第四十二話「同盟国」
「どうか、シュレイクの手を貸して頂きたい」
ペルネグーレルの王、カタロフの要請は単純明快だった。
潔いほどに深く礼をし、援軍を乞うている。
頭や上半身に巻かれている血の固まった包帯から察するに、かなりの激戦だったのだろう。一緒に居た他の戦士たちも皆、無傷ではない。
俺はウィスプを召喚すると、その力で彼らを癒しながら話に耳を傾ける。
「ケーニス、早急に伝令を出し戦力を抽出させろ。戻ってくる連中も勘定に入れろ」
「王都の守備隊や近衛からは?」
「そちらもだ。状況によってはすぐに動く必要がある」
ルース王子に迷いはなかった。
リスベルクは無言だが、止めることはせずにただ頷く。
彼女に実権はないのだから、当然といえば当然か。
戴冠式はまだだが、暫定的に王位は委譲されているも同然である。
ここでドワーフ王の要請を受理するのは彼の役目だ。
「ルース殿、父君の判断は仰がぬのか」
「父は昨日に逝かれました。王位継承の儀はまだですが、既に私が王であると認識して頂いてかまいません」
「なんと!? 去年まであれほど壮健であったろうに!」
カタロフ陛下とドワーフたちが当たり前のように驚く中、淡々とルース王子は説明する。
それを聞き、直ぐに動ける状態ではないということにドワーフたちが落胆を顔に出す。
「状況はどうなのです」
「既に地下迷宮が落とされた。生き残りの戦士たちが時間を稼ぐべく奮戦し、民を誘導しつつこの森へ移動しておる」
「なるほど。では食料等の手配も必要か」
目配せしてエルフたちに指示を出し、更に問う。
「敵はどこから?」
「東の海だ。五隻しか見えなかったが、信じられんことに中の敵兵は万を軽く越えていたのだ」
聞いていた俺は何かの間違いだと思ったが、ドワーフ王は否定しない。
困惑するルースたちエルフに、その気持ちは分かると彼は告げる。
「ワシらも頭が可笑しくなったのかと思ったぞ。延々と人間が出てくるのだからな」
「……またダロスティンか」
「誰だそれは? 音に聞こえし六魔将とは違うようだが」
「神魔再生会の、獣人の体を使っている覚醒した神だ。アヴァロニアのアリマーンと組んでいて、奴は長距離を一瞬で移動させる力を持っているんだ。それの応用だろう」
軽く説明した俺は、マップをワールドマップに切り替えて考えた。
ペルネグーレルは峻険な山が多く、山道が多いので移動にはかなり時間が掛かる。
そして、シュレイクの王都はドワーフ側に設けられた関所まで更に数日は必要だ。
案内のエルフが急いで連れて来たとしても、相当前に襲撃されたことになる。
これで更に、エルフ族の救援が出遅れるとなれば、確実にきつい状況だろう。
そもそも連中がどこまで本気かが分からない。
普通は兵数である程度の思惑が読めるだろうが、奴が絡むと予想さえ難しくなる。
領土獲得のための占領か、単純に別の思惑があるかだけでも随分と変わってくるのだ。
「……ルース殿下。時に、気にはなっていたのだがアレはなんだ」
「なんと言いますか、新種の神らしき何かです」
言葉を濁す王子は、しかし隠す事無く俺を紹介する。
「うぬぅ、鍛冶神『タタラ』も神だと認識してはいるが……しかし、エルフの神といえばハイエルフのリスベルクではなかったか? それにそちらのエルフの女性……」
チラリとリスベルクを見て、更にドワーフ王カタロフは困惑する。
「新種の神の力により、一時的にアーティファクト姿から復活したリスベルク様です」
「……敵の数の時も思ったが、ワシは幻覚をみているわけではないよな?」
側近らしき老ドワーフは、困りながらも頷いた。
俺はナターシャへの手紙を綴ると、シルフに命じて届けさせ先発隊に混ざっていた。
馬を駆るエルフの戦士たちが、背後にドワーフの戦士を乗せて行軍すること数日。
ついにペルネグーレルと森を分かつ関所へと辿り着いていた。
