第四話「合流」
「そちらこそ、人間とダークエルフの組み合わせじゃないか」
どういう事情か、女性の背にはダークエルフの女の子がしがみ付いている。
怯えを含むような少女の視線。
それは、明らかに俺ではなくレヴァンテインさんに向けられていた。
俺は大仰にため息をつくと、構えていたショートソードを下ろして問う。
「ここへ何をしに来た」
「その前に教えな。ここはダークエルフの種族ラグーンかい?」
間髪容れずに尋ねてくるその女は、俺を威圧するように視線を向けてくる。
「さてな。少なくともダークエルフやエルフは住んでいるらしいぞ」
「まさか共存しているっていうのかい? あんたらは敵対しているんだろう」
少しだけ眉根を寄せ、女が疑り深い目で見てくる。
だが、俺にはその言葉の方が初耳だった。
ヨアヒムは別に、そんなことを一言も言っていなかったからだ。
勿論、俺に対して敵対的でなかったのは魔物から助けたからというのもあったかもしれない。が、だとしたら危険を押してまでエルフの集落に送るとまでは言わないだろう。
「ナターシャ、違うよ。私たちは敵対なんかしてないよ」
呟くように、背中の少女が言った。
「ああ、なるほど。お偉いさんたちお得意の捏造ってことかい」
物分りは良いらしい。
色々と聞きたいことはあるが、にらみ合い続けるのは馬鹿らしい。
ショートソードを鞘へと仕舞うと、俺は懐からポーションを取り出して地面に置く。
「傷を治したければこれを飲め。敵対しないなら、当分はそこらの家は好きに使えば良い。ただ、誰かを傷つけるなら排除するぞ」
それだけ言うと、俺は降りてきたグングニルさんとタケミカヅチさんへと近づく。
「あの二人は敵対しなければ放って置く。それで、ゲートから来た奴はあの二人だけか」
「いえ、魔物が大量に出てきました。既に殲滅しましたので心配はありません。ただ、塔の壁があちらの人間に少し破壊されています」
「アッシュ様、幸いゲートは無事でした」
二人の報告に、俺は思わず安堵のため息を吐く。
「ならいい。警備に戻ってくれ。一応、まだ来るかもしれないから気をつけてくれよ」
「かしこまりました」
「グングニル、私も行くぞ」
「あら、暴れ足りませんか」
「そういうことだ」
塔の中に消えていく二人。後は、ロングソードさんに説明しておけばいい。
正直、俺にはあの二人をどうするべきなのかの判断ができない。出て行くならそうすればいいし、会話を求めるなら応じる。そういうスタンスで行くことにしよう。ただ、少女はともかくあのアーティファクト持ちは危険かもしれないことだけは覚えておこう。
ポーションの瓶を拾い上げ、飲むかどうか悩んでいる彼女に識別してみるとレベルが43と表示されたのだ。
明らかにレベルホルダーだ。
二階程度とはいえ、塔から人一人を背負って飛び降りて無事な身のこなし。さすがに普通の人間と考えることはできない。
また、ゲートの向こうから来たということは、足手まといの少女を連れたまま魔物が居るだろうゲート先を突破できる力があるということを証明している。
ひとまずロングソードさんに説明し、何もしてこなければ放置して良いと告げておく。
再び塔の前に戻ってくると、ポーションの瓶を空にした女が近づいて来る。
その手にはもう武器は無い。
それらは腰元の鞘に収められていた。
「さっきアタシに飲ませた奴、一体なんなんだい」
「ポーションだ」
「ポーション?」
不思議そうな顔をする女に、俺は思わず肩を竦める。
正直、それ以上説明のしようがなかった。何故飲めば直ぐに傷が治るかなんて、俺には原理さえわからないのだ。改めて考えると、本当になんなんだろうなポーション。
「高いのかい」
「金のことは気にするな。それより、その子に怪我は無いのか」
「なんとかね」
女の後ろに隠れたまま、やはりレヴァンテインさんから隠れている少女。俺は別に怖がられている風ではない。何故だろう。廃エルフ補正か?
