軽装である彼らが頼れる武器はやはり大砲だ。無限に出てくる連中を相手に使い続ければ、弾薬は当然枯渇する」
そもそも、並の武器だと岩ゴリラの相手は厳しい。
ティラルドラゴンに普通の剣を使うようなものだ。
有効なのは重量系の打撃武器。
それも、岩や鉱石を砕けるようなものが望ましい。
「砲弾の代わりに石を飛ばすという手はある。しかし、火薬には替えが無い」
当然、現地で奪うこともできない。
何せ存在しない新兵器の肝だ。
持ち込んだものだけでやりくりしなくてはならないせいで、補給の当てがないことが響いているようだ。
途中から徐々に死体の数が増えていく。
そして、その中にはドワーフの戦士たちの死体もあった。
懸念事項があるとすれば、ドワーフの武器か。
死体の周囲に武器が無い。
当然、彼らの重量武器は鹵獲されて使われていることだろう。
「塔から移動経路に引っ張っていったのか」
「それで魔物に襲わせ、その隙に攻撃もしたんやろうな」
ネットゲームでしばしば行われる戦術、モンスター・トレインに近いな。
「とんでもないことしくさりおって。後始末が大変なんやで。あふれ出した魔物共に村や町が襲われる心配もあるっちゅーのに……」
「懸念はもっともだね。しかし今はその妹さんの決断を褒めようじゃないか」
とはいえ、それで連中が諦めるはずもない。
その証拠に、遠方から大砲の音らしき音が微かに聞えてくる。
こうなれば連中も考えを変えてくるかもしれない。
俺が最も恐れる事態があるとすれば、ゲート・タワーそのものの破壊だ。
ゲートは一方通行だが、最上階のゲートを物理的に破壊した場合その機能がどうなるかなど知らないのだ。
上からの転移ができなくなれば、それだけで損失となる。
向こうにとっても、弾薬が尽きそれしかないとなればやる可能性がある。
それならまだ、上のバッテリーコアを壊すだけのいつものやり方にしてくれる方がいい。
妹さんの選択が吉と出るか凶と出るかは分からない。
だが、これはないだろうと思うのだ。
「魔物の群れを引き連れたドワーフの騎兵か。少数でよくやるよ」
「妹さんたち元気だなぁ……」
「ティレルの阿呆、別のルートからも引っ張ってきおった!?」
塔への最短ルートは勿論アヴァロニアも通る。
しかし、それ以外の塔へルートが少なくとも複数あるらしいのだ。
それらをよく知る彼女たちは、全部のルートでモンスター・トレインを実行しているようだった。
俺達の進行方向、最短で山へと続く道に疾走する騎兵が向かっていくのが見えているわけだが、その後ろを当然魔物の群れが追っていく。
ここの魔物たちは重量のせいか足が早そうではない。
しかし、その分体格も良く強靭な体躯をしている。
岩の塊が進撃していると言えば分かりやすいだろうか。
見たことがある岩ゴリラは別に良い。
問題は、人型の鉱物の塊らしき敵――ゴーレムだ。
素材別に色が違うのか、黒いのや金銀、或いはサンリタル製だと思える叩けばすぐに割れるという噂のサンダーゴーレムらしきモノまで存在している。
そんな一団が、地響きを立てながらドワーフの騎兵を追っているのだ。
圧巻という言葉以外が思いつかない。
当たり前だが敵も気づいている。
今までよりも近い場所から大砲の音が聞えた。
山道への入り口で防衛部隊が配置されているのだろう。
音と同時に騎兵は分散。
大砲にやられないようにと数人の部隊に分かれて山道入り口へと向かって駆け抜けていく。
俺が馬の上から見たのはそれまでだ。
エクスカリバーさんを擬人化し、グングニルを持たせるや否や装備を変更。
参戦する準備を整える。
「やっぱり行くんやな?」
諦めたような顔で言うダイガン王子に頷き、後は任せる。
「できれば連中が離脱する頃にでも合流してくれ」
さて、もうひとがんばりしてこよう。