既に、避難民は到着し、森の中へと押し寄せている。
「アッシュ、降りたらすぐに物資を頼む」
「おう」
抽出された先発隊百人の戦士たちを預かるのはラルクだ。
速度を重視したため、ラルクの吹かせるジンの追い風が移動速度を上げた。
更に、輸送物資を俺がインベントリで運ぶことで重量を軽減し、避難民のために急いだ。
軍隊の行軍はとにかく時間が掛かる。
元々エルフの森は大軍の移動には適さないので、さらに遅れが懸念された。
何れ順次後続もやってくるが、この明らかな数の少なさを俺が埋めろというのがリスベルクの寄越した難題だ。
今回、リスベルクやルース王子は動かない。
城から神宿りと戦える戦力を全て動かすことはできないと判断したからである。
今頃、リスベルクはアーティファクト姿でエルフ族の方の調整に力を尽くしてることだろう。
剣に戻る前、苦い顔だったのが気に掛かる。
この時、彼女は俺とラルクにできれば工房が無事か確かめて来いという指令を出した。
それはケーニスから漏れた情報の中に、ペルネグーレルとリスバイフの間のパイプ役となる計画までもが漏れているかの確認の意味もあったのだろう。
工房や生産設備の破壊が目的なら、それがなされているはずなのだ。
占領されたままであれば奪還できそうなら手伝い、そうでなければ押し止めるように支援する。これが、大まかな俺たちの行動指針になるだろうか。
にしてもこれは、予想より遥かに避難民の数が少なくないか?
「少なすぎる」
ラルクの乗るドラゴンホースの後ろでも、同じ感想を抱いたのかカタロフ王が呟く。
不吉な言葉に込められた焦り。
その気配を感じながら、俺達は到着した。
持ってきた物資を取り出し、戦士たちに炊き出しを任せた俺はすぐさま状況把握に努めているはずのラルクたちの姿を探した。
エルフ族が詰めていた家は解放され、怪我人や子供たちが優先的に回されているようだ。さすがに怪我人を無視することはできないので、ウィスプを呼んで治療を任せる。
皆、不安に震えていた。
だが、炊き出しと援軍到着に少しだけ余裕を取り戻したようだった。
「ラルクはどこだ?」
種族的に低身長なドワーフさんたちだが、それでも何故かラルクの姿が見当たらない。
しかたなく、俺は見張り櫓の梯子を上り上から探すことにする。
当然、木の防壁の向こうが見えるわけで、そこから敵軍らしき一団が遠めに見えた。
「一体どれだけ居るんだ」
索敵圏外のため、マップ経由で数えられないが東の山道へ向かう坂の上に陣取っているのが見える。
攻めてくる様子は無いが、木を切り倒してバリケードのようなものを構築していた。
その意味は明らかにエルフたちの援軍を阻むためのものだろうが、俺が気になったのは別の代物だ。
「大砲……だよな」
正直、驚く以外のリアクションがとれなかった。
丸い筒のようなものが、木製の台座の上に乗せられてこちらを向いているのだ。
海賊船にでも取り付けてありそうなそれは、俺を大層困惑させる。
「まさか、銃までないだろうな」
これはまさか、火薬が発明されているということだろうか。
洒落にならん。
連中、ただでさえ広大な国土を持ち、高レベルのレベルホルダーを大量に有しているらしいのに量産可能な兵器まで持っているとは。
いかん、アレはドワーフと相性が悪すぎる。
ドワーフは基本、他の種族よりも機動力が無い。
瞬発力はあるが、足が短いので歩幅がネックになるのだ。
それに加えてパワーを生かした重装備が普通だ。
足は遅いがパワーがあって頑丈。それがドワーフなのだ。
普通の弓なら分厚い鎧や盾で防げるだろうが、大砲の砲弾はさすがに無理だろう。
「いや、でも射角の問題があるよな」
大砲は水平に撃てても斜め下に打つのは向かないはずだ。
さすがに近代兵器のような薬莢持ちの砲弾を撃つなんてことはあるまい。
まさか、至近距離用に鉄くずや小石でもぶち込んで擬似散弾にしているとかか?