「それで、さっきの話の続きなんだけどさ。ダークエルフの村ってどこにあるんだい」
「近くにあったが、二日前に魔物に襲われてな。生き残りは別の集落に移動した」
「……その、別の集落の場所は?」
「俺は知らない。ただ、そのうちここにダークエルフの戦士たちが来るはずだ。彼らに聞けば分かるだろう」
「そうかい」
それで、会話は途切れた。
「レヴァンテインさん、続きに戻ろう」
「ん」
こっくり頷く彼女と共に、俺は浴場へと移動した。
囲いは、レヴァンテインさんの神速の釘打ちですぐに終った。タケミカヅチさんが居なくなったのでベニヤ板を俺が支えながら、遂に浴場を囲うことに成功した。
ちゃんと、脱衣所のスペースも空けてある。
だが、まずは浴場だ。
水道などはないのだから、垢を落とすための洗い場は風呂の直ぐ側にすることにする。手作りの浴槽に接地する形でストーンブロックを敷き詰め、段差を作る。
後はその上に椅子を三つ置いた。
こうなると、湯を汲む桶が欲しい。
一旦出て、適当に家を物色。手ごろな桶を確保して配置する。
最後は脱衣所だ。木材とベニヤ板を組み合わせ、本棚をイメージして衣類を置いておく棚を作る。後はストーンブロックを足元に並べ、風呂までの道を作って終わりだ。
「……あんた、何をやってんだい」
「見ての通り浴場を作っていた」
ナターシャと呼ばれていた女が、やはりダークエルフの少女を連れてやってきた。
「ここで脱いで、そこで垢を落とし、最後に風呂に入る。完璧だな。夕食後が楽しみだ」
「いやまぁ、いいけどね」
どこか呆れたような表情がそこにはあっただろうか。
「それより、聞き忘れたけどあんたらの名前は?」
「俺はアッシュ」
「レヴァンテイン」
「そうかい。アタシはナターシャ。こっちは、偶々拾ったダルメシアだよ」
背中に隠れていた少女の頭を撫でながら名乗ったナターシャは、更に続けた。
「下じゃトレジャーハンターをやってた。あんたは……エルフの戦士とその部下の人間とでも思えばいいのかい?」
「そんなようなものだ」
「ふぅん。それにしちゃあ弓を持ってないんだね」
「得意ではないからな」
狙って撃つ。
言うのは簡単だが、それなりに使いこなすのが難しい。
また、矢に一々金をかけなくてはならなくなる。
アーチャーの職業にでもなれば、上位職で魔力で矢を作って撃つスキルを覚えられるがそれをする気は当時の俺にはなかった。所持していないわけではないが、それをメインに戦う気がないというだけのことである。
「弓が苦手なエルフか。なんだか、イメージと違うねあんたは。偉そうでもないしさ」
「人それぞれだと思うんだ」
「んー、まぁいいや。あそこの家借りるよ」
頷くと、少し困った顔で彼女が続ける。
「それと、物は相談なんだけど食料を分けちゃ貰えないかい」
「家に無かったか?」
「ああ、そっちも好きにしていいのかい」
「俺は何が食えるのか分からないし、料理もできないからな。使ってくれて構わない」
鑑定スキルで調べれば分かるかもしれないが、調理方法が分からない。
そして何より、得体の知れない物を食べたいという気が起きなかった。
食わずに腐らせるよりは、彼女たちに処理して貰った方が良いだろう。
「ここに派遣されていた戦士たちは皆墓の下だ。だから心配する必要は無いはずだ」
「なら好きにさせてもらうよ」
去っていく背中に一応付け足しておく。
「足りなかったら言ってくれ。少しは融通する」
「助かるよ」
旅慣れているからか、やはりサバイバルスキルは完璧というわけか。
それに少しばかり羨ましさを覚えながら思う。
金さえあれば生きていける社会に慣れすぎた俺が、本当にこれから生きていけるのだろうか、と。
三日が過ぎた。
新しく来た二人は、特に何か問題を起こすことをしなかった。
どうやら、ナターシャはダルメシアをダークエルフたちのところに預けに来ただけのようだ。
住んでいた村が人間に襲われ、命からがら逃げ出したところをダルメシアは彼女に拾われたらしい。だから当然とでも言うべきか、人間が極端に怖いらしい。
行き倒れていたところを助けてくれたナターシャはともかく、うちの面子とも距離を取っている。それでも危害を加えないということは分かったのか、少しだけ近づくようにはなっていた。
彼女たちと話すうちに、俺はこの世界が『クロナグラ』と呼ばれる世界であるということを知った。なんでも、神と悪魔が千年前に戦った世界だそうだ。
「戦争は通称『ラグーンズ・ウォー』って言われてるね。最後には地上の魔力が激減したせいで、神と悪魔が存在を維持できなくなったんだとさ。だもんで、連中はその身をアーティファクトへと変えて生き延びた。アタシが持つこの剣は、つまり神や悪魔の仮初の姿ってわけさ」
ヨアヒムの言っていた話とほとんど同じだ。
ただ、戦争の件などは初めて知ったので興味深く思う。とはいえ、神とか悪魔とか言われても俺にはピンと来なかった。
「ではレベルとはなんなんだ?」
「さて、詳しいことは知らないけど恩恵だって言われてるね。これで敵を殺すと、武器になった奴らが元に戻るための力を得るんだと。それで、その残りかすはより力を取り戻すために私たちの強化に使われる。要は効率の問題ってことだろうね」
「少しでも早く復活するために、より多く殺せる力を授けるってわけか? 度し難いな」
「それが分かってても力は誰だって欲しいからね。レベル持ち――レベルホルダーたちはね、そうやって命を刈り取ることで強くなるのさ。ただ、こいつらには面白い性質があってね」
「というと?」
「例えば、この子に持たせるとするだろう? すると、この子もレベルを上げることができるようになるのさ。もっとも、これで敵を殺したときだけだけどね。国なんかじゃ、軍事力を上げるために兵士に持たせて魔物退治で使いまわさせてる」
「つまり一度得たレベルは手放しても残るわけか」
「ただね、やっぱり魔法はそのアーティファクトを使わなきゃ発動できない。別のアーティファクトを持てば良いだけのことだけど、アーティファクトの数は限られている。だから昔の遺跡なんかにアタシらトレジャーハンターは行くわけさ。ゲート・タワーもそう。こいつらはラグーンズ・ウォー時代の遺物で、楽園か魔物の巣への入り口だって伝わってる。用が無いければ近づきたく無かったんだけど、ダルメシアが位置を知ってた」
「だからここへ来た、か。お人好しなんだな」
「笑うかい?」
「いや、凄いことだと俺は思うよ」
早々真似できるような者はきっと居ないだろう。
そして結果としてちゃんとたどり着いたのだから、馬鹿にすることなどできるわけがない。
ラグーンは戦争当時に、最後の楽園として作られたという。
種族の数だけ一つずつあり、ゲートが各地に点在しているそうだ。ただ、その中に楽園ではなく地獄へと通じるゲートが数多く存在するらしい。
それが魔物が無尽蔵に生まれてくるというモンスター・ラグーン。
ゲートは一方通行だ。
地上のそれを破壊しても、空を彷徨っている向こう側のそれを破壊しない限り魔物が延々と大地に出てくることは想像に難く無い。
ラグーンズ・ウォーの時代、魔力が希薄になった世界の調和は乱れ、荒廃し、様々な種族の人口が激減したらしいと彼女は語る。
さすがに千年も経った今ではかなり復興してきたそうだが、伝承や伝説では大勢が死んだらしい。
特に、長命種の被害は甚大だったらしいとナターシャは語った。
「エルフにダークエルフなんか、地上じゃもう少数勢力だよ。エルフはでかい森の中に一応国があるけど、ダークエルフはどうにも悪魔側についたとかって言われててね、短命種たちからは忌み嫌われてる。ただ、この子に話を聞いた限りだと違うっていうんだ」
「なら、このラグーンにエルフとダークエルフが住んでいるのは俗説が嘘だからか」
ヨアヒムの様子から感じた直感でしかないが、別に争っている風ではない。
肌の色が日焼けしたように黒いから、それが悪魔に付いたせいだとかそんな風に適当に誰かが言い出して、誤解が広まった可能性は確かにあるのかもしれない。
しかも少数勢力なら怖くは無いのだろう。