なまじ知識があるせいか、あんなのに真正面から突っ込みたくはないと切実に思う。
山道は広くないし、横にズラリと並べられているように見える。
逃げ場が無い上に、上り坂には移動に邪魔な木が切り倒されていてバリケードになっている。これは完全に迎撃用の布陣だろう。
「正面突破は論外。夜襲でまず大砲が使えないようにするか迂回するべきだよな」
上に上がる手を止めていたが、もっとちゃんと確認するために櫓の上まで登る。
と、そこに探していたラルクとカタロフ陛下が居た。
「こんなところにいたのか」
「アッシュか。どうやら逃げてきた連中の話を統合すると、奴らは凄まじい音がする武器を使うらしい」
「ああ、大砲だろ」
「たい……ほう? なんだそれは。初めて聞く武器だが……」
「投石器の親戚か何かであるか?」
ああ、投石器はあるんだな。
ならバリスタとかもあるのか。
「あの黒い筒みたいな奴から鉄の玉とかを打ち出すんだ。威力は不明だが、木の門ぐらいだったら簡単にぶっ壊せると思う。ドワーフの鎧じゃまず防げないだろう。喰らったら普通は死ぬ」
「そこまでか?」
「後は、射程も弓よりはあるだろうな。向いてるほうに弾丸が飛ぶから、その前にいなければある程度はなんとかなると思うが……逃げ場無いからなぁこの道」
横一列に十台はあるか?
ついでに、弓隊までいそうだ。
「今の数で攻め込めると思うか」
「真正面は厳しいだろう。やるなら夜襲か……そうだな。雨の日なら数次第だろう」
レベルホルダーのレベルと数、装備も関わってくるから安易なことはいえない。
「そもそも敵の数が分からないからな」
「逃げ込んできた者が言うには、千人は居るそうだ」
「それとこれは未確定なのだが、民の数が少ないのは息子が南へと進路を変えさせたからだと分かった。北から更に敵の援軍が来たという話でな。ここまで逃げてきた連中は、敵の援軍が現れる直前だったようじゃ」
「なるほどな」
南なら遠回りではあるがヴェネッティーへ行ける。
少なくとも北と東から追い立てられたら逆方向に逃げるしかない。
また、国境にも警備隊が居たはずだからそちらに合流する可能性もありそうだ。
「民間人を大勢連れているなら、足はそう速くはないはずだ。逃げ切ってくれていると良いのだが……」
山道が多いから、隠れる場所には事欠かないとは思うが……これは楽観論か。
「移動先の候補はこの辺りじゃな」
カタロフ陛下が目算をつける。
日数から逆算して動きはある程度読めるはずだが、追撃次第で変わってくる。
俺よりもそのあたりは二人の方が詳しいだろう。
地図を片手に、険しく睨みこんでいる。
「どちらにせよ、あそこで蓋をしてる奴らが邪魔か」
「オレが昼間の内に偵察してこよう。アッシュ、一時的に部隊の指揮は任せる」
言うなり、ラルクはレイピアを使って消え、音もなく去った。
「……軍隊の指揮経験なんてないぞ」
あるのはゲーム時代の大規模なイベント戦闘ぐらいだ。
それも、仲間内で記念参加して惨敗した程度の。
……頼むから、動くなよ敵。
「こやつ、頼りになるのかならんのか分からんわい」
カタロフ陛下の困惑が、今はとても心に痛い。
基本的に相手よりも上を取るというのが戦いのセオリーである。
坂道なら登る側は進撃速度を落とさざるを得ず、その間に防衛側は迎撃準備ができる。
上を取る利点はそれなりにある。
態々不利な状況を選ぶ者などおらず、敵も考えて布陣する。
(……やはり、両脇に伏兵も忍ばせているか)
あからさまに防衛陣地を構築しているのだから、相手はよほどの馬鹿でなければ上り坂以外を模索する。そのために兵を配置するのは不思議ではなかった。
ラルクは、山の木々に隠れるようにして部隊が配置されているのを見つけていた。
坂道に矢を横から降らせられる位置であり、敵の迂回を阻む位置にも無難に配置されているのを見て渋面を浮かべる。
(罠もあるか。当然だな)
偶々進行方向の先にいた猪が、いきなり落とし穴に落ちた。
他にも良く見れば草の影に隠れて縄が張られたりと、迎撃準備が整えられている。
縄の先を視線で追うと、木の枝の影に吊るされた丸太に繋がっている。