胸糞の悪い話でしかないが、良い奴だと信じるよりも悪い奴だと信じることの方が簡単だ。初めは根も葉もない噂だったとしても、嘘が誤認されるように声高に叫び続ければ何も知らない者に刷り込みフィルターをかけることぐらいはできる。
ネット通販のレビューなんかがその典型だろう。
レッテルを張ることで悪評を流し、商売敵の製品が売れないようにするステルスマーケティングの一種。そう考えれば理解は容易い。
そうすることが都合が良い者たちが、そうしたと言われても別に不思議ではない。
「本当によく助けたな」
「泣き喚くガキをどうこうする趣味なんて、アタシにはないからね」
このとき、俺はニヤリと笑う彼女がとても強そうに見えた。
ここに来るまでにあったであろう苦労を、たったそれだけで笑い飛ばせる精神的強さに、それを押し通せる実力。
素直に敬意の念が沸いてくる。
だが、それを直接言うのはなんだか恥ずかしい。
「どうかしたかい?」
「いや、なんでもない。それより、もっと下のことを教えてくれないか。そのうち俺は地上に降りたいと思っているんだ」
「下に? なんでだい。ここは楽園なんだろ」
「楽園かどうかは知らない。今は長く留まる理由がないんだ。居を構えるにしても、下の居心地が悪いのを確かめてからでいいと思う。だいたい比べてみないと分からないだろ」
「ははっ。変な奴だねアッシュは」
ナターシャは肩を竦めながら、しかし笑って色々と教えてくれた。
更に四日が過ぎた頃、ようやくダークエルフの戦士たちが到着した。
「来た」
レヴァンテインさんが報告に走ってきてくれたので、グングニルさんにも声をかけてタケミカヅチさんを塔から呼んできてもらう。
俺は、ロングソードさんにナターシャとダルメシアの二人を呼んで来てもらうことにして、広場で出迎えることにした。
やってきたのは二十人は軽く越える戦士たちだった。
木製の台車に食料や物資を積んで運んできている。
年齢は皆若く見え、最高でも二十代程度の青年にしか見えず、エルフ族が長寿であるらしいことを端的に示していた。
背負った弓に矢筒。
腰元に吊るした剣や、手に持った槍。
それぞれの得意な獲物を持っているだろう彼らの中には、一人見知った顔があった。
「無事そうだなアッシュ!」
「ヨアヒムも来たのか」
「俺も戦士の端くれだ。アーティファクトを手に入れたし、あの村にその内また人が戻ってくることになっているんだ。それで、強くなりたくて混ぜてもらった」
確かに、ここなら狩りで動物相手に戦うよりは実戦経験が積めるか。
「あの村、再建するのか?」
「あそこはここから一番近いからな。物資の補給なんかも考えると、無くすのは惜しいってことになったんだ」
「土地があるんだからな。使わないのは勿体無いか」
「……で、だ。また増えてるな。しかし、なんでこんなところに子供が居るんだ?」
ロングソードさんが二人を連れてやってくる。
塔の方からもグングニルさんたちが来た。
「ああ、それはな。ゲートからそこに居る人間のナターシャが連れてきたんだ」
「に、人間だと!? お前の妙な武器じゃなくてか!?」
ヨアヒムがすぐさまアーティファクトに手を伸ばしかけるが、辛うじて踏み止まった。
「人間だと都合が悪いか?」
「ゲートから逃げ込んでくる同族の大半は、奴らから逃げてきたと言う。だが――」
「彼女は逆に助けた方だ。もっとも、別口で人間に襲われたらしいことは確かだがな」
「むぅ……」
「良い奴も居れば、悪い奴も居るってことだな」
とても複雑そうな顔で、ヨアヒムが頷く。
俺は部外者という意識が強く、そして元々は人間であったせいか抵抗が薄い。
だがやはり彼としては思うところがあるのだろう。
耳元で一言「色々、気をつけろ」とだけ言って俺の肩を叩くと、彼女に近づいた。
「俺はヨアヒム。同族を助けてくれたそうだな」
「ナターシャだよ。早速だが教えてくれないかい。この子、ダルメシアをあんたらのところで受け入れてもらえるのかい?」
「それに関しては問題はないはずだ。少し待ってくれ。戦士長に話してくる」
それだけ言うと、荷降ろしと指示をしている最年長の男の元に彼は移動していった。
他の戦士たちは、俺たちを気にしながらも先に作業をすることにしたようだった。
いや、警戒していると言った方がいいのかもしれない。
対象は俺とダルメシア以外だろう。
やはり、エルフとダークエルフが仲が悪いというナターシャたち人間の認識は間違っているということなのだろうか。
しばらくすると、ヨアヒムを連れて戦士長らしき人物がやってきた。
若く見えるというのに、どこか老成したような落ち着いた雰囲気。
そこには穏やかな微笑みだけがあった。
表情から感情は読み取れない。
だが、不思議と敵意は感じなかった。
「君がアッシュですか」
「そうだ。そちらは彼らのリーダー……でいいのか?」
「戦士長のアクレイです。同族を救ってくれたこと、そしてここに踏み止まって魔物を狩ってくれていたこと、心から感謝しますよ」
にこやかに手を差し出してくる彼と握手を交わす。次に彼はナターシャを見た。
「そちらも同族を連れてきてくれたこと、感謝させて下さい」
「礼には及ばないよ。それよりこの子だ」
「ふふふ。必ず手配しましょう。次の補給隊が来るまではここで過ごしてもらうことになると思いますが、それで構いませんか」
「アタシはそれでも構わないよ」
「ならば次です。これから貴女はどうします」
「どうするって、なにがだい」
「地上に降りるゲートは壊れているのですよ」
「でもアッシュは下に降りるつもりらしいじゃないかい。それに便乗させてもらうよ」
「ふむ?」
アクレイが俺の顔を窺うので、とりあえず説明する。
「確証はないが、動かせそうなんだ。石碑の文字を読んだ限りでは、だがな」
「あの文字が読めるのですか。あれはエルフ族の誰も読めない文字で書かれているのですが。まさか君は……」
訝しげな顔で言葉を濁す彼は、頭を振ってから続けた。
「動かせるにしろ動かせないにしろ、君たちともう少し話がしたいと思います。これから少し構わないですか」
「いいよ」
「こっちもだ」
頷くアクレイは、俺たちを適当な家屋へと誘おうとして、ふと尋ねてきた。
「ところであの木の壁で囲われたものは? 前に来たときには無かったと思いますが」
「浴場だ。風呂に入りたかったので作った。邪魔か」
「あれぐらいなら構いません。私たちも使わせて貰っていいですか」
「男と女で分けて使ってくれるのであれば」
「ありがとう。後の楽しみにしますよ」
そういう彼の顔は、どこか子供染みた好奇心に溢れていた。
「さて、何から話したものですかね」
一番大きな家屋に入り、切り株で出来た簡素なテーブルに付く。
食堂を兼任していたのか、炊事用の道具が見える。
ここ数日は、ナターシャが俺の分の食事まで作ってくれていた場所だ。
彼女たちはここに居を構えており、そのせいで綺麗に掃除されていた。
「単刀直入に尋ねます。アッシュ、君はハイエルフなのですか?」
「どうだろうな。俺はそちらが認識するハイエルフというのを知らない。ただ、俺はダークエルフとも、そしてそっちが知るエルフとも微妙に違うのではないかとは思っている」
ハイエルフではなく廃エルフだが、この微妙な違いはきっと説明するのが難しい。
かといって、普通のエルフと言うにはヨアヒムに見せすぎていただろう。
隠して不審に思われるよりは良いと思い、俺は直球をぶち込む。
「ふむ。武器を人に変える不可思議な術に、倒した敵の死体を消す能力。なるほど、私たちの知っているそれとは微妙に違う所があるようですね」
「村の子供たちは、ハイエルフ様に祈っていたらアッシュが虚空より現れたと言った」
同席していたヨアヒムは、神妙な顔をして告げる。
「そして私たちが信仰する始祖神ハイエルフというのは、精霊魔法を使い、様々な魔法の武具を使う魔法戦士であったとも伝えられている存在です。類似点は多いですね」
「子供たちが俺をハイエルフだと思う要素は揃っていた、というわけか」
「そういうことになりますね」
「……ちょっと、どういうことなんだい?」
不審気な目で、ナターシャが見てくる。
「俺もよく分からん。気づいたらこのラグーンに居たからな」