引っ掛ければ落ちる仕組みなのは明白だが、これは視界が悪くなる夜などには更に凶悪な罠になるだろう。
迂闊に進むと危険だと判断し、しばらく彼が様子を窺っていると、そこへ兵士たちがやってきた。
「なんだ、敵じゃないのか」
「結構でかいな。今夜が楽しみだ」
数人の兵士たちは、猪に止めを刺すと槍に手足を括りつけ、二人して担いでいく。
ラルクはそっとその後を追った。
連中は罠を仕掛けた側だ。
その後を追っていけば安全に抜けられる。
間近で敵を観察できるアドバンテージは大きい。
装備や配置などもチェックしながら、のんきに夕食の話をしている兵士たちを追っていく。
そうして、ラルクは突貫で作られただろう防御陣地の内側へと潜り込んだ。
(どう考えても千人はいない)
精々が六百と言ったところか。
天幕の数、そして待機人員。
それらを見た後で、今度は食料の集積されている天幕を探す。
数の不利を覆すならば、相手を戦えないようにするのも手である。
食料の重要性は大軍であればあるほどに増していくため、確実に見つけておきたかった。
その間、ラルクは自分の体から失われていく魔力を常に意識していた。
アーティファクト魔法は無限には使えない。
攻撃系ではなく補助系の魔法に分類されるために発動時の消費はジンの風と比べると圧倒的に少ない。
だが、その代わりに常時発動させなければ意味が無いために姿を隠していられる時間には限界がある。
余裕を持って離脱するためにも、ことさら残量に気を配って天幕を見ていく。
そうして、ラルクは奥の天幕に仕舞われている黒い筒を発見した。
見たこともない武器、大砲。
火薬というモノを知らないラルクには、眉唾な代物である。
しかし、ドワーフの鎧でも防げないというのだから興味はあった。
それが五台。
予備か何かは分からなかったが、天幕に保管されている。
と、そこで大砲の影から人影が現れた。
「ほう、面白い。これならば予定を変更するのもやぶさかではないな」
兵士ではなさそうな紫の髪の女だった。
防具らしい防具など、その妙齢の女は身に纏っておらず、それどころか武器の一つさえ所持していない。
戦地においてまったくの無防備な存在など、ラルクには民間人ぐらいしか思い浮かばない。だが、その女がただの民間人ではないことは明らかだった。
無言でレイピアを鞘から抜き、ラルクは自分を視ているメガネの女にジリジリと距離を詰める。
「落ち着きたまえ少年。ワタシは別に大声も上げないし、君と戦う意思もないよ」
「……なんだと?」
両手を挙げ、女は微笑む。
「ワタシは発明家というよりは真理の探求者でね。争うのは好みではない。切磋琢磨は嫌いではないが、中々どうして清く競える相手に不自由して困っている」
世間話でもするかのように、女は続ける。
その喉元に、見えないはずの切っ先を突きつけられているのを見て取ったまま。
「エルフの少年。これも何かの縁だ。ワタシの願いを叶えてくれないかね? そのためにシュレイクへの亡命を希望する。無論、タダでとは言わない。アヴァロニアの今回の計画について私が知る限りの情報と交換でどうかな」
「……」
「君に判断する権限が無いというなら、一度帰って仲間と相談して来たまえ。情報は……そうだな。まずは地下迷宮の破壊まで最短なら十日も無いだろう、ということぐらいでどうかね」
破壊。
その不吉な単語にラルクは眉根を寄せる。
ドワーフのモンスター・ラグーンで修行を積む折、使者の一団としてラルクはカタロフの居る首都の地下迷宮に赴いている。
鉱山を繰り抜いて作られたそれは、山々をアリの巣のように掘り進めて作られた広大な都市でもある。それを破壊する。
その意味が脳内に浸透するまで、さすがに彼も数秒を要した。
「馬鹿な、山ごと崩すとでもいうのか!」
「そのための道具が大量に用意されている。後はドワーフの溜め込んだ武具や財宝の搬出作業がどれだけ早く終るかによるね」
淡々と不吉なことを言う女の胸倉を掴みながら、ラルクは問うた。
「その道具はなんだ。山を崩すほどの破壊力があるなど信じられんぞ」