「本当にあの子たちの祈りが神を呼んだというのであれば、私としては構わないのです。君は我々に敵対的ではないし、寧ろ同胞を救ってくれた恩人。個人的には好きにしてもらうべきだと思いますが、問題はこちら側です」
「というと?」
「ハイエルフは、言うなればエルフとダークエルフの先祖に当たる存在。だからというわけではないですが、君という存在を私たちは隠すことができません」
「つまり、もうエルフの耳にも届いたと」
「端的に言えば。我々と彼らは肌の色や習性は対極であっても共に理性的です。そしてとても信心深い。このエルフ族のラグーンにハイエルフが光臨したとあっては動かざるを得ませんよ。事の真偽はどうあれ、そうなれば君は神としての振る舞いを求められることになるかもしれません」
面倒な話だ。
あまりにも唐突過ぎて、聞き流したくなってくる。
だいたい、いきなり貴方は我々の神だなんて言われて、素直に喜べるほど俺は純朴ではなかった。
当たり前のように湧き上がってくる困惑と、その後に想像できる面倒臭さはどうだ。
今からすぐに荷物を纏めて地上へと逃げ出したい程だぞ。
「言っておくけど、俺は政治やら何やらに参加したりはしないぞ」
「どうでしょうね。知らないというなら学ばせるか、或いは血だけ取り込むか。それとも偽者だと判断されて放置されるか。私にとっては上がどう判断するか未知数ですよ」
両手を組み、彼は目で笑う。
その瞳が見定めようとしているのは俺の正体か、それともまた別の何かか。
分かることといえば、このアクレイという戦士長は食えない奴だということだ。この状況を見て楽しんでいることだけは明白なのだから。
「ちなみに言うまでもないことだと思いますが、バレれば下でもきっと似たような扱いを受けるでしょう。エルフもダークエルフも飲むだけで傷が治る魔法のような薬なんて持っていませんし、ましてや魔物を殺すと同時にかき消してしまうなんてことは当然できません」
「……ヨアヒム」
「いや、その、報告しろと言われればしなければならない立場なんだって!」
喋りすぎだろうという意味を込めて視線を向けると、彼は冷や汗を掻く。
「とはいえ、貴方を直接害しようという者はいないはずです。少なくともまともなエルフ族なら、仲間を助けてくれたことを感謝しても、攻撃する理由がありません。これは君がただ特殊な力を持つだけのエルフであっても変わらないことです」
「結局どっちなんだよ」
「私が今ここで明言なんてできませんよ」
「どう考えられようと別に構わないが、俺は一度地上に降りるぞ」
「そこが分からないですね。何故地上に拘る必要が? ラグーンは楽園ですよ」
「それは下と比べてみなければ分からないことだ」
なにが真実で、何が嘘かさえ知らないのだ。
これは自分の目で確かめるべきことだろう。
「ふーむ。道理ですね。知らなければ比べようも無い。下に行く方法を開陳してもらえるのだとしたら、我々としてもありがたくはありますし止める意味がないですかね」
「ん? 楽園なんだから下に行く方法なんて関係ないんじゃないのか?」
「閉鎖空間であるが故の問題もあるということです」
思わせぶりなその態度が、実に空々しい。
俺を試しているのだろうか。押し黙ったままの俺を見て、彼もまた沈黙を選ぶ。
ヨアヒムも、そしてナターシャや武器娘たちも黙った。
彼が答えを求めているのは俺だからだろうか。
それとも、思いつかないだけか。
言われなければ、俺はきっと考えなかっただろう。
けれど、日本人だった俺にはなんとなくだがピンと来た。
日本は加工して物を売るというスタイルの国だが、材料は輸入が多い。島国であるが故の資源の乏しさという意味では、ラグーンも同じではないかと考えられた。
俺はまだどれぐらいこのラグーンが広いのかさえも知らない。
だが閉鎖空間だというのであれば資源には当然限りがあることぐらいは分かる。
「何が足りない」
「今一番必要なのは塩ですね。何せ、このラグーンには海が無い」
岩塩などは、もしかしたらかなり掘りつくされたのか。
海が無いというなら、海産物や塩の恩恵は受け難い。
単純に鉱物資源かと思ったが海が無いなら納得だ。
「岩塩の埋蔵地はあります。ただかつてと比べると心もとない。無論、すぐに枯渇するというわけではないですが、何れは枯渇するだろうと思われていますね。何せ増えないので」
「だから下から買って来れるようにしてくれと?」
「それでも良いですが、神なら無から有が作れるのではないかと期待してはダメですかね」
「なんだそりゃ。神頼みにしても程があるぞ」
呆れるほどに直接的な要求だな。
「普通、神様ってのは何もしてくれないからこそ神様だろ」
「では、あの子供たちが呼んだ神様はどうなのでしょう。無垢なる夢を摘み取りますか」
そしてそれができるならば、神だと認めるつもりなのだろうか。
どちらにせよ連中の腹は痛まないし、俺を推し量る試金石にはなる。
神か、神のように見えるだけの紛い者かを判断するための。
勝手にしろと正直思う。
ただ、それでも俺はチラリとナターシャの膝の上に居るダルメシアを見た。
ここしか逃げ場が無いだろう子供が居る。
或いは、他にもダークエルフが希望を託して逃げ込んでくるかもしれないこのラグーンは、もしかしたら緩やかに死を待つだけの偽りの楽園なのか。
希望を簒奪することはそれほど難しくは無さそうだ。
俺は生憎と今目の前に居るアクレイ戦士長や顔も知らない連中なんてどうでも良い。
ただ、それでも俺に救われることを祈ったという子供たちのために、一度ぐらいは夢を見させてやっても良いのではないかと思うのだ。
「神様は都合の良い願いなんて叶えちゃくれないよ。叶えるのはいつだって自分自身だ」
だが、それでももう、泣かれるのは御免だと、通りすがりの自キャラトリップ者は思うわけでございます。
「大人ならそうだって知ってるはずだ。だから勝手に生きて、勝手に死ねばいい。だが子供は生きるべきだ。抱えきれないぐらいのでっかい夢を持てなくなって、道端に捨てて大人になっちまうその日までは――」
席を立ち、俺は家屋を出た。
それを追って無言で武器娘さんたちが追ってくる。
「やってやれないことはない。そう思うのは俺だけかな」
彼女たちは、その俺の問いに揃って首を横に振ってくれた。
だから俺は、一先ず風呂を用意する振りをして実験することにする。
「グングニルさん、ロングソードさん、一先ず戻すぞ」
「かしこまりました」
「はーい」
擬人化を解き、武具をインベントリへ。これで、俺の最大MPは六割に戻った。これだけあればまぁ、なんとでもなる。
「武具作成・槍」
最上級の鍛冶師、魔法鍛冶師<マジックスミス>は、携帯炉や工房でなくても全ての鍛冶スキルが使用できるスキル『鍛冶の極み』を取得できる。これにより、手間をかけて作るより完成後の補正は落ちるが、武具の製造や付与が何処でもできる。
俺はインベントリから適当にミスリルを素材として消費し、槍を作る。
何の変哲もない白銀の槍が出来上がる。
そこに、空きスロットが二つ以上あることを確認した上で付与素材を消費し、『スキル付与』を行う。
レア武器トライデントを入手するために、ポセイドンを乱獲した時に何度も手に入れた『海神の涙』というドロップアイテムでスキル付与を行い、その後で不壊スキルを付けるために『トネリコの木の樹液』も付与の材料にする。
これで、ミスリルの槍にスキル『海神の怒り』と『不壊』が付いた。
「タケミカヅチさん、威力最弱でそれのスキルを桶の中へ使ってくれないか?」
「御意」
『海神の怒り』は津波を起こす。
つまりは、海水での攻撃だ。
これを攻撃ではなくただ海水を出すためだけに使用してもらう。そうして、出てきた水に俺は指を突っ込み、舐めてみる。
「うん。普通にしょっぱいな」
ミネラルが含まれているかは分からないが、とにかく塩味がする。
そして、風呂の一件でスキルで出した水が消えないことも証明されていた。
「無から有を作るのは無理でも、MPを消費して海水は作れるわけだ」
後は槍を渡してスキルの使い方を教えれば、勝手に連中が塩を精製するだろう。
これであの日、救いを与えてやれなかったあの子供たちの未来も守れるだろうか?
そうであることを、俺はただ自分の心の平穏のためにも祈るばかりである。