「信じる信じないは自由だよ。ただ、急がなければ間に合わんだろう。作っておいてなんだが、アレは今の世界を変革しうる可能性を秘めたものだから」
「貴様っ――」
「ああ、それと無理なら無理で次に会うときに教えてくれたまえ。ワタシはその場合ヴェネッティーに亡命する。だが、期待しているよ。予感がするんだ。直感、というよりは閃きだから、あやふやな勘でしかないがね。君たちのところに現れたという神がよほどの馬鹿でなければ、ワタシと取引してくれるだろうと信じているのだ」
「――アッシュが狙いか!」
「狙いというよりは知りたいだけだよ。言ったと思うが、探求したいだけなのさ。回帰した本物の念神という奴を。すぐそこまで来ているんだろう? さぁ、早くワタシのことを彼に伝えてあげてくれ。ワタシはここに居ると。ここで貴方との邂逅の瞬間を待ち焦がれているのだと」
まるで恋でもするかのような甘い声だった。
ラルクが今まで出会ったことも無い種類の人格の持ち主であり、呆れ果てるより他に無い。それ以前にこれが罠である可能性まで考えれば疑うより他に無い。
だから、試すようにラルクは尋ねた。
「何故、お前は俺が視えている」
「私のこのメガネがアーティファクトだからだよ。探究神『アナ』。彼女は頭が良いだけではなく真実を見抜くのだ。おっと、奪い取るのは止めてくれ。これがないとヴェネッティーまで逃げきれないからね」
「……いいだろう」
神の名を知っているということは、アーティファクトが覚醒しているということと高レベルであるという証明でもある。
自らの手の内を晒し、最低限の譲歩はしてきた。
ならば、もう一つだけ答えれば後は仲間の判断に任せても良い。
その判断は臨機応変だがもう一つの意味があった。
ラルクはこの目の前の女と戦いたいとは思わなかったのだ。
兵士ではないから、ではない。
剣で負けるなどとも思わない。
しかし、相手が神宿りであるという確信だけで警戒するに値したのである。
そしてここは敵の陣地。
戦って不利なのはこの場合ラルクなのだ。
争うのは得策ではなかった。
「地下迷宮を破壊するというその道具の名は?」
「名前はまだ決めていないよ。ただ、便宜上『爆薬』とワタシたちは呼んでいるがね」
「いいだろう。そこまで言うなら奴に伝えてやる」
「ありがとう。やはり君に声をかけて正解だった。どれ、ワタシの知る限りの警備状況も教えよう」
そうしてラルクは偵察を終えた。
撤退する間、敵からの追撃はなかった。
やはりというべきか、斥候に姿が見えなくなる魔法を組み合わせると破格の威力を発揮するようだ。
俺達はラルクが調べてきた情報を元に夜襲を計画した。
後続を待つべきだという話も出たが、俺に会いたいという人間の女が撤退の合図が来る前に襲撃して欲しいそうと言っていたそうなのだ。
その際、六魔将が来るかもしれないとのことであり、態々強敵が来てから攻めるよりはということで話は落ち着いた。
「本当に、その爆薬とやらで山を崩せると思うのか?」
「ワシには信じられんが」
ラルクもカタロフ陛下も半信半疑だ。
「可能性はある」
例えば、高層マンションなどを爆破して解体するという技術が存在することを俺は知っている。
山とマンションは同じではないが、迷宮の壁を爆破することで上部の重みで押しつぶすことは不可能だとは思えないし、岩盤の爆破に失敗して炭鉱が崩れた、なんて話も聞いたことがある。
別に重要部位だけを集中的に爆破するという手段でもいいのだから、やってやれないことはないだろう。
確かに、罠の可能性が拭えないこともまた事実だが、態々認知されていない爆薬などという単語を使って自信たっぷりには言うまい。
だから最悪、罠であることを考えて俺一人で再度潜入することになった。
深夜である。
怪盗モモンガよろしく黒装束に身を包み、隠れ身の術を使って姿を消す。
そうして俺は、坂道を匍匐前進でゆっくりと登っていった。
普通は壁の側でなければ使えないのだが、とあるプレイヤーがバグとして発見。
運営はそれを修正する事無く動きが忍者っぽいからと放置した。
今はその適当さがありがたい。
問題は障害物の木だが、木の枝などは刈り取られずにそのままなので、それを逆に利用して体を隠しながら闇夜に乗じる。
エルフ側の方では関所に篝火を焚き、警戒態勢はそのままにさせた。
向こう側からよく見えるようにしているので、門が開かないという事実が奴らの警戒心を殺ぐだろう。
慣れぬ動きだが、しばらくしてなんとか坂の上に到着する。
さすがに敵も良い位置取りをするものだ。
坂の上は十分に開けており、天幕が沢山見える。
炊かれた篝火は均等に配置され、夜襲にも当たり前のように備えられている。
まず、最初の仕事からだ。
十台はある大砲の砲門に手を伸ばし、こっそりと中に水を入れてやる。
湿気た火薬は役に立たない。
原始的な前装填の大砲なら、これだけで使用不能にできる……かもしれない。
「ふぁぁ……交代はまだかよ」
「ぼやくな。俺まで眠くなる」
伝染した欠伸をかみ殺しつつ、見張りがぼやく。
俺に気づいた素振りはない。
ここに高レベルのレベルホルダーか神宿りが居れば、俺は気配を察知され見つかるだろう。しかし、ここには今は女一人しかアーティファクト持ちはいないらしい。
その女はきっと、寝ていなければ気づいているだろう。
今のところ見張りにも陣地にも目立った動きは見られない。
俺はそのまま馬防柵にも似た簡易的なバリケードさえも抜け、弓隊さえも突破する。
パチパチと爆ぜる木の音と、山風が木々を揺らす音に紛れてゆっくりと進む。
見つかったらフル装備で逃げるしかない。
地面を擦るような音をできるだけさせないように殊更気をつける。
何もこれから俺一人で敵を全員相手にするわけではない。
そんなことはせず、食料の大半を奪って撤退を余儀なくさせるのが目的だ。
だがその前に件の女と接触したい。
俺の動きはその女に筒抜けのはず。
だったら、そいつを先に見極めておくことが必要だ。
「どこだ、どこにある?」
ラルクから聞いたその女の天幕とやらを探す。
聞いた話によれば、一番大きな指揮官用の天幕のすぐ右の天幕らしい。
つまり、守りが堅い位置ってことだ。
罠の可能性が怪しいが、疑ってばかりいてもしょうがない。
意を決し、当たりをつけたそこに向かうと、俺は予想もしていない事態に直面した。
「け……けしからん」
兵士である。
三人の若い男の兵士が、その女が居ると思わしき天幕を覗き込んでいるのだ。
理由はすぐに分かった。
天幕の中のカンテラの明りのせいか、布の壁に薄っすらと女の影が見えているのだ。
しかもこの深夜に着替え中らしきシルエットの影があるじゃないか。
なるほど、助平な男共のやりそうなことだ。
ファンタジー世界で覗きか。
覗きなのか。
ええい、邪魔だお前ら! などと思っていると、男の一人が中に入った。
完全に夜這いモードですはい。
軍紀の乱れかなんだか知らないが、仲間も後れて侵入した。
そして俺は聞いた。
それは、男たちのうめき声と生々しい打撃音だ。
しばらくすると、天幕の入り口の向こうから悶絶した兵士たちが投げ捨てられた。
「覗くぐらいなら見過ごしてやれるが、それ以上は感心しないな」
踊り子さんに手を触れるなよ、という奴か。
言い捨てた下着姿の女は、手に持っていたナイフを三本地面に向かって投げ捨てる。
この手腕、間違いなくレベルホルダーだな。
「どうしましたドクトル・フランベ!」
さすがに異変は感知したのか、近くを巡回していたらしい兵士がやってくる。
「また変質者だよ。まったく、頭脳だけではなく容姿にも秀でるというのは厄介だな」
「お、お怪我はありませんか!」
「勿論だ。君、こいつらの処分は任せていいかね」
「はっ。お任せ下さい!」
応援が呼ばれ、若者三人がしょっ引かれていく。
その間、兵士の視線を気にもせず、女は堂々と下着姿のまま何かを考えるように腕を組み、視線を下げていた。
その視線の先に居るのは、間違いなく俺だ。
こいつ、間違いなく俺が視えているな。
彼女は右手の指でメガネのフレームを軽く押し上げ、
「さて、そろそろ着替えて寝るか」
などとわざとらしく呟き、天幕の奥に消えた。
その際、まるで誘うように指先がクイッと動いたのを俺は見た。
当然、俺は後を追う。
あいも変わらず匍匐前進で。